WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・試作機計画に関する内部照会
一九一九年

軽郵便機計画について、製造側より双発機案が提出された。

当初要求は小型単発機であり、双発化を求めた記録は存在しない。
また、国内に同一型の航空発動機を二基確保できる見込みもない。

製造側へ双発化の理由を照会したところ、以下の回答があった。

「片方が止まっても帰れるため」

発動機を二基用意できるのかとの再照会に対しては、

「これから探す」

と回答された。

本計画の監督担当者は、当該回答を承認していない。


第4話 なぜ双発なのだ

「認めていない」

 

 ポーランド軍将校は、朝から三度目となる同じ言葉を口にした。

 

 壁に貼られた図面には、左右の主翼へ一基ずつ発動機が描かれている。

 

 昨日までは単発機だった。

 

 一晩で双発機になった。

 

 軍将校の許可はない。

 

「承認欄に署名していない」

 

「技術検討図です」

 

 元ドイツ帝国軍技師は、定規を使って線を引きながら答えた。

 

「技術検討図にしては完成している!」

 

「未完成だ。発動機架の寸法が決まっていない」

 

「それは発動機がないからだろう!」

 

「正しい」

 

「正しいと言うな!」

 

 元白軍将校は壁際の木箱を開けていた。

 

 箱の中には、発動機の部品らしき金属片が詰まっている。

 

 ひび割れたシリンダー。

 

 摩耗した歯車。

 

 曲がった配管。

 

 用途不明のボルト。

 

「一基目はある」

 

 白軍将校が言った。

 

 小屋の中央には、先日ようやく数分間回った古い発動機が置かれている。

 

「二基目も半分ある」

 

 木箱を叩く。

 

 軍将校は箱の中を見た。

 

「半分どころか三分の一だ」

 

「使えない部品を数えなければ半分だ」

 

「使えない部品も入っている時点で半分ではない!」

 

 元独立運動家が、別の木箱を持って小屋へ入ってきた。

 

「町外れの製材所から返事があった」

 

「主翼材か」

 

 ドイツ技師が振り返る。

 

「長い梁を二本取れる。ただし節がある」

 

「どの位置だ」

 

「中央寄り」

 

「使えない」

 

「削ればよい」

 

「強度が落ちる」

 

 白軍将校が口を挟む。

 

「太くすればよい」

 

「重量が増える」

 

「折れるよりよい」

 

「お前はすべてを太くする気か!」

 

「細い物は折れる」

 

「太い物も折れる!」

 

「折れにくい」

 

「議論の水準を上げろ!」

 

 実業家は自分の机で、必要経費を計算していた。

 

 主翼材。

 

 布。

 

 鋼管。

 

 操縦装置。

 

 車輪。

 

 そして発動機二基。

 

 計算結果を見る。

 

 もう一度計算する。

 

 数字は変わらない。

 

「単発へ戻しませんか」

 

 実業家が言った。

 

 軍将校が勢いよく振り返る。

 

「そうだ!」

 

「採算上の提案です」

 

「理由は何でもよい!」

 

 元白軍将校が首を振る。

 

「駄目だ」

 

「なぜだ!」

 

「国土が広い」

 

「突然何の話だ」

 

 白軍将校は机の地図を広げた。

 

 戦争で傷ついた鉄道。

 

 整備されていない道路。

 

 広い森林。

 

 湿地。

 

 山地。

 

 そして冬。

 

「この国では、発動機が止まった時に降りられる場所が少ない」

 

「だから整備を徹底する」

 

 ドイツ技師が答えた。

 

「整備しても壊れる」

 

「正しく整備すれば故障率は下がる」

 

「下がるだけだ」

 

「ゼロにはならん」

 

 元独立運動家も地図を見る。

 

「郵便だけならよい」

 

「よくない」

 

 軍将校が言う。

 

「だが、人を乗せるなら話が違う」

 

 独立運動家は続けた。

 

「医師も、患者も、役人も乗る。片方が止まっただけで全員森へ落ちる機体には乗りたがらん」

 

「普通は片方という概念がない。単発だからな」

 

「だから二基にする」

 

「戻った!」

 

 軍将校は頭を抱えた。

 

 この会社では、議論が円を描く。

 

 どこから始めても、最後は大抵、双発へ戻ってくる。

 

     ◇

 

 問題は、発動機が二基ないことだった。

 

 それも、単に購入資金がないというだけではない。

 

 戦後のポーランドには、同じ型の航空発動機を二基揃えること自体が難しかった。

 

 旧ドイツ軍の放出品。

 

 旧ロシア帝国軍の残存品。

 

 オーストリア製。

 

 フランス製。

 

 英国製。

 

 故障品。

 

 事故機から回収された品。

 

 帳簿上は存在するが、現物がどこにあるか分からない品。

 

 現物はあるが、帳簿上は既に廃棄されている品。

 

 発動機は各地にあった。

 

 ただし、同じ物が二つない。

 

 軍将校は軍倉庫から持ち帰った一覧表を机へ広げた。

 

「使用可能とされている発動機は七基」

 

 実業家が確認する。

 

「購入できますか」

 

「できん」

 

「では、なぜ一覧へ」

 

「状況説明だ」

 

「使えない情報です」

 

「軍事情報だぞ!」

 

「商取引に使えない情報です」

 

 元独立運動家が一覧を覗く。

 

「この二基は同じ名称だ」

 

 指さした先に、同型発動機が二基記載されている。

 

 軍将校が首を振る。

 

「一基は学校の教材」

 

「もう一基は?」

 

「墜落機に付いている」

 

「回収すればよい」

 

「沼の中だ」

 

 白軍将校が顔を上げる。

 

「場所は」

 

「聞いてどうする」

 

「引き上げる」

 

「冬まで待て。凍ったら楽だ」

 

「それでは遅い」

 

「今行けば人間も沈む!」

 

 ドイツ技師が一覧を取り上げた。

 

「これは出力が足りない」

 

「郵便機には十分だ」

 

「一基ならな」

 

 軍将校が嫌そうな顔をした。

 

「双発なら出力は二倍だろう」

 

「推力は単純に二倍ではない。重量も抵抗も増える」

 

「なら何のための双発だ!」

 

「安全性だ!」

 

 白軍将校が満足そうに頷いた。

 

「そうだ」

 

「お前は黙っていろ!」

 

 ドイツ技師は一覧の別の項目へ目を移す。

 

「このフランス製発動機は使える可能性がある」

 

「一基しかない」

 

「こちらのドイツ製も一基」

 

「型が違うぞ」

 

「分かっている」

 

 小屋が静かになった。

 

 軍将校が、ゆっくりと技師を見る。

 

「今、何を考えている」

 

「検討しているだけだ」

 

「何を」

 

「左右に異なる発動機を搭載する可能性を」

 

「駄目だ!」

 

 返事は即座だった。

 

「絶対に駄目だ!」

 

 元白軍将校は考え込む。

 

「出力差はどれほどだ」

 

「お前も乗るな!」

 

「調整すれば飛べる」

 

「飛ばすな!」

 

 元独立運動家が尋ねる。

 

「左右で違うと何が起きる」

 

 ドイツ技師は紙へ線を引いた。

 

「出力、重量、回転数、燃料消費、操作方法が違う。推力差で機体が片側へ曲がる。発動機架も別々に設計する必要がある」

 

「では難しいな」

 

「難しいで済ませるな!」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「危険だ!」

 

「だが発動機は二基ある」

 

 白軍将校が言った。

 

「違う発動機だ!」

 

「二基ではある」

 

「数だけで考えるな!」

 

「同じ物が見つかるまで待つのか」

 

「待つ!」

 

「いつまで」

 

 軍将校は答えられなかった。

 

 同型発動機が二基揃う時期など、誰にも分からない。

 

 来月かもしれない。

 

 一年後かもしれない。

 

 永久に来ないかもしれない。

 

 実業家が静かに尋ねた。

 

「異なる型を搭載した場合、軍は受領しますか」

 

「しない」

 

「飛んでも?」

 

「しない!」

 

「役に立っても?」

 

「原則として、しない!」

 

「原則がありますね」

 

「例外を探すな!」

 

     ◇

 

 午後。

 

 五人は、軍の保管庫へ向かった。

 

 発動機を実際に見るためである。

 

 保管庫と呼ばれてはいたが、建物の屋根には穴があり、壁の一部は崩れていた。

 

 中には航空機の残骸、車両部品、木箱、銃架、車輪、プロペラが無秩序に積まれている。

 

 軍将校は管理兵へ書類を見せた。

 

「試作機計画の調査だ」

 

 管理兵は書類を見た。

 

 軍将校を見る。

 

 後ろにいる四人を見る。

 

「この者たちは?」

 

「技術者だ」

 

 白軍将校が、既に部品の山を漁り始めている。

 

「そこのロシア人を止めてください」

 

「触るな!」

 

 軍将校が怒鳴った。

 

「見るだけだ」

 

「持ち上げている!」

 

「下に何があるか見えない」

 

 ドイツ技師は別の場所で、発動機に刻まれた番号を確認していた。

 

「この記録は間違っている」

 

 管理兵が驚く。

 

「何がです」

 

「一覧では百二十馬力だが、これは百四十馬力型だ」

 

「違いがあるのですか」

 

「あるに決まっている!」

 

 管理兵は軍将校を見た。

 

「この人、怒ってますか」

 

「通常だ」

 

「常にこれですか」

 

「もっと悪い時もある」

 

 元独立運動家は、壁際に立てかけられた大きな車輪を見つけた。

 

「これは使える」

 

「何の車輪だ」

 

「爆撃機用らしい」

 

 軍将校が目を見開く。

 

「軽郵便機に爆撃機の車輪を付けるな!」

 

「泥には強そうだ」

 

「大きすぎる!」

 

 白軍将校が振り返る。

 

「大きい方が沈まない」

 

「重くなる!」

 

「沈むよりよい」

 

「またそれか!」

 

 実業家は管理兵へ近づいた。

 

「これらの廃棄品は購入できますか」

 

「廃棄決定後なら」

 

「いつ決定します」

 

「書類が上へ行き、戻ってきた後です」

 

「期間は」

 

「分かりません」

 

「三か月以内?」

 

「運がよければ」

 

「半年?」

 

「普通なら」

 

「一年?」

 

「書類を失くせば」

 

「失くさないでください」

 

「私は失くしません。上が失くします」

 

 実業家は深く息を吐いた。

 

 軍将校が小声で言う。

 

「だから先に持っていく」

 

「正当化されません」

 

「一年待つよりよい」

 

「犯罪の言い訳としては弱いですね」

 

     ◇

 

 保管庫の奥に、二基の発動機があった。

 

 一基はフランス製。

 

 もう一基はドイツ製。

 

 大きさも形も違う。

 

 プロペラの回転方向まで違う。

 

 ドイツ技師は二基の間を歩き、寸法を測った。

 

 高さ。

 

 幅。

 

 重量。

 

 出力軸位置。

 

 取付部。

 

 燃料供給。

 

 白軍将校は、プロペラを手で回した。

 

「圧縮は残っている」

 

「勝手に回すな」

 

「回さなければ分からん」

 

「先に油を入れろ」

 

「回った」

 

「だから正しいとは限らない!」

 

 元独立運動家は二基を見比べる。

 

「左右の重さが違うなら、胴体の荷物で調整できないか」

 

「荷物は毎回変わる」

 

 技師が答える。

 

「では発動機の位置を変える」

 

 白軍将校が言う。

 

「重い方を内側へ」

 

「主翼構造が左右非対称になる」

 

「飛べるか」

 

 技師は答えなかった。

 

 再び寸法を測る。

 

 紙へ計算を書く。

 

 計算を消す。

 

 別の式を書く。

 

 軍将校は嫌な顔をした。

 

「飛べるのか」

 

「理論上は」

 

「その言葉は嫌いだ」

 

「私もだ」

 

「なら言うな」

 

「他に言い方がない」

 

 実業家が発動機の価格票を見る。

 

「二基とも廃棄品扱いなら、購入できる額です」

 

「同じ型を買うより安いのか」

 

 独立運動家が尋ねる。

 

「同じ型は市場にありません」

 

「では比較できないな」

 

「比較対象がないので、最安です」

 

 軍将校が頭を抱えた。

 

「経営判断で左右別の発動機を積むな」

 

「軍が同型二基を支給してくださるなら解決します」

 

「できん」

 

「では現物を使います」

 

「まだ決めていない!」

 

 白軍将校が、二基の発動機を順番に叩いた。

 

「動けばよい」

 

 ドイツ技師が即座に手を払いのけた。

 

「叩くな!」

 

     ◇

 

 夕方、小屋へ戻った五人は、改めて図面を囲んだ。

 

 元ドイツ技師は左右の発動機架を別々に描いた。

 

 片方はフランス製。

 

 片方はドイツ製。

 

 重量差を補うため、発動機の位置がわずかに違う。

 

 燃料配管も別。

 

 計器も別。

 

 始動手順も別。

 

 軍将校は図面を見つめていた。

 

「操縦士は、左右で違う操作を覚えるのか」

 

「そうなる」

 

「間違えたら」

 

「発動機が止まる」

 

「片方は残るな」

 

 白軍将校が言った。

 

「だから双発は安全だ」

 

「お前はこの結論へ持っていくために、問題を増やしていないか?」

 

「問題があるから双発にした」

 

「順番が逆に見える!」

 

 元独立運動家は発動機架の図を見た。

 

「後で同じ発動機が手に入ったら、載せ替えられるか」

 

 技師は少し考える。

 

「発動機架を交換式にすれば」

 

「交換式?」

 

「主翼側の取付部を共通化する。発動機ごとに架台を変える」

 

 白軍将校が頷く。

 

「現場で換装できるな」

 

「工場でだ」

 

「前線でも」

 

「工場でだ!」

 

「工具があれば同じだ」

 

「同じではない!」

 

 実業家が顔を上げた。

 

「異なる発動機へ対応できるなら、将来の輸出にも有利ですね」

 

「輸出以前に一機目を飛ばせ!」

 

「長期的視点です」

 

「短期的には発動機すら買っていない!」

 

 軍将校は図面を指さした。

 

「この機体、最終的に何種類の発動機を積める」

 

「今の設計なら二種類」

 

「増えるか」

 

「必要なら」

 

「必要になる、と言うなよ」

 

 元独立運動家が口を開く。

 

「必要に――」

 

「言うな!」

 

     ◇

 

 その夜。

 

 小屋の壁には、二種類の発動機を載せた双発機の図面が貼られていた。

 

 左右非対称。

 

 大きな主翼。

 

 太い脚。

 

 爆撃機用の大車輪。

 

 広い貨物室。

 

 患者を寝かせられる平らな床。

 

 床下の観測窓。

 

 軍が注文した軽郵便機の面影は、辛うじて残っている。

 

 実業家は帳簿へ記録した。

 

発動機二基を仮選定。

左右異形式。

発動機架を交換式とする。

将来的に複数形式へ対応可能。

 

 その下へ費用を書く。

 

 数字を見て、しばらく動かなかった。

 

「どうした」

 

 元独立運動家が尋ねる。

 

「予算を超えました」

 

「どのくらい」

 

「まだ翼も作っていないのに、当初予算の八割です」

 

 軍将校が青ざめる。

 

「残り二割で機体を作るのか」

 

「不可能です」

 

「ではどうする」

 

 実業家は帳簿を閉じた。

 

「追加注文を取ります」

 

「まだ一機も完成していないぞ」

 

「完成前に売ります」

 

「何を売る」

 

「可能性です」

 

 元白軍将校が感心したように頷く。

 

「商人は強いな」

 

 元ドイツ技師は図面から顔を上げなかった。

 

「可能性では飛ばない」

 

「資金がなければ、図面も飛びません」

 

「図面は元々飛ばない」

 

「比喩です」

 

「技術文書で比喩を使うな」

 

 軍将校は椅子へ座り込んだ。

 

「なぜ双発なのだ」

 

 白軍将校が答える。

 

「片方が止まっても帰れる」

 

「その片方を用意するために、全員が倒れそうだ!」

 

 小屋の外では、雪が弱まり始めていた。

 

 春が来れば、地面は泥になる。

 

 泥の畑から飛び立つため、車輪はさらに大きくなるだろう。

 

 荷物が増えれば、翼もさらに大きくなる。

 

 そして発動機は、左右で違う。

 

 それでも五人は、双発案を捨てなかった。

 

 後年、WILK製航空機の特徴として知られることになる交換式発動機架は、この日生まれた。

 

 先進的な思想からではない。

 

 同じ発動機を二基揃えられなかったからである。

 

 翌朝。

 

 軍将校が小屋へ入ると、壁の図面に新しい書き込みがあった。

 

左右異形式での試験飛行は禁止。

 

 元ドイツ技師の字だった。

 

 その下に、別の筆跡で追記されている。

 

同形式が二基揃うまで。

 

 さらにその下。

 

揃わない場合は要相談。

 

 軍将校は三行を読んだ。

 

「最後に書いたのは誰だ」

 

 実業家は帳簿を見ている。

 

 元独立運動家は木材を運んでいる。

 

 元白軍将校は口笛を吹いている。

 

 元ドイツ技師は、白軍将校を睨んでいた。

 

「相談はしない」

 

「飛ばしてから考えよう」

 

「飛ばす前に考える!」

 

 会社設立六日目。

 

 WILKの最初の航空機は、発動機を載せる前から、既に整備員泣かせになることが決まっていた。

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