WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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ポーランド陸軍航空部・Tur搭載能力再評価命令より抜粋

一、航空祭において確認された最大外部搭載重量について、軍用物資を用いた再試験を実施する。

二、試験搭載物は訓練用爆弾、弾薬箱、燃料缶、医療資材その他とする。

三、パン生地入り木樽は試験搭載物に含めない。

四、前項は、木樽による試験値が無効であることを意味しない。

五、ただし、軍用機の性能表へ「パン樽二十四個」と記載することは認めない。

追記。
WILK社より「実測値を隠すべきではない」との異議が提出された。
現在、表現を協議中である。


第46話 パン樽の次は爆弾を積め

食品部門が正式に設置された翌日、軍から一通の命令書が届いた。

 

ポーランド軍将校は封を切った。

 

読んだ。

 

もう一度読んだ。

 

机へ置いた。

 

「来たぞ」

 

元白軍将校が顔を上げる。

 

「追加注文か」

 

「軍からだ」

 

「パンではないのか」

 

「爆弾だ!」

 

元独立運動家が書類を受け取った。

 

「爆撃任務か」

 

「違う。搭載試験だ」

 

航空祭でパン生地入り木樽を二十四個積んだ結果、Turがポーランド軍の現用機中、最大級の外部搭載能力を持つ可能性が判明した。

 

参謀本部は、その数字を見逃さなかった。

 

正確には、見逃そうとした者もいた。

 

しかし報告書には、

 

パン生地、木樽、鉄帯、固定具及び転動用外輪を含む総重量

 

が克明に記録されていた。

 

元ドイツ帝国軍技師の仕事である。

 

「実測値だ」

 

彼は言った。

 

「だからといって軍へ提出するか」

 

軍将校が返す。

 

「提出しなければ試験記録ではない」

 

「パンだぞ」

 

「重量に用途はない」

 

実業家が頷く。

 

「重量には思想がありません」

 

「お前たちは昨日から同じことを言っている!」

 

 

軍の要求は単純だった。

 

航空祭と同じ重量を、軍用の搭載物で再現せよ。

 

可能なら、それ以上も確認せよ。

 

元ドイツ技師は即座に条件を付けた。

 

「同じ重量を積むだけでは比較にならない」

 

「なぜだ」

 

軍将校が尋ねる。

 

「樽と爆弾は形が違う」

 

航空祭の樽は大きかった。

 

丸かった。

 

空気抵抗も大きかった。

 

しかも二十四個すべてが同じ重量ではない。

 

生地の量。

 

果汁の量。

 

鉄帯の厚さ。

 

木材の含水量。

 

外輪の大きさ。

 

一樽ごとに違っていた。

 

対して爆弾は細長く、重い。

 

同じ総重量でも、翼へ掛かる力は変わる。

 

「取付点へ集中する荷重が違う」

 

技師が図面へ線を引く。

 

「樽は広い枠で支えた。爆弾は細い吊環へ力が集まる」

 

元白軍将校が言う。

 

「太い吊環にしろ」

 

「吊環だけ太くしても、その先が壊れる」

 

「その先も太くする」

 

「最後は翼全部だ!」

 

実業家が図面を覗き込んだ。

 

「爆弾を樽の枠へ載せては」

 

全員が彼を見る。

 

「枠が既にあります」

 

軍将校がゆっくり首を振った。

 

「軍の爆弾を、パン運搬枠へ入れるな」

 

「規格を共用できます」

 

「食品部門と兵装部門を同じ金具でつなぐな!」

 

元ドイツ技師はしばらく考えた。

 

「考え方は悪くない」

 

「お前まで認めるのか!」

 

 

最初の試験では、本物の爆弾を使わなかった。

 

砂。

 

鉄くず。

 

水。

 

それらを詰めた模擬弾を用意した。

 

一個五十キログラム。

 

一個百キログラム。

 

一個二百五十キログラム。

 

大きさと重さを変え、翼下と胴体下へ吊るす。

 

軍の兵装係がWILKへ到着した。

 

彼は航空祭の記録を読みながら、格納庫へ入ってきた。

 

「パン樽二十四個を積んだ機体はどれだ」

 

軍将校が嫌そうにTurを指す。

 

「これだ」

 

兵装係は機体を一周した。

 

主翼。

 

発動機。

 

半引き込み式の主脚。

 

胴体下部。

 

外部搭載架。

 

「本当に飛んだのか」

 

「七千人が見た」

 

「上昇した?」

 

「した」

 

「旋回は」

 

「した」

 

「着陸は」

 

「樽を落として軽くなってからだ」

 

兵装係は記録帳へ書いた。

 

最大重量着陸は未確認。

 

元ドイツ技師が横から言う。

 

「重要だ」

 

軍将校が顔をしかめる。

 

「爆弾を積んだまま帰る想定か」

 

兵装係が答えた。

 

「目標を発見できない場合もある」

 

その一言で、格納庫の空気が少し変わった。

 

運べること。

 

落とせること。

 

そして、落とさずに持ち帰れること。

 

すべて別の性能だった。

 

航空祭では、パン樽をすべて落とした。

 

軍用機なら、そうはいかない。

 

 

搭載試験一日目。

 

五十キログラム模擬弾を八個。

 

翼下へ左右四個ずつ。

 

総重量は航空祭より軽い。

 

Turは問題なく滑走した。

 

離陸。

 

上昇。

 

旋回。

 

着陸。

 

「軽いな」

 

元白軍将校が言う。

 

「武器を軽いと言うな」

 

軍将校が答える。

 

二日目。

 

百キログラム模擬弾を六個。

 

内側へ二個ずつ。

 

胴体下へ二個。

 

離陸距離は伸びた。

 

上昇率は落ちた。

 

それでも飛んだ。

 

三日目。

 

百キログラム模擬弾を八個。

 

元ドイツ技師が止めた。

 

「胴体下の投下順序を決める」

 

「全部同時では駄目か」

 

元白軍将校が尋ねる。

 

「急に八百キログラム軽くなれば、機体が跳ねる」

 

「操縦で押さえる」

 

「事前に分かっている変化を、操縦士の腕でごまかすな」

 

「戦場ではよくやる」

 

「だから事故が減らん!」

 

投下順序は、外側から左右交互。

 

次に内側。

 

最後に胴体下。

 

片側だけ軽くならないよう、左右の投下機構を連動させる。

 

だが既存の機構は、完全には同時に動かなかった。

 

右が先。

 

左が少し遅れる。

 

わずかな時間差。

 

それでも重い物なら姿勢が乱れる。

 

元ドイツ技師は機構を分解した。

 

「作り直す」

 

軍将校が聞く。

 

「いつまでに」

 

「三日」

 

「軍は明日を要求している」

 

「なら明日、落とすな」

 

「試験にならん」

 

「墜落するよりましだ」

 

軍将校は命令書を見た。

 

そして、期限を書き換えた。

 

 

試験の間にも、食品部門は動いていた。

 

遠征パンの注文が増えていた。

 

鉄道会社。

 

鉱山。

 

郵便局。

 

測量隊。

 

国境警備隊。

 

軍からも保存試験用の発注が来た。

 

格納庫の片側には模擬爆弾。

 

反対側には果汁入り生地樽。

 

兵装係が、その光景を見て立ち止まる。

 

「なぜ同じ建物にある」

 

食品部門の責任者が答える。

 

「どちらもTurへ積むからです」

 

「危険物と食品を分けろ」

 

「模擬弾です」

 

「見た目の問題だ!」

 

元独立運動家が現れた。

 

「保管区画は分けてある。床の線を見ろ」

 

兵装側は白線。

 

食品側は黄色線。

 

中央には通路。

 

その通路を、元白軍将校が樽を転がしていた。

 

「線を越えるな!」

 

元独立運動家が怒鳴る。

 

「近道だ」

 

「爆弾側へパンを転がすな!」

 

「模擬弾だ」

 

「そういう問題ではない!」

 

 

投下機構の改良が終わった。

 

左右の懸吊物を同時に外すため、一本の操作軸で二つの留め具を動かす。

 

動作が重い。

 

そこで補助ばねを付けた。

 

今度は軽すぎて、振動で外れる危険が出た。

 

安全栓を追加。

 

安全栓を抜き忘れる可能性が出た。

 

表示札を追加。

 

投下前に抜け。

 

軍将校が札を見る。

 

「第十話の樽と同じだな」

 

元独立運動家が答えた。

 

「紙は飛ぶ」

 

技師が言う。

 

「だから金属板へ刻んだ」

 

軍将校はため息をついた。

 

パン樽へ直接刻んだ説明書きが、今度は兵装操作の表示へ使われていた。

 

「生では食うな、も刻むか」

 

元白軍将校が尋ねる。

 

「お前だけには必要かもしれん」

 

 

正式な最大搭載試験の日。

 

Turの周囲へ、模擬弾が並べられた。

 

百キログラム模擬弾、八個。

 

さらに五十キログラム模擬弾、四個。

 

合計一トン。

 

固定具を含めれば、航空祭の樽搭載時をわずかに上回る。

 

軍将校が数字を確認した。

 

「本当に飛ばすのか」

 

元白軍将校が操縦席へ上がる。

 

「そのための試験だ」

 

「お前が乗るのか」

 

「一番重い時の癖を知っている」

 

「パンの時は別の操縦士だった」

 

「見ていた」

 

「見ただけで分かるか」

 

「農業機械は重い荷を積んだ時が一番正直だ」

 

元ドイツ技師も後席へ乗り込んだ。

 

計器。

 

温度。

 

油圧。

 

左右発動機の回転。

 

翼のたわみ。

 

すべてを見る。

 

「無理なら離陸を中止する」

 

「どこで」

 

軍将校が尋ねる。

 

技師は滑走路上の旗を指した。

 

「赤旗までに尾が浮かなければ止める」

 

「止まれる距離は」

 

「計算上は」

 

軍将校が嫌な顔をした。

 

「計算上は?」

 

「草地が乾いていれば足りる」

 

元白軍将校が言う。

 

「昨日は雨だったな」

 

「だから朝から排水した!」

 

元独立運動家が遠くから怒鳴った。

 

彼は飛行試験のたびに、なぜか滑走路の排水まで担当していた。

 

 

二基の発動機が始動する。

 

機体が震える。

 

模擬弾も細かく揺れた。

 

元ドイツ技師が翼下を見る。

 

「固定良好」

 

出力を上げる。

 

Turが動き出す。

 

遅い。

 

航空祭の時より遅く感じられた。

 

観客はいない。

 

音楽もない。

 

パンの匂いもない。

 

いるのは軍人、技術者、整備員だけ。

 

赤旗が近づく。

 

尾輪が地面を離れた。

 

元白軍将校が機首を保つ。

 

赤旗を通過。

 

主脚が浮く。

 

一瞬、また地面へ触れる。

 

そして完全に離れた。

 

「飛んだ」

 

兵装係が呟いた。

 

軍将校は答えない。

 

Turは低い高度で滑走路の先へ進む。

 

ゆっくり上昇。

 

半引き込み脚が上がる。

 

車輪の下半分が外へ残る。

 

速度は出ない。

 

だが落ちない。

 

「左右温度、正常」

 

技師が言う。

 

「上昇率は」

 

「低い」

 

「飛べるか」

 

「飛んでいる」

 

「そうではない」

 

「この重量で戦闘空域へ行けるか、という意味なら条件付きだ」

 

風。

 

気温。

 

飛行場の長さ。

 

燃料量。

 

目標までの距離。

 

すべてに左右される。

 

一トン積める。

 

だが一トン積んで、どこへでも行けるわけではない。

 

その違いを、技師は何度も言った。

 

 

投下区域へ到着した。

 

地上には白い目標布。

 

元白軍将校が進入する。

 

「第一組」

 

技師が安全栓を確認する。

 

「抜けている」

 

投下レバー。

 

左右外側の模擬弾が同時に落ちる。

 

機体が少し浮く。

 

元白軍将校が押さえる。

 

「第二組」

 

次。

 

第三。

 

最後に胴体下。

 

合計一トンが地上へ落ちた。

 

砂煙が上がる。

 

命中精度は高くなかった。

 

最初の二発は目標の手前。

 

次は左右へ散った。

 

胴体下の二発だけが、目標布の近くへ落ちた。

 

着陸後、兵装係が結果を見た。

 

「積める」

 

軍将校が頷く。

 

「落とせる」

 

元白軍将校も頷いた。

 

「当たらない」

 

全員が黙った。

 

元ドイツ技師が記録帳へ書き込む。

 

最大搭載能力、確認。

投下機構、概ね良好。

爆撃精度、不十分。

 

軍将校が読む。

 

「率直だな」

 

「記録だからだ」

 

「改善できるか」

 

「照準器、投下高度、速度維持、乗員訓練が必要」

 

「機体は」

 

「爆撃専用に作っていない」

 

元白軍将校が言う。

 

「もっと低く飛べば当たる」

 

「敵も当ててくる」

 

「装甲を増やす」

 

「さらに重くなる!」

 

「発動機を強くする」

 

元ドイツ技師は彼を見た。

 

「まだ存在しない発動機を当てにするな」

 

「いずれ出る」

 

「出たら速度へ使う」

 

軍将校が言う。

 

「爆弾も増やせるな」

 

技師は黙った。

 

沈黙は、否定ではなかった。

 

 

試験報告書を作る段階で、名称が問題になった。

 

最大外部搭載量 一〇〇〇キログラム

 

兵装係が書いた。

 

元ドイツ技師が訂正する。

 

試験条件下最大外部搭載量 一〇〇〇キログラム

 

軍将校がさらに追記する。

 

航続距離、気温、飛行場状態及び安全余裕により低減する。

 

元白軍将校が横へ書く。

 

パン樽実績あり。

 

軍将校が消した。

 

実業家が別紙を持ってきた。

 

「民間向け資料です」

 

Tur――一トンの荷を空へ運ぶ双発機。

 

軍将校が紙を奪う。

 

「公表するな!」

 

「爆弾とは書いていません」

 

「だから余計に何を積むか分からん!」

 

「穀物、郵便、医薬品、機械部品などです」

 

「パン生地は」

 

「当然含まれます」

 

「軍事試験を広告へ流用するな!」

 

実業家は紙を取り戻した。

 

「では、一トンという数値は使いません」

 

「そうしろ」

 

翌日、新聞広告にはこう書かれた。

 

町の朝食から工場の機械まで。

WILK Turは、必要な物を必要な場所へ運びます。

 

軍将校は広告を見た。

 

「数字がないだけで、昨日より広がっているではないか」

 

 

最大搭載試験の結果、軍はTurへ新しい役割を与えた。

 

重爆撃機ではない。

 

本格的な爆撃照準器もない。

 

速度も高度も、専用爆撃機には及ばない。

 

しかし近距離なら、多数の小型爆弾を運べる。

 

道路。

 

鉄道駅。

 

橋梁。

 

集積所。

 

野戦陣地。

 

広い目標へ大量に投下する用途なら、使える。

 

同時に、同じ重量を別の物へ使える。

 

弾薬。

 

燃料。

 

無線機。

 

医薬品。

 

担架。

 

工兵資材。

 

食料。

 

軍将校は新しい運用案を読み上げた。

 

「輸送、偵察、連絡、救難、写真撮影、補給投下、地上攻撃」

 

元独立運動家が尋ねる。

 

「本職はどれだ」

 

「軍にも分からん」

 

元ドイツ技師が答える。

 

「任務ごとに装備を換える」

 

実業家が言う。

 

「なら、全て本職です」

 

軍将校が顔をしかめる。

 

「そういう機体は、結局どの部隊も欲しがる」

 

「よいことでは」

 

「足りなくなる」

 

全員が黙った。

 

航空祭で志願者は増えた。

 

しかし機体の用途も増えた。

 

操縦士を増やしたら任務が増えた。

 

搭載量を調べたら爆撃任務が増えた。

 

食品を作ったら輸送依頼が増えた。

 

何かを解決するたび、次の不足が生まれる。

 

WILKでは、いつものことだった。

 

 

夕方。

 

最大搭載試験に使ったTurが格納庫へ戻された。

 

模擬弾架を外す。

 

その場所へ、食品部門の作業員が木樽を運んできた。

 

軍将校が止める。

 

「何をしている」

 

「近隣都市への遠征パン生地です」

 

「今朝まで爆弾を吊っていた架だぞ」

 

「洗浄しました」

 

「洗えばよいのか」

 

元ドイツ技師が取付部を確認する。

 

「固定方法は同じだ」

 

軍将校が彼を見る。

 

「昨日、食品と兵装を同じ金具でつなぐなと言ったはずだ」

 

「同じとは言っていない。交換式の共通基部だ」

 

「同じことだ!」

 

元白軍将校が樽を軽く叩いた。

 

「今日は落とさないのか」

 

「運ぶだけです」

 

食品部門が答える。

 

「現地で焼く?」

 

「はい」

 

「乾燥果実は」

 

「積んであります」

 

「木の実は」

 

「別袋です」

 

軍将校は樽を見た。

 

次に、外された模擬弾を見た。

 

さらにTurを見た。

 

「この機体は、爆撃機なのか」

 

「違う」

 

元ドイツ技師が答える。

 

「輸送機か」

 

「それだけではない」

 

「偵察機か」

 

「それもできる」

 

「では何だ」

 

元白軍将校が言った。

 

「空を飛ぶ荷車だ」

 

技師は少し考えた。

 

否定しなかった。

 

二基の発動機が始動する。

 

一トンの模擬爆弾を運んだ機体は、その日の最後の飛行で、果汁入りパン生地を近隣の町へ運んだ。

 

翌朝、その町のパン屋から電報が届いた。

 

生地受領。

焼成良好。

乾燥果実を増量されたし。

 

同じ時刻、軍からも電報が届いた。

 

小型爆弾多数搭載時の投下試験を希望。

照準装置の改良案を提出されたし。

 

実業家は二通を並べた。

 

「どちらを先に処理しますか」

 

軍将校が答えた。

 

「軍だ」

 

食品部門の責任者が言う。

 

「パンは発酵しています」

 

元ドイツ技師が時計を見る。

 

「ならパンが先だ」

 

軍将校は天井を見上げた。

 

こうしてポーランド軍最大級の搭載能力を持つ双発機は、爆撃試験より先に、発酵時間へ敗北した。

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