一九三一年十二月
航空機部門は、Bizon少数量産のため稼働を継続した。
同月、以下の部門も増産または新設された。
航空機部品用木箱製造。
機銃運搬用二輪台車製造。
麻袋縫製および染色。
牛乳缶製造。
乳製品加工。
製パン。
小型冷蔵設備組立。
農産物集荷。
食品輸送。
修理受付。
航空機部門以外に配置された新規雇用者数は、航空機部門への配置者数を上回った。
軍監督官は、
「航空機製造所としての本業を見失っていないか」
と質問した。
製造所は、
「本業を残すために増やしている」
と回答した。
軍監督官は意味が分からないと記録した。
同記録の余白には、別筆で以下が加えられている。
意味が分かる頃には、工場が止まっている。
筆者は不明。
最初の量産型Bizonは、まだ胴体だけだった。
骨組み。
隔壁。
床。
貨物レール。
操縦席周辺の補強。
発動機も主翼も付いていない胴体が、組立棟の中央に置かれている。
その周囲を、新しく雇われた工員たちが遠巻きに見ていた。
航空機工場へ採用された。
そう聞いて来た。
しかし、初日に渡されたのは飛行機の部品ではなかった。
一人には木箱。
一人には麻袋。
一人には二輪台車の車輪。
一人には牛乳缶の蓋。
ポーランド軍将校は、新規工員の配置表を見た。
「航空機組立希望者が、なぜ乳製品棟へ送られている」
ユダヤ人実業家が答えた。
「前職が製缶工です」
「機体外板を作らせればよい」
元ドイツ軍技術者が首を振った。
「航空機用薄板の加工経験がない」
「なら教えろ」
「教える間に量産が遅れる」
「牛乳缶ならよいのか」
「厚い。形が単純だ。水を入れれば漏れも分かる」
元独立運動家が牛乳缶を持ち上げた。
「練習になる」
ポーランド軍将校が缶を指した。
「牛乳缶で航空機工を育てるのか」
元ドイツ軍技術者は答えた。
「まっすぐ切れない者へ、いきなり翼を作らせるよりよい」
「では、いつ航空機へ移す」
「缶を百個作って、一つも漏らさなくなったらだ」
新規工員の男は、少し離れたところでその会話を聞いていた。
「百個ですか」
元ドイツ軍技術者が振り返る。
「多いか」
男は牛乳缶を見た。
「仕事が百個分あるなら、多くありません」
元ドイツ軍技術者は、それ以上何も言わなかった。
木工棟では、発動機部品用の箱が並んでいた。
以前は家具を作っていた男が、今では一日に十箱を組んでいる。
最初の一箱より飾りは少ない。
角の面取りも最小限。
蓋には艶もない。
その代わり、底板は厚く、把手の根元には補強が入り、釘が抜けにくい角度で打たれている。
元白軍将校が完成品を一つ持ち上げた。
「重い」
家具職人だった男の顔が曇る。
「軽くしますか」
元ドイツ軍技術者が箱を奪った。
「中身を入れろ」
箱の中へ、壊れた発動機のシリンダーが三つ入れられた。
さらに工具。
油の入った小瓶。
蓋を閉める。
元白軍将校がもう一度持ち上げる。
「重い」
「中身が重い」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「箱は」
「必要な重さだ」
家具職人は息を吐いた。
元独立運動家が箱の側面を叩いた。
「これを落とす」
家具職人が顔を上げた。
「落とすのですか」
「運ぶ時に落ちる」
「今からですか」
元白軍将校は箱を腰の高さまで持ち上げた。
「待ってください!」
箱が床へ落ちた。
鈍い音。
蓋は開かない。
底も抜けない。
内部のシリンダーがぶつかる音はしたが、箱の外へは出なかった。
家具職人は慌てて蓋を開けた。
中身を確認する。
異常なし。
元白軍将校が言った。
「よい」
男は箱を撫でた。
「家具なら、落とされた時点で作り直しです」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「これは落とされた後も使う」
「家具より粗いのに」
「家具と違う場所を丁寧にした」
男は、最初に作った美しい箱を思い出した。
磨かれた角。
揃った木目。
隙間のない蓋。
今作っている箱の方が、見た目は劣る。
だが落としても壊れない。
「次は車輪を付けますか」
男が尋ねた。
元独立運動家が即座に答えた。
「付けられるか」
ポーランド軍将校が叫んだ。
「箱へ勝手に車輪を付けるな!」
縫製棟では、緑の麻袋が天井から並んでいた。
濃い緑。
薄い緑。
灰色がかった緑。
元ドイツ軍技術者が決めた範囲には入っている。
完全に同じ色ではない。
だが赤や黄色と見間違えることもない。
仕立屋だった女が袋の口を縫っている。
隣では製粉所の袋縫いが、倍近い速度で側面を閉じていた。
二人は最初の一週間、互いの仕事を嫌っていた。
仕立屋は、縫い目が粗いと言った。
袋縫いは、遅すぎると言った。
今では一枚の袋を途中で渡している。
側面と底は袋縫い。
口元の補強と内張りは仕立屋。
最後に縄を通し、留め具を付ける。
緑の袋が一つ完成した。
元独立運動家が手に取った。
「肩へ掛ける」
縄を長く取る。
肩掛け袋。
縄を短く持つ。
手提げ袋。
左右の網目へ交差して通す。
簡易背嚢。
元白軍将校が背負った。
「肩に食い込む」
仕立屋が言った。
「当て布を付けますか」
ユダヤ人実業家が尋ねる。
「費用は」
「麻布を二枚重ねるだけです」
「全袋へ付ける必要はありません」
元独立運動家が言った。
「なぜだ」
「台車へ載せる袋には要らない」
元ドイツ軍技術者も頷いた。
「肩当てを後付けできるようにしろ」
「専用品ですか」
「布を一枚、縄で留めるだけでよい」
仕立屋は少し考えた。
麻布の端へ二つ穴を開ける。
縄を通す。
肩へ当てる。
元白軍将校がもう一度背負った。
「よい」
ポーランド軍将校が袋を見た。
「まさか、これも正式装備にするのか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「部品としては袋一枚と肩当て一枚です」
「背嚢として登録しろ」
「袋として買った方が安いです」
「軍の装備管理を価格で曲げるな!」
元白軍将校が緑袋を降ろした。
「背負っている時だけ背嚢だ」
「その理屈を会計課へ持ち込むな!」
染色棟の隣では、空になった袋が回収されていた。
赤。
黄色。
緑。
洗えるものは洗う。
破れたものは繕う。
油や泥が深く染み込んだものは切り分ける。
赤い布片は医療箱の目印。
黄色い布片は食料棚の札。
緑の布片は機械覆いの補修や、荷物を縛る当て布。
完全に使えない部分だけが捨てられる。
元白軍将校は、切り分けられた緑布を見た。
「前線では捨てる」
元独立運動家が答えた。
「戻ってくれば使う」
「敵地へ残れば」
「目立たない」
ポーランド軍将校が眉を寄せた。
「本当に痕跡を隠せるのか」
元白軍将校は緑布を床へ落とした。
染色棟の隅。
濡れた木箱。
軍服。
汚れた作業布。
その間へ落ちた袋は、数歩離れるだけで見つけにくくなった。
「赤よりはよい」
ポーランド軍将校は納得しきれない顔で答えた。
「完全ではない」
元白軍将校が言った。
「完全な物があるなら買え」
「ない」
「なら、少し見つかりにくい物を使う」
中小国の装備は、完全だから採用されるとは限らない。
今より少しましであり、
数を揃えられ、
失っても国が傾かない。
それだけで十分なことが多かった。
二輪台車製造棟では、荷馬車職人たちが車輪を作っていた。
試作品より幅広い。
泥へ沈みにくい。
車軸は単純。
軸受は村の鍛冶屋でも外せる。
上部受け具を交換すれば、七・九二粍機銃にも十一粍機銃にも使える。
受け具を外して板を載せれば、ただの荷車になる。
その板には四隅へ穴が開けられた。
縄を通す。
荷物を縛る。
担架を固定する。
必要なら台車の下へ敷き、泥から車輪を出す。
老職人が新しい台車を押した。
「前より軽くはない」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「車輪を太くした」
「押すのは楽だ」
「重量は増えた」
「泥の中で四人要るより、重くても二人で動く方がよい」
ユダヤ人実業家が計算表を見る。
「輸送距離が長ければ、その方が安くなります」
ポーランド軍将校が台車の後部を指した。
「この穴は何だ」
老職人が答えた。
「荷馬車につなぐ」
「人が引く台車だろう」
「馬がいるなら馬に引かせる」
元独立運動家が頷いた。
「よい」
ポーランド軍将校が両手を上げた。
「軍用台車を勝手に農具へ近づけるな!」
老職人は不思議そうに彼を見た。
「元から荷車ですが」
「機銃運搬用だ!」
「機銃も荷です」
元白軍将校が笑った。
ポーランド軍将校は笑わなかった。
だが、その穴を塞げとも言わなかった。
乳製品棟では、牛乳が足りなくなり始めていた。
工員食堂。
学校。
病院。
近隣の商店。
鉄道駅。
海外支社向けのバターとチーズ。
売り先が増えた。
景気が悪くても、人は食べる。
高価な肉を減らしても、パンは要る。
外食を控えても、牛乳は子供へ飲ませたい。
新しい服を買わなくても、食料は買わなければならない。
ただし売れる物も変わっていた。
高級チーズの注文は減った。
小さく分けた安価なチーズが増えた。
バターは大箱より、小さな包みが売れた。
一度に払う金額を減らしたい客が増えている。
食品担当者が見本を机へ並べた。
従来の大きな包み。
半分の包み。
四分の一の包み。
ユダヤ人実業家は価格表を見た。
「小さい方が包装費は増えます」
担当者が答えた。
「大きい方は買ってもらえません」
「中身の単価は上がる」
「それでも、一度に出す金額は下がります」
元白軍将校が小さなチーズを手に取った。
「量が少ない」
ポーランド軍将校が奪った。
「また勝手に食うな」
担当者が別の見本を差し出した。
「味も確認してください」
元白軍将校は受け取った。
「少なくても味は同じだ」
ユダヤ人実業家は小さな包みを見た。
景気が悪くなれば、安い物が売れる。
しかし、ただ価格を下げれば会社が潰れる。
量を小さくする。
包装を簡単にする。
輸送距離を短くする。
余った乳清をパンや飼料へ回す。
捨てる物を減らす。
「小型包装を増やします」
ポーランド軍将校が言った。
「豊かな者向けの商品を減らすのか」
「注文が減っています」
「景気が戻れば」
「また作ります」
元独立運動家が答えた。
「今食う物を作れ」
高級品を捨てたのではない。
今、売れる物へ重点を移した。
それだけだった。
だが、その判断ができずに止まる工場も多かった。
冷蔵設備部門では、航空機用の技術が別の形へ変わっていた。
軽量な配管。
振動へ耐える継ぎ目。
交換しやすい部品。
限られた電力でも動かせる小型圧縮機。
飛行機ほど軽くする必要はない。
しかし農村で使うなら、専門技師が毎回来なくても直せなければならない。
元ドイツ軍技術者は、農村向け冷却機の外板を開いた。
内部には三つの交換単位。
圧縮機。
配管組立。
電動機。
「壊れた部分ごと交換する」
若い技師が言った。
「修理ではないのですか」
「村で分解修理させるな」
「部品を送るのですか」
「壊れた物は戻す。工場で直す」
元独立運動家が尋ねた。
「部品が届くまでどうする」
「予備を一つ置く」
ユダヤ人実業家がすぐに口を挟んだ。
「二つは置けません」
「一つでよい」
「何戸の農家で共有しますか」
「牛乳の集荷所ごとに一つ」
ポーランド軍将校は冷却機を眺めた。
「飛行機の発動機交換と同じことをしていないか」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「機械は壊れる」
「だから交換式にする」
「同じだ」
元白軍将校が言った。
「飛ばない発動機だな」
「冷却機です!」
冷蔵設備部門の若者たちは笑った。
彼らの中には、航空機部門へ入れなかった者もいる。
しかし配管を組み、
継ぎ目を検査し、
振動試験を行い、
交換可能な機械を作っている。
いつか航空機部門に移れる者もいるだろう。
移らず、冷却機を作り続ける者もいる。
どちらでもよかった。
仕事が続くなら。
十二月半ば。
海外支社から手紙が届いた。
フランス。
スウェーデン。
英国。
ベルギー。
航空機の問い合わせは減っていた。
郵便機の更新を延期。
訓練機の購入を翌年度へ繰越し。
軍用機計画の縮小。
予備部品だけ購入。
修理のみ依頼。
その一方で、
冷蔵庫の見積り。
粉乳の注文。
バターの継続契約。
製パン設備の修理。
農産物輸送用木箱。
麻袋。
小型発電機。
注文の内容が変わっていた。
ポーランド軍将校は手紙を並べた。
「海外支社は航空機を売るために作ったはずだ」
ユダヤ人実業家が答えた。
「今も売っています」
「注文がない」
「修理はあります」
「食品の方が多い」
「食品も扱っています」
「いつからだ」
「支社が食べるために送り始めた時からです」
元独立運動家が言った。
「余ったから売った」
「売れたから増やした」
元白軍将校も続けた。
「今は飛行機より食料を欲しがっている」
ポーランド軍将校は地図を見た。
各国の支社。
もとは航空郵便の連絡所。
整備拠点。
部品倉庫。
今では冷蔵倉庫を持ち、食品を扱い、農産物の買い付けまで始めている。
「支社ではなく商店だ」
ユダヤ人実業家が答えた。
「商店は閉じにくいです」
「航空会社の看板を掲げたままか」
「飛行機も扱います」
「牛乳も」
「扱います」
「麻袋も」
「必要なら」
ポーランド軍将校は椅子へ座った。
「世界中で同じことをする気か」
元白軍将校が答えた。
「世界中で人は食う」
十二月二十八日。
一年最後の幹部会議が開かれた。
机上には、翌年の見込みが並んでいる。
Bizon少数量産。
Tur整備契約。
郵便機修理。
軍用部品。
機銃台車。
麻袋。
木箱。
冷蔵設備。
乳製品。
パン。
海外支社。
そして賃金。
ユダヤ人実業家は収支表を読み上げた。
「航空機部門の利益は減少」
ポーランド軍将校の顔が曇る。
「Bizonを作っている」
「試作と設備投資が大きい」
「軍の発注がある」
「少数です」
「食品部門は」
「利益率は低いですが、売上は安定」
「冷蔵設備」
「増加」
「木箱と麻袋」
「増加」
「台車」
「軍の追加判断待ち。ただし民間から荷車として問い合わせがあります」
ポーランド軍将校が机を叩いた。
「機銃台車を民間へ売るな!」
元独立運動家が答えた。
「銃受けを付けなければ荷車だ」
「同じ台車だろう!」
「板を載せる」
「だから同じだ!」
元白軍将校が言った。
「売れるなら売れ」
「軍用規格だぞ」
元ドイツ軍技術者が口を挟んだ。
「車軸と車輪は民間用でも同じだ。軍用の受け具だけ分けろ」
ユダヤ人実業家が帳簿へ記す。
「民間型二輪台車」
ポーランド軍将校が立ち上がった。
「今ここで商品を増やすな!」
「来年の注文です」
「まだ問い合わせだ!」
「問い合わせがあるうちに見積りを出します」
ポーランド軍将校は天井を見た。
会議は続いた。
一つ一つは小さな仕事だった。
箱。
袋。
缶。
台車。
パン。
冷却機。
どれも、航空機一機の価格には届かない。
しかし、毎週売れる。
壊れれば修理がある。
使えば補充が要る。
飛行機の注文が一年延びても、人は毎日食べる。
元ドイツ軍技術者は収支表を見た。
「航空機部門を食品の利益で支えるつもりか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「逆もあります」
「何がだ」
「航空機部門の技術で、冷蔵設備が改善されています」
「帳簿上の話だ」
「会社にとっては同じです」
元独立運動家が言った。
「片方が弱れば、片方で引く」
元白軍将校がBizonの片発試験を思い出して笑った。
「高度は維持できんぞ」
「すぐには落ちない」
ポーランド軍将校は二人を見た。
「会社を片発飛行に例えるな」
ユダヤ人実業家は収支表を閉じた。
「片方だけなら、です」
航空機だけなら。
食品だけなら。
軍だけなら。
一つの国だけなら。
どれかが止まった時、会社全体が落ちる。
だから仕事を増やした。
華々しい拡大ではなかった。
落ちるまでの時間を増やすためだった。
一九三一年十二月三十一日。
WILKの各工場は、順番に仕事を終えた。
航空機組立棟では、Bizonの胴体へ仮の外板が付いた。
木工棟では、最後の箱へ製造番号が押された。
縫製棟では、緑袋が束ねられた。
乳製品棟では、翌朝出荷分の牛乳が冷やされた。
製パン棟では、夜勤用のパンが焼かれた。
冷蔵設備棟では、小型圧縮機の試運転が続いていた。
台車棟では、軍用とも民間用とも決まっていない二輪台車が一台、作業台に残された。
元白軍将校は格納庫の戸を閉めた。
元ドイツ軍技術者は工具の数を確認した。
元独立運動家は夜勤者へパンを運んだ。
ポーランド軍将校は翌年の軍発注書を鞄へ入れた。
ユダヤ人実業家は、一年分の帳簿を閉じた。
外は雪だった。
町には灯りがある。
店も開いている。
人々は大晦日を迎えている。
飢えている者ばかりではない。
だが前年より肉を減らした家がある。
新しい服を買わなかった家がある。
石炭を少なく焚く家がある。
子供の進学を一年遅らせた家がある。
店を閉じて、親類の家へ移った者がいる。
工場は残っていても、週に三日しか働けない者がいる。
港では荷が減った。
鉄道では貨車が余った。
銀行は貸さなくなった。
会社は設備更新を先送りした。
国境では関税が上がった。
各国は、自国の仕事を守ろうとして、互いの品物を締め出し始めていた。
世界は止まっていなかった。
ただ、少しずつ動きが鈍くなっていた。
町の時計台が十二回鳴った。
一九三二年が始まった。
WILKの煙突からは、細い煙が上がっていた。
隣町の工場の煙突からは、何も上がっていなかった。
その差を、
仕事を得た者は幸運と呼んだ。
仕事を失った者は、不公平と呼び始めていた。