WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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WILK航空技術学校・第一期入学者受入報告より抜粋

航空祭後に受領した志願書は、以下の通りである。

操縦科志望    四十三名。
航空機整備科志望 九十一名。
無線通信科志望  三十七名。
写真測量科志望  二十六名。
航空兵装科志望  二十二名。
輸送及び地上勤務 五十四名。

このうち、年齢、健康状態、基礎教育及び経歴を確認した結果、第一期候補者百二十八名を選抜した。

なお、選抜された者を収容する教室、寄宿舎、食堂及び便所は、選抜終了時点で存在しなかった。

追記。
教官についても、十分な人数は存在しなかった。


第48話 志願者は来た。教官がいない

航空祭を開けば、志願者が増える。

 

元白軍将校の予想は正しかった。

 

問題は、増えすぎたことだった。

 

ポーランド軍将校の机には、志願書が積み上がっていた。

 

一山ではない。

 

三山あった。

 

操縦士志望。

 

整備士志望。

 

その他。

 

その他の山が一番高かった。

 

「なぜその他が一番多い」

 

軍将校が尋ねる。

 

元独立運動家が、一枚ずつ分類していた。

 

「無線、写真、気象、輸送、倉庫、給油、救護、事務、調理」

 

「最後の二つは航空要員なのか」

 

「航空隊も食べる。書類も要る」

 

「そういう意味ではない」

 

元独立運動家は別の紙を持ち上げた。

 

「これは何科に入れる」

 

飛行機から物を正確に落とす仕事を希望する。

航空祭でパン樽を見た。

村祭りでは輪投げが得意である。

 

軍将校は額を押さえた。

 

「不採用」

 

元白軍将校が紙を取る。

 

「投下員候補になる」

 

「輪投げだぞ」

 

「目標へ物を入れる」

 

「航空適性を村祭りで測るな!」

 

元ドイツ帝国軍技師が別の志願書を読んでいた。

 

父の荷車工房で車軸、ばね及び車輪を修理している。

発動機は触ったことがない。

壊れた機械を元通りにする仕事を希望する。

 

「これは整備科へ」

 

技師が言った。

 

軍将校が意外そうに見る。

 

「発動機経験はないぞ」

 

「測れる。削れる。組める。壊れ方を見ている」

 

「航空機の知識は」

 

「教える」

 

元白軍将校が頷いた。

 

「よい手だ」

 

技師が彼の手を見る。

 

「志願書だ」

 

「字から分かる」

 

「何が」

 

「油で汚れた指で書いた字だ」

 

志願書の右下には、確かに黒い指跡が付いていた。

 

 

最初の問題は選抜だった。

 

軍は操縦士候補へ厳しい身体基準を設けていた。

 

視力。

 

聴力。

 

心肺機能。

 

平衡感覚。

 

反応速度。

 

だが整備士や無線手、写真員まで同じ基準を適用すれば、多くの有能な志願者を落としてしまう。

 

軍医が言った。

 

「航空部隊勤務なのだから、健康であるべきだ」

 

元独立運動家が聞く。

 

「片目の視力が弱い時計職人は、発動機計器を直せないのか」

 

「操縦士にはなれない」

 

「操縦士ではない」

 

「航空部隊員だ」

 

「飛ばない者まで空へ合わせるな」

 

軍将校が間へ入った。

 

「職種別に基準を分ける」

 

軍医は渋い顔をした。

 

「前例がない」

 

元ドイツ技師が言う。

 

「前例がない職種を作っている」

 

双発機乗り。

 

航空無線手。

 

写真測量員。

 

投下装置係。

 

発動機交換班。

 

どれも、ポーランド軍内で十分に制度化されていなかった。

 

「操縦士候補は厳格に」

 

軍将校が決めた。

 

「飛行勤務者は職務に応じて。地上技術者は作業能力を重視する」

 

元独立運動家が頷く。

 

「書類へしろ」

 

「今言ったばかりだ」

 

「書かなければ次の担当者が元へ戻す」

 

その日のうちに、職種別身体基準案が作られた。

 

航空祭の志願者を受け入れるために、ポーランド軍の人事制度が一つ増えた。

 

 

第二の問題は、学力だった。

 

操縦士候補の中には、数学を学んだ者がいた。

 

地図を読める者もいた。

 

学校を出たばかりの者もいた。

 

一方で、優れた機械感覚を持ちながら、分数計算に苦労する者もいた。

 

元ドイツ技師は、整備科候補者へ試験問題を出した。

 

直径二十ミリメートルの軸が摩耗し、十九・七ミリメートルとなった。

使用を継続してよいか。

 

多くの志願者が、「不可」と答えた。

 

理由はさまざまだった。

 

規格外だから。

 

がたつくから。

 

振動するから。

 

油が漏れるから。

 

その中で、一人だけこう書いた。

 

相手側の穴径、荷重、回転数及び代替部品到着予定を確認してから判断する。

 

技師は答案を止めた。

 

「誰だ」

 

名簿を確認する。

 

ヤンの息子だった。

 

航空祭の翌日、父親とともに志願した少年。

 

鉄道貨物駅で荷車とポンプを修理していた。

 

少年は面接室へ呼ばれた。

 

「なぜ即座に交換不可と答えなかった」

 

技師が尋ねる。

 

「交換品があるなら替えます」

 

「ない場合は」

 

「壊れる前にどれくらい使えるか見ます」

 

「壊れたら」

 

「怒られます」

 

「誰に」

 

「父に」

 

元白軍将校が横で笑った。

 

元ドイツ技師は笑わなかった。

 

だが答案の端へ、

 

整備科・優先候補

 

と書いた。

 

 

第三の問題は、教える場所だった。

 

候補者百二十八名。

 

教室はない。

 

寄宿舎もない。

 

実習場は工場の片隅だけ。

 

食堂は工員で既に満員。

 

元独立運動家は、航空祭会場図の裏へ新しい配置図を描いた。

 

「旧倉庫を教室へ」

 

「部品が入っている」

 

実業家が言う。

 

「新倉庫へ移す」

 

「新倉庫はない」

 

「建てる」

 

軍将校が聞いた。

 

「費用は」

 

実業家が答える。

 

「授業料、軍補助金、企業負担、自治体助成」

 

「軍補助金はまだ決まっていない」

 

「申請します」

 

「学校として認可されていない」

 

「申請します」

 

「教員資格者は」

 

「探します」

 

元独立運動家が図面へ書き込む。

 

教室四室。

 

製図室。

 

工具実習室。

 

発動機実習室。

 

無線室。

 

暗室。

 

食堂。

 

診療所。

 

寄宿舎。

 

洗濯場。

 

浴室。

 

便所。

 

軍将校は最後の項目を見る。

 

「今回は最初から便所があるな」

 

元独立運動家が顔を上げた。

 

「学習した」

 

「航空機会社が?」

 

「私がだ!」

 

 

第四の問題は、教官だった。

 

操縦教官は六名。

 

そのうち二名は現役部隊勤務。

 

一名は負傷から復帰途中。

 

一名は単発機しか教えられない。

 

双発機の移行訓練を担当できる者は、軍将校と元白軍将校を含めても三名だった。

 

整備教官はさらに足りない。

 

工場の熟練者を教官へ回せば、生産が止まる。

 

生産を優先すれば、次の整備員が育たない。

 

軍将校が言った。

 

「夜間授業にする」

 

元ドイツ技師が即座に否定した。

 

「昼に十時間働いた者へ、夜さらに教えさせるな」

 

「週に二回なら」

 

「事故が起きる」

 

実業家が提案する。

 

「教官手当を出します」

 

「疲労は金で消えない」

 

元独立運動家が言った。

 

「勤務時間の一部を教育へ振り替える」

 

工場主任たちが反対した。

 

「納期がある」

 

「部品が足りない」

 

「発動機架の注文が増えている」

 

「軍用照準器の製作も始まった」

 

元ドイツ技師は、工場の生産表と教育計画を並べた。

 

「全員を教官にする必要はない」

 

「では誰が教える」

 

軍将校が尋ねる。

 

「一工程につき一人か二人」

 

旋盤。

 

溶接。

 

木工。

 

計器。

 

配管。

 

電気。

 

発動機。

 

機体構造。

 

各職場から、教えるのが上手い者を選ぶ。

 

最も腕の良い者とは限らない。

 

「腕が一番よい者を教官にしないのか」

 

軍将校が聞く。

 

「できる者と、教えられる者は違う」

 

技師が答えた。

 

元白軍将校も頷く。

 

「軍でも同じだ」

 

「お前が言うと不安になる」

 

「射撃が一番うまい者が、説明もうまいとは限らん」

 

「それは正しい」

 

「私は説明もうまい」

 

「それは違う」

 

 

教官候補の選抜が始まった。

 

旋盤工へ、円筒部品の削り方を新人へ教えさせる。

 

最初の職人は、無言で削った。

 

速い。

 

正確。

 

美しい。

 

だが新人は何も理解できなかった。

 

「見れば分かる」

 

職人は言った。

 

元ドイツ技師が答える。

 

「分からないから新人だ」

 

次の職人は、工具角度、送り速度、音の変化を一つずつ説明した。

 

作業速度は少し遅い。

 

しかし新人が同じ作業を再現できた。

 

教官候補に選ばれた。

 

木工班でも同じだった。

 

一人の熟練工は、木材を叩いただけで状態を判断した。

 

「ここは使える。ここは捨てろ」

 

「なぜ」

 

「音だ」

 

「どう違う」

 

「違う音だ」

 

元ドイツ技師が頭を抱えた。

 

別の職人は、良材と不良材を並べ、叩く場所を変え、割った断面まで見せた。

 

「音だけで教えるな。木目と乾燥状態も見せろ」

 

教官になったのは、後者だった。

 

最初の熟練工は不満そうだった。

 

「私の方が腕は上だ」

 

技師が答える。

 

「お前は作れ。彼は作れる者を増やす」

 

その言葉で、工場内の役割が一つ増えた。

 

製造者。

 

検査者。

 

そして教育者。

 

 

操縦科の選抜では、航空祭の効果が妙な形で現れた。

 

「志望理由は」

 

軍将校が尋ねる。

 

一人目。

 

「戦闘機乗りになりたいです」

 

「なぜTur課程へ」

 

「戦闘機課程の枠が埋まっていたので」

 

不採用ではない。

 

だが優先順位は下げられた。

 

二人目。

 

「二基の発動機を扱いたいです」

 

「なぜ」

 

「一基より複雑だからです」

 

「故障箇所も二倍だぞ」

 

「直す者も必要です」

 

操縦科より整備科を勧められた。

 

三人目。

 

「遠くへ行って帰りたいです」

 

「戦闘任務か」

 

「郵便でも、写真でも、負傷者輸送でも」

 

軍将校が元白軍将校を見る。

 

彼が航空祭で作ろうとした志願者だった。

 

派手な戦闘ではない。

 

双発機を一つの乗組員集団として扱い、仕事を終えて帰ってくることへ憧れた者。

 

「採用」

 

元白軍将校が言った。

 

「まだ試験途中だ」

 

軍将校が止める。

 

「今の答えで十分だ」

 

「数学が零点かもしれん」

 

「なら教える」

 

「お前が?」

 

「数学以外を」

 

「数学も教えろ!」

 

 

操縦適性試験には、地上訓練用Turが使われた。

 

発動機のない機体。

 

複式操縦装置。

 

半引き込み脚の操作レバー。

 

左右別々の発動機操作を模した装置。

 

元白軍将校は、また後ろで発動機音を担当した。

 

「左、回転低下」

 

彼が低い声を出す。

 

志願者が左発動機レバーを確認する。

 

「右、異音」

 

今度は喉を鳴らす。

 

「発動機音に聞こえません」

 

志願者が言った。

 

「故障しているからだ」

 

「どんな故障ですか」

 

「嫌な音だ」

 

「具体的に!」

 

元ドイツ技師が練習機の横から言った。

 

「音の訓練は録音機が入るまで待て」

 

「録音機は高い」

 

実業家が答える。

 

「では人間でよい」

 

「よくない!」

 

それでも訓練は続いた。

 

片発停止。

 

脚の非対称位置。

 

速度計故障。

 

無線不通。

 

投下員からの誤報。

 

後席で誰かが吐いた場合。

 

最後の項目に志願者が尋ねる。

 

「操縦へ影響がありますか」

 

元白軍将校が答えた。

 

「臭いで集中力が落ちる」

 

「訓練項目に入れるな!」

 

軍将校が削除した。

 

翌日、実機訓練で一人が吐いた。

 

項目は復活した。

 

 

写真測量科では、爆撃試験から生まれた地上基準照準器が教材になった。

 

「これは爆弾を落とすための装置ですか」

 

志願者が尋ねる。

 

写真班主任が答えた。

 

「地上の一点を、機体の一定位置に保つ装置だ」

 

「爆撃にも?」

 

「使える」

 

「写真にも?」

 

「使える」

 

「物資投下にも?」

 

「使える」

 

「では正式には何です」

 

写真班主任は装置の銘板を見た。

 

WILK地上基準照準器一型

 

「名前の通りだ」

 

「曖昧ですね」

 

「用途を狭く書くと、軍将校が怒る」

 

隣の部屋から声がした。

 

「私は用途を狭くしろと言っている!」

 

無線通信科では、発動機音の中で通信を聞き取る訓練を行った。

 

最初は工場内で発動機を回した。

 

近隣住民から苦情が来た。

 

次に録音された雑音を使おうとした。

 

録音機がなかった。

 

最終的に、元白軍将校と整備員五名が金属板、発動機部品、木槌を使って騒音を再現した。

 

「敵機接近、方位――」

 

無線教官が読み上げる。

 

がん、がん、がん。

 

ぶおおおお。

 

がらがらがら。

 

志願者が受信内容を書き取る。

 

軍将校が部屋へ入ってきた。

 

「何をしている」

 

元白軍将校が答える。

 

「実戦環境だ」

 

「お前たちが一番うるさい!」

 

 

整備科の最初の教材は、壊れた部品だった。

 

発動機架の亀裂。

 

摩耗した軸受。

 

焼けた点火栓。

 

裂けた主翼布。

 

変形した爆弾架。

 

弾痕の入った装甲板。

 

教官は完成品を見せる前に、不良品を机へ並べた。

 

元ドイツ技師が言う。

 

「正常な物だけ見せても、整備員にはならない」

 

一人の志願者が、亀裂の入った金具を手に取った。

 

「これは廃棄ですか」

 

「そうだ」

 

「溶接して使えませんか」

 

「どこへ使う」

 

「荷車なら」

 

「航空機だ」

 

「違いは」

 

技師は金具を受け取った。

 

「荷車は壊れれば止まる」

 

「航空機は」

 

「落ちる」

 

教室が静かになった。

 

「だから交換する?」

 

「交換できれば」

 

「できなければ」

 

元白軍将校が教室の後ろから答えた。

 

「補強して帰る」

 

技師が続ける。

 

「そして帰ったら交換する」

 

二人の言葉は矛盾していなかった。

 

現場で生き延びる修理。

 

工場で安全を戻す修理。

 

どちらも必要だった。

 

「いつまで使うかを決めろ」

 

技師が言った。

 

「直したから大丈夫、ではない。次に点検する時刻を決める。交換する期限を決める。記録する」

 

黒板へ書く。

 

応急修理は、修理の終了ではない。

 

ヤンの息子は、その言葉をノートへ二度書いた。

 

 

学校の開設日は近づいた。

 

旧倉庫の改装は間に合わなかった。

 

窓が足りない。

 

机も足りない。

 

黒板は二枚しかない。

 

寄宿舎の寝台は、軍払い下げ品と工場製の木製寝台が混在した。

 

食堂の椅子は樽を切って作られた。

 

元独立運動家は、各建物を歩いた。

 

教室。

 

工具室。

 

無線室。

 

暗室。

 

食堂。

 

寄宿舎。

 

最後に便所を確認する。

 

「数が足りない」

 

実業家が聞いた。

 

「またですか」

 

「百二十八名だぞ」

 

「交代で使用すれば」

 

「授業開始前に全員が行く」

 

「時間をずらす」

 

「人間の腹を時間割で動かすな!」

 

元白軍将校が図面を見る。

 

「穴を増やせ」

 

「下水へ接続する」

 

「野戦式なら」

 

「学校を塹壕にするな!」

 

結局、臨時便所が追加された。

 

航空祭で使ったものを改修した。

 

学校の最初の正式設備は、教室より先に便所が完成した。

 

 

開校式の日。

 

百二十八名が旧倉庫前へ並んだ。

 

作業着。

 

軍服。

 

学生服。

 

農作業用の上着。

 

鉄道員の帽子。

 

服装は統一されていない。

 

年齢も違う。

 

十八歳の少年。

 

三十代の機械工。

 

元兵士。

 

時計職人。

 

写真館の助手。

 

電信局員。

 

農家の娘。

 

荷車職人の息子。

 

軍将校が壇上へ立った。

 

用意された原稿を開く。

 

諸君はポーランド航空の将来を担う――

 

一行読んで、閉じた。

 

「航空機は、一人では飛ばない」

 

志願者たちを見る。

 

「操縦士だけでも飛ばない。発動機を整える者、無線を扱う者、地図を読む者、写真を撮る者、燃料を運ぶ者、記録する者が必要だ」

 

格納庫の向こうにTurが並んでいる。

 

軍用機。

 

訓練機。

 

改修中の機体。

 

貨物扉を開けた民間型。

 

「我々はまだ、何が必要かをすべて知っているわけではない」

 

元ドイツ技師が少し顔を上げた。

 

軍将校は続ける。

 

「だから、ここで作る。機体も、制度も、仕事もだ」

 

原稿にはなかった言葉だった。

 

「諸君が最初だ。つまり、諸君が失敗したことは、次の者の教科書になる」

 

列の中から、小さなざわめきが起きた。

 

「安心しろ。失敗しただけでは処分しない」

 

元ドイツ技師が軍将校を見る。

 

その言葉は、彼が工場で繰り返していたものだった。

 

「ただし、隠した者は処分する」

 

技師はわずかに頷いた。

 

開校式は、それで終わった。

 

実業家が軍将校へ近づく。

 

「学校案内へ使える演説でした」

 

「売るな」

 

「来年度の募集に」

 

「来年度まで学校が残っていればな」

 

元独立運動家が答えた。

 

「残すために作った」

 

 

最初の授業は、予定通りには進まなかった。

 

操縦科の教室では、地図が足りなかった。

 

整備科では、工具が一組不足。

 

無線科では、受信機が一台故障。

 

写真科では、暗室の水道が詰まった。

 

食堂では、遠征パンが予定より早くなくなった。

 

元独立運動家が校内を走る。

 

「地図は軍から借りろ!」

 

「工具は二人一組!」

 

「受信機は整備科へ持っていけ!」

 

「暗室の排水は午後に直す!」

 

「パンが足りないなら、樽を開けろ!」

 

軍将校が振り返る。

 

「樽?」

 

食品部門から、果汁入りパン生地が二樽届いていた。

 

側面には、見慣れた文字が刻まれている。

 

蓋を開けろ。

よく混ぜろ。

布をかけて待て。

膨らんだら焼け。

生では食うな。

 

その下へ、新しい一文が追加されていた。

 

学生百二十八名分。

木の実は別袋。

 

軍将校は樽を見た。

 

「学校給食まで樽なのか」

 

食品部門の責任者が答える。

 

「焼いたパンでは、昼までに固くなります」

 

「現地焼成方式か」

 

「第十話以来の実績があります」

 

「話数で言うな」

 

移動式窯が校庭へ運ばれた。

 

調理担当の学生と食品部門が、生地を分割する。

 

昼になる頃、校内へ果汁と焼けた小麦の匂いが広がった。

 

学生たちは長い机へ座った。

 

整備科。

 

操縦科。

 

無線科。

 

写真科。

 

職種の違う者が、同じパンを取る。

 

ヤンの息子は一口食べた。

 

「父が言っていた味に近い」

 

隣の志願者が尋ねる。

 

「戦場の味か」

 

少年は首を振った。

 

「今は学校の味だ」

 

 

授業終了後。

 

元ドイツ技師は、教官たちから報告を集めた。

 

理解が遅い項目。

 

説明不足。

 

工具不足。

 

教材の不良。

 

時間配分。

 

学生からの質問。

 

彼はすべて分類した。

 

元白軍将校が隣へ座る。

 

「初日はどうだ」

 

「悪い」

 

「何が」

 

「教え方が統一されていない。教材も足りない。時間割も無理がある」

 

「学生は」

 

「悪くない」

 

「なら成功だ」

 

技師は報告書を見た。

 

「初日だけでは分からない」

 

「飛んだ機体と同じだ」

 

「何が」

 

「最初は飛べばよい。次に直す」

 

元ドイツ技師は、少し黙った。

 

「学校は機体ではない」

 

「だが人を載せる」

 

「落とすなよ」

 

「お前が設計しろ」

 

技師は新しい紙を取り出した。

 

教育工程表・第一改訂案

 

元白軍将校が笑う。

 

「もう改訂か」

 

「初日が終わった」

 

「早いな」

 

「問題が見えた」

 

WILKの学校は、開校した日に改良を始めた。

 

 

夜。

 

教室の明かりは消えた。

 

寄宿舎では、学生たちが寝台へ入った。

 

一部はまだ工具の名前を覚えている。

 

一部は航法計算に苦しんでいる。

 

一部は発動機の構造図を眺めている。

 

校庭の端には、空になったパン樽が二つ残っていた。

 

一つは水桶へ使われる予定。

 

もう一つは、工具入れになる予定だった。

 

軍将校は、学校の窓からそれを見た。

 

「また樽が残った」

 

元独立運動家が答える。

 

「捨てるな。使える」

 

「第十話と同じだな」

 

「必要な物は残る」

 

「学生も残るか」

 

元独立運動家は寄宿舎を見る。

 

「残るようにする」

 

「何人が卒業できる」

 

「分からん」

 

「何人が軍へ」

 

「それも分からん」

 

「分からないことばかりだ」

 

「学校とはそういうものだ」

 

彼は校舎の扉を閉めた。

 

「今すぐ必要な者を作る場所ではない。将来、必要になる者が育つまで待つ場所だ」

 

軍将校は飛行場を見た。

 

格納庫には、七機のTur。

 

工場には、製造途中の機体。

 

軍からは、さらに追加注文が来ている。

 

双発機乗りは足りない。

 

整備員も足りない。

 

無線手も、写真員も、教官も足りない。

 

だが、今夜から百二十八名が学び始めた。

 

航空祭で空を見た者。

 

遠征パンを食べた者。

 

父親から包囲戦の話を聞いた者。

 

機械を直したい者。

 

遠くへ行き、帰ってきたい者。

 

WILKは飛行機を作っていた。

 

その飛行機を飛ばす人間も、ようやく作り始めた。

 

翌朝、軍将校の机へ新しい書類が届いた。

 

第二期志願希望者・仮登録名簿

現在二百三十六名。

 

軍将校は紙を見た。

 

元独立運動家を見る。

 

「教室は」

 

「足りない」

 

「寄宿舎は」

 

「足りない」

 

「教官は」

 

「足りない」

 

「便所は」

 

元独立運動家は一拍置いた。

 

「増設済みだ」

 

軍将校は初めて安心した。

 

その直後、実業家が入ってきた。

 

「隣町から分校誘致の提案があります」

 

軍将校は机へ突っ伏した。

 

こうしてWILKの航空技術学校は、開校初日に手狭になった。

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