天才アリスの凡人白兎   作:冬火ヰ涅槃

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これは8話です。前回を読んでから見てあげてください。


第八話 『懐に隠した物と者』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――………それで、私に何の用でしょうか。森下さん」

 

 

 の机に仕込まれていた、連絡先の記載された紙。電話をかければ、相手は森下さんだった。

 

 現在は5月14日、木曜日。真澄さんを部屋から帰した直後に、私は携帯を取り出していた。

 

 

『いえ、特に理由はありません。貴女と連絡先を交換しておきたいと考えただけです』

 

 

「それはまた、妙な事を仰いますね。私の派閥に加わりたいと?」

 

 

『私はあくまで中立です。利便性を考慮しての行動ですよ』

 

 

 シロと森下さんが繋がっていることは、()()を通して把握している。頻繁に彼の部屋へ入り浸っているらしいじゃないか。彼自身からは目立った動きを確認できていないので、森下さんが何かしらの情報を提供していると考えるべきだろう。

 

 そして、シロにはCクラスの尾行がついている。

 

 

「……………なるほど、保険ですか。でも、それは意味が無いのでは?」

 

 

『……と言うと?』

 

 

「彼の視点で考えると、貴女よりも私を頼る方が確実です。単純に、森下さんの出る幕がありません」

 

 

『……………確かに、それもそうですね……これは興味深い』

 

 

「…………興味深い?」

 

 

 

 

『坂柳有栖。彼は貴方よりも

 私を選んだみたいですよ』

 

 

 

 

「……は??」

 

 

 それだけ言い残して、彼女は通話を切ってしまった。どういうことだ…?私よりも、森下さんを??明らかに非合理的な選択のはず。理解が出来ない。彼の思考が読み解けない。

 

 いや、森下さんの言葉を信用するのも危険か。彼女の目的も不明瞭だ。それに、シロが私を選ばないわけがない。もっと冷静に、客観的に思考しないと。

 

 ……心臓がドクドクと煩い。一体私は、何に対してそんな興奮をしているのだろうか。

 

 一度気分を落ち着けるため、私は茶葉とお湯を用意する。チェス盤の置かれた机を前に座り、お気に入りのカップへと紅茶を注ぎ込んだ。一口、口腔へと運んだところで、携帯から通知が送られてきた。

 

 

「――――…『見逃したので、位置情報が…』……なるほど」

 

 

 連絡先からシロの位置情報を確認するが、切られていた。Cの尾行を撒いただけだと思ったが……それならば、こちらを切る必要は無いはずだ。

 

 

――――私を選んだみたいですよ――――

 

 

 ……そんな馬鹿な。

 

 私はシロの立場になって思考する。私を頼らない理由……それは、まだわからない。だからひとまず、頼らないと仮定した上で位置情報を切った理由から考えよう。

 

 単刀直入に、位置を知られるのが不味いのだろう。つまり、位置がわかるだけで頼ってしまうも同然……私が関与してきてしまうということ。………場所の問題だけとは考えにくい。だとすれば……

 

 私は連絡先をスクロールし、派閥の人間を確認しようとした。が、その一人目でどうやら的中したらしい。

 

 

 真澄さんの位置情報も、同様に切られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月18日、月曜日。

 

 シロが部屋を出て行きしばらくした頃、私は3人に……特に、真澄さんと橋本くんへ向かって声をかけた。

 

 

「貴方たち、何か私へ隠し事をしてはいませんか?」

 

 

「え?」

 

 

 真澄さんと橋本くんは僅かに身体を強張らせ、動揺を必死に隠していた。鬼頭くんは困惑していたが、私の狙いが分かったのか、訝しげに2人を見つめている。

 

 

「何言ってんだよ、姫さん。隠し事なんて、特に何も……」

 

 

「……そうですか。それならば問題ありません」

 

 

「………」

 

 

 橋本くんの方は泳がせておこう。おかげで相手の行動が読みやすかった部分もある。だが、本格的に裏切ってきた場合は絶対に容赦しない。

 

 

「それで、真澄さんはどうでしょうか」

 

 

「別に無いわよ。急にどうしたわけ?」

 

 

 

「――本当に、ありませんか?」

 

 

 

「―――なっ、何よ……?」

 

 

 私が少し圧をかけると、真澄さんはやや萎縮した様子を見せる。鬼頭くんも警戒した眼で彼女を睨み、橋本くんは自分が標的じゃないとわかって安堵したように肩を落とした。

 

 

「14日の木曜日。位置情報を切りましたよね?」

 

 

「そ、それは……その時に位置情報がわかるって気づいたのよ。ずっとONにするのも嫌だから咄嗟に切ったけど……坂柳は常に把握しておきたそうだし、別に困ることでもないから後で戻したわ」

 

 

「なるほど……では、その時にシロと何を話していたのでしょうか」

 

 

「―――…………」

 

 

「無兎浜と?」

 

 

「ええ。2人の位置情報が偶然、同時に切れるなんてことがあるのでしょうか。私には、何か疾しいやり取りがあったとしか思えませんけどね」

 

 

「……知らないわよ」

 

 

「16日の土曜日。この日は真澄さんと会いませんでしたね。そこで、貴女の行動を監視させていただきました」

 

 

 そう伝えれば、彼女は目を見開いた。驚愕……と、焦燥。私は淡々と成果を語る。

 

 

「ケヤキモールでショッピングでしたね?コスメからブティック。スーパーや百貨店などなど……幅広く回られていられたそうで。せっかくなら、私も誘って頂いて良かったのに」

 

 

「…………」

 

 

「14時半頃に少々遅めの昼食。やや離れたファミリーレストランを一人で利用されていましたが……まぁ、別に良いでしょう。ハンバーグは美味しく召し上がれましたか?」

 

 

「なんでそこまで…っ……」

 

 

「問題はその後。お店を出た後、貴女は再びケヤキモールの方向へ移動しましたが……目的地にしては無駄な道筋を辿っていきましたよね?まるで監視カメラを避けるような動きでした」

 

 

「……………はぁ……それで?」

 

 

 真澄さんは諦めたように溜息を吐いた。

 

 

「その後の動きには怪しい点は見られませんでしたが……今度はシロが位置情報を切っていました。この先は私の推測なのですが……貴女は予め決めておいた指定の場所に何かを配置して、後からシロが回収する流れだったのでは?」

 

 

「言っとくけど全部無兎浜の指示だから。坂柳にも秘密にしろって強く言われて、それに従っただけ」

 

 

「そう、ですか」

 

 

 ………森下さんの言う通り、彼は本当に私を頼らなかったのか。全く手間のかかる(ペット)だ。私を関与させれば、もっと上手くやったというのに。まだまだ躾が必要らしい。

 

 

「シロには私から言っておきますので、色々と聞かせてもらいますよ。まず、彼が貴女に――――」

 

 

 直後、携帯が焦り出すように硬い体を震わせた。受信先を確認し、即座に通話ボタンをタップして耳へと運ぶ。聞こえてくる声が紡ぐ言葉は、想定していたものだった。

 

 

「――――……なるほど、見張りが………罠ですね。今そこを動くのは危険です。少し待機していてください」

 

 

 通話を終了して、連絡先から3人の位置情報を確認する。シロは切っていたが、()()と森下さんは有効になっていた。

 

 

「話は後です。皆さん、シロの居場所へ向かいますよ」

 

 

「え?でも、無兎浜の位置情報は切られてるわよ……?」

 

 

「保険が機能しました。いえ、保険として機能させられているのは私達の方ですが……アテがあるので着いてきてください」

 

 

 

 

 

 

 森下さんの位置情報を頼りに、校舎を飛び出して目的地へと向かう。ある程度近づいた所で、私達は歩みを止めた。

 

 

「……Cクラスの奴だ。目立たないよう(まば)らに配置されているが、相当に警戒している」

 

 

「おいおい、これはどういう騒ぎだよ……」

 

 

 警備が点々と、広く浅くに配置されている。目立たないようにされているため、注意深く観察しなければ気づけないだろう。彼らは頻繁に、携帯と周囲を交互に確認していた。

 

 

「向こうでは『Cクラスにとって見られたら不都合な事が行われている』のでしょうね」

 

 

「…………」

 

 

 彼らに見つからない位置まで来てから、改めて森下さんの位置情報を確認する。一切の動きが無いので、彼女はその最奥……ゴールには辿り着いているらしい。だが、見張りの配置が()()からの報告通り不自然だ。どう考えても誘い込まれている。

 

 森下さんも、その事には気づいていたはずだ。だが位置情報の判明している誰かが現場にいなければならない。わざと誘導され、私がシロの元へ向かえるようにしたのだろう。それに、そもそも仕事を全うさえ出来れば保険である私たちの出番は無い……つまり、リスクも最小限で済む。森下さんの目線だと、見張りを前に手をこまねいている理由がなかった。

 

 問題は、森下さんが潜入した後に警備が強まったという事。そのせいで、()()がバレずに尾行する事が困難になったと報告があった。

 

 チャンスだ。彼らは明らかに森下さんだけを標的にしている。誘き寄せる対象は一人だったという事……つまり、森下さんが罠にかかった可能性のある今なら、警備さえ突破してしまえばこちらのものだ。

 

 

「…………あそこの警備を狙いますか」

 

 

「え、無理やり制圧するつもり?」

 

 

「そんな乱暴な事はしませんよ。私達が誘蛾灯になるだけです」

 

 

 携帯で()()に指示を出し、まず最初に橋本くんを警備の前へ歩かせた。最重要であるAクラスの生徒……当然、彼は橋本くんを注目する。だが私の推測が正しければ、橋本くんはCに情報提供したユダでもある。私達の誰よりも警戒はされづらい。

 

 その隙を突いて、()()鬼頭くんは警備の死角を掻い潜っていく。()()達は優秀なので成功させるとは思っているが、万が一ということもある。真澄さんと共に私は警備の前へ姿を見せた。彼はぎょっと目を丸くする。おそらくは要注意人物として認識していた私が現れたからだろう。おかげさまで、その視線は存分に私へと注がれた。

 

 ()()が潜入したのを確認した直後、警備は携帯を取り出す素振りを見せる。しかし背後に回っていた鬼頭くんが拘束し無力化させた。向こうから監視カメラに映らない場所を陣取ってくれたので、少々手荒な真似だが問題はないだろう。直接の暴力も行っていない。他の警備に見られたら不味いので、口を塞がせて彼ごと路地裏へと引き摺って行く。

 

 

「お、お前ら………!!」

 

 

「手荒な方法を取ってしまい申し訳ありません。少々、お話を聞いて頂きたいのです」

 

 

「ふんっ……話す事なんて無いな。直に応援が来るはずだ。龍園さんはこうなる事も予測済みなんだよ!」

 

 

「それ、あんま言わない方が良いと思うけど」

 

 

「ふむ……携帯を頻繁に見ていたのは、定期的に警備隊のグループチャットへ問題の有無を報告していたからでしょうか。それならば、報告が途切れた際に異常が発生したと伝わりますよね」

 

 

「なっ……!?」

 

 

「しかし残念なことに、そうなってしまった場合に困るのは龍園くんの方なんですよ」

 

 

「は、はぁ…??何を言ってんだよ」

 

 

 携帯から来た通知を確認すれば、求めていた証拠画像――――……と、現状説明が送られていた。本当に仕事が早い。そうだ、気にしている暇はない。私は彼へと画面を向けた。

 

 

「こちらをご覧ください」

 

 

「――――なっ、なんで……!??」

 

 

 携帯に映し出されているのは、龍園くんと思しき生徒が……血塗れのシロに暴力を振るっている画像だ。

 

 

「私たちが学校にこれを提出すれば、Cクラスには多大なペナルティが与えられるでしょうね。直接でなくとも、こうして加担した貴方にだって厳罰な処分が下されるでしょう」

 

 

「そ、そんな………!」

 

 

「せっかくこの学校に入学して……僅か一か月半で退学、なんて情けない結末を迎えてしまいますね」

 

 

「いっ、嫌だ……っ!!おれは……」

 

 

「周りからどう思われるでしょうか?進路は??家族は??」

 

 

「――――ぁ、ちが、こんなはずじゃ」

 

 

「無様ですね。

 だから貴方は何も成しえないんですよ」

 

 

「――ぁ………ぅ…ぁ」

 

 

 完全に心が折れたらしい。だが、これでは終わらせない。鞭の傷が痛むほど、仄かに甘い飴が効く。

 

 

「―――安心してください。私たちは、あくまでも話し合いがしたい。その内容次第では、証拠の提出を取りやめる可能性もあります。なので、ここを通してください。グループにも問題無しと報告して頂けませんか?」

 

 

「……でも」

 

 

「早く。時間がありません」

 

 

「――わ、わかった…ッ!わかったからっ!!」

 

 

 彼に行動を促すと、憔悴した様子でグループに報告を行い、肩を落として持ち場へと戻っていった。

 

 私たちは入り組んだ不気味な空間へ足を進める。すると徐々に光は届かなくなり、服が擦れ……打撃を受ける音が聞こえ始める。

 

 

 

 建物の影から様子を確認してみると、その先では野蛮な戦闘が繰り広げられていた。

 

 

 

 

「――――ッてぇ……!」

 

 

「どうしたぁ!?アルベルトを絞めた気迫が嘘のようだなぁ……!!」

 

 

 暴行。ひたすらにそれが振りかざされている。シロの身体と地面には血が撒き散らされており、鉄の臭いすら漂ってきた。彼は息も絶え絶えであり、致命傷を何とか避けているものの時間の問題だろう。

 

 

「なんだよ……これ………!?」

 

 

「……酷いな」

 

 

「―――…」

 

 

 皆さんは三者三様の反応を見せている。警備との交渉で既に画像を見ていて、かつ格闘技経験者の鬼頭くんは比較的冷静だが……橋本くんは動揺を晒しており、真澄さんに至っては絶句していた。それほどまでに現場は凄惨で、非現実的で、言いようのない圧があった。

 

 

「ねぇ、坂柳。早く介入しないと……」

 

 

 

 

「――いえ、シロが完全に負けるまで待ちます」

 

 

 

 

「――………は…??」

 

 

 私がそのように告げると、3人は唖然とした顔を晒した。

 

 

「なっ、なんでよ」

 

 

「その方が交渉として有利だからです。怪我の度合いが大きいほど、処罰も大きいものになる確率が高いでしょうし」

 

 

「そういう問題じゃないでしょ……!」

 

 

「……これ以上は、危険だ」

 

 

「ひ、姫さん……流石にヤバいぜ…」

 

 

 淀みなく発せられた私の言葉に、彼らは非難を浴びせてくる。だが、正直……その声は耳に入ってこなかった。私の意識は今、暴力を振るわれるシロに対してのみ注力している。

 

 龍園くんの打撃を受ける度、シロの表情は苦痛に歪んだ。その肉を抉るような鋭い蹴りが放たれ、喉から潰れた声が漏れ出る。痛みに悶え、それでも倒れまいと必死に踏ん張っていた。

 

 ………おかしい。私は創作でも、暴力的な描写に好悪は無かった。惹かれも嫌悪もしない。特に興味は持っていなかったのに何故、どうして彼から目が離せないのだろうか。

 

 ……あぁ、まただ。心臓が痛い程に活動している。その一つ一つが重く迅速な拍動で、身体が揺れ動いてしまいそうになる。それを堪えようと、杖を握る手に力が入った。

 

 

「ちょっと……っ…聞いてるの??」

 

 

 煩い、落ち着こうとしているのだから邪魔しないでほしい。本当に何なんだこれは。

 

 シロが苦しむ度に、私も呼吸が苦しくなる。

 

 シロが身体を痛める度に、私の心臓も痛みに悶える。

 

 彼と私で苦痛が共有されているみたいな感覚だ。早く分析を……分析をしなければ。

 

 

 

「―…―――ぁ…――……、………」

 

 

 

「……話すこともままならねぇか」

 

 

 シロの鳩尾へ刈り取るような蹴りが入り、彼はうなだれて地面にへたり込んだ。龍園くんがそれを見下ろしている。

 

 同時に私の臓物が浮き上がるような、平衡感覚を奪う感触に襲われた。

 

 

「………終わった、わね」

 

 

「……そうだな」

 

 

「…………無兎浜…っ」

 

 

 勝敗が決した。だが、私はそれどころではない。この最悪な気分を論理的に説明する術を、全力で脳内の知識から探し回っていた。

 

 

 

 

 

 ――――バイオレンスは、

 見るには最高のお楽しみだ。

 

 

 アメリカの映画監督……クエンティン・タランティーノが1994年、カンヌ国際映画祭で『パルプ・フィクション』が最高賞(パルムドール)を受賞した際に応じた言葉だ。ここだけ切り抜くと誤解をされそうだが、彼はスクリーンの中と現実の間は線引きされていると主張した。映画の中の暴力はクールだが、現実の暴力はアメリカ最悪の一面だとしている。

 

 なるほど、その言葉の通りだったのか。創作の中で用いられる暴力が上質なアクセントとして機能することには同意だったが、どうやら現実の暴力に対しての認識が甘かったらしい。私は、創作というフィルターを外した暴力が大の苦手だった、ということなのだろう。このような荒事に遭遇するなど、私には今まで一度もなかった。それで想像……創作上の暴力との乖離に動揺していた……という事か。これなら納得がいった。

 

 自分の気持ちに一先ずの分析結果を出したことで、私の脳は急速に冷却される。怖い、という事がわかれば怖くない。最も怖いのは『わからない』事だ。それを乗り越えた今、意識が周囲全体へと広がっていく。

 

 そして(ようや)く、その違和感に言及できた。

 

 

 

 

「――――…真澄さん?………貴女、何をそんなに慌てていたのですか…?」

 

 

「……は、はぁ…?そんなの、無兎浜があんなに―――」

 

 

 

 

 

 

「勝敗が決まってからは、橋本くんに比べて動揺が大きく収まっています。貴女にしかわからない不安要素が、喧嘩の最中に想起されたのでは?それは――――シロが貴女に頼んだ内容と、関わっていますよね?」

 

 

「そ――れは……」

 

 

「答えてください。貴女は何を知っていたのですか」

 

 

「…………………………今は、言えない」

 

 

 彼女は苦虫を噛み潰したように言葉を紡いだ。

 

 

「おい、何だよソレ……言えないって…」

 

 

「…早くしてくれ」

 

 

「その……私にしか、出来ないことよ………」

 

 

 真澄さんにしか出来ない?シロが真澄さんを頼った理由は、その行為をしてもらうため……今は言えない…………

 

 

 

 

 

 

 

 ―――犯罪行為……窃盗だ。

 

 

 

 

 

 

 真澄さんは窃盗させられていた可能性が高い。じゃあシロは何を盗ませた……?真澄さんが戦闘を見て焦るような代物………だとすると自衛手段?いや、スタンガンなどであれば盗ませる必要は無い。購入履歴を見られても『最近Cクラスが他クラスに嫌がらせをしていて不安だったから』と言えば問題ないし、この状況で使ってもデメリットなんて無い。むしろ、今あるなら使うべきだ。焦るのは反応としておかしい。シロにとっての使用はプラスで、真澄さんにとっての使用はマイナスになる……のであれば、協力はしないか。であれば、使い道までは知らなかったのだろう。この状況になって初めてわかったという事か。

 

 窃盗なら、真澄さんは土曜日の間に道具を盗んでいるはず……

 

 

 

「残念ながらテメェに拒否権は無いが……どうせ従うなら、完全に俺の配下を志すのも悪くないだろ?」

 

 

 

「……確かに、こうなった今の俺が…Aクラスでの卒業を目指すなら………、……それは比較的、現実的な選択肢に入るかもしれない」

 

 

 

 …………おかしい。

 

 

 

 シロが切り札を隠し持っているのなら、それを使う前に負けるとは思えない。彼は手札を余すことなく使用する。なら、きっとここで終わりじゃない。

 

 

「ねぇ、坂柳」

 

 

「もう少し様子を見ます。シロが倒れてからでも問題ありません」

 

 

「そうじゃなくって…無兎浜が裏切る可能性が」

 

 

「あるわけ無いでしょう」

 

 

 龍園くんが不気味に嗤って提案をする。

 

 

「裏切るなら前向きに裏切ろうぜ………無兎浜」

 

 

「………そうだね…前向きに行動しよう…」

 

 

 そうしてゆらゆらと立ち上がったと思えば……

 

 

 

 

「――――えっ……!?」

 

 

 血液で目潰しを行い、シロの回し蹴りが龍園くんの顎を掠めた。

 

 

「………魅力的な愚問だったよ。有栖(かのじょ)と敵対すること自体が敗北だという事実さえ無ければ、要求を吞んでいたかもしれないくらいにね」

 

 

 終わったと思い込んでいた真澄さんは、急激に顔を青くしていく。なんだ?シロは何を企んでいる……??

 

 

「あいつ……力は弱いが、体力と根性は凄いな。立ち回りからボクシングの経験もあると見た」

 

 

「んな分析してる場合か??」

 

 

 ここから逆転する可能性のある何か……そんなものが……いや待て、そうか、そうなのか?

 

 

「その眼はまだ、死んじゃいねぇ。策が残ってんだろ?この状況を覆せるような代物がよぉ……」

 

 

「…………まあね」

 

 

 真澄さんの、あの行動……やはり違和感はあった。特に気にしてはいなかったが、そういうことなら辻褄があってしまう。

 

 

「坂柳……っ!」

 

 

 

 

 

 

「――――ファミレス、ですよね?」

 

 

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 その反応で真意は十分に伝わった。本当にそういう事ならマズイ、これはマズすぎる。

 

 瞬間、シロと龍園くんが走り出した。火事場の馬鹿力か、今までと比にならない速さだ。即座に私も足を出したが、彼らの距離はあっという間に縮まってしまう。

 

 2メートル、その距離があるか無いかの所で――――私は全力で声を張り上げた。

 

 

 

 

「―――両者、そこまでです」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

◇視点:無兎浜

 

 

 

 

 栖が介入した事で、不利な状況は覆る。龍園くんに向かって歩いていくと、彼女は目を細めてゆったり微笑んだ。

 

 

「情けなく命乞いでもして下さるなら、見逃してあげない事も無いですよ」

 

 

「随分と可愛くねぇ笑顔だな。更年期か?」

 

 

 見た目は幼年期(こども)、頭脳は更年期(おとな)

 

 

「……自分の立場をわかっているのですか?既に詰んでいます。証拠の動画もあるのですから」

 

 

 そう言って見せたスマホの中では、俺が龍園くんによってコテンパンにぶちのめされていた。

 

 

「ああ、撮影に協力してくれた方ならもう居ませんよ」

 

 

「チッ…………で、俺に何を求めてんだ?そんな決定的証拠を持っているのに、この場へ来るってことはそういうことだろ」

 

 

「話が早くて助かります。単刀直入に言いますが、二度と私達Aクラスに逆らわないでほしいですね」

 

 

「おいおい見えねえのか?こっちには人質もいるんだぜ」

 

 

「……ソレが?」

 

 

「ソレ????」

 

 

「可哀そうに(笑)」

 

 

「手分けしましょう。私が無兎浜白夜を」

 

 

「じゃあ私がアンタを」

 

 

 寝返りも失敗してるし、無様だな~コイツ。

 

 まぁ人質は瀕死の俺一人が相手だからこそ成り立つのであって、鬼頭くんや橋本くんが加わった今じゃ機能しないだろう。痛めつけたって自分たちの首を絞めるだけだ。

 

 

「見張りの人数を忘れたか?暴力のためのこの舞台……ここに集結させれば、お前らを制圧するのは難しくない」

 

 

「やってみれば良いじゃないですか。Aクラスに虐められたから助けて~って部下に泣きつくだけですよ」

 

 

 暴力で統治している彼は、下手にこの場を見せれば支配力がグンと下がる。そもそもこちらが1人でも逃げ切れば負けるし、有栖の口八丁で『退学したくないならこっちに従え』とか何とか言えばどうにでもなりそうだ。

 

 見張りの人数的に、有栖の協力者はまだこの場を完全には離れられていないだろうが……その人物の拘束まで考えると非現実的だろう。

 

 文字通り、龍園くんは心臓を握られてる。

 

 

「なるほどな、確かに俺は追い詰められたらしい」

 

 

「正しく状況を理解できてお利口ですね。では、宣言してください。『坂柳有栖様には金輪際逆らいません。僕は敗者で、貴女の下僕です。貴女に従います』……と」

 

 

 えぐ。性癖出てますよ。

 

 

「………主従揃って気色悪ィな。もし言わなかったら?」

 

 

「この映像を学校に提出します。お好きな敗北を選んでください。まぁ、どうしても?プライドが邪魔で??言えないというのであれば???『逆らわない。従う』と言うだけで良しとしましょう」

 

 

 喜々として語る有栖に周りが若干引いている中、当の龍園くんは静かだ。顎に手を当てて、何かを思案している。

 

 そして答えが出たのだろう。不敵な笑みを堂々と見せた。

 

 

 

 

 

 

「やってみれば良いじゃねぇか」

 

 

 

 

――………生意気な」

 

 

 どうやらプライドを守ったらしい。まぁ当然か。恥ずかしいとか抜きにしても、完全に負ける宣言は勝つ確率0%だが、学校に裁かれた場合は生き残る可能性が0ではない。ただ仮に残っても求心力は失うので、そこから今後の戦いに食らいつくのは厳しいだろう。

 

 

「お前にその選択が出来るってなら、好きにすれば良い。だがさっきも言った通り、人質が居るってことを忘れんなよ?」

 

 

―――…人質って、森下(アイツ)のこと?」

 

 

「森下か…………森下かぁ……」

 

 

「ご主人様、アレは必要な犠牲ですよ」

 

 

―――……死ね…」

 

 

 ブレーキ効いてませんよ??なんか本当に可哀そうになってきたかも。

 

 有栖と龍園くんは互いに睨み合っている。しばらく沈黙が続く中、彼女はその口をようやく開いた。

 

 

 

 

 

 

「……………………森下さんを解放してください。そして私の気が変わらない内に、仲間を連れて目の前から消えなさい

 

 

「そりゃどうも」

 

 

 龍園くんを除いた周りの全員が驚いた。俺だって例外ではない。開いた口が塞がらなかった。

 

 

「行くぞ伊吹……お前は石崎を引き摺れ」

 

 

「………わかったわよ」

 

 

 巨大な山田くんの襟を引っ張り、暗い道を進んでいき……途中で龍園くんが振り返る。

 

 

「無兎浜、続きは今度だ。その時は…こんな興醒めな展開にすんなよ?テメェは必ず俺が倒す」

 

 

「あっそ……好きにしなよ」

 

 

「………フン…」

 

 

 そして彼らは闇へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~~…」

 

 

 俺は糸が切れたように、膝から床へと崩れ落ちる。

 

 

「無兎浜――大丈夫か!?」

 

 

「大丈夫、走馬灯が見えた程度だから」

 

 

「それは三途の川の中腹くらいじゃないか??」

 

 

「ありがとう。心配してくれて優しいね、橋本くんは」

 

 

「………」

 

 

 真っ先に橋本くんが駆け寄ってくれたが、これも信頼稼ぎか?もしくは、多少の罪悪感があったのかな。龍園くんがここまで直接の暴力的手段を取るとは思ってなかったのかも。

 

 

「……立てますか?無兎浜白夜」

 

 

「あぁ、ありがとう……え、これでチャラとか言わないよね?」

 

 

「何言ってるんですか。気にしなくて良いと言ったので私達はイーブン……つまり、これは貸しです」

 

 

「嘘でしょ???」

 

 

「ええ、嘘です……流石に冗談ですよ」

 

 

 森下さんの手を借りて立ち上がると、彼女は血で汚れた手を俺のブレザーで拭こうとしてきた。

 

 

「あぶねっ」

 

 

「チッ……まぁ良いでしょう。では、私はこれで」

 

 

 彼女は淡白に告げ、そのまま歩いて行ってしまった。

 

 

「…………良いの?坂柳」

 

 

「えぇ……話なら、ここのお馬鹿さんから聞けば良いですからね」

 

 

「手厳しいね。悪いですけど後にしてもらえます?ちょっと先に済ませておきたいことがあるので」

 

 

「医務室だな……酷い怪我をしている。早く行くべきだろう」

 

 

 鬼頭くんがそう言うなら、それだけ酷い状況なんだろうな。

 

 

「医務室は別にいいよ。先に寮へ向かいたいな。ほら、そこに医療キットもあるし」

 

 

「いやいやいや、絶対医務室に行くべきだろ……」

 

 

「大丈夫だって多分。それに、これだけ目立つ怪我だ。先生に不審がられると思うけど」

 

 

 行った先で龍園くんとか石崎くんとバッタリ会ったら、気まず過ぎて乾いた笑いが出るだろうしね。医務室にお世話になる龍園くんって構図がなんかオモロいけど。

 

 ま、そんなことより内ポケットの()()を部屋にしまいたい。万が一先生に見られたら終わる。

 

 

「そんなもの私がどうにかしておきます。黙って医務室へ行きなさい」

 

 

「あっ、ハイ」

 

 

「上着は預かっておきますので………あぁシロ、ちょっと屈んで下さい」

 

 

「あっ、ハイ」

 

 

「アンタ意志とか無いの?」

 

 

 言われた通りに屈めば、ポケットティッシュで顔面をぺたぺたと拭いてくる。

 

 ……顔が近い。柔らかい手とティッシュの感触が、撫でまわされているようで悪い気はしなかった。

 

 

「本当に馬鹿ですね…」

 

 

「そんな馬鹿からご主人に聞きたいことがあるんですけど、なんで龍園くんを逃がしたんですか?彼を消すには都合が良かったと思います」

 

 

「………決まってるでしょう?」

 

 

 有栖は俺の頭を鷲掴みにすると……一瞬、苛烈な瞳を向けてくる。そしてそれを掻き消すように、艶めかしい微笑みをじんわりと浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「ナイトを犠牲(サクリファイス)するには、勿体無い盤面でしたから」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

視点:龍園

 

 

 

 

「――――お前ら、これ運べ」

 

 

 張りの奴らにくたばった2人を託すと、俺は誰もいない並木道を歩いていた。後ろからただ一人、伊吹が怪訝な顔をして着いて来る。

 

 

「龍園、どういうこと?なんで坂柳は見逃したわけ?」

 

 

「決まってんだろ。あの女が無兎浜にご執心って事だ」

 

 

「………そっか、無兎浜も処罰を受ける可能性が高いから……あの2人ってどういう…?」

 

 

「知らねぇよ。ここで失うには惜しい程に優秀な駒だからって気がするが……これは思わぬ収穫だったな。アイツは、坂柳の弱点に成りうる」

 

 

 太陽の光を正面に、俺は足を進めていく。

 

 

「くくくっ…それにしても、無兎浜の奥の手が見られなくて残念だ」

 

 

「あいつ……何を考えてたんだろ…」

 

 

「さぞ刺激的な手段だったんだろうな……あの眼は完全に、一線を越えられる奴の眼だった」

 

 

 気がかりではあるが……これで終わりじゃねぇ。次の勝負では俺が勝つ。その時にまた、あの眼を引き出してやろうじゃないか。

 

 ただ………今回は反省するべき点もある。無兎浜を舐めていたのは言うまでもないが、先にラインを見極めておくべきだった。そこが不明瞭なおかげで坂柳も引いてはくれたが、迂闊だったな。

 

 それとAクラスを狙いすぎた。そのせいでBとDの情報がやや不足している。今後のデカい試験の為にも、それらを収集する必要があるだろう。あと、その試験の前には潰しやすい方を潰しておきたい。おそらくはDクラスだな。やるべき事は見えた。

 

 

「まずはDクラス………次にB、最後にAクラスだ。全員、捻じ伏せてやるよ」

 

 

「……??…何の話?」

 

 

「今後の話だ」

 

 

 主張の激しい太陽と顔との間に手をかざす。

 

 

 

 

 最後に玉座へ座るのは

 全てを手にした、この俺だ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

◇視点:無兎浜

 

 

 

 

 は階段から落ちた事にした。それなら簡単に死ねるし、大怪我もある程度は誤魔化せるだろう。星乃宮(ほしのみや)知恵(ちえ)……Bクラスの先生に問われて俺が適当に口走ったので、辻褄合わせは全部有栖に丸投げした。

 

 治療を終えて、俺たちは5人で寮へと向かっている。

 

 

「なんか眠い……」

 

 

「寝られても困るから我慢して」

 

 

「その怪我じゃあ、明日は休むべきだな」

 

 

「……そういえば無兎浜。お前のバッグはどうした」

 

 

「あ、Cクラスの知り合いに預けたよ。明日渡しに来るだろうし、誰か受け取っといてくれない?」

 

 

「よりによってCかよ…」

 

 

「数少ない穏健派だから、大丈夫だよ」

 

 

「……その方と接触することで、龍園くんを誘き寄せる目的があったんですね」

 

 

「そうですね。彼女は餌みたいなもんです」

 

 

 もう利用価値もほとんどないだろうし………椎名さんとは関係を断ち切っておこうかな。彼女に使う時間を、今後は別の事に回すべきだ。無駄なことはあまりしたくない。

 

 

「……それ、やっぱりまだ痛むのか?」

 

 

 橋本くんが指したのは、ギプスで固定された左腕だ。骨折してはいなかったが、しばらく安静にする必要があるらしい。

 

 

「あぁ、クッソ痒いなウゼェって思っただけ」

 

 

「今の妙に憂い気な表情はなんだよ……!」

 

 

「これは死活問題だね。左腕が外界から遮断されるんだ。ギプスを外す頃には腐敗してるかも」

 

 

「それは血が止まってるでしょ」

 

 

「ギプスを外せば、バナナの様なやや甘ったるい臭いが僅かに香る中、腐卵と下水を掻き混ぜたか如く強烈な存在がむわっとした空気に沈殿し鼻腔をくすぐる……ゴマみたいな大量の虫がぐちゅぐちゅの肉を這いずり、耳元では不快な羽音が――――」

 

 

「やめろ!!なんか想像できちまうからッ!」

 

 

「ねぇ、そろそろ寮に着くけど……後は坂柳に任せて良いんだよね」

 

 

「別に任せなくても良いと思うけどな~」

 

 

「いえいえ、お構いなく。まだ聞きたいことも残っていますし……ね?」

 

 

 有栖は左腕で俺のブレザーを抱えている。それに対して意味深に目を向けたので、案の定バレてるらしい。そんな大した物でも無いけど………雑な手段にお咎めを貰いそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室に戻れば、いつもと変わらない光景が広がっていた。やけに静かな気がするが、それは有栖と2人きりになったからだろう。荷物を置くと、彼女は上着を抱えたまま俺のベッドに腰掛け、俺はその前に正座した。

 

 

「さて、まずは貴方の話を聞きましょうか」

 

 

「………5月8日の金曜日、俺に尾行がついていたんですよ。Cクラスからのものだと思ったので、偶々その場に居合わせた森下さんに取引を持ち掛け、クラスのリーダーである龍園くんの調査をしてもらいました」

 

 

「2つ気になることがあります。一つ目、何故Cクラスの尾行だと思ったのですか?」

 

 

「月の始めに、Cクラスが暴力で統治を完了させたというのは例の知人から把握していました。であれば、獲得した部下を使って情報収集を行うのは予測できます。それに、BクラスとDクラスのリーダー格は交流があるので、わざわざ尾行するのもおかしい。俺は別に怪しい動きをしていたわけじゃなかったですし、個人的な理由が介在しない限りは十中八九Cの仕業だと考えられます。仮に違っても、Cクラスの情報を得られるのは悪くないので探らない理由がありません」

 

 

「妥当な判断ですね。では二つ目、森下さんに協力を依頼したのは、本当に偶然居たというだけですか?」

 

 

「森下さんは……尾行に気づき、俺に直接その存在を教えてくれました。初日の時点で接触してきましたし、俺に何かを期待している可能性がある。口止め料を貰っていた事にも気づいたりと無能でもない。条件次第では、それなりに優秀な駒として働いてくれると思ったから彼女を頼りました」

 

 

「……条件は?」

 

 

「手作りの料理を振舞う事」

 

 

「……………」

 

 

「……そんな怖い顔しないで。嘘じゃないんですよ、これが」

 

 

 誤魔化してはいるけどね。

 

 

「……これ以上追及しても無駄ですね。話を続けなさい」

 

 

「森下さんの調査の結果、尾行がCクラスによるものだと判明したんです。そして調査を続けてもらったのですが、なんと龍園くんはAクラスを主軸に情報収集をしていて……おそらくは俺がゴリゴリに狙われている可能性が出てきました。おまけに、森下さんの尾行が龍園くんにバレた可能性まである。この時に、今回の盤面を思い浮かべました」

 

 

「………確かに、彼らによる嫌がらせは他クラスでも問題になっていました。暴力で直接従わせて来るのは想定出来ますが……はぁ…っ…………で?」

 

 

 こわい。

 

 

「えーっと……龍園くんが接触してくるであろう状況にして誘ったら、まんまと彼は来てくれました。会話を聞けるように森下さんと通話だけした状態でスマホをしまい、ノコノコと彼に従っていかにもな場所まで連れて行かれます。彼女が問題なく撮影できる場合、通話を何度もかけ直してバイブレーションで把握する流れでした。気づけるように、予めスマホの位置は調整しています。そして本番では、通話がかかってこなかった。失敗と考え、一応持っていた自衛手段で普通にぶっ倒す事にしました」

 

 

 有栖はにわかにも信じがたい話を聞くような、引き攣った面持ちで俺の言葉に傾聴している。

 

 

「森下さんが失敗した場合、逃げ切って助けを呼ぶパターンが一番安牌だったんですけど、残念ながら彼女は拘束された。ので、他にも撮影班がいるというハッタリをかましたら見事に見抜かれました。その結果がアレです」

 

 

「なるほど…貴方に話させても肝心な部分を言わないという事がよく分かったので、こちらから改めて質問させて頂きます」

 

 

 彼女は余裕そうに頬を緩めたが、俺はバッキバキな青筋が気になって仕方なかった。

 

 

「どうして、森下さん以外を……を頼らなかったのですか??相談して下されば、確実に龍園(アレ)の息の根を止められたのに」

 

 

 止めるな。

 

 

「それは……手を煩わせたくなかったんですよ。ほら、俺が出来る範囲であるなら、俺がやった方が効率が良いですし」

 

 

「今こうして煩わせてますけど」

 

 

「ぐうの音も出ませんね……元々は、こうなるつもりじゃなかったんですけど………」

 

 

「そうでしょうね。貴方が敗北を想定していないとも思えません。なので、そうなった場合の手段を事前に用意していたはずです………例えば」

 

 

 有栖は俺の上着に手を入れて、内ポケットからゆっくりとそれを取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この本物のナイフで自身を刺して、龍園くんを冤罪で退学に追い込む…とか」

 

 

 

 銀色に煌めく刃先には、ガタガタの輪郭が浮き彫りにされていた。市販の刃物とは比べ物にならない程に整っていないが、人体を切り裂くには事足りるだろう。確かな殺傷力を感じさせた。

 

 

「全部お見通しなんですね……神室さんが話したんですか?」

 

 

「いいえ。真澄さんは直前まで、貴方との約束を律儀に守っていましたよ」

 

 

「そっか……では、俺が彼女に何をさせたのか……貴女の推測を聞かせて下さい」

 

 

「………このナイフ、元はファミリーレストラン等で用いられるテーブルナイフですよね。本来は刃先が丸くて危険性が低いのですが…先端が鋭利になるように加工されている。わざわざこのナイフを選び手間をかけて加工したという事は……このナイフでなければいけない理由があったのでしょう。龍園くんが使用する事に違和感が出ないよう彼の利用した店舗の物を調達させたのでは?つまり、ナイフと加工道具を真澄さんに盗ませましたね」

 

 

「大正解」

 

 

 100億万点やるよ……って、倫理観ゼロの千空も言ってる。

 

 

「貴方の選択は不正解ですけどね。0点。愚策も良いところです」

 

 

「ボロクソじゃないですか………仮に刺せた場合、証言者は伊吹さんと森下さんの2人だけ。心象勝負になります。ナイフの出処は掴めますし、彼がそれをやりかねない人物だとは彼の部下も含めて全員が思うはずですよ。少なくとも、特に悪評も無い普通の生徒と比較する場合はね。加工道具については特定も難しい。鑢なり何なり、色々な可能性がありますから」

 

 

 テーブルナイフは加工を想定されていないので、刃先が歪に変形してしまった。だが、そのおかげで加工道具に確実な見解は出せないだろう。

 

 

「徹底的に調べ上げれば、真澄さんだって炙り出されます。完全な敗北は無くとも、両成敗に終わる可能性が高いですよ」

 

 

「それならそれで良いんですよ。龍園くんを潰せたのなら問題はありません。Aクラスにペナルティが科せられる場合はあると思いますが、致命的なものになるとは考えにくいです」

 

 

 ぶっちゃけ、共倒れした後のことはあまり考えていない。生き残ろうが死のうが正直どうでも良い。だってAクラスには、有栖がいる。

 

 

「残りはBクラス(おままごと)Dクラス(ゴミ捨て場)ですし、こんなのは相手にもなりません。たとえ不利な盤面になってしまったとしても……貴女なら、取り返せるでしょう?」

 

 

「……そうですね。ええ、取り返すくらいは造作もありませんよ」

 

 

 有栖は声量を上げ、徐々に苛立ちを隠さなくなってきている。

 

 

「そして、それは無傷でCクラスを潰すことだって同様です。大体、このナイフをどこに刺すつもりだったんですか?」

 

 

「どこって……お腹はヤバいですし、普通に脚を」

 

 

「ふざけないで下さい。やはり馬鹿じゃないですか??脚も十分致命傷になります。それに、こんな質の悪い刃物……仮に成功したとして…………」

 

 

 

 

 

 

 美しい顔を歪ませ、心底軽蔑するかのような眼で俺を射抜いた。

 

 

 

 

 

 

―――後遺症が残る確率が高い、です。そうなったら………貴方はどうするつもりだったんですか…っ…………?」

 

 

 身体をわなわなと震わせて、絞り出すように声を吐いていた。

 

 

 

 

「いやそんなもの……天がそう定めたのなら、その運命を受け入れるしかないでしょ

 

 

 

 

――――…………………」

 

 

 そう告げれば、有栖は壊れた機械のようにぴたりと押し黙る。そして凶器を床のバッグにしまうと、背を向けてベッドに横たわってしまった。

 

 

「ゑ?ご主人……??」

 

 

「……全てが確実性の無い綱渡りな計画。失望しました、貴方は本当に凡愚ですね」

 

 

――ははっ、その通りですね」

 

 

 俺は立ち上がり、台所の冷蔵庫へと向かう。中には昨日の惣菜の残りである生姜焼きが眠っていた。

 

 あのナイフが肉を貫通できるのかは検証する必要があった。それで豚肉を使ったのだが、結構な量を作ってしまったのでこうして余っている。左腕が使えず、凝った料理も出来ないのでこれを温めるだけにしておこう。

 

 冷蔵庫から肉を取り出し、レンジで軽く温めているうちにバターを用意する。バターを切る為にナイフを持ち、片腕で試行錯誤してる時、ふと全く関係のない思考が頭によぎる。

 

 

 ……有栖に頼らない選択を取ったのは、会長のアドバイスを受け止めたからだ。あの言葉を聞いて瞬時に思い浮かんだ事は、『天に見初められた存在が、与えられた才能(やくわり)を全うする様を見ること』である。凡人に出来るのは精々が傍観者だ。俺にとってはソレが至高なので全く不満は無いし、傍観者になれて嬉しいくらいに感じている。星の輝きにときめくのは一般的な感情だろう。

 

 

 バターを切る腕は止まっていた。

 

 

 だが、あの会長がそれだけの言葉を伝えるとは思えない。もっと、俺が何かを見落としている可能性に言及したのかもしれない。だからこそ視野を広げるために、頼らなかった。だって彼女は、俺と長くを共に過ごした存在だ。彼女の傍という環境から変えれば、何か見えないものが見えると思った。

 

 それならば辻褄が合うはずだ。そういう理由だった。俺の行動は、会長の言葉の真意を探るための行動だったんだ。

 

 

 レンジから音が聞こえるが、俺の耳には入らない。俺は、逃げるように論理の道筋を組み立てていた。

 

 

 …………でも、有栖の言葉の通り、俺の計画は不完全だ。もっとやりようはあっただろう。有栖に頼らなかったからって、ここまで作戦が穴だらけになるのは……おかしい。あれ?

 

 協力者が森下さん一人だけ?ハッタリで乗り切る?最終手段は自傷で冤罪??リスクがデカすぎる。どうして俺は、こんな命綱の無い作戦を実行していたんだ?

 

 

 ……いや、命綱はあった。有栖が介入するという出来事が。俺は自分がどうなっても良いと思っている……と思っていたが…………心の底では、有栖が助けてくれるって甘えていたのではないか??有栖を遠ざけておきながら、最後は彼女に救ってもらっていた。

 

 

 ………俺は、有栖に依存してるんじゃないか?有栖がいなければ生きられないんじゃ……

 

 

 俺の世界は既に、有栖がいないと崩壊してしまう所まで来ている……という事かもしれない。だったら、もう俺に出来ることなんて、それこそ有栖の傍観者になることくらいだ。

 

 

 

 その輝きを隣でただ眺めているだけ………なんだ、最高じゃないか。何も変わっていない。何も問題などない。これこそが俺の役割だった。

 

 

 

 馬鹿馬鹿しい、何に不安を感じていたのか理解ができない。最初から俺のやりたいことは―――……不安??あれ?俺は不安を感じていたのか?なんで?どうして??何がどうなって???

 

 

 

 

 依存??それか?いや別に、依存していた所で不安を感じる必要はないだろう。だって、俺のやりたいことに何の支障もない。有栖ほどの輝きに依存するのは当然の反応だ。俺はおかしくない。俺は凡庸だ。普遍だ。彼女らのように逸脱していないし、出来やしない………あれ?

 

 

 

 

 違う考えるな。出来やしないってなんだ?当然のことだ。あれ?何もおかしくない。下らないことに時間を割くな。あれ?その言い回しはおかしい。おかしくない。あれ?あれ?おかしくないってのもなんだあれ?俺はおかしくないってなんだよあれ?何を気にしてあれ?あれ?なんで普遍にこしつあれ?あれ?あれ?おれがほんとうにあれ?のぞんでいることってあれ?あれ?どっちだ???あれ?あれ?あれ?あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――何しているんですか」

 

 

「え、何が?」

 

 

 振り返れば、杖をついた有栖が呆れた視線を向けていた。

 

 

「電子レンジの音がするので、軽く温めるだけかと思っていましたが……何故か中身を取り出す音が聞こえない。そして確認してみれば、まさかバターを切ろうとしているとは………」

 

 

「そりゃ、フライパンで焼いた方が美味しいでしょう?」

 

 

「……………」

 

 

 俺の横まで歩くと、持っていたナイフをひったくるように奪い取る。

 

 

「………片腕の使えない人を、台所に立たせるほど私は落ちぶれていません。ましてや刃物を握らせるだなんて。今日のところは、私がやっておきます。貴方はその辺で寛いでいなさい」

 

 

「あっ、ハイ」

 

 

 有栖って料理とか出来るのか??とは思ったが、そんくらいは普通に出来るか。今回は焼くだけだし。

 

 すごすごと寝床へ戻ろうとした時、彼女が口を開いた。

 

 

「あのナイフは私が処分しておきます。それと、しばらくはまた私の傍で働いてもらいますから」

 

 

「…………承知しました」

 

 

「……最後に、貴方には課題を出しておきましょう」

 

 

「課題?」

 

 

「今回の出来事で、何か気になる点はありませんでしたか?」

 

 

 そう言うって事は、何か気にしてほしい……俺が気にするべき点があるのだろう。それならば一つ、心当たりがある。

 

 

 

「………協力者。貴女が秘密裏に動かした撮影班の事ですか?」

 

 

「その通り。それが今回の課題………今後に大きな試験が起きることは、予測がついていますよね?『その試験終了時までに、協力者の正体を特定すること』が課題内容です」

 

 

「……………な、なるほど…?」

 

 

「ちなみに、協力者の方には『試験終了時まで、シロに正体を特定されないこと』を課しておきますね」

 

 

 純粋に何がしたいんだこの人

 

 まぁ……こうして俺に課題を出すのは、昔からそうだ。今更考えたって仕方がないか。どうせ俺には理解できないのだろうし。

 

 それに、別にゲームは嫌いじゃない。これのおかげで鍛えられているという側面だってもちろんある……今やるべきことは、この課題に黙って取り組むことだ。

 

 

 

 俺はベッドに飛び込んで、枕に顔をうずめて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

中間テスト・試験結果

 

 

 

 

 Aクラス 980cp → 1074cp

 

 Bクラス 730cp → 823cp

 

 Cクラス 490cp → 506cp

 

 Dクラス 0cp → 87cp

 

 

 

 

 

 

勝者 なし

 

敗者 無兎浜白夜

 

 

 

 

一年次・一学期・中間テスト編 閉幕

 

 

 

 




おまけ

 以下の画像は、無兎浜白夜の似顔絵である。

 制作者:坂柳有栖

 作成日時:2026年4月23日 午前

 詳細:数学の授業中、頭を悩ませてホワイトボードの数式を睨む白夜を描いたもの。普段は絵を描いたりしないので、有栖は絵の出来に強い不満がある。


 
【挿絵表示】



 ※注意:あくまで似顔絵であり、制作者の思想・感情・主観が含まれている可能性が高いため、実際の人物とは印象が異なる場合があります。






あとがき

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。次回は幕間を数話ほど挟み、それから新章にいきます。
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