1:最高の誕生日
事の始まりは、ドレスローザ王宮の大広間であった。
「あのね、アル……! 今度の休日、私と……デートしてくれないかな!?」
真っ赤な顔をしたレベッカのその一言は、広場にいたヴィオラや侍女たちの動きを完全に停止させた。
「「「デ、デートぉぉぉぉぉっっ!!???」」」
侍女たちの悲鳴のような歓声が響き渡り、ヴィオラは手にした書類の山をバサバサと床にぶちまけた。当のアルバーンといえば、訓練の休憩中に行っていた黒槍のメンテナンスの手を止め、目隠しの奥の瞳を点にさせて固まっている。
「……で、デート……? 俺と、お前が……か?」
「う、うん! お願いっ!」
レベッカが提示した「デート」の真の目的――それは、数日後に迫った父・キュロスの誕生日であった。 十年間、オモチャの姿で自分を守り続けてくれた愛する父へ、手作りのバースデーケーキと特別なプレゼントを贈りたい。その買い出しと極秘の準備に、アルバーンの力を貸してほしいということだったのだ。
目的が「キュロスへのサプライズ」だと知り、ヴィオラたちは「まあ甘酸っぱい!」と胸を躍らせ、アルバーンも「……そういうことなら、断る理由はない」と引き受けたのだが――。
自宅へ帰り、事の顛末を聞いたミナの反応は劇的だった。
「えぇぇぇぇっ!? アル、レベッカさんとデートするの!!???」
小さな家の中にミナの金切り声が響く。
「そう驚くな、ミナ。キュロスの誕生日の買い出しに付き合うだけだ」
「ばっかち~~~~~~~んっ! 名目がどうであれ、男の人と女の人がふたりでお出かけするのは立派な『デート』なの! お固いアルのことだから、絶対にエスコートなんてできないでしょ!?」
「え、えすこーと……?」
首をかしげるアルバーンに、ミナは仁王立ちになって指を突きつけた。
「アルは十年間、コロシアムと牢獄にしかいなかったでしょ!? 女の子が何をされたら嬉しいか、ぜんっぜん分かってないんだから! このままじゃレベッカさんに失礼だよ!」
「……む」
反論しようとしたアルバーンだったが、思い返せば自分にあるのは殺し合いと泥臭い生存競争の経験のみ。女の子を喜ばせる作法など、欠片も持ち合わせていなかった。
こうして、ミナによる「対・レベッカ専用デート英才教育」のスパルタ数日間が幕を開けた。
「いい? アル! 待ち合わせの時は、まず『今日の服、すごく似合ってるよ』って褒めるの!女の子はとにかく褒めるべし!そうするともっと可愛くなるの! それから、歩くときは馬車が通る側をアルが歩く! 荷物は全部アルが持つ! 段差があったら手を貸す! あとお金もちゃんとたくさんもっていく!!わかりましたか!?」
「……あ、あぁ。……『似合っている』か。嘘はつけんぞ」
「レベッカさんは絶対可愛くしてくるんだから、嘘になるわけないでしょ! ほら、練習練習!」
黒槍を振るうよりも何倍も神経をすり減らしながら、アルバーンは妹から「エスコートの極意」を叩き込まれていったのであった。
そして迎えた、デート当日。
ドレスローザの街角にある時計塔の前。アルバーンは普段の黒装ではなく、ミナに無理やり選ばされた、シックな深いネイビーのシャツと上質な上着に身を包み、ソワソワと佇んでいた。
「アル! お待たせ……ッ!」
走ってきたレベッカの姿を見た瞬間、アルバーンは思わず息を呑んだ。 コロシアムの戦士の鎧でも、シンプルな普段着でもなく――淡いピンク色の華やかなドレスに身を包み、髪には可愛らしい花飾りが揺れていた。
「ごめんね、遅くなっちゃったかな……? あの、この服……変じゃない……?」
上目遣いに恥ずかしそうに尋ねるレベッカ。 アルバーンの脳裏に、ミナの『絶対に褒めろ!』という教えが雷のように駆け巡った。
アルバーンは拳を固く握り締め、真面目そのものの表情でレベッカの目をまっすぐに見つめた。
「……変なものか。……今日の服は、その……ものすごく、似合っている。胸が跳ねるほど……綺麗だ」
「〜〜〜〜〜〜っっっ!!??? あ、ありがとう‥‥‥!!!」
レベッカの顔が、ゆでダコのように真っ赤に沸騰した。 不器用だが100%本気で放たれたアルバーンのストレートすぎる言葉に、レベッカの心臓はバックバクと暴れ出す。
(な、なに……!? 今日のアル、なんだかすごくカッコいい……っ!!)
それだけではない。歩き始めれば、アルバーンはさりげなく馬車が通る通り側に身を置き、レベッカが購入した重いケーキの材料やプレゼントの包みを「俺が持つ」と素早く引き取る。段差があれば、「足を滑らせるな」と大きな手を差し伸べてエスコートする完璧ぶり。
(ミナの英才教育……恐るべし……ッ!)と心の中で汗をかくアルバーンだったが、手をつなぐたび、レベッカは胸のときめきを抑えるのに必死であった。
買い出しを終えた二人は、王宮の厨房を借りてケーキ作りに取りかかった。
「アル、生クリームをもっと泡立てて! はい、腕の力見せて!」
「……こうか。……む、泡立て器が壊れそうだ」
「力入れすぎだってば! ふふっ、アルってば本当に不器用なんだから」
イチゴをカットするレベッカの横で、真剣な顔で生クリームと戦うアルバーン。 スポンジにクリームを塗り、真っ赤なイチゴを並べ、二人で協力して仕上げたケーキは、少し形が歪だったものの、世界で一番温かいバースデーケーキへと完成した。
その夜、カルタの丘の小さな家。
「む? なんだ、今日はやけにご馳走が多いな……? レベッカ、何かのお祝いか?」
畑仕事から帰り、手と顔を洗ったキュロスが不思議そうに首をかしげる。 テーブルの上には豪華な料理、そして部屋のあちこちから、トンタッタ族のレオやマンシェリー姫たちがひょっこりと顔を出していた。
「シシシ! 隊長、遅いぞー!」
「本日の主役なのれすから、早く座るのれす!」
「主役……? はて……」
ポカンとするキュロスに向かい、レベッカが深呼吸をして、部屋の明かりをふっと消した。 奥から運ばれてきたのは、小さなキャンドルの火が揺れる、手作りのバースデーケーキ。
「「「キュロス(お父様)! お誕生日、おめでとう〜〜〜っっ!!!!」」」
「「「れすっ!!!!」」」
全員の盛大な歓声とクラッカーの音が部屋に弾けた。
「誕生日……? あ……あぁ……! そうか、今日だったか……!」
キュロスはハッと目を見開いた。自分の誕生日など、十年間オモチャとして生きてきた彼にとっては忘却の彼方にあったものだ。
「お父様、いつも本当にありがとう。……これ、私とアルで一緒に作ったケーキ! それと……私からプレゼント!」
レベッカが手渡したのは、キュロスの大きな体に合わせたマフラーと感謝の手紙だった。
「レベッカと……アルバーンが……私のために……」
キュロスはケーキとプレゼント、そして満面の笑みを浮かべる一人娘の姿を交互に見つめた。 かつては「汚れた手で娘に触れることすら許されない」と泣いていた男。
いま、こうして自分の本当の肉体で、娘の温もりを感じ、誕生日を祝われている。
「う……うぁぁぁぁぁっ……!!!」
キュロスは大きな身体を丸め、顔を両手で覆って声を上げて泣いた。 大粒の涙が、ボロボロと床の上にこぼれ落ちる。
「ありがとう……っ! ありがとう、レベッカ……!みんな……っ! 私は……私は、世界一幸せな父親だぁぁぁぁっ!!」
「お父様……っ!」
泣き崩れるキュロスにレベッカが抱きつき、二人で泣きながら笑い合った。 その光景を、レオたちトンタッタ族も「隊長〜〜っ!」と大号泣しながら祝福している。
壁際でその温かな光景を静かに見守っていたアルバーン。 隣にちょこんと立ったミナが、ニヤリと鼻を鳴らしてアルバーンの袖を引っ張った。
「アル、大成功だね! エスコートもバッチリだったし、レベッカさん、すっごく嬉しそうだったよ?」
「……あぁ。お前のおかげだ、ミナ」
アルバーンはミナの頭を優しく撫で、涙を拭うキュロスとレベッカへ向けて、穏やかな笑みを浮かべた。
「おめでとう、キュロス」
甘いケーキの香りと、家族の溢れんばかりの愛に包まれて――ドレスローザの夜は、どこまでも温かく更けていくのであった。
2:世界会議へ
ドンキホーテファミリーの暴政が倒れて約一月。
世界各国の王たちが四年に一度、聖地マリージョアへと集う世界会議(レヴェリー)の時期が迫っていた。
ドレスローザ王宮の執務室で、リク王は神妙な面持ちでアルバーンとキュロスに向き合っていた。
「アルバーン……非常に心苦しいのだが、今回の世界会議、お前にも護衛として同行してもらえないだろうか」
「……俺がか?」
「あぁ。ヴィオラはもちろん、今回はレベッカも侍女として聖地へ同行することになった。……ドレスローザの平和を取り戻したとはいえ、世界政府や他の加盟国、そして裏社会の残党が何を企んでいるか分からん。……何より、レベッカの安全のために、お前の圧倒的な武力を借りたいのだ」
アルバーンは一瞬瞳を伏せ、隣に立つキュロスを見た。キュロスもまた、「私も同行するが、お前がいてくれればこれ以上なく心強い」と深く頷いた。
「……分かった。レベッカとヴィオラ王女の護衛、引き受けよう」
さらに今回の船旅には、強烈な味方が加わっていた。 ルフィたちと子分の杯を交わし、新たに『トンタッタ海賊団』を立ち上げたレオたちトンタッタ族である。彼らもまた「レベッカ様とリク王様を守るれす!」と鼻息荒く護衛に抜擢されていた。
そして、盟友エリザベロー二世率いるプロデンス王国の一行と合流し、豪華なドレスローザの渡航船はいよいよ大海原へと押し出された。
――しかし。
「……ぐ……っ……」
出航してわずか一時間。船のデッキの隅で、手すりにしがみつきながら今にも魂が口から抜け出そうになっている男がいた。
服装を乱し、顔面を真っ青にしたアルバーンである。
「あ、アル……!? 大丈夫……!?」
レベッカが心配そうに駆け寄り、背中をさする。
「……は……初めて……船というものに乗ったが……あ、ありえないレベルで揺れている……っ」
「アル、完全にダウンしてるー!」
ミナが隣でレベッカから受け取った水を手渡そうとするが、アルバーンは首を振るのが精一杯だ。
「ハハハ! まさかあの『黒槍』が、波の揺れひとつに討ち取られるとはな!」
豪快に笑い飛ばしたのはキュロスだ。
かつてコロシアムで数多の戦士を恐怖に陥れ、ドフラミンゴの鳥カゴすら轢き裂いた絶大な戦闘鬼が、船酔いという思わぬ「強敵」の前に虫の息になっている。そのあまりのギャップに、周囲の護衛兵たちも必死に笑いをこらえていた。
「笑い事じゃないよお父様! アル、手ぬぐい冷やしてきたからおでこに当てて!」
「……す、すまない……レベッカ……情けないところを……うっ……」
その時だった。
「――っ!?」
顔面蒼白でぐったりしていたはずのアルバーンの身体から、唐突に刺すようなピリッとした威圧感が放たれた。
「アル……?」
「……来る」
見聞色の覇気。 船酔いで意識が朦朧とする中でも、アルバーンの研ぎ澄まされた野生は、海中から迫る「明確な殺意」を捉えていた。
シュボボボボボッ!
海面を割って急接近してくる二本の金属体――潜水艇を駆る海賊団が放った『魚雷』である。
「魚雷だぁぁぁっ! 避けきれん!」
「船が重くて曲がらんぞ!」
甲板が悲鳴と混乱に包まれた、その瞬間。
ドォンッ!!
「うおっ!?」
甲板を蹴ったのは、ついさっきまで死にかけていたアルバーンだった。
彼は手にした黒槍を一閃。 空中で放たれた凄まじい槍の斬撃が、海面を真っ二つに切り裂き、魚雷を船の手前で同時に爆破せしめた。
チュドォォォォォンッ!!
水柱が天高く上がり、船体が大きく揺れる。 見事に船を守り切ったアルバーンは、着地すると同時に――
「……おふっ……(吐き気)」
「着地と同時に戻りそうになってる! 無理しないでアル!」
レベッカが慌てて抱きかかえる。
直後、海面から突如として巨大な海軍将校の船が現れ、水中から潜水艇を引き揚げた。海賊たちを瞬く間に拘束したのは、ピンク色の髪をした爽やかな青年海兵――海軍本部『大佐』コビーであった。
「ドレスローザおよびプロデンス王国の皆様! ご無事ですか! 海軍本部大佐コビー、お護りいたします!」
爽やかに挨拶するコビーの視線は、レベッカが先ほどまで読んでいた『世界経済新聞』に向けられていた。その一面には、ビッグ・マムのナワバリを荒らし「海の五皇」と報じられた麦わらのルフィの大きな写真。
新聞を見るコビーの瞳は、尊敬と温かな情熱に満ちあふれていた。
海賊の脅威が去り、コビーは護衛の挨拶も兼ねてドレスローザ船の応接室へと招かれた。 船酔いの薬を飲み、ようやく顔色が戻ってきたアルバーンも、レベッカに促されて席につく。
「……貴方が、あのドフラミンゴを追い詰めたというアルバーンさんですね。先ほどの海中への一撃……お見事でした!」
コビーが敬礼しながら目を輝かせる。
「……。それより、海兵」
アルバーンはレベッカの手元にある新聞記事を顎でしゃくった。
「その新聞……食い入るように見ていたな。あの麦わらのことが気になるのか?」
「あ……はい!」
コビーは少し照れくさそうに頭をかき、新聞をテーブルの上に広げた。
「実は……ルフィさんは、僕が海軍に入ったきっかけであり……僕の最高の恩人であり、目標なんです」
「やっぱり……!」
レベッカがパッと表情を明るくさせた。
「コビーさんも、ルーシー……ルフィさんのことが大好きなんだね!」
「はい! 僕がまだ弱くて情けない雑用だった頃、ルフィさんは『夢のために死ぬなら本望だ』って笑って……僕の背中を押してくれたんです」
「わかるよ……!」
レベッカは胸に手を当て、コロシアムでの出来事を思い出すように微笑んだ。
「私も……剣闘士としてひどいこと言われた時、ルーシーが『お前が嫌な奴は全員ぶっ飛ばしてやる』って言ってくれて……あたたかいお弁当を一緒に食べてくれたの。ルーシーがいてくれたから、私はお父様を取り戻せた」
「そうだったんですね……。やっぱりルフィさんは、どこに行ってもみんなを希望で照らす人だ」
コビーとレベッカは、まるで昔からの親友のように笑顔で「ルフィの思い出話」に花を咲かせた。
アルバーンは、静かにその会話を聞きながら、温かなお茶を一口すすった。
「……本当に、妙な男だな、あいつは」
アルバーンがぽつりと漏らす。
「海兵のお前も、レベッカも……果ては俺や、あの頑固な大将まで……誰もが、あいつの背中に救われ、前を向かされた」
「ふふっ、アルもルーシーのこと大好きだもんね?」
「……好きとかそういう問題じゃない」
ツンとそっぽを向くアルバーンに、コビーは思わずクスッと笑いを漏らした。
「アルバーンさん。あなたからも、ルフィさんと同じ『大切なものを守る強い誇り』を感じます。……貴方とルフィさんが守ったこの平和、僕も命がけでご帰国までお護りします!」
「あぁ。よろしく、コビー大佐」
アルバーンは力強く頷き、コビーの手を固く握り返した。
船酔いという散々なスタートではあったが、広がる青い海と空の下、かつてルフィから繋がれた縁が、新しい絆となって聖地マリージョアへと続いていくのであった。
‥‥‥なお、アルバーンは今回の航海で船酔いを根性で克服し、帰国後、彼を笑った護衛兵たちは訓練でボッコボッコにされたという。
3:不器用な男たち
ドンキホーテ・ドフラミンゴが失墜し、藤虎率いる海軍が去って数ヶ月。世界会議からも無事に帰国し、平和を取り戻しつつあるドレスローザであったが、その周辺海域は「王下七武海」という抑止力を失ったことで、新世界の獰猛な海賊たちが頻繁に出没する無法地帯と化していた。
リク王とキュロスを中心に自衛軍の再編と強化が進められていたものの、連日のように押し寄せる海賊の群れに兵の育成は追いつかず、結局のところキュロスやアルバーンといった突出した戦力が前線に立ち続ける必要があった。
――ドレスローザ東側の海岸。
「ハァ……」
焦げた潮風が吹き抜ける岩場に、懸賞金三億六千万ベリーの海賊船長が血反吐を吐いて倒れ伏した。周囲には叩きのめされた海賊たちが転がっている。
その中心に立つアルバーンは、手にした黒槍をゆっくりと手繰り寄せた。 しかし、その右脇腹からは赤黒い血が滲み、服を濡らしていた。
「……っ」
アルバーンは膝を折り、自身の傷口を強く押さえた。 命に別状はないかすかな手傷。だが――アルバーンの胸の奥に、冷たい氷のような違和感と嫌な汗が吹き出していた。
(あの程度の攻撃……以前の俺ならば、完璧に見切り、かすり傷ひとつ負わずに絶命させていたはずだ……)
ドフラミンゴという巨大な敵を倒すため、死線と絶望の渦中で研ぎ澄まし続けていた自分の刃。 それが、ほんの数ヶ月の「平穏」と「幸福」の中で、確実に鈍り始めている。
アルバーンは目隠しの奥の瞳を強く閉じ、唇を噛み締めた。
カルタの丘の家で、治療が始まっていた。
「痛かったら言ってね、アル」
レベッカが手際よく消毒液を浸した布を当て、白い包帯を傷口に巻いていく。隣ではミナが心配そうに薬の瓶や包帯を差し出していた。
「……すまん、二人とも。手数をかける」
「ううん、無事でよかったよ。でも……いくらアルでも、怪我をして帰ってきたら心配するよ」
レベッカの優しい手つきと、ミナの温かい眼差し。 だが、その温もりを感じれば感じるほど、アルバーンの胸の中に渦巻く「不安」は肥大化していった。
(……俺は、平和に慣れてしまった)
コロシアムの惨劇から脱出し、ミナと暮らし、レベッカやキュロスとご飯を食べ、畑を耕す日々。 心が満たされ、温かさに浸るにつれて、かつての『死神』と呼ばれた命懸けの野性が失われていく。
「……レベッカ」
アルバーンは掠れた声で口を開いた。
「もし……今後、ドフラミンゴ以上の化け物がこの国を襲ったらどうする」
「え……?」
包帯を結ぼうとしていたレベッカの手が止まる。
「今日の傷は……俺の反応が遅れたから負ったものだ。俺は……弱くなっている。平穏に毒され、刃が鈍っているんだ。こんなザマでは……万が一の時、お前たちを守り切ることが……」
拳を握り締め、自分自身への苛立ちと恐怖を吐露するアルバーン。 コロシアムの極限状態でのみ保たれていた強さ。それを失うことは、彼にとって「大切な者を失う恐怖」と直結していたのだ。
そんなアルバーンの不器用で、重すぎる責任感に満ちた言葉を聞き――レベッカは優しく、だが力強く首を振った。
「ううん。違うよ、アル」
「なに……?」
レベッカはアルバーンの両手を、自分の小さな手でしっかりと包み込んだ。
「アルが弱くなったんじゃないよ。心が優しくなって、守りたいものが増えただけ。……それにね、アル」
レベッカはアルバーンの目をまっすぐに見つめ、真っ直ぐな瞳で微笑んだ。
「私はもう……アルやお父様に守られるだけの『弱いレベッカ』じゃないよ」
「レベッカ……」
「忘れないで。私もコロシアムで戦い抜いてきた剣士なんだよ? アルが傷ついた時は、私がアルを守る。お父様だって一緒に戦うし、自衛軍のみんなだって、毎日血の滲むような訓練をして強くなろうとしてる」
レベッカはアルバーンの手をぎゅっと握り直した。
「アルは一人で全部背負おうとしすぎだよ。もっとお父様を、自衛軍を……そして、私を頼ってほしいな」
「……っ」
アルバーンは息を呑んだ。
自分は、コロシアムで誰にも頼れず一人で戦い続けてきた過去にとらわれ、「自分が完璧な強者でいなければならない」と自らを追い詰めていたのだ。 だが、目の前にいる少女は、もう護られるだけの存在ではない。共に背中を預け合い、立ち向かえる「仲間」であり「家族」なのだと。
「……そうか。俺は……また一人で戦っている気になっていたな」
アルバーンは深く息を吐き、口元に自嘲気味な、けれど憑き物が落ちたような穏やかな笑みを浮かべた。
「すまない、レベッカ。俺の自惚れだった。……ありがとう。お前たちの持つ強さを、一番に信じるべきだったな」
「ふふっ、わかってくれればいいの! さ、包帯巻けたよ!」
「アル、もう無茶しちゃダメだからね!」
二人に囲まれ、アルバーンは心からの温かさを胸に噛み締めるのだった。
――数日後。ドレスローザ王宮・広大な練兵場。
「ハァ……ハァ……っ! き、厳しい……厳しすぎる……っ!!」
「ひぃぃぃ! もう動けません、キュロス教官っ!!」
練兵場には、無数の兵士たちが地獄の咆哮を上げて倒れ伏していた。
その中心で、巨大な木剣を軽々と振り回しているのはキュロス、そしてその傍らで腕を組んで厳しく見下ろしているのはリク王であった。
「甘いぞ、兵士たちッ! アルバーンの負担を減らし、国を真に守るためには、お前たちが一人前の戦士にならねばならんのだ!」
キュロスの雷のような喝が飛び交う。
実は、アルバーンが「平穏で腕が鈍ったのではないか」と苦悩していた話は、レベッカからキュロスへ、そしてキュロスからリク王へと伝わっていたのだ。
『アルバーンにそこまで気を揉ませていたとはな……! 我が自衛軍の不甲斐なさ、挽回せねばならん!』
『えぇ、リク王様! 本日より訓練の密度を十倍に引き上げます!』
こうして固い誓いを交わした二人の熱血指導により、自衛軍の訓練メニューは従来の「過酷」から「地獄」へと激化することとなったのである。
遠くの木陰で、ミナと一緒にその凄惨な訓練風景(地獄絵図)を眺めていたアルバーン。
「……なんだか、兵士たちの訓練メニューが以前の倍以上になっている気がするんだが」
「あはは……お父様たち、アルの話を聞いてすごく張り切っちゃったみたい。アル、兵士さんたちにも感謝しないとね?」
苦笑いするレベッカの横で、アルバーンは引きつった表情で静かに木槍を握り直すのだった。
(……あまり過剰にしすぎて、自衛軍が全滅しなければいいんだが……)
ドレスローザの平穏は、こうして不器用で温かい者たちの手によって、今日も逞しく守られていくのであった。
補足
レベッカに励まされたアルバーンでしたが、かすり傷とはいえ不覚を取ったのは事実なので、この後キュロスなどに頼んで死ぬほど特訓しました。