本日、WILK製Tur A.3量産標準型十機を受領した。
機体番号、発動機番号、無線機番号及び主要交換部品番号を確認。
全機とも、操縦装置、計器配置、貨物固定具、半引き込み式主脚及び点検口の配置は共通である。
予備部品として、貨物扉留め具、点火系部品、燃料管継手、主脚操作部品その他を受領した。
受領担当整備兵の所見。
「同じ部品が、別の機体へ本当に付くかは、まだ信用していない」
追記。
同日午後、貨物扉留め具を交換。
加工を要せず装着できた。
前記整備兵は、しばらく無言であった。
新しい飛行機が十機来た。
第六混成航空中隊の古参整備軍曹は、それを見て喜ばなかった。
飛行場の端へ並んだTur A.3は、確かによく似ていた。
同じ単葉主翼。
同じ位置に二基の発動機。
同じ半引き込み式主脚。
同じ貨物扉。
同じ灰緑色の塗装。
機体番号だけが違う。
一〇一。
一〇二。
一〇三。
一〇四。
一〇五。
一〇六。
一〇七。
一〇八。
一〇九。
一一〇。
若い整備兵が感心したように言った。
「本当に同じ形ですね」
古参整備軍曹は鼻を鳴らした。
「形だけだ」
「量産標準型だそうです」
「軍の書類には、いつも立派なことが書いてある」
彼は一〇一号機の左主翼へ手を当てた。
布の張り。
桁の位置。
点検蓋。
発動機架。
次に一〇二号機へ移る。
同じ場所へ手を当てる。
「機械は一機ずつ違う」
「でも図面は同じです」
「図面は飛ばない」
若い整備兵が少し考えた。
「それも、どこかで聞いた言い方ですね」
「現場へ来れば、誰でも同じことを言う」
◇
第六混成航空中隊は、それまで雑多な機体を使っていた。
単発連絡機。
古い偵察機。
軍が中古で買った外国製輸送機。
訓練用から転用された機体。
同じ型式名でも、実際には違った。
一機は右へ流れる。
一機は左発動機の始動が悪い。
一機は燃料計が満タンの時だけ正しい。
一機は貨物扉を持ち上げながら閉めないと、留め具が掛からない。
一機は冬になると油圧配管が固くなる。
一機は脚表示器の赤と緑が逆だった。
「逆なんですか」
新任整備兵が尋ねた時、古参整備軍曹は答えた。
「表示が逆なのではない。配線が逆だ」
「直さないんですか」
「直そうとすると、別の場所が動かなくなる」
「ではどうするんです」
「覚える」
その機体へ乗る操縦士も、覚えた。
このレバーは少し重い。
この機体は離陸時に左へ振れる。
この速度計は十ほど高く出る。
この扉は一度蹴る。
どの機体にも癖があり、その癖を覚えることが、腕の一部だった。
だから同じ機体が十機並んでいると言われても、軍曹は信じなかった。
「十機あれば、十通り壊れる」
彼は言った。
若い整備兵が受領した教本を開く。
厚い布張り。
金属で補強された角。
油の付いた手で触っても、すぐには傷まない。
「教本では、主要部品は共通だそうです」
「教本は――」
「飛ばない?」
先に言われた。
軍曹は若い整備兵を睨んだ。
「分かってきたな」
◇
受領初日の午後。
一〇四号機の貨物扉が閉まらなくなった。
正確には、閉まる。
だが閉鎖表示が点かない。
操縦席では赤い表示が残ったままだった。
操縦士が貨物室へ顔を出す。
「閉まっているぞ」
若い整備兵が留め具を確認する。
「機械的には掛かっています」
「では飛べるな」
古参整備軍曹が答える。
「表示器が死んでいる」
「表示がなくても扉は閉まっている」
「飛行中に開いたら、閉まっていたかどうか議論するのか」
操縦士は黙った。
軍曹は点検蓋を開けた。
配線。
接点。
ばね。
一つずつ確認する。
「留め具側だ」
貨物扉の閉鎖を検知する小さな接点ばねが、正しく戻っていない。
若い整備兵が予備部品箱を持ってくる。
箱の中には、番号ごとに部品が仕切られていた。
貨物扉閉鎖接点部品
部品番号 T-A3-417
「これです」
軍曹は受け取った。
古い部品を外す。
新しい部品を当てる。
「やすりを」
「必要ですか」
「穴が合わん時に削る」
「教本では、加工せず取り付けるようにと」
「教本通りに入ればな」
軍曹は新しい部品を差し込んだ。
穴が合った。
ねじも通った。
位置も合った。
軍曹は動かなかった。
若い整備兵が尋ねる。
「どうしました」
「入った」
「同じ部品ですから」
「黙れ」
接点を調整。
扉を閉める。
操縦席の表示が緑へ変わった。
開く。
赤。
閉める。
緑。
三度繰り返す。
正常。
操縦士が笑った。
「早かったな」
軍曹は外した部品と新しい部品を見比べた。
「穴を広げていない」
「必要ないでしょう」
「削っていない」
「それが量産部品です」
軍曹は若い整備兵へ工具を返した。
「気味が悪い」
◇
翌日、十機の慣熟飛行が始まった。
操縦士たちは、機体を固定されなかった。
昨日は一〇一号機。
今日は一〇五号機。
明日は一〇八号機。
古参操縦士が割当表を見て顔をしかめた。
「自分の機体はないのか」
中隊長が答える。
「全機が中隊の機体だ」
「癖を覚えられん」
「操作は同じだ」
「紙の上ではな」
最初に一〇一号機へ乗る。
計器の位置。
発動機操作レバー。
燃料切替。
主脚操作。
無線機。
貨物扉表示。
すべて教本の図と同じだった。
翌日、一〇五号機。
同じ場所へ手を伸ばせば、同じ物がある。
三日目、一〇八号機。
やはり同じ。
古参操縦士は着陸後、記録簿へ書いた。
一〇一号機、離陸時わずかに左へ流れる。
一〇五号機、右発動機の油温上昇がやや早い。
一〇八号機、主脚操作レバーが重い。
ただし操作位置及び手順は共通。
中隊長が記録を見る。
「乗り換えられそうか」
「乗れる」
「不満そうだな」
「知らない機体に乗った気がしない」
「良いことでは」
古参操縦士は格納庫に並ぶ十機を見た。
「少し寂しい」
「何が」
「機体ごとの顔が薄い」
「癖はあるのだろう」
「ある」
「なら十分だ」
操縦士は少し考えた。
「それもそうだな」
◇
最初の実任務は、国境近くの駐屯地への補給だった。
春の雨で道路がぬかるみ、馬車と自動車の輸送が遅れている。
必要な物資は、
無線機部品。
医薬品。
機関銃弾。
地図。
郵便。
乾燥食料。
そして、地方病院へ移送する負傷兵二名。
一〇二号機と一〇六号機が割り当てられた。
一〇二号機が物資輸送。
一〇六号機が負傷兵後送。
出発前点検中、一〇二号機の左発動機で点火不良が起きた。
回転が揃わない。
発動機音が途切れる。
古参整備軍曹が点火栓を確認する。
一本に煤。
交換。
再始動。
まだ不安定。
「磁石発電機側か」
若い整備兵が教本を開いた。
点火不良診断手順
一、点火栓を確認。
二、配線を確認。
三、左右点火系を個別に切り替え、回転低下量を比較。
四、規定値を超える場合――
軍曹が言う。
「読む前に手を動かせ」
「手順を飛ばすと、同じ場所を二度見ます」
「私は見ない」
「私が見ます」
軍曹は一瞬、言葉を失った。
「では読め」
点火系を片側ずつ切る。
左系統で回転が大きく落ちる。
配線をたどる。
継手の一つが緩んでいた。
締め直す。
再始動。
左右の発動機音が揃う。
「直りました」
若い整備兵が言った。
軍曹は首を振る。
「まだだ」
「回っています」
「なぜ緩んだ」
継手を見る。
ねじ山。
締付部。
振動痕。
「固定金具が弱い?」
「たぶんな」
若い整備兵が教本へ目を落とす。
「同型機を確認します」
軍曹は彼を見た。
「なぜ」
「同じ部品なら、同じ場所が緩むかもしれません」
二人で残り九機を確認した。
一〇七号機でも、同じ継手に緩み始めの痕跡があった。
一一〇号機では、固定金具がわずかに変形していた。
「三機か」
軍曹が呟く。
若い整備兵が記録票を出す。
「部品番号を確認します」
三機とも同じ部品番号。
同じ下請け製造分。
「全部交換ですか」
「予備は」
「六個あります」
「三個使う。残り三個は保留。WILKへ報告」
「任務は」
軍曹は時計を見る。
「一〇二号機は交換後に試運転。一〇六号機は問題なし。遅れは四十分だ」
「中止しませんか」
「原因が分かった。直し方も分かった。直した後に確認する」
彼は若い整備兵へ言った。
「応急修理ではない」
若い整備兵が教本の一文を口にする。
「応急修理は、修理の終了ではない」
「今日は恒久修理だ」
「記録します」
「それは毎回言わなくてよい」
◇
一〇二号機と一〇六号機は、予定より五十二分遅れて離陸した。
空は低い雲。
雨。
視界は悪い。
操縦士は河川と鉄道線を目印に飛ぶ。
一〇二号機の操縦士は、前日まで一〇五号機へ乗っていた。
一〇六号機の操縦士は、今朝初めてその機体へ乗った。
だが操作に迷うことはない。
発動機計器。
燃料切替。
主脚レバー。
無線機。
すべて同じ。
地上から通信が入る。
国境駐屯地付近、雲底低下。
南側の草地を使用せよ。
滑走路西端に水溜まりあり。
一〇二号機が先に降りる。
半引き込み式主脚が泥へ入る。
車輪の下部が外へ出た構造は、完全格納式より抵抗が大きい。
だが不整地で脚が壊れた時、車輪の一部が残る。
着陸。
泥が跳ねる。
機体は停止した。
一〇六号機も続く。
負傷兵を載せる。
一人は腹部負傷。
一人は脚を骨折。
担架固定金具は、どの機体も同じ位置にある。
駐屯地の衛生兵が尋ねる。
「この金具は外せるか」
搭乗整備兵が答える。
「座席を外せば、担架二床」
「工具は」
「同じ機内工具で足りる」
座席を折り畳む。
担架を固定。
医療品箱を脇へ。
重量配分を確認。
一〇六号機は病院のある都市へ向けて飛び立った。
一〇二号機は、帰路に軍用郵便と故障した無線機を積んだ。
派手な任務ではない。
爆弾もない。
銃撃もない。
だが必要な物を運び、負傷者を連れ帰った。
Turの本職が何かと聞かれれば、その日はそれだった。
◇
帰還後、一〇二号機の左発動機継手について、正式な不具合報告が作られた。
軍曹は最初、短く書いた。
点火配線継手緩み。交換。異常なし。
若い整備兵が言う。
「三機に出ています」
「書いてある」
「一機分しか」
「報告書は一〇二号機のだ」
「同じ部品番号です」
軍曹は紙を見る。
教本の欄外に、太い枠で書かれている。
同一部品に同様の異常が複数発生した場合、個体故障として処理せず、共通原因を疑え。
軍曹は報告書を書き直した。
一〇二、一〇七及び一一〇号機において、同一番号の点火配線固定金具に緩みまたは変形を確認。
一〇二号機は飛行前点検中に点火不良として発見。
一〇七号機は緩み始め。
一一〇号機は金具変形。
全三機について交換。
同一製造番号群の予備部品三点を使用保留とした。
原因調査及び改良部品の支給を要請する。
若い整備兵が確認する。
「良いと思います」
軍曹が睨む。
「お前が採点するのか」
「学校で、報告書は第三者が読んで分かるようにと」
「誰に習った」
「WILKの教官です」
「面倒な連中だな」
「教本を書いた五人よりは」
軍曹は厚い教本を見た。
表紙の中央に浅い凹みがある。
「これは何の傷だ」
「工場で使った跡だそうです」
「何に使った」
「分かりません」
◇
報告は、鉄道と軍用郵便を経てWILKへ届いた。
数日後。
第六混成航空中隊へ電報が来た。
点火配線固定金具の不具合報告を受領。
対象部品番号及び製造番号を確認。
第二回納入分への当該部品使用を停止。
改良部品を製造中。
第一次納入分十機について、全数交換を実施する。
改良部品十二点及び予備四点を発送。
旧部品は廃棄せず返送されたし。
古参整備軍曹が電報を読む。
「全数交換か」
若い整備兵が言う。
「やはり共通不良でした」
「故障したのは一機だ」
「ほか二機にも兆候がありました」
「それで、残り七機も交換する」
「壊れる前に」
軍曹は十機を見る。
以前の機体なら、一機の故障は一機だけの話だった。
部品名も違う。
図面も違う。
製造所も分からない。
同じ故障が別機へ出ても、偶然として扱われた。
だがこの十機は、同じ部品を使っている。
同じ場所で壊れる可能性がある。
一見、それは欠点だった。
同じ欠陥が広がる。
しかし同時に、最初の一機で見つければ、残り九機を飛ぶ前に直せる。
「同じように壊れる」
軍曹が言った。
若い整備兵が不安そうに見る。
「悪いことですか」
「前よりましだ」
「なぜ」
「直し方も同じだからだ」
◇
改良部品が届いた。
形は旧部品に似ている。
だが固定部の厚みが増し、振動を逃がす小さな曲げが加えられていた。
交換手順書も同封されている。
必要工具。
取り外し手順。
締付値。
点検箇所。
交換後の試運転時間。
作業見込み、一機十五分。
古参整備軍曹は鼻で笑った。
「十五分で終わるか」
最初の一機。
十八分。
二機目。
十四分。
三機目。
十二分。
四機目以降は、十一分ほどで終わった。
十機すべて。
同じ工具。
同じ位置。
同じ部品。
同じ手順。
若い整備兵が最後の記録へ署名する。
「全機交換完了」
軍曹が時計を見る。
「昼前に終わったな」
「一機ごとに削っていたら、二日はかかります」
「以前なら三日だ」
「削るのが得意だったんですね」
「褒めているのか」
「たぶん」
軍曹は交換した旧部品を箱へ入れた。
機体番号ごとに袋へ分ける。
使用時間。
異常の有無。
変形。
摩耗。
すべて記載する。
「返送するのですか」
「工場が見たいと言っている」
「捨てない?」
「壊れた物が、一番よく教える」
若い整備兵は、その言葉を記録帳の余白へ書いた。
軍曹が見つける。
「書くな」
「教本の次版に載るかもしれません」
「私の名は出すな」
◇
量産Turが十機来てから、中隊の働き方が変わった。
操縦士は機体を乗り換えられる。
一機が点検中でも、別の機体で飛べる。
整備班も、担当機へ固定されなくなった。
別班の整備兵が教本と記録を見れば、作業を引き継げる。
予備部品は、機体別の箱ではなく部品番号別に保管された。
以前は、
偵察機三号用・左燃料弁
輸送機二号用・要加工
連絡機一号から外した物
と書かれていた棚が、
T-A3-211 燃料弁
T-A3-417 貨物扉閉鎖接点
T-A3-603 主脚表示継手
へ変わった。
古参整備軍曹は、最初それを嫌った。
「数字ばかりで顔がない」
だが必要な部品を探す時間は減った。
夜間でも、新任兵でも、番号が分かれば同じ棚へ行ける。
「顔より早いな」
若い整備兵が言った。
「顔も覚えろ」
「部品の?」
「番号だけ信じるな。形も見ろ」
軍曹は似た部品を二つ並べた。
左用。
右用。
三角印と丸印。
「番号を読み、印を見て、穴位置を確かめる」
「三回確認?」
「一つ間違えば、空で分かる」
教本へ書かれた標準手順と、古参の現場感覚は、少しずつ混ざっていった。
◇
ある日、一〇九号機が帰還予定時刻を過ぎた。
山間部の写真偵察任務。
雲が低い。
無線状態も悪い。
中隊長は予備機の準備を命じた。
古参操縦士が一〇三号機へ向かう。
「一〇九号機の乗員を探す」
整備軍曹が尋ねる。
「一〇三へ乗ったことは」
「先週一度」
「癖は」
「左発動機の始動が少し遅い」
「それだけか」
「それだけだ」
整備班は一〇三号機へ燃料を入れる。
救難装備。
毛布。
医療箱。
信号弾。
簡易無線機。
一〇九号機と同じ場所へ、同じ固定具で載せる。
出発準備が終わる直前、無線が入った。
一〇九号機は雲を避けて別飛行場へ着陸。
乗員、機体とも無事。
救難飛行は中止された。
古参操縦士は一〇三号機の操縦席から降りた。
「空振りか」
中隊長が答える。
「飛ばずに済んだ」
整備軍曹は救難装備を外す。
「十五分で準備できた」
若い整備兵が言った。
「前なら一時間です」
「前は救難装備の置き場から探した」
「今は機体ごとに位置が同じです」
軍曹は貨物室を見る。
座席。
担架金具。
貨物固定部。
道具箱。
同じ場所。
「同じというのは、待たずに済むということか」
誰に向けるでもなく言った。
◇
中隊へ来て一か月。
十機のうち、九機が稼働していた。
一機は定期点検中。
稼働率としては良好だった。
だが故障がないわけではない。
燃料管の漏れ。
計器照明の断線。
主脚表示のずれ。
貨物扉の接点不良。
発動機の油漏れ。
木製主翼の小さな剥離。
一つずつ起きた。
一つずつ記録された。
必要なら部品交換。
応急なら期限を決める。
同型機も確認。
共通原因ならWILKへ報告。
数週間後には、工場から回答か改良部品が来た。
古参整備軍曹は、月次報告へ書いた。
Tur A.3は故障しない機体ではない。
ただし、故障箇所の特定が容易であり、部品交換及び他機への経験適用が速い。
機体ごとの差異が少なく、操縦士及び整備兵の交代による混乱も小さい。
現場所見として、従来機より運用しやすい。
中隊長が読む。
「褒めているな」
軍曹が答える。
「事実を書いた」
「最初は信用していなかった」
「今も全部は信用していない」
「何が不満だ」
「教本が重い」
中隊長は机の上の教本を見る。
「丈夫だぞ」
「工具箱を圧迫する」
「小型版を申請するか」
軍曹は少し考えた。
「図は減らすな」
「注文が多いな」
「現場で使う」
◇
その夜。
若い整備兵が格納庫を見回った。
十機のTur。
一機は点検口が開いている。
一機は貨物室へ郵便袋を積んでいる。
一機は翌朝の写真任務に備え、カメラを装着中。
一機は負傷者後送用に担架を載せている。
どれも同じ機体。
だが明日の仕事は違う。
古参整備軍曹が入ってきた。
「まだいたのか」
「記録をまとめています」
「明日にしろ」
「一〇六号機の油量だけ」
軍曹は一〇六号機の主翼へ手を当てた。
次に一〇七号機。
一〇八号機。
「同じですね」
若い整備兵が言った。
「何が」
「手を置く場所が」
軍曹は答えなかった。
一〇一号機から一一〇号機まで。
点検蓋の位置。
工具の掛け方。
発動機への近づき方。
貨物扉の開き方。
同じ。
以前、彼は一機ずつの癖を覚えていた。
それが腕だと思っていた。
今でも、その腕は必要だった。
音。
匂い。
振動。
油の色。
図面にも教本にも載らない違いはある。
だが、その違いを知っている者がいなくても、最低限の点検と修理ができる。
自分が休んでも。
負傷しても。
転属しても。
若い整備兵が続きを引き継げる。
「標準化は、職人を要らなくするためだと思っていた」
軍曹が言った。
若い整備兵が手を止める。
「違いましたか」
「違う」
「何のためです」
軍曹は並んだ十機を見る。
「誰が触っても、帰せるようにするためだ」
格納庫の外で、雨が降り始めた。
屋根を叩く音。
布張りの主翼。
二基の発動機。
半ばだけ格納される大きな車輪。
十機は同じように並んでいた。
同じように作られた。
同じように点検できた。
そして時には、同じように壊れた。
だが最初の一機で見つけた故障を、残り九機が空で経験せずに済んだ。
量産機とは、壊れない機体ではなかった。
一機の失敗を、十機分の教訓にできる機体だった。
◇
翌朝。
中隊へWILKから小包が届いた。
中身は、改訂された教本の追補。
点火配線固定金具の点検及び交換について
事例として、第六混成航空中隊の報告が掲載されていた。
部隊名と個人名は伏せられている。
最後に、一文。
同一部品に同様の異常が発生した場合、最初の機体だけを修理して作業を終了してはならない。
若い整備兵が読んだ。
「私たちの報告です」
軍曹が答える。
「そうだな」
「教本に載りました」
「そうだな」
「うれしくないんですか」
軍曹は追補を受け取り、元の教本へ差し込んだ。
教本はさらに厚くなった。
「重くなった」
「そこですか」
「だが残せ」
「はい」
軍曹は表紙を閉じた。
どん、と重い音がした。
近くにいた整備兵たちが一斉に振り返った。
軍曹は教本へ手を置く。
「一人ずつ報告しろ」
その使い方だけは、WILK本社から現場へ、教えられなくても正確に伝わっていた。