青涙は王家を選ばない   作:もしかして俺が

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あと一話で完結です。絶対。


第八話 王冠の下で

 事件の説明には、適切な場所というものがある。

 

 証拠を並べられること。関係者全員を収容できること。そして、途中で怒った貴族が帰ろうとしても、扉を閉められること。その三つを満たす場所として、特別展示室は申し分なかった。

 

 ただし、中央に王国の至宝が置かれている点だけは問題である。誰かが机を叩き、床を踏み鳴らすたび、俺の視線は青涙を守る展示ケースへ向かった。

 

「ケースから三歩離れてください」

 

 俺はヴァルク伯爵へ言った。

 

「私を犯罪者のように扱うな」

「犯罪者かどうかは俺の管轄外です。ただ、興奮すると杖へ手を伸ばすことは、先ほど確認しました」

「杖は警備兵が持っている!」

「だから三歩で済ませています」

 

 伯爵は俺を睨んだが、警備兵に促されて後ろへ下がった。

 

 展示室には、ベルク館長、警備責任者ドラン、王立鑑定士サリア・メルカート、ヴァルク伯爵、商人エーレン・ヴィダルが集められていた。館内封鎖を指揮する警備隊の副隊長と、王室財産院から急行した調査官も同席していた。

 

 レオノーラは青涙の前に立っていた。演台も机も使わない。彼女は人へ何かを説明するとき、間に家具を置くのを嫌う。

 

 相手が貴族でも役人でも、正面から視線を合わせれば、肩書きは多少役に立たなくなる。逃げ道を塞ぐには、物理的な障害より、沈黙して見つめるほうが効果的だと知っているのだ。

 

「では、事実を順番に確認しましょう」

 

 レオノーラが口を開いた。

 

「ヴァルク伯爵は、展示中の青涙が盗まれ、偽物へすり替えられたと訴えました」

「我が家の鷹が消え、王家の冠が現れたのだ」

 

 伯爵は低い声で言った。

 

「それを偽物と判断する根拠にはできません」

 

 レオノーラはサリアへ視線を向ける。

 

「サリア鑑定士。展示されていた石について、現在の所見を」

 

 サリアは一度だけ息を吸った。

 

「寸法、重量、正面右下の欠損、三叉状の乳白色内包物、魔力波形。ケース越しに確認できた特徴は、搬入前の鑑定記録と一致しています」

「偽物である可能性は?」

「極めて低いと判断します」

「名紋が変化したことは、石が交換された証拠になりますか」

「なりません」

 

 サリアの声は硬かったが、迷いはなかった。

 

「名紋石が示すのは、石の真贋ではなく、法的に認識された所有者または帰属先です。法的な状態が変化すれば、同じ石でも内部の紋章は変わります」

 

 数時間前、彼女はその説明から「法的な状態が変わる場合」だけを抜き取った。

 

 今は、抜き取った言葉を自分の口で戻している。鑑定士としては当然の訂正だが、本人にとって軽い作業ではないだろう。

 

 館長が落ち着かない様子で身動きした。

 

「しかし、博物館へ展示しただけで帰属が変わるなど、誰が予想できるのです」

「少なくとも、ヴァルク伯爵はその危険を知っていました」

 

 レオノーラが答えた。

 

「ただし、その前に、なぜ青涙の名紋が変化したのかを確認します」

 

 俺は展示銘板の記録図を投影板へ映した。青涙の銘板には、長方形の金属板を取り付けるための留め金が二本残っている。

 

「一般公開が始まった午前九時の時点で、ヴァルク家の反対印は、契約で定められた位置に掲示されていませんでした」

 

 レオノーラはベルク館長を見る。

 

「反対印を外すよう指示したのは、館長です。王太子殿下の内覧に際し、古びた金属印が展示の美観を損ねると判断した」

「一般公開までには戻す予定だった」

 

 館長が言った。

 

「しかし、戻らなかった」

「展示補佐員が留め具を曲げたのだ。私の責任ではない」

「補佐員は、反対印を取り付けられないことを報告しています。それでも修理より開場を優先したのは、館長です」

 

 ベルクの顔が赤くなる。

 

「たかが、古い金属印だ!」

「その判断が、最初の不備です」

 

 レオノーラの声は変わらなかった。

 

 怒鳴り返す必要がないのだ。館長が大声を出すほど、彼女の冷静さだけが目立つ。

 

「次に、展示ケースへ使用された封印です」

 

 俺がケースへ検査針をかざすと、封印の構造が浮かび上がった。硝子蓋の縁を、白、青、金の三色の術式線が走っている。

 

「これは通常の貸与品用封印ではありません。王家大封印です」

「防犯性能を高めるために使用した」

 

 ドランが言った。

 

「貸与品用封印の術式核が劣化していた。交換予算をすぐには用意できなかったため、館内に保管されていた大封印を使った」

「貸出台帳には、中央展示室の設備点検と記載されていました」

「事務上の表現だ」

「実際の用途と違う記載を、世間では虚偽記載と表現します」

 

 俺が言うと、ドランは口を閉じた。

 

 王家大封印は、通常の展示用封印より強固である。防犯だけを考えれば、ドランの選択は安全側だった。

 

 だが、強い道具が常に適切な道具とは限らない。

 

 大きな槌には、小さな槌にない破壊力がある。使う人間が釘だけを見ていても、机まで壊れる可能性は消えない。

 

「王家大封印には、防犯以外の機能があります」

 

 レオノーラが続けた。

 

「古い時代には、奉献、寄進、没収、相続の承認など、財産の法的状態を認証するためにも使われていました」

 

 王室財産院の調査官が、持参した法令集を開く。

 

「奉献財産令第二十七条」

 

 彼は古い条文を現代語へ直しながら読み上げた。

 

「私有または預かりの名紋石を、王室施設内において王家大封印の下へ置き、所有者または守護者の有効な反対印が認証されない状態で三時間が経過した場合、その石は、所有者の意思により王家へ奉献されたものと推定する」

 

 展示室に沈黙が落ちた。

 

「法令の対象となるのは、私有または預かりの名紋石です。そのうえで、成立要件は四つあります」

 

 レオノーラが指を四本立てる。

 

「王室施設内にあること。王家大封印の法的認証下にあること。有効な反対印を認識できないこと。そして、その状態が館内の公式時刻機構による計時で三時間継続すること」

 

 俺は王家大封印の作動記録を投影した。

 

「防犯用の白線と施設接続用の青線は、王太子殿下の内覧中から作動していました。ただし、財産状態を認証する金線は、正式な一般公開時刻である午前九時に起動するよう設定されていました。経過時間の判定には、館内の公式時刻機構が使われます」

 

 午前九時、法的認証線が起動した時点で、青涙は王室施設内にあり、王家大封印の認証下に置かれていた。

 

 反対印はすでに魔力を遮断する台座の下へ移され、大封印から認識できない状態になっていた。

 

 その状態が、館内の公式時刻機構による計時で三時間継続した。正午の時刻信号が発せられた瞬間、奉献の推定が成立した。

 

「奉献財産令が定める条件は、すべて揃いました」

「偶然だ!」

 

 館長が叫んだ。

 

「ええ」

 

 レオノーラは頷いた。

 

「館長と警備責任者が共謀したわけではありません」

 

 館長は美観を優先して反対印を外させた。ドランは予算と日程を優先して王家大封印を流用した。

 

 それぞれが目の前の都合だけを優先した結果、奉献が成立し得る状況が作られた。

 

「では、誰も盗んでいないではないか」

 

 館長が言った。

 

「そのとおりです。誰も青涙を盗んではいません」

「ただし、この偶然に最後の一手を加えた人物がいます」

 

 レオノーラは伯爵へ向き直った。

 

「あなたです」

「すでに話したことだ」

 

 伯爵は吐き捨てるように言った。

 

「展示補佐員の証言によれば、伯爵は反対印が外されていることを確認し、その直後に、ケースの封印が通常の貸与品用封印かどうかを警備責任者へ尋ねています」

 

 俺は鐘楼の作動記録を投影した。

 

「伯爵はその後、時計管理官を訪ねました。午前九時の開場を告げる鐘が正確だったか、正午の公式時刻信号を止められるかと質問しています」

「記念の日の時刻を気にしただけだ」

「正午に何が起きるか知らなければ、その時刻信号を止める理由はありません」

 

 レオノーラは採取袋を持ち上げた。中には、ヴァルク家の鷹を刻んだ反対印が入っている。

 

「反対印は、展示補佐員によって白絹に包まれ、銘板の裏へ置かれていました。契約上の掲示方法には反していましたが、大封印の認証範囲内にあったため、旧法上の反対印としては有効でした」

 

 俺は床の擦過痕と、伯爵の杖の石突きを拡大した記録図を並べた。

 

「ところが反対印は、台座の下へ押し込まれていました。床から採取された銀粉と黒い漆片は、伯爵が使用していた杖の材質と一致しています。石突きの幅と、縁の欠けによって生じた二本の傷も、床の擦過痕に合う」

 

 材質だけなら、同じ杖はほかにもあるかもしれない。

 

 だが、伯爵は杖を他人へ貸していないと認めている。反対印が移された時間帯、伯爵が銘板の近くにいたことも確認されていた。

 

 そして何より、先ほど彼自身が、一族を守るために反対印を隠したと認めている。

 

「あなたは、最初の二つの不備を作ったわけではありません」

 

 レオノーラが言う。

 

「しかし、展示を止めて奉献の成立を防ぐ代わりに、反対印を台座の下へ押し込み、条件が確実に揃うようにした」

「青涙を守る方法は、ほかになかった」

「展示を止めることはできました」

「理由を説明すれば、ヴァルク家の権利が疑われる!」

「説明する必要はありませんでした。貸与条件の第三項を示し、反対印が戻るまで公開を認めないと言えばよかった」

 

 伯爵は口を閉じた。

 

「それをしなかったのは、青涙を守るためではありません。展示を止めれば、補償請求権が発生しないからです」

「展示を止めたところで、何が残る! 売ることも担保にすることもできない宝石と、返せない借金だけだ。三百年の家宝を抱えたまま、領民に飢えろと言えというのか!」

 

 伯爵の声が展示室へ響いた。

 

「だから、奉献が推定された瞬間に盗難を申し立てた」

 

 レオノーラは机の上の契約書を開く。

 

「ヴァルク伯爵家は、ヴィダル商会から金貨八万枚を借りています。その追加担保とされたのが、青涙に盗難、滅失、修復不能の損傷が生じた場合の補償請求権です」

 

 補償額は、サリアが算出した金貨十二万枚。

 

 しかし、法令による奉献や没収、相続といった権利変動は、補償の対象外と明記されている。

 

「青涙が奉献財産令に基づき、王家へ奉献されたものと推定されても、それは補償対象となる盗難や滅失には当たりません」

 

 レオノーラは伯爵から視線を外さない。

 

「伯爵家は青涙への権利を失うおそれがある一方、補償は受けられず、借金だけが残ることになります。だからあなたは、法的な権利変動を、すり替えによる盗難事件へ変えようとした」

「領地を守るためだった」

 

 伯爵は、三年の不作と、壊れた用水路と、二度却下された救済申請を繰り返した。

 

「補償が支払われれば、商会へ借金を返し、残った金で領地を立て直せる」

「その事情は聞きました」

「ならば分かるだろう! 青涙は王家へ戻る。商会は貸付金を回収する。博物館には補償する力がある。領民も救われる。誰も困らない!」

「館長は職を失うかもしれません」

 

 レオノーラが答える。

 

「警備責任者も処分を受ける。サリア鑑定士は免許を失う可能性がある。博物館は、起きてもいない盗難の責任と金貨十二万枚の損失を負う」

「王家の機関には支払う力がある」

「支払う力があることと、嘘によって支払わせてよいことは別です」

 

 伯爵は言葉を失った。

 

 レオノーラは声を少しだけ低くした。

 

「困窮する領地を救おうとしたこと自体を、私は笑うつもりはありません。ただし、その目的が、他人を欺いて責任を負わせる行為を正当化するわけではない」

「私は何も盗んでいない」

「ええ」

 

 レオノーラは、ケースの中の青涙を見る。

 

「あなたが奪おうとしたのは、宝石ではありません」

 

 レオノーラは、集められた関係者を見渡した。

 

「全員が、事実を知ったうえで自分の結論を出す機会です」

 

 誰が責任を負うべきなのか。

 

 伯爵家の権利は、本当に完全なものなのか。

 

 そして、青涙に何が起きたのか。

 

「それらを判断するための情報を隠し、代わりに『盗難事件である』という結論を押しつけようとした」

 

 展示室に長い静寂が残った。

 

 誰も反論しなかった。

 

 レオノーラは、今度はサリアへ顔を向ける。

 

「サリア鑑定士は、伯爵の計画へ加わっていたわけではありません。少なくとも、その証拠はない」

 

 サリアの肩がわずかに下がった。

 

「ただし、彼女はヴィダル商会の依頼で青涙の補償額を私的に算出し、権利関係に問題がある可能性を知りながら、鑑定院へ報告しなかった。事件発生後には、自分の行為が明らかになるのを避けるため、名紋の変化が法的な理由でも起こることを伏せました」

「私は……盗難事件として処理されれば、私的評価書の経緯まで調べられないと思いました」

 

 サリアが答える。

 

「ええ。だから盗難説を否定しなかった」

 

 レオノーラはヴィダルへ視線を移した。

 

「ヴィダル商会が、伯爵による反対印の隠匿を事前に知っていた証拠もありません。ただし、サリア鑑定士の父親の工房が負う債務を利用し、私的な評価を行わせた事実については、正式な調査が必要です」

 

 ヴィダルは不満そうに唇を結んだが、反論しなかった。

 

 館長は、反対印を法的意味の薄い旧式の形式として扱った。

 

 ドランは、王家大封印を流用した事実を隠し、防犯上の機能だけを説明した。

 

 サリアは、名紋の変化をすり替えだけで説明できるように語った。

 

 伯爵は、権利の変化を盗難へ読み替えようとした。

 

 四人が同じ嘘をついていたわけではない。

 

 それぞれが、自分にとって都合の悪い部分だけを真相から取り除いた。その結果、残された事実は、盗難事件の形に見えた。

 

 王室財産院の調査官が咳払いをする。

 

「奉献財産令による青涙の帰属については、正式な裁定が必要です」

「王家のものではないのか」

 

 館長が尋ねた。

 

「法令上は、王家へ奉献され、王室財産となったものと推定されています。ただし、博物館側の契約違反を契機としており、伯爵も王家へ奉献する意思ではなく、盗難を装う目的で反対印を隠しています。その行為を有効な奉献意思と評価できるか、あるいは詐欺目的で作られた外観として無効とするかは、正式な審理が必要です」

「では、ヴァルク家へ返還される?」

「それも即断できません。そもそもヴァルク家が、完全な所有権を持っていたのかが争点になります」

 

 青涙は目の前にある。

 

 物理的には、午前九時から一歩も動いていない。

 

 それでも誰のものなのかは、誰にも即答できなくなっていた。

 

 法律というものは、物を動かさないまま、人間だけを迷子にする。

 

「当面、王室財産院の管理下で保全します」

 

 調査官は俺を見る。

 

「現在の大封印を解除し、中立保管用の封印へ変更したい。アーデン技師、対応できますか」

「できます。ただし作業中は、関係者全員を外周結界の外へ出してください」

「私も?」

 

 レオノーラが尋ねる。

 

「あなたは特にです」

「手元を見たいのだけれど」

「見れば何か思いつくでしょう」

「良いことじゃない」

「俺にとっては違います」

 

 関係者を外周結界の外へ下がらせる。隣室で待機していた、王家大封印の解除資格を持つ二人の技師が入室し、俺とともに結界内へ残った。

 

 一人が白の固定線を監視し、もう一人が青の施設接続線と中立器を担当する。俺は中央で、金の法的認証線の解除を受け持った。

 

 人間が作った事件の説明は複雑だったが、封印の解除手順は明確である。

 

 白の固定線。

 

 青の施設接続線。

 

 金の法的認証線。

 

 この順序を崩してはいけない。強引に切断すれば、警報と拘束術式が同時に起動する。固定線を緩め、接続されている魔力を中立器へ逃がし、最後に認証だけを解除する。

 

 道具は正しい順番で扱えば、正しく動く。

 

 人間より、その点では信用できた。

 

 左側の技師が、白の固定線を一本ずつ緩める。ケースを支える術式圧が規定値まで下がった。

 

「固定線、安定」

 

 右側の技師が、青の施設接続線を中立器へ切り替える。館内結界から流れ込んでいた魔力が、水晶瓶へ吸収されていった。

 

「施設接続線、分離完了」

 

 俺は金色の術式線へ解除針を合わせた。

 

「認証線を外します」

 

 王室財産院の調査官が解除開始欄へ署名し、俺へ頷いた。

 

 金色の術式線へ解除針を差し込む。

 

 封印が低く鳴り、手元へ重い抵抗が返ってきた。通常の貸与品用封印なら、これほど複雑な反応はない。

 

 反発する魔力を中立器へ流す。金色の光が解除針を伝い、足元の水晶瓶へ落ちていく。

 

「フェリクス」

 

 外周結界の向こうから、レオノーラの声がした。

 

「話しかけないでください」

「右下の認証線、逆流しかけているわ」

「見れば分かります」

「そう」

 

 分かっていた。

 

 分かっていたが、彼女が指摘した直後に逆流が一段強くなったため、反論の説得力は失われた。

 

「中立器を第二経路へ」

 

 中立器を担当する技師が弁を切り替える。抵抗が弱まり、金の認証線が一本ずつ消えていった。

 

 最後の一本を抜く。

 

 封蝋に刻まれた王家の冠が、乾いた小さな音を立てて割れた。

 

「解除完了」

 

 外周結界は正常。

 

 警報なし。

 

 拘束術式の誤作動もない。

 

 俺が息を吐くと、展示室にいた人間たちも、少し遅れて息を吐いた。

 

 手袋を交換し、硝子蓋を慎重に持ち上げる。

 

 青涙が、一般公開後初めて外気へ触れた。

 

 大封印の解除を確認すると、隣室で待機していた王室財産院の鑑定官が入室した。

 

 サリアは、その鑑定官とともに正式な再鑑定を始めた。

 

 サリアが搬入時の記録を読み上げ、鑑定官が重量、寸法、欠損、内包物、切削痕、魔力波形を独立して確認する。警備隊副隊長が鑑定中の警備を監督し、財産院調査官がその手順を記録した。

 

 長い検査のあと、鑑定官が顔を上げた。

 

「搬入時の王妃エルシアの青涙と同一の石に相違ありません」

 

 サリアも、無言で鑑定書へ署名した。

 

 宝石は本物だった。

 

 内部には、依然として王家の冠が浮かんでいる。

 

「不思議ですね」

 

 俺が言うと、レオノーラが隣へ来た。

 

「何がです?」

「これだけ人間が嘘をつき、責任を押しつけ合ったのに、石は一度も嘘をついていない」

「封印と同じ?」

「こちらのほうが、かなり高価ですが」

 

 レオノーラは青涙を見た。

 

「王家を選んだように見えるわね」

「選んでいませんよ」

 

 名紋石に意思はない。

 

 王妃の記憶も、ヴァルク家への忠誠も、困窮する領民への慈悲も持っていない。

 

 石は、人間が作った法律と儀礼に従い、術式が認証した帰属先の紋章を映しただけだ。

 

「青涙は王家を選ばない」

 

 俺は言った。

 

「人間が作った制度が、石にそう見せているだけです」

 

 レオノーラは少しだけ笑った。

 

「それ、報告書の表題に使いましょう」

「嫌です。詩的すぎます」

「では、事件記録の表題に」

「もっと嫌です」

「決まりね」

 

 決まっていない。

 

 だが九年の経験上、彼女がこの調子で決めたことは、翌日には正式な書類のどこかへ記載されている。

 

 青涙は中立保管用の箱へ移され、王室財産院の封印が施された。

 

 事件は解決した。

 

 正確には、何が起きたのかが明らかになった。

 

 青涙の最終的な帰属や、関係者の処分については、これから役人と法律家が時間をかけて決めることになる。

 

 俺の担当ではない。

 

 それだけが救いだった。

 

 館内の封鎖解除を知らせる鐘が鳴った。窓の外は、すでに暗い。

 

 そこで俺は、本日最後の未解決事項を思い出した。

 

「主任」

「何?」

「食堂の予約時刻を、三時間ほど過ぎています」

 

 レオノーラの動きが止まった。

 

「……まだ入れるかもしれないわ」

「根拠は?」

「王国の至宝に関する事件を解決した客を、無下にはしないでしょう」

「食堂は王室機関ではありません」

「事情を説明してみる価値はある」

「予約証は?」

 

 レオノーラは外套の内側を探った。

 

 右側。

 

 左側。

 

 鞄の中。

 

 再び外套。

 

 その顔を見て、嫌な予感がした。

 

「まさか」

「封蝋紋様の写しを取るために使った仮台紙」

「予約証ですね」

「裏面が白かったから」

「証拠そのものに触れていないことだけが救いです」

「結果として事件は解決したわ」

「結果で手順を正当化するなと、今日だけで何度言わせるんですか」

 

 レオノーラは答えなかった。

 

 代わりに、中立保管箱を運び出す職員たちへ道を譲る。

 

 王妃エルシアの青涙は、厳重に守られながら展示室を出ていった。

 

 俺たちの夕食の席は、それよりはるかに簡単に失われたらしい。

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