各国外支社における航空機関連収入は、前年同期比で減少した。
一方、以下の取扱高は増加した。
冷蔵設備。
乳製品。
粉乳。
保存パン用混合粉。
農産物輸送箱。
麻袋。
修理部品。
中古機械の再整備。
フランス支社は冷蔵倉庫の増築を申請した。
スウェーデン支社は乳製品の現地包装を申請した。
英国支社は航空機用整備工具による冷蔵設備修理を開始した。
経営部は、工具の共用を禁止した。
英国支社は、
「同じ工具を洗って使用している」
と回答した。
経営部は、工具箱を分けるよう命じた。
英国支社は箱を黄色に塗った。
航空部門は、
「食品用工具箱を航空機用弾薬袋と同じ黄色系統へ寄せるな」
と抗議した。
食品部門は、
「黄色は糧食である」
と回答した。
協議は継続中である。
量産型Bizonの左発動機ナセルが、再び開かれていた。
まだ部隊へ引き渡されてもいない機体である。
にもかかわらず、外板が外され、発動機架の周囲へ三人の技術者が潜り込んでいた。
元ドイツ軍技術者は、その中心で配管を指している。
「ここを五糎下げる」
若い技術者が図面を見た。
「点検口から遠くなります」
「手は入る」
「工具は」
「短い柄を使う」
「専用工具ですか」
「作るな」
若い技術者は顔を上げた。
「短い柄が要るのに、作るなと」
「市販品を切れ」
ポーランド軍将校が後ろで咳払いした。
「軍へ納入する機体に、切った工具を付けるのか」
元ドイツ軍技術者は振り返らない。
「工具箱へ入れる」
「正式な工具を作れ」
ユダヤ人実業家が帳簿を見た。
「短い柄の工具を新規製造するより、既製品を加工した方が安いです」
「軍用品だぞ」
「ねじは軍人かどうかを見ません」
元白軍将校が、作業台の上にあった長い柄の工具を持ち上げた。
「切るか」
元ドイツ軍技術者が即座に奪った。
「今使っている」
「もう一本ある」
「それは右側用だ」
「同じ形だ」
「長さを変える」
元独立運動家が尋ねた。
「左右で違うのか」
「今は同じだ。左だけ短くする」
「間違える」
「だから柄へ刻みを入れる」
「色を変えればよい」
ポーランド軍将校が警戒した。
「また色分けか」
元独立運動家は近くに吊られた麻袋を指した。
「緑は弾薬。赤は医療。黄色は食料」
「工具まで同じ規格へ入れるな」
元ドイツ軍技術者は工具の柄を見た。
「左用は丸い刻み。右用は角の刻みでよい」
「色を使わないのか」
「油で汚れる」
「袋も汚れる」
「袋は大分類だ。工具は触れば分かる方がよい」
元白軍将校が頷いた。
「なら暗くても使える」
ポーランド軍将校は、いつの間にか採用前提で進む会話を止めようとした。
「待て。そもそもなぜ左側だけ配管を下げる」
元ドイツ軍技術者が、ようやくナセルから顔を出した。
「前回、油圧管の継ぎ目が傷付いた」
「締付け不足ではなかったか」
「締付け不足だった。だが、点検しにくい位置だった」
「点検しやすくするために下げるのか」
「そうだ」
「では、なぜ右は下げない」
「右は見える」
「左右で違う配置になる」
「左右で違う発動機ではない。周囲の配管が違う」
「整備員が迷う」
「札を付ける」
元独立運動家が言った。
「丸と角だ」
ポーランド軍将校は口を閉じた。
また札が増える。
だが、前回の油漏れも事実だった。
Bizonは完成していた。
完成していたが、改善が終わったわけではない。
部隊へ送る前から、量産型一号機には試作機の失敗が詰め込まれていた。
失敗した部品ではない。
失敗を繰り返さないための形として。
同じ頃、乳製品棟では新しい包装が並べられていた。
従来のバター包み。
半量。
四分の一。
さらに小さな一食分。
ポーランド軍将校は、それを見て眉を寄せた。
「小さすぎる」
食品担当者が答えた。
「一度に買える額へ合わせました」
「中身より包み紙の方が高くならないか」
「近づいています」
ユダヤ人実業家が原価表をめくった。
「一食分は利益がほとんどありません」
「なら売るな」
「大きな包みが売れません」
「半量でよいだろう」
食品担当者は、商店から戻ってきた注文票を見せた。
一食分。
二食分。
小さなチーズ。
少量の粉乳。
乳清入りパン。
一度の買い物で家計から出せる金額が減っている。
食料そのものが不要になったわけではない。
一週間分をまとめて買う余裕がなくなったのだ。
元白軍将校が一食分のバターを持ち上げた。
「兵にも配りやすい」
ポーランド軍将校が顔をしかめる。
「また軍へ持ち込むのか」
「一人一つだ」
「軍用糧食は別にある」
「これも食える」
「食える物を全部軍用品にするな」
元独立運動家が小さなチーズを見た。
「学校へもよい」
食品担当者が頷く。
「子供一人分として配れます」
ユダヤ人実業家は、別の帳簿を開いた。
「病院。学校。工場食堂。鉄道員詰所」
「商店より固定契約が取れます」
「利益は薄い」
「量は安定します」
元ドイツ軍技術者が、一食分包装の端を摘まんだ。
「この紙は湿気を通す」
食品担当者が答えた。
「長期保存用ではありません」
「輸送中に溶ける」
「冷蔵します」
「停電したら」
「早く売ります」
「冷蔵設備が故障したら」
食品担当者は少し困った。
元独立運動家が言った。
「修理する」
ユダヤ人実業家が続ける。
「予備機を置きます」
元ドイツ軍技術者は、小さな包みを机へ戻した。
「なら冷蔵設備側に、温度が上がったと分かる印を付けろ」
食品担当者が尋ねた。
「温度計ですか」
「高い」
「では」
元ドイツ軍技術者は考えた。
「一定温度で形が変わる蝋を使う」
ユダヤ人実業家が顔を上げた。
「どれくらいで作れますか」
「今は包装の話ではないのか」
「温度表示札は売れます」
ポーランド軍将校が叫んだ。
「バター一切れから新商品を増やすな!」
食品担当者は、既に紙へ概略図を書き始めていた。
小さな透明窓。
内部の色付き蝋。
溶ければ形が崩れる。
再び冷えても元へ戻らない。
冷蔵が一度切れたと分かる。
元白軍将校が見た。
「弾薬にも使えるか」
元ドイツ軍技術者が首を振った。
「温度範囲が違う」
「なら別の蝋にしろ」
「まず食料用だ!」
ポーランド軍将校は、誰が何を止めようとしているのか分からなくなった。
海外支社からの報告は、毎週のように届いた。
航空機の注文は少ない。
修理はある。
交換部品も売れる。
だが、それだけでは支社を維持できない。
フランス支社は、冷蔵庫を売った。
英国支社は、製パン設備を修理した。
スウェーデン支社は、バターを現地で小分けした。
ベルギー支社は、農産物用木箱を製造所から取り寄せた。
それぞれの支社で、航空機とは関係のない品が増えていた。
ポーランド軍将校は地図の上に置かれた印を見た。
赤い印は航空関連。
黄色い印は食品。
青い印は冷蔵設備。
白い印は修理。
前年までは赤が多かった。
今は黄色と白が増えている。
「航空支社の地図に見えない」
ユダヤ人実業家が答えた。
「支社の地図です」
「何の支社だ」
「WILKの」
「会社名だけで済ませるな」
元独立運動家が、スウェーデンの印を指した。
「ここは乳製品が売れている」
「寒い国だろう。冷蔵庫は要るのか」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「夏はある」
「知っている」
「冬でも温度を一定にする用途がある」
「外へ置けば冷える」
「凍りすぎる」
元白軍将校が言った。
「寒ければ冷やす必要はないと思っていた」
元ドイツ軍技術者は顔をしかめた。
「冷蔵とは冷たくするだけではない。温度を保つことだ」
「なら暖めることもあるのか」
「ある」
元独立運動家がユダヤ人実業家を見た。
「温度を保つ箱として売れる」
「既に売っています」
ポーランド軍将校が机を叩いた。
「新しい説明を聞くたび、既に売っているのはなぜだ!」
ユダヤ人実業家は穏やかに答えた。
「支社が先に必要と判断しました」
「本社の許可は」
「事後です」
「止めろ!」
「売上があります」
「それでも止めろ!」
元白軍将校が尋ねた。
「なぜ売れる物を止める」
「統制が取れない!」
元独立運動家が言った。
「売れない物だけ統制しても仕方がない」
「そういう問題ではない!」
だが、問題の一部ではあった。
本社がすべて判断していては遅い。
国ごとに景気も需要も違う。
関税も違う。
輸送費も違う。
食習慣も違う。
そこで働く支社員が一番よく知っている。
だからWILKは、支社へ一定の裁量を与え始めていた。
ただし条件が付く。
航空機整備設備を失わないこと。
工具を食品設備と混ぜないこと。
現地雇用者の技能記録を残すこと。
赤字になった時、隠さないこと。
会社名を使って投機しないこと。
売れた商品だけでなく、売れなかった商品も報告すること。
ユダヤ人実業家は、その規則を一枚ずつ支社へ送った。
フランス支社から返事が来た。
全て了承。
ただし工具箱の色について再検討を求む。
黄色は倉庫内で目立ちすぎる。
ポーランド軍将校は手紙を置いた。
「平和だな」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「工具箱を間違えるよりよい」
誰も、完全に平和だとは言わなかった。
町では、閉店する店が増えていた。
すべてが倒産したわけではない。
親族の家へ移るため。
家賃の安い通りへ移るため。
店を半分に縮めるため。
使用人を辞め、自分たちだけで回すため。
看板を下ろした店の隣で、別の店は営業を続けている。
だが陳列棚の品は減っていた。
新しい服より、仕立て直し。
大きな肉の塊より、骨付きの安い部位。
一瓶の酒より、量り売り。
一箱の菓子より、一個。
以前なら買えた物を、買わなくなる。
以前なら頼めた仕事を、自分でやる。
それが積み重なって、さらに誰かの仕事が減る。
町の仕立屋は、修繕で食いつないでいた。
靴屋は、新品より底の張り替えが増えた。
家具屋は椅子を売れず、脚だけを直した。
時計屋は、新しい時計を仕入れなくなった。
人々は飢えてはいない。
だが、町から新しい物が減っていた。
古い物を直し、
小さく買い、
少し長く使う。
その中でWILKの製品は売れていた。
理由は単純だった。
修理できる。
小分けにできる。
使い回せる。
高価な専用品を買わなくてもよい。
だから売れた。
それが、外からは別の形に見え始めていた。
町の酒場。
昼間から客がいた。
仕事がないためである。
酒を飲む金がある者ばかりではない。
一杯を長く置き、暖炉の近くに座っている。
元農業機械工場の職工が、窓からWILKの方向を見た。
「また増築だ」
隣の男が答えた。
「倉庫らしい」
「飛行機が売れているのか」
「食い物だと聞いた」
「飛行機屋が食い物を売るのか」
「何でも売る」
「何でも売れば、ほかの店の仕事がなくなる」
別の男が笑った。
「お前の工場が止まったのは、WILKが農機を売ったからか」
職工は黙った。
違う。
WILKは農業機械を作っていない。
少なくとも今は。
工場が止まった理由は、農家が新しい機械を買えなくなったからだ。
銀行が融資しなくなったからだ。
農産物価格が下がったからだ。
それは分かっていた。
分かっていても、煙の出ている工場は目に入る。
酒場の奥から声がした。
「あそこは外国人の会社だ」
「ポーランドの会社だろう」
「創業者を見ろ」
「軍人もいる」
「ユダヤ人もいる」
「ドイツ人もいる」
「ロシア人もいる」
「独立運動家もいるぞ」
「だから何だ」
誰かが言った。
「だから、あそこだけ仕事がある」
論理にはなっていなかった。
だが、論理である必要もなかった。
仕事を失った理由は複雑だった。
誰も一人では説明できない。
説明できない不安は、
説明しやすい相手を探す。
酒場の主人が机を拭きながら言った。
「飲まないなら帰れ」
客の一人が答えた。
「外は寒い」
「ここも商売だ」
男は残っていた酒を飲み干した。
「何でも商売か」
主人は何も言わなかった。
WILKの門前では、技能登録が続いていた。
その日、登録へ来たのは元印刷工だった。
工場閉鎖ではない。
新聞社が頁数を減らし、夜勤班を解散した。
男は活字を組める。
紙を切れる。
印刷機を扱える。
インクの調合もできる。
採用担当者は聞いた。
「何を印刷していた」
「新聞。広告。帳票。たまに政治団体のビラ」
「政治団体?」
「金を払えば刷りました」
「内容は」
「読まないようにしていました」
採用担当者は技能票へ記入した。
印刷。
製本。
帳票。
色刷り。
ユダヤ人実業家が、その票を見た。
「雇います」
ポーランド軍将校が尋ねた。
「何を印刷させる」
「整備手順書」
元ドイツ軍技術者が即答した。
「量産型Bizonの部隊用手順書が足りない」
元独立運動家が言った。
「袋の識別札も」
「食品包装も」
ユダヤ人実業家が続けた。
「海外支社向けの商品説明」
ポーランド軍将校が元印刷工を見た。
「航空機工場へ来て、また紙を刷ることになるな」
男は答えた。
「機械が動くなら構いません」
「何でもよいのか」
男は少し考えた。
「昨日まで動いていた機械が、今日は止まっているのを見るよりは」
それだけ言った。
採用された。
印刷室は、倉庫の一角から始まった。
中古の小型印刷機。
活字棚。
裁断台。
乾燥棚。
最初に刷られたのは、量産型Bizonの整備手順書だった。
右発動機架点検。
左油圧管点検。
主脚格納留め具交換。
片発時操作。
未整地着陸地点判定。
貨物投棄順。
元印刷工は文章を読んだ。
「板は二枚積むこと、とあります」
ポーランド軍将校が答えた。
「消せ」
ユダヤ人実業家が言った。
「残してください」
「正式手順書だぞ」
「現地修理で使いました」
「板は航空機部品ではない」
元ドイツ軍技術者が口を挟んだ。
「応急修理資材として必要だ」
元独立運動家も頷く。
「台車にも載る」
ポーランド軍将校は印刷工を見た。
「一枚にしろ」
印刷工は活字を組み替えた。
木製作業板 一枚以上。
ポーランド軍将校が読んだ。
「なぜ増える余地を残した」
「二枚でも間違いではありません」
元白軍将校が満足そうに頷いた。
「よい印刷工だ」
その次に刷られたのは、緑、赤、黄色の麻袋識別票。
さらに冷蔵設備の修理手順。
乳清入り保存パン混合粉の説明書。
国外支社向け商品一覧。
印刷機は昼夜動いた。
新聞の頁数は減っていた。
だがWILKでは、説明しなければならない物が増えていた。
その月の終わり。
営業部は再び広告案を提出した。
今度は派手な見出しはない。
中央に小さくWILKの文字。
その下に、
壊れた物を直します。
冷やす物を作ります。
運ぶ物を作ります。
食べる物を作ります。
飛ぶ物も作ります。
ポーランド軍将校は最後の一行を見た。
「やはり飛行機が軽い」
元独立運動家が答えた。
「文字の重さは同じだ」
「順番の話だ」
元白軍将校が言った。
「一番下は目に残る」
「本当か」
元印刷工が答えた。
「紙によります」
ポーランド軍将校は広告を裏返した。
「これは出してよいのか」
ユダヤ人実業家はしばらく考えた。
「売れている物は書いてあります」
「工場が伸びているとは書いていない」
「雇用人数もありません」
「不況とも書いていない」
「他社とも比べていません」
元ドイツ軍技術者がBizonの図を見た。
「点検窓の位置が違う」
営業担当者が顔を覆った。
「またですか」
「量産型へ直せ」
広告は修正されることになった。
だが発行自体は許可された。
商品を隠せば、売れない。
売れなければ、仕事がなくなる。
売れていると叫べば、目立つ。
目立てば、見られる。
WILKはその間を歩かなければならなかった。
広告が町へ貼られた翌朝。
一枚が破られていた。
全部ではない。
WILKの社名だけが削られている。
その下の文章は残っていた。
壊れた物を直します。
冷やす物を作ります。
運ぶ物を作ります。
食べる物を作ります。
飛ぶ物も作ります。
社名がなければ、どこの会社か分からない。
それでも町の者は知っていた。
守衛が剥がされた紙を事務棟へ持ってきた。
「子供の悪戯でしょうか」
ポーランド軍将校が紙を見た。
刃物で丁寧に削られている。
元白軍将校が言った。
「子供なら全部破る」
元独立運動家は、削られた部分を指でなぞった。
「名前だけが嫌われた」
ユダヤ人実業家は紙を受け取った。
「新しい物を貼ってください」
守衛が尋ねた。
「また破られたら」
「また貼ります」
ポーランド軍将校は彼を見た。
「目立たせない方針ではなかったか」
「売っている物まで隠せません」
元ドイツ軍技術者が言った。
「破られた理由も分からん」
「そうですね」
ユダヤ人実業家は、削られた社名を見た。
「だから、まだ決めつけません」
紙は捨てられなかった。
以前の曲がった主脚留め具と同じように、
記録として保管された。
壊れた物を隠さない会社は、
削られた名前も隠さなかった。
その日の午後。
新しい広告が同じ場所へ貼られた。
翌朝も残っていた。
その次の日も残っていた。
四日目。
下に炭で一行だけ書き足されていた。
何でも作るから、何も残らない。
署名はなかった。