反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
それはまだ、信頼ではなかった。
だからこそ、必要なことだけを決める。
最初に屋上を出たのは軽井沢だった。
スザクが片側を支え、綾小路が反対側につく。
屋内の踊り場へ入ると、風は遮られた。
軽井沢の震えはすぐには止まらない。
「ここで少し休む」
スザクが言う。
軽井沢は上着の前を押さえたまま、壁際へ腰を下ろした。
「平田たちには、どう説明する」
ルルーシュが尋ねる。
軽井沢は少しだけ考えた。
「体調が悪くなって、個人的な用事もあったから先に帰ったことにする」
「屋上のことは?」
「言わない」
「綾小路との関係は?」
軽井沢の視線が一瞬だけ綾小路へ向く。
「それも言わない」
声はまだ弱い。
だが、答えは迷わなかった。
ルルーシュは頷く。
「堀北、平田、須藤、櫛田にも、こちらから話すつもりはない」
「どうして」
「今ここで広める理由がない。お前が屋上で受けたことも、綾小路の力も、Dクラス全体が知る必要のある情報ではない」
「信用していいの?」
「信用を求めるつもりはない」
ルルーシュは即答した。
「話さないと決めた。それだけだ」
軽井沢はしばらくルルーシュを見たあと、小さく息を吐いた。
「……分かった」
礼ではなかった。
それでも、拒絶でもなかった。
スザクは軽井沢のそばに残った。
綾小路とルルーシュは、龍園たちの状態を確認するために屋上へ戻った。
◇
屋上では、龍園たちが身体を起こし始めていた。
アルベルトが先に立ち、壁へ手をつく。
石崎は膝を押さえながら、その隣へ並んだ。
伊吹もふらつきながら立ち上がる。
龍園だけは、最後まで床に座ったままだった。
「立てるか」
ルルーシュが聞く。
「誰に言ってんだ」
龍園は片膝を立てる。
身体へ力を入れた瞬間、脇腹と脚に痛みが走った。
それでも、アルベルトの手は借りなかった。
自分で立ち上がる。
綾小路は、その様子を黙って見ていた。
「これで分かっただろ」
龍園が綾小路を見る。
「俺が探してたXはお前だ」
「ああ」
「真鍋たちを止めたのも、問題を変えさせたのも、俺の動きを潰してたのもな」
「そうだ」
「それで、俺は負けた」
龍園の口元に笑みが戻る。
以前と同じ笑みに見えて、同じではなかった。
恐怖を知らない者の笑いではない。
自分が恐怖した事実まで含めて、目の前の相手を見ていた。
「だからって、俺がCクラスを降りると思うか?」
「思わない」
「即答かよ」
「お前が敗北だけで全てを捨てる人間なら、何度も立ち上がっていない」
龍園は低く笑った。
綾小路に敗れた事実は消えない。
恐怖を知ったことも消えない。
だが、Cクラスを率いてきた統率力も、他者の弱点へ届く執着も、その一度で失われたわけではなかった。
王は敗れた。
王であることまで捨てたわけではない。
龍園は次にルルーシュを見る。
「結局、お前はXじゃなかった」
「そうだな」
「だが、何もしてなかったわけでもねえ」
ルルーシュは答えない。
「綾小路は見えないところから人を動かす。お前は見えるところで、クラス全体に役を持たせる」
龍園の視線が細くなる。
「別の種類だ。だから余計に面白い」
「お前に試されるために動いているわけではない」
「関係ねえよ。次は、お前のやり方がどこまで通じるか見せてもらう」
「お前の支配方法に賛同するつもりはない」
ルルーシュは龍園を正面から見る。
「恐怖と暴力を支配の中心に据えれば、いずれ同じ恐怖に足元を崩される」
「説教か?」
「評価だ」
ルルーシュの声は冷静だった。
「だが、統率力も実行力も、最後には自分で前へ出て、敗北から目を逸らさなかったことも過小評価はしない」
龍園の笑みが僅かに深くなる。
「やっぱり、お前も気に入らねえな」
「奇遇だな」
二人は敵とも味方とも決まっていない。
龍園にとってルルーシュは、自分を倒した相手ではない。
それでも、綾小路とは異なる方法で人を動かす危険な存在として残った。
ルルーシュにとって龍園は、支配方法には反発すべき王だった。
同時に、最後には自分で前へ出て、敗北を引き受けた意志を無視できる相手でもなかった。
◇
龍園との短い確認を終え、綾小路とルルーシュは軽井沢のいる踊り場へ戻った。
綾小路は屋上扉の前で、ルルーシュを見た。
スザクは軽井沢に肩を貸し、急がせずに立ち上がらせた。
軽井沢は一度足元を確かめてから、スザクに支えられたまま立った。
「一つ確認する」
「何だ」
「俺が勝てない場合も想定していたのか」
「当然だ。信用するだけの情報がなかった」
「それでも、すぐには介入しなかった」
「お前が自分で選んで入ったからだ。だが、その選択で軽井沢まで失わせるつもりはなかった」
ルルーシュは言い切った。
綾小路を信頼して待ったのではない。
勝利を確信していたのでもない。
綾小路が自分で屋上へ入り、自分の方法で決着をつけようとした。
その選択を、最初から奪わなかった。
同時に、綾小路の失敗によって軽井沢まで失われる結果は認めなかった。
人へ役割を与える。
選ばせる。
だが、失敗した時の責任を、自分の外へ置いたままにはしない。
綾小路とは異なる方法で人を利用し、異なる方法で人を守る。
「俺の正体を、クラスへ話すつもりは?」
「ない」
「戦闘能力についても?」
「同じだ」
「理由は」
「お前が敵か味方か、まだ判断できないからだ」
「判断できない相手の情報を伏せるのか」
「無闇に広めれば、こちらの選択肢まで減る」
ルルーシュは綾小路の目を見る。
「それに、軽井沢を救った事実と、軽井沢を危険へ晒した方法は別だ。片方だけを根拠に、お前を決めるつもりはない」
「合理的だな」
「お前に言われたくはない」
綾小路は返さなかった。
ルルーシュは綾小路の正体の一部を知った。
Xであること。
複数人を制圧できる戦闘能力。
目的も感情も見せず、必要な結果だけを取る判断。
だが、出自も、能力を得た経緯も、最終的な目的も知らない。
怪物の姿を見たからといって、怪物の全てを理解したわけではなかった。
スザクが軽井沢を支えたまま、二人の間へ視線を向ける。
「綾小路」
「何だ」
「次に同じ方法を使うなら、軽井沢本人の安全を、最後に助けられたかどうかだけで判断しないでほしい」
「約束を求めているのか」
「求めている」
「今ここで同意するつもりはない」
スザクの表情は変わらない。
「そう言うと思った」
「だが、意見としては覚えておく」
「それで十分だとは言わない」
「それも自由だ」
救出の結果は認める。
方法への疑問は残す。
スザクと綾小路の間にも、結論は出なかった。
◇
特別棟を出る順番は、ルルーシュが決めた。
最初にスザクが軽井沢を支えて下りる。
少し間を空けて、綾小路が続く。
ルルーシュは三人を見送ったあと、退出条件を伝えるために屋上へ戻った。
龍園たちは、さらに時間を置いて別々に戻る。
症状が強くなれば、誰であっても医務室へ行く。
その場合は、秘密より身体を優先する。
ルルーシュが伝えた条件に、龍園は反対しなかった。
「外へ話す奴はいねえ」
龍園が自分の側近たちを見る。
「負けたところを言い触らしたくねえからか?」
伊吹が言う。
「それもある」
龍園は笑った。
「だが、Xの正体を安売りする気もねえ。あれは俺が辿り着いた答えだ」
石崎は綾小路が消えた屋上扉へ視線を向け、すぐに逸らした。
アルベルトは何も言わない。
伊吹だけが不満そうに眉を寄せたが、反論はしなかった。
龍園たちが自力で歩けることを確認すると、ルルーシュも一人で特別棟を出た。
龍園は完全に改心していない。
軽井沢にしたことを悔いて、別人になったわけでもない。
それでも、敗北をなかったことにはしなかった。
自分が探し当てた怪物と、自分が恐怖した事実を、王として引き受けようとしていた。
◇
冬休み初日の朝。
寮の共有スペースでは、休暇中の予定を話す声が飛び交っていた。
Dクラスのグループチャットにも、買い物、食事、遊び、勉強会の予定が次々と書き込まれている。
佐藤から届いた問いへ、軽井沢は普段どおりの短い返事を返した。
前日に体調を崩して先に帰った。
個人的な用事もあった。
表向きの説明は、それだけだった。
屋上のことは書かない。
綾小路の名前も出さない。
堀北も、平田も、須藤も、櫛田も、その裏に何があったのかを知らない。
綾小路は一人で飲み物を買った。
自動販売機から缶を取り出し、誰にも注目されないまま寮の廊下を歩く。
昨日、四人を戦闘継続不能にした人物と、同じ人間には見えない。
龍園の部屋では、アルベルト、石崎、伊吹が前夜の状態を確かめるために集まっていた。
石崎の動きはまだ僅かに硬い。
伊吹は不機嫌そうに腕を組み、アルベルトは静かに立っている。
龍園は以前と全く同じ支配者ではなかった。
恐怖を知らない王では、もうない。
だが、席を譲る様子も、Cクラスを手放す様子もなかった。
王であることを捨てたわけではない。
ルルーシュは共有スペースを離れた。
廊下の先を、綾小路が歩いている。
これまで、綾小路は答えの出ない推測の対象だった。
目立たず、必要な時だけ動き、どこまで関与しているのか分からない存在。
今は、その正体の一部を知っている。
X。
龍園を正面から圧倒した戦闘能力。
軽井沢を救いながら、その前段では危険を受け入れた判断。
それでも、理解したとは言えない。
綾小路も足を止めず、一度だけルルーシュを見る。
友人ではない。
協力者でもない。
敵と決まったわけでもない。
互いに、隠されていた姿の一部を見ただけだった。
王は怪物に敗れた。
そして魔王は、初めて怪物の姿を見た。