WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK航空製作所・国外技能者臨時採用報告
一九二三年

当初予定。

十一粍航空機銃用の精密測定器、交換部品および工作機械補修材の購入。

同行者。

実業担当役員、一名。
通訳兼事務員、二名。

帰国時。

新規採用職人、五十四名。
同伴家族、百八十七名。
後発予定者、三十一名。
雇用審査中、八十六名。

購入予定であった精密測定器は、すべて取得された。

軍監督官は、

「測定器を買いに行ったのではなかったか」

と照会した。

実業担当役員は、

「測定器を扱える者も必要でした」

と回答した。


第40話 実業家を一人で国外へ出すな

手紙は、初め十通だった。

 

 フランスから。

 

 ベルギーから。

 

 旧ドイツ領から。

 

 オーストリアから。

 

 戦争中、航空機工場で働いていた者。

 

 工場が閉鎖された者。

 

 軍需縮小で解雇された者。

 

 技術はある。

 

 だが注文がない。

 

 仕事がない。

 

 家族がいる。

 

ポーランドで職人を雇う会社があるというのは本当か。

 

給料が毎月支払われるというのは本当か。

 

家族も一緒に移住できるというのは本当か。

 

自分の工具を持っていけるというのは本当か。

 

 元独立運動家は、机の上へ積まれた手紙を見た。

 

「誰が募集した」

 

 実業家が答えた。

 

「誰も」

 

「ではなぜ来た」

 

「移住した職人が、昔の同僚へ手紙を出しました」

 

「何と書いた」

 

「仕事があると」

 

「それだけか」

 

「家族も連れてこられると」

 

 元独立運動家は、目を閉じた。

 

「一番書いてはいけないことを書いたな」

 

「事実です」

 

「事実には量というものがある」

 

     ◇

 

 十一粍航空機銃工場から来た職人たちは、手紙を書いた。

 

 新しい工場はまだ完成していない。

 

 住宅も狭い。

 

 食堂は三交代。

 

 言葉も通じない。

 

 冬は寒い。

 

 だが給料は払われた。

 

 子供は学校へ入った。

 

 病人は診療所へ運ばれた。

 

 自分の工具箱は無事に届いた。

 

 機械は据え付けられた。

 

 弾帯製造機も動いた。

 

 そして何より、閉鎖される工場で終わりを待つのではなく、再び物を作っていた。

 

 その手紙が、別の町へ届いた。

 

 別の工場へ届いた。

 

 昔の同僚へ回された。

 

 食堂で読まれた。

 

 酒場で読まれた。

 

 教会の前で読まれた。

 

 仕事を失った職人たちが、自分も手紙を書いた。

 

     ◇

 

 手紙は、十通から四十通になった。

 

 四十通から百通になった。

 

 実業家は一通ずつ開いた。

 

 元独立運動家は、家族人数を横へ書いた。

 

「この男は航空木工」

 

「妻は」

 

「縫製工」

 

「子供三人」

 

「老母一人」

 

「六人世帯」

 

「こちらは計器工」

 

「妻は教師」

 

「子供一人」

 

「四人」

 

「本人一人ではないのか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 元独立運動家は睨んだ。

 

「人間は工場の門を出ると消えるのか」

 

「そういう意味ではない」

 

「雇うなら暮らす場所も要る」

 

「分かっている」

 

「なら家族人数を数えろ」

 

 軍将校も手紙を一束渡された。

 

「私も?」

 

「火力が欲しいと言ったのは誰だ」

 

「そこまで戻るのか!」

 

     ◇

 

 すべてを採用することはできない。

 

 WILKにも限界がある。

 

 住宅。

 

 賃金。

 

 機械。

 

 作業場。

 

 通訳。

 

 学校。

 

 診療所。

 

 食堂。

 

 便所。

 

「便所を最初に数えるのか」

 

 軍将校が尋ねた。

 

「最後に数えると間に合わない」

 

 元独立運動家が答える。

 

「工場では」

 

「機械より先に人が来る」

 

「今回は実業家が連れてくる」

 

「だから余計に先に数える」

 

 実業家は何も言わなかった。

 

「何人連れてくる気だ」

 

「まだ決めていません」

 

「お前が決める前に、こちらが上限を決める」

 

「合理的です」

 

「素直だな」

 

「上限を超える場合は、次期計画へ回します」

 

「超える前提で話すな!」

 

     ◇

 

 採用基準が作られた。

 

第一。

現在のWILKで必要な技能を持つ者。

 

第二。

他技能へ転用可能な者。

 

第三。

家族を含め、移住後の生活計画が成立する者。

 

第四。

経歴と技能を確認できる者。

 

第五。

出身、言語、宗教を理由として他者と働くことを拒まない者。

 

 軍将校が第五項を見る。

 

「必要か」

 

 元独立運動家が答えた。

 

「必要だ」

 

「技能が高くても?」

 

「隣の職人を殴る者は、二人分の技能を失わせる」

 

「なるほど」

 

「工場には戦争を持ち込ませない」

 

 元ドイツ技師も頷いた。

 

「図面へ国籍は書かない」

 

 元白軍将校が言った。

 

「弾は国籍を見ない」

 

「お前の説明は少し違う」

 

     ◇

 

 技能確認は、手紙だけでは足りない。

 

 実業家が国外へ出ることになった。

 

 目的は、十一粍航空機銃用の測定器と補修材の購入。

 

「採用は」

 

 元独立運動家が尋ねる。

 

「必要な者だけ」

 

「何人」

 

「最大十二名」

 

「家族込みでは」

 

「まだ不明です」

 

「十二名を超えるな」

 

「努力します」

 

「約束しろ」

 

「現地事情によります」

 

「もう嫌な予感しかしない」

 

     ◇

 

 最初の訪問先。

 

 ベルギー。

 

 小規模な航空機部品工場。

 

 戦争中は主翼金具と操縦索部品を作っていた。

 

 いまは農具部品で食いつないでいる。

 

 だが注文が減った。

 

 精密測定工六名が解雇予定。

 

 実業家は測定器を見た。

 

 職人を見た。

 

 帳簿を見た。

 

「六名全員を?」

 

 工場主が尋ねる。

 

「技能試験後に」

 

「一人は年齢が高い」

 

「何歳ですか」

 

「五十九」

 

「測定できますか」

 

「誰よりも」

 

「なら問題ありません」

 

 五十九歳の職人が言った。

 

「息子もいる」

 

「職人ですか」

 

「見習い旋盤工」

 

「試験を」

 

「娘は製図をする」

 

「試験を」

 

「妻は」

 

「食堂で働いている」

 

 実業家は事務員を見る。

 

「家族欄へ」

 

 通訳が小声で言った。

 

「十二名の上限は」

 

「まだ一人目です」

 

     ◇

 

 二つ目の訪問先。

 

 フランス。

 

 閉鎖予定の航空機木工場。

 

 機体の木製骨組み。

 

 翼桁。

 

 プロペラ。

 

 羽布張り。

 

 接着。

 

 乾燥。

 

 戦争中は二百人が働いていた。

 

 いま残るのは三十一人。

 

 実業家は工場へ入った。

 

 若い木工職人が、割れた翼桁を補修していた。

 

「新造ですか」

 

「廃材です」

 

「なぜ直す」

 

「練習になる」

 

「何年」

 

「七年」

 

「戦争中から?」

 

「十四歳で入りました」

 

 年齢は二十一。

 

 仕事は月末で終わる。

 

「家族は」

 

「妹二人」

 

「両親は」

 

「戦争で」

 

 実業家は少し黙った。

 

「ポーランドへ来ますか」

 

「仕事があるなら」

 

「家族も」

 

「妹は学校へ入れますか」

 

「入れます」

 

「なら行く」

 

 通訳が手帳を見る。

 

「十二名を超えました」

 

「まだ仮採用です」

 

     ◇

 

 その工場には、航空職人だけでなく、食堂の料理人もいた。

 

 戦時中、配給不足の中で三百人分の食事を作った女。

 

「航空機は作れません」

 

 女は言った。

 

「何を作れますか」

 

「豆、芋、乳清、古いパンで、人を一日働かせる食事を」

 

「採用します」

 

「私は料理人です」

 

「航空職人を働かせる職人です」

 

 通訳が言った。

 

「十三人目です」

 

「家族は」

 

「夫は亡くなった。子供二人」

 

「十六人分です」

 

「人数の数え方が変わっている!」

 

     ◇

 

 三つ目。

 

 旧ドイツ領。

 

 計器工。

 

 光学工。

 

 無線修理工。

 

 溶接工。

 

 戦争後、軍需縮小で工場が分割された。

 

 機械は売却。

 

 技師は散った。

 

 実業家の訪問を聞き、職人たちが駅前の小さな食堂へ集まった。

 

 十人。

 

 二十人。

 

 三十人。

 

「全員と話すのですか」

 

 通訳が尋ねる。

 

「来た者には」

 

「今日中に?」

 

「明日もいます」

 

「測定器は」

 

「昨日買いました」

 

「本来の目的が終わっている!」

 

     ◇

 

 一人ずつ。

 

「何ができますか」

 

「航空計器の修理」

 

「どの計器」

 

「高度計、回転計、油圧計」

 

「製造は」

 

「部品があれば」

 

「部品がなければ」

 

「作れる物と作れない物がある」

 

「正しい」

 

     ◇

 

「何ができますか」

 

「鋼管溶接」

 

「航空機経験は」

 

「夜間戦闘機の胴体」

 

「検査方法は」

 

「色剤と圧力」

 

「採用候補」

 

     ◇

 

「何ができますか」

 

「発動機整備」

 

「発動機製造ではなく?」

 

「整備です」

 

「どの型式」

 

 男は六種類を挙げた。

 

「WILKは発動機工場を持っていません」

 

「知っています」

 

「ではなぜ」

 

「だから整備工が必要でしょう」

 

 実業家は初めて少し笑った。

 

「必要です」

 

     ◇

 

 ただし、全員を採用はしなかった。

 

 経歴を偽った者。

 

 技能試験で基準へ届かなかった者。

 

 他国出身者とは働かないと言った者。

 

 酒が入ると暴力を振るうことを隠さなかった者。

 

 実業家は断った。

 

「仕事がない」

 

「分かっています」

 

「家族がいる」

 

「分かっています」

 

「なら」

 

「雇って半年後に全員へ給料を払えなくなる方が悪い」

 

「他を紹介できるか」

 

「鉄道工場へ照会します」

 

「交通費は」

 

「そこまで出します」

 

「なぜ採用しない者へ」

 

「ここまで来た費用まで損にさせれば、次の面接へ行けません」

 

 通訳が尋ねた。

 

「冷たいのか優しいのか分かりません」

 

「契約できないことは、約束しません」

 

     ◇

 

 ポーランド。

 

 元独立運動家の机へ、電報が届いた。

 

採用候補二十三名。

家族七十一名。

住宅準備願う。

 

 彼は立ち上がった。

 

「十二名ではなかったか!」

 

 軍将校が電報を見る。

 

「候補だ」

 

「家族はもう七十一名だぞ」

 

「まだ増えるか?」

 

 二通目。

 

追加候補十九名。

家族五十八名。

うち教師三名、看護経験者二名。

 

 元独立運動家は椅子へ座った。

 

「学校を増やす」

 

「先に怒らないのか」

 

「怒って人数は減るか」

 

「減らない」

 

「なら学校だ」

 

     ◇

 

 地方役場。

 

 元独立運動家は、厚い書類束を持ち込んだ。

 

「またWILKか」

 

 郡役人が言った。

 

「今回は何人だ」

 

「まだ確定していない」

 

「確定してから来い」

 

「確定してからでは住宅が間に合わない」

 

「概数は」

 

「二百人から三百人」

 

「幅が百人あるぞ!」

 

「実業家が国外にいる」

 

 役人は事情を理解した顔をした。

 

「なるほど」

 

「なるほどで済ませるな」

 

「前回も増えた」

 

「今回は先に申請している」

 

「成長したな」

 

「私がな!」

 

     ◇

 

 必要なもの。

 

 仮設住宅。

 

 上下水道。

 

 学校教室。

 

 診療所。

 

 食堂。

 

 浴場。

 

 道路。

 

 消防用水。

 

 治安連絡。

 

 役人が尋ねる。

 

「会社負担は」

 

「住宅の七割。上下水道の引込。学校増築費の半分」

 

「町の負担は」

 

「道路と本管接続」

 

「税収見込みは」

 

「ここに」

 

「児童数は」

 

「仮計算で四十二」

 

「宗教は」

 

「複数」

 

「礼拝施設は」

 

「各共同体と相談する」

 

「言葉は」

 

「通訳を採用する」

 

「誰が全部まとめる」

 

 元独立運動家は黙った。

 

 役人が笑った。

 

「お前か」

 

「笑うな」

 

     ◇

 

 学校長。

 

「四十二人?」

 

「増える可能性がある」

 

「何語を話す」

 

「フランス語、ドイツ語、ロシア語、ほか」

 

「教師は」

 

「移住者に三名いる」

 

「ポーランド語は」

 

「一人は少し」

 

「教室は」

 

「旧倉庫を仮校舎へ」

 

「冬は」

 

「暖房を入れる」

 

「費用は」

 

「WILK」

 

「なら受ける」

 

 学校長は即答した。

 

「早いな」

 

「子供は待てない」

 

     ◇

 

 診療所。

 

「病人の情報は」

 

「まだ一部」

 

「妊婦は」

 

「少なくとも四人」

 

「少なくとも?」

 

「実業家が国外にいる」

 

 医師も事情を理解した。

 

「なるほど」

 

「だからなるほどで済ませるな!」

 

「寝台を六つ増やす」

 

「助かる」

 

「助産婦も必要だ」

 

「移住者に二人いる」

 

「なぜ先に分かる」

 

「家族欄を見ている」

 

「お前は人事か役人か」

 

「昔、国を作ろうとした」

 

「今は町を作っているな」

 

     ◇

 

 国外。

 

 実業家はさらに移動していた。

 

 目的地は英国。

 

 無線機部品と精密電線。

 

 だが港で、旧航空機工場の生産管理者に会った。

 

「WILKは職人を雇うそうですね」

 

「必要技能があれば」

 

「帳票係は」

 

「何の帳票ですか」

 

「部品番号、工程時間、不良率、交換記録」

 

 実業家は立ち止まった。

 

「航空機を作れますか」

 

「私は作れません」

 

「では」

 

「百人が同じ部品を、同じ順序で作るようにできます」

 

「採用候補です」

 

 通訳が頭を抱えた。

 

「また増えた」

 

     ◇

 

 その男には妻がいた。

 

 妻は看護師。

 

 娘は速記。

 

 息子は機械工見習い。

 

「一家で四人」

 

 通訳が書く。

 

「全員が働ける可能性があります」

 

「家族人数を労働力で相殺しないでください」

 

「住宅は一戸です」

 

「そういう計算ではない!」

 

     ◇

 

 帰国予定日は三日遅れた。

 

 元独立運動家へ電報。

 

採用者最終五十四名。

同伴家族百八十七名。

後発三十一名。

帰国列車二編成を予定。

 

 元独立運動家は電報を読み、静かに机へ置いた。

 

 軍将校が尋ねた。

 

「怒らないのか」

 

「怒る時間がない」

 

「住宅は」

 

「足りない」

 

「学校は」

 

「足りない」

 

「食堂は」

 

「足りない」

 

「便所は」

 

「増やしている」

 

「さすがだな」

 

「褒めるな。手伝え」

 

     ◇

 

 帰国列車の手配。

 

 職人。

 

 家族。

 

 老人。

 

 子供。

 

 工具箱。

 

 家具。

 

 衣類。

 

 書類。

 

 犬二匹。

 

 猫一匹。

 

 伝書鳩十二羽。

 

「鳩?」

 

 軍将校が名簿を見る。

 

「無線技師の趣味だ」

 

「置いてこさせろ」

 

「通信訓練にも使えると言っている」

 

 元白軍将校が興味を示した。

 

「使える」

 

「お前は黙れ」

 

     ◇

 

 列車内。

 

 新規採用者は、到着前から働いた。

 

 食堂経験者が臨時厨房を手伝う。

 

 看護師が酔った子供を見る。

 

 鉄道整備経験者が車輪音の異常へ気づく。

 

「止めろ」

 

「なぜ」

 

「軸箱が熱い」

 

 列車を止める。

 

 確認。

 

 潤滑不足。

 

 発見が遅ければ、車軸損傷。

 

 実業家は名簿へ書いた。

 

本日より雇用開始。

 

 鉄道整備工が驚く。

 

「まだ国境前です」

 

「仕事をしました」

 

「勝手に?」

 

「事故を防ぎました」

 

 通訳が言った。

 

「列車の中で入社した」

 

     ◇

 

 子供たちは、言葉が通じなかった。

 

 だが木片を見つけた。

 

 翼を描いた。

 

 別の子供が車輪を付けた。

 

 三人目が紐を付けた。

 

 廊下を走らせる。

 

「飛行機か」

 

 大人が尋ねる。

 

 子供は首を振る。

 

「まだ車」

 

「翼があるぞ」

 

「速くなったら飛ぶ」

 

 WILKへ来る子供は、だいたい同じことを考え始めていた。

 

     ◇

 

 到着駅。

 

 地方役人。

 

 学校長。

 

 医師。

 

 警察。

 

 WILK職員。

 

 元独立運動家。

 

 全員が待っていた。

 

 列車が入る。

 

 一両。

 

 二両。

 

 三両。

 

 客車が多い。

 

 軍将校が数える。

 

「聞いていたより一両多い」

 

 元独立運動家が答えた。

 

「途中で増結した」

 

「なぜ」

 

「後発予定者の一部が間に合った」

 

「何人」

 

「二十七名」

 

「名簿は」

 

「今から取る」

 

「顔が怖いぞ」

 

「普通だ」

 

     ◇

 

 実業家が降りる。

 

 手には鞄。

 

 その後ろから職人。

 

 家族。

 

 子供。

 

 老人。

 

 工具箱。

 

 犬。

 

 鳩籠。

 

 元独立運動家は、実業家の前へ立った。

 

「十二名」

 

「はい」

 

「最大十二名と言った」

 

「必要な者だけ採用しました」

 

「五十四名いる」

 

「五十四名とも必要でした」

 

「家族は百八十七名」

 

「職人には家族がいます」

 

「後発三十一名」

 

「現在、移動準備中です」

 

「審査中八十六名」

 

「技能確認が必要です」

 

「お前は測定器を買いに行ったのではなかったか!」

 

 実業家は鞄を開けた。

 

「買いました」

 

 精密測定器。

 

 目的は達成されていた。

 

「だから余計に腹が立つ!」

 

     ◇

 

 受入手続き。

 

 名前。

 

 年齢。

 

 職種。

 

 家族。

 

 健康状態。

 

 言語。

 

 食事。

 

 住居。

 

 勤務希望。

 

 子供の就学。

 

 老親の診療。

 

 元独立運動家は、名簿を一人ずつ確認した。

 

「この家族は五人ではない」

 

「祖母が同行しました」

 

「事前名簿には」

 

「最後に決まりました」

 

「診療所の近くへ」

 

     ◇

 

「こちらは夫婦とも夜勤希望」

 

「子供は二人」

 

「同じ時間に夜勤へ入れるな」

 

「なぜ」

 

「子供を見る者がいない」

 

「勤務をずらします」

 

     ◇

 

「この男は足を負傷している」

 

「長時間立てません」

 

「計器検査へ」

 

「できますか」

 

「座ってできる」

 

「技師へ確認」

 

     ◇

 

 軍将校が感心して見ていた。

 

「全員の事情を聞くのか」

 

「聞かなければ配置できない」

 

「職種だけでは」

 

「人間は職種欄だけで暮らさない」

 

 実業家が横から言った。

 

「だからあなたへ任せました」

 

「任せる前に相談しろ!」

 

     ◇

 

 仮設住宅。

 

 予定百六十人。

 

 実際二百人を超えた。

 

 北宿舎。

 

 旧学校棟。

 

 食堂二階。

 

 未使用倉庫。

 

 元独立運動家が割り振る。

 

「独身者は旧学校棟」

 

「家族は北宿舎」

 

「老人と病人は診療所近く」

 

「教師三名は学校近く」

 

「看護師は交代勤務を考えて別棟」

 

 軍将校が言う。

 

「お前の頭の中に町の地図が入っているな」

 

「紙にもある」

 

「休め」

 

「今夜寝る場所を決めてからだ」

 

     ◇

 

 食堂。

 

 予定より多い。

 

 鍋が足りない。

 

 料理人が袖をまくった。

 

「豆は」

 

「ある」

 

「芋は」

 

「ある」

 

「肉は」

 

「少ない」

 

「乳清は」

 

「食品部にある」

 

「パンを増やす」

 

 食品部門の職人が尋ねる。

 

「どうやって」

 

「豆粉を混ぜる」

 

「味は」

 

「腹が減っていれば食べる」

 

「商品化できますか」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「到着初日に新商品を考えるな!」

 

     ◇

 

 学校。

 

 子供たちは四つの言葉を話した。

 

 教師三名。

 

 WILK古参の通訳。

 

 黒板。

 

 机が足りない。

 

 空の部品箱を並べる。

 

「箱で授業?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 学校長が答えた。

 

「座れれば机になる」

 

「WILKらしいな」

 

「明日から大工班が作る」

 

     ◇

 

 診療所。

 

 妊婦は五人だった。

 

「四人では」

 

 元独立運動家が言う。

 

「一人、本人も気づいていなかった」

 

 医師が答える。

 

「増えるのか」

 

「人数の問題ではない」

 

「分かっている」

 

「寝台を増やす」

 

「助かる」

 

「助産婦二人は採用?」

 

「本人たちが希望すれば」

 

「明日聞く」

 

     ◇

 

 地方役人が到着人数を確認する。

 

「申請は三百人まで通した」

 

「今回は収まった」

 

 元独立運動家が答える。

 

「後発が来ると超える」

 

「追加申請を」

 

「もう作ってある」

 

「いつ」

 

「実業家が国外にいる間」

 

「よく分かっているな」

 

「分かりたくなかった」

 

     ◇

 

 夕方。

 

 工具箱が一つ見つからない。

 

 フランス人木工職人の物。

 

 本人は青ざめている。

 

「全部入っている」

 

「何が」

 

「鉋。鑿。型。父の定規」

 

 荷札を調べる。

 

 別の客車。

 

 同じ名字の家族荷物へ混ざっていた。

 

 工具箱を返す。

 

 職人は蓋を開ける。

 

 中身を一つずつ見る。

 

 最後に古い木製定規。

 

 無事。

 

「仕事は明日からでいい」

 

 元独立運動家が言う。

 

 職人は首を振った。

 

「工具を研ぐ」

 

「それは仕事か」

 

「明日のためです」

 

「なら食べてから」

 

     ◇

 

 夜。

 

 仮設食堂。

 

 新しく来た者。

 

 古参職人。

 

 家族。

 

 子供。

 

 同じ鍋のスープ。

 

 違う言葉。

 

 違う祈り。

 

 違う食べ方。

 

 だがパンは同じ籠から取った。

 

 元白軍将校は、伝書鳩の籠を見ている。

 

「訓練に使える」

 

 軍将校が言う。

 

「兵装部へ持ち込むな」

 

「通信部だ」

 

「勝手に部門を増やすな」

 

     ◇

 

 元ドイツ技師は、新しい職人の技能表を見ていた。

 

「溶接工七名」

 

「無線六名」

 

「計器五名」

 

「航空木工十一名」

 

「羽布八名」

 

「発動機整備四名」

 

「生産管理一名」

 

「料理人三名」

 

「教師三名」

 

「看護師二名」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「航空機を何機増やせる」

 

「まだ増えない」

 

「なぜ」

 

「工場配置、治具、教育、言語統一が先」

 

「人が来てもすぐ増えない?」

 

「人は部品ではない」

 

 元独立運動家が遠くから言った。

 

「やっと覚えたか!」

 

     ◇

 

 実業家は食堂の端で、次の手紙を開いていた。

 

 元独立運動家が見つける。

 

「何をしている」

 

「雇用希望です」

 

「今日来た者ではなく?」

 

「新しい手紙です」

 

「何通」

 

「二百十七通」

 

 元独立運動家は、椅子を引いて座った。

 

「全部、採用希望か」

 

「いいえ」

 

「よかった」

 

「百八十九通だけです」

 

 彼は長く息を吐いた。

 

「国外へ出すな」

 

「誰を」

 

 軍将校が即答した。

 

「実業家を一人で国外へ出すな!」

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 新しい職人たちは、それぞれの場所へ向かった。

 

 木工職人は、WILKの太い翼桁を見て驚いた。

 

「厚い」

 

 古参職人が答えた。

 

「帰るためだ」

 

「重い」

 

「撃たれても帰る」

 

「飛べなければ」

 

「軽くする方法を教えろ」

 

 二人は図面を広げた。

 

     ◇

 

 溶接工は、鋼管架を見た。

 

「継手が大きい」

 

「丈夫だ」

 

「熱が入りすぎる」

 

「なら小さくできるか」

 

「試す」

 

     ◇

 

 計器工は、飛行試験で狂った油圧計を開けた。

 

「ばねが悪い」

 

「直せるか」

 

「ばね材があれば」

 

「機関銃工場にある」

 

「なぜ機関銃工場に」

 

「ばねを使うからだ」

 

「便利な会社だな」

 

「面倒な会社だ」

 

     ◇

 

 生産管理者は、部品棚を見た。

 

 右は丸。

 

 左は三角。

 

 借用品は青札。

 

 損傷品は赤札。

 

「悪くない」

 

 実業家が尋ねる。

 

「改善できますか」

 

「できます」

 

「どこを」

 

「全部」

 

 古参職人たちが一斉に顔を上げた。

 

「まず話し合いからです」

 

     ◇

 

 料理人は、食品部門へ入った。

 

 教師は学校へ。

 

 看護師は診療所へ。

 

 発動機整備工は、軍から届いた発動機の受領検査場へ。

 

 彼は木箱を開け、一基目を見る。

 

「油漏れ」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「新品だぞ」

 

「新品でも漏れる」

 

「直せる?」

 

「部品があれば」

 

「部品は」

 

「軍へ請求」

 

「待つのか」

 

「届くまで分解検査」

 

 WILKは、発動機をまだ作れなかった。

 

 だが発動機が届くのを、少しだけ上手に待てるようになった。

 

     ◇

 

 元独立運動家の仕事は増えた。

 

 住宅割当。

 

 学校。

 

 診療所。

 

 通訳。

 

 役場。

 

 消防。

 

 給与説明。

 

 家族相談。

 

 勤務表。

 

 追加申請。

 

 彼は机の上の書類を見た。

 

「私は独立運動をしていた」

 

 実業家が答える。

 

「知っています」

 

「国を作ろうとしていた」

 

「はい」

 

「なぜ今、外国人家族用の便所数を計算している」

 

「国にも必要です」

 

「その答えを使うな!」

 

     ◇

 

 夕方。

 

 地方役人が新しい申請書を受け取った。

 

「追加住宅二棟」

 

「学校教室三室」

 

「診療所増築」

 

「下水本管延長」

 

「職員家族用市場区画」

 

 役人は書類をめくる。

 

「全部、添付書類がある」

 

「先に用意した」

 

「元同志の議員からも照会が来ている」

 

「頼んだ」

 

「軍の意見書も」

 

「軍将校に書かせた」

 

「WILKが費用の大半を負担」

 

「実業家が出す」

 

 役人は印を押した。

 

「通す」

 

「早いな」

 

「お前の申請は、審査する前に問題点が潰れている」

 

「人脈のおかげだと言うな」

 

「では何だ」

 

「相手が必要とする紙を、先に用意しただけだ」

 

     ◇

 

 その夜、元独立運動家は食堂へ遅れて現れた。

 

 席はほとんど埋まっていた。

 

 新しい家族。

 

 古参職人。

 

 子供。

 

 老人。

 

 何人かが彼へ頭を下げる。

 

 彼は軽く手を上げた。

 

 空いた席へ座る。

 

 料理人が新しい豆入りパンを出した。

 

「試作品です」

 

「私は試験官ではない」

 

「軍将校は威力があると言いました」

 

「食べ物に火力評価を使うな」

 

 一口。

 

 少し固い。

 

 だが温かい。

 

「どうです」

 

「水分を増やせ」

 

 料理人は笑った。

 

「明日直します」

 

     ◇

 

 WILKが得たのは、五十四人の職人ではなかった。

 

 五十四通りの技術。

 

 五十四通りの失敗。

 

 五十四通りの働き方。

 

 そして、その背後につながる百八十七人の生活だった。

 

 機体の生産数は、まだ一機も増えていない。

 

 工場の床面積も、すぐには広がらない。

 

 発動機の納入も、相変わらず遅れている。

 

 それでも翌朝から、作れる物の種類は増えた。

 

 直せる物も増えた。

 

 教えられることも増えた。

 

 食べられる料理も増えた。

 

 役場へ提出する書類も増えた。

 

 そして元独立運動家の机には、新しい名簿と申請書が積まれた。

 

 その一番上には、実業家の筆跡で一枚の紙が置かれていた。

 

次回国外出張予定

 

目的。

発動機用補機および軸受の調達。

 

 元独立運動家は紙を裏返し、大きく書いた。

 

単独出張を禁ずる。

 

 翌朝、その下へ実業家の筆跡が増えていた。

 

同行者を一名付けます。

 

 さらに元独立運動家が書いた。

 

そういう意味ではない。

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