一九二四年
出張目的。
発動機用軸受、点火装置、気化器部品、潤滑系統部品および整備器具の調達。
出張者。
実業担当役員、一名。
労務・行政担当役員、一名。
通訳兼事務員、二名。
出張前、労務・行政担当役員は、
「工場を買わない。職人を勝手に雇わない。家族を増やさない」
との条件を提示した。
帰国時。
工場買収、なし。
新規供給契約、七件。
技術協力契約、三件。
新規採用者、十八名。
同伴家族、六十二名。
後発予定者、十一名。
労務・行政担当役員は、
「条件を守ったのは最初の一項だけではないか」
と抗議した。
「工場を買わない」
元独立運動家が言った。
「はい」
実業家が答えた。
「職人を勝手に雇わない」
「はい」
「家族を増やさない」
「家族は私が増やすものではありません」
「屁理屈を言うな」
二人は駅のホームに立っていた。
荷物。
書類。
旅券。
通訳二名。
そして軍将校。
「私は行かんぞ」
軍将校が言った。
「誰も頼んでいない」
元独立運動家が答える。
「念のため見送りだ」
「何の念だ」
「お前が途中で実業家を殴らないか」
「殴らん」
「首を絞める可能性は」
「ない」
「工場を三つ買ったら」
元独立運動家は実業家を見た。
「その時は考える」
「私は買いません」
「今のところは?」
「今回の目的には含まれません」
「また言い方が怪しい!」
◇
出張先は三か国。
最初はチェコスロヴァキア。
次にオーストリア。
最後にドイツ。
目的は、軍から納入される発動機を待つ間に不足する補機と交換部品を確保すること。
軸受。
点火磁石。
気化器。
油圧弁。
始動器。
特殊工具。
検査器具。
どれも発動機本体ではない。
だが一つ欠ければ、発動機は木箱の中で眠る。
「発動機工場は買わない」
元独立運動家が、もう一度確認した。
「買いません」
「見学もしない」
「必要な場合は」
「しない」
「技術的確認として」
「しない!」
◇
最初の工場は、軸受工場だった。
航空用だけではない。
鉄道。
工作機械。
自動車。
農業機械。
大小さまざまな軸受を作っている。
工場長が案内した。
「航空用は生産量が少ない」
「品質は」
実業家が尋ねる。
「軍規格へ対応できます」
「納期は」
「注文量次第」
「月百組」
「可能です」
元独立運動家が口を挟む。
「最初は二十組だ」
実業家が彼を見る。
「将来分も」
「最初は二十だ」
「価格は数量で下がります」
「二十で見積もれ」
工場長は二人を見比べた。
「どちらが決裁者ですか」
「私です」
実業家が答えた。
「支出上限は私が決める」
元独立運動家が言った。
「なぜ労務担当が」
「この男が国外で人口を増やすからだ」
工場長は意味が分からない顔をした。
◇
軸受の問題は、寸法だけではなかった。
鋼材。
熱処理。
研磨。
潤滑。
回転数。
荷重。
温度。
同じ大きさでも、航空用には別の品質が要る。
「軍規格品を買う」
元独立運動家が言う。
「高いです」
実業家が答える。
「落ちるより安い」
「同意します」
「珍しく早い」
「私は安物を買いたいのではありません」
「安く必要な物を買いたい?」
「正確には、長く供給される条件で買いたい」
「それが一番面倒だ」
◇
契約条件。
最初は二十組。
合格なら月五十組。
WILK側が検査基準を共有。
不良品は返送ではなく、原因調査を共同で行う。
材料変更時は事前通知。
軍需急増時にも最低供給枠を維持。
工場長は最後の条件で渋った。
「戦時は政府注文が優先されます」
「理解しています」
実業家が答える。
「なら削除を」
「最低十組だけ」
「少なすぎる」
「ゼロより多い」
元独立運動家が言った。
「十組で通せ」
実業家が見る。
「五十機分の予定が」
「十機でも飛べる。ゼロよりよい」
「合理的です」
「お前に言われると腹が立つ」
◇
工場を出る時。
若い検査員が追いかけてきた。
「WILKでは検査員を雇いますか」
元独立運動家が即座に振り返った。
「募集していない」
「ですが」
検査員は書類を持っていた。
「今月末で航空用部門が縮小されます」
「鉄道用へ移れないのか」
「枠がありません」
実業家が尋ねる。
「何を検査できますか」
「軸受内径、真円度、表面傷、熱処理後の硬度」
「家族は」
元独立運動家が割って入る。
「待て」
「必要な情報です」
「採用すると決めていない」
検査員が答えた。
「妻と子供一人です」
「聞くなと言っただろう!」
◇
その場では採用しなかった。
履歴書。
技能証明。
推薦状。
家族構成。
後日審査。
「勝手に雇わなかった」
実業家が言う。
「候補者へした」
「条件を守っています」
「もう一人増える顔をしている」
「家族を含め三人です」
「人数を正確に言うな!」
◇
二つ目は点火装置工場。
磁石。
コイル。
接点。
絶縁材。
発動機が回っても、火花が飛ばなければ燃えない。
工場の試験室では、小さな装置が一定速度で回されていた。
青白い火花。
「寒冷時は」
WILKの通訳が尋ねる。
「低温試験もします」
「何度まで」
技師ではない元独立運動家には、細部は分からない。
だが質問項目は持っていた。
元ドイツ技師が作った一覧。
低温。
高温。
油。
湿気。
振動。
交換時間。
工具。
予備部品。
「この紙を作った者は技師ですか」
工場長が尋ねる。
「そうだ」
「なぜ本人が来ない」
「飛行機を作っている」
「あなたは」
「この男を見張っている」
◇
工場側は、完成品の販売には応じた。
だが内部部品は売りたがらない。
「修理は当社へ返送してください」
「ポーランドから?」
「はい」
「時間がかかる」
「品質保証のためです」
実業家は考えた。
「認定修理員制度は」
「ありません」
「作れませんか」
「技術流出になります」
「では、完成品を多く買う」
元独立運動家が止める。
「待て」
「返送中の予備が必要です」
「いくつ」
「機体二十機につき六基」
「多い」
「一基壊れて一機飛べない方が高い」
元独立運動家は計算した。
「四基」
「五基」
「四基」
「では最初は四基。稼働率を記録し再協議」
工場長が笑った。
「お二人はいつもこうですか」
「こいつは昔から金を使う」
「この人は昔から人を増やす」
二人が同時に言った。
「違う」
◇
工場の試験員が、WILKの質問票へ興味を持った。
「振動試験の条件が細かい」
「翼下機銃で失敗した」
元独立運動家が答えた。
「機銃?」
「違う会社では」
「同じ会社だ」
「航空機と機関銃と食品を?」
「聞くな。長くなる」
◇
点火装置工場では採用者は出なかった。
元独立運動家は満足した。
「一工場、無事に終わった」
「技術協力契約は結びました」
「人は増えていない」
「はい」
「よし」
「工場の技師が年二回来ます」
「滞在先は」
「WILK住宅」
「一時滞在だな」
「家族同伴も可能です」
「なぜそこまで付けた!」
「長期滞在になる可能性があります」
「人は増えていないと言っただろう!」
◇
オーストリア。
気化器工場。
戦後不況で注文が少ない。
工場自体は動いている。
だが航空用部門は縮小予定。
「工場は買わない」
元独立運動家が門の前で言った。
「買いません」
「部門も買わない」
「買いません」
「設備だけも」
「必要な治具は購入対象です」
「それは最初から聞いていない」
「気化器部品を作るには必要です」
「完成品を買う話では」
「予備部品の一部を自社で作れる方が」
「中身を作り始める気か」
「単純な部品だけです」
「単純かどうかは誰が決める」
「技師です」
「今ここにいない!」
◇
工場長が見せたのは、古い気化器。
同じ型式でも、微妙に穴径が違う。
針弁。
浮子。
噴射孔。
調整ねじ。
「軍から来る発動機に、三種類混ざっています」
実業家が資料を示す。
「全部対応できる?」
「できます」
「部品供給は」
「二年ほど」
「その後は」
「注文次第」
「型を残してほしい」
「保管費が要ります」
「払います」
元独立運動家が言う。
「いくらだ」
金額。
沈黙。
「高い」
「型を廃棄すれば、再製作の方が高い」
「何年保存」
「十年」
「五年」
「八年」
「六年」
実業家が言った。
「七年」
元独立運動家が睨む。
「間を取るな」
「双方が不満なら公平です」
◇
気化器工場には、熟練調整工がいた。
耳で発動機の回転を聞き、混合比の狂いを当てる男。
「機械で測れないのか」
元独立運動家が尋ねる。
「測れます」
「では耳は」
「測る前に異常を絞れます」
実業家が質問する。
「年齢は」
「六十三」
「引退予定は」
「来年」
「ポーランドへ来ますか」
「待て!」
元独立運動家の声が工場へ響いた。
◇
「雇用ではありません」
実業家が言う。
「では何だ」
「顧問契約」
「同じだ!」
「期間は半年」
「家族は」
「妻と二人」
「聞いているではないか!」
調整工は二人を見て笑った。
「面白い会社だ」
「面白くない」
元独立運動家が答える。
「忙しいだけだ」
◇
結局、調整工は半年間の技術指導へ来ることになった。
妻も同行。
住居は用意。
帰国費用も契約へ入れる。
「二人増えた」
元独立運動家が記録する。
「期間限定です」
「住めば情が移る」
「誰に」
「町にだ」
「悪いことですか」
「帰らなくなる!」
◇
次は、小さな整備工場。
発動機そのものではなく、気化器と点火装置の修理。
六人で運営。
父親。
息子二人。
娘一人。
親族二人。
「家族工場か」
元独立運動家が言う。
「技術がまとまっている」
実業家が答えた。
「買わないぞ」
「買いません」
「雇わないぞ」
「まだ何も」
工場主が先に言った。
「ポーランドへ移れますか」
元独立運動家は天井を見た。
◇
理由。
家賃上昇。
注文減少。
大手工場との競争。
設備更新ができない。
「WILKへ来れば、仕事はありますか」
工場主が尋ねる。
実業家が答える。
「あります」
「家族全員?」
「技能試験後に」
「住居は」
元独立運動家が割り込む。
「まだない」
「作ります」
実業家が続けた。
「お前は黙れ!」
◇
六人のうち、五人が技術者だった。
一人は帳簿と部品管理。
同居家族を含め、十四人。
「多い」
元独立運動家が言う。
「一工場を買うより少ない」
「比べる対象がおかしい」
「発動機補機の修理能力が一式そろいます」
「それは分かる」
「では」
「分かるから困る!」
◇
その夜。
宿。
元独立運動家は採用候補一覧を見ていた。
軸受検査員、一名。
家族二名。
気化器調整工、一名。
妻一名。
整備工場、六名。
家族八名。
その他、候補者。
「すでに十八人分ではないか」
実業家が紅茶を飲む。
「家族込みでは」
「言うな」
「二十八人です」
「言うなと言った!」
「採用者本人は八名です」
「最初の条件は職人を勝手に雇わない、だ」
「全員、あなたが面談しています」
元独立運動家は止まった。
「私も共犯か」
「共同決裁です」
「だから同行させたのか」
「単独出張は禁止でしたので」
「お前、最初から分かっていたな」
◇
ドイツ。
最後の目的は、発動機用軸受と点火装置の供給先追加。
一社に頼れば、一社が止まった時に全部止まる。
WILKは三つの供給先を持ちたかった。
「三社と契約する」
実業家が言った。
「同じ部品を三社から?」
「完全に同じ規格で」
「できるのか」
「図面と検査基準を共有します」
「会社ごとの癖は」
「受領検査で記録」
「価格は上がる」
「供給停止より安い」
元独立運動家は頷いた。
「それはよい」
「珍しく反対しませんね」
「私は無駄を嫌う。予備を嫌っているわけではない」
「では契約を」
「人を増やすな」
◇
ドイツの工場は大きかった。
軸受。
点火装置。
気化器。
一部は自動車用。
一部は航空用。
技術水準は高い。
だが政治情勢も経済も不安定だった。
工場側は外貨契約を求める。
実業家は複数通貨での支払いを提案。
元独立運動家は分からない部分を黙って聞いた。
「金貨」
「外貨」
「商品決済」
「信用状」
「何種類ある」
「相手が受け取れる形にします」
「払う側は」
「最も損の少ない形を選びます」
「お前の本業は何だ」
「取引です」
「航空会社ではなかったのか」
実業家は少しだけ笑った。
「WILKは、私の仕事の一つです」
「一つ?」
「契約へ戻りましょう」
「今の話を戻すな」
◇
元独立運動家は、初めて実業家の別の顔を少し見た。
工場側の銀行。
運送会社。
保険会社。
倉庫会社。
それぞれの担当者が、実業家を知っている。
「以前の取引先です」
本人はそう言う。
だが相手の態度は、ただの一度きりの客ではない。
「お前は何をどれだけ持っている」
帰りの馬車で、元独立運動家が尋ねた。
「必要な契約を」
「会社の話だ」
「いくつかあります」
「いくつだ」
「数える基準によります」
「答える気がないな」
「今はWILKの話を」
「そのWILKへ金を出しているのは誰だ」
「私です」
「どこから」
「利益から」
「何の」
実業家は窓の外を見た。
「昔、あなたへ独立運動資金を出せる程度には」
「その頃より増えたか」
「市場拡大のチャンスが多かったので」
元独立運動家は苦い顔をした。
「その言葉で全部隠すな」
◇
契約は七件になった。
軸受二社。
点火装置二社。
気化器部品一社。
特殊工具一社。
絶縁材一社。
同じ物を一社だけに頼らない。
ただし、完全な共通化はできない。
各社ごとの受領検査票。
識別刻印。
交換部品箱。
適合表。
「仕事が増えた」
元独立運動家が言う。
「止まるよりよい」
「それも分かる」
「では」
「分かることと、楽なことは別だ!」
◇
帰国前日。
採用者最終確認。
本人十八名。
家族六十二名。
後発十一名。
元独立運動家は一覧を見る。
「増えている」
「最後の工場で点火装置技師二名」
「私は許可していない」
「面談しました」
「面談しただけだ」
「あなたが技能評価欄へ合格と」
「採用決定欄ではない!」
「人事担当が合格を書いたので」
「私は人事担当ではない!」
「労務・行政担当です」
「同じようなものだと思うな!」
◇
同行家族の中には、教師が一人。
縫製工が二人。
看護経験者が一人。
鉄道員が一人。
「また別部門へ使う気か」
「働きたい者だけです」
「住居は」
「帰国電報を」
「もう打ったのか」
「昨日」
「返事は」
実業家が電報を差し出す。
住宅不足。
旧倉庫二棟を仮宿舎へ転用申請中。
学校一教室追加。
診療所対応可能。
帰国時、人数増加理由を説明せよ。
元独立運動家は自分の筆跡を見た。
「私が書いた」
「準備が早い」
「誰のせいだ!」
◇
帰国列車。
人は増えた。
だが前回より整っていた。
名簿。
家族票。
健康票。
工具一覧。
荷物札。
勤務希望。
学校希望。
診療情報。
元独立運動家が出発前に書式を作っていた。
「今回は混乱が少ない」
実業家が言う。
「前回の失敗を使った」
「良い制度です」
「次を前提に褒めるな」
◇
途中、国境で書類が止まった。
気化器調整工の妻。
旅券の旧姓と婚姻後の姓が違う。
「同一人物の証明は」
「婚姻証明」
「翻訳がない」
元独立運動家が鞄から出す。
「あります」
国境官吏が見る。
「なぜ用意している」
「前回、同じ問題があった」
「公証は」
「こちら」
「入国先の身元保証」
「WILK」
「住居証明」
「仮宿舎」
官吏は印を押した。
実業家が感心する。
「準備が完璧です」
「お前が増やすから覚えた」
◇
別の家族。
子供一人の出生証明がない。
戦時中に書類が焼けた。
国境官吏は難色を示す。
「本人確認ができない」
母親の顔が青ざめる。
元独立運動家は尋ねた。
「同行者の証言は」
「公的書類ではない」
「医師の年齢推定」
「補助にはなる」
「仮入国後、ポーランド側で登録する保証は」
「政府機関の保証が要る」
元独立運動家は、元同志の議員が発行した照会状を出した。
「これで」
官吏は長く読んだ。
「例外扱いだ」
「記録へ残してくれ」
「次から同じにはならない」
「同じ事情は二つとない」
印。
母親は何度も頭を下げた。
元独立運動家は言う。
「子供を見ていろ。礼は要らん」
◇
列車が動き出した後。
実業家が静かに言った。
「あなたを連れてきてよかった」
「次も連れてくる気か」
「単独出張は禁止です」
「解除する」
「本当に?」
「お前一人より、私がいた方が被害が少ない」
「では次回も」
「被害がなくなるとは言っていない!」
◇
WILK駅。
軍将校。
元白軍将校。
元ドイツ技師。
役場職員。
医師。
元独立運動家の部下たち。
列車を待つ。
「何人だ」
軍将校が尋ねる。
「電報では八十人ほど」
「ほど?」
「本人と家族」
「前回より少ない」
「感覚が狂っているぞ」
◇
列車が到着。
先頭から、部品箱。
軸受。
点火装置。
気化器。
特殊工具。
検査器具。
その後に客車。
実業家が降りる。
元独立運動家も降りる。
軍将校が尋ねた。
「工場は」
「買っていない」
「よし」
「人は」
「十八名」
「少ない」
「お前まで感覚が狂ったか!」
◇
元ドイツ技師は部品を見る。
軸受。
刻印。
寸法票。
材料証明。
「三社?」
「将来三社」
実業家が答える。
「最初は二社」
「良い」
「仕様差は」
「ここに」
適合表。
検査基準。
変換部品。
技師はページをめくる。
「使える」
軍将校が喜ぶ。
「発動機が飛ぶ?」
「発動機が来れば」
「そこは変わらないか!」
◇
新しい整備工たちは、受領検査場へ入った。
軍から届いた発動機。
木箱。
油。
不揃いな補機。
気化器調整工が一基を見る。
「混合比が濃い」
「まだ回していない」
WILK整備工が言う。
「調整ねじ位置」
「分かるのか」
「癖だ」
元ドイツ技師が尋ねる。
「試す」
始動。
黒煙。
回転不安定。
調整工が少し動かす。
回転が滑らかになる。
軍将校が目を見開いた。
「本当に直った」
「まだ仮調整」
「飛ばせる?」
「負荷試験後」
「誰もすぐ飛ばすと言っていない」
技師が軍将校を見る。
「成長した」
「お前たちは私を何だと思っている!」
◇
家族は仮宿舎へ。
教師は学校を見学。
看護経験者は診療所へ。
縫製工は被服部門へ。
鉄道員はWILK駅の貨物担当と話し始めた。
「結局、全員働く」
軍将校が言う。
元独立運動家が答えた。
「働きたい者は」
「お前の仕事も増えた」
「分かっている」
「国外出張はどうだった」
「実業家一人よりましだった」
「止められた?」
「工場は買わせなかった」
「人は増えた」
「工場一棟より少ない」
軍将校は少し考えた。
「勝ちだな」
「勝ちにするな」
◇
その日の夕方。
元独立運動家の机。
住宅割当。
雇用票。
学校登録。
診療記録。
役場申請。
技術顧問の滞在許可。
外国人技師の就労証明。
供給契約に伴う輸入申告。
書類が積まれている。
「同行すれば仕事が減ると思った」
彼は言った。
実業家が答える。
「現地で処理したので減っています」
「これで?」
「同行しなければ、さらに多かったでしょう」
「証明できるか」
「次回、単独で」
「やめろ」
◇
実業家は一枚の書類を置いた。
次回出張候補
目的。
発動機用潤滑油、耐熱材および試験設備の調査。
元独立運動家は、その紙を見た。
裏返した。
大きく書いた。
当面延期。
実業家が尋ねる。
「いつまで」
「私の机から、現在の書類が半分消えるまで」
「では人員を増やします」
「誰の仕事を増やす気だ!」
◇
新しい軸受は、受領検査を通った。
点火装置も使えた。
気化器部品も合った。
これまで部品待ちで止まっていた発動機三基が、順番に動き始めた。
一基。
二基。
三基。
首なしTurへ、心臓が載る。
格納庫から飛行場へ。
試運転。
飛行試験。
待っていた機体が空へ上がる。
軍将校は見上げた。
「出張の成果だ」
元独立運動家が答える。
「軸受と点火装置のな」
「職人も」
「増えた」
「家族も」
「増えた」
「工場は」
「買っていない」
「大成功では」
元独立運動家は、深く息を吐いた。
「次は絶対に、買い物だけして帰る」
隣で実業家が答えた。
「努力します」
「約束しろ」
「現地事情によります」
「やはり一人では出せん!」
◇
WILKは、発動機を作れなかった。
だが発動機を止める小さな部品を、以前より多く手に入れられるようになった。
一つの会社が止まっても、別の会社から届く。
違う会社から来た部品も、検査して、区別して、正しく使う。
作れない物を無理に作るのではない。
作れる者と契約し、届く道を増やし、直せる手を連れてくる。
そのために実業家は国境を越えた。
元独立運動家は、それ以上人が増えないよう監視した。
結果。
工場は増えなかった。
供給先は増えた。
職人も増えた。
家族も増えた。
申請書も増えた。
監視役の仕事だけは、確実に増えた。