「さればまず、情勢から語らせていただきます」
バサリと音がした。コモの懐から羊皮紙が一枚取り出され、拡げられる。
ファストゥル大陸全域を書き写した地図。手にした黒い鉄扇で、【帝都圏】を表す中央部の紅く区切られた範囲と、信長が治めているスータント及びリントゥナを交互に指し示す。
「現在ノブナガ様が治めますは2地方25郡。僅か1年半ほどでここまでの所領切り取るは、まさに英傑の所業と言えましょう。
しかしながらこれは、旗を揚げたスータントにろくな群雄がいなかったことと、間を置かず挙兵したマーカー・セインヌが貴殿の力量を警戒してなお十分に読み切れていなかったところが大きい。
天の時、地の利、人の和。スータント及びリントゥナ切り取りと此度の一連の戦、ノブナガ様はどちらもこれらを得て活かされましたが……相手方が能力の乏しさや慢心、理解の不十分などで自ら手放していた面も大きい」
「つまり、この信長の立身は運による所も大きいと」
「そうです」
敢えてやや威圧的に訪ねてみるが、コモはまるで躊躇なく首肯する。
「無論、天運を我が物にできるか、できないかは英傑として重要な要素です。ノブナガ様はそれを間違いなく備えておられる。
……しかし“英傑同士”となりますと、本格的に天運以外の才覚の比べ合いとなりますれば」
「………マルドナ・ヒンギスか」
「左様」
スッと、鉄扇の先がチュンボス地方に滑る。
「シャンティン・エリーゼ卿は、常備えをあくまで即応できる精鋭の選抜と読み、ノブナガ様が“全軍”をそう編することまで読みきれず敗れました。
しかしながら此度のラクンダにおける戦とその後の四方敵勢を打ち破る際の尋常ならざる神速ぶりから、ヒンギス卿であれば十分に察することができるでしょう。……ノブナガ様がどのように常備えを使おうとしているかを。
またそれに伴い、恐らくノブナガ様の“実際の”兵力についても懸念を持つこと必定。
全ての兵を金で雇うならば土地に縛られぬ分領民を兵役にて徴収するより遥かに多く、かつ季節を問わず揃えておくことができます。
無論銭が多量に入り用となりますが………【楽市令】後の領内の隆盛見まするに、これは杞憂と愚考する次第。
しかも商人たちに着いてくる無数の流民は、まさに“土地に縛られていない”者たち。常備えとして雇い入れる上で格好の存在、領民兵の徴収より遥かに兵力を増やしやすくなりますので」
(こやつ……!!)
信長の口元に笑みが、頬に冷や汗が浮かぶ。
兵農仕分けと楽市令、それぞれの効能だけでなく、この2つの“相乗効果”まで読み切るとは。
「当然、マルドナ・ヒンギス卿もそうした面を読み、警戒してきます。かといって、いきなり常備えを真似るは領内の体制的に難しい。
従来の領民兵徴用の元チュンボス地方で動員できる兵力は、ざっと見まするに一万三千程度。
本来ならスータントとリントゥナは束にしてようやく互角程度の兵力ですが………常備えを最初期よりノブナガ様が布いていたと仮定しかつ【楽市令】と近日の卿の声望を元に算盤を弾きますに、ラクンダにて現れた一万八千余も“本気”ではありますまい。
見積もるに、三万余から三万五千余。これが、本来貴殿が動員し得る兵力かと」
「「「……………!!!」」」
「んっ、ふっ、ふっ〜♪」
あまりにもあっさりと総兵力を見破られ、ラッセル、マギィ、そして信長自身でさえ動揺を浮かべる。
だがコモは、相変わらず朴訥とした無表情のまま。傍らのビリーのみが、何故かまるで我が事を褒められているが如き自慢げさでニヤついている。
「この総兵力、少なくとも今露見するは望ましくはない。僅か1年半で三万もの兵を集め二地方に跨る勢力を持つとなれば、流石に周辺諸侯も泡を食ってこれを潰しに参ります。翻ってノブナガ様の勢力は、善政と果敢な賊徒討伐・吸収でしかと手懐けつつあるとは言え強固ではない。
ヒンギス卿はノブナガ様が大軍を保有していると知れば、“実利”を説いて諸侯の決起を促すでしょう。
今ヒンギス卿が即時に率い得る兵力は、本領のものに加えマグナ・テルアージ3000、ヴェダン・アルマンド3000……シャンティン・エリーゼはラクンダの大敗があります故低く見積もって1500、都合二万程度。つまり、ラクンダをノブナガ様の兵力の“限界値”と見せることができればこれと互角程度と誤認させられる。
ヒンギス卿自身には疑い続けましょうが、決定的な材料がなければ周辺諸侯の出足は限りなく鈍くなるはず。
ヒンギス卿と連携できる位置に所領を持ち、かつこれに応じるとみられる貴族たちの総兵力は……私めの見立てでは、大凡四万。元の兵力を合わせれば六万を超えまする。しかも、ここに敵方は魔導戦力も加わって参ります。
ノブナガ様ご自身の火炎魔法の強大さと苛烈さは聞き及んでおりまするが、その点においてはヒンギス卿の雷魔法もかなりのもの。その上で、彼の者には“武断派”の筆頭勢力バンデン・グラスナウ卿とシェーン・ゲイル卿が後ろ盾としてついてくる。本格的に有事とあらば帝国軍直属の良質な魔法士を、百人単位で送り込んでくることでしょう。
量だけの敵勢なら幾らでもやりようがありますが、“質を伴った量”を寡兵で捌くは至難の技。
いかな常備えによる“神速”の利点を生かしたとて、容易く抗せる差に非ず。故に今は、先のエリーゼ卿との戦同様守勢に徹しつつ仮に動きあらば各個に敵を崩し、その上で中央に働きかけ続けることが寛容。
過程でこちらも魔法士の雇入れと編成を推し進めつつ、機を伺い、態勢をより整えた上で決戦に応じるべきでしょう」
「……1つ疑問が。総兵力は2万の時点で十分すぎるほど大軍です。なれば、周辺諸侯が動かぬと見るのは楽観的では?ヒンギス卿の影響力も考えれば、再びの“包囲網”はすぐにも形成されてしまうように思えますが」
「ノブナガ様への“恐怖”が、逆に働くので」
ラッセルが横合いから疑問を差し挟む。だがコモは口調も表情も変えず、淡々と冷然と、淀みなく言い切る。
「帝国領内には山に生える木々の数ほども貴族が居りますが、その大半は利を貪り贅を尽くし、そして我が身を保つことばかりを考えています。取り分け、“敵国”が尽く飲み込まれ一先ず平定された後を受けた北部の貴族たちは、そうした傾向が強い」
コモの指摘に、群臣の中で先んじて信長に降伏しその臣下に降った何人かの“元”小貴族が居心地悪げに身動ぎする。
「然るにこれら有象無象は、ノブナガ様とヒンギス卿の勢力が拮抗している“ように見える”間は何かと理由をつけて介入はせぬはずです。勝ち馬に乗れるという保証もなく、矢面に立てば膨大な被害を受けかねない。
先のシャンティン・エリーゼ卿のラクンダにおける敗走も効いて参ります。挙兵の機を誤れば真っ先に攻め立てられ、ヤィラ・ヤレイクの如く叩き潰される恐れもある。益々諸侯は両者の形勢天秤にかけ、“損”を引かぬよう見極めに走ることでしょう。
……しかし、ノブナガ様がはっきりとマルドナ卿等に対して兵力で優位となれば、話が大きく変わります」
パチン。コモが、自らの掌を鉄扇で1つ打つ。
「小貴族たちの恐怖の対象は、“自らの損得”から“自らの存亡”へと移りまする。ノブナガ様の布いた政は紛れもなく善政ですが、【楽市令】を始め既得権益に大鉈を振るうような物が多々ございます。
私めのようにせいぜい一、二県しか領を持たぬ、吹けば飛ぶような弱小貴族ならいざ知らず。一郡程度の勢力を持つ中堅貴族たちは相応に甘い汁を吸っておりますので、これを良しとはしますまい。
ヒンギス卿とその取り巻きのみで勝てるならそれもよし………しかしそのままでは敗れ去るやも知らぬと判れば、我が身可愛いからこそこぞって兵を挙げ、マルドナ・ヒンギスの元に集い、大挙してノブナガ様を攻め滅ぼす方向に舵を切る。そう、読めました次第」
「……私は軍事には疎うございます故、お聞き苦しければ申し訳ありません。
コモ様の言い分連連と鑑みまするに、私共にも時を掛けるべしとの言上の模様。ですが私の見ますところ、マルドナ・ヒンギス様の治めるチュンボス地方も十分すぎるほどに栄え、領民たちは豊かで主君になつき、また【帝都圏】との深いつながり故にそちらからの金銭やモノの流入も盛んにございます。
国力にては決して劣ることはなく、この先その差が大きく開く要素もない。その上で時を掛けてしまえば、敵方の魔導戦力の増強や周辺貴族の抱き込みが進み、寧ろ私共が不利となるのでは?」
「敵にとっての“抱き込む間”は、我らにとっての“調略の間”でもあります」
マギィ・デルターナからの切り返し。だがコモの、清流を思わせる静かで淀みが全くない舌鋒は些かも止まらない。
「今のノブナガ様はどれほど勢い激しくとも、所詮は得体も素性も知れぬ“無頼の徒”。獣の如く恐れられることはあれどその幕下に加わるは中堅以上の貴族なればなかなか首肯できぬもの。
しかしながらここに爵位が加わり、現所領について帝室よりお墨付きが出れば、同格以上となる故中堅貴族共も容易く袖にはできません。また“突然沸いてきた冒険者上がりの成らず者”から“2地方を治める大貴族”へと立ち位置が変われば、それは同時に“降ったとて誇りが傷つかぬ相手”への変容となる。
無論数の差は歴然ですが、ノブナガ様の意思1つで手足のごとく動く三万余と、マルドナ・ヒンギス卿が束ねるとは言えそれでもいくつもの“頭”を抱きざるを得ない六万余とではやはりまとまりが違います。
常備え、兵農仕分けによって将と兵権も切り分けられた今、ノブナガ様の下からは小貴族たちが出奔してもそれが兵の離脱に繋がりませぬ。
またこれは寝返りの機を合戦中と定めても、将に兵が付き従わぬ恐れも含みます。一方敵方は、仮に裏切りが出れば一勢が丸ごと寝返ることになる。向こうは“包囲網”を大きくすればするほど、こちらからの調略による獅子身中の虫を警戒する必要に駆られます。その上でさらなる計略・軍略を施せば、二倍の軍勢など恐るるに足りません」
そこまで言い切ってから、トンっと鉄扇の先で地図の中央を───ロンドリアと、これを囲う5つの都が成す【帝都圏】を指し示す。
「ただし楽観視はできませぬ。先日のエリーゼ卿挙兵に際してヒンギス卿が静観したは、無論“機”を伺ったも大きうございます。
しかし私めが調べたところ、かの御仁は【ヴェルリナ】に召集されていた由。ロンディウス3世陛下のおわす地にわざわざ出向いたは……恐らく、何らかの爵位の叙任。昨今の情勢鑑みまするに、鎮北将軍あたりが妥当でしょう」
「鎮北将軍……!?ノブナガ様より正式に上ではないか!!であれば今後、ヒンギス卿からの命令に従わなければ容易く“大義名分”など得られてしまうぞ!!」
「そんな簡単には行きません。【帝都圏】にて今大きく権勢を握るは“魔導派”であることお忘れか」
“元小貴族”の一人が焦燥に駆られた声を上げるが、コモはピシャリと言い伏せる。
「武断派は劣勢であるとは言え、鎮南将軍ソー・モリアティ卿の軍功目覚ましく“弾み”は再度得つつあります。この上鎮北将軍にてヒンギス卿が辣腕を振るうようになれば、これと繋がり深いシェーン・ゲイル卿とバンデン・グラスナウ卿の勢い増すこと必定。
しかも鎮北将軍の権限には【大陸回廊】が含まれ、バンテニー大陸への接続も得ます。
先年ロンディア帝国はカリカーラ2世の軍勢を破りシンドゥラの、イノケンティス7世の軍勢を粉砕しルシタニアの所領を掠め取りかの大陸の橋頭堡としていますが、この地の権限はどちらも“魔導派”が独占している状態。ここに“武断派”が手を伸ばせる状態を作ってしまうのは好ましくありますまい。
私めの見立てでは、ダンジョー・オルガナあたりが“情勢沈下までの限定的な処置”等理由に挙げてノブナガ様の所領を一時的に鎮北将軍の権限から外すかと。
とはいえ、そこまで潤沢な“時”でないことは事実。ノブナガ様の正式な貴族への叙任までまぁあと一月ほどと見、その上でヒンギス卿の現状など並べていきますに……先方が決戦に踏み切るは、恐らく【炎熱の月】から【清涼の月】にかけて。
そして───公よ」
眠たげに細まっていたコモの眼が、はっきりと──といってもそれでようやく常人の平時のそれ程度だが──見開かれる。信長に対する呼びかけ方が、応じて変わる。
「この決戦を制すれば、公の“御運”が開かれまする。マルドナ・ヒンギス率いる事実上の“帝国軍”が一介の冒険者を出自とした者の軍勢に敗れたとあれば、公の声望は満天下に広まりこの戦を主導した“武断派”の権威は地の底に転げ落ちる。“魔導派”との対立は均衡が一挙に崩れることで頂に達し、そこかしこで“尊王廃奸”を旗印に貴族たちが挙兵し敵対派閥へ攻め寄せましょう。
一方で、“魔導派”もまた専横のツケを払わされます。“武断派”の大挙旗揚げは、帝国そのものの威信の崩壊。【帝都圏】程度は強固に守れましょうが、ほぼ帝国領の半分で挙兵など許せばこれを抑えきるなど不可能。
また、両派それぞれ“野心”を隠していた者も少なからずいるはず。面従腹背で帝国への復讐を誓う者、貴族の“さらに上”を目指す者、祖国の復興を願う者……これらはどちらの側にもつかず、大陸の四方八方で混乱に乗じ割拠独立致します。
大和皇国も黙っておりますまい。旧セイラム公国領内でロンディア帝国に抗し続ける龍門光英、イオ島を固く守りこれへの兵站を繋ぐ粟森忠宗はどちらも良将にて好機逃すはずもなし。さっぱと泥沼のセイラム戦線を収容した上で再度大陸派遣軍を編成し、今度は数カ所に乗り込んできましょう」
「─────!!!」
大いなる驚愕に、ささやかな戦慄に………そして、これらをすぐに飲み込む巨大な歓喜に。信長の全身が打ち震える。
夷狄侵入、絶対的権勢の崩壊、そして……群雄割拠。それらが織り成す世は、即ち。
「乱世、創世。“今”の帝室の支配を敢えて総崩れに追いやり、派閥同士の歪な対立を群雄乱立に導き、小勢力と化した各郡各地方を呑み込み、炙り出した“謀反人”たちを討滅しつつ【帝都圏】へと南進、ロンディウス3世陛下を報じ奉り国を新たなご政道に乗せる。
また仮に帝領乱れずとも、ヒンギス卿等を討ち倒せばノブナガ公の声望は帝室内にて確固たるものになり、中央への参画と“君側の奸”の失脚・討滅も狙えましょう。
これ即ち、ノブナガ公の大望成就に繋がる道と心得まする」
「それは、どうかしら」
何故かは、自分でもわからない。
だが、まるで躊躇なく玉座から居り、コモの前に“同じ高さの目線”で腰を下ろし、かつその話を夢中で聞き入る信長の姿に無性に胸がざわついて。
思わず、アイリーンは待ったをかけていた。
「…………。その、コモ、さんがすごく頭がいいことは解るけど。その策は、幾ら何でもマルドナ・ヒンギスたちに勝つことを前提としすぎているわ。敵の数は六万、しかも魔導戦力は向こうの方が量も質も圧倒的なんでしょう?
少し、慎重に考えたほうがいいんじゃないかしら。例えば、今貴族叙任のために取り入っている“魔導派”の中で味方を増やしてからとか………」
「鉄の筒、鉛の玉、火薬」
アイリーンの言葉が終わる前に、コモが呟いた3つの単語。それを聞いた瞬間、信長の身がそのまま倒れ伏しかねないほどかつてなく前のめりに突き出される。
「……………お主も。お主も、“それ”にたどり着いたか……!!!」
「我が所領、元よりその小ささと兵の少なさゆえ“ラルカ村”たらしめんと多くの者共に狙われていた故。何かしら抗せるものをと、長年考案を重ねていき、たどり着いた次第。硝石を大量に集め、火薬を量産している節があると聞き及んでおりましたが……やはり、でございますか」
声と身体の双方を震わせる信長と、朴訥とはしながらも語尾に明確に熱を灯すコモ。他の誰もがその光景に呆気にとられる中、両者の間にのみは“理解”が生じている。
「無論、“これ”のみで勝てるなどとは申しませぬ。アイリーン殿の申される通り、ヒンギス卿は名将にてそこに大軍あれば難敵であること疑いなし。
されど公の才覚あらば、“これ”を元手に勝利を大きくたぐり寄せることは十分以上に可能、そう存じます」
「どこまでできている?」
「火薬と良質な鉄・鉛が足りぬ故に実行に移せていませんでしたが、図面は出来ております。腕良き鍛冶師さえ用意できれば、今月の末にはまず1つ実用に足るものをお見せできるかと。
量産については……」
「領内の商人や鍛冶師に、どわぁふの奴隷を連れている者が幾人かある。それらを雇い入れた場合どの程度作れる?」
「型が完全に定まり、工法が安定するまでにもう一、二ヶ月。ドワーフなれば半人前でも日に3、4丁は十分に」
「日!?……すげぇなぁ、“どわぁふ”、すげぇなぁ……!!」
(わぁ、悪い顔してる……)
「ふ、ふん!!賢しらぶっておるが、所詮は小身!!ノブナガ様の勢いに怯えて降ったを、大層な理由付けしおってからに!!」
信長のあまりに悪辣な笑顔に信奉者たるリナでさえ若干引き気味となる中、群臣の中から、また一人別の“元小貴族”が声を上げる。
かつての自身とさして貴族としての格は変わらぬはずのコモが信長に気に入られつつあることが気に食わぬのだろう、その者は眼を怒らせ、口角泡を飛ばしながら詰る。
「天下だ何だ論じておいて、どうせ主のような柔弱の徒は修羅場が来ればコロリと変節する者!ノブナガ様、このような者を信じては──」
「見くびられては困りますな」
………静かな口調は変わらぬながら、明らかに今までより遥かに力が籠もった声。向けられたのは自分ではなくその小貴族にもかかわらず、アイリーンの肩が跳ねる。
それまで殆ど無色に近かったコモの周りの靄が、確実に紅く染まり────その中心に、信長のそれを思わせる、はっきりとした輪郭の銀色の“芯”が現れる。
「天下とはそも、実態なきもの。この世に“ヒト”なくば、羊も狼もそのようなものまるで意識することなく生を紡いでいくでしょう。我らヒトがそこにあり、“観る”からこそ、天下はあります。
ヒトの中で最も多きは、民にございます。王でも貴族でも騎士でもなく、様々な“ヒト”が群れなす民草にございます。
このファストゥルに住まう民の中に、今の帝国を“天下”と認める者がどれほどにおりましょうや。悪法が蔓延り、苦役が横行し、【帝都圏】と貴族や騎士が贅を食む一方で地方の人々は飢え凍える。寧ろ人々は、天下が“正される”ことを強く望んでいましょう」
ぐいっと、コモがその貴族に向き直り、真っ直ぐに睨み据える。甲冑さえ穿てるのではと思ってしまうほど、その眼光は強く鋭い。
「私め自身はたしかに非力、この“望まれていない天下”を定める力ありませぬ。ゆえにこそノブナガ公をその旗手と見込み、此度その傘下に加わり申した。
その見込み外れ公が武運拙く敗れるならば、最後まで付き従いその運を拾うことに全力を尽くす所存。
また公が“望まれぬ天下”を作るようなれば………我が見立てを恥じ、この首掻っ捌いて償いとします。
その覚悟なくして、私めはこの場に座りなどいたしませぬ」
「…………ふはははは!!ぬははははは!!!」
コモがそこまで言い切った瞬間、信長は広間全体に響くほど高らかに笑った。
保身を目論んだ演技である可能性を、皆無とは言わない。だが少なくとも、信長が聞く限りは今し方の言葉はコモの腹の底からでた“本音”であるように感じた。
まさに、“烈士”。そしてこれほど烈しい志をもってこの場にいながら、所々の言い回しで帝室への“翻意”と取られかねないところは事細かに潰していく冷静さはしっかりと残している。
そして………信長とは違い“前世”での積み重ねがないはずなのに、“あの武器”に、その利点も含めて自力でたどり着く発想力。
この男こそ、我が“野望”に不可欠な、最後の一駒だ。
「コモ・ノーサン、並びにビリー・ボラス!
帰順、誠に大義也!!」
「はっ」
「ありがたいお言葉、ザンス♪」
「コモ、お主に“武備え奉行”の任を与える!!以後、武具と軍制の一切の差配は主が握れ!!」
いきなりの大抜擢にその場のほぼ全員がどよめくが、信長は気にも止める様子はない。
立ち上がり、抜き放った“左文字”を平伏するコモの頭上にかざし、君臣の契を結ぶ。
「以後もその智謀を以て、俺の覇道を支えよ!!」
「───御用命、承りまする。公よ」
コモ・ノーサン
元ルゥモス県領主。その神算鬼謀を以て、後に“魔王の智嚢”と謳われる。
統率-89
武勇-2
魔力-23
智略-104
政治-93
魅力-51