WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・Tur A.3受領状況報告
一九二四年

WILK航空製作所における機体生産工程の再編、および発動機補機供給先の複数化により、完成機引渡数は増加した。

当月受領。

Tur A.3、七機。

翌月受領予定。

Tur A.3、九機。

機体および発動機の増加に対し、操縦士、観測員、機銃手および専任整備兵の養成人数が追いついていない。

特に、双発機の操縦、片発飛行および半引き込み式主脚の操作経験を有する操縦士が不足している。

軍監督官は、

「飛行機が足りないと言っていたはずだ」

と述べた。

航空部教育担当官は、

「今は飛行機だけが足りている」

と回答した。


第43話 飛行機はできた。飛ばす者がいない

Tur A.3が七機、飛行場へ並んだ。

 

 単葉。

 

 双発。

 

 太い胴体。

 

 左右の主翼下へ、半ばまで引き込まれる主脚。

 

 完全に格納されるわけではない。

 

 飛行中も車輪の一部は下へ残る。

 

 着陸時の事故へ備えた設計であり、空気抵抗との妥協でもあった。

 

 同じ翼。

 

 同じ尾翼。

 

 同じ半引き込み脚。

 

 発動機だけが、少しずつ違う。

 

 それでも全部、飛べる。

 

 軍将校は腕を組んだ。

 

「七機だ」

 

 元ドイツ帝国軍技師が答える。

 

「見れば分かる」

 

「先月は四機だった」

 

「発動機が来た」

 

「来月は九機」

 

「予定では」

 

「増えた」

 

「そうだな」

 

 軍将校は満足そうに頷いた。

 

 そして振り返る。

 

「操縦士は」

 

 誰も答えなかった。

 

     ◇

 

「何人いる」

 

 軍将校が、もう一度尋ねた。

 

 航空部から来た教育担当官が書類を開く。

 

「Turへの転換訓練を完了した操縦士、十一名」

 

「十一人」

 

「はい」

 

「機体は七機」

 

「はい」

 

「足りているではないか」

 

「一機につき一人では運用できません」

 

「なぜ」

 

「休暇、負傷、病気、転属があります」

 

「予備が要る?」

 

「最低でも一機二名」

 

「では二十二名」

 

「さらに観測員」

 

「後席に乗る者か」

 

「観測、航法、通信、後方機銃を担当します」

 

「一人で?」

 

「機体運用上は」

 

「忙しいな」

 

「整備兵も必要です」

 

「一機何人」

 

「専任四名から六名。燃料、弾薬、通信、補給、気象要員を含めればさらに増えます」

 

 軍将校は七機を見た。

 

 先ほどまでは、頼もしい七機だった。

 

 いまは人間を大量に食う七頭の牛に見えた。

 

「飛行機一機に、何人要る」

 

「直接運用だけでも十人前後」

 

 元独立運動家が言った。

 

「工場より少ない」

 

「比較対象がおかしい」

 

     ◇

 

 人数だけではない。

 

 必要なのは経験だった。

 

 単発機を飛ばしたことがある。

 

 それだけでは足りない。

 

 双発機。

 

 片発飛行。

 

 左右で異なる発動機出力への対応。

 

 重い機体。

 

 長い離陸滑走。

 

 前方射撃。

 

 低空攻撃。

 

 後席との連携。

 

 爆撃。

 

 そして半引き込み式主脚。

 

「単発機に乗れる者なら、すぐには無理か」

 

 軍将校が尋ねた。

 

「すぐには」

 

 教育担当官が答える。

 

「機体が重い」

 

「慣れればよい」

 

「発動機が二基あります」

 

「一基止まっても、もう一基ある」

 

「片方が止まると、止まった側へ機首が振られます」

 

「逆へ舵を踏む」

 

「知っていることと、反射的にできることは違います」

 

「脚もあるな」

 

「はい」

 

「半分しか引き込まない」

 

「半分でも操作は必要です」

 

「上げ切らなくてもよいなら簡単では」

 

「上げ忘れと、正常な半格納状態の区別が必要です」

 

「見れば分かる」

 

「操縦席から直接は見えません」

 

「表示器を」

 

「あります」

 

「なら」

 

「表示器が壊れた場合の手順も教えます」

 

 軍将校は眉を寄せた。

 

「教えることが多い」

 

 元白軍将校が頷く。

 

「飛行機は、飛んでいる間ずっと何かを要求する」

 

「お前は経験があるのか」

 

「ある」

 

「何機落とした」

 

「落ちてはいない。不時着した」

 

「何回」

 

「数える必要があるか」

 

「ある!」

 

     ◇

 

 軍将校は航空部へ問い合わせた。

 

 返事。

 

 養成課程は満杯。

 

 既存飛行学校も教官不足。

 

 練習機不足。

 

 燃料不足。

 

 整備兵不足。

 

 新型機ごとの転換訓練も増えている。

 

「ではWILKで訓練する」

 

 軍将校が言った。

 

 教育担当官が顔を上げる。

 

「民間工場で?」

 

「飛行機を作った者が、一番よく知っている」

 

 元ドイツ技師が答えた。

 

「作った者と飛ばせる者は違う」

 

「操縦士もいる」

 

「試験操縦士だ」

 

「教官に」

 

 滑走路脇から声が飛んだ。

 

「断る!」

 

     ◇

 

 試験操縦士は会議室へ連れてこられた。

 

「なぜ断る」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「試験飛行で忙しい」

 

「教えるだけだ」

 

「初心者を乗せる方が危険だ」

 

「新型機の限界飛行より?」

 

「新型機は、勝手に逆へ舵を踏まない」

 

「初心者が踏んだら」

 

「私が直す」

 

「なら教えられる」

 

「操縦装置が一組しかない」

 

 元ドイツ技師が図面を引き寄せた。

 

「二重操縦装置」

 

 軍将校が振り向く。

 

「作れるか」

 

「作れる」

 

「では作れ」

 

「機体を一機、訓練用に改造する」

 

「武装は」

 

「外す」

 

「爆弾架は」

 

「外す」

 

「側面固定機銃も」

 

「外す」

 

「大牙は」

 

「練習生へ重機関銃を持たせるな」

 

 軍将校は少し寂しそうな顔をした。

 

「丸腰か」

 

「操縦を覚える機体だ」

 

「せめて模擬銃」

 

「後で」

 

     ◇

 

 訓練型Tur。

 

 前席、練習生。

 

 後席、教官。

 

 操縦桿、二本。

 

 方向舵ペダル、二組。

 

 補助翼。

 

 昇降舵。

 

 方向舵。

 

 主要操縦系統を前後で連結する。

 

「発動機操作も二重化?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「主要操作のみ」

 

 技師が答える。

 

「左右の出力調整は」

 

「後席教官が優先」

 

「練習生は」

 

「段階的に触らせる」

 

「最初から全部では」

 

「単発機の癖が残っている者へ、いきなり左右別の操作を渡すな」

 

「脚操作は」

 

「前後両方」

 

「半引き込みなのに?」

 

「半引き込みだからだ」

 

     ◇

 

 Turの主脚は、完全には格納されない。

 

 離陸後。

 

 操縦士が脚上げ操作。

 

 車輪は主翼下や発動機ナセル下へ、半ばまで収まる。

 

 全部を覆わない。

 

 飛行中も下端が残る。

 

「見た目だけなら、壊れているようだな」

 

 軍将校が言った。

 

「故障時の胴体着陸へ備え、車輪を一部残す」

 

「空気抵抗は」

 

「完全収納より大きい」

 

「だが構造は軽い」

 

「そうだ」

 

 元白軍将校が言った。

 

「地面へ着く時も、腹だけよりまし」

 

「着かないのが一番だ」

 

     ◇

 

 二重操縦装置。

 

 前席操縦桿。

 

 後席操縦桿。

 

 連結棒。

 

 切離し機構。

 

「切り離せるのか」

 

「練習生が固まった場合」

 

「握ったまま?」

 

「教官側で操縦権を取る」

 

「前席の操縦桿は」

 

「遊離する」

 

「練習生が気づかない場合」

 

「表示板を出す」

 

 小さな板。

 

教官操縦中

 

 軍将校が見る。

 

「もっと大きく」

 

「前席から見えればよい」

 

「色は」

 

「赤」

 

「赤は工場では使用禁止」

 

「飛行機の中だ」

 

「混乱する」

 

「では白地に赤字」

 

「妥協点が細かい!」

 

     ◇

 

 脚操作も二重化した。

 

 上げ。

 

 下げ。

 

 手動補助。

 

 位置表示。

 

 左右。

 

「脚、上げ」

 

 教官が言う。

 

 練習生が操作。

 

 模型上の脚が、途中まで引き込まれる。

 

「上がり切りません!」

 

「正常だ」

 

「半分出ています!」

 

「半引き込み式だ!」

 

「名前の通りすぎます!」

 

 軍将校は横で笑った。

 

「初見では故障に見えるな」

 

「だから訓練する」

 

     ◇

 

 主脚位置表示器。

 

 左右それぞれ。

 

 下げ位置。

 

 半格納位置。

 

 途中位置。

 

「完全格納位置は」

 

「ない」

 

「表示板が一つ少なくて済む」

 

 軍将校が言った。

 

「前向きだな」

 

「半格納で左右がそろっていれば正常」

 

「片方だけ低い場合は」

 

「油圧系統か機械連結を疑う」

 

「着陸は」

 

「両方下げ切れるなら通常着陸」

 

「片方だけ下がらなければ」

 

「手動操作」

 

「それでも駄目なら」

 

 試験操縦士が答えた。

 

「出ている車輪と翼端を使い、できるだけ真っすぐ降ろす」

 

「半分残る設計が効く?」

 

「完全収納よりは」

 

 元白軍将校が頷く。

 

「地面へ削られる場所が減る」

 

     ◇

 

 発動機のない首なしTurが、まだ二機あった。

 

 軍将校がそれを見る。

 

「使える」

 

 技師も頷いた。

 

「地上教育機へ」

 

「発動機がないぞ」

 

「だからよい」

 

「何が」

 

「勝手に走らない」

 

     ◇

 

 首なしTur一機。

 

 機首は空。

 

 車輪止め。

 

 胴体下へ頑丈な台。

 

 前席。

 

 後席。

 

 操縦桿。

 

 方向舵。

 

 計器盤。

 

 燃料切替。

 

 発動機操作。

 

 脚操作。

 

 半引き込み式主脚は、実際に上げ下げできるよう残した。

 

「飛ばない飛行機を、正式に飛ばなくした」

 

 軍将校が言う。

 

「操縦席配置を覚える」

 

「発動機計器は動かない」

 

「教官が数値を読み上げる」

 

「練習生が操作する」

 

「脚は動く?」

 

「手動ポンプと外部動力で」

 

「発動機がなくても」

 

「油圧を別に与える」

 

 元白軍将校が言った。

 

「片側だけ止めることもできる」

 

 軍将校が見る。

 

「楽しそうだな」

 

「故障訓練だ」

 

     ◇

 

 地上訓練。

 

 最初の練習生は、軍の若い操縦士六名。

 

 単発機経験あり。

 

 双発機経験なし。

 

 半引き込み脚経験なし。

 

 教官役は試験操縦士。

 

 元白軍将校は後ろで見ている。

 

「なぜいる」

 

「事故経験を話す」

 

「不安を増やすな」

 

「生き残った経験だ」

 

「それならよい」

 

     ◇

 

「発動機始動手順」

 

 教官が言う。

 

「燃料弁、開」

 

「左右確認」

 

「混合比」

 

「濃」

 

「点火」

 

「左右とも入」

 

「始動」

 

 当然、発動機はない。

 

 整備員が機体外で板を叩いた。

 

 ドン。

 

「何だ!」

 

「始動音です」

 

「板一枚か!」

 

「発動機がないので」

 

 二回目。

 

 別の整備員が手回し警報器を鳴らす。

 

「音が違う!」

 

「改良中です」

 

     ◇

 

 元白軍将校が口で音を出した。

 

「ヴォォォォン」

 

 全員が見る。

 

「左発動機始動」

 

「ヴォォォォン」

 

「右発動機始動」

 

「ヴォォォォォォン」

 

「左発動機停止」

 

「ヴォ……ヴォォォォン」

 

 軍将校が入ってきた。

 

「何をしている」

 

「発動機役」

 

「元白軍将校を訓練設備へ数えるな!」

 

 だが、音の左右差は妙に分かりやすかった。

 

     ◇

 

「離陸」

 

 教官が言う。

 

「速度上昇」

 

「機首上げ」

 

「浮いた」

 

「脚、上げ」

 

 練習生が操作する。

 

 左右の主脚が半ばまで引き込まれる。

 

「右脚、半格納」

 

「左脚、半格納」

 

「表示確認」

 

「左右正常」

 

「もし左だけ途中位置なら」

 

「もう一度操作」

 

「変化なし」

 

「油圧確認」

 

「低下なし」

 

「手動系統」

 

「操作」

 

「それでも動かない」

 

 練習生が詰まる。

 

 元白軍将校が言う。

 

「飛ぶ」

 

「故障したまま?」

 

「脚一本で飛行機は落ちない」

 

 教官が頷いた。

 

「まず飛行姿勢を維持。原因確認はその後」

 

     ◇

 

 地上訓練では、失敗しても落ちなかった。

 

 燃料弁を間違える。

 

 左右を取り違える。

 

 片発停止時、逆へ舵を踏む。

 

 脚を上げ忘れる。

 

 半格納位置を故障と勘違いする。

 

 着陸前、脚を下げたつもりで表示を見ない。

 

「脚、下げ」

 

「操作しました」

 

「表示は」

 

「見ていません」

 

「見ろ」

 

「左右とも半格納」

 

「下がっていない!」

 

 教官が机を叩いた。

 

「操作したことと、動いたことは同じではない!」

 

 軍将校が頷く。

 

「よい言葉だ」

 

「軍にも使えるな」

 

 元独立運動家が言う。

 

「命令したことと、届いたことは同じではない」

 

「今は飛行訓練の話だ!」

 

     ◇

 

 整備兵も地上教育機を使った。

 

 主脚。

 

 油圧配管。

 

 リンク。

 

 手動降下装置。

 

 位置表示索。

 

「半分しか入らないのに、部品は多い」

 

 新兵が言った。

 

「動かす以上は要る」

 

「固定脚の方が」

 

「空気抵抗が大きい」

 

「完全引き込みなら」

 

「構造が重く複雑になる」

 

「半分は」

 

「その中間だ」

 

 新兵は車輪を見る。

 

「設計者が迷った結果?」

 

 技師が後ろから答えた。

 

「必要なところで止めた結果だ」

 

     ◇

 

 訓練型Turの改造が進む。

 

 武装撤去。

 

 爆弾架撤去。

 

 弾薬箱撤去。

 

 その分、軽くなる。

 

「軽すぎる」

 

 試験操縦士が言った。

 

「よいことでは」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「実戦型と動きが変わる」

 

「重りを載せる」

 

 元白軍将校が答えた。

 

「砂袋」

 

「固定しろ」

 

「水槽の方がよい」

 

 技師が言った。

 

「量を変えられる」

 

「任務別の重量を再現?」

 

「爆装、ガンポッド、軽荷状態」

 

「水を積んで飛ぶ軍用機」

 

「訓練機だ」

 

「飲める?」

 

「防錆剤を入れる」

 

「飲むな」

 

     ◇

 

 二重操縦装置の地上試験。

 

 前席操縦桿を動かす。

 

 後席も動く。

 

 方向舵。

 

 昇降舵。

 

 補助翼。

 

 正常。

 

「固めろ」

 

 技師が言う。

 

 前席役の整備員が操縦桿へしがみつく。

 

 後席教官が解除レバーを操作。

 

 前席側が切り離される。

 

 後席だけで動く。

 

「成功」

 

「前席表示」

 

 小さな板が出る。

 

教官操縦中

 

「脚操作も教官優先?」

 

「必要時は」

 

「練習生が脚を上げようとして、教官が下げたい場合」

 

「教官側が勝つ」

 

 軍将校が言う。

 

「軍隊らしい」

 

「安全設計だ」

 

     ◇

 

 初飛行。

 

 操縦は試験操縦士。

 

 後席にも経験者。

 

 練習生はまだ乗せない。

 

 訓練型Turが滑走路へ出る。

 

 半引き込み脚は下げ位置。

 

 離陸。

 

 上昇。

 

「脚、上げ」

 

 操作。

 

 左右車輪が半ばまで収まる。

 

 下端は残る。

 

「左右半格納、正常」

 

 旋回。

 

 前後操縦切替。

 

「後席操縦へ」

 

 解除。

 

 後席が操縦。

 

「前席復帰」

 

 再連結。

 

 少し衝撃。

 

「硬い」

 

「連結部を調整」

 

     ◇

 

 脚操作試験。

 

 上げ。

 

 下げ。

 

 再び上げ。

 

 左側だけ途中で止める。

 

「左右差」

 

「操縦へ大きな影響なし」

 

「抵抗は」

 

「少し増える」

 

「緊急着陸を」

 

「今日はしない」

 

「片脚のみ下げた状態の進入を」

 

「高度を保って模擬する」

 

 元白軍将校が言う。

 

「片側を地面へ先に触れさせる」

 

「地上で言うだけにしろ」

 

     ◇

 

 着陸前。

 

「脚、下げ」

 

 左右確認。

 

 下げ位置。

 

 表示正常。

 

 着陸。

 

 主輪が地面へ触れる。

 

 尾輪。

 

 減速。

 

「問題なし」

 

 技師が記録する。

 

「半引き込み脚の操作感は」

 

「重くない」

 

「表示は」

 

「分かりやすい」

 

「練習生が間違える可能性は」

 

「必ず間違える」

 

 軍将校が顔をしかめる。

 

「必ず?」

 

「だから教える」

 

     ◇

 

 問題。

 

 後席から前方が見えにくい。

 

 前席練習生の頭。

 

 太い胴体。

 

 単葉主翼の付根。

 

「背の低い者だけ採用?」

 

 軍将校が言う。

 

「後席を上げる」

 

 技師が答える。

 

「風が当たる」

 

「風防を追加」

 

「抵抗は」

 

「小さい」

 

「機体の背中が盛り上がる」

 

「教官が滑走路を見る方が重要」

 

 元白軍将校が言った。

 

「教官が立つ」

 

「座れ!」

 

     ◇

 

 後席を少し高くした。

 

 風防を追加。

 

 訓練機の胴体背部が、実戦型より膨らむ。

 

「格好が悪い」

 

 軍将校が言った。

 

「識別しやすい」

 

「色も変える?」

 

 軍は機首と尾翼へ広い黄色帯を提案。

 

「遠くから訓練機と分かる」

 

「敵にも」

 

「国内訓練用だ」

 

「戦時は」

 

「塗り直す」

 

     ◇

 

 最初の練習生。

 

 地上課程を終えた六名。

 

 一人ずつ。

 

 教官と同乗する。

 

「一人目」

 

 試験操縦士は言った。

 

「手を軽く」

 

「はい」

 

「力で曲げるな」

 

「はい」

 

「機体の動きを待て」

 

「はい」

 

「脚操作は声に出せ」

 

「はい」

 

「返事が多い」

 

「はい」

 

「減らせ」

 

     ◇

 

 離陸は教官。

 

 上空で操縦を渡す。

 

「持て」

 

 練習生が操縦桿を握る。

 

 強すぎる。

 

 機体が細かく揺れる。

 

「力を抜け」

 

「抜いています」

 

「指が白い」

 

 少し緩める。

 

 Turは素直になる。

 

「重いです」

 

「実戦機はもっと重い」

 

「ガンポッド?」

 

「それも」

 

「爆弾?」

 

「それも」

 

「今日は?」

 

「水だ」

 

「水?」

 

「前を見ろ」

 

     ◇

 

「左旋回」

 

 機体が傾く。

 

 練習生が戻す。

 

 戻しすぎる。

 

 右へ傾く。

 

「止めろ」

 

「止まりません」

 

「操縦桿を中央」

 

「中央が」

 

 教官が操縦権を取る。

 

 機体が水平へ戻る。

 

 前席へ表示板。

 

教官操縦中

 

「見えるか」

 

「はい」

 

「いま、お前は機体と喧嘩した」

 

「負けました」

 

「機体に勝とうとするな。頼め」

 

「頼む?」

 

「少し左へ行け、と手で言う」

 

「言葉では」

 

「手だ!」

 

     ◇

 

 水平飛行。

 

「脚、上げ」

 

 練習生が操作。

 

 表示器を見る。

 

「右、半格納」

 

「左、半格納」

 

「正常」

 

 少しして練習生が下を見る。

 

「車輪が見えます」

 

「正常だ」

 

「出ています」

 

「半引き込み式だ」

 

「分かっていますが、気になります」

 

「敵も気にするかもしれん」

 

「撃たれますか」

 

「前を見ろ!」

 

     ◇

 

 二人目。

 

 単発機経験が長い。

 

 操縦は滑らか。

 

 脚操作も忘れない。

 

 だが片発模擬で、止まった側へ舵を踏んだ。

 

 機体がさらに曲がる。

 

 教官が即座に戻す。

 

 着陸後。

 

「なぜ逆へ」

 

「単発機の癖で」

 

「地上では正しくできた」

 

「空では足が先に」

 

「考える前に動いた?」

 

「はい」

 

 教育担当官が言う。

 

「だから空で訓練する」

 

     ◇

 

 三人目。

 

 計器ばかり見る。

 

「外を見ろ」

 

「高度が」

 

「地面も高度を教える」

 

「計器の方が正確です」

 

「計器は壊れる」

 

「地面は」

 

「壊れない。近づく」

 

     ◇

 

 着陸進入。

 

「脚、下げ」

 

「下げました」

 

「表示」

 

「右、下げ位置」

 

「左」

 

「半格納」

 

「もう一度操作」

 

「変わりません」

 

「手動系統」

 

 練習生が慌てる。

 

「速度を維持しろ」

 

「脚が」

 

「先に飛べ!」

 

 手動操作。

 

 左脚が下がる。

 

「左右、下げ位置」

 

「着陸継続」

 

 降りた後、調べる。

 

 左表示索の調整不良。

 

「脚は下がっていた?」

 

「途中で引っかかった」

 

「危険?」

 

「手動で下がった」

 

「整備へ記録」

 

 練習生は青い顔をしていた。

 

「訓練機でも壊れるんですね」

 

「訓練だから見つかった」

 

     ◇

 

 四人目。

 

 離陸前に吐いた。

 

「乗れるか」

 

「乗ります」

 

「今日はやめる?」

 

「乗ります」

 

 元白軍将校が背中を叩く。

 

「吐く物がなくなれば軽くなる」

 

「励まし方を考えろ!」

 

 短時間だけ飛んだ。

 

 脚上げ操作は正確だった。

 

 着陸後、また吐いた。

 

 翌日も来た。

 

     ◇

 

 五人目。

 

 着陸が上手い。

 

 主輪を真っすぐ下ろす。

 

 半引き込み脚の抵抗変化もすぐ覚えた。

 

「どこで覚えた」

 

「農場です」

 

「飛行機を?」

 

「荷車です」

 

「同じか」

 

「馬が勝手に動くので」

 

「飛行機は馬より素直だ」

 

「馬は怒ります」

 

「飛行機も壊れる」

 

     ◇

 

 六人目。

 

 非常に慎重。

 

 慎重すぎて遅い。

 

「左発動機停止」

 

「回転計を確認します」

 

「機体が曲がっている」

 

「故障箇所を」

 

「先に舵!」

 

 着陸訓練。

 

「脚、下げ」

 

「油圧を確認」

 

「先に操作」

 

「故障していたら」

 

「下げてから確認しろ。滑走路は待たん」

 

 着陸後。

 

「地上では確認してから動く方がよい」

 

「空では遅い?」

 

「機体を安定させる。必要な操作をする。その後で原因を調べる」

 

「間違えた場合は」

 

「飛んでいる間は、正しい故障診断より姿勢維持だ」

 

     ◇

 

 訓練は続いた。

 

 一日。

 

 二日。

 

 一週間。

 

 練習生は少しずつ、Turへ慣れた。

 

 重い操縦。

 

 双発の音。

 

 片発時の振れ。

 

 長い離陸滑走。

 

 半引き込み脚の操作。

 

 車輪が一部見えたまま飛ぶ違和感。

 

 着陸前の脚位置確認。

 

 後席との会話。

 

「脚、下げ」

 

「左右、下げ位置」

 

「油圧正常」

 

「目視は」

 

「地上員確認」

 

「着陸許可」

 

 声に出す。

 

 言葉へする。

 

 忘れないために。

 

     ◇

 

 観測員訓練も始まった。

 

 地図。

 

 羅針盤。

 

 時計。

 

 地形。

 

 鉄道。

 

 川。

 

 町。

 

「この村は」

 

「地図にない」

 

「地図が古い」

 

「では何を信じる」

 

「川と線路」

 

「村は動かない」

 

「名前と境界は変わる」

 

 元独立運動家が地図を見る。

 

「役場境界はよく変わるぞ」

 

「飛行中に行政区分は使いません」

 

「よい判断だ」

 

     ◇

 

 機銃手訓練。

 

 地上旋回銃架。

 

 模擬弾帯。

 

 射界。

 

 味方尾翼。

 

「後ろへ撃つ」

 

「尾翼を撃つな」

 

「敵が尾翼の後ろに」

 

「操縦士へ位置を変えろと言え」

 

「撃てない?」

 

「自分の機体を壊すよりよい」

 

 元白軍将校が言う。

 

「尾翼へ鉄板を」

 

「重くするな」

 

     ◇

 

 整備兵教育。

 

 飛行前点検。

 

 飛行後点検。

 

 燃料。

 

 油。

 

 操縦索。

 

 主翼取付金具。

 

 ガンポッド架。

 

 発動機札。

 

 そして半引き込み脚。

 

「脚位置表示、右」

 

「正常」

 

「左」

 

「正常」

 

「油漏れ」

 

「なし」

 

「手動降下装置」

 

「封印確認」

 

「脚庫の泥」

 

「除去」

 

「完全に格納しないから汚れやすい?」

 

「車輪の一部が外へ残る」

 

「整備は増える」

 

「着陸事故の損傷は減る場合がある」

 

「得か損か」

 

「戻ってくれば得だ」

 

     ◇

 

 訓練機は一機では足りなくなった。

 

「もう一機」

 

 教育担当官が言った。

 

「実戦機が減る」

 

 軍将校が答える。

 

「操縦士がいなければ全部置物です」

 

「一機で回せ」

 

「整備日があります」

 

「二機」

 

 実業家が口を開く。

 

「三機あれば民間課程も」

 

「出てくるな!」

 

     ◇

 

 最終的に二機を訓練型へ。

 

 一機は完全二重操縦。

 

 一機は観測員・機銃手訓練兼用。

 

 首なしTur二機は地上教育機。

 

「四機も訓練へ?」

 

 軍将校が不満を述べる。

 

「今日四機を使えば、来年二十機を飛ばせます」

 

「来年まで待つ?」

 

 元ドイツ技師が言った。

 

「操縦士は旋盤より早く据え付けられない」

 

     ◇

 

 最初の六名。

 

 三週間後。

 

 単独飛行判定。

 

 一人目。

 

 過大操作は減った。

 

 脚操作も確実。

 

 合格。

 

 二人目。

 

 片発時の逆舵を修正。

 

 合格。

 

 三人目。

 

 外を見るようになった。

 

 着陸前確認も声に出せる。

 

 合格。

 

 四人目。

 

 まだ吐く。

 

 だが空中では操縦できる。

 

「合格?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 教官が答えた。

 

「追加訓練」

 

「戦場で吐いたら」

 

「吐きながら飛べればよい」

 

「よいのか?」

 

「よくはない」

 

     ◇

 

 五人目。

 

 着陸良好。

 

 半引き込み脚の左右差にもすぐ対応。

 

 合格。

 

 六人目。

 

 慎重さは残る。

 

 だが先に姿勢を戻せるようになった。

 

 合格。

 

 六名中五名。

 

 一名は追加訓練。

 

「五人増えた」

 

 軍将校が喜ぶ。

 

「まだ転換課程の前半です」

 

「爆撃、射撃、夜間、編隊」

 

「まだあるのか」

 

「操縦できるだけでは戦えません」

 

「飛行機を飛ばす方が、作るより時間がかかるな」

 

 技師が言った。

 

「人間は工程票どおりに完成しない」

 

     ◇

 

 四人目は翌週も来た。

 

 吐いた。

 

 飛んだ。

 

 脚を上げた。

 

 片発模擬へ対応した。

 

 脚を下げた。

 

 着陸した。

 

 また吐いた。

 

「やめないのか」

 

 元白軍将校が尋ねる。

 

「飛んでいる間は平気です」

 

「降りると?」

 

「地面が揺れます」

 

「変わった者だ」

 

 元白軍将校は肩を叩いた。

 

「戦場では地面の方が揺れる」

 

「励ましているのですか」

 

「たぶん」

 

     ◇

 

 二週間後。

 

 四人目も合格した。

 

 着陸後。

 

 吐かなかった。

 

 全員が驚いた。

 

「治った?」

 

「今日は朝食を食べていません」

 

 食品部門の料理人が怒った。

 

「次から食べさせる」

 

「吐きます」

 

「吐かない物を作る」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「操縦訓練から新商品開発へ行くな!」

 

     ◇

 

 最初の六名が、実戦型Turへ乗った。

 

 訓練型より重い。

 

 固定機銃。

 

 弾薬。

 

 無線。

 

 任務装備。

 

 発動機の癖。

 

 半引き込み脚の操作自体は同じ。

 

 だが重量が違う。

 

「脚を上げた後の加速が鈍い」

 

 一人目が言った。

 

「実戦重量だ」

 

「訓練機と違う」

 

「水槽で再現した」

 

「水と機銃は違います」

 

「重量は近い」

 

「気分が違う」

 

「それは慣れろ」

 

     ◇

 

 離陸。

 

 一機。

 

 二機。

 

 三機。

 

 上昇。

 

 脚を上げる。

 

 車輪の一部を残し、半ばまで収まる。

 

 編隊になる。

 

 少しばらつく。

 

 だが飛んでいる。

 

 格納庫で待っていたTurが、人を得て空へ上がった。

 

     ◇

 

 軍将校は見上げた。

 

「これで飛行機が増えた」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「操縦士も」

 

「整備兵も」

 

 元独立運動家が付け加えた。

 

「宿舎も」

 

「学校も」

 

「食堂も」

 

「便所も」

 

 軍将校が言う。

 

「最後は要らないだろう」

 

「人が増えた」

 

「分かっている」

 

     ◇

 

 問題は、追加訓練生の宿舎だった。

 

 軍から二十四名。

 

 操縦士候補。

 

 観測員候補。

 

 整備兵候補。

 

「いつ来る」

 

 元独立運動家が尋ねる。

 

「来週」

 

 軍将校が答えた。

 

「申請は」

 

「軍人だぞ」

 

「宿舎は空から生えない」

 

「兵舎を作る」

 

「土地は」

 

「WILK敷地内」

 

「用途変更」

 

「軍施設でも?」

 

「地方消防と衛生は来る」

 

「頼む」

 

「人数を先に言え!」

 

     ◇

 

 地方役場。

 

 元独立運動家は書類を出した。

 

「今回は何だ」

 

 役人が尋ねる。

 

「軍人宿舎」

 

「何人」

 

「最初は二十四」

 

「最初?」

 

「軍が言っている」

 

 役人は事情を理解した。

 

「実業家ではないのか」

 

「今回は軍だ」

 

「どちらも増えるな」

 

「私に言うな」

 

「会社負担は」

 

「建物と上下水道」

 

「軍は」

 

「寝具と食費」

 

「町は」

 

「消防検査と道路接続」

 

 役人は印を押した。

 

「通す」

 

「早いな」

 

「お前が必要書類を全部持ってきた」

 

「人脈ではない」

 

「相手が必要とする紙を、先に用意した」

 

「覚えたな」

 

     ◇

 

 WILK飛行訓練班。

 

 正式名称。

 

WILK航空製作所附属・陸軍航空機種転換臨時教育班

 

 工場では、

 

「飛ばし方部」

 

 と呼ばれた。

 

 元ドイツ技師が怒った。

 

「部門ではない」

 

 実業家が記録する。

 

将来、部門化の可能性あり。

 

「消せ!」

 

     ◇

 

 社内記録。

 

訓練型Tur、二機。

地上教育機、二機。

 

第一回転換訓練生、六名。

修了、六名。

 

観測員訓練、四名。

機銃手訓練、八名。

整備兵基礎課程、十六名。

 

訓練中の重大事故、なし。

 

操縦過大、九件。

左右操作誤り、五件。

片発模擬時の逆舵、二件。

主脚上げ忘れ、三件。

半格納位置の故障誤認、六件。

着陸前脚位置確認忘れ、四件。

空酔い、十一件。

訓練開始前の嘔吐、七件。

 

訓練設備として使用した元白軍将校、一名。

 

 元白軍将校が記録を見る。

 

「私は設備か」

 

 軍将校が答えた。

 

「発動機音を出した」

 

「教官補助だ」

 

「正式雇用?」

 

「創業者だろう!」

 

     ◇

 

 夕方。

 

 飛行場。

 

 訓練を終えた六名が、七機のTurを見ていた。

 

 一機余る。

 

「明日は七人目が来る」

 

 軍将校が言う。

 

「その次は」

 

「さらに二十四人」

 

「多い」

 

「機体も増える」

 

 格納庫の奥では、新しいA.3が組み上がっている。

 

 発動機も届き始めた。

 

 作る速度。

 

 直す速度。

 

 飛ばす速度。

 

 ようやく三つが近づき始めていた。

 

     ◇

 

 飛行機は、機体だけでは飛ばなかった。

 

 発動機が要る。

 

 燃料が要る。

 

 部品が要る。

 

 整備する手が要る。

 

 そして最後に、操縦席へ座る人間が要る。

 

 人間は、部品番号を刻んでも同じにはならない。

 

 力を入れすぎる者。

 

 計器ばかり見る者。

 

 判断が遅い者。

 

 地上へ降りると吐く者。

 

 着陸だけ妙に上手い者。

 

 半分残った車輪を、何度見ても故障だと思う者。

 

 それぞれに教え方が違った。

 

 WILKは航空機を作る方法を覚えた。

 

 部品をそろえる方法も覚えた。

 

 発動機を待つ方法も覚えた。

 

 そして今度は、人が双発の重さと、半引き込み脚の癖と、空そのものへ慣れるまで待つことを覚え始めた。

 

 その夜。

 

 元独立運動家の机へ、軍から新しい書類が届いた。

 

転換訓練生追加派遣予定。

 

操縦士候補、二十四名。

観測員候補、十二名。

整備兵候補、四十名。

 

宿舎、教育施設、食堂および衛生設備の準備を求む。

 

 彼は人数を数えた。

 

 次に、便所の必要数を数えた。

 

 そして遠くにいる軍将校へ向かって叫んだ。

 

「飛行機を増やす前に相談しろ!」

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