反逆の王子は実力至上主義の世界で優しい世界を望む 作:evejanjan
冬休みが終わるまで、あと二日。
ルルーシュは自室の机で、端末に並べた記録を見直していた。
龍園たちを一人で制圧した戦闘能力。
攻撃を受けても判断を乱さず、相手の動きだけを正確に削っていく技術。
恐怖にも怒りにも支配されず、必要な結果だけを選び続ける冷静さ。
それだけではない。
綾小路は、あれほどの能力を持ちながら、使う必要が生じるまで誰にも悟らせなかった。
体育祭では走力の一部だけを見せ、普段の授業や生活では平均的な生徒の位置へ戻る。
軽井沢を救う一方で、彼女が屋上で受けた恐怖さえ、龍園を倒す材料へ変えた。
戦闘と心理操作を、異なる手段として分けていない。
どちらも目的へ到達するための選択肢として扱っている。
生まれつき優れているだけでは、説明にならなかった。
独学で身につけたと考えるにも、能力の範囲が広すぎる。
偶然に積み重なったものでもない。
身体、判断、知識、感情の抑制。
幼い頃から、一つの目的へ向けて形成された可能性がある。
ルルーシュは端末の画面を閉じた。
まだ仮説にすぎない。
本人に尋ねても、答えるとは思えなかった。
◇
三学期を前にした校舎は静かだった。
図書室から寮へ戻ろうとしたルルーシュは、廊下の先で杖をつく音を聞いた。
「少しよろしいでしょうか、ランペルージ君」
坂柳有栖が、窓際で足を止めていた。
付き添う生徒はいない。
柔らかな笑みは、偶然を装うには整いすぎていた。
「俺を待っていたのか」
「そう受け取っていただいて構いません」
「用件は」
坂柳はすぐには答えなかった。
ルルーシュの顔を見たあと、廊下の窓から無人の中庭へ視線を移す。
「最近、綾小路君を見る目が変わりましたね」
「何の話だ」
「否定なさるのですね」
「根拠のない推測に答える義務はない」
「では、根拠を一つ差し上げましょう」
坂柳は楽しそうに目を細めた。
「綾小路君は、普通の意味での天才ではありません」
「普通ではないというだけなら、今さら聞く価値はない」
「才能の種類について申し上げているのではありません」
杖の先が、床へ小さな音を落とす。
「作られ方のお話です」
ルルーシュは黙った。
坂柳は、その反応を確認してから続けた。
「幼い頃、私は綾小路君を、ある教育施設で見たことがあります」
「教育施設?」
「ええ」
「学校か」
「少なくとも、私たちが知る学校とは違いました」
「何を教える場所だ」
「そこまでは存じません。見たのは一度だけですから」
坂柳の口調に迷いはなかった。
知らないのではなく、話す範囲を選んでいる可能性もある。
「その時、周囲の大人たちは彼をどう扱っていた」
「子供としては扱っていませんでした」
坂柳は笑みを崩さない。
「彼らは綾小路君を、最高傑作と呼んでいました」
最高傑作。
成績優秀者への比喩ではない。
作った側が、完成度を評価する時の言葉だった。
「施設の名前は」
「お答えできません」
「場所は」
「同じです」
「運営者と教育内容もか」
「ええ」
ルルーシュは坂柳を見た。
「情報を渡す気がないなら、なぜ俺へ話した」
「渡していないわけではありません。存在はお伝えしました」
「検証できない言葉だけを残した」
「あなたなら、検証を始めると思いましたので」
善意ではない。
綾小路を救ってほしいという依頼でもなかった。
坂柳は最初から、そのように装うつもりさえない。
「何を見たい」
ルルーシュが尋ねた。
「綾小路君が、この学校で何を選ぶのか」
坂柳は静かに答える。
「そして、あなたが作られた天才をどう評価なさるのか。その二つが交わるところに興味があります」
「つまり、お前は協力者ではなく観察者か」
「その呼び方で構いません」
「観察のために、人間を盤上へ置くつもりか」
「あなたにだけは言われたくありませんね」
坂柳の笑みが僅かに深くなった。
否定する材料はなかった。
だが、同じでもない。
ルルーシュは人を使う。
役割も与える。
それでも、役割のために生まれた人間など存在しないと考えている。
本人が選ぶ前から、完成品として価値を決める構造とは違う。
「話は終わりか」
「はい。今は、これだけで十分でしょう」
坂柳は杖を動かし、廊下を進み始めた。
「見つけられるといいですね」
何を、と尋ねる前に、坂柳は振り返らず続けた。
「施設ではなく、綾小路君を」
杖の音が遠ざかっていく。
ルルーシュはその背中を追わなかった。
坂柳がどこまで知っているのか。
なぜ施設名を伏せたのか。
綾小路にどのような感情を持っているのか。
どれも、まだ断定できない。
確かなのは、坂柳が味方ではないことだけだった。
◇
調査は、名称のない施設を探すところから始まった。
教育研究を掲げながら、成果も活動報告もほとんど公開していない法人。
設立から短期間で名称を変え、別の団体へ資産を移した財団。
複数の法人を経由したあと、使途が追えなくなる資金。
教育、心理、運動、生体計測に関わる経歴を持ちながら、一定期間だけ記録が空白になっている人物。
該当する断片は多かった。
だが、それだけでは一つの施設へ結びつかない。
秘密を守る組織が、正面に名前を残すはずもなかった。
ルルーシュは教育法人そのものから、周辺の契約へ視点を移した。
建物を隠せても、電力、設備、通信、保守まで存在しないことにはできない。
古い法人登記。
廃止された採用情報。
契約先を伏せたまま公開されている技術者向けの業務記録。
その中に、候補から外し切れない記録が一つだけ残った。
小規模な通信保守会社。
表向きは、研究施設や企業向けの閉域通信設備を管理している。
会社自体に特別な点はない。
だが、契約は複数の法人を経由し、最終的な利用者を公開記録上では追えなかった。
その会社が過去に公開した障害報告には、設置先を伏せた閉域設備が一件だけ記載されている。
通常は外部から遮断され、認証情報を更新する数分間だけ保守網へ接続される設備だった。
障害報告に残された接続時刻も、その短い時間帯に限られていた。
通信内容は読めない。
接続先も分からない。
その設備が坂柳の話した施設へ続いているという証拠もない。
ただし、完全な閉鎖環境を維持しながら、最低限の外部保守だけを受ける構造としては一致していた。
入口ではない。
場所を示す地図でもない。
どこかにある閉鎖設備へ続いている可能性のある、細い窓。
現時点で記録できるのは、それだけだった。
◇
三学期最初の終礼が終わった。
教室では、池と山内が放課後の予定を巡って言い争っていた。
須藤は部活動の時間を優先しろと言い、平田は参加できる者だけで時間を合わせようとしている。
軽井沢は佐藤たちの会話へ短く返事をし、櫛田は複数の予定を端末へまとめていた。
勝敗もない。
守るべき規則もない。
誰かが従わなければ破綻する話でもない。
窓際では、綾小路が鞄を閉じたまま、その会話を聞いていた。
名前を呼ばれてはいない。
残るよう命令されたわけでもない。
彼がいなくても、教室の予定は決まる。
それでも、綾小路は席を立たなかった。
表情に変化はない。
何を考えているのかも分からない。
だが、必要がないから去るという選択だけを、今はしていなかった。
施設が綾小路の能力を作った可能性はある。
判断の方法も、感情を抑える習慣も、人との距離の取り方も、そこで形作られたのかもしれない。
それでも、現在の選択まで完全に決められているわけではない。
少なくとも、そう考える余地は残っていた。
ルルーシュは自分の端末を開いた。
新しい調査項目を作る。
識別名。
alpha。
施設名は空白。
所在地も空白。
運営者も、目的も、教育内容も分からない。
記録したのは、候補となる外部保守回線と、公開記録に残された短い接続時間だけだった。
「人を育てるのではなく、完成品を作る教育機関か」
答えはまだない。