鑑定士には、物の価値を言葉へ変換する仕事がある。
宝石の色。透明度。大きさ。傷。来歴。魔力の安定性。本来なら同じ尺度で比較できないものを分類し、等級を与え、最終的には金額という一つの数字へ押し込む。
美しい仕事だと思う。同時に、ひどく乱暴な仕事でもある。
三百年の歴史を持つ宝石も、評価書の最後では金貨何枚という話になる。民を救った王妃が最後まで手放さなかった石も、計量皿へ載せれば、少し大きな青い鉱物にすぎない。
もっとも、価値を数字にすること自体が悪いわけではない。修復費を決めるにも、保険を掛けるにも、盗難時の補償を算出するにも数字は必要だ。
問題は、その数字を誰が、何の目的で必要としているかである。
鑑定室には、薬品と古い木の匂いが満ちていた。壁際の棚には拡大鏡、精密秤、魔力分光器、硬度試験用の針が整然と並んでいる。器具の柄はすべて同じ方向を向き、試薬瓶の札にも乱れがない。
良い作業室だった。――少なくとも、使っている人間が何かを隠している可能性を考えなければ。
作業机の中央では、王立鑑定士サリア・メルカートが背筋を伸ばして座っていた。
「正式な取り調べではありません」
レオノーラが言った。
「何度も聞きました」
サリアは答えた。
「ですが、出入口には警備兵が二人いる」
「館内にいる全員が同じ扱いです」
「あなた方を除いて?」
「私たちも帰れません。不自由は平等よ」
実際には、帰れない理由が少し違う。サリアたちは、警備隊の封鎖命令によって館内待機を求められている。俺はレオノーラに仕事を増やされ続けた結果、帰る機会を失っている。
制度上は同じ館内待機でも、精神的な補償額には差があるはずだ。
俺はレオノーラの隣へ座った。彼女は机の上へ、外国語で記された例の評価書を置く。
サリアの視線が末尾の署名へ落ちた。
反応は一瞬だった。
眉は動かない。呼吸も乱れない。ただ、机の上で組んでいた指の上下を入れ替えた。
隠したい書類を見せられた人間が、必ず大きく動くとは限らない。むしろ、動揺していない自分を作ろうとして、身体の一部を強く固定することがある。
結界の異常と同じだ。
流れ全体が乱れるとは限らない。どこか一か所だけ、不自然に動かなくなる。
「この評価書に覚えは?」
レオノーラが尋ねた。
「私の署名があります」
「質問の答えではないわ」
「署名が本物なら、私が作成したのでしょう」
「便利な言い方ね。作成したとは認めず、偽造されたとも言わない」
サリアは黙った。
レオノーラが評価書を開く。対象品名は伏せられている。ただし表紙には、依頼契約書と対応する照合番号が記されていた。
「深青色の名紋石。重量七十二・四カラット。正面右下に微細な欠損。内部に三叉状の乳白色内包物」
「似た特徴を持つ石は存在します」
「王都に?」
「世界中の宝石を把握しているわけではありません」
「あなたが鑑定した石は、今どこに?」
「依頼者へ返却しました」
「依頼者は、外国商人のエーレン・ヴィダル」
「守秘義務があります」
「彼は何のために評価を依頼したの?」
「答えられません」
レオノーラが俺を見る。
言葉にはしない。だが同じ机を何度も挟んでいれば、視線だけで求められている作業は分かる。
書類を技術と実務の側から読め、ということだ。
「評価額が高すぎますね。単なる蒼玉としての価値ではない」
王室施設の保険契約で、宝石の評価書は何度も見てきた。記載された価格は、同じ大きさの最高級蒼玉と比べても五倍を超えている。名紋石としての希少性を考慮しても、まだ高い。
宝石の価格は、大きさと美しさだけでは決まらない。誰が持っていたか、どの事件に関わったか、どれだけ多くの人間が欲しがるかでも変わる。
歴史とは、物に付着したまま売買できる数少ない情報である。
「王妃エルシアの青涙という来歴まで含めた価格です」
「この評価書には、名称も来歴も記されていません」
「記せなかったのでしょう。正規の手続きを経ずに鑑定した、王国史上の至宝だから」
「根拠は?」
「あなたが三週間前、奉献財産令集成を閲覧している」
レオノーラは、閲覧記録を評価書の隣へ置いた。
「閲覧申請の目的欄には、『個別鑑定案件に関する権利確認』とある。ヴィダルから依頼を受けたあと、対象となる石の権利関係を調べたのでしょう」
「話を作らないでください」
「では、なぜ奉献財産令を?」
「鑑定院の研究業務です」
「研究報告は?」
「まだまとめていません」
「申請書には、研究とは書かれていないわ」
サリアの指先が白くなる。
レオノーラは証言の矛盾を追う。
俺は書類の作られ方を見る。
同じ嘘でも、彼女が入口を見つけ、俺が内部の構造を確認する。九年間で定着した分担だった。
「この評価書は、通常の売買に使うためのものではありませんね」
俺が言うと、サリアはこちらを見た。
「何が言いたいのです?」
「高額な宝石を売るなら、来歴は価格を支える重要な要素です。対象名と来歴を伏せる理由がない。ところが、この評価書は石の特徴を詳細に記しながら、その二つだけを意図的に消している」
「依頼者の希望です」
「依頼者は、青涙そのものを買おうとしていたわけではない」
俺は最終頁を開いた。
本文の末尾に、小さな文字で一文が添えられている。
――現物取得不能の場合、同等価額による補償請求の基準として使用可能。
「これは売買価格ではなく、損害が発生した場合の評価額です。保険か、補償請求か、その担保価値を決めるために作られた」
サリアの表情が、初めて明確に変わった。
目が評価書から離れ、レオノーラへ向く。
書類の存在そのものより、その用途まで読み取られたことに動揺している。
「ヴィダルは、青涙そのものではなく、青涙が失われた場合に生じる金銭的な権利を評価させた」
レオノーラが評価書を見下ろす。
「ヴァルク家への融資に、その権利を担保として組み込むつもりだった?」
サリアは答えなかった。
沈黙は、必ずしも肯定ではない。しかし否定できる立場の人間が否定しなかった場合、情報量は増える。
「ヴァルク家にも、ヴィダル商会からの借り入れがあるのかもしれない」
レオノーラは続けた。
「青涙そのものを売却できるかは不明確だった。ヴァルク家に完全な所有権があるとは限らないから。でも、盗難や滅失が起きた際に得られる補償請求権なら、契約上の資産として扱える可能性がある」
「可能性だけです」
ようやくサリアが言った。
「では、この評価書の目的は補償額の算定?」
「私は、依頼された鑑定を行っただけです」
「対象が王家へ奉献されたものと扱われる可能性を知りながら?」
「その時点では、何も確定していませんでした」
「だから旧法を調べた」
「鑑定士には、対象物に付随する権利を確認する義務があります」
「確認した結果を、なぜ鑑定院へ報告しなかったの?」
サリアの口が閉じる。
王家へ奉献されたものとして扱われることが確定していなかった、という主張自体は正しい。
奉献財産令の条文が適用される条件は限定的であり、通常の展示で揃うとは考えにくい。そもそもヴァルク家の権利が完全な所有権なのか、守護権に近いのかも、まだ裁定されていない。
だが、不確定であることと、報告しなくてよいことは同じではない。
「青涙が王室財産に当たる可能性があるなら、私的な評価依頼を中断し、上席へ報告する必要がある」
レオノーラの声は穏やかだった。
「鑑定士免許規程に、そう定められている。それでもあなたは評価書を完成させた。報酬がよかったから?」
「違います」
短い返答だった。
それまでの慎重な言い回しとは違う。考える前に出た否定だった。
レオノーラは何も言わない。
相手が自分から続きを話すまで待つ。
彼女は沈黙を道具として使うのがうまい。何もしていないように見せながら、相手へ空白を渡し、その空白を埋めさせる。
俺は沈黙が苦手だ。
壊れた器具へ魔力を流し、異音が出るのを待っているような気分になる。何も起きない時間ほど、内部で何かが進行しているように思えて落ち着かない。
「ヴィダル商会は、父の工房へ融資しています」
やがてサリアが言った。
「返済が滞れば、工房も土地も失う。評価書を作成すれば、返済期限を延長すると言われました」
「脅迫された?」
「契約上の提案です」
「契約という言葉は、脅迫を礼儀正しく見せるためにも使える」
レオノーラは評価書を閉じた。
怒ってはいない。少なくとも、顔には出ていない。
だが、彼女が本当に不快なものを見たときほど、声から感情が消えることを俺は知っている。
「あなたは、青涙の権利関係に問題がある可能性を知った。それでも、鑑定院へ報告しなかった」
「今回の展示で、奉献財産令が適用されるとは思っていませんでした」
「可能性は考えた?」
「条件が揃うはずがない」
サリアの声に、鑑定士らしい確信が戻った。
「反対印は必ず掲示される。展示ケースには、貸与品用の封印が使われる。どちらか一方でも正常なら、三時間が経過しても奉献の推定は成立しない」
「両方とも正常ではなかった」
「そんなことを予測できるはずがないでしょう!」
サリアは初めて声を荒らげた。
「館長が美観のために反対印を外し、警備責任者が予算のために王家大封印を流用するなど、鑑定士の職務範囲ではありません!」
「ええ」
レオノーラは頷いた。
「奉献の条件が偶然揃ったことについて、あなたに直接の責任はない」
サリアが息を止めた。
責められると予想していたのだろう。許されたわけではない。ただ、責任の境界を正確に引かれたことに驚いている。
レオノーラは、相手の罪を必要以上に大きく見せることを嫌う。
その代わり、実際に存在する責任からは一歩も逃がさない。
「ただし、事件が起きたあと、あなたは紋章の変化が同じ石では起こり得ないかのように説明した」
「私は、そう断言してはいません」
「『石が同じであるなら、そんなことは起きない』と言いましたね」
俺が口を挟む。
「その後、正式な譲渡や相続があれば紋章は変わると認めた。あなたは名紋石の機能を知らなかったのではない。最初の説明から、法的な帰属状態が変化する可能性だけを抜いた」
「混乱していたのです」
「一級鑑定士が、名紋石の基本的な性質について?」
サリアが俺を睨んだ。
悪いが、資格と知識を理由に話す人間は、自分の知識不足を理由に逃げることが難しい。
「あなたは盗難説を残したかった」
レオノーラが言った。
「青涙が本物だと認めれば、この評価書の対象を『よく似た別の石』だと言い逃れる余地もなくなる。王室財産に当たる可能性のある宝石を、外国商人のために無断で評価した事実が表面化する」
「私は盗難を企てていません」
「誰も、そうは言っていない」
「ヴィダルとも、それ以上の取引はありません」
「それも、まだ聞いていないわ」
サリアは唇を噛んだ。
人間は、自分が最も疑われたくないことを先回りして否定する。
防御のために言葉を増やし、その言葉で新しい入口を作る。尋問に慣れていない人間にはよくあることだ。
「それ以上の取引とは?」
レオノーラが尋ねる。
「言葉の綾です」
「ヴィダルは今日、博物館に来ている?」
「知りません」
「本当に?」
「知りません」
今度は指が動かなかった。
声にも迷いがない。
少なくとも、ヴィダルが館内にいるかどうかについては、本当に知らないのだろう。
「最後に一つ」
レオノーラは青涙の精密図を机へ出した。
「展示中の石は本物?」
サリアは図を見つめた。
長い沈黙のあと、答える。
「ケース越しに確認できる範囲では、本物です」
「名紋が変わった理由は?」
「法的な帰属状態の変化です。奉献財産令の条件が揃ったことで、名紋石が王家への奉献を認識した可能性が高い」
「それを、事件が起きた時点で考えていた?」
「可能性としては」
「では、伯爵が偽物だと叫んだとき、どう思った?」
サリアは目を伏せた。
机の上で組んでいた手から、ようやく力が抜けた。
「助かった、と」
小さな声だった。
「盗難事件になれば、鑑定も帰属の確認も止まると思いました」
レオノーラは、それ以上追及しなかった。
必要な答えを得たからだ。
相手が認めたあとまで言葉を重ねるのは、調査ではなく処罰になる。正式な処分を決めるのは、俺たちの役割ではない。
レオノーラは評価書と閲覧記録を揃え、立ち上がった。
「正式な捜査官には、今話した内容をすべて説明してください」
「免許は」
「私には決められない」
「そうですか」
サリアの声には、諦めとも安堵ともつかないものが混じっていた。
部屋を出る直前、俺は振り返った。
「お父上の工房では、何を作っているんです?」
サリアは少し驚いた顔をした。
「鑑定用の光学器具です」
「良い品ですか」
「王都で一番です」
迷いのない答えだった。
評価書について話していたときより、はるかに確かな声だった。
「それなら、失われるには惜しい工房ですね」
「フェリクス」
レオノーラが扉の外から呼んだ。
「行くわよ」
「今行きます」
廊下へ出ると、彼女が壁にもたれて待っていた。
「珍しいわね」
「何がです」
「あなたが事件の解明に必要のない質問をするなんて」
「器具の品質は関係があります。今後の仕入れ先として検討できます」
「そういうことにしておきましょう」
「実際、そういうことです」
「ええ」
彼女は否定しなかった。
否定されないと、それはそれで落ち着かない。
俺の言い訳は、レオノーラを納得させるためのものではない。俺自身が、自分の行動を業務上必要だったと分類するためにある。
九年も付き合っている彼女は、その分類作業を邪魔しない。
「これで四人です」
俺は話を事件へ戻した。
「館長は美観。警備責任者は予算と日程。鑑定士は免許と父親の工房。伯爵は帰属手続の停止」
「最後の一人は、まだ推測よ」
「可能性は高い」
「ええ。事件が起きたあと、少なくとも三人は、別の理由で『盗難』という説明を必要とした」
レオノーラは歩き始めた。
「彼だけは、正午に何が起こるか知っていた可能性が高い」
「伯爵は、外された反対印が戻らないよう手を加えたってことですか?それに、大封印が使われていることにも気づいていた?」
「その二つを確認する必要があるわね」
「どこへ?」
「特別展示の準備記録を調べる。伯爵が展示方法へどこまで関与し、どの時点で二つの不備を知ったのか確認する」
「また書庫ですか」
「嫌?」
「書庫は嫌いではありません。あなたと行く書庫が嫌です」
「なぜ?」
「必要な本を一冊探すたび、関連資料を十冊積むからです」
「知識に無関係な資料などないわ」
「床の耐荷重には関係があります」
レオノーラは少し笑った。
階段の前で立ち止まり、俺を見る。
「フェリクス」
「何です」
「さっきの工房の件」
「仕入れ先候補です」
「まだ何も言っていないわ」
「言う前に否定しました」
「そう」
彼女はそれ以上聞かなかった。長く組んでいれば、追及しないことが配慮になる場合もある。
こちらも、彼女がなぜ声から感情を消したのかは尋ねなかった。条件は同じである。
俺たちは地下書庫へ向かった。
青涙は、展示中に盗まれてはいない。
偽物である可能性も、ほぼ消えた。
館長、警備責任者、鑑定士の三人は、それぞれ自分の失敗や秘密を守るため、事件の輪郭を歪めていた。
だが、彼らの行動だけでは説明できないことが残っている。
伯爵は、反対印が外され、王家大封印が使われていると知っていたのか。
知らなかったなら、なぜ正午の鐘を止めようとしたのか。
知っていたなら、なぜ展示そのものを中止しなかったのか。
古い法律は死んでいなかった。
そしてヴァルク伯爵だけは、その法律が目を覚ます時刻を知っていた疑いが濃い。
そうだとすれば、彼はすべてを知りながら、鐘が鳴るのを待っていたことになる。
誤字・脱字などがありましたら、誤字報告から教えていただけるとありがたいです。