一九二〇年
WILK航空製作所所有の双発軽輸送機一機について、軍務上の緊急性に鑑み、三日間の一時使用を許可する。
使用目的は以下に限定する。
一、軍用郵便および命令書の輸送。
二、連絡将校一名の移送。
三、後方地域における通信支援。
武装、爆発物、前線への進入、敵情偵察、負傷者輸送その他、許可目的外の使用を禁ずる。
なお、返却予定日は本書発行日より三日後とする。
※欄外追記
返却遅延。
理由:前線部隊が返却に応じず。
※再追記
前線部隊は「返却すれば連絡が途絶する」と回答。
※再々追記
本件は徴用ではなく、引き続き一時使用として処理する。
「貸してほしい」
ポーランド軍将校がそう言った時、小屋にいた四人は誰も返事をしなかった。
朝だった。
机の上には、三便目から戻ってきた牛乳缶が並んでいる。
元独立運動家が蓋を開け、中身を確認していた。
「少し分離しているな」
「揺らしたからです」
実業家が答える。
「航空輸送には向かんか」
「時間は短縮できました」
「味は?」
「飲めます」
「ならよい」
「よくありません」
元ドイツ帝国軍技師は、機体の右脚を点検しながら言った。
「牛乳缶を固定した金具が曲がっている」
「缶は無事だ」
元白軍将校が答える。
「機体側が無事ではない」
「直せる」
「壊してよい理由にはならない!」
その横で、軍将校は書類を持ったまま立っていた。
「話を聞け」
四人がようやく彼を見る。
「貸してほしい」
実業家が尋ねる。
「何をです?」
軍将校は小屋の外を指さした。
狼の印を片側だけ描いた双発機が、牧草地の端に止まっている。
「機体を」
「嫌です」
返事は即座だった。
「まだ理由を話していない!」
「理由を聞けば貸さなければならなくなる可能性があります」
「なら聞け!」
「嫌です」
軍将校は机へ書類を叩きつけようとした。
机の端に軸受がある。
元ドイツ技師が見ている。
軍将校は書類を静かに置いた。
「前線で連絡が途絶している」
小屋が少し静かになった。
ポーランドとソビエト・ロシアの戦争は、既に始まっていた。
地図上の線は動き続けている。
昨日まで後方だった町が、今日は前線に近い。
鉄道は軍用輸送で埋まり、道路は避難民、兵士、馬車、砲車で混雑していた。
命令書一枚が届かない。
部隊の位置が分からない。
負傷者の数も、弾薬の残量も、中央には伝わらない。
「軍用郵便と連絡将校を運ぶだけだ」
軍将校は言った。
「三日間」
実業家が書類を読む。
「使用料は」
「軍が払う」
「いつ」
「戦後になるかもしれん」
「貸せません」
「国が負ければ、代金どころではない!」
「だからこそ先払いを」
「金がない!」
「知っています」
「知っていて言うな!」
元独立運動家は、牛乳缶の蓋を閉めた。
「どこまで飛ぶ」
「前線後方の司令部」
「敵は来るか」
「来ない予定だ」
「予定か」
「前線だからな」
元白軍将校が機体を見る。
「滑走路は」
「牧草地」
「状態は」
「悪い」
「燃料は」
「軍が出す」
元ドイツ技師が顔を上げた。
「どの燃料だ」
「航空燃料だ」
「規格は」
「知らん」
「知らずに積むな!」
「軍の補給品だぞ!」
「軍の補給品だから不安なのだ!」
元白軍将校が深く頷く。
「正しい」
「お前は軍人だっただろう!」
「だから分かる」
◇
話し合いは一時間続いた。
結果、WILK機は軍へ三日間貸し出されることになった。
条件は多かった。
前線上空へ入らない。
武器を積まない。
爆発物を積まない。
操縦士は軍側が用意する。
WILKの整備員一名を同行させる。
着陸後、必ず点検を行う。
損傷時には軍が修理費を負担する。
三日後には必ず返却する。
最後の条件を見て、元白軍将校が笑った。
「返ってこないな」
軍将校が睨む。
「返す」
「前線で便利な物は返らない」
「軍の規律を何だと思っている」
「前線で最初に消えるもの」
「お前のいた軍と一緒にするな!」
「どこの軍でも同じだ」
元ドイツ技師は、貸出条件書へ追記した。
発動機回転数上限を厳守。
左右で操作手順が異なるため、説明札を読むこと。
不明時は操作せず、同行整備員へ確認すること。
軍将校が紙を見る。
「操縦士を馬鹿にしているのか」
「間違えれば発動機が壊れる」
「軍の操縦士だぞ」
「だから説明が必要だ」
「なぜ“だから”なのだ」
元独立運動家が貨物室を片づける。
郵便袋。
薬箱。
牛乳缶。
工具。
担架固定具。
「牛乳缶は降ろすぞ」
「当然です」
実業家が答える。
「軍へ貸す機体に乳製品を積んではいけない理由はありませんが、使用料が出ないので」
「基準がそこか」
◇
軍が連れてきた操縦士は若かった。
軍将校より十歳以上若い。
制服は新しく、革手袋も磨かれている。
機体を見るなり、最初に言った。
「左右で発動機が違うのですか」
「違う」
元ドイツ技師が答える。
「なぜです?」
「同じ物がなかった」
「それで飛ばしたのですか」
「飛んだ」
元白軍将校が言う。
「帰ってもきた」
「安全なのですか」
「片方が止まっても帰れる」
若い操縦士は軍将校を見る。
「本当ですか」
「理論上は」
「軍人までその言葉を使わないでください」
技師は操縦席へ乗り込み、説明を始める。
「右は燃料弁半開。左は四分の三」
「はい」
「右は始動後に点火時期を進める。左は回転数を見て絞る」
「はい」
「左を放置すると過回転する」
「はい」
「右は燃料圧が落ちることがある」
「はい」
「右が止まった場合、左だけで飛べるが、方向舵を強く踏む」
「はい」
「左が止まった場合、右だけでも飛べるが、高度維持は難しい」
「はい」
「両方止まった場合」
「着陸します」
「その通りだ」
若い操縦士は少し安心した。
「普通ですね」
「着陸場所がなければ」
「言わなくて結構です」
同行する整備員は、元ドイツ技師本人になった。
「私が行く」
白軍将校も言った。
「駄目だ」
「なぜ」
「お前が行くと前線で勝手に改造する」
「必要なら」
「その“必要なら”が信用できん」
「なら誰が行く」
元ドイツ技師が工具箱を持ち上げた。
「私だ」
全員が少し驚いた。
「お前が?」
軍将校が聞く。
「操作を知っている者が必要だ」
「前線だぞ」
「だからだ」
白軍将校が笑った。
「軍用飛行場の整備状況を見てこい」
「お前の話が誇張だと証明してやる」
「楽しみだ」
◇
最初の軍務飛行は、驚くほど順調だった。
命令書。
軍用郵便。
連絡将校。
予備の無線部品。
それだけを積み、前線後方の司令部へ向かう。
荷物が少ないため、機体は軽い。
若い操縦士は左右の発動機の癖へ戸惑いながらも、すぐに慣れ始めた。
「思ったより飛びますね」
「飛行機だからな」
後席のドイツ技師が答える。
「もっと重いと思っていました」
「今日は軽い」
「いつもは?」
「積めるだけ積む者が多い」
「軍用機でもありませんのに」
「軍人も積んだ」
「誰です」
「お前の上官だ」
若い操縦士はそれ以上聞かなかった。
司令部の牧草地へ着陸。
軍用郵便と命令書を降ろす。
連絡将校も降りる。
ここまでは予定通りだった。
「帰りの荷物です」
前線の補給担当者が、木箱を三つ持ってきた。
ドイツ技師が聞く。
「中身は」
「部品」
「何の」
「機関銃」
「許可目的外だ」
「後方修理所へ運んでほしい」
「武器を積むなとある」
「武器ではない。部品だ」
「組めば武器になる」
「組まなければ部品だ」
若い操縦士が小声で言う。
「軍ではよくある説明です」
「よくあってはいけない」
結局、機関銃部品は積まなかった。
代わりに負傷兵を一人乗せた。
「負傷者輸送も禁止条件では?」
若い操縦士が尋ねる。
ドイツ技師は、担架を固定しながら答えた。
「置いて帰るのか」
「いいえ」
「なら乗せる」
「WILKの人は皆、同じことを言いますね」
「必要だからだ」
その日の夕方。
機体は負傷兵を後方病院へ運び、さらに軍用郵便を積んで小屋へ戻った。
実業家が積載記録を見る。
「許可目的外の負傷者輸送があります」
「乗せたのは軍です」
技師が答える。
「追加料金を請求できますね」
「そこか」
◇
二日目。
機体は予定より早く軍の使者に呼び出された。
「司令部間の連絡です」
若い操縦士が説明する。
「昨日と同じか」
「だいたい」
元白軍将校が言う。
「違うな」
「なぜ分かる」
「“だいたい”と言った」
機体が向かった先は、昨日より前線に近かった。
滑走路は短い。
砲声が聞こえる。
遠くに煙が上がっている。
「前線上空へ入らない条件だ」
ドイツ技師が言う。
「ここは後方です」
若い操縦士が答える。
「砲声が近い」
「前線が動きました」
「こちらへ?」
「はい」
「なら後方ではない!」
それでも着陸する。
地上には兵士たちが待っていた。
命令書を降ろす。
その場で別の将校が、郵便袋と木箱を持ってくる。
「北の連隊へ届けてくれ」
「許可されていない」
技師が言う。
「徒歩では間に合わん」
「距離は」
「飛べば二十分」
「地図は」
「これだ」
地図には鉛筆で着陸場所が記されている。
小さな牧草地。
敵前線から近い。
「敵機は」
「今は出ていない」
「対空火器は」
「少ない」
「少ないとは、あるという意味だな」
将校は何も言わなかった。
若い操縦士が技師を見る。
「行けますか」
「私は許可しない」
「ですが」
「私は整備員だ。作戦命令は出せない」
「なら誰が決めます」
二人は現地将校を見る。
「軍務上必要だ」
現地将校が言った。
技師は舌打ちした。
「三日間の一時使用だぞ」
「なら三日間は軍用機だ」
「徴用ではない!」
「一時使用だ」
「言葉を変えても同じだ!」
◇
北の連隊へ向かう飛行で、初めて銃声を聞いた。
地上から小銃弾が撃ち上げられる。
距離はある。
命中する可能性は低い。
それでも、布張りの翼へ銃弾が当たれば穴が開く。
「高度を上げろ!」
ドイツ技師が叫ぶ。
「上昇が遅い!」
若い操縦士が答える。
「右を上げすぎるな!」
「分かっています!」
機体がゆっくり高度を取る。
地上の銃声が遠ざかる。
一発だけ、胴体後部へ当たった。
乾いた音。
技師が振り返る。
布に小さな穴。
「当たった」
「飛べますか!」
「飛んでいる!」
「なら大丈夫ですね!」
「大丈夫と無事は違う!」
目的地へ着陸すると、兵士たちが機体へ駆け寄った。
「郵便だ!」
「命令書もある!」
「弾薬は?」
「ない!」
「薬は?」
「ない!」
「では帰りに負傷兵を!」
技師が叫ぶ。
「一人だけだ!」
担架が三つ運ばれてきた。
「一人と言った!」
「一番重傷だけでも!」
「他の二人は」
「馬車で送る!」
若い操縦士が、機体の貨物室を見る。
郵便袋を降ろせば、担架二つは入る。
座席を外せば、三つ入るかもしれない。
技師は彼の視線に気づいた。
「考えるな」
「入ります」
「許容重量を超える」
「燃料を減らせば」
「帰れなくなる」
「途中の飛行場で補給します」
「そこまで確実に飛べる保証はない」
負傷兵のうめき声が聞こえた。
若い操縦士は黙った。
技師も黙った。
最終的に、二人を乗せた。
三人目は、次の便で運ぶことになった。
「次の便?」
技師が聞く。
現地将校が答える。
「明日も来るだろう」
「三日目だぞ」
「ちょうどよい」
「返却日だ!」
「返す前に来ればよい」
前線部隊は、既に返す気が薄かった。
◇
三日目の朝。
小屋には、返却された機体がなかった。
実業家が時計を見る。
「返却予定時刻を過ぎました」
軍将校が言う。
「遅れているだけだ」
元白軍将校は椅子へ座り、じゃがいもの皮を剥いている。
「戻らない」
「縁起でもないことを言うな」
「墜落したとは言っていない」
「では何だ」
「便利だから返さない」
昼になっても戻らない。
午後になっても戻らない。
夕方、軍の伝令が馬で到着した。
軍将校が駆け寄る。
「機体はどうした」
「前線司令部にあります」
「故障か」
「いいえ」
「なら返せ!」
伝令は書類を差し出した。
WILK双発機について、軍務上の必要により一時使用期間を延長する。
延長期間は当面の間とする。
実業家が読む。
「“当面の間”とは」
「状況が落ち着くまでです」
「いつです」
「分かりません」
「使用料は」
「後日協議」
「協議予定日は」
「分かりません」
実業家は軍将校を見る。
「徴用ですね」
「違う!」
「返却期限がなく、使用料も未定で、所有者の同意もない」
「一時使用の延長だ!」
「法律上の言い換えですか」
「軍務上の措置だ!」
元独立運動家が尋ねる。
「なぜ返さない」
伝令は少し困った顔をした。
「前線部隊が、返却すれば連絡が途絶すると」
「他の機体は」
「ありません」
「なら返さないな」
白軍将校が言った。
「だから言っただろう」
軍将校は書類を握りしめた。
「私が行って取り返す」
「軍から?」
実業家が尋ねる。
「私も軍だ!」
「どちらの立場で行くのです」
軍将校は黙った。
会社の共同経営者。
軍の監督担当者。
本人も、時々どちらなのか分からなくなる。
◇
翌朝。
軍将校、実業家、元独立運動家、元白軍将校の四人は、馬車で前線司令部へ向かった。
小屋には、代替部品の整理をするため元ドイツ技師だけが残った。
「機体を返せ」
軍将校は、司令部へ到着するなり言った。
前線司令官は地図から顔を上げた。
「無理だ」
「三日間の貸出だ!」
「三日間で有用性が確認された」
「確認したら返せ!」
「他の連絡機が来るまで待て」
「いつ来る」
「分からん」
「それでは徴用だ!」
「違う。一時使用だ」
実業家が静かに言った。
「では使用料を決めましょう」
司令官は軍将校を見る。
「誰だ、この商人は」
「所有者だ」
「軍用機ではないのか」
「民間機だ!」
「軍の印が描いてある」
全員が窓の外を見る。
牧草地にWILK機が止まっている。
機体の片側には黒い狼。
反対側には、いつの間にか白い塗料でポーランド軍の印が描かれていた。
軍将校の顔が引きつる。
「誰が描いた」
「識別用だ」
「所有者の許可を取れ!」
元独立運動家は機体へ近づいた。
布には銃弾の穴が三つ。
貨物扉には擦り傷。
右脚には泥。
主翼下には、見覚えのない金具が取り付けられている。
「これは何だ」
整備兵が答える。
「郵便袋を吊るす金具です」
「貨物室へ入れればよいだろう」
「負傷兵で埋まるので」
白軍将校が満足そうに頷く。
「合理的だ」
「勝手に改造するな!」
軍将校が叫んだ。
若い操縦士と元ドイツ技師が、機体の反対側から現れた。
技師は油と泥にまみれている。
軍将校が駆け寄る。
「なぜ戻らなかった!」
「戻せなかった」
「故障か」
「仕事が多すぎる」
「機体の話をしている!」
「機体も働かされすぎだ!」
技師は三日間の記録を差し出した。
飛行回数十一。
軍用郵便輸送七回。
命令書輸送九件。
連絡将校輸送五名。
負傷兵搬送十四名。
無線部品輸送二件。
小銃弾痕三。
着陸時の脚損傷一。
現地修理済み。
実業家が数字を確認する。
「十一回」
「夜も飛んだ」
技師が答える。
「夜間飛行設備はないぞ!」
軍将校が言う。
「焚火を並べて着陸した」
「誰が許可した!」
「負傷兵がいた」
また、その言葉だった。
必要だった。
置いて帰れなかった。
だから飛んだ。
軍将校は何も言えなくなった。
◇
前線司令官が四人へ地図を見せた。
「この連隊と、この砲兵隊との連絡が切れている」
「飛行機一機で戦線を繋ぐ気か」
独立運動家が尋ねる。
「既に繋いでいる」
「落とされたら」
「困る」
「返しても困る」
「そうだ」
司令官は堂々と答えた。
「だから返せん」
実業家は、少し考えた。
「条件があります」
軍将校が振り返る。
「交渉するのか」
「返さない相手から取り上げるには、兵力が必要です」
「軍の司令部だからな」
「なら利用料を取ります」
司令官が聞く。
「いくらだ」
実業家は帳簿を開いた。
燃料。
整備費。
部品代。
整備員の危険手当。
機体損耗。
銃弾穴の修理。
勝手に描かれた軍用標章の塗り直し費。
「最後の項目は必要か」
軍将校が尋ねる。
「当然です」
司令官は金額を見る。
「高い」
「前線で航空便を維持する価格です」
「軍に金はない」
「知っています」
「後払いで」
「利息を付けます」
元独立運動家が笑った。
「国ができたら返せと言われた時と同じ顔だな」
「今回は既に国があります」
実業家は答えた。
「払う義務もあります」
司令官はため息をついた。
「分かった。軍の契約として処理する」
「徴用では?」
「一時使用だ」
「では利用契約です」
「好きに呼べ」
書類が作られた。
使用期間は一週間延長。
飛行ごとの運賃。
整備費別。
負傷兵輸送は軍負担。
損傷部品は軍の在庫から優先支給。
現地での改造はWILK技術者の承認が必要。
最後の条項を見て、元ドイツ技師が頷いた。
「これで勝手に穴を開けられない」
現地整備兵が目を逸らした。
「もう開けたのか!」
技師が叫んだ。
◇
小屋へ戻ったのは、機体ではなく四人だけだった。
WILK機は前線に残った。
実業家は新しい契約書を帳簿へ挟む。
「軍から正式な運航契約を取りました」
軍将校は椅子へ座り込んだ。
「一機しかない」
「二号機を作ります」
「発動機は」
「軍の損傷部品優先支給条項があります」
元白軍将校が笑う。
「軍が部品を運んでくる」
「軍が壊した分だけだ!」
「壊せば増える」
「そういう考え方をするな!」
元独立運動家は、空になった牧草地を見る。
毎朝そこにあった機体がいない。
「静かだな」
左右で違う発動機音。
泥を跳ね上げる大車輪。
飛び立つ度に揺れる窓。
それらがなくなると、小屋の周囲は妙に広く感じた。
「返ってくるか」
独立運動家が尋ねる。
元白軍将校が答える。
「壊れなければ」
軍将校が睨む。
「縁起でもない」
「壊れても回収すればよい」
「まだ一機目だぞ」
「一機目だから回収する」
実業家は帳簿へ、新しい項目を書き込んだ。
軍用連絡飛行契約。
使用機一。
返却予定、一週間後。
少し考える。
その下へ付け加えた。
おそらく返ってこない。
◇
一週間後。
機体は返ってこなかった。
代わりに電報が届いた。
WILK機、引き続き前線任務に必要。
使用期間延長を要請。
至急、交換用車輪、布、点火栓を送られたし。
軍将校は電報を読み、机へ置いた。
「これは徴用だ」
実業家が答える。
「契約更新の要請です」
「本人たちが返却に応じていない!」
「利用料は払うそうです」
「まだ一銭も受け取っていない!」
「請求書は送りました」
元独立運動家が尋ねる。
「二号機はいつできる」
元白軍将校が、集めた発動機部品を数えている。
「一基目の部品はある」
軍将校が言う。
「また左右で違う型か」
元ドイツ技師は、小屋の奥から叫んだ。
「今度は揃える!」
「揃うのか」
「揃えると言っている!」
実業家は壁へ、新しい注文表を貼った。
軍からの依頼。
郵便庁からの依頼。
病院からの依頼。
地方自治体からの依頼。
そして前線からの、二号機製造要請。
最初の一機は、正式にはまだ民間郵便機だった。
だが前線では、既に誰もそう扱っていなかった。
郵便を運ぶ。
命令を運ぶ。
負傷者を運ぶ。
部隊と部隊を繋ぐ。
その一機が飛ばなければ、戦線の一部が黙る。
三日だけ貸したはずの機体は、軍が返したくても返せない航空機になりつつあった。
そして前線の兵士たちは、狼の印を見つけるたびに叫ぶようになった。
「郵便屋が来たぞ!」
その呼び名には、郵便以外のあらゆる期待が含まれていた。