反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
「お前が探していたXは、俺だ」
風が屋上を横切った。
龍園は、すぐには笑わなかった。
綾小路の顔を見る。
冗談を言ったようには見えない。
追い詰められて、軽井沢を守るために名乗り出ただけにも見えなかった。
声も表情も変わっていない。
「証明は?」
龍園が聞く。
「軽井沢を使って待った相手が、ここへ来た」
「それだけか」
「お前が確かめたかったことには十分だろ」
龍園は軽井沢へ視線を向けた。
軽井沢は濡れた腕を抱えたまま、綾小路を見ている。
来ることを知っていた顔ではない。
助かると確信していた顔でもない。
それでも、綾小路が現れたことで、浅かった呼吸が僅かに変わっていた。
「この女がお前を呼んだのか?」
綾小路は答えない。
「端末に何を送った?」
「それを聞いて、何が変わる」
「俺の仮説が正しかったと分かる」
「なら、確認すればいい」
龍園の目が細くなる。
「船で真鍋たちへ映像を送ったのはお前か」
「ああ」
軽井沢の肩が僅かに動く。
「それで、この女への接触を止めた」
「そうだ」
「ペーパーシャッフルで、問題変更を要求したのも?」
「俺だ」
「体育祭のあと、堀北への圧力を録音で潰したのもか」
「ああ」
石崎が眉を寄せた。
「何の話だよ」
伊吹は黙ったまま、綾小路を見ている。
龍園は二人へ説明しなかった。
「櫛田が問題を流すことも、堀北を切るために動くことも読んでたのか?」
「可能性には入れていた」
「だから、俺に問題変更を要求して、櫛田へ渡った問題を使えなくした」
「お前がそう理解するなら、それでいい」
「情報をどこで手に入れた」
「教える理由はない」
「何のために動いた」
「それも同じだ」
龍園の口元が上がる。
答えたのは、龍園がすでに確認できる事実だけだった。
情報の入手経路も、判断の根拠も、目的も語らない。
それでも十分だった。
船上で軽井沢への接触を止めた人物。
ペーパーシャッフルで、龍園と櫛田の動きを外側から潰した人物。
姿を見せず、必要な場面だけ結果へ手を入れてきた相手。
その本人が、今、軽井沢の前に立っている。
「ランペルージとは別だったってことか」
龍園が言った。
「少なくとも、お前が追っていた相手は俺だ」
「表でクラスを動かしてたのはあいつ。裏から邪魔してたのがお前」
「どう分けるかは、お前の自由だ」
「二人で組んでたのか?」
「答える必要はない」
綾小路は軽井沢の前から動かない。
「Xなんて呼び方に意味はない。お前が軽井沢を使って呼び出したかった相手は俺だ。それで十分だろ」
龍園は低く笑った。
「十分だ」
探していた影は、目の前の男だった。
だが、見つけたからといって、理解したことにはならない。
むしろ、分からない部分は増えている。
「一つ教えてやる」
龍園が軽井沢へ目を向けた。
「この女は、最後までお前の名前を言わなかった」
綾小路の表情は変わらない。
「名前を言えば終わりにすると伝えた。お前は助けに来ない。見捨てられたと思わせた」
軽井沢の指先が、僅かに強張った。
「それでも言わなかった。水をかけても、何度聞いてもな」
綾小路は軽井沢を見なかった。
驚きも、安堵も、喜びも表には出ない。
「そうか」
返したのは、その一言だけだった。
「随分と薄い反応だな」
「今ここで話すことじゃない」
「この女を守った理由は?」
「必要だったからだ」
「必要?」
「軽井沢には利用価値がある」
軽井沢は、指をさらに強く握り込んだ。
「随分と冷たい答えだな」
「事実だ」
「助けに来た相手へ言う言葉じゃねえ」
「言葉を選んでも、状況は変わらない」
綾小路は軽井沢へ視線だけを向けた。
「立てるか」
「……無理」
小さな返事だった。
足へ力を入れようとしても、震えが邪魔をする。
綾小路は軽井沢へ手を伸ばさない。
不用意に動かせば、龍園たちが反応する。
自分が軽井沢の前に立っている限り、次の危害を加えるには、まずこちらを退かせる必要がある。
「話を続けるなら短くしろ」
綾小路が言う。
「軽井沢をこのままにしておく理由は、お前にもない」
「俺に指図するのか?」
「目的は達成したはずだ」
「お前を見つけた。それだけで終わると思ってんのか」
「何を確かめたい」
龍園は綾小路を見た。
表情。
声。
立ち方。
周囲を囲まれても、軽井沢を背後へ置いたまま、退路を探そうとしない。
「お前が何を隠してるのか。何ができるのか。何を怖がるのか。それを見て、初めて終わる」
「恐怖を見れば、人間が分かると思っているのか」
「追い詰められた奴は、余計なものを捨てる」
龍園の声に笑いが混じる。
「立場も、仲間も、嘘もだ。最後に残ったものが、その人間の本体だ」
「だから軽井沢を使った」
「そうだ」
「過去を知らなくても、恐れているものが分かれば動かせる」
「よく分かってるじゃねえか」
「単純な方法だ」
石崎が顔を険しくする。
伊吹も不快そうに綾小路を見る。
龍園は笑みを深くした。
「単純だから効く。頭が良かろうが、強かろうが関係ねえ。人間は恐怖から逃げる」
「逃げることが合理的な場合はある」
「お前も逃げるか?」
「必要ならな」
「今は?」
「必要がない」
龍園の笑みが止まる。
「四人いる」
「見れば分かる」
「軽井沢は動けない」
「分かっている」
「教師の姿もない。監視も止まってる」
「ここへ来るまでに、教師の姿は見なかった。監視設備が止まっていることも確認した」
「それでも怖くねえのか?」
綾小路は数秒、龍園を見た。
「危険は理解している」
「聞いてるのは、怖いかどうかだ」
「その感情で、判断が変わる状況ではない」
恐怖がないとは言わない。
感じたことがないとも言わない。
ただ、目の前の危険を理解したうえで、それを判断材料の一つとして処理している。
龍園が見たかった反応は、どこにも出なかった。
◇
屋上扉の外で、スザクは取っ手を握っていた。
確認窓から見える範囲では、綾小路が軽井沢の前へ立ち、龍園と話している。
風と扉に遮られ、すべての言葉が聞こえるわけではない。
それでも、龍園が声を強めた時と、風が一瞬弱まった時、いくつかの言葉が届いた。
最初に聞き取れたのは、「X」という呼び方だった。
続いて、「真鍋」「映像」という断片が届く。
綾小路の短い返答も聞こえた。
肯定だった。
「……問題変更を要求したのも……」
「俺だ」
次に聞こえたのは、録音という言葉だった。
綾小路の返答は、再び肯定だった。
さらに、龍園の声が通る。
「……ランペルージとは別だったってことか」
そのあとの綾小路の言葉は、風に削られて完全には聞き取れない。
だが、否定したようには見えなかった。
「綾小路が、龍園の探していたXなのか」
スザクが低く聞く。
「ほぼ間違いない」
ルルーシュは確認窓から目を離さない。
軽井沢を守るために映像を使った人物。
ペーパーシャッフルで問題変更を要求した人物。
体育祭後、龍園の圧力を録音で止めた人物。
これまで別々に存在していた断片が、綾小路の返答によって一人へ集まった。
だが、何のために動いたのかは分からない。
情報をどこから得たのかも分からない。
軽井沢とどのような関係を持っているのかも、扉の外からは判断できない。
龍園が声を落とす。
風の音が強まり、その先の会話は途切れた。
軽井沢の過去や、名前を守った事実は、二人の位置までは届かなかった。
スザクは軽井沢を見る。
意識はある。
強い震えも続いている。
立ち上がれる状態ではないが、座り込んだ姿勢は自力で保っている。
呼吸や反応が急に悪化した様子もない。
綾小路が前に立ってから、新しい危害も加えられていない。
決めた介入条件には、まだ達していなかった。
「Xだったとしても、戦えるとは限らない」
スザクが言う。
「ああ」
「一人で来た理由も、まだ分からない」
「何らかの準備か勝算を持っている可能性はある。だが、確認はできていない」
「戦闘が始まったら?」
「条件どおりだ」
ルルーシュが答える。
「綾小路が戦闘を続けられない。軽井沢との間から外される。軽井沢へ誰かが向かう。どれかが起きれば入る」
「武器が出てもだ」
「当然だ」
スザクは取っ手から手を離さない。
扉一枚。
必要なら、すぐに越えられる。
◇
龍園は、綾小路の顔を見続けていた。
人数を示しても、逃げ道がないと伝えても、期待した変化は出ない。
軽井沢を使って姿を現させることはできた。
だが、同じ恐怖で綾小路の内側を剥がすことはできていない。
「口だけかどうか、確かめる必要があるな」
龍園が言った。
「好きにしろ」
綾小路は軽井沢の前に立ったままだ。
「軽井沢」
背後へ声をかける。
「動くな」
「でも――」
「そこにいろ」
短い言葉だった。
慰めでも、約束でもない。
それでも軽井沢は、震える足へ無理に力を入れるのをやめた。
綾小路の背中を見る。
龍園が石崎へ視線を向ける。
石崎が拳を握った。
だが、最初に名前を呼ばれたのは別の男だった。
「アルベルト」
屋上扉の前に立っていた大きな身体が動く。
アルベルトは扉から離れ、綾小路へ向かって距離を詰めた。
石崎と伊吹は、まだその場を動かない。
綾小路も軽井沢の前から退かなかった。
龍園が片手を上げる。
「やれ」
その声と同時に、アルベルトの巨体が綾小路へ踏み込んだ。