一九二〇年
本日、当地から隣接県庁所在地まで、試作郵便航空機による初回輸送が実施された。
搭載物は以下の通り。
郵便袋二。
行政文書一箱。
医薬品三箱。
交換用電信部品一式。
新聞十五部。
なお、製造側の申告によれば、本飛行は「初飛行を兼ねる」とのことである。
当庁は、初飛行と実輸送を同時に行う計画を承認した記録を確認できていない。
製造側は、
「空荷で飛ばす余裕はない」
と回答した。
機体が完成した日は、誰も完成したとは言わなかった。
「主翼は付いた」
元ポーランド独立運動家が言った。
「付いただけだ」
元ドイツ帝国軍技師が答えた。
「発動機も二基ある」
「左右で型が違う」
「車輪も付いた」
「爆撃機用だ」
「操縦席もある」
「計器の半分は仮設だ」
「布も張った」
「左翼端の張りが甘い」
「なら、ほぼ完成だ」
「その言葉を使うな!」
小屋の前には、一機の航空機が立っていた。
大きな主翼。
太い固定脚。
泥へ沈みにくい大車輪。
左右で形の違う発動機。
操縦席の後ろには航法席。
さらにその後ろには、郵便袋、薬箱、人間のいずれかを積むための貨物室。
機体表面を覆う布は、部分ごとに微妙に色が違う。
同じ布を一度に買えなかったからである。
右主翼は明るい生成り色。
左主翼は少し灰色。
胴体後部には、元軍用テントだった布が張られている。
ポーランド軍将校は機体の周囲を一周した。
「左右の発動機が違う」
「知っている」
技師が答える。
「翼の布も違う」
「知っている」
「車輪が大きすぎる」
「知っている」
「尾輪だけ妙に小さい」
「予算が尽きた」
「そこだけ正直になるな!」
元白軍将校は右発動機のプロペラを手で回していた。
「圧縮はある」
「勝手に回すな」
技師が言う。
「確認だ」
「先に油量を見ろ」
「見た」
「いつ」
「今朝」
「誰が」
「私が」
「記録は」
「頭にある」
「紙へ書け!」
実業家は、機体の横で帳簿を確認していた。
「予定費用を三割超過しました」
軍将校が顔を覆う。
「三割で済んだのか」
「追加購入をすべて記録した場合です」
「記録していない購入があるのか」
元独立運動家が目を逸らした。
「町の職人に、完成後払いで頼んだ物が少し」
「少しとは」
「主翼桁の補強金具」
「最重要部品ではないか!」
「あと脚柱の一部」
「さらに重要だ!」
「貨物扉の蝶番も」
「全部払え!」
実業家が静かに帳簿へ追記する。
「超過五割です」
「増えた!」
元独立運動家は航空機を見上げた。
「飛べば返せる」
「飛ばなければ」
「また考える」
「経営を現場修理と同じ感覚で進めるな!」
◇
最初の試験は、発動機の同時始動だった。
左右で型が違うため、始動手順も違う。
右発動機は外部クランク。
左発動機はプロペラを手で回す。
燃料混合比も違う。
点火時期も違う。
計器の目盛りも違う。
操縦席には、左右で別々の説明札が取り付けられていた。
右発動機
燃料弁、半開。
点火、遅。
始動後、徐々に進角。
左発動機
燃料弁、四分の三。
点火、通常。
始動後、放置するな。
軍将校が最後の一文を指さした。
「放置するとどうなる」
技師が答える。
「回転数が上がりすぎる」
「具体的には」
「発動機が壊れる」
「もっと具体的に書け!」
白軍将校が札の下へ追記した。
壊れるので見ること。
「そうではない!」
「分かりやすい」
「操縦士を幼児扱いするな!」
「間違える者には分かりやすい方がよい」
「誰が間違えると言った」
全員が軍将校を見る。
「なぜ私を見る!」
初飛行の操縦士は、彼だった。
◇
「私は監督担当だ」
軍将校は言った。
「操縦資格もある」
実業家が答えた。
「最近飛んでいない」
「昨日、飛行日誌を確認しました」
「勝手に確認するな」
「保険に必要です」
「保険があるのか」
「ありません」
「では何に必要だ!」
「今後必要になる可能性があります」
元独立運動家が操縦席へ毛布を押し込む。
「寒いから持っていけ」
「邪魔だ」
「上空は冷える」
「操縦桿へ絡む」
「なら膝へ掛けろ」
白軍将校は後席へ乗り込もうとした。
軍将校が止める。
「なぜ乗る」
「航法員だ」
「お前が?」
「六分儀を使える」
「少しだろう」
「飛びながら覚える」
「地上で覚えろ!」
技師が後席を確認する。
「重量配分上、誰か乗る必要がある」
軍将校が振り返る。
「なぜ空席では駄目だ」
「貨物を積むからだ」
「初飛行だぞ」
「郵便を運ぶ」
実業家が言った。
軍将校は、ゆっくり彼を見る。
「今、何と?」
「郵便庁から荷物が届いています」
「今日は滑走試験だ」
「郵便庁は本日中の到着を希望しています」
「断れ」
「運送料が出ます」
「初飛行に荷物を積むな!」
「空荷では収入がありません」
「墜落したら全部失う!」
「墜落しないために双発にしたのでは?」
白軍将校が満足そうに頷く。
「その通りだ」
「お前は黙れ!」
◇
郵便庁の荷馬車は、昼前に到着した。
郵便袋二つ。
行政文書一箱。
医薬品三箱。
交換用電信部品。
新聞十五部。
さらに役人が一人。
「私も乗ります」
役人が言った。
軍将校は即答した。
「乗れません」
「航空便の到着確認が必要です」
「地上から見届けてください」
「目的地で確認する必要があります」
「列車で行け」
「二日かかります」
「今日飛ぶ機体は初飛行だ!」
「聞いています」
「聞いていて乗るのか!」
役人は古びた双発機を見上げた。
「郵便庁の代表として、信頼を示す必要があります」
「その信頼を別の形で示せ!」
実業家が役人へ尋ねる。
「追加運賃は出ますか」
「公務員です」
「乗客一名分の重量が増えます」
「規定にはありません」
「では乗れません」
役人は少し考えた。
「到着証明を即日発行できます」
実業家も少し考えた。
「お乗りください」
「決めるな!」
軍将校が叫んだ。
元ドイツ技師が、機体の重心計算をやり直す。
「役人を後部へ座らせる」
「椅子は一つだぞ」
「郵便袋の上に座る」
役人が眉をひそめた。
「公文書の上では?」
「新聞の上に」
「新聞は折れます」
「では医薬品箱」
「壊れます」
元独立運動家が木箱を持ってきた。
「これに座れ」
「何の箱です」
「元工具箱」
「中身は?」
「空だ」
「なぜ空なのです」
「工具を機体へ積んだからだ」
役人は不安そうに機体を見た。
「工具が必要なのですか」
白軍将校が答える。
「飛行機には必要だ」
「飛行中に?」
「必要になれば」
役人の顔色が悪くなった。
◇
荷物の積み込みは、設計段階から予想していた以上に難しかった。
「重い物を中央へ」
技師が指示する。
「医薬品箱を先に」
「新聞は上」
「電信部品は衝撃を避けろ」
「郵便袋は?」
「左右へ分ける」
白軍将校が荷物を積む。
元独立運動家が固定帯を締める。
役人は木箱へ座る。
実業家が積載一覧を書く。
軍将校は操縦席で、逃げる方法を考えていた。
「重量は」
軍将校が尋ねる。
「許容範囲内」
技師が答える。
「余裕は」
「少ない」
「どの程度」
「役人一人分」
役人が木箱から立ち上がる。
「降りた方が?」
「座っていてください」
実業家が言う。
「到着証明が必要です」
「命より?」
「可能なら両方」
「可能でなければ?」
「先に到着証明を」
「降ります!」
元独立運動家が役人を座らせた。
「冗談だ」
実業家は帳簿から顔を上げた。
「半分は」
「さらに悪い!」
◇
飛行場はなかった。
小屋の前に広がる牧草地を、地元農家から半日だけ借りた。
雪は溶け始めている。
地面は柔らかい。
ところどころ泥。
軍将校は牧草地の端から端まで歩き、穴や石を確認した。
「短い」
「向かい風だ」
白軍将校が言う。
「足りる」
「計算上は」
技師も答える。
「現実では?」
「飛ばして確認する」
「なぜ全員、初飛行を試験だと思っていない!」
「試験だ」
実業家が言った。
「郵便輸送を兼ねる試験です」
「兼ねるな!」
左右の発動機へ燃料が入れられた。
右から始動する。
クランクを回す。
一度目、失敗。
二度目、失敗。
三度目、白煙。
四度目。
右発動機が回り始めた。
機体全体が震える。
「回転を落とせ!」
技師が叫ぶ。
「油圧は?」
「上がっている!」
「異音は?」
「全部異音に聞こえる!」
「正常だ!」
「どこが!」
次に左発動機。
元白軍将校がプロペラを握る。
「点火切り!」
「切っている!」
「燃料!」
「開いている!」
「回すぞ!」
勢いよくプロペラを回す。
一度目。
何も起きない。
二度目。
発動機が破裂音を上げる。
三度目。
激しい白煙。
四度目。
左発動機も回り始めた。
左右で音が違う。
回転数も違う。
機体は、まるで左右から別々の方向へ引っ張られているように震えた。
軍将校が操縦桿を握る。
「本当に飛ぶのか」
技師が機体の横から答える。
「理論上は」
「最後にその言葉を聞きたくなかった!」
白軍将校が後席へ乗り込む。
元独立運動家が扉を閉める。
実業家が機体脇へ近づいた。
「到着後、郵便庁の役人から受領印をもらってください」
「生きて着いたらな!」
「その場合は必ず」
「墜落した場合は?」
「荷物を可能な限り回収してください」
「私の救助を先にしろ!」
◇
機体はゆっくり動き始めた。
大車輪が柔らかい地面へ沈む。
だが止まらない。
左右の発動機が異なる音を響かせながら、牧草地を進む。
見送りに来た町の人々が、離れた場所で見守っていた。
子供たちは興奮している。
大人たちは距離を取っている。
農場主は、自分の牧草地が無事で済むか心配していた。
機体が牧草地の端へ着く。
軍将校は方向を変え、向かい風へ正対した。
深呼吸。
左右の出力レバーを、別々の速さで前へ押す。
発動機音が大きくなる。
機体が走り始めた。
遅い。
大車輪が泥を跳ね上げる。
さらに加速。
尾部が浮く。
左へ曲がる。
「右を上げろ!」
後席の白軍将校が叫ぶ。
「分かっている!」
「右発動機は遅れて反応する!」
「先に言え!」
「昨日言った!」
「覚えていない!」
「説明札を見ろ!」
「今見られるか!」
牧草地の端が近づく。
農場の柵。
その向こうに木立。
軍将校は操縦桿を引いた。
機体は跳ねた。
一度地面を離れ、再び車輪が触れる。
大きく揺れる。
役人が後部で叫ぶ。
「これは飛行ですか!」
「まだだ!」
二度目の跳躍。
今度は車輪が地面へ戻らない。
機体は低く、ゆっくりと牧草地の上を進んだ。
柵を越える。
木立の梢を越える。
地上から歓声が上がった。
農場主だけは、泥だらけになった牧草地を見ていた。
「後で直せよ!」
◇
機体は飛んだ。
ただし、真っすぐではなかった。
左右の推力差を補うため、軍将校は常に方向舵を踏み続ける必要があった。
機体は右へ寄りたがる。
風は左から吹く。
結果として、見た目だけは真っすぐ飛んでいた。
「高度百」
白軍将校が言う。
「上がりが遅い」
「荷物が多い」
「降ろすか」
「何を」
「役人」
後部から声が飛ぶ。
「聞こえています!」
「冗談だ」
「半分ですか!」
「誰に聞いた!」
軍将校は前方を見る。
地上には雪解けの平原。
細い街道。
鉄道。
川。
そして、似たような村がいくつも見える。
「どれが目的地だ」
白軍将校が地図を広げた。
航法机の縁に地図を固定する。
時計を見る。
磁気羅針儀を見る。
窓の外を見る。
「鉄道を追う」
「途中で分かれる」
「右だ」
「根拠は」
「川がある」
「どちらにもある!」
白軍将校は天窓を開けた。
冷たい風が機内へ吹き込む。
「閉めろ!」
「太陽を見る」
「晴れているのに六分儀を使うのか!」
「晴れているから使える」
木箱の上で、役人が毛布へくるまった。
「郵便便は、毎回これをするのですか」
「今日が最初だ!」
軍将校が答える。
「次回は改善されますか」
「そう願う!」
白軍将校が六分儀を構える。
機体が揺れる。
「もう少し水平に飛べ」
「左右の発動機へ言え!」
◇
途中、右発動機の回転が落ちた。
軍将校はすぐに気づいた。
「右が弱い!」
白軍将校が計器を見る。
「燃料圧が下がっている」
「止まるか」
「分からん」
「分からんでは困る!」
「だから双発にした!」
「今その言葉を聞きたくない!」
右発動機は咳き込み、黒煙を吐いた。
左発動機だけが、変わらず回っている。
機体は急に右へ曲がった。
軍将校は方向舵を踏み込み、機首を戻す。
高度が下がる。
「着陸場所を探せ!」
白軍将校が地上を見る。
「畑がある」
「雪解けで泥だ!」
「大車輪だ」
「そのために付けたのか!」
「必要になっただろう」
「嬉しそうに言うな!」
白軍将校が右発動機の燃料弁を操作する。
配管を切り替える。
手動ポンプを押す。
一度。
二度。
三度。
右発動機が大きく咳き込んだ。
黒煙。
破裂音。
そして回転が戻った。
機体が再び左右から引かれる。
軍将校は汗を拭った。
「原因は」
「燃料配管に空気が入った」
「なぜ」
「揺れたからだ」
「飛行機は揺れる!」
「設計を直す」
「最初から直せ!」
「飛ばなければ分からなかった」
「郵便を積んで試すな!」
後部から役人の声。
「聞こえています!」
◇
予定より一時間遅れて、目的地の町が見えた。
教会の塔。
駅舎。
役所。
町外れの牧草地。
地上には人々が集まっている。
試験航空便を待っていた。
白い布で着陸方向が示されている。
「着陸する」
軍将校が言った。
「風は横」
「見れば分かる」
「地面が柔らかい」
「それも分かる」
「柵がある」
「どこにでもある!」
機体は高度を下げた。
速度を落とす。
大きな翼が、低速でも機体を支える。
牧草地へ接近。
車輪が地面へ触れた。
一度跳ねる。
二度目。
右車輪が泥へ沈む。
機体が右へ傾く。
軍将校が左へ舵を切る。
左車輪も泥へ沈む。
機体は大きく揺れ、尾部を振り、最後には斜めを向いて停止した。
誰も動かなかった。
左右の発動機が、別々の音を立てながら回っている。
軍将校は燃料を絞った。
右が止まる。
左が止まらない。
「左を止めろ!」
「弁は閉じた!」
「点火は!」
「切った!」
左発動機は数秒間回り続け、最後に大きな音を立てて止まった。
静寂。
機内で役人が尋ねた。
「到着しましたか」
軍将校は操縦席から外を見る。
町の人々が、恐る恐る近づいている。
「した」
「予定地へ?」
「牧草地にはいる」
「向きは」
「予定と違う」
「到着証明は出せます」
実業家が乗せた理由が、初めて役に立った。
◇
貨物扉が開く。
郵便袋。
行政文書。
医薬品。
電信部品。
新聞。
すべて無事だった。
受取人たちは拍手した。
医師は薬箱を抱えた。
郵便局員は郵便袋を背負った。
役所の職員は行政文書を確認した。
新聞は、その場で町の人々へ配られた。
試験飛行の成功を伝えるはずの記事が載っている。
まだ飛行前に印刷された記事だった。
見出しには、
ポーランド初の地方航空郵便、本日飛行へ
とある。
町の記者が軍将校へ尋ねた。
「飛行は成功ですか」
軍将校は機体を見た。
右発動機から油が漏れている。
左脚は泥へ深く沈んでいる。
胴体の布は一部弛んでいる。
航法席では白軍将校が六分儀を箱へ戻している。
役人は到着証明へ印を押している。
「到着した」
「成功ということで?」
「到着した」
「成功ですね」
「好きに書け」
翌日の新聞には、
国産双発郵便機、試験飛行に成功
と大きく載った。
燃料圧低下も、着陸時の横滑りも、左発動機が止まらなかったことも書かれなかった。
◇
帰りの荷物は少なかった。
郵便袋一つ。
修理を依頼された時計三個。
地方役所から中央への報告書。
病院から不足医薬品の一覧。
さらに、歩けない患者一人。
軍将校は患者を見た。
「なぜ乗せる」
現地の医師が答えた。
「首都の病院へ運ばなければ助からない」
「この機体は初飛行を終えたばかりだ」
「飛べますか」
軍将校は古い双発機を見る。
技術的には、飛べる。
安全かと聞かれれば、答えに困る。
白軍将校が貨物室の郵便袋を移動する。
「床は平らだ」
担架を固定する。
元々、必要になると言って設けた金具が、初日に使われた。
軍将校は長く息を吐いた。
「乗せろ」
郵便庁の役人が驚く。
「帰りも乗るのですか」
「あなたは列車で帰れ」
「到着確認が」
「もうしただろう!」
◇
夕方。
機体は出発地の牧草地へ戻ってきた。
今度の着陸は、最初より少しだけ上手かった。
それでも車輪は泥を跳ね上げた。
小屋の前で待っていた四人が走ってくる。
技師は乗員より先に発動機を見る。
「右の燃料系統が漏れている」
「先に患者を降ろせ!」
軍将校が叫ぶ。
元独立運動家と実業家が担架を運び出す。
待機していた馬車へ載せる。
患者は意識こそ弱かったが、生きていた。
馬車が病院へ向かう。
その後で、ようやく全員が機体を見る。
泥。
油。
弛んだ布。
欠けたプロペラ先端。
壊れた航法机の留め具。
それでも機体は、自力で戻ってきた。
実業家が郵便庁の到着証明を開いた。
役人の署名。
受領印。
運送料支払いの承認。
「利益は」
元独立運動家が尋ねた。
「今日の燃料代を引けば、少し残ります」
「修理費は」
実業家は機体を見る。
「引けば赤字です」
「やはりか」
軍将校が言った。
「ですが、二便目の依頼があります」
「もう?」
「医薬品輸送と、行政官一名」
「断れ」
「三便目も」
「なぜ増える!」
「今日届いたからです」
実業家は帳簿を開く。
記録する。
初飛行成功。
郵便、行政文書、医薬品、電信部品を輸送。
帰路、患者一名を搬送。
機体は要修理。
その下へ、少し迷ってから付け加えた。
軽郵便機として注文されたが、初日から郵便より人命を多く運んだ。
元白軍将校は、右発動機の側面を叩いた。
「帰ってきた」
元ドイツ技師が、その手を払いのける。
「叩くな。壊れている」
「帰ってきた後なら直せる」
「だから壊してよいわけではない!」
軍将校は泥まみれの機体を見上げた。
初飛行。
初輸送。
初故障。
初患者搬送。
一日で全部終わった。
「次は空荷で試験する」
軍将校が言った。
実業家は帳簿から顔を上げる。
「二便目の荷物が明朝届きます」
「聞いていない!」
「今、お伝えしました」
「断れ!」
「医薬品です」
軍将校は黙った。
元独立運動家が笑う。
「必要になると言っただろう」
「言うな」
会社設立から、まだ数週間。
名前のない航空機は、既に町と町を繋ぎ始めていた。
ただし翌朝までに、左右の発動機を修理する必要があった。