一九二九年
調査対象。
WILK社創業者である元白軍将校と、国外に居住する旧部下および旧協力者との関係。
確認された居住地域。
ドイツ国内。
ソビエト連邦国内。
チェコスロバキア。
ルーマニア。
バルト海沿岸。
ドナウ川流域。
その他、所在不明。
現在の職業。
鉄道員。
港湾労働者。
農場経営者。
修理工。
運転手。
宿屋主人。
倉庫係。
船員。
工場労働者。
地方行政職員。
軍事活動への関与。
確認できず。
定期的な情報収集活動。
確認できず。
元白軍将校からの指揮命令。
確認できず。
ただし、各人は地域の交通、治安、雇用および人員移動に関する情報を、継続的に同人へ送付している。
調査担当者所見。
当人らは、既に軍人ではない。
しかし、完全に民間人であるとも言い切れない。
本人たちは、単に「まだ残っている」と説明する。
ドイツ東部の工業都市。
駅に近い一角に、小さな自動車修理工場があった。
看板には、所有者の姓と、
自動車、農業機械、発動機修理
とだけ書かれている。
工場の主人は、かつて元白軍将校の部隊で自動車隊を率いていた男だった。
今は軍服を着ない。
革の前掛けを身につけ、朝から古いトラックの発動機を分解している。
隣では若いドイツ人職工が、取り外した部品を石油で洗っていた。
「親方」
若い職工が声をかける。
「この軸、もう使えません」
工場主は部品を受け取った。
表面を見る。
爪を当てる。
「削れば使える」
「規格より細くなります」
「なら軸受側を合わせる」
「図面にありません」
「図面通りの部品が買えるなら、うちへ持ってこない」
若い職工は納得しきれない顔で作業へ戻った。
工場の戸が開いた。
郵便配達員が、一通の封筒を持って入ってくる。
「ポーランドからだ」
工場主は手を拭いた。
封筒にはWILK社の名前がない。
差出人も、ポーランド国内の小さな商社になっている。
中には短い手紙。
こちらは問題なし。
ディーゼル発動機を扱える者を探している。
家族同伴可。
東部の工場閉鎖について、分かる範囲で知らせてほしい。
酒は送れない。
工場主は最後の一行を二度読んだ。
「どうしました」
若い職工が尋ねる。
「大尉が堕落した」
「酒をやめたのですか」
「送らないと書いてある」
若い職工は、なぜそれが堕落なのか分からなかった。
工場主は机の引き出しから、便箋を出した。
ディーゼルを扱える者は二名いる。
一名は独身。
一名は妻と子供二人。母親も同居。
工場閉鎖はまだ噂だけだ。
ただし夜勤が減り、資材の受入が止まった。
最近、警察が外国人労働者の書類を詳しく見る。
ロシア語を話す者への質問が増えた。
独身者だけならすぐ動ける。
家族持ちは母親を置いていかない。
こちらで一時雇用できる。急がせるな。
酒を送れ。
書き終えると、工場主は若い職工を呼んだ。
「駅前の下宿にいるロシア人の機関工を知っているか」
「二人います」
「背の高い方ではない。耳を怪我している方だ」
「知っています」
「今夜、仕事が終わったら連れてこい」
「雇うのですか」
「まだ分からん」
「では何を」
工場主は封筒を閉じた。
「ポーランドへ行く気があるか聞く」
若い職工は少し考えた。
「本人だけ?」
工場主は顔を上げた。
「家族ごとだ」
◇
同じドイツ国内。
ベルリンの安宿。
夜勤を終えた鉄道荷役夫が、狭い部屋で靴を脱いでいた。
同室の男は元白軍の通信兵。
現在は電話線の保守工として働いている。
二人とも、元白軍将校の旧部下だった。
荷役夫が言った。
「東から来た貨車が三日止まっている」
通信工は靴下の穴を確かめながら答えた。
「故障か」
「書類待ちだ」
「何の書類だ」
「知らん」
「なら大尉に書くな」
「なぜだ」
「知らんことを書けば、向こうが考えすぎる」
荷役夫は笑った。
「あの人は、何も書かなくても考えすぎる」
「それもそうだ」
窓の外を路面電車が通る。
荷役夫は声を落とした。
「昨日、警察が倉庫へ来た」
通信工の手が止まる。
「誰を探していた」
「外国人労働者の登録確認だと言っていた」
「実際は」
「ロシア人とポーランド人の名前だけ写していった」
通信工は少し考えた。
「手紙に書け」
「さっき書くなと言った」
「今のは知っていることだ」
「細かいな」
「通信兵だからな」
二人は机へ向かった。
荷役夫が便箋へ書く。
東駅貨物倉庫へ警察が来た。
外国人名簿のうち、ロシア人およびポーランド人の欄を転記。
理由は不明。
逮捕者なし。
東からの貨車三編成が書類不備で停車中。
積荷は機械部品と思われるが、未確認。
通信工が横から読む。
「最後に未確認と書いたのはよい」
「褒めるな」
「大尉へ送るなら必要だ」
荷役夫は続きを書く。
西へ動きたい者が四名いる。
うち一名は妻が妊娠中。
急がせるべきか。
通信工が言った。
「それは大尉ではなく医者へ聞け」
「WILKには医者がいる」
「そういう意味ではない」
「だが返事は来る」
結局、その一文も残された。
◇
ソビエト連邦。
鉄道の分岐駅から離れた小さな保線所。
外には雪が残っていた。
保線所の責任者は、ロシア内戦時代に元白軍将校の部隊で機関士をしていた男だった。
白軍敗北後、身分を隠し、名前を変えた。
今では誰も、彼を元白軍兵とは呼ばない。
同僚からは、ただ腕のよい保線工と思われている。
夜。
彼は線路脇の信号灯を整備していた。
若い保線工が近づく。
「また貨物列車です」
「何両だ」
「四十七両」
「積荷は」
「木箱。警備兵つきです」
責任者は線路の振動へ耳を澄ませた。
機関車が遠くで汽笛を鳴らす。
「記録には何と」
「農業機械」
責任者は何も言わなかった。
若い保線工が尋ねる。
「違うのですか」
「箱を開けていない」
「では分からない?」
「分からないものは分からない」
列車が通過する。
貨車の側面には、新しい塗装。
車輪の音が続く。
責任者は両数を数えなかった。
若い保線工が代わりに数えていることも、止めなかった。
列車が消えた後、保線所へ戻る。
机には、地方都市から来た手紙が置いてあった。
差出人は、元白軍の衛生兵だった男。
現在は診療助手として働いている。
昔の者が二人消えた。
一人は先月、役所に呼ばれた。
もう一人は家族にも行き先を伝えていない。
こちらへ手紙を送るな。
次から市場の女へ渡せ。
妻と娘だけでも西へ出したい者がいる。
保線責任者は手紙を炉へ近づけた。
燃やす前に、内容を覚える。
若い保線工が戻ってきた。
「誰からです」
「親戚だ」
「親戚が多いですね」
「長く生きると増える」
「普通は死んで減るのでは」
責任者は若者を見た。
「お前は余計なことを言う」
手紙は燃えた。
灰になるまで見届ける。
その夜、責任者は返事を書かなかった。
代わりに、翌日市場へ行く農婦へ、小さな包みを渡した。
中には、古い機械部品。
布で包まれた軸受。
その布の縫い目には、青い糸が一本だけ使われていた。
統一された暗号ではない。
この地域では、
急がず、次の知らせを待て
という意味だった。
別の土地では、まったく違う意味かもしれない。
それでよかった。
◇
ソ連国内の地方都市。
診療所の裏口。
元白軍の衛生兵だった男が、薬箱を運んでいる。
そこへ市場で野菜を売る老女が来た。
「保線所からだよ」
渡された包みを見て、衛生兵は青い糸を確認した。
「まだ動かすな、か」
老女が尋ねる。
「何をだい」
「軸受をだ」
老女は笑った。
「私は何も聞いていないよ」
「聞かない方が長生きする」
「長生きしているから聞かないんだよ」
衛生兵は包みを解いた。
中の軸受には、小さな傷が三つ付いている。
それは部品の不良を示す傷ではない。
昔、部隊内で荷物の数を示すために使った癖だった。
三人。
衛生兵は診療所の奥へ戻る。
待っていたのは、鉄道技師の妻と娘。
そして技師の妹。
夫本人は動けない。
監視されている可能性がある。
妻が尋ねた。
「返事は?」
「まだだ」
「いつまで待てば」
「分からない」
「ポーランドには仕事があると聞きました」
「あるだろう」
「ならなぜ行けない」
衛生兵は声を落とした。
「道があることと、今日通れることは違う」
娘は十二歳ほどだった。
膝に小さな鞄を置いている。
「大尉という人が助けてくれるの?」
衛生兵は少し考えた。
「助けるとは言わんだろう」
「では?」
「来られるなら来い、と言う」
少女は不満そうだった。
「それだけ?」
「それだけ言って、本当に待っている男だ」
衛生兵は軸受を薬箱の底へ入れた。
「今は待て。動ける日が来たら、ためらうな」
◇
ソ連国内に残る元部下たちは、互いの全員を知らなかった。
鉄道員は市場の女を知る。
市場の女は診療所を知る。
診療所は農場を知る。
農場は川沿いの船頭を知る。
船頭は国境近くの木材商を知る。
だが一人として、道の全体を知らない。
元白軍将校自身も把握していなかった。
軍情報部の灰色背広が、後にその構造を聞いた時、元白軍将校は答えた。
「一人が全部知れば、一人捕まった時に全部終わる」
「意図して分けたのですか」
「最初は人が足りなかっただけだ」
「今は?」
「その方がいいと分かった」
ソ連側では特に、手紙は少なかった。
届くとしても数か月遅れ。
内容も短い。
雪が深い。
駅長が替わった。
昔の者が一人いなくなった。
女と子供なら、春まで待て。
今は来るな。
何も起きていないように見える。
だが「今は来るな」という一文には、誰かが道を見続けている証拠があった。
◇
ドイツの修理工場。
夕方。
工場主と、ベルリンから訪ねてきた元通信工が、発動機の木箱へ腰掛けていた。
「ソ連側から手紙は来るか」
通信工が尋ねる。
「最近は少ない」
「捕まったか」
「分からん」
「大尉は何と言っている」
「何も」
「珍しいな」
工場主は油で汚れた手を拭いた。
「何も言えない時は、あの人も何も言わん」
通信工は黙った。
しばらくして尋ねる。
「お前はWILKへ行かないのか」
「行かん」
「なぜ」
「ここに工場がある」
「向こうにはもっと大きな工場がある」
「ここには、向こうへ行く前の人間が来る」
「いつまで続ける」
「壊れるまでだ」
「工場が?」
「私が」
通信工は笑わなかった。
「ドイツも妙な空気になってきた」
工場主は若い職工たちを見る。
ドイツ人。
ロシア人。
ポーランド人。
チェコ人。
全員、同じ機械の周りで働いている。
「まだ仕事はできる」
「それがいつまでか分からん」
「だから今やる」
通信工はポケットから手紙を出した。
「大尉からだ」
工場主が読む。
無理なら来い。
工具は置いてよい。
人間を先にしろ。
工場主は鼻を鳴らした。
「自分は工具を捨てないくせに」
「そう書いて返すか」
「書かん」
「なぜ」
「来いと言われる」
通信工は笑った。
「もう言われている」
工場主は手紙を畳み、胸ポケットへ入れた。
「まだだ」
◇
バルト海沿岸の港町。
元白軍の補給兵だった倉庫係は、船荷証券を確認していた。
表向きは木材。
箱の一部には、WILK向けの交換部品が入っている。
別の箱には、ドイツの修理工場へ送る測定具。
その横へ、一人の船員が来た。
「人を乗せたい」
倉庫係は顔を上げない。
「何人だ」
「二人」
「家族は」
「いない」
「本当に?」
船員は少し黙った。
「妻が一人」
「三人ではないか」
「子供はいない」
「親は」
「母親がいる」
倉庫係は帳簿から顔を上げた。
「四人だ」
「母親は動きたくないと言っている」
「本人へ聞いたか」
「説得しても聞かない」
「なら置いていけ」
船員が意外そうな顔をする。
「いいのか」
「本人が残ると言うならな」
「大尉は、家族を置くなと言う」
「置いていくのと、本人が残るのは違う」
倉庫係は帳簿へ四人の名前を書いた。
「席は四人分取る」
「三人しか来なければ」
「荷物を載せる」
「無駄では」
「乗る気になった老人を、席がないから置いていく方が無駄だ」
船員は頷いた。
「いつ出る」
「明後日」
「検査は」
「厳しくなった」
「通せるか」
倉庫係は少し考えた。
「合法ならな」
「合法でなければ」
「私は倉庫係だ」
「昔は補給兵だろう」
「昔の話だ」
倉庫係は別の鍵を取り出した。
「夜、裏の倉庫へ来い」
◇
彼らは、元白軍将校の命令で動いているわけではなかった。
命令書はない。
階級もない。
給与も出ない。
WILKから正式な雇用を受けている者さえ少ない。
むしろ多くは、自分の土地で働いている。
ドイツでは修理工。
ソ連では鉄道員。
港では倉庫係。
農場では農民。
船上では船員。
自分の家族を養い、自分の仕事を守る。
そのついでに、誰かを一晩泊める。
仕事を紹介する。
使える列車を教える。
危険な駅を知らせる。
そして、何かが変わった時だけ手紙を書く。
軍情報部から見れば、理想的な非公式情報網だった。
だが使おうとすれば壊れる。
なぜなら彼らが見ているのは、
軍用列車ではなく、夜勤の増加。
警察活動ではなく、書類確認の長さ。
動員ではなく、馬や燃料の値上がり。
弾圧ではなく、昨日までいた隣人の不在。
生活だった。
生活を見ているから、政治や軍の変化が映る。
諜報活動を始めれば、生活を見る目が変わる。
元白軍将校が軍情報部へ言った通りだった。
「探させるな。見えたものを書かせろ」
◇
ポーランド。
WILK本社。
元白軍将校の机へ、国外からの手紙が届いた。
ドイツから二通。
港町から一通。
ソ連側から届いたものはない。
灰色背広が封筒を見た。
「東からは?」
「まだだ」
「最後に届いたのは」
「三か月前」
「確認しますか」
「どうやって」
「こちらにも協力者はいます」
「動かすな」
「しかし、失われた可能性がある」
元白軍将校は机に座ったまま答えた。
「分かっている」
声がいつもより低かった。
灰色背広は、それ以上言わなかった。
元白軍将校はドイツからの手紙を開く。
警察による外国人登録確認が増えた。
機関工一家は、当面こちらで働かせる。
母親が長距離移動に耐えられない。
工場は動いている。
まだ来いと言うな。
二通目。
駅の監視が増えた。
逮捕者なし。
西へ動きたい者四名。
妊婦一名。
医師の判断を求む。
港から。
船便はまだ使える。
家族四名分の席を確保した。
実際に乗る人数は未定。
ドイツから来る荷が遅れている。
酒が届いていない。
元白軍将校は三通を読み終えた。
最後に、空の机を見た。
ソ連からの封筒を置く場所だけが空いている。
「返事を書かないのですか」
灰色背広が尋ねた。
「書く」
「誰へ」
「全員だ」
最初にドイツ。
機関工一家は急がせるな。
母親が動ける時に動け。
工場が危なくなれば、工具を置いて来い。
酒は送らん。
次にベルリン。
妊婦は医師へ診せろ。
移動時期は医師に決めさせろ。
急ぐな。遅れすぎるな。
港町。
四人分を確保した判断は正しい。
三人で来ても席を空けておけ。
酒については実業家へ言え。
灰色背広が尋ねる。
「東へは?」
元白軍将校は白紙を前に置いた。
だが、しばらく何も書かなかった。
送り先を知っている。
しかし今、手紙を出せば危険かもしれない。
いつもの市場の女が、まだいるか分からない。
保線工が同じ名前で働いているかも分からない。
診療助手が生きているかも分からない。
やがて短く書いた。
こちらは同じ場所にいる。
返事は要らない。
動ける時だけ来い。
宛名は書かなかった。
灰色背広が見る。
「どうやって送るのです」
「今は送らん」
「ではなぜ書いた」
元白軍将校は紙を折った。
「向こうから来た時、渡す」
◇
その夜遅く。
WILKの門へ、一台の荷車が来た。
御者が守衛へ小さな包みを渡した。
「元白軍の人へ」
守衛は呼びに走った。
元白軍将校が門へ来る。
包みには、古い軸受が一つ。
布で包まれ、青い糸が一本使われている。
元白軍将校は糸を見た。
「どこで受け取った」
御者が答える。
「東から来た木材商です。さらに前は市場の女からだと」
「手紙は」
「ありません」
元白軍将校は軸受を手に取った。
表面に小さな傷が三つ。
灰色背広も、遅れて門へ来た。
「何を意味します」
元白軍将校はすぐに答えなかった。
この地域の青い糸。
急がず待て。
三つの傷。
三人。
「三人が待っている」
「誰です」
「分からん」
「場所は?」
「まだ同じなら、東の診療所だ」
「救出を手配しますか」
元白軍将校は軸受を握った。
「まだだ」
「待てという合図だから?」
「そうだ」
「状況が変わるまで?」
「向こうが動けるまでだ」
灰色背広は、元白軍将校の表情を見た。
焦っている。
だが動かない。
助けたいからこそ、今は動かない。
侵入作戦では、即断する男だった。
酒蔵へ入る時は、待てなかった。
だが人間を帰す道については違う。
向こうの者が「待て」と言えば待つ。
誰よりも長く。
◇
翌朝。
元白軍将校は国外の元部下たちへ、共同の手紙を書いた。
同じ文面を送ったわけではない。
土地ごとに内容は変えた。
だが最後の一文だけは同じだった。
無理なら来い。
まだ残れるなら、次の者を頼む。
灰色背広がその一文を読んだ。
「矛盾しています」
「何が」
「来いと言いながら、残れとも言っている」
「本人が決める」
「判断を任せる?」
「そこにいるのは私ではない」
元白軍将校は封筒を閉じた。
国外に残った元部下たちは、命令を待っていなかった。
ドイツの工場主は、機械が動く限り人を雇う。
ソ連の保線工は、線路が使える限り道を見ている。
診療助手は、動ける日まで家族を隠す。
港の倉庫係は、席が必要になる前に確保する。
誰も英雄ではない。
大きな作戦をしているつもりもない。
ただ、自分が生き残った場所に残り、次の者が来た時に門を開ける。
彼らはWILKへ現れなかった。
創業者たちと食堂を囲むこともない。
会社の記念写真にも写らない。
それでも、WILKへ届く人間の靴には、彼らが直した革が使われていた。
荷物には、彼らが用意した荷札が付いていた。
手には、彼らが教えた次の町の名が握られていた。
元白軍将校は机の上の軸受を見た。
国外に残った部下たちは、遠くにいるのではない。
道の各所にいる。
駅に。
工場に。
診療所に。
港に。
そして今も、誰かが動ける時を待っている。
その日の軍情報部報告には、こう記された。
国外に所在する旧部下らは、WILK社への移住を拒否しているのではない。
各自、自らが残ることで維持される経路があると判断している。
彼らは元白軍将校の指揮下にない。
しかし同人が「来い」と書けば、来る可能性がある。
同時に同人が何も書かなくても、次の人間を送る可能性が高い。
余白には、灰色背広の手書きが残っていた。
全員が帰れば、道はなくなる。
その下に、後から別の筆跡が加えられた。
だから、まだ帰らない。