名もなき器に、おかえりを 作:朝麦亭の四人目
「作戦会議をします」
私は担架の上で言った。
「議長は私」
「却下」
アデルが即答する。
「早くない?」
「議長は全員」
「四人で一人の議長?」
「レオナもいる」
「五人で一人。頭が多くて強そう」
王墓の隠し回廊。氷の扉の向こうに、第四火種がある。守っているのは三体の白夜獣。百年前、ユリアを忘れた三人の残響。
倒さなければ火種は取れない。でも、できれば殺したくない。
「残響は本人ではない」
シエナが日記へ三体の形を描く。
「ユリアの言うとおり。百年前の灯と記憶が、白夜で獣の形になったもの」
「じゃあ倒しても、三人を殺すことにはならない?」
ミナが聞く。
「ならない。でも、残っているものは消える」
「名前を返したら?」
私が言う。三人がこちらを見る。
「水の塔と同じ。売られた記憶は、持ち主の名前を呼ぶと道を思い出した」
「獣はユリアの記憶ではなく、三人の残響」
「でも三人が獣になったのは、ユリアを忘れたからでしょ」
忘れた穴へ白夜が入った。空席の理由を知らないまま、守るものを失った。
「四人の名を呼ぶ」
ユリア。カレン。ニルダ。マーヤ。
「戻る場所を作る」
「試す価値はある」
レオナさんが王墓の図を広げる。
「問題は、名を呼べる距離まで生きて近づけるかだ」
そこ。私は動けない。アデルは肩を傷め、ミナは治癒の使いすぎで右手を焼いている。シエナも一度心の灯が砕け、まだ長い術式を続けられない。
元気なのはレオナさんだけ。
「私が三体を引きつける」
レオナさんが言う。
「その間に四人は扉へ」
「一人で?」
「五人で決めろと言うなら、私はそうしたい」
言い返せない。自分で選ぶ。危険も知っている。
「一人にしない方法は?」
ミナが図を見る。シエナが三つの火種を並べた。第一は私の右手。
第二は日記。第三はアデルの剣。火種同士は、離れていても光で合図できる。
「フィアを中央」
シエナが言った。
「その周りを三人で囲む」
「私たちは?」
レオナさんが聞く。
「外周。獣を引きつけながら、中央の合図で位置を変える」
「三人のうち、二人はフィアを運ぶ必要がある」
アデルが指摘する。
「運ばない」
シエナは、王墓にあった王の棺台を指す。石の台。
床の溝へ沿って動く。
「あれに載せる」
「生きてるのに棺台」
私の扱いが少しずつ雑になる。
「議長権限で、もう少し縁起のいい乗り物を要求します」
「議長ではない」
「多数決を」
誰も手を上げなかった。棺台に決まった。
*
氷の扉を開く。最初に冷気が出た。白夜の霧。
でも、外の霧とは違う。中に三人分の声が混じっている。
『誰を守っていた』
『なぜ剣を持った』
『誰へ文字を教えた』
『誰と同じ寝台で朝を待った』
問いだけ。答えの名前がない。広間の中央へ、金色の第四火種が浮かんでいる。
その周りを三体の獣が回る。一体は、鎧をまとった白い狼。カレン。一体は、体中へ文字を刻んだ長い蛇。
ニルダ。一体は、人の手を持つ白い鳥。
マーヤ。
「本人じゃない」
ミナが自分へ言う。
「でも、名前はある」
私が返す。レオナさんが広間へ入った。狼が飛ぶ。剣で受ける。
金属音と一緒に、アデルも右へ走った。第三火種の剣で、狼の爪を弾く。
「カレン!」
名を呼ぶ。狼の動きが一瞬止まった。すぐ、さらに強く噛みつく。
「呼ぶだけでは足りない!」
アデルが押し返される。
「ユリアも!」
私は棺台の中央から叫んだ。
「カレン。あなたが守ったのは、ユリア・アステル!」
狼の鎧へ亀裂が入る。中から、赤い髪紐が見えた。石板に書かれていた、剣鞘へ残る髪。
「効いてる」
シエナが日記を開く。蛇がこちらへ来た。床の文字が光り、棺台の溝を塞ぐ。
「ニルダ!」
シエナが青い火種を放つ。蛇の文字と、日記の文字がぶつかる。
「あなたの日記から消された名は、ユリア・アステル」
蛇が尾を振る。青い線が割れた。棺台へ迫る。私は右手を上げた。
第一火種で押し返せる。傷を移す術ではない。
火種の熱だけなら使える。
「使う!」
「右へ三尺!」
シエナが答える。赤い火を右へ放つ。蛇の顔を逸らす。
その隙に、ミナが棺台を押した。床の溝を進む。
「次、鳥!」
白い翼が頭上を覆う。人の手が、私の胸へ伸びる。治そうとしている。
違う。
傷を確かめ、灯替えで受け取ったものを元の持ち主へ返そうとしている。アデルの胸。
シエナの心の灯。ミナの白夜凍結。一度に返せば、三人が倒れる。
「マーヤ、やめて!」
鳥は止まらない。ミナが私の上へ体を入れた。
「ミナ!」
「守る役!」
右手の治癒灯を、鳥の手へ合わせる。緑と白がぶつかる。
ミナの火傷が開く。血が落ちる。
「灯替えを」
使いたい。声へする前に、ミナが叫んだ。
「使わないで!私の傷!」
待つ。
代わりに名を呼ぶ。
「マーヤ!」
何を言えばいい。石板には、杯が四つあったと書いたのはマーヤ。最後まで空席を見ていた人。
「あなたは、ユリアの杯を捨てなかった!」
鳥の翼が揺れる。
「忘れても、四人だったって書いた!」
ミナが光を押し返す。
「マーヤが治したかったのは、ユリア!」
白い鳥の胸から、杯が落ちた。石の床へ当たる。四つに分かれた光が広がった。三体の動きが止まる。
「今!」
レオナさんが叫ぶ。棺台を中央へ進める。アデルが左。
ミナが右。シエナが後ろ。私は中央。レオナさんが外周。
三体が、もう一度動いた。今度は同時。
狼がアデルへ。蛇がシエナへ。鳥がミナへ。
百年前の三人と、今の三人が向き合う。
「交代!」
私は叫んだ。アデルが狼を受けたまま、右へ流す。ミナが鳥を治癒灯で誘導し、左へ。
シエナが蛇の文字を中央へ集める。三体の軌道が交差した。
「伏せて!」
三人が一斉に低くなる。狼の爪が蛇の文字を裂く。蛇の尾が鳥の翼へ絡む。
鳥の手が狼の鎧を外す。互いに傷つけた。でも消えてはいない。中から、人の形が見える。
騎士。術師。
侍女。
「殺さない」
アデルが剣を逆手へ持ち替える。刃ではなく、柄頭の第三火種を狼へ当てた。
「思い出さなくていい」
私は言う。自分たちへも。
「記憶は戻らない。でも名前は残せる」
シエナが日記を開き、四人の名を書く。カレン。ニルダ。
マーヤ。ユリア・アステル。ミナが杯を拾う。四つに分かれた光を、一つずつ四人の前へ置く。
「四人分」
アデルが剣を床へ立てた。
「カレン。お前が守ったのは、ユリア」
シエナが蛇の額へ触れる。
「ニルダ。あなたが文字を教わったのは、ユリア」
ミナが鳥の人の手を握る。
「マーヤ。あなたが一緒に朝を待ったのは、ユリア」
私は三人を見る。百年前の三人。
「ユリアは、あなたたちを愛してた」
本人がそう言ったわけではない。でも記憶で分かった。
鍋にした兜。献立を書いた日記。盗んだ菓子。
最後に手を外す前の顔。
「あなたたちも、ユリアを愛してた」
思い出せなくても。杯と髪と日記に残るくらい。三体の獣から、白い霧が抜けた。
人の残響が立っている。カレンは剣を下ろした。ニルダは空白の日記を抱えた。マーヤは四つの杯を並べた。
その間へ、ユリアが現れる。白い服。
黒い髪。三人はユリアを見た。思い出した顔ではない。
知らない人を見る顔。ユリアは少しだけ寂しそうに笑った。
『はじめまして』
マーヤが言う。声は聞こえない。唇で分かった。
ユリアも答える。
『はじめまして』
四人の残響が、金色の火へ溶けた。第四火種が解放される。光は広間を一周し、ミナの治癒鞄へ飛び込んだ。
金色の糸が、鞄の留め具へ四つの輪を描く。
「私?」
ミナが目を丸くする。
「四人分の杯を持ったから」
シエナが推測する。第一火種は、私の右手。
第二は、シエナの日記。第三は、アデルの剣。第四は、ミナの治癒鞄。
四人が一つずつ持つ。
「集めた」
私は言った。信じられない。
「四つ全部」
ミナが笑う。アデルが剣を持ち上げる。
シエナが日記を閉じる。レオナさんも息を吐いた。
成功だ。
今度は、ちゃんと喜んでいい。
「やった!」
声を上げた。胸が痛んだ。
「痛っ」
「叫ばないで!」
ミナに怒られる。
「でも、やったよ」
「うん」
ミナが私の手を握る。
「四人で」
「五人だ」
レオナさんが訂正する。このやりとりも三回目だ。笑った。全員。
王墓に残る寂しさごと、少しだけ朝が来た気がした。
*
四つの火種が揃うと、王都への道が見えた。広間の床へ、レーヴェン王国の地図が光る。北の砦。湖の塔。
トール山。王墓。
四つの線が王都へ伸び、中央の暁鐘へ集まる。本来なら。王都の手前で、線が止まった。
黒い輪が、四つの暁鐘を内側から囲んでいる。
「封印?」
シエナが膝をつく。
「外からではない。鐘を管理する中央院から閉じている」
「暁鐘院が?」
レオナさんは、記録の地図と照合する。
「鐘が火種を受け取れないようにしている」
「どうして」
ミナが聞く。答えは、床へ出た。王都から四方へ伸びる白夜の流路。
北。西。東。三方向へ霧を流し、王都中央だけを空ける術式。
「王都を守るため」
私は言った。地方へ白夜を流す。火種で国全体の朝を戻すのではない。
王都だけを守り、ほかを冬へ沈める。北の流路が、強く光った。リーネ村の方角。王墓の壁へ、新しい王命が映る。
『冬至防衛計画。
北部第三線以遠を封鎖区域と定め、白夜流入先とする』
第三線。地図では、リーネ村より南。村は切り捨てる側に入っている。
「あと何日?」
私が聞く。
「北鐘が止まるまで十八日」
シエナが答えた。四つの火種は揃った。
でも王都の鐘は、内側から閉じられている。その間にも、白夜は北へ向かう。私たちの帰る家へ。