WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK航空製作所・試作二号機仕様調整会議議事録
一九二〇年

出席者

ポーランド陸軍航空部代表。
郵便庁代表。
地方病院代表。
県行政局代表。
WILK航空製作所共同経営者五名。

各組織から提示された優先要求は以下の通り。

陸軍:軍用郵便、命令書、無線機材、負傷兵輸送。
郵便庁:郵便物三百キログラム以上、定時運航、積卸時間短縮。
病院:担架二床、医師一名、医薬品保冷箱、機内照明。
行政局:役人四名、書類棚、暖房、筆記机。

製造側は、すべてを一機で満たすことは困難であると説明した。

これに対し各組織は、

「他の要求を減らせばよい」

と回答した。

誰の要求を減らすかについて、合意には至っていない。


第9話 二号機は誰のものだ

一号機は戻ってこなかった。

 

 電報だけが戻ってきた。

 

右脚損傷。現地修理済み。

 

左主翼被弾。布張替えを要す。

 

右発動機、油圧低下。予備部品求む。

 

負傷兵搬送、本日六名。

 

飛行継続可能。

 

 軍将校は最後の一行を指で叩いた。

 

「可能ではない」

 

 小屋の中では、二号機の骨組みが組まれ始めていた。

 

 一号機より少し長い胴体。

 

 一号機より太い主翼桁。

 

 一号機より丈夫な脚。

 

 全体として、一号機より少し大きい。

 

「飛行継続可能と書いてある」

 

 実業家が答えた。

 

「油圧低下、主翼被弾、脚損傷だぞ」

 

「すべて現地修理済みです」

 

「修理済みと正常は違う!」

 

 元白軍将校が、二号機用の車輪を転がしてきた。

 

「前線では飛べれば正常だ」

 

「その基準を持ち込むな」

 

 元ドイツ帝国軍技師が車輪を見る。

 

「それは左右で型が違う」

 

「径は同じだ」

 

「幅が違う」

 

「太い方を右へ付ける」

 

「なぜ」

 

「一号機は右脚を壊した」

 

「二号機まで同じ場所を壊す前提にするな!」

 

 元独立運動家は、壁の注文表へ新しい紙を貼った。

 

 軍から二号機の製造要請。

 

 郵便庁から定期便用航空機の増産要請。

 

 病院から患者輸送機の相談。

 

 地方行政局から人員輸送機の照会。

 

 実業家はその紙を見ていた。

 

「一機では足りません」

 

 軍将校が即答する。

 

「当然だ」

 

「四機必要です」

 

「さらに当然だ」

 

「四機分の発動機はありません」

 

「それも当然だ!」

 

 元白軍将校が木箱を開ける。

 

「三基分ある」

 

 軍将校は中を見る。

 

「完全な発動機は何基だ」

 

「ゼロ」

 

「三基分とは言わん!」

 

「三基の始まりではある」

 

「その数え方をやめろ!」

 

 元ドイツ技師が部品を確認する。

 

「使えるシリンダーは八本」

 

「何本必要だ」

 

「発動機二基で十二本」

 

「足りないではないか」

 

「別型を含めれば十五本ある」

 

「混ぜるな」

 

「混ぜない」

 

 白軍将校が首を傾げる。

 

「なぜだ」

 

「発動機内部を別型部品で組むな!」

 

「削れば入る」

 

「入ることを基準にするな!」

 

     ◇

 

 その日の昼前。

 

 軍、郵便庁、病院、行政局から代表者が同時に到着した。

 

 偶然ではない。

 

 実業家が同じ日に呼んだ。

 

「一度に決めた方が早いと思いまして」

 

 軍将校は小屋の外に並ぶ馬車を見た。

 

「一度に揉めるだけだ」

 

「一度で済みます」

 

「済むと思うか」

 

「帳簿上は」

 

「現実の話をしろ」

 

 最初に入ってきたのは、陸軍航空部の大尉だった。

 

 若く、背が高く、前線から戻ったばかりらしく軍服の袖に泥が残っている。

 

「一号機と同じものを、もう一機ほしい」

 

 大尉はそう言った。

 

「同じものでよいのですか」

 

 実業家が尋ねる。

 

「できれば丈夫に」

 

「同じではありませんね」

 

「発動機は同じ型にしてくれ」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「こちらもそうしたい」

 

「では頼む」

 

「同じ型がない」

 

「探せ」

 

「探している」

 

「軍倉庫にないか」

 

「お前たちの倉庫から集めている!」

 

 次に郵便庁の役人が入ってきた。

 

 以前、試験飛行へ同行した眼鏡の男だった。

 

 彼は二号機の骨組みを見る。

 

「一号機より大きいですね」

 

「少しだけです」

 

 実業家が答える。

 

「郵便物を三百キログラム積めますか」

 

 軍将校が顔を上げる。

 

「二百ではなかったか」

 

「需要が増えました」

 

「まだ数便しか飛んでいない!」

 

「数便すべて満載です」

 

「だからといって百増やすな!」

 

 郵便庁役人は書類を広げた。

 

「積卸時間を短縮するため、貨物扉を両側へ」

 

 元ドイツ技師が眉をひそめる。

 

「胴体強度が落ちる」

 

「補強してください」

 

「重量が増える」

 

「郵便積載量を減らさずに」

 

「不可能だ」

 

「他の設備を減らせばよいでしょう」

 

「どれを」

 

「患者用設備など」

 

 その言葉と同時に、病院代表が入ってきた。

 

 白髪混じりの医師だった。

 

「患者用設備を減らされては困ります」

 

 郵便庁役人が振り返る。

 

「聞いておられたのですか」

 

「扉の外まで聞こえました」

 

「押しても開かなかったでしょう」

 

 元独立運動家が言う。

 

「引きました」

 

 医師は一号機の患者搬送記録を机へ置いた。

 

「これまでに十二名が運ばれ、九名が生存しています」

 

 小屋が静かになった。

 

「馬車では間に合わなかった者が多い」

 

 医師は二号機の胴体を見る。

 

「担架を二床」

 

 軍将校が咳払いする。

 

「二床」

 

「一床では足りません」

 

「それは分かるが」

 

「医師または看護人一名の座席」

 

「補助席は一つしかない」

 

「増やしてください」

 

「郵便庁が積載量を増やせと言っている」

 

「郵便を減らせばよい」

 

 郵便庁役人が反論する。

 

「郵便には行政文書も含まれます」

 

「患者の命より?」

 

「国家機能も止められません」

 

「人が死ねば国家機能どころではない」

 

「命令書が届かなければ兵士が死にます」

 

 陸軍大尉が割って入った。

 

「だから軍用郵便を優先すべきだ」

 

「一般郵便も必要です」

 

「病院輸送もです」

 

 三人が同時に話し始めた。

 

 軍将校は実業家を見る。

 

「一度で済むと言ったな」

 

「意見は一度に集まりました」

 

「まとめるのは誰だ」

 

「我々です」

 

「最悪ではないか」

 

     ◇

 

 最後に行政局の代表が入ってきた。

 

 立派な外套を着た中年の男だった。

 

「役人四名を運べるようにしてほしい」

 

 全員が彼を見た。

 

「四名?」

 

 軍将校が聞き返す。

 

「地方庁間の移動に使いたい」

 

 元独立運動家が尋ねる。

 

「何をする役人だ」

 

「監査官、技師、統計官、書記官など」

 

「一度に四人必要か」

 

「現地調査なら」

 

 元白軍将校が言う。

 

「二人ずつ運べ」

 

「時間が倍かかる」

 

「歩けばもっとかかる」

 

「航空機を使う意味が薄れる」

 

 実業家は行政局代表へ尋ねる。

 

「四名分の運賃をお支払いいただけますか」

 

「公用価格で」

 

「正規価格の?」

 

「半額程度を想定している」

 

「二人ずつ列車で行ってください」

 

「話が違う!」

 

「支払い条件の話です」

 

 行政局代表は図面へ近づく。

 

「機内で書類を確認できる机もほしい」

 

「既に航法机がある」

 

 軍将校が答える。

 

「小さい」

 

「飛行機だぞ」

 

「行政文書を広げられない」

 

「飛行中に仕事をするな」

 

「時間を有効活用したい」

 

 元ドイツ技師が首を振る。

 

「揺れる」

 

「固定してください」

 

「人間をか」

 

「机をです」

 

「机を固定しても書類が飛ぶ」

 

「書類留めを」

 

「重量が増える」

 

 行政局代表はすぐに答えた。

 

「郵便を減らせばよい」

 

 郵便庁役人が立ち上がった。

 

「なぜ皆、郵便を減らそうとするのです!」

 

     ◇

 

 会議は、小屋の中では収まらなくなった。

 

 全員で外へ出る。

 

 二号機の骨組みを囲み、それぞれ必要な場所を指さす。

 

 陸軍大尉は主翼下を指した。

 

「無線機材を吊れる金具を」

 

 軍将校が即座に止める。

 

「武装ではないだろうな」

 

「無線機材だ」

 

「本当に?」

 

「場合によっては弾薬箱も」

 

「駄目だ!」

 

「前線では必要だ」

 

「一号機で勝手に郵便袋を吊っただけでも問題なのだ!」

 

「便利だった」

 

「便利を理由に増やすな!」

 

 郵便庁役人は貨物扉を指す。

 

「両側開き」

 

 医師は胴体後部を指す。

 

「担架を真っすぐ入れられる幅」

 

 行政局代表は客室予定部を指す。

 

「窓を大きく」

 

「なぜ」

 

「外が見えないと酔う」

 

 軍将校が言う。

 

「役人は酔わないのか」

 

「酔います」

 

「なら乗るな」

 

「公務です」

 

「馬車でも酔うだろう」

 

「馬車より短時間です」

 

「そこだけ正しいのが腹立たしい」

 

 元独立運動家は、一枚の木板を持ってきた。

 

「一度、中へ入ってみろ」

 

 二号機の胴体はまだ骨組みだけ。

 

 床板も仮設。

 

 そこへ椅子代わりの木箱を並べた。

 

 前に操縦士。

 

 その後ろに航法員。

 

 さらに担架二床。

 

 役人四名。

 

 郵便袋。

 

 医薬品箱。

 

 無線機材箱。

 

 全員が実際に配置される。

 

 入らなかった。

 

「狭い」

 

 行政局代表が言う。

 

「分かっていた」

 

 軍将校が答える。

 

「郵便袋が邪魔です」

 

「人間が多いのです」

 

 郵便庁役人が反論する。

 

「担架を縦にすれば」

 

 陸軍大尉が言った。

 

 医師が睨む。

 

「患者を立てるのですか」

 

「負傷の程度による」

 

「負傷兵を荷物扱いするな」

 

「前線では横にできないこともある」

 

「だからこそ横にできる機体を作るのです」

 

 元白軍将校が骨組みの外から見ている。

 

「胴体を伸ばせ」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「重量が増える」

 

「翼も広げろ」

 

「さらに重量が増える」

 

「発動機を強くする」

 

「その発動機がない!」

 

「探せ」

 

「お前まで軍と同じことを言うな!」

 

 実業家は、全員が詰め込まれた骨組みを眺めていた。

 

「写真を撮れれば宣伝になりますね」

 

 軍将校が振り返る。

 

「何の宣伝だ」

 

「多用途性です」

 

「飛んでいない!」

 

「地上では全員入りました」

 

「入っていない! はみ出している!」

 

 行政局代表の片足が胴体の外へ出ていた。

 

     ◇

 

 昼食は会議参加者全員へ出された。

 

 じゃがいも。

 

 黒パン。

 

 塩。

 

 少量のチーズ。

 

 郵便庁役人がパンを見た。

 

「会社の会議食ですか」

 

「今日は豪華です」

 

 実業家が答える。

 

「普段はじゃがいもだけです」

 

 陸軍大尉は気にせず食べた。

 

 前線帰りなので、温かい食事であれば十分らしい。

 

 医師はチーズを見た。

 

「保存状態がよいですね」

 

「航空便で試験輸送しました」

 

「乳製品も運んでいるのですか」

 

 軍将校が答える。

 

「勝手に増えた」

 

 行政局代表が尋ねる。

 

「冷やして運べるのですか」

 

「現在は短時間輸送のみです」

 

 実業家が言う。

 

「保冷箱があれば、より遠くへ運べます」

 

 医師が顔を上げる。

 

「医薬品にも使える」

 

 郵便庁役人も言う。

 

「夏季の特別郵便にも」

 

 陸軍大尉が続ける。

 

「血液や医療資材にも使えるか」

 

 元独立運動家は、じゃがいもを食べながら頷いた。

 

「必要になるな」

 

 軍将校は嫌な予感がした。

 

「何を考えている」

 

 医師が答える。

 

「保冷室です」

 

「飛行機に?」

 

「小さな物でよい」

 

「冷却方法は」

 

「氷」

 

 実業家が即座に帳簿へ書く。

 

「断熱箱、氷冷式」

 

「書くな!」

 

「需要があります」

 

「また重量が増える!」

 

 元ドイツ技師は、少し考えていた。

 

「貨物室の一部を二重壁にする」

 

「対応するな!」

 

「医薬品用なら必要だ」

 

「まだ決まっていない!」

 

「決めるための会議だろう」

 

 軍将校は、返す言葉を失った。

 

     ◇

 

 午後の会議では、仕様を整理することになった。

 

 実業家が黒板代わりの木板へ項目を書く。

 

「絶対に必要な物だけを挙げてください」

 

 陸軍大尉が言う。

 

「双発」

 

 郵便庁役人。

 

「郵便三百キログラム」

 

 医師。

 

「担架二床」

 

 行政局代表。

 

「乗客四名」

 

 元ドイツ技師。

 

「同型発動機二基」

 

 元白軍将校。

 

「大車輪」

 

 元独立運動家。

 

「不整地運用」

 

 軍将校。

 

「要求を減らせ」

 

 実業家は最後だけ書かなかった。

 

「他には」

 

 陸軍大尉が続ける。

 

「無線機材搭載」

 

 郵便庁役人。

 

「両側貨物扉」

 

 医師。

 

「医薬品保冷箱」

 

 行政局代表。

 

「暖房」

 

 軍将校が振り返る。

 

「暖房?」

 

「冬の飛行は寒い」

 

「操縦士も寒い!」

 

「だから機体全体に」

 

 ドイツ技師が答える。

 

「発動機の排熱を利用できる可能性はある」

 

「お前まで暖房を認めるのか!」

 

「計器の凍結防止にもなる」

 

「なら必要だ」

 

 白軍将校が言う。

 

「人間のためではないのか」

 

「両方だ」

 

 実業家が書き加える。

 

「暖房、計器凍結防止兼用」

 

 軍将校は木板を見た。

 

 項目は既に二十を超えている。

 

「絶対に必要な物だけではなかったか」

 

「皆さん絶対に必要だと」

 

「全員、自分の要求だけを絶対と言っている!」

 

 医師が静かに言った。

 

「人命に関わります」

 

 陸軍大尉も言う。

 

「戦況に関わる」

 

 郵便庁役人も。

 

「国家運営に関わります」

 

 行政局代表も。

 

「行政効率に関わる」

 

 軍将校は最後の男を見る。

 

「行政効率だけ少し弱くないか」

 

「国家運営です」

 

「郵便庁と重なっている!」

 

     ◇

 

 元独立運動家が、木板の中央へ線を引いた。

 

「全部載せる必要はない」

 

 全員が彼を見る。

 

「機体は同じでも、中身を変えればよい」

 

 元ドイツ技師が眉を上げた。

 

「内装を交換式にする?」

 

「郵便の日は郵便袋」

 

「患者の日は担架」

 

「役人の日は椅子」

 

「軍の日は機材」

 

 元白軍将校が頷いた。

 

「床の固定具を共通にする」

 

 技師はすぐ紙を取った。

 

「座席、担架、貨物枠を同じ取付点へ固定する」

 

「取り外しに時間は?」

 

 郵便庁役人が尋ねる。

 

「工具なしで外せる構造にすれば短縮できる」

 

「安全性は」

 

 医師が聞く。

 

「固定確認用の印を付ける」

 

 陸軍大尉が言う。

 

「前線でも換装できるか」

 

「訓練済みの整備員がいれば」

 

「兵士でもできるように」

 

「整備員を置け!」

 

 軍将校が叫んだ。

 

 実業家は木板へ大きく書く。

 

交換式機内設備

 

 その下に、

 

郵便型

患者輸送型

人員輸送型

軍用連絡型

 

「これなら一種類の機体を、複数の用途へ販売できます」

 

「一機を奪い合う未来しか見えん」

 

 軍将校が言う。

 

「複数機を買っていただきます」

 

 実業家は各代表者を見る。

 

「それぞれ一機ずつ」

 

 四人の代表者は同時に目を逸らした。

 

「予算が」

 

「まず試験結果を」

 

「軍の支払いは戦後に」

 

「共同購入という形なら」

 

 実業家の笑顔が消えた。

 

「一機を四組織で共同購入?」

 

 郵便庁役人が頷く。

 

「運航日を分ける」

 

 医師も。

 

「緊急時は病院優先」

 

 陸軍大尉が言う。

 

「戦時は軍優先」

 

 行政局代表も。

 

「公務時は行政優先」

 

 軍将校が呟く。

 

「毎日緊急になるぞ」

 

     ◇

 

 会議の終盤。

 

 二号機の基本仕様が決まった。

 

 双発。

 

 不整地運用。

 

 大車輪。

 

 交換式発動機架。

 

 左右共通取付部。

 

 平坦な貨物床。

 

 共通固定金具。

 

 交換式座席。

 

 担架二床対応。

 

 郵便三百キログラム搭載可能。

 

 医薬品用断熱箱。

 

 航法机。

 

 大型貨物扉。

 

 暖房用排熱管。

 

 そして将来的な無線機搭載余地。

 

 軍将校は仕様書を読み終えた。

 

「一号機より大きくなった」

 

「要求が増えました」

 

 技師が答える。

 

「重くなった」

 

「構造を見直す」

 

「高くなった」

 

「複数用途で回収します」

 

 実業家が答える。

 

「完成が遅れる」

 

「早く作る」

 

 独立運動家が言う。

 

「発動機がない」

 

「探す」

 

 白軍将校が言う。

 

「全部、解決していない!」

 

 四組織の代表者たちは、完成前の二号機を囲んだ。

 

 陸軍大尉は前線での活躍を想像する。

 

 郵便庁役人は定期航空路を想像する。

 

 医師は患者が助かる未来を見る。

 

 行政局代表は、雪道を通らず県庁へ行けることを考えていた。

 

 同じ機体を見ながら、全員が別の物を見ていた。

 

「名称は」

 

 郵便庁役人が尋ねた。

 

 実業家は答える。

 

「WILK二号機」

 

「型式名は?」

 

 元ドイツ技師が言う。

 

「まだ決めていない」

 

 元独立運動家が骨組みを見上げる。

 

「何でも運ぶ」

 

 軍将校が嫌な顔をした。

 

「それを名前にするな」

 

 白軍将校が言う。

 

「荷車」

 

「飛行機だぞ」

 

「空飛ぶ荷車」

 

「郵便馬車から進歩していない!」

 

 行政局代表が提案する。

 

「万能行政輸送機」

 

 全員が即座に否定した。

 

     ◇

 

 会議が終わり、代表者たちは帰っていった。

 

 軍将校は机に残された仕様書を見る。

 

「結局、誰の機体なのだ」

 

 実業家が答える。

 

「購入代金を払った者のものです」

 

「まだ誰も払っていない」

 

「では我々のものです」

 

「軍が持っていくぞ」

 

「契約を結びます」

 

「郵便庁も使いたがる」

 

「運賃を取ります」

 

「病院は緊急だと言う」

 

「可能な限り対応します」

 

「行政局は半額で乗ろうとする」

 

「断ります」

 

「そこだけ強いな」

 

 元ドイツ技師は、二号機の床へ共通固定金具を取り付ける位置を描いていた。

 

 元白軍将校がその隣で、工具なしで外せる留め具を考えている。

 

 元独立運動家は、町の椅子職人へ頼む折り畳み座席の寸法を書いていた。

 

 誰も休んでいない。

 

「一号機を返してもらった方が早くないか」

 

 軍将校が言った。

 

 その時、電報が届いた。

 

WILK一号機、敵進出により前方飛行場から緊急離脱。

 

負傷兵四名、医師一名、軍用郵便を搭載。

 

離陸時に車輪一輪を損傷。

 

目的地到着。

 

現在修理中。

 

飛行継続可能。

 

 軍将校は最後の一行を見た。

 

「だから可能ではない!」

 

 実業家は電報を帳簿へ挟む。

 

「一号機は働いています」

 

「働かされすぎだ」

 

 元独立運動家が言った。

 

「二号機を急ごう」

 

「一号機を休ませるためか」

 

「いや」

 

 元白軍将校が答える。

 

「二機あれば、もっと運べる」

 

 軍将校は天井を見上げた。

 

 誰一人、一号機を休ませる発想を持っていなかった。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 二号機の胴体内部に、最初の共通固定金具が取り付けられた。

 

 座席にもなる。

 

 担架も載せられる。

 

 郵便袋用の枠も固定できる。

 

 無線機材も。

 

 牛乳缶も。

 

 設計思想は先進的だった。

 

 理由は単純だった。

 

 誰も、自分の要求を諦めなかったからである。

 

 会社設立から数か月。

 

 WILK二号機は、完成する前から軍用機、郵便機、救急機、旅客機、貨物機のすべてになることを求められていた。

 

 そして実業家の帳簿には、二号機の製造費の横に、新しい一行が加わっていた。

 

用途別内装一式は別売りとする。

 

 軍将校がそれを見つけた。

 

「同梱ではないのか」

 

「すべて付ければ赤字です」

 

「病院は金がないぞ」

 

「分割払いを認めます」

 

「軍は」

 

「利息付き後払いです」

 

「郵便庁は」

 

「定期契約を条件に割引します」

 

「行政局は」

 

「正規料金です」

 

「恨みでもあるのか」

 

「半額を要求されましたので」

 

 二号機が誰のものになるかは、まだ決まっていなかった。

 

 ただし、付属品だけは既に四組織へ売る予定になっていた。

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