兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
リゼルはすぐに後ろを振り向く。
「おいおいリゼル、ひやひやさせんじゃねぇよ。とんでもねぇ殺気飛ばしやがって」
マンサムがリゼルを見ながら、ニカッと笑って言う。
「マンサム、お前がすぐに来ると思ってな…… だから、殺気だけにしておいてやった」
リゼルもマンサムを見つめ返し、肩の力を抜いてそう応じた。
「おお! 今、リゼルが俺のことハンサムって言ってくれたぞ!」
マンサムは一瞬で目に涙をため、大袈裟に喜びの声を上げた。
それを見たトリコは、完全に呆れ果てた目でマンサムを見る。
「いや、言っていない」
リゼルが間髪を入れずに淡々とツッコむ。
マンサムはハッと我に返ると、大慌てで戻ってきた周囲の職員たちに向かって一喝した。
「おい! 檻の管理をしっかり見とけと言ってるだろうが!」
「も、申し訳ありません!」
「ったく、どいつもこいつも!」
そうして怒鳴り散らした直後、マンサムは手にした酒瓶を傾け、豪快に喉を鳴らして中身を煽りだした。
「もう飲んでんのか? ――マンサム所長」
トリコが、早くも酒の匂いを漂わせ始めたマンサムに呆れたように話しかける。
「ん? 今、ハンサムって言ったか?」
マンサムはトリコの方を振り返り、またしても嬉しそうにボケてみせた。
「言ってねぇよ!」
今度はトリコが勢いよくツッコミを入れる。
「こ、この人が所長さんですか!? ……って、お酒臭っ!」
小松はマンサム所長を見上げながら目を丸くしたが、漂ってきた強烈な酒の匂いに顔をしかめ、慌てて口元を手で押さえた。
リゼルはチェインアニマルの施設から出て、ドアの近くでぼーっとしていた。
「リゼルさん、おかえりなさい!」
研究の男が、リゼルを見つけて嬉しそうに声をかけてきた。
「あぁ……ただいま。俺がいない間、何か分かったことはあるか?」
リゼルが尋ねると、男はこれまでに判明した状況を報告し始めた。
「んー、今の所は……。ただ、あの謎の石の欠片をちょっと食べるだけで、ほんの少しですが……強くなるみたいですね。ただし、時間制限付きですけど。ですが、欠片をちょっと食べただけで強くなるのなら、もっと大きく食べれば強さの跳ね上がり方も変わるんじゃねぇか……って、他の研究員たちとも話し合っているところなんですよ」
「なるほどな……。時間制限ありとはいえ、もし悪用でもされたら……」
リゼルは現状を把握すると同時に、その謎の石の欠片がどれほど危険な代物であるかを理解し、思わず頭を抱えた。
「そうなんですよ。まだ小さい欠片の段階でこれですからね……。あ、それと、これに関してはマンサム所長が信頼している外部の人にも、手伝ってもらったんですよ」
研究の男が、リゼルに嬉しそうに報告する。
「そうか。だが油断するなよ? 念の為だ」
リゼルは研究の男にそう釘を刺した。
「はい! わかってますよ。なのでちゃんと警備もしてます」
研究の男は嬉しそうに頷き、リゼルに言う。
「なら……いいんだがな……」
リゼルも静かに頷いて返す。
トリコとマンサムがっちりと手を握り、握手をする。
「ウェルカム! いや、お帰りか?」
マンサムは眉毛を上げてトリコに言う。
「お帰り……って?」
小松がポツリと呟く。
「で、今回はなんだ? リーガルマンモスだけじゃねぇんだろ?」
トリコは手のひらを上に向けてマンサムに問いかける。
マンサムは酒を飲みながら歩き出した。
「美食會が動き出した」
マンサムは後ろを向き、トリコにそう告げた。
「美食會が……!? なら……兄貴が言っていたあの時の『奴ら』って、美食會のことだったのか……。そうか、すぐに分かるってこういう意味だったんだな……!」
トリコは眉毛を少し下げながら、ようやくリゼルが言っていた言葉の真意を理解した。
「新型GTロボのおかげで、我が美食會に続々と食材が集まっております。副料理長」
そう言って部下は、深く頭を下げた。
「まだ……足りぬ……」
そう冷徹に言い放った後、仮面の奥で赤い目を怪しく光らせ、副料理長は過去の因縁の相手の名を心の奥底から漏れ出たように静かに呟いた。
「……リゼル……」
「すでに次の手は打っております。まもなく手に入るかと……リーガルマンモス。――あるいは、リジェンド・リゼルも」
前を向いた部下の顔が、薄暗い部屋の光にチラリと照らされる。
肌の全体が不気味な紫色をした、明らかに人間ではない異形の姿。
その口元には、何かを縫い合わせたような跡があった。
男は不敵に顔を上げ、副料理長へとそう報告した。
トリコ達はチェインアニマルの施設を出ると近くにリゼルと研究の男が何か話していた。
そこから少し離れた場所で、トリコたちは言葉を交わす。
「納得だぜ。洞窟の砂浜で見たあいつは、美食會だったってわけか。そして、兄貴の知り合い……」
トリコは深く頷きながら、そうぽつりと呟いた。
そして、少し離れたところで心配そうに職員から情報を聞いているリゼルの背中をじっと見つめる。
「新型のGTロボだ」
マンサムがトリコに向かって、重々しくそう告げた。
「やはりな……兄貴が言ってたんだ。あれはロボだってな。」
トリコが確信を込めてそう言うと、隣で聞いていた小松は、話の規模の大きさと二人の醸し出す緊迫感に、困ったような表情で二人を見上げていた。
「あのー……美食會って?」
小松は眉を下げて困ったように、マンサムの顔を見ながら言う。
「グルメ時代の食材全てを牛耳ろうとしている組織だ。奴らは食材を手に入れるためならどんな手段も選ばない……そして、リゼルを警戒しながら、執拗に狙っている奴らだ」
マンサムは二人の顔を見ながら言う。
「ヒエ――ッ!! って……え? リゼルさん、狙われてるんですか!?」
小松は困惑した顔でマンサムを見る。
「そうだ……理由は知らん。だが……昔に美食會とリゼルは戦っている。その時に何かあったのだろう」
マンサムは悲しげな表情を浮かべ、静かに語った。
「だから奴は兄貴を熱心に見てたのか」
トリコはこれまでの疑問がすべて氷解したように、そう深く納得して呟いた。
「美食會の次の狙いは恐らく――リーガルマンモス! そして、リゼルも狙われる可能性が高い…… まあ、あいつがそう簡単にやられるようなタマじゃねぇし、すぐに捕まることもねぇだろうがな。だからこそ、こちらも最大の警戒をする」
マンサムは眉を上げ、いつになく真剣な表情で二人に話す。
「奴らに捕獲される前に、こっちが先に捕獲するってわけか。それに、何があっても兄貴を守り通せばいいんだな。……確かに兄貴はそんな簡単にやられないし、捕まらないかもしれないが、奴らがどんな卑怯な手を使ってくるか分からねぇからな」
トリコは手を顎に当てて深く思考を巡らせながら、油断のない口調でそう力強く言った。
「うおおぉぉおおお!!」
近くの部屋から、突然割れんばかりの大きな叫び声が響き渡った。
それなりに離れた場所にいるはずのリゼルたちの耳にも、はっきりと届くほどの地響きのような大歓声が響き渡った。
「ん? 何だ?」
急に聞こえてきた野太い咆哮に、リゼルは眉を上げてぽつりと言葉を漏らす。
そして、そのまま研究員の男を伴って、少し離れた場所にいたトリコたちの元へと歩み寄った。
「あー、そう言えば……もうそんな時間でしたか……」
隣を歩く研究員の男は、最初の叫び声に驚きつつも、すぐに何かを思い出したようにそう呟いた。
「な、なんですか!? この声!」
突然の野太い大歓声に、ドアの近くにいた小松は驚きで眉を跳ね上げ、慌てて周囲を見回した。
「忘れとった! メインイベント!」
マンサム所長が、ガハハと笑うように思い出した声を上げる。
ちょうどその時、情報を聞き終えたリゼルと研究員の男が、トリコたちの元へと戻り、無事に合流を果たした。
ドアが開き、五人は中に入る。
するとそこはたくさんの人で溢れかえっており、中央のアクリル板の中にある闘技場では、ガララワニとトロルコングが対峙していた。
「うわあ……!」
凄まじい迫力に、初めて見る小松は驚いて声を上げていた。
「おおっ、まだ前座試合か。間に合ったぜ」
マンサムが嬉しそうに言う。
「なんですか、ここは!?」
小松が眉毛を釣り上げ、後ろを振り向いて叫ぶ。
「グルメコロシアム――猛獣たちの戦闘力、捕獲レベルを計る闘技場だ。だが実際は、金持ちや権力者、IGO加盟国のVIPたちの道楽の場さ」
トリコが答える。リゼルは眉を少し下げながらも、真剣な眼差しで試合を見つめていた。
「俺はこれで、今から謎の石の研究に戻ります」
リゼルの隣にいた研究員の男が、リゼルにそう言った。
リゼルは真剣な顔から、研究員の男へと視線を向ける。
「あぁ……ありがとうな。これからもよろしく頼む」
リゼルは少し眉を下げ、研究員の男に優しくお礼を言い、後を頼んだ。
「えぇ! また何かわかれば、すぐにお伝えします!」
研究員の男は嬉しそうに言って、その場を後にした。
「どうりで見たことある人たちだと……。それに、ずっと思ってたんですけど……リゼルさん、さっきのあの人は誰ですか?」
小松はトリコと話していたが、返事はするものの、さっきからリゼルの隣にいた人が気になって仕方がなかったのか、リゼルに視線を向けて聞いていた。
トリコも気になったのか、試合を見ながらも、耳だけは二人の会話に傾けている状態だ。
「あぁ。さっきまで、謎の石の研究を任せている研究員のモバールから、調査の報告を聞いていたんだ」
リゼルは少しだけ眉を上げ、目の前の小松に淡々とそう説明した。
「あー、そう言えば、リゼルさん言っていましたね。ここで謎の石を調べている途中だって……。何か分かったんですか?」
小松は屋上で聞いたやり取りを思い出し、興味津々といった様子でリゼルに尋ねた。
「あぁ……ほんのちょっとだが、色々と分かったことがある。だが、その話は後で話そう。なにせ今は……」
リゼルは小松の顔を見つめながらそう言ったが、すぐに視線を前方へと移した。
その先では、アクリル板の向こうでガララワニとトロルコングが凄まじい威圧感を放ちながら、バチバチに対峙している真っ最中だった。
「あ……そうですね! 今はあの試合を見ないとですね!」
小松は驚いて眉を跳ね上げ、目の前で始まっている大迫力のバトルに慌てて前を向き直してそう答えた。
「本当に、すごいですね……」
小松は目の前の激しい戦いを見つめながら、その大迫力に圧倒されて小さく呟いた。
「あぁ。ここじゃ賭けも行われ、一日で国家予算並みの金が動く。このバトルを見たさにIGOに加盟する国の首脳もいるくらい、刺激的な場所なんだ」
小松の呟きに反応して、トリコが教える。
アクリル板の向こうでは、トロルコングがガッツリとその両腕でガララワニを捕らえていた。
ガララワニは必死にもがいているが、完全にホールドされて動くことができない。
「だが、これも組織には必要なことなんだ。裕福な連中からこのバトルで合法的に金を搾り取り、飢えで苦しむ貧しい国へと回す」
マンサムが、小松を見つめながらそう答えた。
小松はハッとして後ろを振り返り、三人の顔を見渡す。
「寄付をする、ってことですか?」
「あぁ。かつて国連の一部署だったIGOは、グルメ食材への世界的な需要によって独立。今じゃ加盟国三百六十を超える巨大な国際機関だからな」
トリコやリゼルも、マンサムの言葉に静かに耳を傾けていた。
――その時、アクリル板の向こうで激闘の決着を告げる凄まじい地鳴りが響き、四人は一斉に猛獣たちの戦いへと視線を戻した。
ガララワニが崩れ落ちるように倒れ、トロルコングが天に向かって大きな咆哮を上げた。
《勝者・トロルコング――!!》
コロシアムのアナウンスが響き渡ると同時に、周囲に陣取る大勢の観客たちが、地鳴りのような大歓声を上げて騒ぎ出す。
「それだけの国の貧富の格差は、簡単には埋まらねぇからな。だから、こうして荒療治をしてるんだ。……あー、そう言えば、たまにだがリゼルも大金を寄付してるんだったか」
マンサムは小松に顔を向けながら説明していたが、ふと思い出したようにリゼルへと視線を移してそう問いかけた。
「あぁ……。俺は別に、大金を使って何かを買うわけでもないしな。余った金は全て寄付に回している」
リゼルは騒がしい歓声を聞き流しながら、事も無げにそう答えた。