WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・新型双発軍用機第一次要求書
一九三〇年

目的。

既存双発機の運用実績を基礎とし、将来の軍直協同、偵察、爆撃、輸送および特殊任務へ対応可能な新型機を開発する。

主要要求。

一、金属を主体とする機体構造。
二、完全引込式降着装置。
三、乗員および主要部への装甲。
四、前方固定機銃四挺以上。
五、爆弾搭載能力。
六、写真偵察能力。
七、無線装置の標準搭載。
八、片発停止時の飛行継続。
九、未整地飛行場からの運用。
十、担架および軍需物資の搭載。

WILK社からは、要求事項相互の優先順位を明示するよう照会があった。

航空部は、全項目を重要と回答した。


第78話 軍の技術者を送り込むな

軍の技術者団は、予定より二名多く到着した。

 

そのこと自体は、まだ問題ではなかった。

 

問題は、彼らが書類を持ってきたことである。

 

一人一冊。

 

薄いものでも五十頁。

厚いものは百頁を超えていた。

 

ポーランド軍将校は、会議室の机へ積み上げられていく冊子を見た。

 

機体構造。

空力。

発動機。

兵装。

装甲。

無線。

爆撃装備。

降着装置。

製造工程。

戦術運用。

 

十四名分に、予定外の二名分が加わる。

 

最後の一冊が置かれた時、机は少し軋んだ。

 

元白軍将校が言った。

 

「まず机を強化した方がいい」

 

元ドイツ軍技術者は冊子を一冊持ち上げ、重さを確かめた。

 

「機体より先に要求書が重量超過している」

 

軍技術者団の責任者は、咳払いをした。

 

四十代半ばほどの、姿勢のよい男だった。

 

制服は乱れていない。

髭も短い。

靴には泥一つ付いていなかった。

 

新工場予定地を歩いてきたはずなのに、である。

 

元白軍将校はその靴を見た。

 

「馬車で来たな」

 

責任者は答えなかった。

 

ポーランド軍将校が会議を始めた。

 

「本日は、新工場で生産する新型機について、軍側の要求を確認する」

 

元ドイツ軍技術者が横から言った。

 

「要求を減らす」

 

「確認だ」

 

「減らしてから確認する」

 

「まだ説明も聞いていない」

 

「冊子の厚さで分かる」

 

軍技術者団の責任者は表情を変えなかった。

 

「要求は、将来の戦場を考慮したものです」

 

「将来の戦場は、機体重量を軽くしてくれるのか」

 

「必要な性能です」

 

「必要なものを全部積めば飛ばなくなる」

 

「そこを解決するのが技術者でしょう」

 

元ドイツ軍技術者は、初めて少し笑った。

 

よい意味の笑いではなかった。

 

ポーランド軍将校は机を叩いた。

 

「順番に聞く」

 

「重さは順番に増えない」

 

「聞け!」

 

最初は機体構造だった。

 

軍側の構造技術者が、図面を広げた。

 

「新型機は、金属を主体とする構造を希望します」

 

元ドイツ軍技術者は図面を見た。

 

「金属を主体、とは何割だ」

 

「可能な限りです」

 

「数字で言え」

 

「主翼、胴体、尾翼を金属化します」

 

「全部ではないか」

 

「一部の内装や非主要部には木材を使用できます」

 

元白軍将校が聞いた。

 

「椅子か」

 

「内装です」

 

「椅子だな」

 

元独立運動家が書類を覗き込んだ。

 

「担架固定部は」

 

軍側の構造技術者は少し間を置いた。

 

「後ほど説明します」

 

「構造の話だろう」

 

「軍用機としての主要構造を先に――」

 

「担架を固定する床が抜けたら患者が落ちる」

 

ポーランド軍将校は額を押さえた。

 

まだ最初の項目だった。

 

元ドイツ軍技術者は図面へ指を置いた。

 

「全面金属化するなら、新しい治具が要る。板材の品質も一定でなければならない。熱処理も管理する。リベットも増える。腐食対策も要る」

 

「そのために新工場を建てます」

 

「工場を建てれば技術が床から生えるのか」

 

「軍から技術者を送ります」

 

「今ここにいるな」

 

「はい」

 

「では、誰が新人へ教える」

 

軍技術者団が少し静かになった。

 

元独立運動家が言った。

 

「失業者を千人以上採る予定だ」

 

「経験者を優先すればよいでしょう」

 

「経験者が千人いるのか」

 

誰も答えなかった。

 

元ドイツ軍技術者は図面を畳んだ。

 

「全面金属化は進める。ただし一度に全部は変えない」

 

軍側の構造技術者が反論した。

 

「旧式構造を残すのですか」

 

「製造経験のない者へ、初日から全金属機を作らせる方が旧式だ」

 

「どういう意味です」

 

「設計だけ新しく、工場が追いついていない」

 

軍技術者は黙った。

 

ユダヤ人実業家が静かに記録した。

 

最初の要求は、まだ削られていなかった。

 

説明が増えただけだった。

 

次は降着装置だった。

 

予定外で来た二名のうち、一人が立った。

 

若かった。

 

三十歳になるかどうか。

 

机の上へ、脚の模型を置いた。

 

車輪が回る。

脚柱が折れ曲がる。

小さな扉が閉じる。

 

元白軍将校が身を乗り出した。

 

「よくできている」

 

若い技術者は少し誇らしげに頷いた。

 

「完全引込式です。脚だけでなく、車輪もすべて翼内へ収まります」

 

元ドイツ軍技術者は模型を裏返した。

 

「泥が入ったら」

 

「飛行場で清掃します」

 

「牧場では」

 

「牧場?」

 

ポーランド軍将校は目を閉じた。

 

来た。

 

元白軍将校が説明した。

 

「飛行場が使えなければ牧場へ降りる」

 

「新型軍用機を?」

 

「旧型も降りる」

 

「完全引込脚の機体です」

 

「だから何だ」

 

若い技術者は、助けを求めるように責任者を見た。

 

責任者は姿勢を崩さなかった。

 

「未整地運用は要求事項に含まれています」

 

若い技術者は一瞬、何も言えなかった。

 

元ドイツ軍技術者が模型の脚扉を開けた。

 

「完全に覆う必要はあるか」

 

「空気抵抗が減ります」

 

「泥も閉じ込める」

 

「脚庫内を密閉します」

 

「整備しにくくなる」

 

「点検口を設けます」

 

「点検口から泥を掻き出すのか」

 

「本来、泥のある場所から運用するものでは――」

 

責任者が咳払いをした。

 

若い技術者は言葉を切った。

 

元白軍将校が模型の車輪を指で回した。

 

「車輪が小さい」

 

「空気抵抗を減らすためです」

 

「穴にはまる」

 

「整地された飛行場なら問題ありません」

 

「牧場では」

 

若い技術者は答えなかった。

 

元独立運動家が尋ねた。

 

「脚が出なくなった時は」

 

「油圧で作動します」

 

「油圧が壊れた時は」

 

「手動装置を追加できます」

 

「手動装置が壊れた時は」

 

「そこまで重ねれば重量が増えます」

 

元ドイツ軍技術者が頷いた。

 

「その通りだ」

 

若い技術者は、ようやく味方を得た顔をした。

 

「ですから、信頼性の高い油圧装置を――」

 

「油圧、手動、重力降下の三系統にする」

 

「今、重量が増えると言ったでしょう!」

 

「降りられないより軽い」

 

「矛盾しています!」

 

「機械は矛盾を重量で解決する」

 

ポーランド軍将校が机を叩いた。

 

「格言を作るな!」

 

元白軍将校が模型を見ながら言った。

 

「脚を太くすればいい」

 

「お前は黙れ」

 

「車輪も大きく」

 

「黙れ」

 

「扉は半分でいい」

 

元ドイツ軍技術者の手が止まった。

 

若い技術者も止まった。

 

二人は模型を見た。

 

完全に覆うための脚扉。

 

泥を噛む可能性。

 

大きな車輪。

 

整備性。

 

空気抵抗。

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「半分残す」

 

若い技術者が反射的に答えた。

 

「完全引込式ではなくなります」

 

「脚は完全に引き込む。扉だけ減らす」

 

「車輪の一部が露出します」

 

「緊急着陸時に役に立つ」

 

元白軍将校が嬉しそうに頷いた。

 

「私が言った」

 

「一つだけだ」

 

「十分だ」

 

ポーランド軍将校は記録係を見た。

 

記録係は、書くべきか迷っていた。

 

「書かなくていい」

 

元白軍将校が言った。

 

「書け。私の提案だ」

 

「書くな!」

 

装甲の専門家は、予定外で来たもう一人だった。

 

彼は脚の技術者より年上で、口数が少なかった。

 

机へ、厚さの違う鋼板を数枚並べた。

 

「操縦席、燃料系、発動機後方、弾薬箱周辺を防護します」

 

元白軍将校が鋼板を一枚持ち上げた。

 

「重い」

 

「装甲です」

 

「もっと軽くしろ」

 

元ドイツ軍技術者が横目で見た。

 

「お前がそれを言うのか」

 

「重いものを積む場所は選ぶ」

 

装甲技術者は図を示した。

 

操縦席の背面。

座席下。

側面。

燃料槽前後。

発動機後部。

操縦索の集中部。

 

元ドイツ軍技術者は、今度はすぐに否定しなかった。

 

「全面を覆わないのか」

 

「覆えば飛びません」

 

「分かっているな」

 

「装甲技術者ですので」

 

初めて会話が噛み合った。

 

ポーランド軍将校は少し安心した。

 

元独立運動家が図を見た。

 

「後部乗員は」

 

「防御銃手ですか」

 

「負傷者を積む場合だ」

 

装甲技術者は、また少し間を置いた。

 

「負傷者輸送時は、戦闘地域への進入を避けるべきです」

 

元白軍将校が笑った。

 

「避けられるなら負傷者は出ない」

 

「救急輸送機ではありません」

 

元独立運動家は要求書を開いた。

 

「十番」

 

装甲技術者が読んだ。

 

担架および軍需物資の搭載。

 

彼は責任者を見た。

 

責任者は視線を逸らさなかった。

 

「軍の要求です」

 

「装甲しながら担架も積むのですか」

 

「重要箇所のみでよい」

 

「どこが重要箇所です」

 

元独立運動家が答えた。

 

「患者がいる場所だ」

 

「機体全体になります」

 

「だから配置を考える」

 

元ドイツ軍技術者が図を引き寄せた。

 

「操縦席と燃料系は固定。後部は交換式装甲にする」

 

装甲技術者が眉を寄せた。

 

「交換式?」

 

「任務で外す」

 

「装甲板を?」

 

「爆弾を積む時と、担架を積む時で内部配置が違う」

 

「取り付け誤差が出ます」

 

「位置決め具を作る」

 

「重量が増えます」

 

元白軍将校が言った。

 

「降りられないより軽い」

 

全員が彼を見た。

 

元白軍将校は酒を一口飲んだ。

 

「覚えた」

 

元ドイツ軍技術者は顔をしかめた。

 

「忘れろ」

 

兵装担当者は、最初から警戒していた。

 

WILKの机に、十一ミリ機関銃の図面が置かれているのを見たからである。

 

「前方固定武装について説明します」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「四挺以上とある」

 

「軍では、七・九二ミリ機関銃四挺を想定しています」

 

元ドイツ軍技術者が十一ミリの図面を広げた。

 

「こちらは十一ミリ四挺を想定している」

 

兵装担当者の説明が止まった。

 

「四挺ともですか」

 

「そうだ」

 

「重量が増えます」

 

「分かっている」

 

「弾薬も重い」

 

「作っている」

 

「反動も大きい」

 

「Turで撃っている」

 

「四挺同時に?」

 

「まだだ」

 

兵装担当者は少し安心した。

 

元白軍将校が口を挟んだ。

 

「だから試す」

 

安心は短かった。

 

兵装担当者は図面を覗き込んだ。

 

操縦席の側面に二挺。

左右の翼付け根に一挺ずつ。

 

「機首集中ではないのですか」

 

「機首は別の装備に使う」

 

「何を積むのです」

 

「写真機、照準器、航法装置、観測員、追加燃料」

 

「追加燃料を機首に?」

 

「例だ」

 

元白軍将校が言った。

 

「酒も」

 

「積まない」

 

「比重の確認だ」

 

「確認するな」

 

兵装担当者は翼付け根の図を見た。

 

「給弾経路が長くなります」

 

「胴体側から整備できる」

 

「翼構造へ負担がかかる」

 

「主桁へ逃がす」

 

「四挺を同時発射した場合、照準が乱れます」

 

「乱れないように作る」

 

「簡単に言わないでください」

 

元ドイツ軍技術者が顔を上げた。

 

「難しく言えば軽くなるのか」

 

兵装担当者は黙った。

 

フランス北部から移ってきた機関銃工房の親方も、会議へ呼ばれていた。

 

彼は軍側の図面を見て、鼻を鳴らした。

 

「七・九二を四挺なら、うちを呼ぶ必要はない」

 

兵装担当者が尋ねた。

 

「十一ミリを大量生産できるのですか」

 

「少量なら、もうしている」

 

「航空固定銃として?」

 

「Turのガンポッド用だ」

 

「単装ですか」

 

「十一ミリ一挺。七・九二なら二挺」

 

「実用されていますか」

 

「何年撃ったと思っている」

 

兵装担当者は初めて、冊子を閉じた。

 

「運用記録を見せてください」

 

親方はポーランド軍将校を見た。

 

「軍へ出していないのか」

 

「出している」

 

「読んでいないのか」

 

兵装担当者は責任者を見た。

 

責任者は、今度だけ少し眉を動かした。

 

ポーランド軍将校は、軍の組織にも読まれない書類があることをよく知っていた。

 

「後で全部渡す」

 

「全部は要らない」

 

兵装担当者が言った。

 

「故障記録、銃身寿命、給弾不良、冬季運用、着陸衝撃後の点検結果だけで結構です」

 

元ドイツ軍技術者が初めて、その男を少し評価した。

 

「話が早い」

 

元白軍将校が聞いた。

 

「新しいガンポッドは」

 

兵装担当者が振り向いた。

 

「新しい?」

 

機関銃工房の親方は深く息を吐いた。

 

「やはり来たか」

 

「既存型の倍を積む」

 

元白軍将校は指で数えた。

 

「七・九二なら四挺。十一ミリなら二挺」

 

「誰が決めた」

 

元ドイツ軍技術者が聞いた。

 

「今」

 

「決めるな」

 

兵装担当者は、なぜか真剣に考え始めた。

 

「重ガンポッドとしては合理的です」

 

元ドイツ軍技術者が彼を睨んだ。

 

「お前まで乗るな」

 

「軍の要求は前方火力の増強です」

 

「標準四挺で足りる」

 

元白軍将校が言った。

 

「足りない時に吊るす」

 

「足りない時とはいつだ」

 

「敵が多い時だ」

 

ポーランド軍将校は頭を抱えた。

 

軍から技術者を送り込まれた結果、要求が減るどころか増えていた。

 

爆撃装備の担当者は、機体中央部へ爆弾倉を設ける案を示した。

 

「胴体内に搭載すれば空気抵抗を抑えられます」

 

元ドイツ軍技術者が聞いた。

 

「床は残るか」

 

「爆弾倉ですので、中央部は開口します」

 

元独立運動家がすぐに反応した。

 

「担架は」

 

「爆撃任務時に担架は積みません」

 

「爆撃しない日は」

 

「爆弾倉は空です」

 

「なら床を入れる」

 

「取り外し式の床ですか」

 

「そうだ」

 

爆撃担当者は少し考えた。

 

「爆弾吊架と干渉します」

 

「外せるようにする」

 

「固定部が増えます」

 

「貨物も積める」

 

「軍用機です」

 

「軍は貨物を運ばないのか」

 

「輸送機が運びます」

 

元白軍将校が言った。

 

「輸送機が来ない時は」

 

「来るように手配します」

 

「戦場で?」

 

爆撃担当者は答えなかった。

 

ユダヤ人実業家が尋ねた。

 

「平時には何を運びますか」

 

「訓練用爆弾です」

 

「毎日ですか」

 

「訓練計画に従って――」

 

「飛ばさない日は利益を生みません」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「軍用機に利益を求めるな」

 

ユダヤ人実業家は穏やかに答えた。

 

「整備費は利益から出ます」

 

「軍が払う」

 

「毎年、十分に?」

 

ポーランド軍将校は黙った。

 

十分に払われない年を、彼は何度も見ていた。

 

爆撃担当者は、取り外し式床の余白へ線を引いた。

 

「爆弾倉の側壁へ固定レールを設ければ、担架か貨物箱を搭載できます」

 

元独立運動家が頷いた。

 

「暖房も要る」

 

「暖房?」

 

「負傷者を凍らせるな」

 

「重量が」

 

元白軍将校が口を開いた。

 

全員が先に言った。

 

「降りられないより軽い、は禁止だ!」

 

元白軍将校は口を閉じた。

 

少し残念そうだった。

 

無線担当者は、比較的平穏に説明を終えた。

 

写真偵察担当者も、既存のTurで蓄積された記録を見て、いくつかの配置変更を求めただけだった。

 

発動機担当者は、最初から苦い顔をしていた。

 

机の上に積み上がった要求を、自分の発動機がすべて持ち上げなければならないと分かっていたからである。

 

「想定全備重量はいくらです」

 

元ドイツ軍技術者が答えた。

 

「まだ出ていない」

 

「概算で」

 

「出したくない」

 

「なぜです」

 

「出せば増える」

 

「既に増えています」

 

正しかった。

 

金属構造。

引込脚。

装甲。

十一ミリ四挺。

弾薬。

爆弾倉。

無線。

写真機。

担架固定具。

交換式床。

 

元ドイツ軍技術者は黒板へ数字を書き始めた。

 

軍技術者たちも、自分の担当分を申告した。

 

機体構造。

脚。

装甲。

兵装。

弾薬。

乗員。

燃料。

爆弾。

無線。

予備品。

 

合計が出た。

 

誰もすぐには口を開かなかった。

 

元白軍将校が黒板を見た。

 

「牛だな」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「まだ名前を付けるな」

 

「重い」

 

「分かっている」

 

発動機担当者は計算尺を動かした。

 

「現在想定している発動機では、標準装備時なら飛びます」

 

元ドイツ軍技術者が聞いた。

 

「重ガンポッド装備時は」

 

「爆弾を減らしてください」

 

元白軍将校が言った。

 

「滑走路を長くする」

 

「減らしてください」

 

「向かい風なら」

 

「減らしてください」

 

「牧場が下り坂なら」

 

ポーランド軍将校が怒鳴った。

 

「下り坂から離陸するな!」

 

発動機担当者は続けた。

 

「将来的には、より高出力の発動機が必要です」

 

「将来的とはいつだ」

 

「数年以内に」

 

「機体は先に完成する」

 

「初期型は出力不足になります」

 

元ドイツ軍技術者は黒板を見た。

 

「不足ではない。余裕がない」

 

「同じでは?」

 

「余裕がない機体は、運用で重くなると不足する」

 

「ですから装備を減らして――」

 

全員が、それぞれの担当冊子を抱えた。

 

誰も、自分の装備を減らしたがらなかった。

 

装甲技術者は装甲を守る。

 

兵装担当者は機銃を守る。

 

爆撃担当者は爆弾搭載量を守る。

 

無線担当者は通信装置を守る。

 

降着装置担当者は完全引込脚を守る。

 

元独立運動家は担架と暖房を守る。

 

ユダヤ人実業家は平時運用と輸出性を守る。

 

元白軍将校は、まだ存在しない重ガンポッドを守ろうとしていた。

 

ポーランド軍将校は、誰も守らない軍の予算を守っていた。

 

元ドイツ軍技術者は、全員を睨んだ。

 

「一度、全部作る」

 

ポーランド軍将校が顔を上げた。

 

「正気か」

 

「模型を作る。実物大の胴体中央部も作る。脚も試験台へ載せる。銃も四挺同時に撃つ」

 

「機体を作る前にか」

 

「機体へ付けてから壊れた方が高い」

 

ユダヤ人実業家が頷いた。

 

「試験設備費を計上します」

 

「待て」

 

「必要です」

 

「まだ軍へ請求できると決まっていない」

 

「では工場設備として計上します」

 

「勝手に処理するな」

 

「会計上は新工場です」

 

またそれだった。

 

会議は夕方まで続いた。

 

昼食は会議室へ運ばれた。

 

パン。

スープ。

肉。

漬物。

 

元白軍将校は、軍技術者たちへ酒を勧めた。

 

ポーランド軍将校は止めた。

 

元白軍将校は水差しへ少量混ぜた。

 

元ドイツ軍技術者が見つけた。

 

会議室は一度、本当に壊れかけた。

 

夕方、軍技術者団の責任者は、最初の要求書を見直した。

 

「我々は、少し多くを求めすぎたかもしれません」

 

ポーランド軍将校は、ようやく話が通じたと思った。

 

「そうだろう」

 

責任者は新しい紙を取り出した。

 

「そこで、段階開発を提案します」

 

元ドイツ軍技術者が警戒した。

 

「段階とは」

 

「第一段階で、金属機体、引込脚、標準武装、爆弾倉、無線、偵察装備を実装」

 

「装甲は」

 

「主要部のみ」

 

「担架は」

 

「床レールだけ先行」

 

「重ガンポッドは」

 

「懸架強度だけ確保」

 

元白軍将校が満足そうに頷いた。

 

「つまり全部だな」

 

責任者は答えなかった。

 

ポーランド軍将校は紙を覗き込んだ。

 

削られた項目は、ほとんどなかった。

 

開発時期が後ろへ動いただけだった。

 

元ドイツ軍技術者は椅子へ深く座った。

 

「名前が要る」

 

ポーランド軍将校が驚いた。

 

「まだ図面もない」

 

「要求書を呼ぶ名前だ。毎回全部読むのは面倒だ」

 

元白軍将校が言った。

 

「牛」

 

「Turがある」

 

「もっと大きい牛」

 

「名前を増やすな」

 

ユダヤ人実業家が、海外向け資料の余白へ何かを書いた。

 

「Bizonはどうでしょう」

 

ポーランド軍将校が見た。

 

「バイソン?」

 

「海外でも読めます。Turとの系統も分かりやすい」

 

元独立運動家が言った。

 

「まだ機体もないぞ」

 

「だから仮称です」

 

元白軍将校が頷いた。

 

「よい。重そうだ」

 

元ドイツ軍技術者は黒板の重量計算を見た。

 

「実際に重い」

 

ポーランド軍将校は反対しようとした。

 

だが既に記録係が書いていた。

 

新型双発軍用機計画。

 

仮称、Bizon。

 

「仮称だからな」

 

ポーランド軍将校は念を押した。

 

ユダヤ人実業家は頷いた。

 

「もちろんです」

 

翌朝、食堂では新しい大型パンが売られていた。

 

表面には、角のある牛が焼印されていた。

 

商品名は、

 

バイソンパン。

 

ポーランド軍将校は、それを持って会議室へ入った。

 

「誰が許可した」

 

元白軍将校は一口食べた。

 

「仮称だ」

 

「パンに仮称を付けるな!」

 

新型機の図面は、まだ一枚も完成していなかった。

 

だが名前とパンだけは、既に完成していた。

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