二体の試着は、予定の五分を大きく超えた。
歩行。
方向転換。
着席。
握手。
手を振る。
ほりぽんの翼開閉。
きよぽんの短い腕。
複数の動作を確認する必要が生まれたためだ。
特に問題となったのは。
ほりぽんの翼。
片方だけを試験的に可動式へしたが、開く時に紐が内部で引っかかる。
須藤が手を握っても、外側の羽根が途中までしか開かない。
『開かねぇぞ!』
「もう一度、強く握って」
堀北が指示する。
『壊れないか?』
「試作品だから、問題点を確認する必要があるわ」
『俺の手が壊れそうなんだよ!』
須藤が強く握る。
翼が勢いよく開いた。
その反動で、隣に座っていたきよぽんの頭部へ当たる。
軽い衝撃。
視界が揺れる。
オレは椅子から落ちそうになり、足を出して支えた。
「きよぽん!」
長谷部が駆け寄る。
「問題ない」
「ほりぽんが攻撃した!」
「事故よ」
堀北がすぐに訂正する。
「翼の開く速度が速すぎたわ」
『悪かった、綾小路!』
「中身の問題ではない」
ほりぽんの翼は柔らかい素材。
強く当たったわけではない。
それでも子供や他の着ぐるみへ接触すれば危険だ。
「開閉機構を弱くする」
幸村が翼を見る。
「一気に開くのではなく、二段階に分けるべきだ」
「紐の途中へストッパーを付ける?」
松下が尋ねる。
「ああ。一度握ると半分。さらに握ると全開」
「操作が複雑にならない?」
「本番では、全開動作をステージだけに限定する。通常の交流中は半開まで」
「それがいいわ」
堀北が採用する。
長谷部は、きよぽんの頭部を確認していた。
「傷付いてない?」
「大丈夫だ」
「ほりぽん、危険だね」
「意図的ではないわ」
堀北が少し強い口調で答える。
「分かってるけど」
長谷部も、ほりぽん自体を責めたいわけではない。
だがきよぽんへ何かが当たったことで、過剰に反応したようだった。
「波瑠加ちゃん」
佐倉が声をかける。
「きよぽん、ほりぽんに怒ってないと思う」
「何で分かるの?」
「友達だから」
佐倉は二体を見る。
「それに、ほりぽんもわざとじゃないし」
長谷部は少し黙る。
「そうだね」
きよぽんの短い腕を持ち上げる。
ほりぽんの翼へ触れさせる。
「きよぽんは怒ってないよ」
「勝手に動かすな」
オレの腕が内部で引かれる。
教室から笑いが起こる。
『ほりぽんも反省してるぞ』
須藤が言った。
「須藤くんの声で言わないで」
堀北が注意する。
『じゃあどうやって謝るんだよ!』
「頭を下げればいいでしょう」
須藤はほりぽんの身体を前へ傾ける。
だが頭部が重く。
傾けすぎた。
ほりぽんが前へ倒れそうになる。
オレは反射的に両腕を出す。
短いきよぽんの腕では、ほりぽんを支えられない。
実際の手は胴体内部。
外へ出せない。
三宅と平田が左右から支える。
転倒は避けられた。
「危ない!」
「前へ頭を下げる動作も制限が必要だな」
幸村が記録する。
「お辞儀は十五度まで」
「細かいわね」
軽井沢が言う。
「着ぐるみでは重要だ」
オレは答える。
「頭部の重心が前にある。深く下げると支えられない」
「きよぽん博士みたいになってる」
池が言う。
「一般的な安全性の話だ」
「本人監修」
長谷部。
「違う」
「きよぽんが勝手に?」
「使い方が違う」
またいつものやり取り。
二体の試着によって。
欠点が次々に見つかった。
だが問題が見つかるたび。
ほりぽん側。
きよぽん側。
関係なく、生徒たちが意見を出した。
どちらが代表になっても。
作るのは同じクラス。
動かすのも同じクラス。
安全を守るのも同じクラス。
二つの陣営は、完全に別れているわけではなかった。
◯
午後の授業が始まる前。
二体の着ぐるみは、一度教室後方へ移動させられた。
頭部はそれぞれ専用の台へ置かれる。
ほりぽん。
丸眼鏡。
白い羽根。
きよぽん。
ヨーグルト帽子。
眠そうな目。
教室の後方から、二体が授業を見守る形になった。
茶柱先生が入ってくる。
教壇へ立つ。
出席簿を開く。
そして。
後方の二体へ気づいた。
数秒。
何も言わない。
「先生」
池が呼ぶ。
「何だ」
「感想は?」
「授業を始める」
「どっちが可愛いですか?」
「池」
「はい」
「廊下へ出されたいのか?」
「出たくないです」
池は黙った。
茶柱先生は黒板へ授業内容を書き始める。
だが生徒たちの視線が、後方へ向いていることに気づいている。
「試験準備に熱心なのは構わない」
チョークを動かしながら言う。
「だが、授業中は授業へ集中しろ。後ろの着ぐるみが話しかけてくるわけではない」
「きよぽんは話しかけない設定です」
長谷部が答える。
「知っている」
教室が静かになる。
茶柱先生のチョークが止まる。
自分で何を言ったか気づいたらしい。
「先生、設定知ってるんですね」
軽井沢が笑う。
「知らない」
「今、知ってるって」
「毎日聞かされているだけだ」
「ほりぽんの設定は?」
佐藤が尋ねる。
「努力と成長」
即答だった。
教室がざわつく。
茶柱先生は額へ手を当てた。
「違う」
「何が違うんですか?」
「私が興味を持って調べたわけではない」
「でも知ってる」
「嫌でも覚えた」
「先生はどっちに投票します?」
「私に投票権はない」
「投票権があったら?」
教室中が答えを待つ。
茶柱先生はしばらく無言だった。
「どちらにも入れない」
「棄権?」
「フライング・モンキー」
池が期待する。
「それはもっとない」
「何でだよ!」
笑いが起きる。
茶柱先生は騒ぎを無視し、授業を始めた。
だが黒板へ向き直る直前。
一度だけ。
ほりぽんときよぽんを見た。
その目には。
最初に試験内容を聞いた時のような、完全な拒絶はなかった。
◯
放課後。
明日の投票へ向けた最終プレゼンの準備が始まった。
ほりぽん陣営。
きよぽん陣営。
それぞれに与えられる時間は十分。
形式は自由。
映像。
実演。
スピーチ。
グッズ。
何を使ってもいい。
投票は無記名。
全生徒が一票。
投票前に他の生徒と相談することは禁止されない。
ただし、ポイントや物品による買収は禁止。
「きよぽんグッズを配ったら買収になる?」
長谷部が尋ねる。
「投票前に無料配布すれば、影響を与える可能性があるわ」
堀北が答える。
「でも、ほりぽんの栞も配ってるよね」
「合同説明会以前に配った試作品よ。
明日の投票に合わせて新しく配布するつもりはないわ」
「じゃあ、きよぽんも今まで配った分は問題ない?」
「既存のものを回収する必要はないでしょう」
軽井沢の端末ケース。
佐藤のファイル。
龍園の端末。
森下の透明ケース。
すでに多くの場所へきよぽんステッカーが存在する。
今から全て回収することは不可能だ。
「追加配布は禁止」
堀北は明確にする。
「ほりぽん側も同じ条件よ」
「分かった」
長谷部は素直に従った。
勝つためなら何でもする。
そういう戦いにはしたくないのだろう。
「最終プレゼン、何をする?」
三宅が尋ねる。
「今日の二体並んだ映像を使う?」
佐倉が提案する。
「それだと、ほりぽんの宣伝にもなる」
幸村が指摘する。
「きよぽん単独の魅力を示す必要がある」
「じゃあ第二形態」
長谷部が言う。
「ヨーグルトを二個持つだけだろ」
三宅は呆れる。
「インパクトはある」
「笑われるだけじゃないか?」
「笑ってもらえるなら成功だよ」
「でも最終投票だぞ」
「だからこそ」
長谷部は本気だった。
「きよぽんは、格好よくするキャラじゃないもん」
きよぽんの強み。
笑い。
安心。
静かな存在。
「映像で見せるなら、頑張れない日のきよぽん」
佐倉が言う。
「合同説明会で説明した話を、短い映像にするの」
窓際。
落ち込んでいる動物。
きよぽんが隣へ座る。
何も話さない。
最後にヨーグルトを差し出す。
「愛里、絵を描ける?」
長谷部が尋ねる。
「今日中に全部は難しいけど……今までの絵を使えば」
「動画編集は私たちがやるよ」
軽井沢と佐藤が参加する。
「声は?」
「きよぽんは喋らない」
「最後の決め台詞は?」
「今回は入れなくていいかも」
長谷部が意外なことを言った。
『違う。きよぽんが勝手に』
きよぽん人気のきっかけ。
長谷部が最も気に入っている言葉。
「使わないのか」
オレが尋ねる。
「面白いけど、それだけのキャラだと思われたくないから」
長谷部はきよぽんの頭部を見る。
「明日は、クラスのみんなに選んでもらう日だから」
冗談だけで投票させたくない。
笑いだけで勝ちたくない。
きよぽんの役割を理解した上で選んでほしい。
長谷部の真剣さが伝わった。
「第二形態も?」
三宅が尋ねる。
「出す」
「そこは出すのかよ」
「大事だから」
真剣さの中にも、第二形態は必要らしい。
一方。
ほりぽん陣営。
堀北は最終プレゼンの構成を細かく決めていた。
最初。
入学直後のほりぽん。
空を飛べない。
勉強もできない。
友達もいない。
中盤。
失敗。
逃げる。
休む。
仲間に助けられる。
最後。
空を飛ぶ。
ただし、一人で遠くへ行くのではない。
仲間たちのいる場所へ戻ってくる。
「ほりぽんが飛べるようになった後、どうするかが重要だと思う」
平田が言う。
「成長して終わりじゃなくて、その力をどう使うか」
「他の飛べない子を助ける?」
松下が提案する。
「教えるのではなく、一緒に練習する方がいいわ」
堀北が答える。
「ほりぽん自身も、最初は失敗していた。
上から正解を与えるのではなく、同じ目線に立つ」
以前の堀北なら。
できない者へ正しい方法を教える。
努力を要求する。
その形を選んだかもしれない。
だが今は違う。
自分も失敗した。
自分も助けられた。
その経験をほりぽんへ反映している。
「グッズは手帳と栞を見せる」
「実演は?」
須藤が警戒しながら尋ねる。
「翼を広げる動作だけお願いするわ」
「飛ぶ真似は?」
「必要ない」
須藤は安心する。
「ただし最後に、少しだけ跳んで」
「飛ぶじゃねぇか!」
「数センチよ」
「着ぐるみで跳ぶのは危ないだろ!」
「では跳ばなくていいわ」
「諦めるの早いな」
「安全を優先するのは当然でしょう」
堀北も、以前より柔軟になっていた。
「翼を広げて、空を見上げる。それだけでいい」
「空は教室の天井だぞ」
「映像で空を映すわ」
須藤は渋々頷いた。
どちらの陣営も。
プレゼンのためだけではなく。
キャラクターの本質を示そうとしている。
ほりぽん。
きよぽん。
明日。
クラスはどちらかを選ぶ。
◯
日が沈み始めた頃。
作業は一度中断された。
生徒たちは教室の中央へ集まる。
黒板の前。
ほりぽん。
きよぽん。
着ぐるみ試作品の頭部が並んでいる。
堀北が全員へ向き直った。
「最終確認を行います」
教室内が静かになる。
「明日の放課後、最終プレゼンの後に投票を実施する。
投票用紙には、ほりぽんか、きよぽんのどちらか一体だけを書いてください」
「白票は?」
幸村が尋ねる。
「認めるわ。ただし、できる限りどちらかを選んでほしい」
「同票だった場合は?」
松下の質問。
龍園クラスでは、龍園の票を除外する特殊な方法が使われた。
堀北は黒板を見る。
「再投票を行います」
「同じ結果になったら?」
「最初の投票後、両陣営へ五分間の追加説明を認める。
その後で再投票。それでも同票なら」
堀北は少しだけ間を置く。
「クラス全員で、もう一度話し合う」
「最後は多数決じゃないの?」
池が尋ねる。
「同数なら多数が存在しないでしょう」
「堀北が決めれば?」
「私には決める権利がないわ」
ほりぽんの制作者である堀北。
きよぽんのモデルとされるオレ。
どちらかが決定権を持てば、公平性を欠く。
「抽選は?」
「最後の手段ね」
堀北は答える。
「ただし、可能な限り使いたくない」
キャラクターの代表を、運だけで決める。
それまで制作に関わった者の思いを考えれば、避けたい方法だった。
「質問は?」
誰も手を挙げない。
明日の流れは理解した。
「では今日は、これで――」
「待って」
長谷部が声を上げた。
全員が見る。
「最後に一回だけ、ほりぽんときよぽんを並べたい」
「さっき並べたでしょう」
「完成した状態で」
「まだ完成していないわ」
「今日の作業分まで付けて」
長谷部はほりぽんときよぽんの頭部を見る。
「明日になったら、二体は代表候補として並ぶのが最後になるかもしれないから」
正式代表決定後。
一体は中心。
もう一体は友達。
立場が変わる。
同じ条件の候補として並ぶのは、今日が最後。
堀北は少し考える。
「分かったわ」
「また俺たちが入るのか?」
須藤が尋ねる。
「頭部だけで構わないでしょう」
「それなら助かる」
ほりぽんときよぽんの頭部が、黒板前の机へ並べられる。
その下。
それぞれの胴体試作品。
まだ中身はない。
動かない。
ただ立っている。
白いフクロウ。
丸い謎の生き物。
教室の生徒たちは。
しばらく何も言わず、二体を見ていた。
六日前。
何もなかった。
堀北のフクロウ案。
長谷部の丸い落書き。
その程度。
今は違う。
名前がある。
顔がある。
性格がある。
好きなもの。
苦手なもの。
夢。
友達。
役割。
そして。
自分たちの手で作った身体がある。
「写真撮ろう」
軽井沢が言った。
「今度は中に誰も入っていないわ」
堀北は止めなかった。
「クラス全員で?」
平田が尋ねる。
「全員で」
長谷部が答える。
机を動かす。
二体を中央へ。
生徒たちが、その周囲へ集まる。
前列は座る。
後列は立つ。
須藤。
池。
軽井沢。
佐藤。
松下。
平田。
三宅。
幸村。
佐倉。
長谷部。
堀北。
オレ。
他の生徒たちも。
茶柱先生は、いつの間にか教室の入口に立っていた。
「先生も」
佐藤が呼ぶ。
「私は必要ない」
「担任ですよ」
平田が言う。
「試験は生徒主体だ」
「写真に入るだけです」
「断る」
長谷部が、きよぽんの頭部を少し茶柱先生へ向ける。
「きよぽんもお願いしてます」
「動いていないだろう」
「目で」
「眠そうな点が二つあるだけだ」
「先生、きよぽんの目を詳しく見てる」
長谷部が笑う。
茶柱先生は諦めたように息を吐いた。
「一枚だけだ」
教室から歓声が上がる。
茶柱先生は最後列へ立つ。
二体の後ろ。
少し離れた位置。
「もっと近くに」
軽井沢が指示する。
「ここで十分だ」
「先生だけ他人みたいです」
「他人ではないが、制作には関わっていない」
「きよぽんの帽子が変わったことに気づいた」
「それは関係ない」
「ほりぽんの設定も知ってる」
「黙れ」
教室が笑う。
最終的に茶柱先生は、二体のすぐ後ろへ立たされた。
端末はタイマー設定。
机の上。
全員が画面へ向く。
長谷部はきよぽんの横。
堀北はほりぽんの横。
オレは二人の間。
「きよぽん、どっちに近い?」
長谷部が尋ねる。
「中央だ」
「少しきよぽん寄りじゃない?」
堀北が言う。
「気のせいだ」
「公平にして」
「床へ印を付けるか?」
「そこまでしなくていいわ」
「堀北が言ったんだろ」
「始まるよ!」
軽井沢が声を上げる。
表示された数字。
五。
四。
三。
二。
一。
撮影音。
その瞬間。
池が両手を上げ、フライング・モンキーの絵を掲げた。
「俺もいるぞ!」
写真撮影が終わる。
全員が池を見る。
「何をしている」
堀北の声が低い。
「候補から外れても、消えないんだろ?」
池は絵を抱えている。
六つの目。
翼を持つ猿。
相変わらず、子供が泣きそうな外見。
「だから記念写真に入れた」
「あなたの個人的な落書きまで、全て残すとは言っていないわ」
「差別だ!」
「怖いからじゃない?」
軽井沢が言う。
「格好いいだろ!」
「きよぽんの友達にする?」
佐藤が尋ねる。
「やめてくれ」
オレは即答した。
「ほりぽんの敵?」
須藤が言う。
「もっと駄目よ」
堀北も否定する。
「じゃあ、森にいる謎の生物」
池が設定を加える。
「それはもう決まっているだろ」
「何が?」
「きよぽんが謎の生物だ」
教室が静かになる。
長谷部がゆっくりこちらを見る。
「きよぽん」
「何だ」
「きよぽんを謎の生物って認めた?」
「設定上の話だ」
「設定を自然に使ってる」
「六日間聞かされ続けた結果だ」
「本人監修」
「違う」
「きよぽんが勝手に?」
教室に笑いが戻る。
写真を確認する。
中央。
ほりぽん。
きよぽん。
その周囲にクラス全員。
後方には茶柱先生。
端には、フライング・モンキーを掲げる池。
統一感はない。
完璧な集合写真でもない。
だが。
このクラスらしいと言えば。
確かにこのクラスらしかった。
◯
夜。
寮の自室。
オレは端末へ送られてきた集合写真を見ていた。
長谷部が、クラスの共有グループへ投稿したもの。
題名。
『ほりぽんときよぽん、初めて一緒に立った日』
正式代表決定前。
最後の夜。
ほりぽん。
きよぽん。
二体は並んでいる。
どちらが上でもない。
どちらが下でもない。
同じ大きさ。
同じ条件。
明日。
この関係は変わる。
一体は、クラスの公式代表。
学園祭のステージへ立つ。
一般来場者の前で活動する。
専門審査。
人気投票。
300クラスポイント。
全てを背負う。
もう一体は、その友達として残る。
役割は小さくなる。
だが消えない。
オレは、どちらへ投票するのか。
ほりぽん。
努力と成長。
教育的価値。
学校の理念。
クラスの歩みを分かりやすく表現している。
専門審査では強い。
きよぽん。
話題性。
人気。
笑い。
静かに寄り添う存在。
他のキャラクターにはない独自性。
一般投票では強い可能性がある。
ただし、オレ個人への依存が大きい。
そして代表になれば。
オレが中へ入るよう求められる。
個人的な都合を除外しなければならない。
そう考えるほど。
逆に、その都合が意識へ上がってくる。
ほりぽんへ投票すれば。
着ぐるみから逃げたいだけではないのか。
きよぽんへ投票すれば。
自分がモデルだから特別扱いしたのではないか。
どちらを選んでも。
自分の存在が判断を歪める可能性がある。
端末に通知が届いた。
長谷部。
『明日、きよぽんに入れてって言ったら困る?』
珍しい質問だった。
これまでの長谷部なら。
「きよぽんに入れて」
そう断言しただろう。
オレは少し考える。
『困らない。ただし、その通りにするとは限らない』
返信。
すぐに返事が来る。
『うん』
短い。
さらに一通。
『きよぽんが良いと思った方に入れて』
長谷部も。
自分が考えたきよぽんへ投票してほしい気持ちはある。
それでも、オレの判断を尊重しようとしている。
『分かった』
送信。
少し後。
別の通知。
堀北。
『明日の投票について、確認があります』
『何だ』
『あなたが着ぐるみに入りたくないという理由で、
ほりぽんを選ぶことは避けてください』
『何度も聞いた』
『念のためです』
『分かっている』
『逆に、自分がモデルだからという理由できよぽんを選ぶことも避けてください』
『それも分かっている』
数秒。
返信。
『あなたがクラスの勝利に最も近いと考える方を選んで』
長谷部と同じ。
言い方は違う。
だが求めていることは同じだった。
自分のキャラクターへ入れてほしい。
それでも最後は、オレ自身に選んでほしい。
『そうする』
端末を置く。
明日。
ほりぽん。
きよぽん。
どちらか一体が代表になる。
結果は、まだ分からない。
クラスの生徒たちが、何を重視するのか。
専門審査。
人気。
学園祭での動き。
グッズ。
物語。
クラスらしさ。
そして。
自分がどちらへ投票するのか。
オレ自身にも、まだ分からなかった。
窓の外。
校舎の一部には、各クラスのキャラクターを宣伝する仮ポスターが掲示されている。
ほなわん。
ありすぽーん。
ぶっくまる。
龍園クラスの正式代表となったぶっくまるの横には。
小さくりゅうまるも描かれていた。
本を渡すぶっくまる。
嫌そうに受け取りながら、後ろ手で大切に持つりゅうまる。
代表と、その最初の友達。
二体の関係は、敗北によって終わらなかった。
ほりぽんときよぽんも。
明日の結果で終わるわけではない。
それでも。
選ばれる一体には。
クラス全員の期待と責任が集まる。
第一回・ゆるキャラ選手権。
堀北クラス代表決定投票。
その前夜。
白いフクロウと、ヨーグルトを被った謎の生き物は。
まだ同じ候補として。
教室の後方に並び。
誰もいない教室を。
静かに見守っていた。