WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――民間航空機近代化協力制度・第一号適用記録
一九三〇年

対象機。

地方航空会社所属、Tur民間輸送型一機。

申請内容。

発動機架点検。
主翼付け根疲労検査。
燃料配管更新。
客室床板交換。
操縦索調整。
主降着装置交換。

主降着装置交換については、新型双発軍用機Bizon仮称機向け技術の実用試験を兼ねるものとする。

軍技術部は改修費用の一部を負担し、使用部材に対する税を軽減する。

航空会社は飛行記録、整備記録および故障報告を提出する。

試験終了後、交換した主降着装置は返却を要しない。

航空会社代表は最後の項目を三度確認した後、署名した。


第80話 整備ついでに飛ばせ

そのTurは、壊れてはいなかった。

 

少なくとも、飛べなくなるほどには。

 

地方都市と農村を結び、郵便袋を運び、医者を運び、患者を運び、時には鶏籠まで運んだ。

 

民間へ移ってから七年。

 

外板には何度も補修した跡があり、客室床には荷箱を引きずった傷が残っていた。

 

左右の発動機は交換歴が異なる。

 

窓も一枚だけ色が違った。

 

機体番号より、航空会社の整備員が付けた呼び名の方が通りがよかった。

 

「古靴です」

 

航空会社の整備主任が言った。

 

元ドイツ軍技術者は機体を見上げた。

 

「飛ぶのか」

 

「毎日」

 

「なら古くない」

 

「新しくもありません」

 

「ちょうどよい」

 

若い軍技術者が書類を確認した。

 

「新型降着装置の実飛行試験には、機体状態のよいものを使うべきです」

 

整備主任が彼を見た。

 

「状態はよい」

 

「七年飛んでいます」

 

「七年整備しています」

 

「新品とは違います」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「改修するTurは、すべて新品ではない」

 

「ですが最初の試験です」

 

「古い機体へ付けて壊れなければ、新しい機体なら余裕がある」

 

「試験方法として乱暴です」

 

元白軍将校が古靴の車輪を蹴った。

 

「飛んでいるなら問題ない」

 

整備主任が即座に言った。

 

「蹴らないでください」

 

「強度を見た」

 

「音で分かるわけがないでしょう」

 

「分かる」

 

「分かりません」

 

ポーランド軍将校は、航空会社代表へ尋ねた。

 

「本当にこの機体を試験へ出してよいのか」

 

代表は費用表を見ていた。

 

「重整備の予定でした」

 

「新しい脚になります」

 

「聞いています」

 

「試験飛行も行います」

 

「聞いています」

 

「多少、運航復帰が遅れます」

 

代表は費用表から顔を上げた。

 

「軍が改修費を持つ」

 

「一部だ」

 

「部材税が軽くなる」

 

「そうだ」

 

「燃料費も試験分は補助される」

 

「規定範囲内でだ」

 

「事故時の補償もある」

 

「原因が試験装置にある場合だ」

 

代表は頷いた。

 

「では、まあ安いしいいでしょう」

 

若い軍技術者が言った。

 

「新技術です」

 

「安い新技術なのでしょう」

 

「安全性の評価がまだ終わっていません」

 

「そのために飛ばすのでしょう」

 

「そうですが」

 

「なら飛ばしてください」

 

地方航空会社が国家技術開発へ参加した瞬間としては、驚くほど軽かった。

 

古靴は重整備区画へ入れられた。

 

発動機が降ろされる。

 

外板が外される。

 

燃料配管が抜かれる。

 

主翼付け根が露出する。

 

従来の固定脚も取り外された。

 

整備主任は、床に並べられた部品を見た。

 

「まだ使えます」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「保管します」

 

「予備部品としてですか」

 

「売却可能部品としてです」

 

ポーランド軍将校が振り向いた。

 

「試験前から旧部品を売るな」

 

「試験後です」

 

「失敗したら戻す必要がある」

 

「その場合は売りません」

 

元白軍将校が従来脚を持ち上げた。

 

「荷車に使える」

 

「航空機部品を荷車へ使うな」

 

「車輪は車輪だ」

 

「戻せ!」

 

新しい脚を収めるため、発動機ナセル後部が切り開かれた。

 

強化隔壁が追加される。

 

主翼主桁との接合部が補強される。

 

脚庫を避けるように燃料タンクが二分された。

 

前側タンク。

 

後側タンク。

 

両者をつなぐ配管には遮断弁が付いた。

 

整備主任は内部を覗いた。

 

「整備箇所が増えました」

 

元ドイツ軍技術者が答えた。

 

「燃料漏れが一か所で全部へ回らなくなった」

 

「点検口も増えます」

 

「手が届く」

 

「泥も入ります」

 

「洗える」

 

「洗う手間が増えます」

 

ユダヤ人実業家が横から言った。

 

「軍の補助で洗浄設備を追加できます」

 

ポーランド軍将校が尋ねた。

 

「なぜ洗浄設備まで軍が持つ」

 

「新技術協力に必要です」

 

「民間工場の設備ではないか」

 

「軍用Turもいずれ使います」

 

ポーランド軍将校は黙った。

 

その言葉が、後に正しかったからである。

 

新しい主脚は、古靴のナセルへ完全には隠れなかった。

 

脚柱は収まった。

 

折り畳み支柱も収まった。

 

発条も空気式圧縮制動器も収まった。

 

ただし、発動機ほどの幅を持つ大径車輪だけは、下面が外へ見えている。

 

航空会社代表は完成途中の機体を見た。

 

「丸見えですね」

 

元ドイツ軍技術者が答えた。

 

「一部だ」

 

「かなり見えています」

 

「固定脚より少ない」

 

「速くなりますか」

 

「従来よりは」

 

「どれほど」

 

「測る」

 

「燃料は減りますか」

 

「脚が軽くなる分と、補強が増える分がある」

 

「つまり」

 

「測る」

 

代表は少し考えた。

 

「泥へは強くなる」

 

「強くなる」

 

「脚が出なければ」

 

「車輪が先に当たる」

 

「壊れたら」

 

「固定が外れれば勝手に出る」

 

代表は眉を寄せた。

 

「それは壊れたのですか、直ったのですか」

 

元白軍将校が答えた。

 

「降りる時なら直った」

 

代表は若い軍技術者を見た。

 

若い軍技術者は目を逸らした。

 

改修には予定より四日多くかかった。

 

主な理由は、左ナセル内部の配管が図面どおりではなかったことである。

 

整備主任は言った。

 

「七年前の修理です」

 

元ドイツ軍技術者は尋ねた。

 

「誰がした」

 

「当時の整備員です」

 

「記録は」

 

「あります」

 

記録には、

 

凍結損傷により燃料管変更。現地材料を使用。

 

とだけ書かれていた。

 

元ドイツ軍技術者は配管を見た。

 

「真っすぐではない」

 

「飛んでいます」

 

「継ぎ手が違う」

 

「漏れていません」

 

「固定金具が鍋の取っ手だ」

 

整備主任は黙った。

 

元白軍将校が覗き込んだ。

 

「よくできている」

 

「褒めるな」

 

「七年持った」

 

「だから困る」

 

結局、その配管は正式な部品へ交換された。

 

外された鍋の取っ手は、整備工場の壁へ飾られた。

 

下には小さな札が付いた。

 

七年間、燃料管を支えた。

 

若い軍技術者は外すよう求めた。

 

誰も聞かなかった。

 

地上試験は、飛行場ではなく工場脇の草地から始まった。

 

古靴は発動機を始動した。

 

左右で少し音が違う。

 

航空会社の操縦士は、それを気にしなかった。

 

「いつもどおりです」

 

若い軍技術者が尋ねた。

 

「違う音がしています」

 

「左右で製造年が違います」

 

「問題は」

 

「同じ音になった時の方が怖い」

 

操縦士は地方路線を十一年飛んでいた。

 

Turに乗り始めてからは七年。

 

冬の山間路線を六度越え、牧草地、凍結路面、ぬかるんだ河原へ何度も降りている。

 

試験飛行士ではない。

 

だが、Turが嫌がる地面を誰より知っていた。

 

若い軍技術者が言った。

 

「試験飛行経験はありませんね」

 

操縦士は答えた。

 

「この脚は試験飛行場だけで使うのか」

 

「違います」

 

「なら私でよい」

 

元ドイツ軍技術者は頷いた。

 

「この男でよい」

 

最初は低速走行。

 

太い低圧タイヤは草地へ浅く沈んだ。

 

従来より転がり抵抗は大きい。

 

しかし小さな穴へ入っても、車輪は落ち込みきらなかった。

 

次に中速。

 

左右へ振る。

 

片輪を板の段差へ乗せる。

 

片側だけ柔らかくした地面へ入れる。

 

主脚は揺れた。

 

荷重はナセル後部から主翼へ流れた。

 

折り畳み支柱は展開位置を保った。

 

航空会社の整備主任は、試験後に脚庫を覗いた。

 

「草が入っています」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「取れ」

 

「泥ならもっと入ります」

 

「洗え」

 

「洗浄設備が必要です」

 

ユダヤ人実業家が帳簿へ書いた。

 

ポーランド軍将校は横から見た。

 

「何を書いた」

 

「洗浄設備」

 

「書くな」

 

「必要です」

 

「軍用Turにも使うと言うのだろう」

 

「はい」

 

「先に言うな」

 

初飛行の日。

 

古靴は草地の端へ置かれた。

 

軍技術者。

 

WILKの設計者。

 

航空会社の整備員。

 

新工場の作業員。

 

近くの農家。

 

なぜか学校の生徒まで見に来ていた。

 

元独立運動家が柵を増やした。

 

元白軍将校は、また内側にいた。

 

ポーランド軍将校が尋ねた。

 

「なぜ入っている」

 

「飛ぶところを見る」

 

「昨日も同じことを言ったな」

 

「昨日は走っただけだ」

 

「今日は何も触るな」

 

「触らない」

 

「蹴るな」

 

「蹴らない」

 

「工具を持つな」

 

元白軍将校は、背中へ隠していた金槌を整備員へ渡した。

 

航空会社の操縦士が乗り込む。

 

同乗するのはWILKの試験技師一人。

 

客室には計測器。

 

床には脚庫を覗くための点検窓。

 

操縦士は窓を見た。

 

「曇りませんか」

 

試験技師が答えた。

 

「曇り止めを塗りました」

 

「外側は」

 

「拭けません」

 

「なら曇りますね」

 

発動機が回る。

 

古靴は走り出した。

 

太い車輪が草を倒す。

 

速度は従来脚より少し遅れて上がった。

 

だが機首が浮く。

 

主翼が地面を離れる。

 

古靴は飛んだ。

 

地上で元白軍将校が言った。

 

「飛んだ」

 

若い軍技術者が記録した。

 

離陸成功。

 

ポーランド軍将校が横から言った。

 

「見れば分かる」

 

「記録です」

 

最初の課題は収納だった。

 

高度を取り、速度を規定値へ落とす。

 

操縦士が格納操作を行う。

 

油圧が主脚を後方へ引く。

 

展開方向へ押していた発条が縮む。

 

空気式圧縮制動器の逆止弁が開き、収納時の抵抗を減らす。

 

右脚が上がる。

 

左脚が途中で止まった。

 

操縦士が言った。

 

「左が残った」

 

試験技師が点検窓を見る。

 

「支柱は折れています。車輪が半分下です」

 

無線で地上へ伝える。

 

若い軍技術者が即座に言った。

 

「油圧不足です」

 

元ドイツ軍技術者は計器を見た。

 

「圧力は足りている」

 

「では発条が強すぎる」

 

「右は上がった」

 

元白軍将校が無線機へ近づいた。

 

「左へ傾けろ」

 

ポーランド軍将校が彼を引き離した。

 

「お前は話すな!」

 

空中では操縦士が少し速度を落とした。

 

左脚へ当たる気流が弱くなる。

 

再び格納操作。

 

今度は車輪がゆっくり上がった。

 

脚柱がナセルへ収まる。

 

収納固定具が噛み合う。

 

「左、収納」

 

試験技師が報告した。

 

操縦士は言った。

 

「速度が速すぎたな」

 

地上で若い軍技術者が反論した。

 

「規定速度内です」

 

元ドイツ軍技術者が答えた。

 

「規定を変える」

 

「構造変更ではなく?」

 

「流量弁も変える」

 

「両方ですか」

 

「試験だからな」

 

若い技術者は少し嬉しそうだった。

 

ようやく正しい問題が出た。

 

脚を収納した古靴は、従来より速く飛んだ。

 

完全密閉ではないため、理論上の最高速度には届かない。

 

しかし固定脚より抵抗は少ない。

 

操縦士は水平飛行を続けた。

 

「振動はない」

 

試験技師が記録する。

 

「車輪露出部の音は」

 

「少し鳴る」

 

「大きいですか」

 

「雨樋ほどではない」

 

地上では誰も比較基準を理解できなかった。

 

続いて展開試験。

 

操縦士がレバーを下ろす。

 

収納固定具が外れる。

 

発条が支柱を押し開く。

 

右主脚が前下方へ振り出される。

 

空気式圧縮制動器が速度を抑える。

 

ガンッ。

 

右脚固定。

 

一秒遅れて左脚。

 

ガンッ。

 

機体が二度揺れた。

 

操縦士は舵を当てる。

 

「少し機首が下がる」

 

試験技師が記録した。

 

「操縦困難は」

 

「ない」

 

「同時展開なら」

 

「一度に大きく揺れるだろう」

 

地上へ報告。

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「左右に時差を入れる」

 

若い軍技術者が頷いた。

 

「流量弁で調整できます」

 

元白軍将校が言った。

 

「同時の方が早い」

 

全員が無視した。

 

二度目の飛行では、右主脚収納固定具の強制解除試験が行われた。

 

被弾で固定具を失った状態を再現する。

 

高度を取る。

 

速度を落とす。

 

操縦士が試験用の赤いレバーへ手を掛けた。

 

「本当に引くのか」

 

試験技師が答えた。

 

「そのためのレバーです」

 

「赤いレバーは普通、引くなと書いてある」

 

「今回は引いてください」

 

「事故調査でそう言ってくれ」

 

レバーが引かれた。

 

右脚の収納固定具が外れる。

 

発条が働く。

 

空気筒が速度を抑える。

 

右主脚だけが前方へ下りた。

 

機体が右へ引かれる。

 

速度が落ちる。

 

操縦士は左へ舵を当てた。

 

「飛べる」

 

試験技師が尋ねた。

 

「真っすぐですか」

 

「こちらが頑張れば」

 

「操縦負担は」

 

「増える」

 

「帰投可能ですか」

 

「左脚も出せば楽になる」

 

左脚を通常展開。

 

古靴は脚下げ状態で旋回した。

 

そして草地へ着陸した。

 

太い車輪が地面へ触れる。

 

少し跳ねる。

 

沈む。

 

だが穴へ突き刺さらない。

 

左右の主脚が荷重を翼へ流す。

 

古靴は草を巻き上げながら走り、止まった。

 

地上へ降りた操縦士に、元白軍将校が言った。

 

「片脚でも飛べた」

 

操縦士は答えた。

 

「飛べたが、真っすぐ飛ばすのは私だ」

 

「目的地へ着けば同じだ」

 

「操縦する側には違う」

 

若い軍技術者は記録した。

 

片側主脚自動展開時、操縦継続可能。

反対側主脚展開後、操縦性は改善。

速やかな帰投を推奨。

 

元白軍将校が覗き込んだ。

 

「撃たれたら帰れ、と書けば短い」

 

「軍の報告書です」

 

「意味は同じだ」

 

最後の試験は、実際の地方路線だった。

 

試験場で何度飛んでも、日常運航の泥、荷物、乗客、横風、急な行先変更までは再現できない。

 

航空会社代表は言った。

 

「試験が終わったなら返してください」

 

若い軍技術者が答えた。

 

「まだ耐久試験が」

 

「運航しながら行えばよいのでしょう」

 

「そうですが」

 

「郵便が待っています」

 

翌朝、古靴は通常便へ戻った。

 

郵便袋。

 

薬箱。

 

交換部品。

 

乗客三人。

 

鶏籠一つ。

 

若い軍技術者も記録員として乗せられた。

 

「鶏は必要ですか」

 

航空会社の整備主任が答えた。

 

「運賃を払っています」

 

「試験飛行です」

 

「定期便です」

 

「軍の技術記録を取ります」

 

「鶏も乗ります」

 

古靴は地方飛行場を離陸した。

 

途中で雨が降った。

 

着陸予定地はぬかるんでいた。

 

若い軍技術者は窓から地面を見た。

 

「別の飛行場へ向かうべきでは」

 

操縦士が答えた。

 

「郵便の宛先はここだ」

 

「地面が悪い」

 

「いつも悪い」

 

「新しい脚の試験だからと無理をする必要は」

 

「新しい脚がなければ、もっと無理をしていた」

 

古靴は降下した。

 

太い車輪が泥へ触れる。

 

泥水が左右へ跳ねた。

 

脚庫へ草と泥が入る。

 

機体は少し蛇行した。

 

だが沈み込まずに止まった。

 

乗客が降りた。

 

郵便袋が下ろされた。

 

鶏籠も下ろされた。

 

若い軍技術者は主脚へ駆け寄った。

 

「泥が入っています」

 

現地の整備員が答えた。

 

「見れば分かる」

 

「洗浄が必要です」

 

「井戸があります」

 

「高圧の洗浄設備が」

 

「桶があります」

 

主脚は桶の水と箒で洗われた。

 

空気筒の絞り穴に泥がないことを確認。

 

発条支柱へ油を差す。

 

点検口を閉じる。

 

一時間後、古靴は再び離陸した。

 

若い軍技術者は帰路で言った。

 

「専用洗浄設備は必要です」

 

操縦士は答えた。

 

「工場にはな」

 

「地方飛行場にも」

 

「桶で飛んだ」

 

「長期的な整備性が違います」

 

「では報告書へ書け」

 

「書きます」

 

「軍が設備を買ってくれるなら歓迎だ」

 

若い技術者は黙って書いた。

 

三か月後。

 

民間航空会社から提出された記録は、軍技術部の机へ積まれた。

 

飛行回数。

 

着陸回数。

 

泥濘地運用。

 

凍結地運用。

 

片側収納遅延。

 

発条点検。

 

空気式圧縮制動器の弁清掃。

 

タイヤ摩耗。

 

燃料消費。

 

最高速度。

 

整備時間。

 

一度、収納固定具に異物が噛んだ。

 

脚は収納できなかった。

 

そのまま脚下げ状態で運航拠点へ戻った。

 

一度、右脚の収納表示灯が故障した。

 

点検窓で確認した。

 

一度、空気筒の絞り穴へ泥が入った。

 

展開が遅くなった。

 

整備員が針金で清掃した。

 

重大事故はなかった。

 

航空会社代表の総評は短かった。

 

従来脚より整備項目は増えた。

ただし未整地での運航中止は減った。

改修費が補助されるなら、他機も交換したい。

 

軍技術部は、その最後の一文を重視した。

 

ユダヤ人実業家は、それより先に写しを取っていた。

 

ポーランド軍将校は会議室で命令書を読んだ。

 

「軍用Turの主脚更新を開始する」

 

若い軍技術者が頷いた。

 

「全機改修ですか」

 

「予算が出ない」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「全機改修とは書きません」

 

「では何と書く」

 

「重整備時標準更新項目」

 

「結果は同じではないか」

 

「今年の予算では違います」

 

元独立運動家が尋ねた。

 

「軍のTurは何機から始める」

 

「次に重整備へ入る六機だ」

 

「その次は」

 

「翌期の整備機」

 

「何年で全部変わる」

 

ポーランド軍将校は計算した。

 

「三年から四年」

 

元白軍将校が言った。

 

「全機交換だな」

 

「違う!」

 

「三年後には全部変わる」

 

「重整備時に順次更新する!」

 

「結果は同じだ」

 

ポーランド軍将校は、机を叩かなかった。

 

民間航空会社も軍も、同じことを言っていたからである。

 

軍用Tur向けには、民間型からいくつか変更が加えられた。

 

左右独立の強制展開レバー。

 

大型の手動ポンプ。

 

収納固定具周辺の小型防弾板。

 

泥落とし用点検口。

 

空気式圧縮制動器の凍結防止覆い。

 

脚下げ飛行時の速度標識。

 

胴体着陸後に固定ピンを切断するための工具。

 

牽引用金具。

 

基本部品は民間型と共通だった。

 

最初の軍用Turが重整備区画へ入った。

 

古い脚が外される。

 

翼付け根が補強される。

 

新しい脚が入る。

 

二機目。

 

三機目。

 

四機目。

 

五機目。

 

六機目。

 

誰も「Tur全機の降着装置刷新」とは呼ばなかった。

 

書類上は、すべて通常の重整備だった。

 

Bizonは、まだ一度も飛んでいなかった。

 

機体骨組みは工場内にあり、装甲配置を巡って軍技術者たちが争っていた。

 

爆弾倉の床は、貨物用レールを付けるかどうかで再び止まっていた。

 

四門の十一ミリ機銃は、配置模型のままだった。

 

しかしBizonのために作られた脚は、先に民間Turへ取り付けられた。

 

郵便を運んだ。

 

患者を運んだ。

 

鶏を運んだ。

 

泥へ降りた。

 

片脚だけ勝手に開いた。

 

桶の水で洗われた。

 

その記録を受けて、軍用Turも順番に脚を履き替え始めた。

 

新型機の部品は、新型機より先に量産へ入った。

 

翌年、軍技術部はWILKへ通知した。

 

Tur主降着装置更新部品について、追加発注を行う。

なお、本件は新規装備調達ではなく、既存装備維持費として処理する。

 

ユダヤ人実業家は通知を読んだ。

 

「追加受注です」

 

ポーランド軍将校は答えた。

 

「全機交換ではない」

 

「もちろんです」

 

「重整備時の更新だ」

 

「そのとおりです」

 

「三年後には旧式脚がほとんど残らない」

 

「結果としては」

 

ポーランド軍将校は睨んだ。

 

ユダヤ人実業家は微笑んだ。

 

工場の外では、古靴が次の地方便へ向けて発動機を回していた。

 

新しい脚は格納されている。

 

車輪だけは、相変わらず少し丸見えだった。

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