進路に悩む高校生の僕と幼馴染のふたり。
放課後の公園とファミレスで交わされた、自分たちの未来を決める少し変わった選択の話。

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雨の落ちない街で、僕らは進路に悩む

 小学生のころ、毎日ように遊んだ公園は、自分の家が入った集合住宅から歩いてすぐのところにある。

 昔も今も変わらず、太陽が少し西に傾くころになると、子供たちはこの公園に集まり、ブランコやジャングルジム、鉄棒といった遊具に散らばり、思い思いの時間を楽しむだった。

 決して広くはないが、この公園は子供たちにとっては貴重な遊び場なのである。自分はもう公園を走り回る年ではないものの、今でも毎日のように通っていた。

 公園の端にあるベンチに座って、遊び回る小学生をぼんやり見ながら、適当なことを考えるのが日課であった。

 

 普段なら大したことも考えず、なんとなく座っていたはずが、最近は進路について考えてばかりである。

 というのも、先日の面談で進路をどうするか担任に何も答えられず、進路を真面目に考えるよう釘を刺されたからである。

 これまで、学校が用意してくれた進路をみつめる機会を無駄にし、なんとなく学校生活を送ってきた。なんなら進路の話題は意図的に避けていたかもしれない。

 その分、今こうして生まれて初めて進路と真剣に向き合うのは、なかなか苦しいものがあった。

 

「大学進学か、就職か。どっちがいいのだろうな」

近くを遊ぶ小学生にすら聞こえないような声でつぶやく。

 

 これまで将来を見据えて勉強に身を入れてきたわけではないが、それなりにまじめに授業は受け、試験勉強もしてきた。

 そのおかげで成績はそれなりに良く、大学進学が望めないわけでもない。担任も自分が大学に進学することを望んでいるようだった。

 ただ、クラスメイトで大学進学を見据えるような学生はごくわずかだ。誰もが厳しい現実と向き合い、この社会に貢献しようと高い志を抱いている。

 明確な目標ももたず、ただ適当に生きてきた自分が進学を希望するなど、失礼なことのようにさえ思えた。

 

 となると、就職が無難な選択なのだろう。実際、両親からも以前「就職してほしい」と言われていた。  

 ただ、就職については進学以上にこれまで意識してきておらず、どんな生活を送ることになるのか正直ほとんど想像できない。

 何よりもインドア派な自分が社会に出て働ける自信がまったくなかった。

 

 公園中を駆け回る子供たちを横目に、そんなことを延々と考えあぐねる。

 思考が行き詰まり、ふと首を後ろに倒すと、頭上に広がるガラス状の半透明な天井越しにどんよりとした雨雲が見えた。この人工都市の中にまで雨が落ちてくることはない。

 そのおかげで濡れずに物思いにふけっていられるはずなのだが、気分は沈む一方であった。

 

 公園中を走り回っていた子供たちが遊び疲れ、解散するにいたっても、思索が深まることない。

 辺りが薄暗くなり、さすがに自分もそろそろ家に帰るか立ち上がろうとしたとき、唐突に控えめな着信音が鳴る。

 抱え込んだリュックから小さく振動する携帯を取り出して画面を見ると、星野からだった。

 今から会えないか、とのことである。特にこれといった用事はなかったので、この公園にいることを伝えた。

 

「おーいたいた」

 

 手を振りながら、早歩きでこちらへ向かってくる姿が視界に入る。

星野は小学校からの付き合いで、運動が得意な、とにかく元気なやつだ。さっきまで目の前にいた小学生たちと同じように、かつて自分たちもこの公園でよく遊んだものだと、当時のことが思い出される。

 高校からそれなりに離れた場所にあるから、到着まではもっと時間がかかると思っていたのだが、想定よりはるかに早い時間で星野は現れた。

 どこにいたのか聞いてみると、どうやら私がこの公園にいると踏んで、連絡する前から移動を始めていたらしい。

 

「お前はいつもこの公園いるもんな」

 

 そう言った星野は、鼻の下をあて、どこか誇らしげな顔で隣に腰を下ろす。

 学校に行けば毎日会えるというのに、なぜわざわざ放課後にまで会いにきたのだろうか。小さな疑問を抱きつつも、自分たちは取り留めもない雑談を始めた。

 

 星野のバスケ部での話、自分が最近読んだSF小説のことなど、たわいもない雑談をしていると、気づけば公園から誰一人いなくなっていた。話の種もつきかけ、会話に静かな間が生まれ始める。

 そろそろ解散かなと、内心思っていると、星野はポツリと言葉を放った。

 

「お前、進路どうするの?」

 

 突然、星野が進路の話を切り出してきた。そういえば今日のホームルームでも、自分と星野の二人が進路希望調査書を早く出すよう担任にせっつかれていたのだった。

 大学進学か、それとも就職か。担任からは真剣に考えろと言われたが、正直なところ全然考えがまとまっていないのだと、自分はそのまま口にした。

 

「そっか。でもお前なら、やっぱ進学だろ? どこ狙うつもりなんだ?」

 

「蓬莱大にはなると思う。目指せば受かるような大学ではないけど...」

 

 蓬莱大学は国内唯一の総合大学にして、最高学府だ。合格するのは不可能ではないとしても、相当な努力が必要なのは間違いない。

 私立の総合大学や特定の分野に特化した単科大学という選択肢もありはする。ただ、家計状況や、これといった強い興味関心を持たないことを踏まえると、進学を目指すならおのずと蓬莱大一択になる。

 

 そう頭では理解しながらも、蓬莱大に通う自分の姿は全く想像できなかった。

 

 

「俺の場合はさ、当然進学は無理だから普通に考えて就職しかないんだけど、ぶっちゃけ就職は気が進まない」

 

 神妙な顔で自分の話を聞いていた星野はやがて己の進路について話し始めた。

 

「自由気ままに遊び呆けた高校生活の次に、いきなり会社に縛られる身になるというのは...。うまくやれる気がさっぱりしないよ」

 

 星野はそう言って己の悩みを語った。重めな話が続き、いつの間にか下ばかり見ていた。不意にあいつの顔を見ると、いつの間にか途方に暮れた表情をしていることに気づいた。

 

「今どき、そんなきつい会社ばかりじゃないと思うけどな」

 

「星野なら、社会でもどうとでもなるさ」

 

 彼を励まそうと思い言葉を重ねる。憂鬱な進路についての話をしているうち、日は暮れ、ふたりの間の空気もすっかり重くなっていた。気分転換もかねて場所を変えようと伝えた。

 

 

 公園を出てしばらく住宅街を歩き、市街地に出る。薄暗い街灯の下、中心街でさえ数少ないネオンは消され、暗さが際立っていた。ニュースで報じられていた通り、電力不足が深刻らしい。

 空を見ても、星は見えない。昼からの雨は激しさを増し、嵐と変わったせいもあるだろう。

 こんな日は都市天井のスクリーンに撮影された星空が映しだされるはずなのだが、これも節電のため行われていなかった。

 

 

 もうしばらく歩くと目的のファミレスについた。

 とっくに日は暮れ、時短営業ですでに閉店しているかもしれないと不安だったが、店内は帰宅途中のサラリーマンや学生でにぎわいを見せている。

 このレストランはいわゆるイタリアン系のファミレスであり、安くてうまいことで、かつての日本でも人気だったらしい。転移事変による食糧危機の後、使う食材はすっかり変わってしまったが、今でも世代を問わず愛される人気店である。

 

 注文を済ませ、品が運ばれてくるのを待つ間に、僕たちは再び言葉を交わし始めた。

 

「今日お前に会おうと思ったのはさ、ただ進路の話をしたかったからじゃないんだ。....『夢領島』って知ってるか?」

 

 夢領島――最近発見されたばかりの無人島だ。面積は九州より一回りほど大きく、気候は温帯。豊かな森林や平野が広がるだけでなく、石油や鉄鉱石といった地下資源も豊富に眠っていると目されている。

 蓬莱政府が『新天地』と称し、国家事業として開拓を進めようとしている島だった。

 

 

「政府が開拓民の募集を大々的に行っていてさ、役場に勤める父から俺もそのチラシもらったんだよ。開拓民にはいろんな形態があるらしいんだけど、そのうち一つは土地を無償でもらえて自由に開拓できるのだとよ」

 

 星野は興奮気味に、夢領島の開拓民募集について語った。

 開拓民には大きく分けて二つの枠があるらしい。一つは「雇用型開拓民」。開発庁の下部機関に雇用され集団生活を送りながら開拓を行う方式だ。

 もう一つは自由開拓民と呼ばれ、指定された土地を所有権を得て自力で開拓を進めるものである。ある程度の開発指針は示されるものの、裁量はかなり個人に任される。

 一見すると自由開拓民の方が魅力的に思える。たが、文明の利器に囲まれて育った現代人にとって、未知の大型動物や感染症のリスクが潜む未開の地を自力で開拓するのは容易ではない。

 そのため、多くは前者の集団生活型を選ぶそうだ。

 

 そういえばこの開拓民の募集は十八歳以上からだったはずだ。進路の話をしている最中、

星野がわざわざそんな話を持ち出してきた理由は、火を見るよりも明らかだった。

 

「体力のある俺と、頭のいいお前となら、開拓民になってもうまくやれると思うんだよ」

星野は身を乗り出し、大真面目な顔で僕の目を覗き込んでくる。

 

 星野が突きつけてきたのは、進学でも、就職でもない第三の選択肢だった。自由開拓民になろうという誘い。口で言うのは簡単だが、未知の大地での開拓は想像を絶するような困難が伴うのは確かだ。

 運動が得意ではなく、インドア派な自分にとって、そのハードルは跳ねあがる。電気や水道すらないゼロからの開拓生活。

 トイレや風呂はもちろん、日々の食料調達ひとつとっても苦労することは目に見えていた。この快適な日常からは想像つかない過酷さと危険が待っているのは容易に予想がつく。

 

「お前もさ、外の世界... 本物の陸地に憧れたことがないわけないだろ?」

 

 考えれば、考えるほど開拓民になることの無茶を理解しながらも、星野の提案に胸を躍らせる自分がいることに気づいた。

 あいつはその後も、夢領島という新天地がいかに魅力的か、そこで送る開拓民の生活について留まるところを知らない熱量で語り続けた。

 

 転移事変が起きたのは今から十八年前。生まれてこの方、自分は海上都市から出たことはなく、陸地に上がって生活をしたことすらない。

 立体的に入り組んだ都市構造のせいで、普段は海の上に浮かんでいることすら忘れてしまう。それでも十七年間、鉄の街に閉じこまれてきたという、言いようのない閉塞感がなかったと言えば噓になる。

 だからこそ作り物の街ではなく、本物の陸地にあがり、自らの手で切り拓く暮らしに強く惹かれるのだ。

 

 危険と隣り合わせの開拓民になるかどうかは文字通り人生をかけた決断である。

 これまで散々頭を悩ませてきた就職か、進学かという葛藤が急にちっぽけなものに思えてきた。

 高校を卒業したばかりの未熟者二人が開拓民となって生きることの難しさを頭では理解しながらも、生まれてこの方本物の陸地を知らない自分にとって星野の語る夢には高揚感を抑えきれずにもいた。

 

「意外といいかもしれない」

ぽつりと出たひと言、不安と高揚のせめぎ合いの果てにでた声は、自分でも驚くくらい小さかった。それでも星野は自分の言葉を聞き逃さなかった。

 

「一緒に行こうぜ夢領島。今すぐ決めろって話ではないけどさ、絶対お前とならうまくやれるし、楽しいと思う」

星野は満面の笑みを浮かべ、今日一番の元気さで自分の返事に応える。

 そんな熱量に押され、より深く「こいつとなら本当にやれるかもしれない」という根拠のない確信が、自分の内側で静かに膨らんでいるのを感じた。

 

「行こう、新天地へ…夢領島へ」

 星野の強い思いに応えるように絞り出した声は自分でも驚くほどはっきりと響き、それに満足したようにあいつは大きく頷いた。

 

 すっかり忘れ去られていた皿の上の料理はいつの間にか冷めていた。冷えた培養肉のステーキを噛み締めると、その味はどこまでも濃く、格別にうまかった。

 




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