WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・新型発動機搭載試験準備会議議事録
一九二七年

要求事項。

一、最大搭載量の増加。
二、上昇性能の改善。
三、離陸距離の短縮。
四、速度の向上。
五、航続距離の維持。
六、整備作業時間を増加させないこと。
七、既存機との部品共通性を損なわないこと。
八、価格を大きく上昇させないこと。

WILK側回答。

右記のうち、同時に実現可能な項目を選ばれたい。

陸軍航空部側回答。

可能な限り全部。

WILK側再回答。

発動機を強くしても、願望までは回せない。


第54話 強い発動機を載せればよい

「つまり、強い発動機を載せればよい」

 

ポーランド陸軍将校がそう言った瞬間、会議室にいた四人が、それぞれ異なる反応を示した。

 

元白軍将校は頷いた。

 

元独立運動家は嫌な予感を覚えた。

 

ユダヤ人実業家は帳面をめくった。

 

元ドイツ帝国軍技師は目を閉じた。

 

最後の反応がもっとも危険だった。

 

「発言を訂正する機会を与える」

 

技師が言った。

 

「なぜだ。発動機の出力が増えれば、機体の性能も上がるだろう」

 

「上がる」

 

「ならば問題はない」

 

「問題も増える」

 

技師は机上の紙へ、順番に文字を書いた。

 

発動機重量。

 

燃料消費。

 

冷却。

 

振動。

 

回転力。

 

プロペラ直径。

 

重心位置。

 

発動機架。

 

防火壁。

 

脚部荷重。

 

操縦性。

 

予備部品。

 

整備教育。

 

最後に大きく書いた。

 

金。

 

実業家が帳面から顔を上げた。

 

「最後だけは私の担当です」

 

「全部、お前の担当でもある」

 

「残念ながら、その通りです」

 

軍将校は紙を見た。

 

「だが、現在の発動機では余裕がない」

 

「ない」

 

技師は即答した。

 

Tur A.3は、五十機の量産を達成した。

 

部品は合う。

 

現場で直せる。

 

搭載量は大きい。

 

短い草地でも扱える。

 

ただし、満載時の上昇は鈍い。

 

夏場にはさらに悪化する。

 

高地ではなお悪い。

 

片方の発動機が止まった場合、帰還できる条件は限られていた。

 

爆弾や貨物を捨てなければならないこともある。

 

機体構造には余裕がある。

 

発動機には、それほどない。

 

元白軍将校が腕を組んだ。

 

「ならば二種類試せばよい」

 

「何を」

 

「液冷と空冷だ」

 

技師が睨んだ。

 

「発動機が市場の果物のように並んでいると思っているのか」

 

「実業家なら見つける」

 

四人の視線が帳面へ集まった。

 

実業家はページをめくったまま答えなかった。

 

「見つけたのか」

 

軍将校が聞いた。

 

「候補はあります」

 

「いつの間に」

 

「三週間前から」

 

「なぜ報告しない」

 

「買えるとは限りませんでした」

 

「今は?」

 

「買えます」

 

技師が眉を寄せた。

 

「何基だ」

 

「液冷式を四基。空冷式を三基。交換部品と工具を含みます」

 

「なぜ空冷だけ奇数だ」

 

「四基目は、別会社が先に契約しました」

 

「取り返せ」

 

「競売ではありません」

 

元白軍将校が実業家の帳面を覗こうとした。

 

実業家は静かに閉じた。

 

「金はあるのか」

 

「あります」

 

「また為替が動いたのか」

 

「今回は債券です」

 

軍将校が額を押さえた。

 

「飛行機会社の会議で、なぜ外国債の売却益が発動機になる」

 

「発動機を買うために売ったからです」

 

正論だった。

 

腹立たしいほどに。

 

     ◇

 

試験用に用意された液冷発動機は、細長かった。

 

出力は高い。

 

正面から見た面積も比較的小さい。

 

だが、冷却水配管と放熱器を必要とする。

 

空冷発動機は太かった。

 

空気抵抗は増える。

 

代わりに、冷却水を失って止まる心配はない。

 

前線での扱いやすさでは空冷が有利だった。

 

速度と機首整形のしやすさでは、液冷に分がある。

 

「両方載せよう」

 

元白軍将校が言った。

 

「試験機を二機作るのか」

 

軍将校が聞いた。

 

「いや。同じ機体へ左右一基ずつ」

 

元ドイツ技師は工具を置いた。

 

「二度と言うな」

 

ほぼ同時に、軍将校が机を叩いた。

 

「二度とやらん!」

 

工場を訪れていた他社の技師たちが、一斉に振り向いた。

 

元独立運動家が顔を上げる。

 

「珍しく意見が合ったな」

 

「合っていない!」

 

技師と軍将校が同時に怒鳴った。

 

元白軍将校は不満そうだった。

 

「前は飛んだ」

 

「飛ばしたのだ!」

 

軍将校が叫んだ。

 

「あの時は同じ発動機が二基なかった! 左は液冷、右は空冷! 製造会社も出力も重量も違った! 始動するたびに違う音がした!」

 

「よく覚えているな」

 

「私が点火栓と工具を持ってきたからだ!」

 

実業家が帳面を開いた。

 

「正式な廃棄前の点火栓です」

 

「今それを蒸し返すな」

 

「借用書も受領書もありませんでした」

 

「黙れ!」

 

工場内が静かになった。

 

他社の技師の一人が、恐る恐る手を上げた。

 

「左右で、異なる型式の発動機を搭載したという意味でしょうか」

 

元白軍将校が頷いた。

 

「そうだ」

 

「同系列の出力違いを?」

 

「製造会社から違った」

 

「冷却方式も?」

 

「左が液冷。右が空冷」

 

技師は言葉を失った。

 

隣にいた設計主任が、代わって尋ねた。

 

「地上試験機でしょうか」

 

「飛んだ」

 

ポーランド軍将校が答えた。

 

設計主任の顔から表情が消えた。

 

「飛ばしたのですか」

 

「郵便を運んだ」

 

「郵便まで?」

 

「軍用郵便だ」

 

「乗員は」

 

「いた」

 

元白軍将校が当然のように答えた。

 

「無人では操縦できん」

 

誰も笑わなかった。

 

     ◇

 

「左右の重量差は、どのように処理したのです」

 

若い技師が聞いた。

 

元ドイツ技師が答えた。

 

「発動機架を作り直した」

 

「一度で?」

 

「二度だ」

 

「三度だ」

 

ポーランド軍将校が口を挟んだ。

 

技師が睨む。

 

「二度だ」

 

「最初の木製仮架台を数えていないだろう」

 

「あれは寸法確認用の台だ」

 

「発動機を載せて回した」

 

「載せた者が悪い」

 

元白軍将校が胸を張った。

 

「私だ」

 

「知っている!」

 

外部企業の者たちは、笑うべきか迷った。

 

だが、元ドイツ技師の顔を見て、やめた。

 

「推力差は?」

 

別の技師が尋ねた。

 

「完全には消せなかった」

 

「では操縦できないのでは」

 

「尾翼面積を増やした。プロペラを選び直した。燃料流量を調整した。操縦系統も左右で別に詰めた」

 

「片発停止試験は?」

 

技師は少し考えた。

 

「毎回が片発停止試験のようなものだった」

 

「どういう意味です」

 

「左右の推力が、最初から一致していなかった」

 

外部企業の設計主任が、ゆっくりと初期型の記録写真を見た。

 

不格好な発動機覆い。

 

左右で異なる直径のプロペラ。

 

太い翼。

 

大きすぎる尾翼。

 

幅広い発動機取付部。

 

「それで飛ばしたのですか」

 

「飛ばさなければ郵便が届かなかった」

 

軍将校が答えた。

 

その声に、先ほどまでの怒りはなかった。

 

当時は、新しい国家に航空機が足りなかった。

 

工場もなかった。

 

材料もなかった。

 

完成後払いの注文だけがあった。

 

「承認は」

 

外部企業の経営担当者が聞いた。

 

「なかった」

 

「型式試験は」

 

「制度がなかった」

 

「保険は」

 

「なかった」

 

「損失補償は」

 

「なかった」

 

「資本金は」

 

実業家が帳面を見た。

 

「ほぼありませんでした」

 

「なぜ会社が残ったのです」

 

実業家はページをめくる手を止めた。

 

「誰も逃げなかったからです」

 

他社の者たちは、今度こそ完全に黙った。

 

     ◇

 

新発動機の搭載前に、陸軍は機体強度の再確認を求めた。

 

発動機が強くなれば、飛べる重量も増える。

 

すると軍は必ず、その余裕へ何かを載せたがる。

 

爆弾。

 

機関銃。

 

燃料。

 

装甲。

 

無線機。

 

写真機。

 

人員。

 

余裕という言葉を、軍は空席と同じ意味で使う。

 

元ドイツ技師はそれを知っていた。

 

「まず翼を試す」

 

量産機から三組の翼が選ばれた。

 

試作機の翼ではない。

 

最初の十機。

 

中盤の十機。

 

最後の十機。

 

それぞれから一組ずつ抜き出した。

 

「完成機から外すのか」

 

軍将校が尋ねた。

 

「量産品が同じ強さか確かめる」

 

「試験用に特別な翼を作ればよいだろう」

 

「それでは試験用の翼が強いことしか分からない」

 

その言葉を聞いた他社の技師が、小さく眉を動かした。

 

彼の会社では、強度試験用の部材は試作工場で作っていた。

 

熟練工が選ばれた。

 

材料も念入りに選別された。

 

それが量産機と本当に同じかどうかは、誰も確認していなかった。

 

翼は上下を逆にして、頑丈な試験架へ固定された。

 

上面には袋が並べられた。

 

砂。

 

鉄片。

 

鉛塊。

 

飛行中と同じ荷重分布になるよう、翼全体へ重量を加えていく。

 

中央だけ重くしても意味がない。

 

翼端。

 

発動機取付部。

 

外部懸架点。

 

胴体結合部。

 

各部に、計算された荷重が置かれた。

 

国内の航空機会社から招かれた者たちは、最初のうちは遠慮なく笑った。

 

「太い翼だ」

 

「桁が多すぎる」

 

「この重量では速度が出ない」

 

「もっと軽くできる」

 

元ドイツ技師は反論しなかった。

 

「載せろ」

 

砂袋が増えた。

 

規定荷重。

 

翼はしなった。

 

まだ問題はない。

 

保証荷重。

 

接合部から小さな音がした。

 

検査員が変形量を記録する。

 

三組とも、数値はほぼ同じだった。

 

さらに荷重を増やした。

 

「まだ載せるのか」

 

他社の設計主任が尋ねた。

 

「どこから壊れるかを見る」

 

「壊すのか」

 

「壊れないことだけ確認しても、壊れ方は分からない」

 

砂袋が追加された。

 

翼端が下がる。

 

外板に皺が出る。

 

交換可能な補助部材が、主桁より先に変形した。

 

技師が頷いた。

 

「記録」

 

さらに載せる。

 

試験架が軋んだ。

 

固定金具の一つが歪んだ。

 

砂袋が崩れ、床へ落ちた。

 

元白軍将校が笑った。

 

「翼より先に台が逃げたぞ」

 

「笑うな。補強しろ」

 

翌日、試験架は太くなった。

 

他社の者たちも、再び来た。

 

誰も欠席しなかった。

 

     ◇

 

試験は再開された。

 

三組の翼は、ほぼ同じ荷重で、ほぼ同じ順序に従って変形した。

 

補助部材。

 

外板。

 

接合金具。

 

最後まで主桁は残った。

 

一組だけが強いのではない。

 

三組が、同じように強い。

 

外部企業の技師たちから、完全に笑いが消えた。

 

「試作翼ではないのか」

 

「量産機から抜いた」

 

「三組とも?」

 

「異なる生産時期だ」

 

「材料ロットは」

 

「二種類」

 

「作業班は」

 

「三班」

 

「それで変形の始まりがここまで揃うのか」

 

元ドイツ技師は答えず、検査記録を手渡した。

 

材料番号。

 

部品番号。

 

作業班。

 

使用工具。

 

検査者。

 

修正履歴。

 

機械の調整記録。

 

すべて残っていた。

 

設計主任は紙を読み、もう一度翼を見た。

 

「重いだけの翼ではない」

 

小さく呟いた。

 

元ドイツ技師が返す。

 

「今ごろ気づいたか」

 

「昨日までは、古い設計を捨てられないのだと思っていました」

 

「今は?」

 

「捨てれば死んだ経験を、全部残している」

 

「経験ではない」

 

技師は検査表を指で叩いた。

 

「記録だ」

 

     ◇

 

発動機架の試験では、左右へ異なる重量を吊った。

 

片側には新型液冷発動機相当。

 

もう片側には新型空冷発動機相当。

 

片側停止を想定したねじり荷重。

 

急激な出力変化。

 

着陸時の衝撃。

 

発動機を外した状態での支持。

 

整備中に人間が乗った場合まで試した。

 

軍将校が書類を見た。

 

「最後の項目は必要か」

 

「整備員は発動機架へ乗る」

 

技師が答えた。

 

「乗るなと命令すればよい」

 

元白軍将校が首を振った。

 

「乗る」

 

「なぜだ」

 

「手が届かないからだ」

 

「足場を使え」

 

「前線に足場がなければ乗る」

 

「規則違反だ」

 

「規則違反をしたら壊れる機体と、規則違反をしても帰せる機体なら、後者がましだ」

 

軍将校は反論しようとした。

 

だが、自分も創業期に発動機架へ乗ったことを思い出した。

 

黙った。

 

外部企業の技師が尋ねる。

 

「それでは、規則違反を推奨することになりませんか」

 

元ドイツ技師が答えた。

 

「推奨はしない」

 

「ではなぜ試すのです」

 

「現場が規則通り動くと仮定する設計者は、現場を知らない」

 

「整備員の責任では」

 

「壊れれば設計者の機体も落ちる」

 

外部企業の技師は、何も言わず記録帳へ書き込んだ。

 

     ◇

 

試験後、搭載案は二種類に絞られた。

 

液冷型。

 

速度と上昇力に優れ、偵察や長距離輸送に向く。

 

空冷型。

 

空気抵抗は増えるが、前線整備と被弾時の生存性に優れ、短距離輸送や軍用雑務に向く。

 

軍は当然、両方を欲しがった。

 

「同時に量産する」

 

「しない」

 

技師が即答した。

 

「なぜだ」

 

「部品が二倍になる。教育も二倍。工具も二倍。整備員が覚える故障も二倍。補給所が取り違える可能性はさらに増える」

 

「どの程度だ」

 

実業家が帳面を開いた。

 

「概算では、維持費と在庫負担を合わせて三・二倍です」

 

全員が振り向いた。

 

「計算したのか」

 

「昨日」

 

「なぜ」

 

「皆さんが必ず両方欲しがると思いましたので」

 

帳面には発動機価格だけでなく、予備部品、輸送費、保険、工具、教育時間、翻訳費、燃料消費、倉庫面積まで書かれていた。

 

さらに、供給国で輸出制限や政変が起きた場合の代替調達先。

 

為替の変動幅。

 

支払期限。

 

債券売却の時期。

 

軍将校が覗き込んだ。

 

「この欄は何だ」

 

実業家の指が、一瞬だけ止まった。

 

欄外に人名が並んでいた。

 

ドイツ系。

 

ポーランド系。

 

ユダヤ系。

 

その中には、軍将校が知らない姓もある。

 

住所の代わりに、市場名や巡回経路が添えられていた。

 

「発動機と関係があるのか」

 

「直接はありません」

 

「ではなぜ同じ帳面に」

 

「同じ日に確認したので」

 

「何を」

 

実業家は帳面を閉じた。

 

「工具を扱える職人です」

 

それ以上は説明しなかった。

 

だが翌週、その帳面に載っていた二人が工場へ来た。

 

一人は移動鍛冶の家で育った若者だった。

 

正式な職業証明はない。

 

代わりに、馬車の車軸、鍋、農具、楽器金具の修理歴があった。

 

もう一人は、各地の市場を巡る家族の娘だった。

 

三種類の言葉を話し、商品の重量と代金を一度で覚えた。

 

若者は発動機架部門へ。

 

娘は倉庫記録係へ入った。

 

元独立運動家が実業家へ尋ねた。

 

「身元は確かなのか」

 

「十一年前から取引記録があります」

 

「十一年前?」

 

「父親の代からです」

 

「なぜ、そんな記録まで持っている」

 

実業家は帳面へ目を落とした。

 

「代金を払ったからです」

 

「それだけか」

 

「帳簿には、それで十分です」

 

元独立運動家はしばらく彼を見た。

 

それから何も言わず、二人分の社員住宅申請書を持っていった。

 

     ◇

 

最終的に、WILKは空冷発動機型を次期軍用量産候補とした。

 

液冷型は試験機として残し、高速偵察や長距離型への可能性を探る。

 

両型を同時には量産しない。

 

ただし、機体側の取付構造は共通化する。

 

発動機。

 

発動機架。

 

覆い。

 

排気管。

 

冷却装置。

 

油と燃料の配管。

 

操縦系統。

 

計器。

 

プロペラ。

 

それらを一つの搭載一式として扱う。

 

発動機だけを交換するのではない。

 

発動機を動かすために必要な周囲すべてを、一つの装備単位として交換する。

 

外部企業の設計主任が図面を見た。

 

「これなら別の発動機も載せられる」

 

「試験をすればな」

 

技師が答えた。

 

「取付部が共通なら、そのまま載るのでは」

 

「重量、重心、振動、冷却、プロペラ間隔、操縦性を確認する」

 

「共通化した意味は」

 

「作り直す場所を限定できる」

 

「何でも載るわけではない?」

 

「何でも載せるために、何でも同じだと思わないことが必要だ」

 

設計主任はしばらく考え、頷いた。

 

     ◇

 

新型空冷発動機を載せた試験機が、滑走路へ出された。

 

従来型より太い発動機覆い。

 

大きなプロペラ。

 

補強された発動機架。

 

改められた燃料系統。

 

元白軍将校が操縦席へ乗り込んだ。

 

軍将校が止めた。

 

「正式な試験操縦士を使え」

 

「私も試験操縦士だ」

 

「いつ資格を取った」

 

「資格制度ができる前から飛んでいる」

 

「それは資格がないという意味だ!」

 

結局、正式な試験操縦士が左席へ乗り、元白軍将校は右席へ押し込まれた。

 

発動機が始動する。

 

太い音が滑走路を震わせた。

 

機体が動き出す。

 

従来型より短い距離で尾部が上がった。

 

満載状態にもかかわらず、上昇は明らかに力強い。

 

軍将校が笑った。

 

「やはり強い発動機を載せればよかったのだ」

 

隣で技師が答えた。

 

「違う」

 

「何がだ」

 

「強い発動機を載せても壊れず、整備でき、同じ物を何機にも載せられるようにしたから飛んでいる」

 

外部企業の者たちは、上昇する機体を見上げていた。

 

前日まで、彼らはTurを重いと思っていた。

 

今日も重いと思っている。

 

遅いとも思っている。

 

洗練されていないとも思っている。

 

だが、その理由を笑う者はいなかった。

 

あの機体は、余裕があったから重くなったのではない。

 

余裕がなかった時代を生き残ったから、重くなったのだ。

 

帰り際、外部企業の設計主任が部下へ言った。

 

「帰ったら、量産機から翼を一本抜け」

 

「試験用翼があります」

 

「それでは駄目だ」

 

「では、もう一つは?」

 

主任は少し考えた。

 

「創業時代の事故記録を探せ」

 

「残っているでしょうか」

 

「残っていなければ、なぜ捨てたか調べろ」

 

彼らが去った後、実業家は上空の試験機を一度だけ見た。

 

そして、また帳面へ目を戻した。

 

新型発動機の代金。

 

予備部品の到着予定。

 

為替。

 

倉庫。

 

工具。

 

新しく雇った二人の名。

 

その家族の人数。

 

すべてが同じ紙の上にあった。

 

WILKが何でも載せられる機体を作ったのは、何でも手に入ったからではない。

 

何が手に入るか、誰にも分からなかったからだ。

 

そして実業家が何でも帳面へ書いたのは、何も失わない自信があったからではない。

 

失った時、最初から存在しなかったことにされないためだった。

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