WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK人事部・技能登録者取扱規定改定記録
一九三二年五月

技能登録者の増加に伴い、工場門前に以下の列を設けた。

新規登録。
登録内容更新。
採用通知受領。
短期作業募集。
外部委託希望者。

運用開始初日、採用通知受領者と新規登録者の間で口論が発生した。

原因。

採用通知受領者が、新規登録者より先に門内へ入ったため。

新規登録者の一人は、

「同じ仕事を求めているのに、なぜ列を分ける」

と質問した。

人事部は、

「用件が違うため」

と回答した。

同人は、

「仕事がある者と、ない者を分けているだけではないか」

と再度質問した。

人事部は回答できなかった。

翌日、案内板から「採用通知受領」の文字が削られていた。

犯人は不明。


第97話 列を分けるな

WILKの門前に、四本の列ができていた。

 

正確には五本だったが、外部委託希望者の列には二人しかいなかった。

 

一番長いのは新規登録。

 

次が登録内容更新。

 

短期作業募集の列には、荷役や除雪、木箱の積込みなど、一日か数日だけでも働きたい者が並んでいる。

 

採用通知を持つ者は少なかった。

 

十人にも満たない。

 

だが、その列だけは門の近くに設けられていた。

 

守衛が紙を確認し、順番に中へ通す。

 

新規登録の列から、男が声を上げた。

 

「そいつらは後から来たぞ」

 

守衛が答えた。

 

「採用通知を持っている」

 

「だから何だ」

 

「今日から働く者だ」

 

「俺たちも働きに来た」

 

「登録は向こうだ」

 

「同じ門だろう!」

 

声は大きかった。

 

列に並ぶ者たちが一斉に見る。

 

採用通知を持っていた若い男が足を止めた。

 

元は家具工房の見習い。

 

勤めていた工房が週二日操業になり、師匠から別の仕事を探せと言われた。

 

WILKでは木箱製造へ配属される予定だった。

 

彼は通知書を握ったまま、守衛へ尋ねた。

 

「先に登録を受けてもらっても構いません」

 

守衛が首を振る。

 

「お前は登録済みだ」

 

「でも」

 

「今日、工具の説明と安全教育がある。遅れれば全員が待つ」

 

列の男が笑った。

 

「全員だと」

 

「工場の者は待たせられないが、俺たちなら待たせていいらしい」

 

守衛の顔が硬くなった。

 

「そういう意味ではない」

 

「では、どういう意味だ」

 

答えは簡単だった。

 

採用された者には、今日の仕事がある。

 

登録へ来た者には、まだない。

 

だが、その簡単な答えほど口にしにくかった。

 

採用通知を持つ若い男は俯いた。

 

列の後ろから別の声がした。

 

「入れよ」

 

皆が振り返る。

 

言ったのは、年配の旋盤工だった。

 

彼も新規登録の列にいる。

 

「通知をもらった者が入らなければ、仕事が一つ空くわけじゃない」

 

最初に声を上げた男が彼を睨む。

 

「気に入らないのか」

 

「気に入らん」

 

「なら止めろ」

 

「止めたところで俺の番にはならん」

 

年配の旋盤工は若い男へ言った。

 

「入れ。遅れて解雇されたら、またこっちへ並ぶだけだ」

 

若い男は小さく頭を下げ、門を通った。

 

その背中へ視線が集まる。

 

羨望。

 

苛立ち。

 

諦め。

 

自分もいつか呼ばれるかもしれないという期待。

 

呼ばれないかもしれないという恐れ。

 

同じ列の中にも、同じ感情はなかった。

 

門内でその騒ぎを聞いていたポーランド軍将校は、人事担当者へ言った。

 

「採用者は別の入口から入れろ」

 

ユダヤ人実業家が首を振った。

 

「隠して入れるのですか」

 

「口論を避けるためだ」

 

「裏口から入れば、特別扱いと言われます」

 

「今も特別扱いと言われている」

 

元独立運動家が案内板を見た。

 

「列をなくせばよい」

 

人事担当者が驚く。

 

「用件が違います」

 

「一列に並べる」

 

「登録に時間がかかります。通知を持つ者まで待たせることになります」

 

元白軍将校が言った。

 

「待たせればよい」

 

元ドイツ軍技術者が顔を上げた。

 

「始業が遅れる」

 

「早く来させろ」

 

「工員を採用初日から夜明け前に並ばせるな」

 

ポーランド軍将校は五本の列を見た。

 

「ではどうする」

 

ユダヤ人実業家は少し考えた。

 

「建物を分けます」

 

「入口を分けるなと言ったばかりだ」

 

「入口は同じです」

 

門を入ったところに受付小屋を増やす。

 

全員が同じ門を通る。

 

そこで用件別に分かれる。

 

採用通知者も、登録者も、外部委託希望者も、まず同じ場所で番号札を受け取る。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「結局、中で分けるだけではないか」

 

「外からは同じ列です」

 

元ドイツ軍技術者が眉を寄せた。

 

「建物を増やすのか」

 

「小屋です」

 

「暖房が要る」

 

「冬までに考えます」

 

元白軍将校が言った。

 

「板でよい」

 

元独立運動家も頷いた。

 

「余った木箱材がある」

 

元ドイツ軍技術者が反論した。

 

「人が入る建物を木箱の余りで作るな」

 

「木箱も人が作る」

 

「そういう話ではない!」

 

ポーランド軍将校は頭を抱えた。

 

門前の不満を減らす相談が、受付小屋の設計会議になり始めていた。

 

量産型Bizon二号機は、後方銃座を載せて飛んでいた。

 

七・九二粍単装。

 

交換式支柱。

 

二十発短帯。

 

前回の試験で支柱の遊びを減らし、旋回部に簡単な摩擦調整を加えた。

 

軽すぎれば風に持っていかれる。

 

重すぎれば射手が追えない。

 

地上でちょうどよい力でも、飛行中は風圧が加わる。

 

射手は標的曳航機を追った。

 

右後方。

 

上方。

 

左後方。

 

旋回架が動く。

 

最初の五発。

 

標的布の下を通る。

 

次の五発。

 

一発だけ端へ当たった。

 

ポーランド軍将校が無線で尋ねた。

 

「照準は」

 

射手が答える。

 

「風に押されます」

 

元ドイツ軍技術者は記録板へ書いた。

 

「摩擦を少し増やす」

 

元白軍将校が窓から後方を見た。

 

「敵が速い」

 

「標的機は一定速度だ」

 

ポーランド軍将校が答える。

 

「ならBizonが遅い」

 

「前から分かっている!」

 

元独立運動家が、銃座の下に固定された緑袋を見た。

 

短帯は袋から滑らかに引き出されている。

 

前回問題になった底板は、小さくした上で袋の内側へ二本の布帯で留められていた。

 

外して洗える。

 

ずれにくい。

 

高価な金具はない。

 

「袋は詰まらない」

 

兵装担当者が言った。

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「今日はな」

 

「前よりよい」

 

「それは認める」

 

ユダヤ人実業家が聞き返した。

 

「認めましたね」

 

「何を」

 

「改良を」

 

「記録するな」

 

「量産判断に必要です」

 

ポーランド軍将校が怒鳴った。

 

「飛行中に袋の商談をするな!」

 

三回目の射撃。

 

五発。

 

今度は標的布の中央付近に二つ穴が開いた。

 

元白軍将校が言った。

 

「当たった」

 

ポーランド軍将校も頷いた。

 

「当たったな」

 

元ドイツ軍技術者は射手の姿勢を見る。

 

腰帯。

 

足元。

 

支柱への体の預け方。

 

銃の性能だけではない。

 

射手が揺れれば照準も揺れる。

 

「座面を付ける」

 

元独立運動家が言った。

 

「椅子か」

 

「小さいものだ」

 

「重くなる」

 

「射手が疲れれば当たらない」

 

元白軍将校が言う。

 

「板を置け」

 

元ドイツ軍技術者が振り向いた。

 

「ただの板では滑る」

 

「縄で縛る」

 

「人を板へ縛るな!」

 

射手が無線へ口を挟んだ。

 

「腰を支える帯があれば十分です」

 

元独立運動家が答える。

 

「麻袋用の縄を使う」

 

「専用帯にしろ!」

 

ポーランド軍将校の声が機内へ響いた。

 

元ドイツ軍技術者は少し考えた。

 

「幅広い布帯。金具は二つ。緊急時には一動作で外れるもの」

 

元白軍将校が言った。

 

「馬の鞍帯でよい」

 

「航空機用に検査する」

 

「元は同じだ」

 

「元が同じでも、そのまま使うな!」

 

また一つ、馬具職人へ回せそうな仕事が増えた。

 

飛行試験後、量産型Bizon二号機は格納庫へ戻された。

 

銃座の支柱を外す。

 

床レールが空く。

 

今回は元独立運動家も板を持ってこなかった。

 

ポーランド軍将校が警戒しながら尋ねた。

 

「何も載せないのか」

 

「今日はな」

 

「珍しい」

 

元白軍将校が言った。

 

「受付小屋の材木を運ぶ」

 

ポーランド軍将校が動きを止める。

 

「飛行機でか」

 

「違う。二輪台車で」

 

格納庫の隅。

 

機銃を外された二輪台車へ、木材が積まれていた。

 

元は機銃運搬用。

 

板を載せれば荷車。

 

今日は受付小屋の資材を運ぶ。

 

ポーランド軍将校はしばらく台車を見た。

 

「もう何も言わん」

 

ユダヤ人実業家が帳簿へ書いた。

 

「民間型台車の実用例として記録します」

 

「言わないと言ったのは私だ。お前まで黙る必要はないが、今は書くな!」

 

受付小屋の建設には、技能登録者が使われた。

 

まだ採用できない者の中から、木工、板金、塗装、屋根張りの経験者へ短期仕事を出す。

 

三日。

 

日給。

 

昼食付き。

 

その知らせが門前へ貼られると、一時間で定員を超えた。

 

人事担当者は、登録順に呼ぶと言った。

 

すると、

 

「登録が早い者だけ得をする」

 

という声が出た。

 

技能順に選ぶと言えば、

 

「何でもできる者しか呼ばれない」

 

と言われた。

 

家族人数を考慮すると言えば、

 

「独身者は食わなくてよいのか」

 

と言われた。

 

ポーランド軍将校は募集票を見ながら言った。

 

「どう選んでも不満が出る」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「仕事より人が多いからです」

 

元白軍将校が言う。

 

「全員を呼べ」

 

元ドイツ軍技術者が即座に否定した。

 

「小屋一つに百人要らない」

 

「交代でやらせろ」

 

「三日で終わる仕事が一月かかる」

 

元独立運動家が尋ねた。

 

「一月仕事がある」

 

「工事費が増える」

 

ユダヤ人実業家が計算する。

 

百人を交代で一日ずつ。

 

教育。

 

工具。

 

監督。

 

事故。

 

材料損失。

 

「高すぎます」

 

元白軍将校は腕を組んだ。

 

「では小屋を増やせ」

 

ポーランド軍将校が叫ぶ。

 

「受付のために町を建てるな!」

 

結局、必要技能ごとに人数を選び、残りは抽選にした。

 

公平ではない。

 

だが恣意的でもない。

 

抽選箱は、人事部ではなく門前へ置かれた。

 

登録番号を書いた札を入れる。

 

守衛。

 

工員代表。

 

登録者代表。

 

三人が見守る。

 

元白軍将校が箱を振った。

 

ポーランド軍将校が止める。

 

「なぜお前がいる」

 

「よく混ざる」

 

「抽選箱を戦利品のように振るな」

 

一枚目。

 

元製材所工。

 

二枚目。

 

仕立屋の夫。

 

三枚目。

 

鉄道荷役。

 

四枚目。

 

例の年配の旋盤工。

 

彼は番号を呼ばれても、すぐには前へ出なかった。

 

隣にいた若い男が肩を叩く。

 

「呼ばれたぞ」

 

旋盤工は帽子を取り、抽選箱を見た。

 

「旋盤は使わんのだろう」

 

元独立運動家が答えた。

 

「屋根金具を作る」

 

「なら使う」

 

男は短期雇用票を受け取った。

 

最初に門前で口論した男の番号は呼ばれなかった。

 

彼は最後まで箱を見ていた。

 

抽選が終わる。

 

人事担当者が蓋を閉める。

 

「以上です」

 

男が尋ねた。

 

「中にはまだ札がある」

 

「あります」

 

「なぜ全部引かない」

 

「仕事が足りない」

 

男は箱を睨んだ。

 

「箱の中では、皆同じなのにな」

 

誰も答えなかった。

 

工事初日。

 

選ばれた者たちは、WILKの食堂で昼食を受け取った。

 

小さなパン二個。

 

スープ。

 

薄いチーズ。

 

短期労働者にも同じ物が出た。

 

年配の旋盤工はパンを一個食べ、もう一個を上着へ入れた。

 

隣の木工が言った。

 

「持ち帰るのか」

 

「孫へな」

 

「紙が来るぞ」

 

冗談のつもりだった。

 

だが二人とも笑えなかった。

 

旋盤工はパンを取り出した。

 

少し迷う。

 

それから布で包み直し、また上着へ戻した。

 

「来たら、字を読んでもらう」

 

「読めんのか」

 

「読める」

 

「ではなぜ」

 

旋盤工は釘を一本取り、板へ打ち込んだ。

 

「紙よりパンの方が腹に入る」

 

それだけだった。

 

町では別の噂が広がっていた。

 

WILKが失業者を抽選で選んでいる。

 

人間を番号で呼んでいる。

 

選ばれた者だけパンを二個もらえる。

 

外れた者は門外へ追い返される。

 

事実は一部含まれている。

 

だから否定しにくい。

 

抽選はした。

 

番号も呼んだ。

 

パンも二個出した。

 

定員外の者は雇わなかった。

 

しかし、言葉の並べ方で意味は変わる。

 

酒場では、最初に門前で声を上げた男が話していた。

 

「箱へ札を入れさせた」

 

「見たのか」

 

「並んでいた」

 

「不正は」

 

「分からん」

 

「なら公平だったのでは」

 

男は杯を置いた。

 

「公平なら、外れた者は腹が減らないのか」

 

誰も答えない。

 

別の男が言った。

 

「WILKへ知り合いがいる者は先に呼ばれる」

 

「抽選だった」

 

「短期だけだ。正式採用は違う」

 

「技能で選ぶ」

 

「誰が技能を決める」

 

「工場だろう」

 

「結局、向こうが決める」

 

それも事実だった。

 

雇う側が、必要な技能を決める。

 

当たり前のことが、不満の中では支配に見える。

 

酒場の隅で、一人の若者が紙へ何かを書いていた。

 

誰も気にしなかった。

 

受付小屋は四日で完成した。

 

予定より一日遅れた。

 

屋根金具の寸法を間違えたためである。

 

元ドイツ軍技術者は、取り外された金具を見た。

 

「図面を読んだか」

 

年配の旋盤工が答える。

 

「読んだ」

 

「なぜ違う」

 

「木の厚みが図面と違った」

 

木工が口を挟む。

 

「倉庫の余り材だからだ」

 

元独立運動家が言った。

 

「削ればよい」

 

元ドイツ軍技術者は屋根を見上げた。

 

「最初に測れ」

 

旋盤工が頷く。

 

「次は測る」

 

「怒らないのか」

 

ポーランド軍将校が尋ねた。

 

元ドイツ軍技術者は顔をしかめる。

 

「怒っている」

 

「いつもより静かだ」

 

「飛行機ではない」

 

「小屋なら間違えてよいのか」

 

「落ちても高度がない」

 

旋盤工が笑った。

 

元ドイツ軍技術者は彼を見る。

 

「笑うな。屋根は人の上に落ちる」

 

「なら飛行機と同じだ」

 

元白軍将校が言った。

 

「人の上に落ちなければよい」

 

「飛行機も落とすな!」

 

短期労働者たちの間から、久しぶりにまとまった笑いが出た。

 

工場の中では、まだ笑えた。

 

門の外で待つ者が減ったわけではなかったが。

 

新しい受付小屋の運用初日。

 

全員が一列に並んだ。

 

門を通る。

 

番号札を受け取る。

 

中で用件別の窓口へ進む。

 

表から見える列は一本。

 

だが小屋の中には五つの窓口がある。

 

採用通知。

 

新規登録。

 

更新。

 

短期作業。

 

外部委託。

 

最初の一時間は順調だった。

 

二時間目。

 

採用通知窓口だけ列が消えた。

 

新規登録窓口は人が溢れた。

 

小屋の外から中が見える。

 

「結局、分けている」

 

誰かが言った。

 

守衛は聞こえないふりをした。

 

昼前。

 

受付小屋の壁に、小さな紙が貼られているのが見つかった。

 

列を一本にしても、入口の先で分けている。

 

署名なし。

 

人事担当者が剥がそうとする。

 

ユダヤ人実業家が止めた。

 

「保管してください」

 

ポーランド軍将校が紙を読んだ。

 

「間違ってはいない」

 

「だから困ります」

 

「では窓口も一つにするか」

 

人事担当者が首を振る。

 

「一日に半分も処理できません」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「効率を落としても、不満はなくならない」

 

元独立運動家が紙を見た。

 

「分けられたくないのではない」

 

元白軍将校が続ける。

 

「向こう側へ入りたいのだ」

 

採用通知の窓口。

 

仕事がある側。

 

そこへ入れないことが苦しい。

 

列の形を変えても、仕事の数は増えない。

 

小屋を建てても、待つ者は待つ。

 

公平に番号を配っても、全員が選ばれるわけではない。

 

ポーランド軍将校は紙を畳んだ。

 

「どうすればよい」

 

ユダヤ人実業家は答えなかった。

 

答えられる者はいなかった。

 

その週末。

 

町の掲示板へ、一枚の投書が貼られた。

 

新聞社へ送られたが掲載を断られ、誰かが自分で貼ったものだった。

 

題名。

 

誰の町か。

 

本文は長くない。

 

我々は施しを求めているのではない。

 

我々の仕事を求めている。

 

町の工房はWILKの注文なしに動かなくなった。

 

商店はWILKの商品を並べる。

 

子供はWILKのパンを食べる。

 

家はWILKの工員へ貸される。

 

仕事を得る者はWILKが選ぶ。

 

それでは、この町は誰のものなのか。

 

外国人という言葉はなかった。

 

ユダヤ人という言葉もない。

 

脅迫もない。

 

石を投げろとも、追い出せとも書かれていない。

 

だから読みやすかった。

 

だから頷く者もいた。

 

町の仕事を町へ戻せ。

 

自分たちで決めたい。

 

外から来た大きな会社へ握られたくない。

 

一つ一つは、理解できる不安だった。

 

だが末尾に、一行だけ付け加えられていた。

 

まず、町の者を町の中へ戻せ。

 

誰が町の者かは書かれていない。

 

誰が町の外の者かも。

 

その余白へ、読む者が自分の答えを入れられた。

 

投書の写しは、月曜の朝にユダヤ人実業家の机へ置かれた。

 

元白軍将校が読んだ。

 

「町は誰のものだ」

 

元独立運動家が答える。

 

「住む者のものだ」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「国家の領域だ」

 

元ドイツ軍技術者が顔を上げる。

 

「土地所有者のものでもある」

 

三人がユダヤ人実業家を見る。

 

彼は投書を机へ置いた。

 

「誰か一人のものではありません」

 

元白軍将校が尋ねた。

 

「なら何が問題だ」

 

「一人のものではない場所を、一人のものだったことにしたがる人が増えています」

 

ポーランド軍将校が最後の一行を指した。

 

「町の者とは誰だ」

 

誰も答えなかった。

 

生まれた場所か。

 

言葉か。

 

宗教か。

 

姓か。

 

国籍か。

 

何年住めばよいのか。

 

誰が決めるのか。

 

WILKの五人は、全員が違う場所から集まっていた。

 

元白軍将校。

 

元ドイツ軍技術者。

 

ユダヤ人実業家。

 

元独立運動家。

 

ポーランド軍将校。

 

会社が始まった頃なら、その違いは冗談になった。

 

今は、数えられる違いになり始めていた。

 

元白軍将校が投書を折った。

 

「捨てるか」

 

ユダヤ人実業家は首を振った。

 

「保管します」

 

「またか」

 

「はい」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「紙ばかり増える」

 

ユダヤ人実業家は棚を見た。

 

曲がった主脚留め具。

 

破られた広告。

 

窓を割った石。

 

匿名の紙。

 

パンを持ち帰るな。

 

WILKの色に染めるな。

 

誰の町か。

 

「同じ部品が壊れ続ける時は、記録するのでしょう」

 

元ドイツ軍技術者は何も言わなかった。

 

機械なら、壊れた場所を補強できる。

 

交換部品も作れる。

 

手順書も改められる。

 

だが町は、工場の図面どおりには直せなかった。

 

その日の夕方。

 

新しい受付小屋から、最後の登録者が出てきた。

 

札を握っている。

 

登録番号。

 

職歴。

 

住所。

 

家族連絡先。

 

技能。

 

旋盤。

 

荷役。

 

馬車修理。

 

少しだけ読み書き。

 

男は門を出る前に振り返った。

 

採用通知の窓口は、既に閉じられている。

 

新規登録の窓口だけが、まだ明かりを点けていた。

 

外では次の日のために、数人が並び始めている。

 

以前なら、同じ仕事を探す仲間だった。

 

今は、隣の者が先に呼ばれるかもしれない競争相手でもあった。

 

男は登録札を外套へ入れた。

 

その横を、今日採用された者が通った。

 

作業着。

 

工具箱。

 

食堂でもらった小さなパン。

 

二人は目を合わせた。

 

採用された者が軽く頭を下げた。

 

登録者も頭を下げ返した。

 

まだ、それだけの余裕は残っていた。

 

だが二人とも、

 

相手の手元を一度見た。

 

一人は登録札。

 

一人はパン。

 

町の日常は、まだ崩れていなかった。

 

店もある。

 

学校もある。

 

工場も動く。

 

人々は挨拶もする。

 

ただ、以前なら見なかったものを、

 

互いに確かめるようになっていた。

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