WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK警備部・周辺集会対応準備記録
一九三二年六月

町内の複数団体から、失業者および商工業者による合同集会の開催通知が提出された。

申告された目的は以下のとおり。

地域雇用の拡大。
外部委託先選定基準の公開。
食料価格の引下げ。
技能登録者への短期作業分配。
国外出身者の採用状況説明。
WILK製品による地域商業への影響調査。

警備部は、各項目の統一見解を求めた。

経営部は、

「同じ集会へ参加していても、同じ要求を持っているとは限らない」

と回答した。

警備部は、

「では、誰と交渉すればよいのか」

と質問した。

経営部は回答を保留した。

同日、工場門前の掲示板へ次の紙が貼られた。

土曜日、町の声を一つにする。

翌朝、その下へ別の筆跡で書き加えられていた。

一つでないから、町なのではないか。

両方とも署名はなかった。


第99話 集まる理由を一つにするな

土曜日の集会は、まだ四日先だった。

 

それでも町には、すでに旗が増えていた。

 

赤。

 

白。

 

国旗。

 

職工組合の旗。

 

商店会の印。

 

何の団体か分からない、文字だけの布。

 

仕事を町へ。

 

地元の者を先に。

 

商店を守れ。

 

食料を安く。

 

外国資本に屈するな。

 

最後の旗を作った者は、WILKの資本構成を知らなかった。

 

知る必要もなかった。

 

外国資本という言葉は、説明ではなく、敵を指すために使われていた。

 

印刷所では、集会用の紙が次々と刷られている。

 

依頼主は一つではない。

 

失業者団体。

 

小商店主の集まり。

 

退役軍人会。

 

労働組合。

 

教会の慈善団体。

 

最近できた政治団体。

 

印刷工は原稿を並べた。

 

内容は少しずつ違う。

 

WILKへ地元雇用の拡大を求める。

 

WILKによる不当な市場支配へ抗議する。

 

外国人優先採用を止めさせる。

 

地域商工業の保護を行政へ要求する。

 

暴力に反対し、平和的な話し合いを求める。

 

同じ日の同じ場所へ集まる紙だった。

 

だが、平和的な話し合いを求める紙と、

 

外国人を追い出せと書いた紙が、

 

同じ乾燥棚で隣り合っていた。

 

印刷工の助手が尋ねた。

 

「全部刷るのですか」

 

主人は活字を組みながら答えた。

 

「金を払うならな」

 

「内容は」

 

「うちは紙屋だ」

 

「WILKの整備手順書も刷っています」

 

「それも紙だ」

 

助手は、国外出身者を排除せよと書かれた原稿を見た。

 

「これもですか」

 

主人は手を止めた。

 

しばらく考える。

 

そして言った。

 

「署名がない原稿は刷らん」

 

「団体名はあります」

 

「代表者名だ」

 

「断ったら」

 

「別の印刷所へ行く」

 

「なら意味がないのでは」

 

主人は活字を一つ拾った。

 

小さな鉛の塊。

 

文字は鏡になっている。

 

紙へ押して初めて読める。

 

「どこで刷ったかは残る」

 

「だから」

 

「何も残らんよりはましだ」

 

原稿の余白へ、依頼者の署名を求める印を付けた。

 

翌日、その団体は注文を取り下げた。

 

別の印刷所が引き受けた。

 

WILKでは、集会対応会議が開かれていた。

 

ポーランド軍将校は、町役場から届いた通知を読み上げた。

 

「申告人数、五百」

 

元白軍将校が尋ねた。

 

「実際は」

 

「分からん」

 

「倍は来る」

 

「なぜそう思う」

 

「見物人がいる」

 

元独立運動家が頷いた。

 

「集会に参加する者より、何が起きるか見に来る者の方が多いかもしれない」

 

元ドイツ軍技術者は工場配置図を広げた。

 

「正門前へ集めるな」

 

ポーランド軍将校が顔を上げる。

 

「集会場所は町の広場だ」

 

「終わった後に来る」

 

「なぜ来ると決める」

 

元白軍将校が答えた。

 

「旗を持った人間は歩く」

 

「歩かないかもしれない」

 

「なら準備だけする」

 

ユダヤ人実業家は救護品の一覧を見た。

 

赤い麻袋。

 

包帯。

 

消毒薬。

 

副木。

 

水。

 

毛布。

 

黄色い麻袋。

 

パン。

 

乾燥食品。

 

飲料水。

 

緑の麻袋。

 

弾薬。

 

彼は緑の欄へ横線を引いた。

 

「武器庫から出しません」

 

ポーランド軍将校が頷く。

 

「警備員にも銃は持たせない」

 

元白軍将校が言った。

 

「警棒は」

 

「持たせる」

 

「長さは」

 

「通常どおりだ」

 

「盾は」

 

「ない」

 

元独立運動家が、木箱用の板を見た。

 

「作れる」

 

元ドイツ軍技術者が即座に反対した。

 

「薄い板では割れる」

 

「二枚重ねる」

 

「重い」

 

「台車で運ぶ」

 

ポーランド軍将校が机を叩いた。

 

「群衆対応の相談から新製品を作るな!」

 

元白軍将校は図面を見た。

 

「盾ではない。窓を塞ぐ板だ」

 

元ドイツ軍技術者が頷く。

 

「なら必要だ」

 

「最初からそう言え!」

 

窓の寸法を測る。

 

一階事務棟。

 

食堂。

 

医務室。

 

印刷室。

 

食品棟。

 

格納庫は窓が高い。

 

外板を打ち付ける場所。

 

内側から差し込む場所。

 

火災時に開けられること。

 

完全に塞がないこと。

 

元ドイツ軍技術者は、いつものように細かかった。

 

「板を打ち付けたままにするな。煙が入った時に逃げられない」

 

元独立運動家が尋ねる。

 

「蝶番にするか」

 

「金がかかる」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「差込式なら」

 

「枠を付ける必要がある」

 

「今後も使えます」

 

ポーランド軍将校が嫌な顔をした。

 

「今後も使う前提にするな」

 

誰も答えなかった。

 

量産型Bizon三号機は、貨物室の床へ追加の固定点を設けられていた。

 

後方銃座。

 

担架。

 

無線機。

 

写真機。

 

二輪台車。

 

どれを積む場合でも、床レールだけに荷重を集中させないための補助点である。

 

元ドイツ軍技術者は、固定金具を叩いた。

 

「ここは薄い」

 

若い板金工が答える。

 

「図面どおりです」

 

「図面を描いた時より用途が増えた」

 

「またですか」

 

「まただ」

 

元独立運動家が二輪台車を押してきた。

 

台車には赤い麻袋が六つ。

 

医療用品。

 

「積む」

 

ポーランド軍将校が尋ねた。

 

「飛行試験か」

 

「地上搬送試験」

 

「どこへ」

 

「門から医務室」

 

「飛行機に積む必要はない!」

 

元独立運動家は台車を貨物室へ入れた。

 

「国外支社へ送る時の積載確認だ」

 

ユダヤ人実業家が帳簿を見た。

 

「混乱時対応品として各支社へ一式ずつ送ります」

 

「いつ決まった」

 

「今朝です」

 

ポーランド軍将校が頭を抱えた。

 

元白軍将校が赤袋を一つ持ち上げる。

 

「重い」

 

「包帯だけではありません」

 

「何が入っている」

 

「止血帯。副木。消毒薬。毛布。水筒」

 

元ドイツ軍技術者が赤袋の底を確認した。

 

「瓶は分けろ」

 

医療担当者が答える。

 

「布で巻いています」

 

「割れれば全部濡れる」

 

「木箱へ入れると重い」

 

元独立運動家が台車の側面を指した。

 

「小箱を付ける」

 

「台車の幅が増える」

 

「機内レールに入らない」

 

「なら上へ」

 

「重心が上がる」

 

ポーランド軍将校が叫んだ。

 

「集会前日に救護台車の設計会議をするな!」

 

医療担当者は静かに答えた。

 

「怪我人は設計会議を待ちません」

 

ポーランド軍将校は口を閉じた。

 

元ドイツ軍技術者は、赤袋を開けた。

 

瓶を中央。

 

布と包帯を周囲。

 

底板へ固定輪。

 

袋自体が緩衝材になる。

 

「これでよい」

 

ユダヤ人実業家が尋ねる。

 

「正式仕様にしますか」

 

「試せ」

 

「いつ」

 

元白軍将校が言った。

 

「土曜日だ」

 

全員が彼を見る。

 

「怪我人が出ると決めるな」

 

ポーランド軍将校が低い声で言った。

 

元白軍将校は赤袋を閉じた。

 

「出ないなら、使わずに済む」

 

町の広場では、演説台が組まれていた。

 

誰が許可を取ったのか、はっきりしない。

 

役場は広場の使用だけを認めた。

 

台の設置は商店会。

 

拡声用の漏斗は職工組合。

 

旗竿は退役軍人会。

 

周囲の縄は警察。

 

それぞれが一部ずつ準備し、全体の責任者はいなかった。

 

演説者も増えている。

 

失業者代表。

 

閉鎖工場の元監督。

 

商店会代表。

 

労働組合の書記。

 

慈善団体の牧師。

 

最近町へ来た政治活動家。

 

誰が最初に話すかで揉めた。

 

失業者代表が言った。

 

「仕事の集会だ。俺たちが最初だ」

 

商店会代表が答える。

 

「広場の費用はこちらが出した」

 

労働組合の書記が言う。

 

「組織人数はこちらが多い」

 

政治活動家は笑った。

 

「誰が最初でも、最後に人々が覚えるのは一つだ」

 

「何を」

 

「敵の名前だ」

 

牧師が眉を寄せた。

 

「敵を作るための集会ではない」

 

「では、誰へ要求する」

 

「行政と会社へ」

 

「それを敵と言う」

 

「違う」

 

「群衆に違いが分かると思うか」

 

失業者代表が活動家を睨んだ。

 

「勝手に話を変えるな」

 

活動家は両手を上げた。

 

「私は皆さんの怒りを言葉にするだけだ」

 

商店会代表が言った。

 

「外国人の話はするな」

 

「なぜ」

 

「店が荒れる」

 

「既に荒れている」

 

「もっとだ」

 

活動家は微笑んだ。

 

「なら皆さんが止めればよい」

 

誰も返事をしなかった。

 

人を集めるためには、強い言葉が要る。

 

集まった人間を止めるには、もっと強い力が要る。

 

だがその力を誰が持つかは、まだ決まっていなかった。

 

集会前夜。

 

酒場は混んでいた。

 

働いている者。

 

仕事を失った者。

 

明日演説する者。

 

見物へ行く者。

 

行かないと言いながら、場所だけ尋ねる者。

 

話題はWILKだった。

 

「食料を安くしろ」

 

「今でも安い」

 

「もっとだ」

 

「原価がある」

 

「大工場なら下げられる」

 

「店が潰れる」

 

「もう潰れている」

 

「地元を雇え」

 

「誰が地元だ」

 

「またその話か」

 

「外国人を減らせ」

 

「何人いる」

 

「知らん」

 

「知らずに減らせと言うのか」

 

「多いに決まっている」

 

「なぜ」

 

「あの会社を作った連中を見ろ」

 

声が重なる。

 

それぞれ違う不満を持っている。

 

賃金。

 

家賃。

 

食料。

 

商売。

 

採用。

 

国籍。

 

宗教。

 

昨日殴られたこと。

 

去年仕事を失ったこと。

 

十年前から嫌っていた隣人。

 

すべてが明日の集会へ持ち込まれる。

 

酒場の主人が杯を拭きながら言った。

 

「明日は酒を売らん」

 

客が笑った。

 

「儲け時だぞ」

 

「酔った者を広場へ出したくない」

 

「もう飲んでいる」

 

「だから今夜で終わりだ」

 

奥の席で、例の年配の旋盤工が一人で飲んでいた。

 

短期雇用から試用採用へ移った男。

 

隣へ、門前で最初に声を上げた男が座る。

 

まだWILKから呼ばれていない。

 

「明日、来るか」

 

旋盤工は答えた。

 

「仕事だ」

 

「土曜だぞ」

 

「工場は動く」

 

「集会を避けるのか」

 

「働くだけだ」

 

男は杯を置いた。

 

「お前は向こう側へ行ったな」

 

旋盤工は彼を見る。

 

「向こう側とはどこだ」

 

「門の内側だ」

 

「お前も登録している」

 

「呼ばれない」

 

「俺が決めたんじゃない」

 

「だが入った」

 

「そうだ」

 

「パンも二個だ」

 

旋盤工はしばらく黙った。

 

そして言った。

 

「一個やろうか」

 

男の顔が変わった。

 

「施しか」

 

「腹が減っているなら」

 

「馬鹿にするな」

 

「なら言うな」

 

男は立ち上がった。

 

椅子が床を擦る。

 

周囲が見る。

 

旋盤工は杯を持ったまま動かない。

 

男は何か言いかけ、やめた。

 

酒代を机へ置き、店を出た。

 

主人が旋盤工へ言った。

 

「明日は裏道を使え」

 

「なぜ」

 

「顔を覚えられている」

 

旋盤工は空いた席を見た。

 

「昨日まで一緒に並んでいた」

 

「だからだ」

 

その頃、WILKの食堂では黄色い麻袋が積まれていた。

 

パン。

 

水。

 

乾燥チーズ。

 

粉乳。

 

集会参加者へ配るためではない。

 

工場内へ避難した家族と、勤務を延長する警備員のため。

 

だが外から見れば、明日のために食料を備蓄しているように見える。

 

窓の隙間から荷運びを見ていた男が、通りの仲間へ言った。

 

「中へ食料を運び込んでいる」

 

「何のためだ」

 

「籠城するつもりだ」

 

「我々を締め出すのか」

 

「最初から話す気がない」

 

実際には、ユダヤ人実業家が食堂主任と数を確認していた。

 

「多すぎませんか」

 

食堂主任が答える。

 

「家族が来る可能性があります」

 

「誰の」

 

「工員の」

 

「なぜ来る」

 

「住宅へ帰すより安全な場合に備えて」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「門前へ来なければ必要ない」

 

元白軍将校が答える。

 

「来た後では遅い」

 

元ドイツ軍技術者は袋の積み方を見た。

 

「出口を塞ぐな」

 

「積み直します」

 

元独立運動家が二輪台車を押してきた。

 

「赤袋は医務室前」

 

「黄色は食堂」

 

「緑は」

 

元白軍将校が尋ねた。

 

ポーランド軍将校が即答する。

 

「武器庫だ。錠を二つにする」

 

元白軍将校は鍵を受け取った。

 

一本はポーランド軍将校。

 

一本は元白軍将校。

 

二人が揃わなければ開かない。

 

若い警備員が不満そうに言った。

 

「外が武器を持っていたら」

 

元白軍将校が答える。

 

「警察を呼べ」

 

「間に合わなければ」

 

「門を閉じろ」

 

「越えてきたら」

 

「押し返せ」

 

「石を投げられたら」

 

「隠れろ」

 

若い警備員は拳を握った。

 

「家族を侮辱されてもですか」

 

元白軍将校は彼を見る。

 

「侮辱へ弾丸を返すな」

 

「殴られたら」

 

「殴られない場所へ下がれ」

 

「それでも来たら」

 

元白軍将校は少し間を置いた。

 

「その時も、まず相手を人間だと思え」

 

警備員が顔をしかめる。

 

「向こうもそう思っていますか」

 

「知らん」

 

「なら」

 

「向こうが忘れたからといって、こちらまで忘れるな」

 

それ以上は言わなかった。

 

夜更け。

 

町の広場には誰もいなかった。

 

演説台。

 

旗竿。

 

縄。

 

雨除けの布。

 

濡れた石畳。

 

その端に、色褪せた道化服の男が座っていた。

 

昨日、掲示板の前で歌っていた道化師。

 

帽子を逆さに置いている。

 

中には銅貨が一枚。

 

誰が置いたのか分からない。

 

道化師は銅貨を指で弾いた。

 

音を聞く。

 

それから立ち上がり、演説台へ近づいた。

 

上には乗らない。

 

台の下。

 

人が立てば見えなくなる場所へ座る。

 

小さな太鼓を一つ叩いた。

 

乾いた音。

 

もう一度。

 

三度目。

 

路地から子供が二人現れた。

 

昼間、WILK工員の子供へ小麦粉を投げた子たちではない。

 

たぶん。

 

道化師は子供へ笑いかけた。

 

「明日は良い席が取れますよ」

 

「何があるの」

 

「大勢の大人が、自分は正しいと叫びます」

 

「どっちが正しいの」

 

道化師は首を傾げた。

 

「大きな声の方でしょう」

 

「本当?」

 

「大人はそういう遊びが好きなのです」

 

子供たちは笑った。

 

道化師は軽く足を踏み鳴らした。

 

人のGO! 人の業!

昨日の隣人 明日は仇!

パンを数えて 名前を数え!

数えた先から 誰かを外せ!

 

子供が真似する。

 

「人のゴー!」

 

「人のごう!」

 

道化師は帽子を振った。

 

仕事を返せと 列を成し!

町を返せと 旗を出し!

誰が奪った 名を言えと!

名前が出たなら 顔を見ろ!

 

巡回中の警官が近づいてきた。

 

「夜中に何をしている」

 

道化師は深く頭を下げた。

 

「明日の予行演習でございます」

 

「許可は」

 

「観客が二人ですので」

 

「消えろ」

 

道化師は太鼓を抱えた。

 

逃げるように歩き出す。

 

だが途中で振り返り、今度は声を張った。

 

赤は走るぞ 黄は配るぞ!

緑は眠らせ 門を閉ざせ!

石が一つなら まだ人の手!

石が百なら 誰の手でもない!

 

警官の顔が変わった。

 

「待て!」

 

道化師は路地へ入る。

 

警官が追う。

 

角を曲がる。

 

誰もいない。

 

行き止まりではない。

 

細い抜け道がいくつもある。

 

足音だけが遠ざかる。

 

子供たちは広場に残っていた。

 

片方が、最後の節を繰り返す。

 

「石が百なら、誰の手でもない」

 

もう一人が尋ねた。

 

「どういう意味?」

 

最初の子は肩をすくめた。

 

「知らない」

 

それでも二人は、節だけ覚えた。

 

元ドイツ軍技術者は、帰宅途中に最後の歌を聞いていた。

 

路地から出てきた警官へ尋ねる。

 

「今の男は」

 

「大道芸人だ」

 

「色の意味を知っていた」

 

「町中が知っている」

 

「緑を眠らせろと言った」

 

警官は苛立った。

 

「弾薬袋だろう。見れば分かる」

 

「工場内の配置まで」

 

「門を閉めるのは誰でも考える」

 

確かにそうだった。

 

赤。

 

黄色。

 

緑。

 

WILKが便利にしすぎたため、町の者も意味を知っている。

 

元ドイツ軍技術者は暗い路地を見る。

 

「どんな顔だった」

 

警官が答える。

 

「白く塗っていた」

 

「その下は」

 

「分からん」

 

「年齢」

 

「分からん」

 

「訛りは」

 

「少しあった」

 

「どこの」

 

警官は黙った。

 

複数の訛りが混じっていた気もする。

 

わざとかもしれない。

 

「捕まえたら教えろ」

 

「何の容疑で」

 

元ドイツ軍技術者は答えられなかった。

 

歌っただけ。

 

明日何かが起きると言ったわけでもない。

 

石を投げろとも、門を壊せとも言っていない。

 

ただ韻を踏んだ。

 

警官は肩をすくめ、巡回へ戻った。

 

元ドイツ軍技術者も工場へ戻った。

 

門へ着くと、元白軍将校が武器庫の鍵を確認していた。

 

「道化師を見た」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「何だそれは」

 

「昨日の男だ」

 

「歌っていたのか」

 

「韻が悪い」

 

「それだけか」

 

元ドイツ軍技術者は少し考えた。

 

「明日、石が飛ぶと言っていた」

 

元白軍将校の手が止まる。

 

「正確には」

 

「石が百なら誰の手でもない、と」

 

「予告か」

 

「比喩かもしれん」

 

「どこへ行った」

 

「逃げた」

 

元白軍将校は門の外を見る。

 

暗い道。

 

静かな町。

 

明日の集会へ向けて、あちこちの家で旗が畳まれている。

 

「石は誰でも拾える」

 

彼は言った。

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「だから困る」

 

夜明け前。

 

広場の演説台の側面に、炭で一行が書かれていた。

 

観客が舞台へ上がる。

 

誰が書いたかは分からない。

 

道化師の筆跡かどうかも、比較できる記録がなかった。

 

警官は布で消した。

 

炭は伸びた。

 

文字は灰色の染みになり、完全には消えなかった。

 

その上へ、朝一番の旗が立てられた。

 

町の声を一つに。

 

広場へ最初に来た男は、旗を見上げた。

 

次に演説台へ上がる。

 

まだ群衆はいない。

 

彼は誰もいない広場へ向けて、演説の練習を始めた。

 

「我々は、平和的に要求する!」

 

声が石壁へ反響した。

 

裏路地。

 

どこか遠くで、小さな太鼓が一度だけ鳴った。

 

その後は、何も聞こえなかった。

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