Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
飛行訓練が終わってからも、子どもと同室の少年たちの話題は箒から離れていなかった。一日が終わりグリフィンドール寮に戻ってからも飽きもせずに話し続けている。
「小さいころから箒に乗ってたけどさ、学校の箒って家のやつと全然違うや。小枝が何本も飛び出してるし古臭くって飛び辛いったらもう」
「そうなんだ、シェーマスがもしかしてこの中だと一番の経験者?」
「そういうハリーはあんな学校の箒でもすごい上手に飛んでたじゃん! あれ本当に初めてだったの?」
随分と箒が気に入ったらしい子どもは、いろんな人間から似たようなことを何度も質問されても相変わらず嬉しそうに頷いている。
「うぅん……。僕も今日初めて箒に乗ったけどさ、やっぱ僕はサッカーの方が好きだな」
「まだ箒でちょっと飛んだだけじゃん! ディーンだって絶対クィディッチやってみたらハマるって!」
ロンとディーンは、引き続きサッカーとクィディッチどちらが面白いかを議論している。
その横で子どもが思い出したようにポケットを探り、思い出し玉を取り出した。
……そういえばネビルはまだ寮に帰ってこないのだろうか? いや、別に僕が気にすることでもないか。
「ネビルってまだ医務室かな? 思い出し玉返さないと」
「手首の骨折だっけ、治るのにまだ時間がかかってるのかもよ」
「ディーン、ホグワーツの医務室なんだから骨折くらいもう治ってるはずだって」
骨折なんてすぐに治ると話したロンに子どもは驚いている。
「そうなの!? スネイプが言ってた『死すらなんちゃら~』って正直嘘っぱちだと思ってた」
いやそれは知らない。とすぐに梯子を外したロンは肩をすくめて首を横に振り始めた。そのまま彼らの話題は飛行訓練から明日の授業へと移っていった。
日が沈み、それからだいぶ時間が過ぎた夜更けにネビルは帰ってきた。
「ネビル! 腕の具合は大丈夫?」
「うん、大丈夫。マダム・ポンフリーがすぐに治してくれたから」
「それにしてはやけに帰ってくるの遅かったじゃん?」
「寮の合言葉を忘れちゃって……」
ネビルは合言葉を忘れてしまったせいで、寮に入れずに今まで廊下に丸まっていたようだ。何度も近くを通り過ぎた血みどろ男爵を、最終的には思い切って呼び止めたらしい。
「よくスリザリンの寮つきゴーストに話しかけられたね!? 血みどろ男爵になんて話しかけようとすら思えないや」
「僕だってそうだよ、頑張って呼び止めたけど男爵は返事もせずに行っちゃったし……。でも暗い廊下で一人でいるのも嫌でなんとか寮に戻りたくて」
返事もせず消えた血みどろ男爵は、どうやら例の断面露出卿へと伝えたらしく、やってきた幽霊から合言葉を教えてもらって無事寮へと入れたらしい。……そうか、あれはグリフィンドールの寮つきゴーストだったか。
「そうだ。ネビルこれ!」
子どもが思い出し玉をネビルへ渡した。子どもに感謝しながら受け取ったネビルは、そのまま思い出し玉を握りしめたが真っ赤には光らなかった。
「あれ? 赤くならないや……」
「ネビル、もしかして合言葉を忘れてたってことなんじゃない?」
ロンの言葉にネビルは納得したようだった。なるほどドラコはこれをバカ玉だと言っていたが、たしかにこれは使いどころがよくわからない道具だ。
◇
翌朝の金曜日。子どものふくろうは今日はベーコンの気分らしく、何故かロンの皿からベーコンの欠片を啄んでいた。子どもは羊皮紙に熱心に何かを書いている。のぞき込んでみると、大男へ手紙を書いているようだった。
「……なんで僕の?」
ロンがそっと皿を引き寄せると、あわせてふくろうも皿の近くへ移動した。自分の飼い主を差し置いて、飼い主の友人の皿をつついているのは何故なのだろう? やはりこのふくろうには『ヘドウィグ』という名前は贅沢なのではなかろうか。
「ハリー!」
(ハリー、君のふくろうがロンを襲っているよ)
子どもは手紙を書くのを止めて顔を上げた。
「ヘドウィグ?」
するとふくろうはくるりと子どもの方に向きを変えた。今までロンの皿に執着していたのが嘘のように、すんなりと子どものところへ近づいてきている。そしてついでとばかりに僕を睨みつけ嘴をカチカチと鳴らし始めた。……僕の声は聞こえていないはずだが、子どもにあらぬことを吹き込んだことでも察したか?
「ヘドウィグ! ハグリッドに遊びに行っていいか手紙を書いたんだ。これハグリッドに届けてくれる?」
ふくろうは子どもから手紙を受け取ると、一緒に差し出されたベーコンの切れ端もしっかり食べてから飛び上がった。飛び上がる際に僕をかぎ爪でさり気なく襲おうとしたりと、子どもに見えないよう手口が徐々に巧妙になっている気がするのだが……気のせいだろうか? たかがふくろうの攻撃など避けるのは容易ではあるが、かなり鬱陶しいのでいい加減にしてほしい。いったい僕のなにがああも気に食わないんだ。
午前中の魔法薬学は、スネイプが相変わらずだったことを除けば特に何事もなく終わった。子どもは対策のつもりか、今日の実技ではドラコと組むことで減点を上手いこと回避していたようだ。なお、スネイプは子どものことは存在しなかったことにしたらしく、子どもを視界から外しながらひたすらドラコだけを褒めちぎっていた。
魔法薬学が終わった昼休みには、子どものふくろうは大男からの返事を持って戻ってきた。
「やった! ロン、ハグリッド遊びに来ていいって!」
「ほんと? じゃあ食べたらすぐ行こうよ!」
子どもとロンは歩きながら、もし本当にドラゴンだったらという話を延々と続けている。
「ドラゴンって本当に飼えるの?」
「いや、普通は無理だよ。たしかドラゴンに関してはなんかの法律とかもあったはずだし……?」
あの肉の量であればかなり図体は大きいはずだ。二人は大男の小屋にドラゴンが入るのか話し合っているが、流石に入りきらないだろう。……ならいったい何処で飼育しているのだろうか? まさか禁じられた森に放し飼いなどしていたりはしないだろうな?
「ハグリッド! ハグリッドってドラゴンは飼ってるの?」
到着早々に、子どもは直球で大男へ質問した。
「ドラゴンだぁ? いんや、俺だって飼えるもんなら飼いてえけどな、残念ながら飼ってねえ」
なら城の中に存在している肉を大量に消費する生き物はドラゴンとは違う何かなのか。
「だが、俺はドラゴンが欲しい」
……?
「物凄く欲しい。もうずっとずうっと飼いたいと俺は心の底から思っとる!!」
いきなりなんだこいつ。
「できりゃあ卵から育ててえな。ちっちゃいうちから俺……いやママが面倒見てな、でっかくなって立派に火ぃ吹くような自慢の子を育ててえ」
なぜ自分をママ扱いし始めたんだこいつは。
「でも飼うったって……この小屋の中で? 小さい種類のドラゴンなんていたっけ、一番小さいやつだって結構デカかったような気がするけど」
「いんや。俺はなあ、もっとこうでっかくって夢のあるやつがだな……」
大男はそこから、子どもとロンに対してせっかく飼うなら小さいものではつまらないだの、立派な翼や火が吹けた方がもっと良いだのと、聞いてもいないのに理想のドラゴンについて語り始めた。
そんな巨大な生き物、どう考えてもこの小屋に入らないだろうに。というかこの大男はここが子どもの学び舎だということを忘れているのだろうか。こいつはその自慢の子であるドラゴンとやらで大量虐殺でも始める気か?
「じゃあさ、今はでっかいのは飼っていないの?」
「でけえのだ? 今はフラッフィーがおるな」
随分と可愛らしい名前だが、それが城の中に存在する大型生物なのだろうか。フラッフィーという名前からして毛が生えている生き物だと思うが、名前からではそれしか読み取れない。
「フラッフィー?」
「去年パブで会ったギリシャ人のやつから買った子でな。俺にはよく懐いとってこれまた可愛いもんよ」
(ハリー、厨房の肉はフラッフィー用か聞いてみてくれないかい?)
「ホグワーツの厨房にある大量のお肉って、もしかしてフラッフィーの?」
大男は子どもがホグワーツの厨房を知っていることに驚いたようだった。
「おまえさんら厨房にいったんか! ああ、あいつぁ肉が好きでな折角なら新鮮で良い肉を食わせてやりたくて」
毛が生えた大型で肉食の生物、そしてギリシャ人から購入した。……それだけでは何の生き物かまでは分からないな。
「フラッフィーってどんな生き物なの?」
「あー……ファングみてえなもんだ。ファングよりもちっとばかしでけえけどな」
呼ばれたと思ったのか、ファングが尻尾を振りながら大男に駆け寄ってきた。大男は近づいてきたファングを撫でまわしている。
……大男の言う「ちっとばかし」が、どうしてこれほどまでに疑わしく聞こえるのだろう。大男が大きいと表現する生き物であれば、もしかするとこの子どもなどは一口で食べられてしまうかもしれない。
「フラッフィーのやつもな、俺が撫でると尻尾振って喜ぶんだ。骨っこだって好きでよく噛んで遊んどる」
なるほど犬に近いのか。ギリシャ人から買った犬に似た大型の魔法生物……はて、ギリシャの神話にそんな怪物がいなかっただろうか。あれはマグルの神話上に存在する生き物だが、もしこの魔法界に神話の元となった生物が存在しているとしたら?
……大男が力ずくで大人しくさせているのか、何かしらを用いて大人しくさせているのか。それが分かれば、もしかするともう少し絞り込めるかもしれない。
(ねえハリー。そのフラッフィーとやらをどうやって大人しくさせているのか聞いてみてほしい)
子どもが不思議そうにこちらに目線を向けてきたため補足する。
(フラッフィーが何の生き物かわかるかもしれないよ)
「ハグリッドが『でけえ』って言うくらいフラッフィーって大きいんだよね。暴れたりはしないの?」
「まあたまに機嫌が悪くなるとな。だがな、なだめ方さえコツ掴んじまえば可愛いもんよ!」
大男のくせになにをもったいぶっているのか。その方法をこちらは知りたいのだ、前のようにさっさとべらべら吐け。
「なだめるって、どうやって?」
「それは話せんなあ。それによ、話しちまったらおまえさんとこの双子がフラッフィーにちょっかい出すんじゃねえかと心配でよ……」
「あー……」
ロンが方法を大男に聞いたが「話せない」とは。ロンは双子ならやりかねないと納得しているが……誰かに口止めでもされたか?
大男は子どもの誕生日の時にあれだけ盛大に聞いてもいないことをすらすらと口から吐き出したのだ。これは大男の判断ではないだろう。大男が言いなりになりそうで、なおかつ律儀に守ろうとする相手……となると老いぼれくらいしか心当たりがない。
……。
いや、ある程度の情報はそれでも拾えたのだ。大型で犬っぽくてギリシャに縁がありそうな怪物、ここまで絞れたならギリシャの物語や犬に似た魔法生物から探した方が早いだろう。あとで子どもに図書館で調べさせよう。