マレウスが主催するパーティー当日。時刻は夜の0時を迎える頃だった。開宴に先立ち、一足先に野ばら城に足を踏み入れていたマダラの元へ、学園の生徒たちが続々と集まり始めていた。荘厳な城内を賑やかな喧騒が包み込んでいく。
「おっ、マダラ! めっちゃ久しぶりじゃん!」
エースがひらひらと手を振りながら現れ、その後ろからデュースとグリムが続く。
「久しいな」
「もう、身体は大丈夫なのか?」
「あぁ。イデアからも何の問題もないと言われたからな」
あの一件の後、マダラは念のため静養を兼ねて休学扱いとなっていた。こうして面と向かって言葉を交わすのは、エースたちにとっても久しぶりのことだった。
「まったく、心配したんだゾ!」
足元から見上げてくるグリムの頭にそっと視線を落とし、マダラは低く呟いた。
「手間を掛けたな」
「ほんとだよ! マダラがいない間、グリムの面倒見るの、地味に大変だったんだからな?」
エースが呆れたように肩をすくめると、デュースも深く頷きながらマダラの全身を改めるように見つめた。
「元気そうで本当によかった。お前が戻ってくるのを、みんな待っていたんだ」
「大袈裟な奴らだ」
短く鼻を鳴らすマダラだったが、その瞳に宿る威圧感はどこか柔らかい。エースとデュースが軽口を叩き合う中、グリムがふと真面目な顔で問いかけてくる。
「なぁマダラ、お前……ちゃんと学園に戻るんだよな?」
「何事もなければな」
今回の騒動を経たマダラにとって、学園へ戻るということはひとつの大きな転機でもあった。提出された報告によれば、あの大戦の中で彼は自ら死を選び、自らの生命と引き換えに理を動かそうとしていたのだから。生きる目的そのものを失いかけていた男が、再びここへ戻る決意をした。
「よかった〜っ! 正直、あの事件の後だし、もう戻ってこないんじゃないかってヒヤヒヤしたんだゾ!」
ホッと胸を撫でおろすグリムに、エースが苦笑いを浮かべながら付け加える。
「まあでも、マダラの能力とか元の世界の話は口外禁止になってるから、俺たちも気をつけなきゃだけどね。それにさ……マダラがいなかったら、グリムの本気で留年コースだったし?」
「なんだと! 世話の焼けるのら子分だけだゾ!」
そこへ、騒がしさを聞きつけたジャックとエペルが歩み寄ってきた。
「いや、それは無いだろう。座学の成績もかなり上位だ。逆にグリムの家庭教師役じゃないか?」
「なにぃッ!? 貴様、武術のみならず座学までできるのか?」
後ろから話を聞いていたセベクが、雷でも落とされたかのような顔で叫び声を上げた。隣に居たいエペルは、普段のマダラの様子を語る。
「意外と要領がいいし、教え方もすごく分かりやすくから参考になるよ」
「ぐ、ぐぬぬぬ……! 僕は絶対に負けないぞ、マダラッ!!」
「何の勝負をしてるんだ、お前は」
呆れ果てるジャックの横で、オルトが、どこか不満げな、険しい眼差しでマダラを見つめている。
「ボク、まだ怒ってるからね」
「……」
「マダラさんが、自分の命と引き換えに『輪廻天生』の術を使おうとしていたこと」
オルトの真っ直ぐで不器用な怒りは、マダラを誰よりも心配していたからこそのものだった。あの時、犠牲になることを拒んでくれた少年の顔が脳裏をよぎる。マダラは一瞬だけ視線を落とすと、静かに言葉を返した。
「すまなかった」
あの誇り高いマダラが素直に謝罪したことに、周囲が一瞬静まり返る。オルトは少し意表を突かれたように目を丸くした後、ふっと満足そうに表情を緩めた。
「よろしい! それじゃあ今度、映画研究会のスタントに協力してもらうことで手を打ってあげる」
「それで許してもらえるなら、いくらでも付き合おう」
「約束だからね!……マダラさんが戻ってきてくれて、すごく嬉しいんだ」
オルトが素直な言葉を添えると、周囲からも「まあな」「当然だろ」と頷く声が漏れた。過酷な宿命を背負い、一度は自らの生を諦めかけたマダラ。彼が誇りを取り戻し、再びこの騒がしさの中へ戻ってきたことを、集まった誰もが心から歓迎していた。
「ずっと、気になっていたんだけど……その服って?」
エースがマダラの全身をじろじろと見上げながら尋ねると、マダラは身に着けた布地に一瞬視線を落とし、淡々と応えた。
「これは我が『うちは一族』の装束だ。今回のパーティーにオレだけ制服で参加するのは不釣り合いだと、マレウスがわざわざ仕立てて用意したものだ」
黒を基調とし、背にはうちはの家紋が誇り高く刻まれた伝統的な装束。マダラの醸し出す存在感と相まって、息を呑むほどの威厳を放っていた。
「へぇ……こうしてみると、マダラってマジで一族の『長』って感じの風格あるな」
「そこにあのデカい武器があれば、いつでも頭をはれそうだな」
デュースが感心したように頷くと、エースが苦笑いを浮かべながらツッコミを入れる。
「いや、実際そうだったらしいから笑えないけどね……? っていうか、あのマレウス先輩が自ら仕立てさせたって、どんだけマダラのこと買ってんだよ」
「オレはこの服装のほうが動きやすいから問題ない」
嫌がる様子もなく、己の誇りを理解し用意してくれた異世界の主への、静かな敬意が滲んでいた。
そして、背後から落ち着いた足取りでシルバーが歩み出てきた。マダラの姿を正面から見据えると、その表情がふっと穏やかに和らぐ。
「久しぶりだな、マダラ」
「元気そうだな、シルバー」
「お陰様で。お前が身体を休めている間、ずっと気にかかっていたんだが……顔色も良さそうで安心した」
心底安堵したように胸を撫でおろした。命を懸けて自分たちのリリアを救おうとし、そして生きてこの場に立っている男へ、言葉にできない感謝と敬意を込めて小さく頷く。
「お前が無事でいてくれたからこそ、俺たちは今日という日をこうして笑って迎えられたんだ」
「感謝なら、諦めなかった己に言うのだな」
マダラがそっぽを向くと、シルバーは「そうさせてもらう」と微笑み、ふと周囲を見回した。
「ところで……親父殿とマレウス様はお見かけしなかったか?」
「あぁ、それなら――」
応えようとした、その時だった。城内に突如として鋭い風の音が吹き抜け、広間の空気が一変する。ホールの中央から緑色の神秘的な炎が豪快に立ち上った。炎が優雅に揺らめいて収まると、そこには茨の谷の伝統的な美しい礼装に身を包んだマレウスが佇んでいた。
「これはこれは、ナイトレイブンカレッジの皆々様。本日は僕の招待に応じてくれたことを深く感謝する」
生徒から教員、さらには学園に関わる多くの者たちがこの城に集まっている。マレウスはゆっくりと胸を張り、眩しそうに辺りを広範囲に見渡しながら、誇らしげに目を細めた。
「僕の想像より、ずいぶんと華やかなパーティーになりそうだ」
「「マレウス様!」」
シルバーとセベクが素早く一歩前に出ると、一切の乱れもない流れるような動作で綺麗に膝を折り、深々と礼を執った。すると、静まり返った上空の吹き抜けから、楽しげな声が降り注ぐ。
「これマレウス、テンションが上がりすぎじゃ。皆が驚いているではないか」
「この声は……?」
集まった者たちが一斉に視線を上へと向け、声の主を探そうとした、まさにその瞬間。待っていましたと言わんばかりのタイミングで、頭上から影が舞い降りた。
「わっ!」
「うわぁ!?」
天井から倒逆さにふわりと舞い降りてきたリリアに、油断していた生徒たちが一斉に身を引いて驚きの声を上げる。
「わっはっはっ!! 久しぶりじゃのう、お主ら元気にしておったか?」
軽やかに着地し、悪戯っぽくうリリア。彼は目を丸くする生徒たちの反応をひとしきり楽しんだ後、壁際に腕を組んで佇むマダラへ視線を向けた。
「マダラ、なぜ一緒に登場をせんかったのじゃ? 共に天井から降りてくれば、もっと盛り上がったろうに!」
「オレは招かれた客だ。主人のような派手な登場をする筋合いはない」
「相変わらず堅物じゃな」
リリアが楽しそうに肩をすくめると、その隣へ歩み寄ったマレウスが静かに手を差し伸べた。
「……リリア、お前も僕のことを言えないくらい浮かれているだろう。こちらへ」
「おっと、そうじゃったな」
マレウスに促され、リリアは優雅な足取りでその隣へと並び立つ。直前までの賑やかな空気から一転、マレウスがすっと背筋を伸ばし、大気を震わせるような重厚な声で口を開いた。集まった者たちの視線が、中央の二人に集まる。
自らの過ちによって引き起こしてしまった一連の騒動への謝罪。国際魔法評議会、黎明の国、賢者の島、嘆きの島、そして茨の谷とナイトレイブンカレッジへ。
マレウスは溢れ出る魔力を穏やかに抑え込みながら、威厳と誠実さを込めて深く頭を下げ、真摯な謝罪と心からの感謝の言葉を一つひとつ噛み締めるように紡ぎ出していった。
続いて、女王マレフィシアの名のもとに、忠義を尽くした者たちへ騎士の称号が授与された。緊張した面持ちで進み出た二人の青年に向かい、荘厳な声が響く。シルバーには「夢幻の騎士」、セベクには「雷光の騎士」の名が授けられ、二人は揃って深々と膝を折った。さらに、この輝かしい日はシルバーの誕生日でもあった。
「皆の者、どうか聞き届けてほしい。喜びの満ちるこの日、茨の谷の領主……ドラコニアの名において」
マレウスの声が重厚に響き渡り、広い会場を静寂が包み込む。
「リリア・ヴァンルージュ、そしてその息子、シルバー・ヴァンルージュ。二人を真の親子として、ここに認める!」
その宣言が放たれた瞬間、会場から爆発するような拍手と歓声が沸き起こった。血の繋がりも、種族の壁すらも超えた愛。
かつての宿敵の子であれ、愛があれば人間も妖精も真の家族になれる。その尊い絆と、生まれた日を祝う温かな光が会場全体を優しく包み込んでいく。
その最高潮の祝宴の中、マレウスとリリアが静かに目配せを交わし、呪文を紡ぎ始めた。
「『全ては過ぎ去る日のように。どこへ向かうも瞬きの間よ。遠くの揺りかごまで』」
リリアのユニーク魔法が溢れんばかりの光となって解き放たれると、城を覆っていた禍々しい茨が一瞬にして美しく吹き飛び、あたりはかつての美しき『野ばら城』の姿へと鮮やかに変貌を遂げた。
失われた記憶と歴史の再現。光の粒子がやわらかく形作るのは、「夜明けの騎士」とシルバーの母親。そしてレイア女王。
マレウスの母である美しき黒竜「マレノア」。幻影でありながらも、愛する息子たちの成長を愛おしそうに見守る慈愛の姿が、今ここに蘇っていた。
夜が明けるまでの、ほんの束の間の奇跡。その光景を見つめていたマダラは、静かに吐息を漏らした。
(……柱間。お前が目指した世界も、このような世界だったかもしれないな)
幻影の家族たちに囲まれ、涙を拭うシルバーや、誇らしげに微笑むマレウス。そしてそれを見守る騒がしくも温かい仲間たち。この眩いほどの平和が満ちていた。
「お前は踊らないのか」
歓喜の渦から少し離れた壁際。静かに宴を見守っていたマダラの隣へ、グラスを片手にしたマレウスが優雅な足取りで滑り込んできた。
「オレが踊るように見えるか?」
「お前の国では、祝宴の折に踊りを舞わないのか?」
「そういう文化ではないな。戦場で舞うことはあっても、このような戯れに興じる術は知らん」
マダラが関心なさそうに視線を外そうとしたその時、マレウスはうっすらと可憐で不敵な笑みを浮かべた。
「ふむ……なら、僕とどうだ?」
「は?」
マダラが眉をひそめる間もなく、マレウスの手がすっと伸び、マダラの腕を掴んだ。
「教えてやろう。お前は一族の長なのだろう? 主催の招待に応じたからには、踊りのひとつくらい出来ないと、示しがつかないだろう」
「待て、手を今すぐ離せ! 」
制止の声も虚しく、マレウスに半ば強引にホールの中央へと引き出される。漆黒の重厚な装飾を纏う茨の谷の領主と、深紅と漆黒の一族の装束を翻す忍の頭領。異様な存在感を放つ二人が中央に立つと、周囲の生徒たちからどよめきが上がった。
優美で重厚な宮廷ワルツの旋律が響き始める。だが、動き出した最初の数歩で、周囲からどっと歓声混じりのからかいが飛んだ。
「ちょっとちょっと! マダラ氏、完全に腰が引けてる件! 忍の伝説もダンスの前には生まれたての小鹿ですぞ〜!」
「ぶははっ! おいマダラ、戦う時はあんなに格好いいのに、足元がドタバタしてんぞ!」
「おいおい大丈夫かよ、踏み潰されそうだぞ!」
イデアが爆笑し、エースやカリムが楽しそうに指をさして囃し立てる。無理もない。戦のステップや歩法なら身体に染み付いているマダラだが、優雅にステップを踏むなど人生で一度も経験がない。足運びは硬く、マレウスのリードに対して力が入りすぎ、幾度となく靴底を踏みそうになっていた。
「戦闘以外は普通のようだな」
「……」
マダラは苛立ちでこめかみに青筋を立て、周囲の嘲笑を不機嫌そうに受け止めていた。だが、ただ馬鹿にされたまま終わる男では決してない。
(……足取りの重さ、重心の移動、相手との間合い……これらはすべて『型』に過ぎん)
マダラは深く息を吐き出すと、ゆっくりと両の瞼を開いた。その双眸に鮮血の如き赤が宿る。三つの巴紋が滑らかに回転し『写輪眼』を出す。
マレウスの微細な筋肉の動き、靴の接地角度、空気の揺れ、そして音楽の拍子。そのすべてを洞察の眼で一瞬にして見抜き、脳内で完璧にトレースしていく。
「ほう……?」
マレウスが驚きに眉を跳ね上げた瞬間、マダラの動きが劇的に変貌した。先ほどまでのギコチなさは嘘のように一瞬で霧散した。からかっていたエースやイデアたちの笑顔が、みるみるうちに凍りついていく。
「……え? ちょ、待って……嘘でしょ!?」
「な、なんだあの動き!? さっきまでと全然違うぞ!?」
「ステップが……マレウス様のリードと完璧に噛み合っている!?」
周囲の驚愕をよそに、緩急のついたしなやかで力強いステップが刻まれる。写輪眼でマレウスの動きを『先読み』し、寸分の狂いもなく合わせ返すどころか、時に美しく相手をリードしてみせる。
重厚な忍装束の裾が、マレウスの漆黒のローブと美しく交差する。二人の舞いは、単なる社交ダンスを超え、まるで互いの誇りをぶつけ合う『演武』のような息を呑む美しさを放ち始めた。
さっきまで嘲笑っていた者たちは言葉を失い、ただただ呆然と口を開けてその圧倒的な舞姿に見入っていた。
「やるようになったな、マダラ」
「一度見れば十分だ。オレを甘く見るな」
ステップが加速し、旋律が最高潮を迎える。写輪眼の紅い光を静かに翻しながら、マダラはマレウスの手を取り、完璧な回転とともに最後の音符を叩き落とした。演奏が終わると同時に、ホール全体を揺るがすほどの割れんばかりの拍手と、歓声が爆発した。
「す、すげえ……! 一瞬で完璧にマスターしやがった……!」
「やっぱりあの人、色々と規格外すぎるだろ……」
呆然と呟くエースたちの声を背に受けて、マダラは装束の乱れをサッと整え、写輪眼を静かに収めた。
「……満足したか、マレウス」
「あぁ、実に楽しかったぞ」
マレウスは心底満足そうに目を細め、静かに深々と一礼した。強引に引っ張り出された宴の舞撃。マダラは湧き上がる称賛の拍手の中で不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、その口元には、どこか可笑しそうな小さな笑みが浮かんでいた。
「ふぅ……腹いっぱいに食ったんだゾ!」
丸々としたお腹を叩きながら、グリムがドタバタと短足を動かしてやってきた。青い炎の耳を揺らし、マダラのすぐ隣まで来ると、満足げに鼻を鳴らす。
「マダラ! お前、さっきのダンスすげー格好よかったぞ! マレウスの奴と対等に渡り合ってて、会場中がビビり散らかしてたんだゾ!」
「くだらん戯れだと言ったろう」
「へへん、照れなくてもいいんだゾ! ……なぁ、マダラ」
グリムは一転して少し真面目な顔になると、マダラの顔を見上げるためにぴょんと近くの立派な台座へ飛び乗った。
「お前、本当に学園に戻ってくるんだよな? 途中でどっか行ったりしねーよな?」
「オレがいなくとも、お前にはあの騒がしい仲間たちがいるだろう」
マダラが淡々と問い返すと、グリムは不満そうにヒゲをぴくぴくさせ、威張るように胸を張った。
「当たり前だろ! お前はオレ様の大事な頼れる仲間なんだからな! それに……お前が座学を教えてくれないと、オレ様は留年しちまうんだゾ!」
「結局、留年回避が本音か」
「お前と一緒に大魔法士を目指すって決めたんだ! お前が元の世界に帰る方法を見つけるその日まで……オレ様と一緒なんだゾ!」
マダラは静かにグリムの大きな頭へ無造作に手を伸ばし、ガシガシと雑に撫で回した。
「ふぎゃっ!? な、なんだぞ急に! 毛並みが乱れるんだゾー!」
「いいだろう。お前が落第せぬよう、学園に戻ったら今以上の鍛えてやる」
「げぇっ!? え、手加減してほしいんだゾ……!」
グリムが青ざめてジタバタと暴れる姿に、マダラの口元は確かな笑みが浮かんでいた。自分には共に進む「今」という現実がここにはある。
「行くぞ、グリム」
「お、おう! 待つんだぞ、マダラ!」
手にしていたグラスを夜空の月に軽く掲げた後、マダラは宴の渦へと歩き出した。絶望の果てに辿り着いた、異世界の穏やかな夜。 うちはの誇りを胸に抱く伝説の忍は、小さな相棒と共に、新たな学園生活への一歩を力強く踏み出したのだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。これで本編は一旦完結です。また別作品がありましたらよろしくお願いいたします。