WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

52 / 110
対象機数、五十機。

対象部隊、輸送、偵察、写真測量、連絡、衛生後送、爆撃訓練及び混成航空部隊。

評価期間、六か月。

主な所見。

一、速度及び上昇力は、現用単発偵察爆撃機に劣る。
二、小目標に対する爆撃精度は、専門的訓練を受けた単発爆撃隊に劣る。
三、爆弾搭載量は、一般的な単発偵察爆撃機を大きく上回り、大型爆撃機に次ぐ部類に属する。
四、任務装備の交換性は良好である。
五、同型機間の部品交換性は、国内製航空機として例外的に高い。
六、故障発生率は特別に低いとは認められない。
七、それにもかかわらず、平均稼働率は比較対象機を上回った。

追記。
第六項と第七項が矛盾しているとの指摘があった。

整備部回答。

「壊れても翌日には飛ぶため、矛盾しない」


第52話 部品が合うという性能

五十機すべてが納入された。

 

最初の十機。

 

次の十機。

 

さらに十機。

 

そのたびに工場では問題が見つかり、図面が改訂され、既に納入された機体にも改修指示が送られた。

 

貨物扉表示接点。

 

点火配線固定金具。

 

主脚操作部の案内輪。

 

写真機取付部の振動防止材。

 

冬季用の燃料管保温覆い。

 

第五回納入分が軍へ引き渡された時、最初の十機も、製造当初の姿のままではなかった。

 

だがどこを変えたかは分かった。

 

何番機へ。

 

いつ。

 

誰が。

 

どの部品を。

 

どの図面に従い。

 

どの部品番号へ交換したか。

 

全部、記録されていた。

 

ポーランド陸軍航空部は、五十機分の報告書を一室へ集めた。

 

机が埋まった。

 

棚も埋まった。

 

床へ箱が並んだ。

 

操縦士の月報。

 

整備記録。

 

故障報告。

 

写真偵察成果。

 

物資輸送量。

 

負傷者後送数。

 

爆撃訓練記録。

 

燃料消費。

 

発動機交換時間。

 

部品請求。

 

事故。

 

遅延。

 

苦情。

 

追加要望。

 

そして、現場からの短い言葉。

 

遅い。

 

よく積める。

 

片発で帰還した。

 

冬の始動を改善せよ。

 

貨物扉をもう少し広げよ。

 

操縦席が寒い。

 

爆弾は多く積めるが橋には当てにくい。

 

部品がそのまま入った。

 

予備機として残されたい。

 

専用機到着後も返却を希望しない。

 

最後の一文は、複数の部隊から届いていた。

 

 

航空部の会議室には、作戦、教育、技術、整備、兵站、医務、写真測量の各担当者が集められた。

 

WILK側からは、いつもの五人が呼ばれた。

 

ポーランド軍将校は、今回はWILK側ではなく軍側の席に座らされた。

 

元白軍将校がそれを見て言った。

 

「裏切ったな」

 

「私は元々軍人だ!」

 

「工場で怒鳴っている時間の方が長い」

 

「誰のせいだ!」

 

元ドイツ帝国軍技師は、比較資料へ目を通していた。

 

元独立運動家は、現場報告書の付箋を整理している。

 

実業家は、軍の追加調達予算が記された頁を探していた。

 

軍将校が彼を見る。

 

「まだ発注は決まっていない」

 

「だから資料を確認しています」

 

「金額の頁だけをか」

 

「整備費も見ています」

 

航空部の参謀が机を叩いた。

 

「始めるぞ」

 

元白軍将校が机の上を見る。

 

「教本はないのか」

 

軍将校が小声で答える。

 

「ここでまで叩くな」

 

 

最初の議題は、単純な性能比較だった。

 

比較対象は、現用の単発偵察爆撃機。

 

古い機体もあれば、新しい機体もある。

 

同じ型式でも輸入機と国内生産機で差がある。

 

それでも、軍が通常運用する機体としてTurと並べる必要があった。

 

作戦参謀が表を読み上げる。

 

「最大速度」

 

単発偵察爆撃機が上。

 

「上昇時間」

 

単発機が上。

 

「実用上昇限度」

 

単発機が上。

 

「満載時の離陸距離」

 

条件によるが、軽い単発機が有利。

 

「小目標への爆撃精度」

 

単発爆撃隊が上。

 

「再攻撃時の旋回及び進入」

 

単発機が上。

 

元白軍将校が腕を組んだ。

 

「ずいぶん負けているな」

 

元ドイツ技師は答えた。

 

「当然だ」

 

「当然?」

 

「向こうは偵察と爆撃のために作られている」

 

軍将校が言う。

 

「Turも爆撃訓練をしただろう」

 

「できることと、専門に作ったことは違う」

 

作戦参謀は続けた。

 

「爆弾搭載量」

 

少し間を置く。

 

「Turが上」

 

会議室の何人かが顔を上げた。

 

「どの程度だ」

 

別の参謀が尋ねる。

 

資料係が回答する。

 

「現用の一般的な単発偵察爆撃機に対し、標準爆装で二倍前後。近距離の最大搭載試験では、それ以上です」

 

「大型爆撃機とは」

 

「下回ります」

 

「では最大ではない」

 

「はい」

 

元白軍将校が言った。

 

「だがかなり積む」

 

「専用爆撃機ではないのにな」

 

兵站参謀が呟いた。

 

作戦参謀が表を見る。

 

「なぜ積める」

 

元ドイツ技師が答えた。

 

「輸送用の構造だからだ」

 

「爆撃機より輸送機の方が爆弾を積むのか」

 

「機種による」

 

「この機体の場合は」

 

「強い主翼、複数の懸吊基部、貨物搭載を前提とした重心範囲、双発」

 

元白軍将校が付け加える。

 

「そしてパン樽で試した」

 

軍将校が睨んだ。

 

「軍部評価会議へパンを持ち込むな」

 

資料係が咳払いした。

 

「最大搭載参考値は、航空祭時の食品輸送試験でも確認されています」

 

軍将校が顔を覆った。

 

記録は残っていた。

 

 

次に、爆撃演習の比較結果が示された。

 

模擬目標は三種類。

 

橋梁。

 

道路上の車列。

 

鉄道駅及び周辺施設。

 

第一演習。

 

橋梁。

 

単発爆撃隊は、少数の模擬弾を集中して投下した。

 

速度は高い。

 

進入時間は短い。

 

爆撃手は目標を確認し、投下。

 

最も近い着弾は橋の中央から十一メートル。

 

判定上、橋梁は通行不能。

 

Tur隊は、より多くの模擬弾を積んだ。

 

だが機体は大きい。

 

外部懸吊物の抵抗。

 

投下後の姿勢変化。

 

簡易照準器。

 

最も近い着弾は二十六メートル。

 

橋梁自体への有効命中なし。

 

ただし橋の両端へ置かれた模擬車両は、複数が損傷判定となった。

 

作戦参謀が言う。

 

「橋を壊す任務では単発隊が勝った」

 

元白軍将校が尋ねる。

 

「橋を渡る車列は」

 

「Tur隊が多く損傷させた」

 

「なら車列を止める任務では」

 

「橋を壊せと言ったのだ」

 

「止まったならよい」

 

「理由が違う!」

 

第二演習。

 

道路上の車列。

 

単発隊は先頭車両と燃料車を狙った。

 

四両へ直接命中判定。

 

二両へ至近弾判定。

 

Tur隊は多数の小型模擬弾を連続投下した。

 

直接命中は少ない。

 

だが道路全体へ広く散った。

 

七両損傷。

 

道路脇の模擬人員にも多数の損害判定。

 

「精度は単発隊が上」

 

資料係が言う。

 

「効果範囲はTur隊が上」

 

兵站参謀が聞いた。

 

「どちらが車列を止めた」

 

「両方です」

 

「では差は」

 

「単発隊は先頭と燃料車を狙って止めました。Tur隊は道路上へ爆弾を撒いて、動ける車両を減らしました」

 

元白軍将校が満足そうに頷く。

 

「同じだ」

 

元ドイツ技師が首を振る。

 

「同じ結果へ別の方法で到達した」

 

「それを同じと言う」

 

「軍の運用では違う」

 

軍将校が口を挟む。

 

「単発隊は目標選択能力が高い。Tur隊は目標区域全体へ効果を出しやすい。そう書け」

 

資料係が記録した。

 

第三演習。

 

鉄道駅。

 

単発隊は駅舎、機関庫及び転轍設備を狙った。

 

命中判定は良好。

 

Tur隊は駅構内全体へ、多数の小型模擬弾を投下した。

 

駅舎は無傷。

 

だが貨車十二両。

 

倉庫三棟。

 

引込線二本。

 

燃料置き場。

 

荷役区画。

 

複数が損傷または使用不能判定。

 

「勝敗は」

 

参謀が尋ねた。

 

判定官が答える。

 

「指定された個別目標への攻撃では単発隊」

 

「駅の機能停止では」

 

「両隊とも達成」

 

「Turは駅舎を外したのだろう」

 

「駅舎以外を広く壊しました」

 

「雑だな」

 

元白軍将校が笑った。

 

「駅は止まった」

 

 

作戦参謀は、Turの爆撃性能へ厳しい評価を下した。

 

「速度が不足している」

 

「はい」

 

「満載時の上昇力も不足」

 

「はい」

 

「戦闘機の脅威があれば危険だ」

 

「はい」

 

「対空火器に晒される時間も長い」

 

「はい」

 

「精密爆撃には向かない」

 

「はい」

 

元白軍将校が、すべて認めた。

 

作戦参謀は少し苛立った。

 

「では爆撃機として不適なのではないか」

 

「専門爆撃機としてはな」

 

「なら、爆撃部隊へ配るべきではない」

 

爆撃隊から届いた報告書を、軍将校が開いた。

 

「現場は返却を拒否している」

 

「なぜだ」

 

報告書を読む。

 

Turは爆撃専用機として、速度、上昇力及び照準視界に不満がある。

 

満載時の敵戦闘機遭遇は避けたい。

 

小目標に対しては、単発偵察爆撃機を優先すべきである。

 

ただし、物資集積地、野営地、鉄道駅、飛行場及び車列への多数爆弾投下には有用である。

 

爆撃任務がない場合、弾薬、燃料、整備員、交換用発動機部品を輸送できる。

 

帰還時には負傷者を収容できる。

 

よって、専用爆撃機到着後も補助機として残置されたい。

 

作戦参謀は黙った。

 

「爆撃機としては不満だが、部隊の機体として必要だそうだ」

 

軍将校が言った。

 

「勝手なものだな」

 

「現場とはそういうものだ」

 

元白軍将校が答えた。

 

 

次の資料は、稼働率だった。

 

これが会議を止めた。

 

比較対象となった二個部隊。

 

単発偵察爆撃機十機。

 

Tur十機。

 

同じ一週間、同じ飛行場、似た任務量。

 

初日。

 

単発隊、出撃可能八機。

 

Tur隊、九機。

 

三日目。

 

単発隊、七機。

 

Tur隊、九機。

 

五日目。

 

単発隊、五機。

 

Tur隊、八機。

 

七日目。

 

単発隊、四機。

 

Tur隊、八機。

 

作戦参謀が資料係を見た。

 

「単発隊は事故を起こしたのか」

 

「大事故はありません」

 

「ではなぜ減った」

 

「一機は主脚支柱の亀裂。一機は燃料弁不良。一機は発動機部品待ち。一機は翼端損傷。一機は計器故障。一機は定期整備です」

 

「Turも故障しただろう」

 

「はい」

 

「何機」

 

「期間中、延べ六機に不具合」

 

「単発隊より多いではないか」

 

「はい」

 

「ではなぜ八機飛んでいる」

 

整備部代表が答えた。

 

「直ったからです」

 

「それは分かる。なぜ直った」

 

「部品がありました」

 

「単発隊にも予備部品はある」

 

「ありました。ただしそのまま付かなかったものがあります」

 

会議室が静かになった。

 

「同型機だろう」

 

「同型です」

 

「同じ部品ではないのか」

 

「図面上は」

 

元ドイツ技師が、わずかに顔をしかめた。

 

整備部代表は続ける。

 

「主脚支柱は取付穴の位置が合わず、現場加工が必要でした。燃料弁は同じ型式名でしたが、配管継手のねじ規格が異なっていました。翼端部品は製造時期によって内部補強が違いました」

 

「なぜそんなことになる」

 

他社の技術担当者が反論した。

 

「輸入分と国内生産分が混在している。途中で改良もある。部隊改修も行われている」

 

「記録は」

 

「完全ではありません」

 

兵站参謀が目を閉じた。

 

「Turは」

 

整備部代表が資料をめくる。

 

「貨物扉接点不良、点火配線金具、燃料管漏れ、主脚表示ずれ、計器照明断線、主翼布損傷」

 

「故障はしているな」

 

「はい」

 

「修理時間は」

 

「最短十一分。最長は主翼布補修を含め九時間です」

 

「部品加工は」

 

「原則不要」

 

「原則?」

 

「現場報告上、交換部品四百七十二点中、取付調整を要したものは九点。そのうち七点は機体側の戦闘損傷または変形が原因です」

 

参謀たちが互いを見る。

 

「部品そのものが合わなかったのは」

 

「二点」

 

「五十機で?」

 

「はい」

 

元白軍将校が小声で言った。

 

「二点もあったのか」

 

元ドイツ技師が答える。

 

「調べる」

 

軍将校が二人を睨む。

 

「今は誇る場面だ!」

 

 

兵站参謀は別の資料を出した。

 

予備部品倉庫の比較。

 

単発偵察爆撃機三十機を支える倉庫。

 

機種別。

 

製造時期別。

 

輸入機用。

 

国内生産機用。

 

左右別。

 

個体別調整済み。

 

改修機用。

 

棚十四列。

 

木箱百八十三個。

 

内容不明または適合未確認部品、二十七点。

 

Tur五十機を支える倉庫。

 

型式別。

 

部品番号別。

 

左右別は明示。

 

改修前後の部品は番号を分離。

 

共通基部。

 

共通工具。

 

共通治具。

 

棚六列。

 

木箱九十六個。

 

適合未確認部品、三点。

 

参謀が聞く。

 

「機体数はTurの方が多い」

 

「はい」

 

「なぜ棚が半分以下なんだ」

 

「同じ部品を使うからです」

 

「そんな単純な理由か」

 

「航空機で実行するのは単純ではありません」

 

元ドイツ技師が答えた。

 

兵站参謀は部品請求票を掲げた。

 

「他社機の場合、部隊から機体番号を聞く。製造番号を聞く。製造工場を聞く。改修履歴を聞く。場合によっては壊れた部品を送らせ、見本合わせで作る」

 

「Turは」

 

「部品番号を聞く」

 

「それだけか」

 

「改修指示番号も確認します」

 

「二つで済む?」

 

「原則として」

 

兵站参謀は少し笑った。

 

「その“原則として”が、本当に原則として成立している」

 

作戦参謀が不満そうに言う。

 

「倉庫が小さくても、飛行機が遅ければ戦闘には勝てない」

 

兵站参謀が答えた。

 

「飛行機が倉庫で止まっていれば、さらに遅い」

 

 

軍部は、部品共通性について独立した調査を行っていた。

 

任意に選んだTur五機。

 

それぞれから、交換頻度の高い部品を外す。

 

貨物扉留め具。

 

燃料弁。

 

点検蓋。

 

主脚表示継手。

 

座席固定具。

 

写真機取付枠。

 

無線機架。

 

左右を間違えないよう番号を確認したうえで、別の機体へ取り付ける。

 

七十六点。

 

七十四点は、そのまま付いた。

 

一つは塗装が厚く、軽い清掃を要した。

 

一つは機体側に泥が噛んでいた。

 

「部品の問題ではないな」

 

試験官が言った。

 

元白軍将校が答える。

 

「掃除しろ」

 

比較として、他社製単発機五機でも同様の試験を行った。

 

同じ型式。

 

だが製造時期が異なる。

 

一部は輸入。

 

一部は国内生産。

 

現場改修あり。

 

七十点。

 

そのまま装着できたもの、四十三点。

 

軽い削り、穴合わせ、座金追加などを要したもの、十九点。

 

大きな加工または不適合、八点。

 

他社技術者が抗議した。

 

「現場の職人が調整する前提だ」

 

元ドイツ技師が尋ねる。

 

「前線に、その職人が必ずいるのか」

 

「整備兵がいる」

 

「治具は」

 

「部隊による」

 

「工作機械は」

 

「後方修理所へ送る」

 

「その間、機体は飛ばない」

 

「航空機とはそういうものだ」

 

技師はTurの部品箱を指した。

 

「そうでないように作った」

 

 

他社側の反発は強かった。

 

「我が社の機体の方が速い」

 

「その通りです」

 

軍将校が答える。

 

「上昇力も高い」

 

「その通りです」

 

「爆撃精度も優れる」

 

「演習結果では、その通りです」

 

「なら、なぜTurが高く評価される!」

 

兵站参謀が言った。

 

「脚が壊れた時、予備の脚が付くからです」

 

「そんな理由で航空機を選ぶのか」

 

「そんな理由で、航空機は飛ぶのです」

 

他社技術者は机を叩いた。

 

「我々の職人は、WILKより腕がよい!」

 

元白軍将校が言った。

 

「それはあるかもしれん」

 

元ドイツ技師も否定しなかった。

 

「熟練工の個人技では上かもしれない」

 

「ならば――」

 

「だから一機ごとに合わせてしまう」

 

技師は比較部品を並べた。

 

似ている。

 

だが穴位置が違う。

 

曲げ角度が違う。

 

厚みが違う。

 

「一人の職人が一機を完成させるなら、よくできている」

 

「何が悪い」

 

「次の職人が、同じ物を作れない」

 

「図面はある」

 

「図面と現物が違う」

 

「現場調整だ」

 

「その言葉で差を消すな」

 

会議室が静かになった。

 

「調整が必要なら、どこを、どれだけ、何のために調整するかを決めろ。職人の感覚へ全部預けるな」

 

他社技術者が言い返す。

 

「量産すれば、性能が落ちる」

 

「落としてよい性能と、落としてはいけない性能を決める」

 

「Turは遅いではないか」

 

「速さを捨てたのではない。今の発動機と構造で、必要な荷物を運び、帰る方を優先した」

 

元白軍将校が付け加える。

 

「速い機体は必要だ」

 

技師も頷いた。

 

「専用爆撃機も必要だ」

 

他社技術者は二人を見る。

 

「ではTurは何なのだ」

 

軍将校が答えた。

 

「他の機体が飛べない日に、飛ぶ機体だ」

 

 

医務部からの評価は、作戦部とは違った。

 

「速度は、十分です」

 

作戦参謀が驚く。

 

「遅いぞ」

 

「負傷者を病院へ運ぶには、馬車より速い」

 

「戦闘機と比較している」

 

「我々は馬車と比較しています」

 

医務部の報告には、六か月で後送した負傷者数が記されていた。

 

担架。

 

座席。

 

看護兵。

 

医薬品。

 

貨物扉が広く、担架を入れやすい。

 

固定金具の位置が全機共通。

 

どの部隊でも、同じ手順で衛生型へ変更できる。

 

「一機を衛生専用にするべきでは」

 

参謀が尋ねる。

 

医務部代表は首を振った。

 

「専用機は必要です。ただし、専用機が別任務中、故障中、あるいは足りない時にTurを使います」

 

「何分で変更できる」

 

「訓練済み班なら、座席撤去から担架二床固定まで二十七分」

 

「全機で?」

 

「全機で同じ位置です」

 

また、そこだった。

 

写真測量部からも評価が来た。

 

「速度は遅い方が撮影には都合がよい場合があります」

 

作戦参謀が顔をしかめる。

 

「今度は遅いことを褒めるのか」

 

「一定速度を維持しやすく、直線安定性も良好です。地上基準照準器と写真機架が共通なので、機体を替えても撮影手順が変わりません」

 

「偵察機として視界は」

 

「改善の余地があります」

 

「つまり専用偵察機の方がよい」

 

「はい」

 

「ではTurは不要か」

 

「返しません」

 

作戦参謀は机へ両手をついた。

 

「全員それを言うな!」

 

 

教育部も同じだった。

 

「双発機移行訓練に適する」

 

「なぜ」

 

「十機すべての操縦配置が同じだからです」

 

「当たり前では」

 

教官が真顔で答えた。

 

「当たり前ではありません」

 

学生は、一機で習った手順を別の機体でも使える。

 

主脚操作。

 

片発訓練。

 

燃料切替。

 

無線。

 

貨物扉表示。

 

教官も、機体固有の注意事項を毎回覚え直す必要が少ない。

 

「個体差は」

 

「あります」

 

「なら同じではない」

 

「癖と手順は別です」

 

元白軍将校が満足そうに頷いた。

 

「よく教えた」

 

教官が答える。

 

「あなたに教わりました」

 

軍将校が横を見る。

 

「珍しく本当に教えていたのだな」

 

「何だと思っていた」

 

「発動機音を口で真似する人員だと」

 

「それも教官の仕事だ」

 

「違う!」

 

 

評価会議は三日続いた。

 

一日目は性能。

 

二日目は運用。

 

三日目は調達。

 

最終日。

 

軍部は、Turをどう分類するかで揉めた。

 

「軽爆撃機」

 

作戦側が提案する。

 

輸送側が反対した。

 

「それでは輸送部隊が優先して受け取れない」

 

「輸送機」

 

医務部が反対する。

 

「爆撃任務へ回す際に手続きが増える」

 

「偵察機」

 

写真部が反対する。

 

「貨物任務が主の部隊もある」

 

「多用途機」

 

参謀が言う。

 

別の参謀が顔をしかめた。

 

「曖昧だ」

 

軍将校が答えた。

 

「曖昧だから正しい」

 

「軍の分類は、正確でなければならない」

 

元独立運動家が、各部隊からの要望書を机へ並べた。

 

「現場は正確に使っています」

 

爆撃隊。

 

輸送隊。

 

衛生班。

 

写真班。

 

国境連絡隊。

 

学校。

 

それぞれ用途が違う。

 

同じ機体。

 

「機体を一つの任務名へ押し込める必要があるのか」

 

元独立運動家が尋ねた。

 

「予算と配備計画に必要だ」

 

実業家が言う。

 

「多用途機枠を新設すればよい」

 

参謀が彼を見る。

 

「簡単に言うな」

 

「予算項目を増やせば解決します」

 

「役所を何だと思っている」

 

「項目を増やす組織です」

 

軍将校が机を叩いた。

 

「お前は黙れ!」

 

 

最終評価書の文面は、夜まで揉めた。

 

原案。

 

Tur A.3は、現用爆撃機の代替として有効である。

 

元ドイツ技師が消した。

 

「代替ではない」

 

作戦参謀が言う。

 

「爆撃任務を代行できる」

 

「できるが、専用機と同じではない」

 

修正。

 

Tur A.3は、近距離爆撃任務に使用可能である。

 

元白軍将校が付け加える。

 

特に広域目標へ多数の小型爆弾を投下する場合に有効。

 

写真部が、

 

写真偵察及び地図作成にも有効。

 

医務部が、

 

負傷者後送へ迅速に転用可能。

 

輸送部が、

 

貨物及び人員輸送に適する。

 

教育部が、

 

双発機訓練に適する。

 

と次々に加えた。

 

参謀が怒鳴った。

 

「一文に全部入れるな!」

 

軍将校が別の紙へ整理した。

 

Tur A.3は、特定用途において最高性能を示す機体ではない。

 

速度、上昇力及び小目標に対する爆撃精度では、現用単発偵察爆撃機が優位である。

 

爆弾搭載量は一般的な単発偵察爆撃機を大きく上回るが、現用大型爆撃機には及ばない。

 

一方、輸送、偵察、写真撮影、連絡、衛生後送、物資投下及び近距離爆撃へ、短期間で任務転換できる。

 

また、同型機間の部品交換性、整備手順の統一及び故障情報の共有において、国内製航空機中、例外的に高い水準を示した。

 

この結果、故障件数に比して修理時間が短く、部隊単位の稼働率が高い。

 

Tur A.3は、専用機の代替ではない。

 

専用機が不足し、故障し、到着せず、あるいは別任務に使用されている時、航空任務の空白を埋める機体である。

 

会議室が静かになった。

 

元白軍将校が言う。

 

「長い」

 

元ドイツ技師は答えた。

 

「必要だ」

 

元独立運動家が文面を読み直す。

 

「現場にも分かる」

 

実業家が尋ねた。

 

「追加発注へ使えますか」

 

軍将校が机の上の教本へ手を伸ばした。

 

実業家は黙った。

 

 

最後に、部品共通性の表現が問題になった。

 

原案。

 

国内他社製航空機より優れる。

 

他社代表が反対した。

 

「比較条件が不公平だ」

 

兵站参謀が尋ねる。

 

「どこが」

 

「我々の機体には輸入分、試作分、改修分が混ざっている」

 

「軍の飛行場にも混ざっている」

 

「新造機だけで比較すべきだ」

 

「戦場は新造機だけを選べない」

 

「WILKは五十機を同時期に作った」

 

元ドイツ技師が言う。

 

「だから五十機を同じにした」

 

「我々も新規発注なら改善できる」

 

軍将校が頷いた。

 

「なら改善してくれ」

 

他社代表が止まる。

 

「軍は、それを要求するのか」

 

兵站参謀が答えた。

 

「今後の国内調達機について、部品番号、変更記録、交換性試験及び現場加工量を評価項目へ入れる」

 

会議室の空気が変わった。

 

Tur一機の評価ではなかった。

 

WILKが作った標準が、他社へも要求され始めた。

 

「性能試験に部品交換を入れるのか」

 

「入れる」

 

「飛行速度とは関係ない」

 

「稼働率と関係する」

 

「職人の仕事を軽視している」

 

「職人がいない飛行場でも直せるようにする」

 

元独立運動家が静かに言った。

 

「よい職人を一機へ縛り付けるより、よい仕組みを全部隊へ配る方が多くの機体を飛ばせる」

 

元白軍将校が笑った。

 

「WILKのせいで、他社まで苦労するな」

 

軍将校が答える。

 

「お前たちが始めた」

 

「軍が五十機頼んだ」

 

「責任を返すな!」

 

 

正式な評価書が完成した。

 

表紙。

 

Tur A.3量産標準型・総合運用評価

 

機密区分。

 

配布先。

 

航空部。

 

兵站部。

 

教育部。

 

各運用部隊。

 

WILK。

 

最終頁には、調達に関する勧告があった。

 

一、専用単発偵察爆撃機の調達を継続すること。

 

二、大型爆撃機の整備をTurによって代替しないこと。

 

三、Turを混成部隊、輸送部隊、写真偵察部隊、衛生後送班及び訓練部隊へ追加配備すること。

 

四、爆撃任務に使用する場合は、広域目標及び近距離任務を優先すること。

 

五、今後の改良において、部品共通性を損なわないこと。

 

六、より強力な発動機、密閉操縦席、冬季運用、貨物扉拡大及び装甲取付準備を検討すること。

 

七、ただし、前項の改良を同一機体へ無制限に追加しないこと。

 

元白軍将校が第七項を指した。

 

「私へ向けて書いたな」

 

元ドイツ技師が答える。

 

「主にお前だ」

 

「装甲と武器と燃料を増やせばよい」

 

「発動機も重くなる」

 

「強い発動機を探せ」

 

実業家が書類を閉じる。

 

「既に照会しています」

 

軍将校が振り返る。

 

「いつからだ!」

 

「現場要望を受けた時点で」

 

元独立運動家が尋ねる。

 

「新しい工員は」

 

「まだ雇っていません」

 

軍将校が少し安心する。

 

実業家が続けた。

 

「候補者名簿だけです」

 

「同じだ!」

 

 

評価書は各部隊へ送られた。

 

第六混成航空中隊では、古参整備軍曹が受け取った。

 

彼は整備兵たちと一緒に、該当部分を読んだ。

 

同型機間の部品交換性は、国内製航空機中、例外的に高い。

 

若い整備兵が言った。

 

「評価されましたね」

 

軍曹は鼻を鳴らした。

 

「軍が今頃気づいた」

 

「最初は信用していなかったでしょう」

 

「黙れ」

 

別の整備兵が尋ねる。

 

「例外的、とはどれくらいです」

 

軍曹は、部品棚を指した。

 

五十機分の共通部品。

 

番号。

 

札。

 

交換記録。

 

「壊れた機体を見て、どの機体から何を外せばよいか迷わないくらいだ」

 

「それはすごいことですか」

 

「夜中にやれば分かる」

 

その日、一〇七号機の燃料弁に漏れが見つかった。

 

予備部品箱。

 

部品番号確認。

 

取り外し。

 

装着。

 

配管接続。

 

漏れ試験。

 

作業時間、二十四分。

 

軍曹は評価書の余白へ書いた。

 

本日も付いた。

 

 

WILK本社では、評価書の受領会議が始まった。

 

机の中央には、頑丈な教本。

 

その横には、五十機分の現場要望をまとめた冊子。

 

教本より厚かった。

 

軍将校が冊子を持ち上げる。

 

「なぜ要望書の方が厚い」

 

元独立運動家が答える。

 

「五十機分だからだ」

 

元白軍将校が開く。

 

「発動機出力を増やせ」

 

「貨物扉を広げろ」

 

「操縦席を閉じろ」

 

「暖房を付けろ」

 

「担架を四床に増やせ」

 

「無線機を強くしろ」

 

「燃料を増やせ」

 

「装甲を付けろ」

 

「爆撃手の視界を改善しろ」

 

「脚をもっと引っ込めろ」

 

「不整地性能は落とすな」

 

「部品共通性は維持しろ」

 

彼は冊子を閉じた。

 

「全部やればよい」

 

元ドイツ技師が即答した。

 

「飛ばなくなる」

 

「強い発動機を」

 

「まだない」

 

実業家が言う。

 

「候補はあります」

 

「あるのか」

 

「外国製です。価格が高い」

 

軍将校が顔をしかめる。

 

「軍の予算は」

 

「評価書では追加調達を勧告しています」

 

元独立運動家が住宅地図を広げた。

 

「工場を増やすなら、先に住宅と学校を――」

 

軍将校が教本を持ち上げた。

 

どん。

 

全員が止まる。

 

「順番に話せ」

 

元白軍将校が要望書を指す。

 

「まず武器だ」

 

技師が言う。

 

「まず発動機だ」

 

独立運動家が言う。

 

「まず人だ」

 

実業家が言う。

 

「まず契約です」

 

四人が再び同時に話し始めた。

 

軍将校は、もう一度教本を持ち上げた。

 

 

五十機が運用された結果、軍はTurを理解した。

 

速い機体ではなかった。

 

高く飛ぶ機体でもなかった。

 

橋へ正確に爆弾を当てるなら、単発偵察爆撃機の方がよかった。

 

最大爆装でも、大型爆撃機には及ばなかった。

 

それでも爆弾を多く積めた。

 

物資を運べた。

 

写真を撮れた。

 

負傷者を連れ帰れた。

 

そして壊れた。

 

故障もした。

 

漏れた。

 

緩んだ。

 

歪んだ。

 

だが、別の機体の部品がそのまま付いた。

 

同じ教本で直せた。

 

一機の故障が、残り四十九機の点検項目になった。

 

軍がTurを評価した最大の理由は、飛行性能表の一番上には書かれていなかった。

 

速度でもない。

 

高度でもない。

 

爆弾の量だけでもない。

 

昨日飛べなかった機体が、今日には再び飛んでいること。

 

同じ機体が数多くあることではない。

 

同じように直せる機体が、数多くあること。

 

ポーランド陸軍航空部は、それを新しい性能として評価書へ記した。

 

部品が合う。

 

たったそれだけのことだった。

 

そして当時のポーランド航空産業において、それは決して、当たり前のことではなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。