WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・WILK食品部門製品名称審査記録
一九二八年

審査対象。

果汁「飛行中止」。
果実酒「問題なし」。
低酒精果実酒「高度不足」。
炭酸果汁「機関不調」。
果実飲料「酒精混入」。
乾燥果実酒「乾燥注意」。
濁り果実酒「視界不良」。
香草果実酒「バードストライク」。
香辛果実酒「ハードランディング」。
蒸留酒「緊急脱出」。

審査結果。

全名称について変更を勧告する。

理由。

航空勤務上の用語と食品注文が混在した場合、誤認を招くおそれがある。

付記。

審査開始時点において、全製品は既に販売されていた。


第62話 事故報告を商品名にするな

「事故報告を商品名にするな!」

 

ポーランド軍将校が、十枚のラベルを机へ叩きつけた。

 

会議室には、WILK食品部門の責任者、酒造主任、印刷所の担当者、元ドイツ帝国軍技師、元白軍将校、実業家、元独立運動家が集められていた。

 

机の中央には、問題の十本が並んでいる。

 

果汁から蒸留酒まで。

 

色も濁りも瓶の形も違うが、名称だけは例外なく軍将校の神経を逆撫でした。

 

「なぜだ」

 

元白軍将校が尋ねた。

 

「なぜとは何だ!」

 

「売れているぞ」

 

「売れているかどうかを聞いているのではない!」

 

実業家が帳簿を開いた。

 

「売上は関係があると思います」

 

「今は閉じろ!」

 

「数字を?」

 

「帳簿をだ!」

 

酒造主任が、おそるおそる手を挙げた。

 

「名称には、それぞれ正当な由来があります」

 

軍将校は額を押さえた。

 

「それを今日、全部聞くことになった」

 

元ドイツ技師が十本の瓶を見回した。

 

「私も聞いていないものがある」

 

「お前は製造設備を設計しただろう!」

 

「設備を設計した。名前は設計していない」

 

印刷所の担当者が小声で言った。

 

「ラベルは印刷しました」

 

「なぜ止めなかった!」

 

「正式発注書がありました」

 

全員の視線が実業家へ向いた。

 

実業家は静かに答えた。

 

「注文しました」

 

「貴様か!」

 

「名称を決めたのは食品部門です」

 

「なぜそのまま通した!」

 

「覚えやすかったので」

 

軍将校は椅子へ座った。

 

怒鳴り続けるには、話が長くなりそうだった。

 

「最初から説明しろ」

 

酒造主任は一番左の瓶を取った。

 

ラベルには大きく書かれている。

 

飛行中止

 

中身は、ただの果汁だった。

 

 

最初の事件は、飛ばなかった。

 

地方飛行場へ果実樽を運ぶ予定の朝、空は低い雲に覆われていた。

 

夜半から降った雨で滑走路は柔らかく、風は横から強く吹いていた。

 

積荷は祭り用の果実だった。

 

急送品ではない。

 

軍需品でもない。

 

負傷兵が待っているわけでもなかった。

 

元白軍将校は空を見上げた。

 

「飛べなくはない」

 

元ドイツ技師は、靴の先で滑走路の泥を押した。

 

「飛ぶ理由がない」

 

軍将校は運航命令書を確認した。

 

「延期しても軍務上の支障なし」

 

元白軍将校は肩をすくめた。

 

「なら中止だ」

 

積み込まれていた樽は、食堂へ戻された。

 

荷役の途中で一部の果実は潰れ、桶の中で果汁と果肉が混ざっていた。

 

食堂係は捨てずに濾し、井戸水で冷やした。

 

昼食時に出すと、工員の子供たちが何度もおかわりを求めた。

 

食品部門の記録には、こう残された。

 

飛行中止。

貨物異常なし。

果汁品質良好。

廃棄不要。

 

「それで飛行中止と名付けました」

 

酒造主任が説明を終えた。

 

軍将校は尋ねた。

 

「果汁らしい名前を付ける発想はなかったのか」

 

「ありました」

 

「ではなぜ使わなかった」

 

実業家が答えた。

 

「同じ名前の商品が多かったためです」

 

「飛行中止という果汁は他にないだろうな!」

 

「ですから識別しやすい」

 

軍将校は瓶を手に取った。

 

ラベル下部には小さな文字がある。

 

本品名は飛行命令ではありません。

飲用により飛行が中止されることはありません。

 

「この注意書きが必要な時点で名称を変えろ!」

 

元独立運動家が口を挟んだ。

 

「子供には一番人気だ」

 

「なぜだ!」

 

「大人が嫌な顔をするからだろう」

 

 

二本目。

 

問題なし

 

酒造主任は、標準的な赤い果実酒を杯へ注いだ。

 

「これは何も起きなかった便です」

 

軍将校が疑わしげに見る。

 

「本当に?」

 

「予定時刻に離陸しました。予定高度へ上昇しました。発動機温度正常、貨物固定良好、着陸も正常でした」

 

「なら普通の名前を付けろ」

 

「報告書の結語が『問題なし』でした」

 

実業家が一口飲む。

 

「標準品として最適です」

 

甘味も酸味も酒精も、中庸だった。

 

料理にも合う。

 

毎日飲んでも飽きにくい。

 

食品部門で最も安定して売れている商品だった。

 

元白軍将校も杯を空にした。

 

「問題なし」

 

軍将校が睨む。

 

「味の評価か」

 

「問題なし」

 

「もう一杯飲みたいだけだろう」

 

「それも問題なし」

 

酒造主任が説明した。

 

酒場では客が一口飲んだ後、店主から必ず尋ねられる。

 

「どうだ」

 

客は答える。

 

「問題なし」

 

注文から感想まで名称一つで済むため、店員にも好評だった。

 

「それが問題だ!」

 

軍将校だけには不評だった。

 

 

三本目。

 

高度不足

 

薄い琥珀色の、甘い低酒精果実酒。

 

この事件では、飛行機は飛んだ。

 

しかし上がらなかった。

 

食品部門は、樽の発酵が出発前夜までに終わると見込んでいた。

 

終わらなかった。

 

水分の多い、重い樽が積まれた。

 

さらに納入先からの依頼で、予定より一本多く積んだ。

 

重量そのものは許容範囲内だった。

 

離陸もできた。

 

だが上昇が鈍い。

 

元白軍将校は操縦桿を引きながら言った。

 

「重いな」

 

隣席の操縦士が重量表を確認する。

 

「範囲内です」

 

「範囲内でも重いものは重い」

 

山越えの予定を中止。

 

平地沿いの低高度経路へ変更。

 

燃料余裕を考え、目的地へ着く前に帰投した。

 

報告書には、

 

貨物重量および状態により予定高度到達困難。

飛行継続可能なるも、山岳経路不適。

高度不足。

 

と記された。

 

持ち帰られた樽を開けると、発酵が浅く、甘く、酒精も低かった。

 

酒造主任は失敗作として廃棄しようとした。

 

実業家が止めた。

 

「酒に弱い人向けに売れます」

 

「未完成です」

 

「味が完成していれば商品です」

 

結果、酒を飲み慣れない者や女性客、甘味を好む者に売れた。

 

元白軍将校だけは評価が低い。

 

「酒精まで高度不足だ」

 

「お前は飲むな」

 

軍将校が即座に取り上げた。

 

 

四本目。

 

機関不調

 

瓶の中で細かな泡が激しく立っている。

 

中身は酒ではない。

 

強炭酸の果汁だった。

 

事件は離陸十五分後に起きた。

 

胴体後方から長い音がした。

 

シュウウウウウ。

 

続いて、短い破裂音。

 

ポン。

 

操縦席の全員が計器を見る。

 

「右発動機か!」

 

「回転正常!」

 

「油圧は!」

 

「正常!」

 

「左は!」

 

「正常!」

 

荷室へ走った貨物係は、泡を吹く果汁樽を見つけた。

 

気圧変化と振動で発酵ガスが膨張し、栓が持ち上がっていた。

 

床は果汁まみれ。

 

貨物係は前方へ叫んだ。

 

「発動機ではありません!」

 

「では何だ!」

 

「果汁です!」

 

後に報告書へ記された。

 

飛行中、機関不調を疑わせる異音あり。

両機関に異常なし。

原因、貨物樽内圧上昇。

 

漏れた果汁は泡立ちが強く、子供たちから好評だった。

 

食品部門は炭酸量を管理して再現した。

 

瓶には注意書きがある。

 

強く振らないこと。

栓を人へ向けないこと。

開栓時の異音に際し、発動機を点検する必要なし。

 

元ドイツ技師がラベルを読んだ。

 

「最後の一文は誰が書いた」

 

印刷所担当者が答えた。

 

「酒造主任です」

 

「削れ」

 

「既に二千枚刷りました」

 

技師は目を閉じた。

 

「次版で削れ」

 

軍将校が怒鳴った。

 

「名称ごと削れ!」

 

 

五本目。

 

酒精混入

 

黄色い果実飲料。

 

見た目は果汁に近い。

 

事件当時も、果汁として発送された。

 

前線近くの飛行場へ、子供や負傷兵にも配れる非酒精飲料として送られたものだった。

 

だが荷室が暖かかった。

 

輸送中に発酵が進んだ。

 

さらに隣の果実酒樽が少量漏れ、酒精臭が荷室全体へ広がった。

 

到着後、兵士たちへ配られた。

 

一杯目。

 

「うまい」

 

二杯目。

 

「疲れが取れる」

 

三杯目。

 

「我々は必ず勝つ!」

 

衛生兵が異変に気づいた。

 

自分でも一杯飲んだ。

 

「これは果汁ではない」

 

検査すると、確かに酒精が含まれていた。

 

報告書には簡潔に書かれた。

 

非酒精飲料として発送された果実飲料に、酒精混入を確認。

 

酒造部門は追加発酵の条件を調べ、後に最初から酒精を含む果実飲料として製造した。

 

「混入していないではないか」

 

軍将校が言った。

 

「現在は意図的に入れています」

 

「なら『酒精含有』だろう」

 

「酒精混入の方が覚えやすいので」

 

瓶には大きく、

 

酒精混入済み。

子供へ与えないこと。

飛行勤務前の飲用禁止。

 

と書かれている。

 

元白軍将校が頷いた。

 

「正直でよい」

 

「事故報告を誠実な商品表示に使うな!」

 

 

六本目。

 

乾燥注意

 

濃い褐色の果実酒。

 

元になった貨物は、長期保存用の乾燥果実だった。

 

布袋に詰められ、長時間輸送された。

 

高空の低温と乾燥した空気。

 

荷室内を流れる風。

 

到着後、袋の重量を量ると出発時より軽かった。

 

軍将校は盗難を疑った。

 

袋を開ける。

 

果実の数は減っていない。

 

ただし、硬かった。

 

食品係が一つ噛んだ。

 

噛み切れなかった。

 

「乾きすぎています」

 

水で戻すと、甘味は非常に濃かった。

 

試しに発酵させると、通常品より深い香りと強い酒精を持つ酒になった。

 

報告書には、

 

高高度および長時間飛行による貨物乾燥の進行に注意。

 

と記された。

 

商品化後、元独立運動家は酒場へ命じた。

 

「乾燥注意を出す時は、水も出せ」

 

「なぜです」

 

「飲んだ者が本当に乾燥する」

 

それ以来、水差しが必ず添えられている。

 

軍将校は一口飲んだ。

 

濃い。

 

強い。

 

喉が乾く。

 

水を飲んだ。

 

「名称との一致だけは認める」

 

酒造主任が喜んだ。

 

「ありがとうございます」

 

「褒めていない!」

 

 

七本目。

 

視界不良

 

白く濁った果実酒。

 

この名称は比喩ではなかった。

 

輸送中、果実樽の一つから液が漏れた。

 

外気と荷室の温度差で後部窓に結露が起き、そこへ果汁と酵母の微粒子が付着した。

 

後方監視員が窓を拭く。

 

すぐ曇る。

 

もう一度拭く。

 

また曇る。

 

操縦席から声が飛ぶ。

 

「後方は見えるか」

 

「見えません!」

 

「雲か!」

 

「果実です!」

 

操縦に重大な支障はなかったが、後方視界は実際に悪化した。

 

帰投後、漏れた樽を調べると、酒は濁ったまま柔らかく発酵していた。

 

元ドイツ技師と食品部門は、その状態を再現した。

 

密閉容器を水槽へ沈める。

 

温度を一定に保つ。

 

飛行中に近い振動を加える。

 

沈殿を完全には落とさない。

 

そうして「視界不良」ができた。

 

ラベルには、

 

液体の混濁は仕様である。

飲用者の視界不良は飲み過ぎによる。

 

とある。

 

軍将校が印刷所担当者を見る。

 

「最後の一文は誰だ」

 

「元白軍将校です」

 

「なぜ印刷した!」

 

「実体験に基づく注意だと言われました」

 

全員が元白軍将校を見る。

 

本人は濁り酒を注いでいた。

 

「事実だ」

 

 

八本目。

 

バードストライク

 

香草と香辛料の香りが立つ果実酒。

 

この便では、本当に鳥が当たった。

 

飛行中、翼前縁へ一羽が衝突。

 

小さな凹み。

 

羽毛。

 

血痕。

 

操縦への影響は軽微だったが、念のため近隣飛行場へ着陸した。

 

積荷は果実酒用の香草と香辛料。

 

着陸後の荷役で袋の一つが破れ、香草が樽の周囲へ散った。

 

樽自体は無傷だった。

 

ところが帰着後に開けると、わずかに香草の香りが移っていた。

 

食品係は廃棄を提案した。

 

実業家が尋ねた。

 

「毒性は」

 

「ありません」

 

「飲用可能ですか」

 

「可能です」

 

「なら試しましょう」

 

味は複雑で、肉料理によく合った。

 

元白軍将校が即座に名付けた。

 

「バードストライクだな」

 

元ドイツ技師は強く反対した。

 

「鳥は製造工程に含まれない」

 

「事故には含まれた」

 

「商品には含まれない」

 

実業家は妥協案を採った。

 

ラベル下部に、

 

鳥類原料不使用。

 

と印刷した。

 

軍将校は頭を抱えた。

 

「それを書く必要のある名前を付けるな」

 

「外国向けには重要です」

 

「外国へ売る気なのか!」

 

実業家は帳簿をめくった。

 

「既に問い合わせがあります」

 

 

九本目。

 

ハードランディング

 

胡椒の刺激が強い果実酒。

 

事件当日は横風が強かった。

 

操縦士は接地した。

 

機体は跳ねた。

 

再び接地。

 

また跳ねた。

 

三度目でようやく落ち着いた。

 

機体は無事。

 

脚も折れていない。

 

乗員も怪我をしていない。

 

だが荷室では胡椒袋と香辛料樽が激しく揺さぶられた。

 

固定具は外れなかった。

 

袋も完全には破れなかった。

 

ただし細かな胡椒粉が栓周辺へ入り、振動によって強く抽出された。

 

着陸した操縦士へ、軍将校が尋ねた。

 

「何回着陸した」

 

操縦士は黙った。

 

元白軍将校が代わりに答えた。

 

「一回だ」

 

「三回跳ねたぞ!」

 

「少し長い着陸だった」

 

報告書には、

 

横風下において、接地後の跳躍を伴う硬着陸。

 

と記録された。

 

食品部門は胡椒を加えた樽へ制御振動を与え、同じ刺激を再現した。

 

航空学校の卒業生たちは、この酒を教官へ贈るようになった。

 

添え書きには、

 

数々のハードランディングをご指導いただき、ありがとうございました。

 

とある。

 

「嫌がらせではないか」

 

軍将校が聞いた。

 

元白軍将校は首を振った。

 

「感謝だ」

 

「教官は喜んでいるのか」

 

元独立運動家が答えた。

 

「去年は三本返品された」

 

「やはり嫌がらせだ!」

 

 

最後の一本が残った。

 

小さく、厚い瓶。

 

透明な液体。

 

緊急脱出

 

それまで笑っていた者も、少し姿勢を正した。

 

これだけは酒精が強い。

 

酒造主任は、小さな杯を人数分だけ用意した。

 

「由来となった飛行では、右発動機から油煙が出ました」

 

軍将校も覚えていた。

 

火災ではなかった。

 

だが飛行中には、すぐ原因を特定できなかった。

 

右発動機の回転低下。

 

油煙。

 

同時に荷室では、果実酒樽の栓が緩み、強い酒精臭が広がった。

 

煙と酒精臭が混ざった。

 

貨物係は最悪の事態を想定し、出口付近へ移動した。

 

機体は片発で帰還した。

 

誰も脱出しなかった。

 

着陸後、元白軍将校が貨物係へ尋ねた。

 

「出口で何をしていた」

 

「緊急脱出の準備です」

 

「落下傘は」

 

「ありませんでした」

 

「では、何を準備した」

 

「扉を開けやすくしました」

 

元白軍将校はしばらく黙った。

 

「次から落下傘を確認しろ」

 

「はい」

 

漏れた果実酒は、食品部門へ戻された。

 

通常商品にはできない。

 

だが捨てるには惜しい。

 

酒造主任は蒸留を試した。

 

香りが鋭く、非常に強い酒になった。

 

試飲した元白軍将校は、一杯飲んで立ち上がった。

 

軍将校が聞いた。

 

「どこへ行く」

 

「外だ」

 

「何をしに」

 

元白軍将校は扉へ向かいながら答えた。

 

「緊急脱出だ」

 

名称はその日のうちに決まった。

 

「私は反対しました」

 

酒造主任が言った。

 

「私も反対した」

 

元ドイツ技師が言った。

 

「私は今も反対している!」

 

軍将校が言った。

 

実業家は帳簿を見た。

 

「最も売れています」

 

瓶には警告が並んでいる。

 

高酒精。

火気厳禁。

一人二杯まで。

飛行勤務前の飲用禁止。

飲用後、機体から脱出しないこと。

 

軍将校は杯の匂いを嗅いだ。

 

強い。

 

ほんの少し飲む。

 

喉が焼けた。

 

胃へ落ちるまで分かる。

 

元白軍将校が尋ねた。

 

「どうだ」

 

軍将校は咳き込んだ。

 

「名称変更だ!」

 

「味の感想を聞いた」

 

「強すぎる!」

 

「問題なし」

 

「問題しかない!」

 

 

全十件の説明が終わった。

 

軍将校は審査書へ書き込んだ。

 

軍用航空用語を食品名称として使用することは不適当。

全製品について改名を命ずる。

 

書類を食品部門へ渡す。

 

酒造主任が受け取った。

 

「新名称は、どのように決めればよいでしょうか」

 

「果実の種類、産地、味、色。普通の食品と同じにしろ」

 

「承知しました」

 

実業家が尋ねた。

 

「既存在庫は?」

 

「ラベルを貼り替えろ」

 

「十七万枚あります」

 

軍将校の筆が止まった。

 

「何枚だ」

 

「瓶に貼付済みのものを含め、十七万二千八百四十六枚です」

 

「なぜそんなに刷った!」

 

印刷所担当者が答えた。

 

「売れるので」

 

「酒場の看板は?」

 

「四十三軒」

 

「国外注文は?」

 

「試験出荷分が三か国へ」

 

「航空学校の卒業記念品は?」

 

「ハードランディング二百四十本を準備済みです」

 

軍将校は椅子の背にもたれた。

 

元独立運動家が審査書を見た。

 

「貼り替えには何人必要だ」

 

実業家が計算する。

 

「通常業務を止めずに行えば、およそ三週間です」

 

「費用は」

 

数字が示された。

 

軍将校はもう一度書類を引き寄せた。

 

全製品について改名を命ずる。

 

その一文を二本線で消した。

 

代わりに書く。

 

今後、新規名称を設定する際は、軍用航空部へ事前照会すること。

 

酒造主任が喜んだ。

 

「では既存名称は継続可能ですか」

 

軍将校は低い声で答えた。

 

「既存在庫に限る」

 

実業家が言った。

 

「現在の販売速度ですと、三か月でなくなります」

 

「なら三か月後に改名しろ」

 

「次回製造分は既存在庫ではありませんか」

 

「違う!」

 

「既存商品ではあります」

 

「言葉遊びをするな!」

 

元白軍将校が緊急脱出の瓶を取った。

 

「その前に乾杯しよう」

 

「審査中だぞ!」

 

「審査は終わった」

 

「終わっていない!」

 

「飛行中止にするか?」

 

「会議中止だ!」

 

元白軍将校は杯を掲げた。

 

「では飛行中止だな」

 

 

一週間後。

 

WILK酒場の壁へ、新しい注意書きが掲げられた。

 

当店で使用される「飛行中止」「機関不調」「視界不良」「緊急脱出」等の語は、すべて商品名称である。

 

実際の飛行状況については、飛行場へ確認すること。

 

その下には、本日の提供状況が書かれていた。

 

飛行中止 提供可能

問題なし 提供可能

高度不足 残り一樽

機関不調 冷却中

酒精混入 年齢確認

乾燥注意 水付き

視界不良 熟成待ち

バードストライク 提供可能

ハードランディング 教官割引なし

緊急脱出 一人二杯まで

 

夕刻になると、工員、教官、農家、商人、近隣の住民が集まった。

 

一人の客が店へ入るなり叫んだ。

 

「機関不調を二つ!」

 

近くにいた整備員三人が、反射的に立ち上がった。

 

店主が慌てて手を振る。

 

「果汁だ! 座れ!」

 

別の卓では、操縦学生が教官へ尋ねた。

 

「今日は問題なしですか」

 

教官は杯を置いた。

 

「飛行の話か、酒の話か」

 

「どちらもです」

 

「なら片方は問題ありだ」

 

奥の席では、元白軍将校が警備員に挟まれていた。

 

目の前には緊急脱出が一杯だけ置かれている。

 

「二杯までではないのか」

 

「あなたは一杯です」

 

「なぜだ」

 

「倉庫侵入未遂分を差し引きました」

 

「規則にないぞ」

 

「今日からです」

 

元白軍将校は杯を持ち上げた。

 

「規則は増えるものだな」

 

元ドイツ技師が隣で答えた。

 

「お前が増やしている」

 

 

その月、WILK食品部門の売上は過去最高を記録した。

 

ポーランド軍航空部は、名称変更命令を正式には撤回しなかった。

 

WILK食品部門も、名称を変更しなかった。

 

両者の間には、次の覚書だけが残った。

 

商品名の使用により実際の航空運用へ混乱を生じさせた場合、WILK食品部門は速やかに表示方法を改善する。

 

ただし、名称そのものの変更については、在庫、商標、印刷費および市場認知を考慮し、別途協議する。

 

別途協議は、行われなかった。

 

なぜなら翌月、軍将校自身が外国武官への贈答品として「問題なし」を十二本注文したからである。

 

注文書の備考欄には、強い筆圧でこう書かれていた。

 

酒類として使用すること。

航空命令と誤認させないこと。

緊急脱出への変更は認めない。

 

酒造主任は注文書を確認した。

 

実業家へ回した。

 

実業家は受領印を押した。

 

元白軍将校だけが不満を述べた。

 

「外国人には緊急脱出の方がよい」

 

軍将校は答えた。

 

「外交問題になる」

 

その後、外国武官から礼状が届いた。

 

贈答された果実酒について、品質、包装、輸送状態ともに問題なし。

 

軍将校は礼状を読み終え、静かに机へ置いた。

 

誰にも聞こえない声で呟いた。

 

「だから、その言い方をするな」

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