ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「やれやれ、一時はどうなることかと思ったよ!」
学院の城壁を回り込むように移動し、藪や木立に姿を隠しながら移動していたフーケは、どうやら追手を撒いたと確信して、ほっと息を吐いた。
「あんなバケモノみたいな男に絡まれるなんて、ツイてないね。だけど、あんたがいたのはラッキーだった」
手に持った『破壊の杖』ことオルカに、そう軽口を叩く。
オルカは素っ気ない調子で返事をした。
「それはどうも。……で、あんたは、あいつを倒さずに逃げる気かい?」
「そりゃそうさ。私は別に戦闘狂じゃないし、目的のお宝であるあんたさえ手に入れば、あんなのと戦おうなんて気はないね」
フーケはそう言って肩をすくめる。
「適当に高飛びして、ほとぼりが冷めるのを待ってあんたを換金してから、また別のお宝を狙うさ。世話になった礼に、大事に扱ってくれそうな好事家を探してやるよ」
「それはそれは、重ね重ねどうもありがとう」
オルカのその物言いには、どこか皮肉っぽいような、冷ややかな響きがあった。
だが、さっそく頭の中で段取りを立て、皮算用を始めていたフーケは、それに気が付かない。
「なら、もっと高い値が付くように、あたしの能力をもう少し教えといてあげようか」
「え? あんたには、あの爆発を起こすやつの外にも能力があるのかい?」
「百聞は一見に如かずさ。やり方を教えるから、やってみな」
オルカはそう言って、彼女に指示を与えていく。
「さっきと同じ要領であたしの先端にある宝石に魔法力を注ぎ込んでから、石突の部分を地面にあてがうんだ」
「こうかい?」
フーケは期待に胸をふくらませながら、言われるままにした。
魔法力を注ぎ込むと、宝石の中に軽くスパークする黄白色の輝きが宿る。
その状態で杖の尾びれ状の石突を地面に打ちつけると、宝石の中の輝きが大地に吸い込まれるように、すうっと消えた。
「? これで、一体……」
彼女が疑問を呈そうとした瞬間、いきなり正面の地面が爆ぜる。
「ぎゃっ!?」
フーケは間近からの爆風をまともに受け、後ろに吹っ飛ばされて激しく体を打ち付けた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
次いで頭に浮かんだのは、爆ぜた瞬間の地面の様子。
黄白色の閃光を伴って急激に盛り上がった土砂の形は、まるで水底から跳び出して海面上の獲物に襲い掛かる、シャチの顎のように見えた。
「……ま、」
まさか、今のはあんたが。
その問いかけを最後まで発することはできなかった。
爆発の衝撃で手を離れたオルカが宙を舞い、その先端にあるシャチの背びれ部分の刃物が、吸い込まれるようにフーケの胸元を貫いた。
「が、……っ!」
「そうだよ。今のがあたしの
オルカの声が淡々と響く。
「腰抜けめ。自分は戦闘狂じゃないだって? あいにくだねえ。あたしたち『ベルクス』にとっては、戦うことがすべてさ」
虚空から白と黒の仮面が生じ出し、フーケの顔を少しずつ覆っていく。
それは、シャチの顔を模したような意匠の覆面だった。
「あんたが腰を据えてあいつを倒して、その体をあたしにくれりゃあ文句はなかったんだけどね。所詮は、卑しい盗賊ってわけだ」
オルカはそう吐き捨てる。
マスクが完成し、フーケの顔を完全に覆うと、痙攣はぴたりと止まった。
フーケの腕が動き、自分の胸を貫いているオルカを引き抜く。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「……さて。適当にこいつの傷を塞いでから、後の段取りを考えるか」
声は、フーケの口から出た。
だが話しているのは、まぎれもなくオルカのほうだ。
「ふーっ。活きのいい依り代を手に入れると、生き返るようだよ。あのままじゃ、衰弱してボロボロになっちまいそうだった!」
彼女は満足そうにそう独り言ちながら、手に入れたばかりの体でぐっと伸びをした。
致命傷とも思えるような深手を負っているにもかかわらず、苦痛を感じているような様子はない。
「……こいつの体も、こっちの貧弱なメイジにしては悪くないようだけど。やっぱり、『本命』を手に入れないとねえ……」
オルカはそう呟きながら、傷口の応急手当てを済ませ、夜の闇の中に歩き出した。
「あいつが杖術もできるのなら、言うことなしなんだが……」
そうでなくても、あんな達人はそうそう見つけられるものではない。
特に、こちらの世界では。
ひどく長い間しまい込まれていたせいで時間の感覚が鈍っているが、思いがけずこの世界に来させられてから、おそらくもう数十年にはなることだろう。
あの、古参のリーダー気取りで仕切り屋の剣野郎や、押しつけがましい仲間意識を強要してくるイカれたパンダ面の手甲野郎といった他のいけ好かないベルクスどもと離れることになったのは、そう悪くもないが。
この世界はメイジ偏重で、武芸なぞからきしで虚弱な連中ばかりなので、依り代に難儀する。
だから、多少の危険を冒すことになろうとも、あの肉体はこの機会に、どうしても手に入れておかなくてはならない――。
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翌朝……。
トリステイン魔法学院の方では、昨夜からの蜂の巣をつついたような大騒ぎがまだ続いていた。
破壊された宝物庫に集まった教師たちは壁に刻まれたフーケの犯行声明を読んで、口々に喚いている。
彼らの多くはこの事態に責任を負うべき者を、というか責任を押し付けられる先を探して、盛んに議論した。
「『土くれ』だと? 最近貴族の財宝を荒らして回っているとかいう、噂の盗賊か。魔法学院にまで手を出すとは舐められたものじゃないか!」
「ええい、衛兵どもは一体何をしていたんだ? 職務怠慢ではないか!」
まずは衛兵たちが槍玉に上がったが、彼らは所詮平民でありメイジの賊を止められなかった責任を負わせるのは無理筋であろう、ということになる。
「それよりも当直だ、当直の貴族は誰だったんだね!」
続いてそんな声が上がってくると、昨晩の当直だったシュヴルーズは青ざめた。
本来なら夜通し門の詰め所に待機していなければならないのに、メイジだらけの学院を襲うような不審者などがいるわけがないからと当直をサボり、襲撃のあった時には自室で寝こけていたのだ。
「当直表によると、昨夜はあなたの番ですな、ミセス・シュヴルーズ!」
一人の教師からそう追及されて、彼女は泣き崩れる。
そこへさらに詰めよって、損害賠償などの話を並べ立てるその教師とシュヴルーズとの間に、すっと割って入る者がいた。
事件の目撃者ということでこの場に立ち会っていた、アバンだった。
「失礼ながら。無暗にレディーをいじめられるものではないと思いますよ?」
「なんだ、お前は。アバンとか言ったか。部外者は引っ込んでおれ!」
「出しゃばって申し訳ありません、ギトーさん。しかし、お仕事をするべき時にしておられなかったのなら確かにそれは感心しませんが、そもそも態々詰め所のある門を通って侵入してくるようなメイジの盗賊はいないかと」
アバンはぴっと指を立てて、そう指摘する。
「空を飛ぶことで反対側の城壁を越えて侵入したのかもしれませんし、『土』のメイジなのであれば地面を掘ってきたのかもしれません。一晩中詰め所にいるということ自体、メイジの賊に対してはあまり意味がないような気がします」
理屈立てて反論されたギトーは、不服そうに鼻を鳴らした。
「結果論に過ぎんよ。当日の当直であった以上、責任は負わねばならんのが常識というものだ」
「で、あれば。居合わせたにもかかわらず賊を捕まえられず、取り逃がしてしまった私にも責任があるでしょう」
アバンがそう言うと、ギトーはぴくりと眉を動かす。
「ほう? 自分の非を認めると? それで、その責任をどうやって取るつもりなんだね?」
その問いにアバンが答える前に、コルベールの後ろに控えていたギーシュが進み出る。
「待ってください、ミスタ・ギトー! 彼はフーケを捕まえるところでした。それができなかったのは、襲われた僕を庇ってくれたからなのです」
ギーシュは背筋を伸ばし、上ずった声で言った。
「あ、足手まといになった僕にこそ、責任があるのではないかと!」
自分の無様を晒すのは嫌だし、後で父や兄たちに叱られるのも怖い。
それでも、自分の落ち度で恩人が理不尽な責任を負わされるのを見過ごすわけにはいかない。
すると、今度はルイズが、毅然として進み出た。
「いいえ。ミスタ・グラモンの責任ではありません。アバンに庇われたのはわたしも同じで、彼はわたしの使い魔です。使い魔と十分に連携が取れなかったわたしの落ち度だと思います」
キュルケが肩をすくめた。
「それを言うなら、あたしたちも無関係だと思わずにもう少し協力していれば、フーケを捕まえられてたかもしれないしね?」
「フーケが逃げ出した時に、手分けして探すことはできた」
タバサはそう言って頷いた。
アバンはフーケが姿を消した後、闇夜で分散して探すのは危険が大きすぎると言ってルイズらのこれ以上の捜索を許さずに諦める決定を下したし、それは正しい判断だったとは思う。
それでも、危険を冒してでも手分けして四方八方を捜索していれば、逃げ出したフーケを見つけ出せた可能性はあるだろう。
それを落ち度だと言われるのなら、納得はできないが、まあ否定もしない。
「いえいえいえ。責任感が強いのも自省するのもいいことだとは思いますが、まだ学生である皆さんに責任はありませんよ。こういう時に責任を取るのは、大人の仕事で……」
アバンが苦笑しながらも優しげな眼でそう言ったあたりで、オスマンが姿をあらわした。
「うむ、もっともなことじゃ。しかし、大人であっても、部外者に責任を負わせることはできんよ」
彼はそう言うと、ギトーの方を見る。
「そうは思わんかね、ベロリンマンくん?」
「私はギトーです! なんですか、その脈絡のない名前は!」
「そうか、すまんね。なんか分身とかしそうな感じのやつだったと思ったものでな」
「生徒や部外者はともかく、昨夜の当直はミセス・シュヴルーズです。彼女には責任がありましょう!」
「さよう。しかし、彼女だけかね?」
オスマンは長い白髭をこすりながら、居並ぶ教師らを見渡した。
「私がたまに夜中に出かけてみても、門のところにおるのは夜番の衛兵だけで、詰め所に当直がいたためしがないのだが……。誰か、真面目にやっていたのかね?」
教師たちは互いに顔を見合わせ、俯く。
ろくに誰も、やってはいなかったらしい。
「で、あれば。昨晩の当直が誰であったにせよ、それは結果論に過ぎん。メイジだらけの学院を襲う賊などがおるはずもないと考え、どうせ無用なのだしまあよかろうと怠慢を知りながら放置しておった私も含めて、責任は我々教師全員にある」
オスマンは優しげな顔で生徒らを順に見つめ、次いで少し厳しい顔で、教師陣を睨む。
「外部からのお客人や生徒らが互いに庇い合っておる中で、教師どもは責任を押し付け合っておるというのでは、示しがつかないとは思わんかな」
重々しくそう言うと、教師らはみな畏まった。
「さて……」
それを確認すると、オスマンはコホンと咳払いをする。
「犯行の現場に居合わせたのは、君たち五人かね?」
アバン、ルイズ、タバサ、キュルケ、ギーシュが、その問いに首肯する。
「詳しく説明をしてもらいたい。君らがなぜそこにいたのかや、何があったのかを、順番にな」
「では、まずは私から」
最初にアバンが進み出て、外出していて学院に戻ってきたところでたまたま巨大ゴーレムを目撃し、キュルケの悲鳴が聞こえたので駆けつけて、その後盗賊を追ったが逃げられた、といったざっとした説明をする。
「探してみたのですが、手掛かりは発見できませんでした。あのあたり一帯は草原で、足跡も草地にはつきにくいですし」
「ふうむ……」
続いてルイズらも順に進み出て、魔法の訓練をしようとたまたま中庭にいて目撃した、見たことはアバンと同じだ、というように話していった。
「してみると、後を追おうにも手掛かりはなしか。どうしたものかのう、ミス……」
オスマンはそこで、ふと何かに気付いたように、周囲をきょろきょろと見まわした。
「……おや? ミス・ロングビルがおらんな。彼女はどうした?」
「そういえば、朝から姿を見ていませんが……」
コルベールはそう答えて、首をかしげる。
「寝坊かのう? この非常時に……」
オスマンが顔をしかめてそう言ったとき、衛兵が小走りにやってきた。
貴族がずらりと集まっているのを見ると、緊張したように直立して敬礼する。
「お集まりのところ、失礼します。先ほど門のところにやってきた方が、学院長にこれを渡せと」
そう言って、手紙を差し出した。
「門のところに? はて。心当たりがないが……どんな人物だったかね?」
「メイジです。長い杖を持っていました。貴族かどうかはわかりません。黒ずくめのローブで、全身を覆っていたもので」
それを聞いて、ルイズとギーシュははっとしたような顔になった。
「黒ずくめのローブ? まさか、フーケじゃ?」
「確かに、昨夜見た盗賊も、そんな姿をしていました!」
オスマンは鋭い目つきになると、手紙を開封し、目を通した。
そして、顔をしかめる。
「どうしたのですか、オールド・オスマン!」
「何が書いてあったのです!?」
口々に尋ねる教師たちに、オスマンは返事をする代わりに、手紙を音読してやった。
「『昨夜は秘宝、並びに学院長秘書の身柄、確かに領収した。返還の条件を交渉したければ、下記指定の日時に、指定の場所に来られたし』」
それを聞いて、教師らは顔を見合わせ、ざわめく。
「では、ミス・ロングビルは、フーケに攫われたと!?」
「おお、なんておそろしい!」
そんな彼らをよそに、キュルケとタバサは顔を見合わせた。
「……昨夜見たフーケは一人だったし、どこかに人を抱えてるような様子はなかったわよね?」
「逃げたと見せかけて、学院の中に戻って攫って行ったのかもしれない」
「そうね。それか、ミス・ロングビルがあたしたちの気付かないところでフーケを追いかけていて、逆に捕まったとか……」
そう言いながらも、二人ともあまり自分たちの言葉に納得はしていない様子だった。
噂を聞く限りではフーケは盗賊であって、人攫いではない。
目的のお宝を手に入れたはずなのに、なんでその上人質をとって、返還の条件交渉などをしようとするのか。
「す、すぐに王室に報告しましょう! ミス・ロングビルの奪還のために、兵を派遣してもらわなくては!」
興奮してそう叫ぶコルベールに、オスマンは首を横に振った。
「待ちたまえ。まだ続きがあるのだ」
そう言って、その先を読み上げる。
「『なお、交渉に送る人員はこちらで指定する。アバンという名の剣士を寄越すこと。他の教師や外部の兵などを代役または同伴した場合、秘宝も学院長秘書も二度と戻らぬものと覚悟されたし』」
「あ、アバンを!?」
ルイズが目を丸くした。
全員の注目が、アバンに集まる。
「……ほほう?」
アバンは皆の注目をよそに、眉根を寄せて、何事かを考え込んでいた……。