育ててみたくなっちゃって   作:全智一皆

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プロローグ 流血王

 

■  ■

 朝が来る。聞いてもいないのに、それを忙しなく伝えてくるかのように昇る太陽に対して、その男———アーサー・ドラコーンは肩を落としながら、深い溜息を零した。

 この様にして朝日を拝むのは、一体何度目だろうか。この世に生を受けてから、少なくとも数千年以上の時間は経過している筈だが、それでも未だにこの眩い光が心地よいものだとは思えない。

 これを受け入れる為に、安息の地とやらを求めて旅するなど、やはりアレの思考は理解し難いものだ。アーサーは追想の中で、阿呆らしいと毒を吐き捨てた。

 いつだったか、アーサーは自分の祖……もとい、この世界において『吸血鬼』と呼ばれている種族の始祖である女性、エリザベートからこんな事を聞かれた。

 

「ねぇ、アーサー。貴方は何故、血を極めるの?」

「は?」

 

 アーサーは呆気に取られた。

 別にその質問自体は、大したものではない。特にこれといった確信を突く様なものではなかったし、アーサー自身も、その問い掛けに深読みなんてしなかった。

 ただ、驚いたというだけの話である。

 アーサーにしてみれば、そんな質問をされる事自体があまりにも予想外と言うか……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう思わずにはいられなかったのだ。

 

「何を問うてきたかと思えば……何故血を極めるかだと? それが当然であるからだが」

「確かに、吸血鬼にとって血の力は絶大な武器であり、己の力の象徴と言っていい。けれど、(わたくし)を含めて、貴方以上に力を極めようとしている吸血鬼は居ないわ」

「口を開けば開く程、何故貴様が祖であるのかが疑問に思えてくる。そうまで理解し難いものか、力を極めると言うのは。己が腕を鍛え、技を伸ばし、この力が何処へ、この技が誰へ、如何様にして届きうるか。その強さへの好奇心、技術への探究心を抱く事———それが、そうも難解なものなのか?」

 

 吸血鬼は、人間や他の生物と比べても余りある長寿であり、もはや不老不死に限りなく近しい存在だと言っていいだろう。

 とは言え、それはあくまでも『近しい』に留まり、決して不死などでは断じてない。彼等は心臓を穿たれれば、太陽の光をその身に浴びれば、灰と化して死に絶える。

 しかし、その強さだけは本物だった。自身と他者の血を自在に操り、弱点である心臓さえ貫かれさえしなければ大抵の攻撃は受けたとしても瞬く間に再生する。

 アーサーは吸血鬼として、その強さを極める事に専念する異端の吸血鬼であった。

 何故? という疑問を抱くこともない。ただひたすらに、気が付いた時には、アーサーはその選択を取って、振り返る事もなくその道のみを真っ直ぐ歩いていた。

 

「そう……貴方は、安息とは程遠い人ね」

「得られるものを選ばず、ただ安らぎに沈む結末など、此方から願い下げだ。貴様の願い、貴様を慕う者を否定はせん。それを我に押し付けさえしなければ良いのだ、貴様らは。双方我が道を征く———ただそれだけを理解すれば良い」

 

 結局、あの女王との会話はこれが最後だった。

 聞く所によれば、エリザベートは『血の女王』として三日で三つの国に壊滅的な被害をもたらし、封印されたらしい。

 安息の地とやらを求め、吸血を抑えて日光を克服し、人々との共存を願ったあの女王が、どのような経緯を経てそう動いたのかはアーサーには知る由もないし、そもそも興味も無いが、しかし何処か不快に思えてしまう話だ。

 何らかの策略に嵌ったか、或いは内側から裏切られたのか……どちらにせよ、皮肉なものだ。嘲笑に値する。

 アーサーは心中で呟いて、鬱陶しい木漏れ日が刺さる森の中を抜け、広い場所へと出た。

 目の前に広がるのは、小さな町だった。それなりに人が居て、それなりに賑わっている場所らしいのが目に見えて分かる程度の、そんな町だ。

 

「ふむ———まぁ、期待薄ではあるが、探すだけ探してみるとするか」

 

 ボロ切れの様なコートから手を伸ばせば、その指先から真紅の糸が顔を見せる。

 血液操作———吸血鬼が持つ特殊能力であり、彼等にとっての武器そのもの。自らと他者の血を操作し、それをあらゆる形に取る事で戦闘を可能とする。

 アーサーはその血液操作を千年前から今日に至るまで、そして今日を超えて未来を辿るまで鍛え上げる。その過程で発想したのが、この糸状に血液を伸ばし、周囲を探索する技術———『血糸(けっし)』だ。

 風に乗り、指先の僅かな力で町まで伸びていく血糸は、その一本から三本、七本と、次々と枝分かれし、瞬く間に町全体を覆い尽くす程にまで拡大した。

 肉眼では直視し難い極細の糸は、簡単に人、動物の身体に纒わり付き、その生物の鼓動、血流から実力と魔力量を計測する。

 

「……やはり良物は無しか。分かっていた事ではあるが、仕方ない。まぁ、それなりに数はある———()()()()()()()()()()()()()()()

 

 吸血鬼は、血液を摂取する事でいつまでも生き長らえ、その分だけ力が増すという特性を持って生まれる。

 アーサーはその中でも異常な個体であった。彼は生まれながらに高い血液操作能力と才能を併せ持ったが、しかしその代償とでも言うべきか、彼には燃費が悪いという欠点があった。

 故に、アーサーの食事は膨大だ。一度の食事で数百、或いは数千が犠牲となる事などザラであり、年単位による町の壊滅が各国で確認される程だ。

 世界での共通認識であり、騎士団やヴァンパイアハンターが総力を挙げて探し出すも行方は掴めぬまま。遭遇が叶った連中は、一人の例外なく殲滅され、その場には血溜まりだけが残る事から、アーサーは称号付き(ネームド)として国が討伐を指定している。

 

千切蜘蛛(ちぎりぐも)

 

 開いていた掌を、握る。ただそれだけの単純極まりない動作が、全てを終わらせた。

 バラバラに。

 ぱらぱらに。

 さらさらに。

 ぐちゃぐちゃに。

 人も、犬も、猫も、鳥も。糸が纒わり付いたもの全てが、その身体を肉片一つ余す事なく斬り刻まれ、その血を糸が吸収して点滴の様にアーサーへと流し込んでいく。

 

「これなら数年は摂取せずとも構わんな。暫くは鍛錬に専念を……ん?」

 

 ふと、違和感に気付いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……感知出来なかった? 否、我の血糸を振り払ったと? 人間の視力では視認するのも困難な極細を?」

 

 ———意識せず、口角がつり上がった。

 アーサーは自らが強者の類に当てはまる者だという自覚があった。手を合わせた事はないが、アーサーにしてみればエリザベートの技術ですら底の底に等しい練度だ。

 人間ならば尚のこと。限りなく0に近い確率を引き当て、己と相対した敵は、尽くが弱者。魔力制御は洗練のせの字も掠らぬ外法に等しく、剣技など棒振りの方がまだマシと言うものばかり。

 だが———こんな事態は初めてだ。血糸を開発し、千切蜘蛛(ちぎりぐも)という技を編んでから、こんな事は一度だって起きた事がない。

 

「———愉快(おもしろい)な。まさかこの様な辺鄙な町にて、逸材を見付けるとは思わなんだ。直接この目で確かめねば」

 

 まだ陽が登っている時間帯であるというのに、アーサーはそんな事など気にも留めずに疾走を始めた。

 障害物? そんなもはない。何せ全てが血と成り果てたのだ。建物の損害を気にする必要すらもない。それを怒る人間は、全員纏めて死に絶えたのだから。

 魔獣の皮を使った特製のコートが日照りを遮り、進行を阻むもの全てを薙ぎ払って走り続けていると、随分と大きな屋敷に辿り着いた。

 おそらく、この町を管理していた者の屋敷だろう。大きな庭を持っている辺り、貴族か何かだろうか。まぁ誰にせよ、今回は運が悪かったとしか言いようのない巻き込まれだ。

 庭には誰も居ない。人、或いは犬であったのだろう血溜まりだけが残っている。アーサーは庭を素通りし、その大きく豪勢な扉を蹴破って中へと入り込んだ。

 すると———

 

「あ、う? なにが、おきて」

 

 階段の真上にへたり込んで、茫然自失となった少女が居た。間違いない———この女が、血糸を振り払い、生き残った逸材だ。

 

「ふむ。齢にして6、7と言った所か」

「だ、だれ……?」

「人にしても随分幼い。魔力が多い訳でもなさそうだが……触れれば分かるか」

「ひっ! やだ、やめて! こないで!!!!」

「喧しいな。幼子の叫び程、不快なものはない。少し黙っていろ、面倒だ」

 

 がっ、と少女の頬を掴む。真紅の目が魂を見抜き、恐怖を煽る。ガタガタと震えるだけの少女は、手も足も出せずに、ただその様にするだけだった。

 少しでも、反抗すれば———命は無い。それを理解させられる様に、少女の首にはあの紅い糸が巻き付き、少しずつ締め付けていった。

 

「……凄まじい天賦の才だな。これ程の傑物は目にした事がない。貴様、両親は何者だ? 英雄か何かか?」

「ひっ、ぁ、やぁ……!!」

「チッ……使い物にならん。この状態では会話も困難か。だが、コレを見放すのは惜しいな」

 

 間違いなく傑物。神域に半身を浸からせた天才と言って遜色はないだろう。

 この少女は人間だが、間違いなく吸血鬼である己に並ぶか、或いは超えうる存在になる可能性を秘めていた。

 それをこの場で殺す、或いは見捨てるというのは実に惜しい。折角、自らと比肩する事の出来る可能性を持った存在を見付けたのだから、ただ野放しにするのは勿体無いというものだろう。

 

「ふむ……実験代わりにもなる。コイツを教育してみるのも一興か。自らで技を鍛えるより、誰かに教える方が難しいとも聞く。暫くは此処に身を置くとするか」

「はっ、か、ぅ、ぉぇ…!!!」

「……あぁ、締め付け過ぎたか。つい加減を忘れた」

 

 うっかりしていた。そう言わんばかりにあっさりと。

 ひゅるりと解かれた糸が地を這い、取り戻された酸素をめいっぱい吸い込めば、朧気になりつつあった視界が鮮明になっていく。

 心の臓の鼓動は加速を止めない。死ぬ恐怖に意識が耐えられなくなっていた方が、もっとずっと楽だったなんて思う日が来るなど、少女は思ってもみなかった。

 

「はぁ、はぁ……」

「我はアーサー。アーサー・ドラコーンと云う者だ。人間の間では、『流血王』等という名で知られているらしいが……まぁ、そこは大した問題ではない。娘、今日(こんにち)より貴様の生殺与奪の権利は我の手中にある」

「なに…? なんで、そんなっ……」

「貴様には才がある。それを腐らせらのは惜しい。よって、我が貴様を教育してやる。力とやらの扱い方をな」

「……」

「我が憎いか? それなら好都合だ。憎悪と憤怒は人を駆り立てる最高の感情(スパイス)と聞く。我を殺したくば、殊更、我に師事すべきだ。まぁ……貴様に拒否権は無いがな」

 

 少女を放り投げるように手放し、屋敷全体へと血糸を蜘蛛の巣の如くに張り巡らせる。

 

「先も言ったが、暫くは此処に身を置く。一応、食料くらいは軽く見繕ってやる。餓死されても困るのでな。あぁ、それと逃げ出すのも構わんぞ。そうすれば、過度な修練への大義名分も得られるからな」

「…うっ、うぅ…!!!」

「好きなだけ叫んでおけ。どちらにせよ、今の貴様に出来るのはその程度だ。その幼稚な頭を捻り、撫でれば切り裂いてしまいそうな脆弱な手足を幾ら暴れさせたとて、我に攻撃を掠らせる事も叶うまい」

 

 アーサーの言い分は、実に正しかった。

 少女が幾ら暴れたとしても、その全ては空振りに終わる。少女とアーサーの間では、天と地が離れても尚もまだ足りない程の絶対的で、決定的な差があるのだから。

 

「今はただ泣き叫び、己が無力に苛まれていろ。それが貴様の糧になるらしいぞ」

 

 本人にその気はないが、その言葉は何処までも少女を嘲笑う様であった。




・アーサー・ドラコーン(チート吸血鬼)
『陰の実力者になりたくて!』の現地世界におけるチート吸血鬼。生まれながらに高い血液操作能力と才能を兼ね備え、そこから数千年の全てを自らの力と技の研鑽に注ぎ込んだ結果、某技名を叫んでから殴る漫画の伝説の二重属性使いみたいになったバケモノ。

・サラ・ブラド
転生者ちゃん。前世で通り魔にぶち殺されて、陰の実力者になりたくて!の世界に転生してきた。生まれ持った魔力量は普通だが、技量においてチート的才能を持っていたが為にアーサーに目を付けられてしまった可哀想な子。
陰の実力者になりたくて!はアニメだけ知っている。まだこの頃はこの世界がそうだとは知らない。
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