一九三一年
対象。
軍用Turのうち、定期重整備へ入る機体。
更新内容。
旧式固定脚撤去。
主翼付け根補強。
発動機ナセル後部改修。
発条補助式前方展開主脚装着。
空気式圧縮制動器装着。
大径低圧タイヤ装着。
非常展開装置追加。
牽引金具追加。
更新は新規装備調達ではなく、既存機維持費として処理する。
必要部品は、既存のWILK社工場において製造可能と判断する。
最後の一文について、WILK社から訂正要求が提出された。
既存工場でも製造は可能である。
ただし、必要数を必要時期までに製造できるとは限らない。
陸軍航空部は回答した。
生産能力を拡大されたい。
WILK社は再度照会した。
どの程度か。
陸軍航空部は回答した。
必要な程度である。
その結果、工場が一つ増えることになった。
少なくとも、最初の書類にはそう書かれていた。
軍用Tur六機が、整備工場の前へ並んだ。
どの機体も飛べた。
一機は郵便輸送から戻ったばかりだった。
一機は観測員教育に使われていた。
一機は患者輸送用の担架固定具を積んでいた。
一機は片側の発動機だけ新しかった。
残る二機は、どちらも主脚を修理した記録があった。
元ドイツ軍技術者は記録簿を見た。
「修理方法が違う」
軍の整備主任が答えた。
「修理した部隊が違います」
「部品も違う」
「現地にあったものを使っています」
「左は正規品だ」
「はい」
「右は荷車の板ばねだ」
「三年持っています」
元白軍将校がしゃがみ込み、右脚を叩いた。
「よい板ばねだ」
「航空機の脚だ」
「脚として働いている」
「だから交換する!」
ポーランド軍将校が声を上げた。
元白軍将校は立ち上がった。
「まだ使える」
「新型脚へ更新する」
「古い脚はどうする」
ユダヤ人実業家が答えた。
「状態のよいものは予備部品として整理します」
「状態の悪いものは」
「鋼材として戻します」
「荷車には」
「使いません」
元白軍将校は、誰にも聞こえない声で、
「使えるのに」
と言った。
全員に聞こえていた。
最初の一機が整備棟へ入れられた。
旧脚が外される。
ナセル後部の外板が剥がされる。
主翼付け根が露出する。
補強材を当てる。
新しい隔壁を組む。
脚庫を作る。
燃料配管を避ける。
発条支柱を入れる。
空気筒を付ける。
大径車輪を収める。
収まりきらない。
下面から車輪が見える。
軍の整備主任は見上げた。
「民間型と同じですね」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「基本部品は共通だ」
「防弾板が増えています」
「軍用だからな」
「手動ポンプも大きい」
「被弾後に使う」
「重い」
「帰れる」
「洗浄用の点検口も増えています」
「泥が入る」
「なら最初から密閉すれば」
「車輪が大きい」
「小さくすれば」
「牧場で沈む」
軍の整備主任は、それ以上聞かなかった。
Turの脚について質問すると、最後は必ず牧場へ戻ることを理解し始めていた。
六機分の部品を並べた時、問題が出た。
主脚柱は作れた。
支柱も作れた。
空気筒も作れた。
収納固定具も作れた。
しかし発条が足りなかった。
元ドイツ軍技術者は在庫表を見た。
「なぜ足りない」
工場長が答えた。
「Bizon試作分があります」
「Tur用を先に作れ」
「そのTur用を民間会社も注文しています」
「何機だ」
「現在八機です」
ポーランド軍将校が振り向いた。
「八機?」
ユダヤ人実業家が帳簿を開いた。
「最初の会社が記録を公表しました」
「軍の試験記録をか」
「会社側の運航記録です」
「なぜ公表した」
「地方路線が止まりにくくなったと宣伝しています」
「それで八機か」
「今朝、二社から追加照会がありました」
「何機分だ」
「まだ決まっていません」
元白軍将校が言った。
「全部変えればよい」
ポーランド軍将校が睨んだ。
「発条が足りないと言っている!」
元白軍将校は在庫表を見た。
「作ればよい」
工場長が答えた。
「今の設備では、一日に二本です」
「何本要る」
元ドイツ軍技術者が数えた。
左右一組。
予備。
試験用。
破壊試験用。
民間改修分。
軍用改修分。
Bizon試作分。
数え終わる前に、ユダヤ人実業家が言った。
「工場が要りますね」
ポーランド軍将校は即座に答えた。
「発条を作る場所を増やせばよい」
「はい」
「工場一つで足りるな」
「発条だけなら」
その言い方をした時点で、足りないことは明らかだった。
発条工場の候補地として、閉鎖された農機具工場が選ばれた。
大恐慌前までは、鋤、刈取機、荷車用ばね、播種機の部品を作っていた。
注文が減り、半年前に操業を止めた。
門は閉じていた。
窓の一部は割れていた。
中には大型の炉と、古い巻き取り機が残っていた。
所有者は工場の入口で待っていた。
五十を過ぎた男だった。
帽子を手に持ち、何度も折っていた。
「設備は古いです」
元ドイツ軍技術者は炉を見た。
「動くか」
「修理すれば」
「職人は」
「半分は町に残っています」
「残りは」
「仕事を探して出ました」
元独立運動家が尋ねた。
「戻るか」
所有者は答えなかった。
代わりに、工場の奥を見た。
そこには完成しなかった農機具の骨組みが並んでいた。
ユダヤ人実業家が言った。
「工場ごと買います」
所有者は顔を上げた。
「土地もですか」
「必要です」
「従業員は」
「希望者を再雇用します」
「管理者は」
「残ってください」
所有者はしばらく黙った。
「航空機の部品を作ったことはありません」
元ドイツ軍技術者が古い板ばねを手に取った。
「これは作ったか」
「はい」
「折れたことは」
「あります」
「なぜ折れた」
「熱処理、材料、表面傷、過荷重。いろいろです」
「なら発条を作れる」
若い軍技術者が口を挟んだ。
「航空機用は要求精度が違います」
所有者は彼を見た。
「違うなら教えてください」
若い技術者は少し詰まった。
元ドイツ軍技術者が言った。
「教える。作るのはお前たちだ」
所有者は、まだ閉じたままの工場を見た。
「いつからです」
ユダヤ人実業家が答えた。
「炉が動けばすぐに」
「契約は」
「今日中に草案を作ります」
「早すぎませんか」
元独立運動家が言った。
「仕事がなくなる時は、もっと早かった」
所有者は帽子を握ったまま、ゆっくり頷いた。
発条工場だけでは終わらなかった。
空気式圧縮制動器には、筒とピストンが要る。
絞り弁が要る。
逆止弁が要る。
安全弁が要る。
破断板が要る。
気密用の革またはゴム製の環が要る。
従来の航空工場でも作れた。
ただし数を作れば、他の部品生産が止まる。
そこで、廃業しかけていた自動車修理工場が候補になった。
その工場はトラック用の空気制動器と圧縮機を扱っていた。
工場主は図面を見た。
「車輪のブレーキですか」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「脚が開く速度を抑える」
「飛行機の車輪へ付ける」
「車軸近くの支柱へ付ける」
「空気を溜める」
「逃がす」
「止めるのではなく?」
「遅くする」
工場主は図面を裏返した。
「止めない制動器ですか」
「止まれば脚が出ない」
「出なければ」
元白軍将校が答えた。
「腹で降りる」
「それは困る」
「だから止めない」
工場主は頷いた。
自動車修理工場は、三日後にWILKの関連工場となった。
大径低圧タイヤは、さらに面倒だった。
既存の航空機用タイヤでは幅が足りない。
農業用車輪では速度に耐えない。
トラック用では直径と重量が合わない。
ゴム工場の技術者は、試作品を前に腕を組んだ。
「航空機用としては太すぎます」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「牧草地用だ」
「農業用としては高速すぎます」
「離陸する」
「トラック用としては軽すぎます」
「飛ぶ」
「何のタイヤを作ればいいのです」
元白軍将校が言った。
「飛ぶ荷車だ」
誰も否定できなかった。
最初の試作品は重すぎた。
二つ目は側壁が弱かった。
三つ目は高速走行で熱を持った。
四つ目は寒冷試験で硬くなった。
五つ目は空気圧を下げすぎるとリムから外れた。
六つ目で、ようやく条件を満たした。
ゴム工場の技術者は言った。
「これを何と呼びますか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「Tur・Bizon共通低圧航空タイヤ」
「共通ではありません。寸法が違います」
「構造が共通です」
「種類は二つです」
「販売上は系列です」
ポーランド軍将校が口を挟んだ。
「軍需品に販売上も何もあるか」
ユダヤ人実業家は民間会社からの注文書を示した。
「あります」
軍用部品の名称は、その日のうちに商品名となった。
部品を作る場所は揃った。
次に、組み立てる場所が足りなくなった。
既存の整備棟では、Tur六機が並んだだけで通路が消えた。
民間Tur二機が到着した時、屋外で待たされた。
その翌日、さらに一機来た。
航空会社の操縦士は、屋外に並ぶ軍用Turを見て言った。
「戦争ですか」
整備員が答えた。
「脚です」
「どこが違う」
「まだ付いていません」
「では同じでは」
「帰る時には違います」
雨が降った。
民間Turの会社代表は、機体が濡れるのを見た。
「整備予約を取ったはずですが」
工場長が頭を下げた。
「場所がありません」
「軍用機を先に入れている」
ポーランド軍将校が答えた。
「軍の更新計画だ」
会社代表は契約書を出した。
「こちらも軍の新技術協力制度です」
ポーランド軍将校は契約書を読んだ。
確かに軍の印があった。
「なぜ民間機にも軍の印がある」
ユダヤ人実業家が答えた。
「試験記録を提出するためです」
「では軍用機と民間機のどちらが優先だ」
「予約順です」
「軍が後なのか」
「この一機については」
会社代表が言った。
「うちは三週間前に申し込みました」
ポーランド軍将校は整備棟を見た。
Turが六機。
翼が重なるほど並んでいる。
「整備棟を増やせ」
ユダヤ人実業家は帳簿へ書いた。
「はい」
「一棟だ」
「まずは」
「まずは?」
「改修待機用の格納庫も要ります」
「屋外では駄目か」
会社代表が濡れる機体を指した。
ポーランド軍将校は黙った。
整備棟が一つ増えた。
改修待機用格納庫も一つ増えた。
完成機の受け渡し場も必要になった。
古い脚と新しい脚を分けて置く倉庫も必要になった。
発条は温度と湿気を管理して保管する必要があった。
空気筒の革製気密環は乾燥させすぎても、湿らせすぎてもよくなかった。
タイヤは油脂から離して置く必要があった。
破断板は薄く、他の板材と混ぜると見分けがつかなかった。
元白軍将校が一枚を手に取った。
「これが壊れる板か」
若い軍技術者が奪い返した。
「触らないでください」
「薄い」
「規定圧力で破れるように作っています」
「厚くすれば丈夫だ」
「破れなくなります」
「丈夫なのに悪いのか」
「脚が出なくなります」
「なら薄くしろ」
「最初から薄いです!」
破断板専用の保管箱が作られた。
箱には大きく、
薄いが正常。補強するな。
と書かれた。
その下に別の筆跡で、
曲がっていたので叩いて直した。
と書かれた。
若い軍技術者は、誰が書いたか聞かなかった。
聞く必要がなかった。
新しい脚は、取り付けるだけでは済まない。
整備員が構造を理解しなければならない。
収納固定具。
発条支柱。
空気式圧縮制動器。
絞り穴。
逆止弁。
安全弁。
破断板。
左右独立展開。
手動ポンプ。
脚下げ飛行制限。
胴体着陸後の固定ピン切断。
一つでも知らなければ、壊れていないものを壊す。
ある軍部隊では、最初に届いた改修済みTurの整備員が、空気筒の絞り穴を油で塞いだ。
「漏れだと思った」
と報告した。
脚は展開途中で止まった。
安全弁が開いた。
脚は出た。
事故にはならなかった。
元ドイツ軍技術者は報告書を読んだ。
「教育が要る」
ポーランド軍将校が答えた。
「説明書を配った」
「読んでいない」
「読ませろ」
「読んでも触らなければ覚えない」
「では整備講習を開け」
ユダヤ人実業家が言った。
「講習棟が要ります」
ポーランド軍将校は振り向いた。
「工場の話だったはずだ」
「工場で作ったものを使うためです」
「既存の教室を使え」
元独立運動家が答えた。
「学校は子供で埋まっている」
「夜に使え」
「夜は工員の読み書き教室です」
「会議室は」
「軍技術者が使っています」
若い軍技術者たちは、机の上に十六冊の資料を積んでいた。
ポーランド軍将校は見た。
「半分空けろ」
「Bizonの装甲配置会議があります」
「では一室増やせ!」
ユダヤ人実業家が帳簿へ書いた。
ポーランド軍将校は気づいた。
「今のは取り消す」
「もう設計担当へ回しました」
「早い!」
整備講習は一週間だった。
一日目。
主脚構造。
二日目。
通常格納および展開。
三日目。
手動操作。
四日目。
空気式圧縮制動器。
五日目。
泥濘および凍結後の点検。
六日目。
被弾損傷と強制展開。
七日目。
胴体着陸機の回収。
民間整備員と軍整備兵が同じ教室へ入った。
最初は互いに距離を取っていた。
軍整備兵は民間側を、規定を守らない者たちだと思っていた。
民間整備員は軍側を、書類がなければ螺子一本締められない者たちだと思っていた。
四日目には、同じ空気筒を分解していた。
五日目には、どの泥が最も絞り穴へ詰まりやすいか議論していた。
六日目には、収納固定具をどう壊せば翼を傷めずに済むかを、互いの経験から話していた。
七日目。
胴体着陸を模した訓練機で、歪んだ固定ピンを切断する。
発条が脚を開こうとする。
空気筒が速度を抑える。
主脚がゆっくり立つ。
軍整備兵が言った。
「本当に立つな」
民間整備員が答えた。
「古靴で一度やった」
「胴体着陸したのか」
「整備中に固定を外した」
「なぜ」
「確認したかった」
「許可は」
「あとで取った」
軍整備兵は顔をしかめた。
その日の午後、同じことをした。
講師は二人まとめて叱った。
講習棟の隣には、洗浄場が作られた。
最初は屋根付きの水場だけだった。
だが冬季に水が凍った。
温水配管が追加された。
泥を流す排水溝が詰まった。
沈殿槽が追加された。
油が混ざった。
分離槽が追加された。
整備員が泥だらけになった。
更衣室が追加された。
濡れた作業服を乾かす場所が必要になった。
乾燥室が追加された。
作業後に体を洗いたいという声が出た。
浴場が追加された。
ポーランド軍将校は完成図を見た。
「なぜ脚の洗浄場に浴場がある」
元独立運動家が答えた。
「脚を洗う人間も泥をかぶる」
「工員用浴場は既にある」
「新工場から遠い」
「歩け」
「冬もですか」
ユダヤ人実業家が言った。
「風邪で欠勤される方が高くつきます」
ポーランド軍将校は図面を置いた。
「小さくしろ」
「浴槽をですか」
「建物をだ!」
完成した浴場は、予定より少し小さかった。
利用者は予定より多かった。
工場の周辺では、再び求人の列ができた。
閉鎖された農機具工場の元職人。
自動車修理工。
ゴム加工職人。
鉄道車両の発条を作っていた者。
時計工。
革職人。
鍛冶屋。
荷車職人。
仕事を失った若者。
戦争で片脚を失った元整備兵。
WILKの採用担当者は、最初に職歴を聞いた。
次に、何が壊れた時に直したことがあるかを聞いた。
最後に、家族がいるかを聞いた。
元独立運動家は名簿を見た。
「独身寮が足りない」
ユダヤ人実業家が答えた。
「住宅棟を増やします」
「家族持ちも多い」
「家族住宅も」
「子供は」
「学校を増築します」
ポーランド軍将校が会議室へ入ってきた。
「何を増やす」
二人は同時に答えた。
「必要なものです」
「具体的に言え!」
住宅。
独身寮。
食堂。
診療所分室。
保育室。
学校増築。
購買所。
浴場。
洗濯場。
ポーランド軍将校は数えた。
「脚の工場はどれだ」
ユダヤ人実業家が図面中央を指した。
「ここです」
「一つしかない」
「はい」
「周囲に九棟ある」
「工場を稼働させるために必要です」
「また会計上は一工場か」
「今回は三工場です」
「増えた!」
発条工場。
空気筒工場。
脚組立・改修工場。
その周囲に十一の付属施設。
前回より正直だった。
新しい生産区画は、次第に町のようになった。
朝。
発条工場の炉へ火が入る。
農機具職人だった者たちが、航空機用鋼材を加熱する。
巻く。
冷ます。
焼き戻す。
検査する。
一本ずつ荷重を掛ける。
基準を外れたものは、航空機用から外される。
元白軍将校が不合格品を見た。
「荷車には使える」
工場長が答えた。
「使えます」
「捨てるな」
「農機具工場へ回します」
元白軍将校は満足した。
一方、空気筒工場では、自動車修理工だった者たちが細い絞り穴を加工する。
穴が大きすぎれば脚が勢いよく出る。
小さすぎれば途中で止まる。
一つずつ空気を送り、時間を測る。
革職人は気密環を作る。
ゴム部門は寒冷地用の環を試す。
時計工は小さな逆止弁を組む。
鉄道職人は安全弁の発条を調整する。
誰も、自分が航空機工場へ入るとは思っていなかった。
だが作っているものは、それまでの仕事と完全に無関係ではなかった。
発条。
筒。
弁。
車輪。
革。
鋼。
壊れず、動き、止まりすぎず、必要な時に壊れるもの。
WILKは新しい技術を作っていた。
同時に、失業した古い技術を拾い集めていた。
最初の量産用主脚一組が完成した。
Tur用だった。
組立工場の中央に立てられる。
収納固定具を外す。
発条が支柱を押し開く。
空気筒が動きを抑える。
車輪が前下方へ降りる。
ガンッ。
左右の脚が立った。
工員たちが拍手した。
ポーランド軍将校は言った。
「一組できただけだ」
工場長が答えた。
「昨日まで一組もありませんでした」
「明日から何組作れる」
「週二組」
「少ない」
「発条の熱処理炉が一基です」
「増やせ」
ユダヤ人実業家が帳簿へ書いた。
ポーランド軍将校は彼を見た。
「今のは必要だ」
「はい」
「余計なものは増やすな」
「炉だけですね」
「炉だけだ」
翌週、炉が一基増えた。
炉を動かす工員も増えた。
工員の休憩所が狭くなった。
休憩所が増えた。
ポーランド軍将校は気づかなかった。
気づいた時には完成していた。
Tur用脚の生産が軌道へ乗ると、工場の奥で別の組立が始まった。
Bizon用主脚。
同じ思想。
同じ発条。
同じ空気式圧縮制動器。
同じ破断板。
同じオーバーセンター支柱。
ただし、すべてが大きかった。
主脚柱は人の胴ほど太い。
車輪は子供なら中へ入れそうな幅がある。
発条は四人で運んだ。
空気筒は、民間Tur用の倍近い。
収納固定具だけは、主脚の大きさに比べて妙に小さかった。
若い軍技術者が言った。
「やはり細すぎませんか」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「主構造より先に壊す」
「Bizonは重い」
「だから先に壊す」
「飛行中に外れれば、巨大な脚が展開します」
「空気筒が抑える」
「空気筒が壊れていれば」
「勢いよく出る」
「翼への衝撃が」
「試験する」
「何でも試験で済ませないでください」
元白軍将校がBizon用車輪へ手を置いた。
「よい車輪だ」
ポーランド軍将校が尋ねた。
「何がよい」
「大きい」
「感想が子供だ!」
四人がかりで車輪を運ぶ。
六人で主脚柱を支える。
発条支柱を取り付ける。
空気筒を接続する。
安全弁を確認する。
破断板を入れる。
収納固定具を掛ける。
試験台へ吊るす。
元ドイツ軍技術者が合図した。
固定具が外れる。
重い車輪が動く。
発条が支柱を開く。
空気が絞り穴を通る音がした。
巨大な脚が、ゆっくり前下方へ振り出される。
最後に支柱が死点を越えた。
ガンッ。
床が震えた。
工場内の工具が鳴った。
誰も拍手しなかった。
音が大きすぎた。
若い軍技術者が脚を見上げた。
Tur用では大きく見えた構造が、Bizon用になると橋脚に見えた。
「これは本当に航空機の部品ですか」
元白軍将校が答えた。
「飛ぶ前は、ただの車輪だ」
「脚柱もあります」
「なら荷車よりよい」
ポーランド軍将校は訂正を諦めた。
その日の夕方。
Bizonの組立棟へ、完成した主脚一組が運ばれた。
機体骨組みは、まだ台座の上にあった。
胴体。
主翼中央部。
左右の発動機ナセル。
爆弾倉。
貨物床用レール。
装甲板の仮配置。
四門の十一ミリ機銃を収める予定の空間。
軍技術者たちは、装甲と重量を巡ってまだ争っていた。
そこへ巨大な車輪が入ってきた。
会議が止まった。
装甲担当者が尋ねた。
「何ですか、それは」
若い降着装置技術者が答えた。
「主脚です」
「大きすぎませんか」
「牧場へ降ります」
「装甲機が?」
「飛行場が破壊された後に」
「誰がそんな要求を」
ポーランド軍将校が机の上の要求書を指した。
九番。
未整地飛行場からの運用。
装甲担当者は黙った。
元ドイツ軍技術者は、Bizonのナセル後部を指した。
「ここへ入れる」
「燃料タンクがあります」
「二つに分ける」
「容量が減ります」
「翼内にも入れる」
「被弾面積が増えます」
「区画を分ける」
「重量が増えます」
「帰れる」
装甲担当者は、まだ何か言おうとした。
元白軍将校が車輪を叩いた。
「腹で降りても、これが先に当たる」
「最初から腹で降りる話をするな!」
会議室ではなく、組立棟が騒がしくなった。
Bizonの設計は、再び動き始めた。
陸軍航空部が求めたのは、Tur用主脚の追加生産だった。
WILKが作ったものは、
発条工場。
空気筒工場。
脚組立工場。
整備棟。
待機格納庫。
部品倉庫。
洗浄場。
沈殿槽。
分離槽。
乾燥室。
浴場。
講習棟。
住宅。
独身寮。
食堂。
保育室。
学校増築。
そして、Bizon用主脚一組だった。
ポーランド軍将校は、完成した生産区画の報告書を読んだ。
最初の申請書には、
Tur主脚更新部品の生産能力拡大
と書かれている。
完成報告書には、
WILK東部降着装置生産・整備・教育区画
と書かれていた。
「工場を一つ増やせと言ったはずだ」
ユダヤ人実業家が答えた。
「工場は三つです」
「訂正するな!」
「生産能力は要求を満たします」
「周囲の建物は」
「付属施設です」
「浴場もか」
「整備員が使います」
「学校は」
「工員の子供が使います」
「食堂は」
「全員が使います」
「酒は売るな」
「購買所で少量だけ」
「なぜ既にある!」
元独立運動家が窓の外を見た。
夕方の汽笛が鳴った。
工員たちが工場から出てくる。
かつて農機具を作っていた者。
自動車を修理していた者。
鉄道の発条を巻いていた者。
革を縫っていた者。
仕事を失い、町を離れようとしていた者。
その家族。
学校から帰る子供。
浴場へ向かう整備兵。
講習を終えた民間整備員。
彼らの横を、改修を終えた軍用Turが牽引されていく。
新しい主脚は格納されていた。
車輪だけが、下面から少し見えていた。
元独立運動家が言った。
「工場を作ったのではない」
ポーランド軍将校が警戒した。
「では何を作った」
「脚が壊れた機体を帰す場所だ」
元白軍将校が続けた。
「仕事を失った者も帰ってきた」
ユダヤ人実業家は帳簿を閉じた。
「では、採算を合わせましょう」
ポーランド軍将校は外を見た。
工場区画の向こう。
Bizonの組立棟では、巨大な主脚が機体骨組みの下へ運び込まれていた。
新型機はまだ飛ばない。
だが飛ぶための工場はできた。
着陸するための脚もできた。
壊れた後に立ち上がる仕組みもできた。
残る問題は、
そのすべてを載せた機体が、本当に地面を離れるかどうかだった。