救助は来る。
今でもそれを信じているのが桑原組の長こと桑原先生だった。
行き付けの美容マッサージへ行けなくなってからの衰退は日に日に増していき、歳の割にはと持て囃されていたのも過去の栄光。
そんな桑原先生にとってココナッツオイルは正に天啓と呼ぶに等しい品で、これが無くなると発狂してしまう。
桑原組はおっさんのココナッツオイルと引き換えに、衣服の修繕や洗濯を請け負い、おっさんが初めて建てた瓦屋根の家を中心にして、ちょっとした集落を形成している。
もちろん組の長である桑原先生は瓦屋根の家に住み、一家の大黒柱として生徒達を取り仕切っていた。
生徒達は桑原先生に対して不満があるとは口に出来ず億劫な気分で毎日を過ごしているものの、逆らえば野鳥も驚くような金切り声で、長ったらしいお説教が待っているのは周知されている。
そんな修繕班と選択班は迫り来る危機を感じていた。
二ヶ月弱の無人島生活で15歳のうら若き乙女達は今なお成長途中。
服のサイズは元より、下着のサイズが合わなくなってきている者がチラホラと出始めたのだ。
穴あきや解れ等の修繕であればどうにかなるが、成長に合わせたサイズを上げたり、痩せてサイズが合わなくなったりと、様々な問題が出始めてしまった。
この問題に対して重い腰を上げたのがおっさん。
ゆりね立っての希望とあっては動くしかなかろうなのだ。
「南国なんだし、ゴムの木くらいはあるだろう」
天然ゴムを求める捜索隊はあっという間に結成され、おっさんとみさとの両名はジャングルの中を彷徨った。
光沢の葉が特徴と言えどおっさんは実物を見たことがなかった。
木の幹に斧の刃で傷を付けていき、白い樹液が滲む木を探し回る。
みさとの勘は金が絡むと真価を発揮するので、ゴムの木には価値があるのだと教えたが反応は薄い。
「食べ物だとビビってくるけどさ。樹液でしょ? なんだかなぁって感じ」
「ゴムボールで遊べたりするぞ」
「それは面白そうだし、娯楽が少ないから皆んな喜ぶかも」
少しはやる気をだしてくれたみさとを前衛に配置して道なき道を進む。
帰る方法は傷つけた木を目印にすれば良いので、気兼ねなく進んでいける。
「ここってどの辺りになるの?」
「湖より東側。滝壺があった方角の反対側だな」
「よく分かるね。私にはどこにいるかサッパリ」
太陽を確認しているとはいえ、時間経過によって太陽の位置は変わる。都度調整をしているがおっさんとて油断をすると迷う自信はある。
「帰りは樹液が出ているか確認をしながら戻る。そろそろいい頃合いかな」
「ええーもう戻るの? 何も見つけてないよ」
「確かに手ぶらで帰るには勿体無いか。この辺りで食べ物を探してみるか」
「むむ、何やらお金の匂いがする」
「んな馬鹿な……」
周囲の匂いを嗅ぐみさと。
地面を真剣に見つめて掘り出してから一転、苦い表情でおっさんの方に振り向いた。
「黒いうんこだった。もう最低ー」
「ん? それはおかしい。この島に哺乳類はいない。ならそれは……」
みさとの足元にある拳ほどある大きさの黒い塊を掴む。
匂いを嗅ぎ、おっさんは驚愕の表情を浮かべた。
「間違いなくこれは黒トリュフだ」
「このうんこみたいなのが?」
「世界三大珍味ゲットだぜ」
「え、まさか食べるの?」
「お嬢様学校に通っていたならトリュフくらい食った事はあるだろ?」
「あるにはあるけどさ。調理されたやつしか見た事ないよ」
「ほれ嗅いでみ」
トリュフをみさとの鼻先に近づける。
「土の匂いしかしない」
「金目の物にだけ反応していたのは冗談ではなく本当だったのか」
二度目の驚き。
みさとの金における嗅覚は異常だ。
だがそのお陰で貴重な食材を採れた。
おじさんの帰りの足取りは軽く、みさとに急ぎすぎだと叱られた。
本来の目的であるゴムの木も見つかった。
湖から南東の位置に群生していて、家から2時間程の距離があった。
切り込みを入れて滴る樹液を採取するには容器が必要で、おっさんは木の容器を作って設置して回った。
雨が降るとサラサラの液状になって台無しとなるので、雨が降る前に樹液を回収できれば御の字。
桑原組にこの旨を伝えた。
次回の回収時には裁縫班と選択班に場所を知ってもらう為に同行をする予定だ。
解決の糸口が見つかり、胸をひと撫でした所へまた新たな問題が
やってくる。
畑を広げていた場所の近くに最近移り住んでいる女生徒がいて、土地の所有権を主張し始めたのだが、こちらとしてはせっかく耕した畑を失いたくはない。
向こうの言い分を詳しく聞いてみると、「住んでいる場所から近いから自分のものだ」というジャイアン気のある主張を一点張り。
誰の所有物か分からぬこの無人島で、初の領土問題が発生してしまった。
おっさんとしては事を穏便に済ませたいと思っているが、しかしこの件に関して大激怒している方々がいた。
それが今現在畑に水を引く工事を行なっている生徒会メンバーと、報酬目当てに汗水流して労働を行っている一般生徒達約50名。
生徒会は事の重大さゆえ工事を中断。
臨時集会が開催された。
「沈めましょう」
第一声は麗華からだった。
「ジャングルの奥深くへ放り捨てれば良いのでは?」
次はねねの声だ。
「法が適用されないこの島で所有権を主張されるとは。滑稽で笑えますね」
普段は大人しいハルコでさえこれだ。
協力者という立ち位置にいる生徒達の大多数が「ふざけるな」と怒気を滲ませていたのも拍車をかけている。
翌る日も翌る日も地面を掘り続けていた肉体労働者達は血に飢えていたのだ。
「多数決をとります。順次これだと思うものに手を挙げていきなさい」
麗華が放った鶴の一声で会議は収束し、そして多数の賛成票によって『おっさんに襲わせる』という目を覆いたくなるような内容に決定してしまった。
「異議あり。レイプは好みません」
「私を襲ったくせに」
ねねの反論にはぐうの音も出ないおっさん。
だがこのままでは女生徒の身が危ない。
暑さで皆の頭がイカれ始めている。
「穏便に事を収めたい。別の案を求む」
「私も決定したこの内容には反対の立場です。いくら多数決で決まろうと、人の尊厳を踏み躙る行為は控えるべきです」
最もな意見が麗華の口から出たが、真っ先に沈めると言った過去の発言はいつの間にか闇の彼方へと葬り去られていた。
会議は紛糾したが、ハルコが手を挙げて提示した『引っ越し案』で場の流れが変わった。
ところがその案には致命的な欠陥があった。
「良い土地をこちらで探して提供されてはどうですか?」
「狙いは『畑のある土地』だ。引越し先に畑がなければテコでも動かんだろう」
「畑を作ってあげたら良いのでは?」
「その良い土地へ水を引くのは
おっさんの回答に静まり返る一堂。
「やはり沈めるしかないようですね」
「会長、お供します」
「手を汚す覚悟はできています」
スコップやクワを手にして立ち上がる労働者達。
炎天下で作業をしていた弊害が現れていた。
「日に当たりすぎて皆正気ではない。木陰で休もう、な?」
「少し熱くなりすぎましたわ」
「ですね。休みがてらお茶にしましょう」
ペットボトルに入っていた赤茶色の液体を飲み始める麗華。
何を隠そう、その正体は紅茶である。
熱帯地域で育つチャノキという常緑樹の若目から紅茶は作られている。
生徒会は以前集めた有益情報であるこの紅茶の存在を完全に秘匿している。
秘匿している理由としては若目を摘むので数はそこまで採れないのと、万が一枯らしてしまうと今後二度と飲めなくなるという恐れがあったから。
なのでおっさんですら茶葉の在処は知らされておらず、麗華もこの情報だけは絶対に教えてはくれない。
製法も乾燥期間を挟む為、最近ようやく飲めるようになったと嬉しそうにしていた。
「私ので良ければ一口如何です?」
飲みかけのペットボトルをおっさんに手渡したのは麗華。
ねねは目を大きく広げた。
おっさんは迷う事なく飲み口を咥えてゴクリと喉を鳴らした。
そしてそのまま麗華に回すと躊躇いなく飲み口に触れ、周囲から音が消えた。
「ふう、生き返りますわ。あら皆さまどうされましたか?」
口移しで食べ物を与えて以降、麗華のおっさんに対する忌避感はゼロにも等しい。嵐の夜に腕を組んで眠っていたのを垣間見たとは言え、おっさんの唾液がついた飲み口に触れていたという信じ難い事実に、娘達の脳は完全に止まった。
「会長に触れて……はいなくとも、よくも穢してくれましたね!」
「待て、これは不可抗力だ!」
ねねの容赦のない断罪劇は休憩時間が終わるまで続いた。
暑さが和らいだのか、脳の再起動を済ませたからなのか、中断をしていた会議が再開されると思いの外早く解決案が見つかった。
「共同経営か」
「労働力を対価として提供するのであれば、私達は誰も文句は言いません」
「落とし所としては悪くありませんわ」
「交渉は麗華に任せる。問題があればまた考えよう」
こうして考えた折衷案を携えて麗華は交渉に向かい、見事契約を勝ち取って来た。
契約書には本人の名前の横に血の匂いがする指紋が押されていた。