一九三一年
試験機は、夜明け前に基地を出発した。
搭載物は以下の通り。
十一粍航空機銃用弾薬。
七・九二粍航空機銃用弾薬。
模擬爆弾。
医薬品。
糧食。
無線機部品。
偵察用写真機材。
機銃運搬用二輪台車。
交換部品および整備工具。
試験機は未整地飛行場へ着陸し、物資輸送、地上射撃、写真偵察、砲兵観測、模擬爆撃、負傷者収容、現地整備および再出発を実施した。
帰投中、左発動機の油圧低下を確認。
同発動機の出力を制限し、予定飛行場へ帰投した。
試験終了時、機体に搭載されていた物品のうち、出発時と同じ用途で帰還したものは半数以下であった。
製造所側は、
「失われたのではない。使用された」
と説明した。
会計課は、用途を変更した麻袋、板、台車および航空機銃を同一資産として扱うことを拒否した。
夜明け前の格納庫には、緑、赤、黄色の麻袋が積み上げられていた。
緑は弾薬。
赤は医薬品。
黄色は糧食。
袋の口に付いた留め具は、色と形によって中身を細かく分けている。
通常弾は黒い丸。
曳光焼夷弾は赤い三角。
硬目標用は白い四角。
七・九二粍弾薬には、留め具の中央へ一本の切れ込み。
十一粍弾薬には二本。
暗闇でも、泥が付いても、指で触れば分かる。
ポーランド軍将校は試験要領を読み上げた。
「目的地へ物資を輸送する」
元独立運動家が緑袋を機内へ放り込んだ。
「積んだ」
「まだ説明中だ」
「次は何だ」
「現地で地上射撃を行う」
元白軍将校が二輪台車を押してきた。
上には十一粍航空機銃が載っている。
「積む」
「待て。次に写真偵察および砲兵観測」
元ドイツ軍技術者が写真機材の箱を持ち込んだ。
「積んだ」
「模擬爆撃」
兵装担当者が模擬爆弾を運んできた。
「積みます」
「負傷者収容」
元独立運動家が担架を二本、機内壁へ固定した。
「積んだ」
「現地整備」
元白軍将校が工具箱を載せた。
「積んだ」
「再出発」
ユダヤ人実業家が帳簿を閉じた。
「必要な物はすべて積みました」
ポーランド軍将校は試験要領を下ろした。
「なぜ説明が終わる前に全部積み終わっている」
元白軍将校が答えた。
「一日で全部やるのだろう」
「順番を確認しろ!」
元独立運動家が貨物室を見回した。
機銃台車。
弾薬。
医薬品。
糧食。
無線機部品。
写真機材。
模擬爆弾。
工具。
担架。
空いている場所はほとんどない。
「順番は飛んでから考える」
「飛ぶ前に考えろ!」
元ドイツ軍技術者は貨物配置表を手にした。
「考えてある」
床には重量と重心位置に応じた区画線が引かれている。
重い十一粍機銃台車は主翼桁に近い中央。
模擬爆弾は下部の投下架。
弾薬袋は左右均等。
担架は後方。
医薬品はすぐ手に取れる壁面。
工具箱は脚と発動機の点検口に近い位置。
「重心は範囲内だ」
元ドイツ軍技術者が言った。
ポーランド軍将校は貨物表と機内を見比べた。
「ぎりぎりではないか」
「範囲内だ」
「あと何を積める」
「人間」
「何人だ」
ユダヤ人実業家が答えた。
「燃料を減らせば増やせます」
「目的地まで飛べなくなるだろう!」
元白軍将校が操縦席を指した。
「操縦士は必要だ」
「それは最初から数えろ!」
Bizonは夜明けとともに滑走を始めた。
重い。
これまでの試験でも何度も重かったが、今日は一日分の仕事を丸ごと腹へ詰め込んでいる。
発動機二基が唸る。
大きな低圧タイヤが草を押し倒す。
尾輪が浮く。
機体はしばらく地面すれすれを走り、ようやく翼へ体重を預けた。
操縦士が速度を維持する。
上昇を急がない。
高度を欲張れば速度を失う。
Bizonは低く、鈍く、それでも確実に離陸した。
ポーランド軍将校は窓の外を見た。
「飛んだ」
元白軍将校が答えた。
「まだ驚くのか」
「今日は特に重い」
「地面へ置いていくよりよい」
貨物室では、緑袋がわずかに揺れている。
縄一本を網目へ通しただけの簡素な袋だが、床や壁の留め具へ結び付けられ、動かない。
元独立運動家が一つの結び目を確認した。
「この縄は短い」
「固定用だ」
ユダヤ人実業家が答えた。
「降ろした後は肩掛けにする」
「結び直せばよい」
「手間だ」
「専用の肩紐を付ければ費用が増えます」
「縄を長くすればよい」
「長い縄は高いです」
ポーランド軍将校が振り返った。
「今、飛行中に縄の長さを決めるな」
元白軍将校が窓の外を見ながら言った。
「長い方が用途は多い」
「お前まで加わるな!」
最初の任務は写真偵察だった。
目的地へ向かう途中、地上に設けられた模擬陣地を撮影する。
Bizonは高度を上げ、指定区域へ入った。
写真担当者が床の撮影窓を開く。
風音が増した。
「目標、前方右」
副操縦士から連絡が来る。
模擬陣地は林の縁に作られていた。
土嚢。
偽装網。
木製の車両。
地面へ引かれた砲列。
写真担当者が機体下方を覗いた。
「もう少し左」
操縦士が緩く旋回する。
「速い」
「これ以上落とすと時間がかかる」
「写真が流れる」
元白軍将校が言った。
「もう一度通ればよい」
ポーランド軍将校が答えた。
「敵地なら撃たれる!」
「今日は撃たれん」
「実戦を想定しろ!」
元ドイツ軍技術者は写真機の取付架を見た。
以前補強した部分は震えているが、像が飛ぶほどではない。
一回目。
広域を撮る。
二回目。
高度を下げ、陣地配置を撮る。
三回目。
無線で地上部隊へ位置を送る。
「林の西端、道路交差部より北へ二百」
無線手が読み上げる。
地上の砲兵観測班から返信が来た。
着弾修正を求む。
模擬砲撃の煙が上がる。
目標から右。
無線手が伝える。
「左へ五十。延伸二十」
二発目。
陣地中央。
元白軍将校が窓から見下ろした。
「当たった」
ポーランド軍将校が言った。
「模擬だ」
「実弾なら壊れた」
「分かっている!」
Bizonは輸送機の腹に物資を積んだまま、偵察機として空を回った。
速くはない。
だが低速でも安定し、写真担当者と無線手が仕事を続けられる。
元ドイツ軍技術者は記録した。
写真撮影時、左旋回が容易。
右旋回では貨物偏りの影響を確認。
袋固定位置再検討。
ユダヤ人実業家が横から覗いた。
「袋の位置を変えるのですか」
「重量を動かす」
「袋の規格は変えないでください」
「飛行試験中だぞ」
「染色工場へ既に発注しました」
元ドイツ軍技術者は手帳を閉じた。
「なぜ試験が終わる前に量産する」
「袋は飛行機ではありません」
「今、飛行機へ積んでいる!」
次は模擬爆撃だった。
目標は古い車体と白線で示された陣地。
Bizonは高度を下げた。
爆撃照準器は複雑なものではない。
速度。
高度。
風向き。
事前に作った簡単な表。
完璧な精密爆撃を狙う機体ではなく、陸軍部隊と行動し、見える目標へ確実に何かを落とすための機体だった。
兵装担当者が投下架を確認する。
「模擬爆弾、四発」
ポーランド軍将校が答える。
「一発ずつ落とせ」
元白軍将校が尋ねた。
「なぜだ」
「投下間隔と機体の変化を見る」
「全部落とせば軽くなる」
「試験だ!」
一発目。
機体がわずかに軽くなる。
爆弾は目標の手前へ落ちた。
二発目。
右へ外れる。
三発目。
白線の内側。
四発目。
古い車体の横へ落ち、土煙を上げた。
元白軍将校が頷いた。
「三発目が当たりだ」
ポーランド軍将校が言った。
「四発撃って一発だ」
「一発あれば壊れる」
「軍は確率を気にする!」
元ドイツ軍技術者は投下後の機体姿勢を記録した。
左右の投下架から交互に落としたため、大きな偏りはない。
非常投棄索も正常。
だが一つの模擬爆弾の留め具が、完全には戻っていなかった。
「ばねが弱い」
兵装担当者が言った。
元独立運動家が答えた。
「強くしろ」
「強くすると搭載時に重くなります」
「棒で押せ」
「飛行中に誰が押すんです!」
元白軍将校が言った。
「後ろの者」
「外です!」
目的地の未整地飛行場へ到着したのは、昼前だった。
前回より地面は乾いている。
牛もいない。
ただし滑走路端に荷馬車が一台止まっていた。
ポーランド軍将校が窓から身を乗り出した。
「なぜ荷馬車がいる!」
地上員が旗を振り、荷馬車を動かす。
荷馬車はゆっくりと滑走路脇へ退いた。
元白軍将校が言った。
「間に合った」
「飛行機が来る前に動かせ!」
「見えたから動いた」
「予定表を送っただろう!」
ユダヤ人実業家が答えた。
「郵便が遅れた可能性があります」
「我々が郵便を運んでいる会社だろう!」
Bizonは大きく一周し、地面の状態を確認した。
草。
轍。
水溜まり。
柵。
家畜。
前回の教訓は手順書になっている。
最初に見えた草地へ降りない。
茶色いから硬いとは限らない。
上空から一度見ただけで決めない。
二度目の進入。
主脚を下ろす。
ばねとダンパーが脚を展開。
左右固定。
接地。
大きなタイヤが土を踏む。
Bizonはわずかに跳ねたが、真っすぐ走り、そのまま停止した。
ポーランド軍将校が息を吐いた。
「今回は何も壊れていない」
元ドイツ軍技術者が立ち上がった。
「まだ見る前だ」
「着陸しただけで点検を始めるな」
「着陸したから見る」
後部斜路が降ろされた。
最初に機銃運搬用二輪台車。
十一粍航空機銃を載せたまま、二人が押し、一人が把手を支える。
台車が地面へ下りる。
折り畳み脚を展開。
車輪止め。
駐鋤を土へ食い込ませる。
緑袋を側面へ掛ける。
黒い丸留め。
通常弾。
二十発の短帯。
現地部隊の下士官が銃把を握った。
ポーランド軍将校が言った。
「五発ずつだ」
元白軍将校が尋ねた。
「二十発ある」
「銃身を冷やす」
「四回撃てる」
「だから五発ずつだ!」
最初の五発。
木製車両の側面へ大きな穴が開く。
二回目。
車輪と車軸を模した部分が砕ける。
三回目。
短い射撃。
給弾が止まった。
兵装担当者が手を上げた。
「停止!」
全員が銃から離れる。
短帯が袋の中でねじれていた。
麻袋の底板がずれ、弾帯の出口へ角度が付いている。
元ドイツ軍技術者が袋を覗いた。
「袋を柔らかくしすぎた」
元独立運動家が答えた。
「板を縫い付けろ」
「洗えなくなる」
「外せる板にしろ」
ユダヤ人実業家が帳簿へ書いた。
「底板用の薄板を追加」
ポーランド軍将校が驚いた。
「試験中に注文するな!」
「必要数を確認しています」
「まだ一袋しか詰まっていない!」
元白軍将校が詰まりを直した。
「残り五発だ」
「撃つな、原因確認が先だ!」
「原因は分かった」
十一粍機銃が最後の五発を吐いた。
木製車両の前部が崩れた。
元白軍将校が言った。
「直った」
ポーランド軍将校は空袋を握りしめた。
「試験要領というものを覚えろ!」
七・九二粍機銃も同じ台車へ載せ替えられた。
十一粍用の上部揺架を外す。
ピン二本。
七・九二粍用受け架を載せる。
再びピン二本。
軽い機銃が固定される。
現地部隊はその作業時間を測った。
十一分。
慣れればもっと早い。
七・九二粍は反動が小さく、台車の脚もほとんど動かない。
短い射撃を繰り返す。
歩兵目標。
低い木柵。
偽装網。
元白軍将校が見た。
「小さい方は扱いやすい」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「専用地上銃架ならさらに扱いやすい」
現地部隊の下士官が言った。
「何台来ますか」
ポーランド軍将校が答える。
「予算次第だ」
「この台車なら」
ユダヤ人実業家が即座に言った。
「専用品一台分で、受け具を含めて複数台作れます」
ポーランド軍将校が彼を見る。
「軍の前で営業するな」
「軍の試験です」
「だからだ!」
下士官は二輪台車を押した。
「こちらをください」
専用品の方が軽い。
専用品の方が低い。
専用品の方が射撃しやすい。
だが、専用品はまだそこになかった。
台車はそこにあった。
航空機銃を運び、地上へ降り、そのまま撃てた。
それで十分な部隊も多かった。
午後。
Bizonには新しい貨物が積まれた。
往路の弾薬と糧食は降ろされている。
帰路には模擬負傷者三名。
故障無線機。
修理を要する小型発電機。
現地で回収された写真乾板。
空になった緑袋。
余った赤い医薬品袋。
そして農産物見本。
ポーランド軍将校が黄色い袋を見た。
「また豆か」
ユダヤ人実業家が答えた。
「今回は乾燥豆と脱脂粉乳です」
「なぜ軍用試験で食料見本を運ぶ」
「海外支社へ送る品質確認用です」
「この機体は軍の試験機だ!」
「帰りの空間は会社のものです」
「いつ決まった!」
元白軍将校が黄色い袋を持ち上げた。
「軽い」
「軽いから積んでよいわけではない!」
元独立運動家は空いた二輪台車へ板を載せた。
その上へ故障無線機と小型発電機を固定する。
ポーランド軍将校が指を差した。
「その板は射撃中どこにあった」
「機体の壁だ」
「最初から荷台になる前提だったのか」
「板だからな」
「板というだけで何にでも使うな!」
模擬負傷者は担架に固定された。
赤い医薬品袋は壁へ吊るす。
縄を引けば、衛生兵が座ったまま手に取れる。
緑袋の一部は畳まれ、負傷者の頭の下へ敷かれた。
ポーランド軍将校が見つけた。
「弾薬袋を枕にするな」
衛生兵が答えた。
「空です」
「元は弾薬袋だ」
「今は枕です」
元白軍将校が頷いた。
「用途が増えた」
「増やすな!」
現地整備のため、離陸前点検が行われた。
右脚。
正常。
左脚。
正常。
燃料。
正常。
右発動機。
正常。
左発動機。
油圧がわずかに低い。
元ドイツ軍技術者が計器を見た。
「始動直後だからかもしれない」
油温が上がる。
油圧は規定値へ近づいたが、右より低い。
配管に目立った漏れはない。
小窓からも油は見えない。
ポーランド軍将校が尋ねた。
「飛べるか」
「飛べる」
「帰れるか」
元ドイツ軍技術者は少し黙った。
「途中で悪化しなければ」
「その答えを軍は嫌う」
元白軍将校が言った。
「正直でよい」
「軍は確実な答えを求める」
「機械に聞け」
元ドイツ軍技術者は手帳へ記した。
左発動機油圧、右比低。
離陸後、五分ごとに確認。
規定以下で出力制限。
急低下時停止。
ポーランド軍将校は試験要領を見た。
総合運用試験。
現地整備。
再出発。
「飛ぶ」
彼が決めた。
「ただし悪化したらすぐ降りる」
元白軍将校が答えた。
「降りる場所は選ぶ」
「最初に見えた草地へ行くな」
元独立運動家が続ける。
「茶色い地面も信用するな」
ユダヤ人実業家が言った。
「板は残す」
ポーランド軍将校は四人を見た。
「なぜ最後だけ板なんだ」
Bizonは再び離陸した。
往路より軽い。
弾薬も模擬爆弾も降ろしている。
しかし負傷者役と修理品、農産物を積み、空荷ではない。
高度三百メートル。
左油圧、低いが安定。
高度六百メートル。
変化なし。
巡航へ移る。
五分。
十分快。
十五分。
左油圧が少し下がった。
元ドイツ軍技術者が操縦席へ身を乗り出す。
「左出力を落とせ」
操縦士が左の絞りを戻した。
右発動機が主に機体を引く。
完全な片発ではない。
左も回っている。
だが左右の出力差で機首が左へ向こうとする。
方向舵を使う。
前回追加された補助タブが働く。
ポーランド軍将校が計器を見た。
「止めるか」
「まだだ」
「悪化している」
「ゆっくりだ。止めれば再始動できない可能性がある」
「最寄りの飛行場は」
副操縦士が地図を広げた。
「前方二十分。右へ十五分。帰投基地まで三十五分」
元白軍将校が言った。
「右へ行け」
ポーランド軍将校が振り返る。
「なぜだ」
「近い」
「前方の方が整備設備がある」
「五分遠い」
元ドイツ軍技術者が判断した。
「右へ行く。油圧が保てば、そのまま基地まで延長する」
「着陸しないのか」
「選択肢を残す」
左油圧は下がった。
それでも急には落ちない。
左発動機の回転をさらに抑える。
Bizonの速度が落ちる。
高度も少しずつ失う。
貨物室では、衛生兵が担架を確認した。
二輪台車は床レールへ固定されたまま。
板の上の故障無線機も動かない。
赤い袋が揺れる。
黄色い袋は床へ縛られている。
元独立運動家が緑の空袋をまとめた。
「捨てるか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「軽すぎて意味がありません」
「なら持って帰る」
「当然です」
元白軍将校が小型発電機を見た。
「重いのはあれだ」
「修理すれば使えます」
「機体が落ちれば使えん」
「まだ落ちていません」
ポーランド軍将校が叫んだ。
「投棄の相談を静かにしろ!」
「聞こえない方がよいのか」
「そういう意味ではない!」
十五分後。
右側の飛行場が見えた。
舗装されてはいない。
だが草は短く、地上員が白布を並べている。
左油圧は規定下限近く。
元ドイツ軍技術者が言った。
「降りる」
ポーランド軍将校が尋ねた。
「基地まで行かないのか」
「行けるかもしれない」
「なら」
「行けることと、行くべきことは違う」
元白軍将校が頷いた。
「よい」
機体は進入へ入った。
脚を下ろす。
左右展開。
固定。
左発動機の出力は低い。
右発動機で姿勢を保つ。
Bizonはゆっくりと地面へ近づいた。
接地。
右。
左。
大きなタイヤが草へ沈む。
まっすぐ走る。
停止。
発動機が切られた。
左発動機ナセルを開けると、油圧管の継ぎ目から薄く油が滲んでいた。
大量ではない。
空中で見えるほどでもない。
だが振動と温度で、少しずつ失われていた。
元ドイツ軍技術者は指で油を拭った。
「締付けが甘い」
現地整備員が工具を持ってきた。
継ぎ目を外す。
座面を確認。
小さな傷。
予備の密封輪へ交換。
締め直す。
油を補充。
発動機始動。
油圧、正常。
作業時間、一時間十七分。
ポーランド軍将校が時計を見た。
「これで基地へ戻れる」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「もう一度点検してからだ」
「今直しただろう」
「直したから見る」
元白軍将校が言った。
「壊れた場所を隠すな」
元ドイツ軍技術者は一瞬だけ彼を見た。
「そうだ」
日没前。
Bizonは三度目の離陸を行った。
今度は左右の発動機が正常に回っている。
帰投基地へ着いた時、空は赤く染まり始めていた。
機体から人と荷物が降ろされる。
模擬負傷者。
衛生兵。
故障無線機。
発電機。
写真乾板。
農産物見本。
空の麻袋。
二輪台車。
切られずに残った板。
ポーランド軍将校は一日分の試験表を確認した。
輸送。
完了。
写真偵察。
完了。
砲兵観測。
完了。
模擬爆撃。
完了。
地上射撃。
完了。
負傷者収容。
完了。
現地整備。
二回。
再出発。
二回。
予定外着陸。
一回。
「一日で全部やった」
元白軍将校が答えた。
「終わったか」
「試験は終わった」
元ドイツ軍技術者が手帳を開く。
「改修が残った」
ポーランド軍将校が顔を上げた。
「まだあるのか」
「弾薬袋の底板」
「油圧管継ぎ目の検査標準」
「左発動機側点検窓の位置」
「写真機架の振動止め」
「模擬爆弾投下留め具のばね」
「貨物配置表の修正」
「方向舵補助タブの目盛り」
元独立運動家が言った。
「台車の板も一枚増やす」
ユダヤ人実業家が続けた。
「麻袋用の縄を少し長くします」
ポーランド軍将校が試験表を丸めた。
「飛行機の改修だけにしろ!」
元白軍将校はBizonを見上げた。
泥。
油。
硝煙。
草。
麻袋の繊維。
一日働いた跡が機体の各所に残っている。
「全部、飛行機に使った」
「麻袋もか」
「飛行機が運んだ」
「台車もか」
「飛行機から降りた」
「豆もか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「飛行機で帰ってきました」
ポーランド軍将校は何も言わなくなった。
翌日。
軍検査官へ総合運用試験の記録が提出された。
飛行性能だけを見れば、Bizonは優秀とは言い難い。
遅い。
上昇が悪い。
現行発動機では片発時に高度を維持できない。
重い。
形も洗練されていない。
だが、輸送した。
撃った。
落とした。
見つけた。
無線で伝えた。
負傷者を積んだ。
故障して降りた。
直した。
また飛んだ。
検査官は報告書を最後まで読んだ。
「この機体は、何なのだ」
ポーランド軍将校は答えようとした。
爆撃機。
偵察機。
輸送機。
陸軍協力機。
救急機。
どれか一つに決めれば、説明は簡単だった。
しかし、どれか一つでは足りない。
元白軍将校が先に答えた。
「必要な時に、必要なことをする飛行機だ」
検査官は彼を見る。
「軍の分類に、その項目はない」
元独立運動家が言った。
「作ればよい」
元ドイツ軍技術者が付け加えた。
「分類を作るより、発動機を強くしてくれ」
ユダヤ人実業家は帳簿を開いた。
「その場合、価格は上がります」
ポーランド軍将校は机へ両手をついた。
「今は発注の話をしている!」
検査官は報告書を閉じた。
「発注数は、予算次第だ」
格納庫が静かになった。
それは不採用ではなかった。
だが大量発注でもなかった。
一九三一年のポーランドに、余裕はなかった。
世界にも、余裕はなくなり始めていた。
検査官は立ち上がった。
「少数を部隊へ送る」
ポーランド軍将校が尋ねた。
「実用試験か」
「違う」
検査官は格納庫の外を見た。
工場の門前には、仕事を求める人々が並んでいた。
以前より長い列だった。
「使うためだ」
Bizonは、完成した。
正確には、完成として扱われることになった。
改修点は残った。
発動機も足りなかった。
袋も詰まった。
油も漏れた。
板の枚数についても決着していなかった。
それでも、部隊は待っていた。
国は、完璧な機体ができるまで待てるほど豊かではなかった。
WILKもまた、飛行機だけを作っていればよい時代ではなくなっていた。
格納庫の中では、最初の量産部品が並び始めていた。
格納庫の外では、職を失った職人たちが門を叩いていた。
一日分の戦争を試した機体の完成は、
一日分の仕事を求める人々が増えた年の終わりと重なった。