WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――第六混成航空隊・新型機受領後第一週整備報告
一九二七年

受領機。

Tur A.4 一機。

搭載品。

交換用発動機部品。
医薬品。
無線機用蓄電池。
整備員二名。
パン生地樽一個。

到着時の不具合。

右発動機の油圧計指示不安定。
左発動機覆い後部より軽微な油漏れ。
右主脚半引き込み機構の戻り不良。
貨物室床面にパン生地付着。

備考。

新型機は良好である。

パン生地は床ではなく容器内に収められたい。


第56話 発動機を丸ごと替えろ

Tur A.4は、前線飛行場へ着陸した直後から囲まれた。

 

操縦士。

 

整備員。

 

荷役員。

 

無線兵。

 

暇だった兵士。

 

暇ではないが、新型機を見たかった兵士。

 

皆が太くなった発動機覆いを眺めている。

 

旧型のTur A.3と並べれば、違いは明らかだった。

 

胴体も翼もほとんど変わらない。

 

半引き込み式の主脚も同じ。

 

貨物扉も同じ。

 

尾翼も同じ。

 

しかし、左右の発動機覆いだけが一回り太くなり、プロペラも大きい。

 

古参整備軍曹は、機体の周囲を一周した。

 

「太ったな」

 

WILKから同行してきた若い整備員が答えた。

 

「出力が増えました」

 

「発動機が太ったと言った」

 

「空冷ですから」

 

軍曹は発動機覆いを軽く叩いた。

 

「外しにくそうだ」

 

若い整備員は待っていたように留め金を外した。

 

覆いの側面が大きく開く。

 

内部の配管、点火線、油管、発動機架が見えた。

 

軍曹は黙った。

 

反対側も開く。

 

上面も外れる。

 

下面には排油を受けるための浅い溝が設けられ、点検箇所には番号札が付いていた。

 

「工具は」

 

「最初の二枚は手で開きます。その先は標準工具です」

 

「特殊工具は」

 

「プロペラと発動機後部に三種類」

 

「多い」

 

「旧型は七種類でした」

 

「減ったのか」

 

「減らしました」

 

軍曹は少しだけ機嫌を直した。

 

それから発動機の奥を覗き込む。

 

「下側の点火栓はどう外す」

 

「この足場を」

 

若い整備員が貨物室から折り畳み式の小さな踏み台を出した。

 

軍曹の機嫌が再び悪くなった。

 

「前線に、こんな物を持ち歩けというのか」

 

「機体の標準搭載品です」

 

「なくしたら」

 

「発動機架に乗らないでください」

 

軍曹は発動機架を見た。

 

若い整備員を見る。

 

「乗れるように試験したと聞いた」

 

「乗ってよいとは言っていません」

 

「乗っても壊れないのだな」

 

「壊れにくくしてあります」

 

「なら乗れる」

 

「そういう意味ではありません」

 

そこへ同行していたWILKのもう一人の整備員が口を挟んだ。

 

「諦めろ。教本にも同じやり取りが載っている」

 

「誰と誰の会話だ」

 

「創業者と軍の監督官です」

 

軍曹は満足そうに頷いた。

 

「なら正しい使い方だ」

 

若い整備員は、初日から教育の限界を感じた。

 

     ◇

 

到着したA.4には、軽微な油漏れがあった。

 

新型発動機の左後部。

 

油管の継手付近から、一滴ずつ滲んでいる。

 

軍曹が指で触れ、匂いを嗅いだ。

 

「接続部か」

 

「おそらく」

 

WILKの整備員が覆いをさらに外す。

 

継手を拭く。

 

発動機を低速で回す。

 

再び油が滲んだ。

 

「増し締めする」

 

若い航空隊整備員が工具を持った。

 

WILKの整備員が止める。

 

「先に印を確認してください」

 

継手には、締め付け位置を示す細い線が引かれていた。

 

線はずれていない。

 

「緩んでいません」

 

「なら締めれば止まる」

 

軍曹が言う。

 

「止まるかもしれません」

 

「なら締めろ」

 

「管が割れるかもしれません」

 

軍曹が黙った。

 

若い整備員は接続部の下へ紙を差し込み、漏れ方を確認した。

 

油は継手の隙間からではない。

 

継手のすぐ脇、銅管の曲がり始めから滲んでいる。

 

取り外すと、管にごく短い亀裂があった。

 

「振動だな」

 

軍曹が言った。

 

「製造時の曲げ傷かもしれません」

 

「どちらでも割れたことは同じだ」

 

「原因が違えば、次に直す場所が違います」

 

軍曹は若い整備員を見た。

 

「お前、ドイツ人技師の弟子か」

 

「直接習いました」

 

「気の毒に」

 

亀裂のある油管には部品番号が刻まれていた。

 

A4―O―217。

 

予備部品箱から同じ番号の管を取り出す。

 

寸法は合った。

 

だが軍曹は、取り付ける前に管の曲げ部分をじっと見た。

 

「新しい物にも、同じ傷がある」

 

若い整備員が確認する。

 

薄い線が走っている。

 

亀裂ではない。

 

だが加工時に工具が触れた跡らしい。

 

二本目。

 

同じ場所に跡がある。

 

三本目も同じだった。

 

「予備品全部か」

 

「同じ生産ロットです」

 

「工場へ報告だ」

 

若い整備員は即座に不具合票を取り出した。

 

軍曹はその速さに少し驚いた。

 

「直してからではないのか」

 

「先に送ります」

 

「原因はまだ分からんぞ」

 

「分からないことも報告します」

 

「間違っていたら」

 

「訂正します」

 

「怒られないのか」

 

「隠した方が怒られます」

 

軍曹は少し考え、頷いた。

 

「それはよい工場だ」

 

     ◇

 

報告は無線と郵便でWILKへ送られた。

 

航空隊では、予備管の曲げ跡を磨き落とす案が出た。

 

元白軍将校なら、おそらくそうした。

 

実際、現場の整備員も同じことを考えた。

 

しかし軍曹は止めた。

 

「待つ」

 

若い整備員が驚いた。

 

「応急処置はできます」

 

「できるから待つ」

 

「どういう意味です」

 

「直して飛ばせば、この一機だけの話になる」

 

軍曹は三本の油管を机へ並べた。

 

「工場が同じ物を何本作ったか知らん。ほかの機体にも付いているなら、先にそちらを止めるべきだ」

 

若い整備員は軍曹を見直した。

 

「教本を読まれましたか」

 

「机を叩くのに使っている」

 

「読んでください」

 

「厚い」

 

「そこに書いてあります」

 

「なら覚えている。毎日見ているからな」

 

用途が違う気もしたが、内容は伝わっていた。

 

A.4は飛行停止となった。

 

新型機を受領したばかりの航空隊は不満だった。

 

操縦士は特に不満だった。

 

「油管一本だろう」

 

「一本だ」

 

軍曹が答える。

 

「交換すれば飛べる」

 

「交換品にも同じ傷がある」

 

「磨けばよい」

 

「誰が保証する」

 

「私が飛ぶ」

 

「飛ぶ人間は保証人にならん。落ちる側だ」

 

操縦士は不満そうに機体を見た。

 

旧型A.3なら飛べる。

 

しかし新型を一度操縦した後では、満載時の鈍さを余計に強く感じる。

 

「新型があるのに旧型で行けと言うのか」

 

「新型だから止めている」

 

「逆では」

 

「古い機体の欠点は知っている。新しい機体の欠点は、まだ知らん」

 

軍曹は油管を指した。

 

「一つ目が挨拶に来たところだ」

 

     ◇

 

WILKでは、不具合票が届いた一時間後に発動機架部門の作業が止まった。

 

A4―O―217。

 

同一生産ロット。

 

加工担当。

 

使用工具。

 

曲げ作業票。

 

検査記録。

 

すべてが机へ集められた。

 

元ドイツ技師は、返送された油管を拡大鏡で見た。

 

「曲げ型だ」

 

作業責任者が聞き返す。

 

「型ですか」

 

「縁が荒れている」

 

曲げ型の接触面には、わずかな傷があった。

 

管を曲げるたび、同じ位置を擦っていた。

 

検査時には漏れない。

 

耐圧試験にも合格する。

 

だが発動機の振動を受け続ければ、傷が亀裂の始点になる可能性がある。

 

「何本作った」

 

技師が尋ねた。

 

記録係が帳簿を開く。

 

「完成品三十二本。装着済み八本。予備品十二本。未装着十二本です」

 

「発動機は」

 

「四基に装着済み。二基は試験運転中。一基は前線。一基は予備保管です」

 

ポーランド軍将校が顔をしかめた。

 

「新型は一機しか前線へ出していないのでは」

 

「左右二本ずつ使います」

 

「そうか」

 

元独立運動家が作業班を見た。

 

「誰が傷を付けた」

 

作業責任者が口を開こうとする。

 

技師が先に答えた。

 

「工具だ」

 

「工具を使った者は」

 

「図面と作業票どおりに作った」

 

「検査者は」

 

「規定の耐圧試験を通した」

 

軍将校が傷のある曲げ型を見た。

 

「では誰の責任だ」

 

技師は即答した。

 

「工程を決めた側だ」

 

軍将校は黙った。

 

作業員も黙った。

 

技師は曲げ型を机へ置く。

 

「工具を修正する。曲げ半径を少し増やす。接触面を磨く。検査へ表面確認を追加する」

 

作業責任者が尋ねた。

 

「今ある三十二本は」

 

「全部交換」

 

「亀裂のない物も?」

 

「傷がある」

 

「磨けば使えるかもしれません」

 

部屋の隅にいた元白軍将校が頷いた。

 

「使える」

 

技師は睨んだ。

 

「前線の応急予備として、識別して保管する」

 

「捨てないのか」

 

「新しい物が届くまでの緊急用だ。通常使用は禁止。使用後は交換」

 

元白軍将校が満足そうに笑った。

 

「私の意見が通った」

 

「半分だけだ」

 

「半分も通れば十分だ」

 

軍将校が不具合票を見た。

 

「報告した航空隊には?」

 

「礼状を出す」

 

「礼状?」

 

「最初の一本で止めた」

 

技師は淡々と言った。

 

「壊れた後まで飛ばさなかった。磨いて隠さなかった。同じロットを確認した」

 

以前なら、現場から不具合を報告すれば、製造側は嫌な顔をした。

 

操縦が悪い。

 

整備が悪い。

 

扱いが荒い。

 

そう言って終わる会社もあった。

 

WILKは違った。

 

不具合を報告した部隊へ、改善部品と礼状を送った。

 

ただし礼状の文章は元ドイツ技師が書いたため、感謝より指示の方が長かった。

 

     ◇

 

新しい油管は、二日で完成した。

 

問題は運び方だった。

 

航空隊のA.4は飛行停止中。

 

鉄道では三日以上かかる。

 

自動車なら道路状態次第。

 

元白軍将校が言った。

 

「A.3で運べばよい」

 

軍将校が頷く。

 

「部品だけなら軽い」

 

「油管だけではない」

 

技師が言った。

 

改良油管。

 

交換工具。

 

新しい作業要領。

 

曲げ傷確認用の見本。

 

予備継手。

 

さらに、予備保管中の新型発動機一基。

 

軍将校が目を見開いた。

 

「発動機まで送るのか」

 

「現地で他の問題が見つかった場合に備える」

 

「重いぞ」

 

「Turなら運べる」

 

「新型発動機を旧型機で運ぶのか」

 

「何か問題があるか」

 

元白軍将校が笑った。

 

「親を背負う子供だな」

 

「逆だろう」

 

「どちらでも飛ぶ」

 

A.3の貨物室へ、新型空冷発動機が積み込まれた。

 

発動機は専用の輸送架へ固定される。

 

輸送架の下部は、Turの共通床金具へそのまま接続できた。

 

軍将校が固定具を見た。

 

「いつ作った」

 

「新発動機を買う前だ」

 

技師が答えた。

 

「なぜ発動機寸法が分からないのに作れる」

 

「架台上部は発動機ごとに変える。下部は機体へ合わせる」

 

輸送架も、搭載一式と同じ思想だった。

 

上は荷物に合わせる。

 

下は機体に合わせる。

 

異なるものを、無理に同じにはしない。

 

接する場所だけを決める。

 

A.3は発動機一基、交換部品、整備員三人を載せて離陸した。

 

爆弾なら、もっと多く積めた。

 

だがこの一基が届けば、A.4を一機飛ばせる。

 

将来、新型機が増えれば、さらに多くを飛ばせる。

 

爆弾一発の重量と、発動機一基の重量は、帳簿上では似ている。

 

戦場での価値は、まるで違った。

 

     ◇

 

前線飛行場へ発動機が届くと、航空隊の整備員たちは困った顔をした。

 

「発動機交換ですか」

 

「まだ決めていません」

 

WILKの技師が答える。

 

「まず油管を替える」

 

「なら発動機はなぜ」

 

「必要になる前に持ってきた」

 

古参軍曹は満足そうに頷いた。

 

「よい考えだ」

 

操縦士は不満そうだった。

 

「余計な物を運ぶくらいなら、新型機をもう一機送ればよい」

 

軍曹が答える。

 

「新型機が壊れた時、その新型機で何を運ぶ」

 

操縦士は黙った。

 

交換作業が始まった。

 

発動機覆いを開く。

 

油を抜く。

 

旧油管を外す。

 

新油管を取り付ける。

 

位置印を合わせる。

 

耐圧確認。

 

低速運転。

 

高回転運転。

 

漏れなし。

 

作業時間は二時間十七分。

 

軍曹が記録票を見た。

 

「早いな」

 

「管一本ですから」

 

「旧型なら半日かかった」

 

「配管の裏に別の配管が通っていましたから」

 

「設計した者を殴りたい」

 

「同じ人です」

 

軍曹は元ドイツ技師の顔を思い浮かべた。

 

「なら、本人も分かっているだろう」

 

油管交換後、発動機の振動値を測る。

 

右発動機は規定内。

 

左発動機に、わずかな異常があった。

 

油漏れとは別の問題だった。

 

特定の回転域で、発動機架の一部が細かく震える。

 

目視では分からない。

 

計器の針だけが一定の範囲で揺れた。

 

「ボルトか」

 

軍曹が尋ねる。

 

「締め付けは正常です」

 

「架台か」

 

「可能性があります」

 

新型発動機は予備として持ってきている。

 

交換すれば、異常が発動機側か機体側か切り分けられる。

 

軍曹は言った。

 

「替えるぞ」

 

操縦士が驚いた。

 

「飛べるのでは」

 

「飛べる」

 

「なら、なぜ丸ごと替える」

 

「原因を探すためだ」

 

「発動機一基を?」

 

「一個ずつ部品を替えて三日かけるより早い」

 

WILKの整備員が頷いた。

 

「搭載一式で交換します」

 

「発動機だけではないのか」

 

「発動機架、覆い、排気管、配管、操縦接続部、計器接続部まで一緒です」

 

操縦士は太い発動機覆いを見た。

 

「全部?」

 

「全部です」

 

「大仕事では」

 

軍曹が袖をまくった。

 

「だから何時間かかるか測る」

 

     ◇

 

発動機搭載一式の交換作業が始まった。

 

最初にプロペラを外す。

 

覆いを外す。

 

燃料管と油管を閉じる。

 

操縦系統の接続を解除。

 

計器配線を外す。

 

防火壁側の接続点には、すべて番号が振られていた。

 

一番。

 

燃料。

 

二番。

 

油圧。

 

三番。

 

回転計。

 

四番。

 

混合気操作。

 

五番。

 

点火。

 

数字だけでなく、形も違う。

 

接続を間違えにくくするためだった。

 

「三番と五番は似ている」

 

軍曹が言った。

 

「差し込めません」

 

「無理に入れれば」

 

「壊れます」

 

「なら入る」

 

「無理に入れないでください」

 

固定ボルトを外す。

 

吊り具を取り付ける。

 

簡易門型架台で搭載一式を持ち上げる。

 

前方へ引き出す。

 

発動機、架台、覆いの基部、配管の一部が、ひとかたまりになって機体から離れた。

 

航空隊の整備員たちが声を失った。

 

旧型なら、発動機を外すだけでも配管を一本ずつ追い、合わない工具を探し、固着した金具と戦った。

 

新型は接続点が最初から決められている。

 

「本当に丸ごと外れた」

 

若い整備員が呟いた。

 

軍曹が答える。

 

「外すために作ったのだろう」

 

予備の搭載一式を運ぶ。

 

機体側の共通取付部へ合わせる。

 

四つの主固定点。

 

補助固定点。

 

燃料。

 

油。

 

操縦。

 

計器。

 

接続。

 

調整。

 

確認。

 

試運転。

 

作業開始から、六時間四十八分。

 

日が暮れる前に終わった。

 

「工場へ戻さず、前線で交換できた」

 

操縦士が言った。

 

軍曹は首を振る。

 

「交換しただけだ。飛ぶかはまだ分からん」

 

翌朝、地上試運転。

 

異常なし。

 

短時間飛行。

 

異常なし。

 

片発試験。

 

異常なし。

 

A.4は再び任務可能となった。

 

取り外した発動機搭載一式は、A.3で工場へ送り返される。

 

往路で新しい発動機を運んだ機体が、帰路で不具合のある発動機を持ち帰る。

 

空荷にはならない。

 

元白軍将校が聞けば、きっと喜んだ。

 

実業家が聞けば、輸送費が無駄にならなかったと帳面へ書いただろう。

 

     ◇

 

工場へ戻された搭載一式を調べると、振動の原因は発動機そのものではなかった。

 

発動機架後部の小さな補助金具。

 

厚さ数ミリの板。

 

加工時に、穴位置がわずかにずれていた。

 

規定公差内ではある。

 

静止状態では問題ない。

 

通常回転でも問題ない。

 

しかし、特定の回転域でだけ共振した。

 

「公差内だぞ」

 

軍将校が言った。

 

「公差が広すぎた」

 

技師が答える。

 

「図面どおり作られている」

 

「図面が悪い」

 

「また工程側か」

 

「設計側だ」

 

技師は補助金具の図面を修正した。

 

穴位置公差を狭める。

 

板厚を少し増やす。

 

角を丸める。

 

振動試験項目を追加。

 

既に作られた搭載一式については、同じ回転域での確認を行う。

 

実業家が帳面を開いた。

 

「交換対象は?」

 

「金具だけでよい」

 

「発動機一式ではなく?」

 

「原因が分かったからだ」

 

「では、前線へ一式を送ったのは無駄でしたか」

 

技師は顔を上げた。

 

「違う」

 

原因不明の段階では、搭載一式を交換して機体を早く任務へ戻した。

 

原因が判明した後は、必要な部品だけを交換する。

 

大きく替えるべき時と、小さく直すべき時を混同しない。

 

実業家は頷いた。

 

「記録しておきます」

 

「当然だ」

 

「費用も」

 

技師の機嫌が少し悪くなった。

 

     ◇

 

陸軍航空部は、前線での交換結果を受けて新しい要求を出した。

 

全Tur A.3を、A.4相当へ改造されたい。

 

元ドイツ技師は即日拒否した。

 

軍将校が会議室へ入ってくるなり怒鳴る。

 

「なぜだ!」

 

「発動機が足りない」

 

「買え」

 

「部品も足りない」

 

「作れ」

 

「整備員の教育も要る」

 

「教えろ」

 

「予算は」

 

「実業家が持っている!」

 

全員が実業家を見た。

 

彼は帳面を見たまま答えた。

 

「持っていることと、使ってよいことは別です」

 

「あるのか」

 

「一部なら」

 

「なら使え」

 

「五十機分はありません」

 

軍将校が机へ両手をついた。

 

「いくらならできる」

 

実業家は別の帳面を出した。

 

一冊ではなかった。

 

発動機購入。

 

外貨。

 

予備部品。

 

工具。

 

教育。

 

倉庫。

 

輸送。

 

保険。

 

旧発動機の処分または再利用。

 

改造中に機体が任務を離れることによる損失。

 

すべて計算されている。

 

「今年度中なら十二機」

 

「少ない」

 

「来年度までなら二十四機」

 

「まだ半分だ」

 

「全機を急いで改造すれば、予備発動機がなくなります」

 

技師が続けた。

 

「新型四十機が飛び、十機が発動機待ちになるより、二十四機を確実に飛ばし、旧型を残した方がよい」

 

「旧型は性能が劣る」

 

「飛べる」

 

「新型より遅い」

 

「仕事によっては足りる」

 

郵便。

 

訓練。

 

患者後送。

 

国内輸送。

 

写真撮影。

 

気象観測。

 

短距離連絡。

 

新型発動機が必要でない任務まで、すべて改造する理由はない。

 

元白軍将校が頷いた。

 

「旧発動機も捨てるな」

 

技師が珍しく同意した。

 

「整備状態のよい物は残す」

 

軍将校が二人を見る。

 

「また意見が合ったな」

 

「新しい物が足りないからだ」

 

「古い物が動くからだ」

 

理由は違っていた。

 

結論は同じだった。

 

     ◇

 

Tur A.3からA.4への改造は、十二機から始まった。

 

ただし工場へ全機を集めなかった。

 

発動機搭載一式。

 

必要な工具。

 

改造図面。

 

検査治具。

 

教育を受けた整備班。

 

それらを各航空隊へ送る。

 

機体を工場へ戻すのではない。

 

工場の一部を、機体のいる場所へ送る。

 

最初の改造には三日かかった。

 

二機目は二日半。

 

五機目には二日。

 

十機目では、一日と七時間。

 

作業が早くなった理由は、整備員が慣れたからだけではない。

 

工具の置き方。

 

部品箱の順序。

 

外した部品の保管場所。

 

接続確認の手順。

 

吊り具を取り付ける位置。

 

すべてが改められた。

 

一つの部隊で見つかった工夫は記録され、次の部隊へ送られた。

 

発動機覆いは左側から外すこと。

 

三番接続を外す前に、二番を閉じること。

 

外した固定ボルトは箱ではなく専用板へ差すこと。

 

予備の踏み台を貨物室へ戻すこと。紛失事例二件。

 

最後の一文だけ、元ドイツ技師の筆圧が強かった。

 

     ◇

 

半年後。

 

陸軍航空部は、改造計画を総括した。

 

A.4新造機。

 

十二機。

 

A.3からA.4への改造完了。

 

二十四機。

 

A.3のまま運用継続。

 

二十六機。

 

数字が合わないように見えるのは、追加生産機と試験機を含むからである。

 

軍将校は総括表を見た。

 

「結局、全部は新型にならなかったな」

 

「する必要がない」

 

技師が答えた。

 

「軍としては、同一型で揃えたい」

 

「任務が違う」

 

「補給は複雑になる」

 

「だから新型の数を限定した」

 

「旧型と新型、二種類あるではないか」

 

「無秩序に五種類あるよりましだ」

 

それは確かだった。

 

旧型発動機用の部品。

 

新型発動機用の部品。

 

共通機体部品。

 

搭載一式の変更番号。

 

すべてが整理されていた。

 

どの機体がどの発動機を積むか。

 

いつ改造したか。

 

どの金具が新型か。

 

どの油管が交換済みか。

 

一枚の記録票で確認できる。

 

実業家は帳面へ記入する。

 

発動機購入費。

 

改造費。

 

旧発動機の再配置。

 

訓練機へ回した数。

 

予備品として保管した数。

 

民間郵便機へ転用予定の数。

 

元独立運動家は、改造班の家族が転居せずに済んだ人数を記録していた。

 

元白軍将校は、前線で発動機を丸ごと交換した記録を教本へ追加した。

 

ポーランド軍将校は、新しい運用規程へ署名した。

 

元ドイツ技師は、搭載一式の図面番号を確認した。

 

五人が見ているものは違った。

 

だが、同じ機体を見ていた。

 

     ◇

 

前線飛行場では、最初のA.4が再び荷物を積んでいた。

 

今回は医薬品ではない。

 

爆弾でもない。

 

故障した旧型発動機。

 

修理して、訓練部隊へ回す予定だった。

 

若い操縦士が貨物を見た。

 

「新型機で古い発動機を運ぶのか」

 

古参軍曹が答えた。

 

「古い発動機を直せば、古い機体が一機飛ぶ」

 

「新型に替えればよい」

 

「新型が届くまで何を飛ばす」

 

操縦士は答えられなかった。

 

貨物扉が閉じられる。

 

半引き込み式の主脚が草地を転がる。

 

A.4は短い距離で浮かび上がった。

 

貨物室には、もう使われないはずだった発動機が載っている。

 

新型は旧型を捨てるために作られたのではない。

 

旧型を、必要な場所から解放するために作られた。

 

強い発動機を載せれば、機体は強く飛ぶ。

 

しかし発動機を丸ごと交換できれば、航空隊そのものが長く飛べる。

 

発動機は機体の心臓と呼ばれる。

 

WILKは、その心臓を神聖なものとして扱わなかった。

 

外せるように作った。

 

運べるように作った。

 

替えられるように作った。

 

壊れた心臓を抱えて、機体まで死ぬ必要はない。

 

帰すべきものは機体ではない。

飛べる航空隊そのものだった。

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