https://www.pixiv.net/artworks/79055286を見て思いついたのです。
多分続く。
ある夏の夜。
エアコンの壊れた部屋の中、あの厄介な人類の天敵たる蚊すら寄って来ないほどの暑さと、暑さによるものではない寝苦しさを感じた私は、変わりの無い天井を見上げるように目を覚ます。
確かに天井に変わりはなかった。毎日起きた時に見上げるただの天井だ。
けれど視界には異物が混じっていた。
メリーだ、メリーがいる。マエリベリー・ハーン。私と同じ秘封俱楽部の一員。だからと言って同じ部屋に住んでいるわけでは無い。そもそも互いの住所だって知らない。
だというのにメリーはいる、私の部屋に。そして私の上に馬乗りになって私の首を絞めている。
苦しいとは感じない。苦しいとは思うが、それは彼女が私の首を絞めているという光景を、脳がならば苦しいはずだと勘違いしているだけで、彼女の行為が私自身の身体に、何ら影響を及ぼすことはなかった。
彼女の顔は見えず、どのような感情を持って私を害そうとしているのかは読み取ることはできない。憎悪? 殺意? 歓喜? 狂気? 虚無? 少なくとも好意的な感情ではないだろう。私が知る限りメリーに加虐趣味は無かった筈だ。
何故首を絞めているのか、何故この家にいるのか、そしてどんな感情を持っているのか、私にはよく分からなかった。それに寝苦しいだけで私に何の害もない、だから私はそのまま寝ることにした。
一言メリーにおやすみと言って。
メリーの表情が分かった気がした。
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朝起きたら九時だった。今日は八時にメリーと会う約束をしていたというのに。
自分の寝坊癖にはつくづく苛つかされる。一番苛ついているのはメリーのはずだが、彼女は私が遅刻しても何も言わない。内心どう思っているかまでは分からないが、人の心なんて分からない方が幸せだろう。だから、幸せな私はメリーの代わりに自分に苛ついているのだ。
メリーといえば昨日のは何だったのだろうか。
きっと、夢だろう。細かいことは覚えていないし、よく考えてみれば天井の模様や部屋の内装が違っていた気がする。そう、夢だ。メリーが見るような夢じゃなく、只の夢。きっとそうだ。
そんなことよりもメリーとの約束の方が大事だ。最早急いだところでどうにかできる遅刻ではないが、だからと言って急がない言い訳にはならないだろう。
布団から飛び上がり、大急ぎで着替えた私は、脱ぎ捨てた服も其の儘に、部屋から飛び出した。
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息を切らしながら集合場所の喫茶店へとたどり着いた私の事を、メリーは怒るでも軽蔑するでもなく、何の感情も示さない表情で見つめていた。
「ごめん、遅れたわ!!」
「どうせ寝坊したんでしょう、髪がはねてるわよ」
何の感情も潜ませずに只
私は髪を直し、そしてメリーに謝りながら、一人静かにコーヒーを飲んでいた彼女の向かいに座る。
「それで? 今日は何をするつもりなの?」
「え? この前言ってなかったっけ」
「何も言われてないわ。いつも通り蓮子が一方的に時間と場所を伝えてお開きになったのよ。それなのに言い出しっぺが遅刻するなんて、ねぇ」
「そ ん な こ と よ り、この前面白い場所を見つけたのよ! 今日はそこに行ってみようと思うんだけど、良いかしら?」
皮肉を華麗に無視して、話を本題に戻し、メリーに問い掛ける。
「別に良いわよ。いつも通りじゃない、蓮子が厄介事を持ってきて、私にツケが回ってくる。これはそういう活動でしょう?」
「流石メリー! そう言ってくれると思ってたわ!」
色々と引っ掛かる発言はあったが、何にせよ秘封倶楽部の活動が始められる。一言反論するのなら、厄介事を見つけてくるのは大概メリーの方だ。私はそれに首を突っ込むだけである。
それと、後一つ。気になることがある。言いたくないけれど、言いたくて仕方がない事。メリーに言えばきっと笑い飛ばすだろう。怪訝な顔でこちらを見るだろう。そして、きっと、そう言ってくれる。きっと。
そして、私はそれを言う。
「ねぇ、メリー」
「なに、蓮子?」
「今日の夜ね、メリーが私の家にいて、私の首を絞めて殺そ「夢よ」」
メリーは食い気味にその言葉を返した。私が求めていた言葉。けれどきっとそう言う意味ではないのだろう。
「夢よ、何言ってるの?」
そう言ってメリーは笑った。
その笑みには見覚えがあった。眠りに落ちる前、最後に見た顔。そう、首を絞めながら彼女は笑っていた。
「只の、夢よ」
メリーは笑っている。
彼女が言う夢は、私たちが見ている夢なのだろうか、それとも、彼女の夢なのだろうか。
その笑みをみて、私は何かを言おうとして、けれど言葉は出てこなくて、だから、夢だと言う事にした。白昼夢、明晰夢、正夢、逆夢、願望夢、そしてとびきりの悪夢。
「…そうよね、夢よね」
「夢よ」
「メリーにそんなことが出来る訳ないもの」
「夢よ」
「次来たら、その指へし折ってやるわ」
「夢よ」
そう言いながら、私達は喫茶店を出た。
もう二度とその夢は見なかった。
夢がゲシュタルト崩壊した。