Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
「あのねトフィー。かまってあげられなくて本当にごめんなんだけど、そんな毎日毎日図書館漬けになってたら僕だって頭おかしくなっちゃうよ。わかるでしょ?」
(誰が構ってほしいと言ったんだ。誰が。君とロンが最初に探検だなんだといって調査をし始めたんじゃないか、なぜ真っ先に飽きて放り出そうとしているんだ)
本を大量に読ませたり探し続けたせいか、子どもは少しだけ気が狂ってしまったようだった。そんなにも死にたがっているだなんて知らなかったな、いっそ呪ってやろうか。
(それに、君の緩んだ頭のネジだって多少は引き締まって良いじゃないか)
子どもは唸り声を出しながらベッドに突っ伏した。大男から情報を聞き出してから一週間ほど、子どもとロンは空いた時間を使って図書館で調べ続けていた。しかし何万冊もの蔵書に何千もの書棚と、図書館はあまりにも広く子どもとロンの心は早々に折れつつある。
「も、もう無理。あれだけの手がかりで見つけ出せるわけないじゃん。興味はあるけど、こんな途方もない虚無感を味わってまで調べなくたっていいよ」
別に僕だって怪物の正体にそこまで興味があるわけではない。
……だが中途半端に投げ出すのは気に食わない。それに今後のことを考えれば、学校内に存在しているものの正体くらい知っておいて損はないだろう。調べ方が非効率なのか、一週間も子どもに調べさせて成果がなにもないというのも腹立たしい。つまり僕としては、せめて何かしらの手がかりを掴んでから妥協すべきだとやはり思うわけで、それなのにどうして僕が我儘みたいな受け取り方をしているんだ。
(そもそもの話だけどね、君たちが例の包みが気になるって言って始めたんじゃないか)
「その始めた僕がもう無理って言ってんの。トフィーもさ、ムキになってないで大人になろうよ」
(君がそれを言うのかい?)
この子どもがどれだけ頑固なのか身をもって知っている僕としては本当に納得がいかない。……いや待て、この子どもは僕のことを何だと思っているんだ?
(ちょっと、君は僕のことをいったい何歳くらいだと思っているんだ)
「クソガキ」
なんだとこのクソガキ。自己紹介か? どう考えたってこの子どもの方がそうじゃないか、こいつは鏡を見たことがないのか? それとも視力が足りずに見えてないのか。ありえない、いっそ今すぐに例の怪物だかが脱走してこの子どもを食い千切らないだろうか。
(……ハリー、君ねえ)
「ハリー! 起きてる? 僕良いこと思いついたかも!!!」
「起きてる! 良いこと?」
子どもはロンの声が聞こえると、すぐに身を起こして垂れ幕を開けた。
……。
「正直僕ら限界だ! このまま図書館通いを続けたら本の虫になっちまう。ならさ、本が好きなやつに探すの手伝ってもらえばよくない?」
「なるほど! いいね、僕も頭がおかしくなりそうだったんだ」
子どもとロンは、若干目の焦点を失いながら小躍りし始めた。だが手伝ってもらうあてはあるのか?
「あれ? てっきりガリ勉になりたくて図書館通いしてると思ってたけど」
「な。スネイプで減った点を他の教科で取り返すためかと」
小躍りする二人を見て、シェーマスとディーンは顔を見合わせている。
「なんか探し物があったみたい」
図書館で何度かすれ違ったからか、ネビルは少しだけ状況を認識しているようだ。二人の小躍りからは若干目を背けているが。
「そんなわけないじゃん! それに大鍋から薬を噴きこぼしたシェーマスだってスネイプに減点されてたろ」
「まあね! それにしてもハリーはいいよな、マルフォイバリアで減点回避とかめっちゃ羨ましい」
「僕だってスネイプがあんな露骨に無視するとは思わなかったって。でもドラコってば実技の手際が良くてさ、あのスピードに追い付くの結構大変だったよ」
(なに都合良く言っているんだ。かなりドラコに助けてもらっていたじゃないか)
煮込むのが面倒になって強火にしようとした子どもを必死に止めたドラコが、確実に一番苦労していたし努力していたし大変だっただろうに。
こちらを睨んだ子どもは、小躍りをやめてベッドに置いてあった枕を掴んで投げてきた。八つ当たりだろうか? ふくろうよりも遅いので上に退避すると、枕は向かいのディーンへとぶつかった。
「……ハリー?」
「あっごめんディーン」
「だははっ! ディーン顔面ナイスキャッチ!」
子どもとシェーマスの発言を聞くと、ディーンは黙ったまま満面の笑みを浮かべシェーマスへ枕を投げつけた。
「なんで!?」
「胸に手を当てて深く深く考えてほしい」
シェーマスは少し沈黙した後、にやりと笑って枕を投げ返した。投げられた枕は軌道を変え、ロンの頭へと吸い込まれていった。
「「「「……」」」」
自分の枕を構えて立ちあがったシェーマスとディーンに、ロンは自分と子どもの枕を二つもって対峙している。子どもはネビルのベッドから黙ってネビルの枕を拝借していた。
「えっ?」
ネビルの素朴な疑問の声を合図に枕投げが始まった。
「食らえディーン!」
叫んで枕を振りかぶったシェーマスをひょいと避けると、ディーンは最初の報復なのか子どもへ向けて枕を投げつけた。子どもはネビルの枕を盾にして防ぎ、跳ね返った枕はネビルの方へ飛んでいってしまっている。
ロンは二つの枕を振り回しているが、手が滑ったのか元々そのつもりだったのか子どもを横から急襲していた。
「ぐえっ」
ディーンの枕を防いだ子どもは、ロンの急襲は避けられなかったようだ。なんとも情けない声を出しており、見ているこちらとしては痛快である。
「ロンずるいぞ! 二つ持ちなんて」
「あるもん使って何が悪いのさ!」
その後もしばらく枕は飛び交った。子どもが枕を振りかぶったところで、部屋の扉が勢いよく開いた。
「お前たち! 今何時だと思ってるんだ!」
現れた監督生パーシーの一喝で、枕投げはあっさりと終了した。
……で、肝心のあての話はいったい何処へ消えたのか。
◇
「というわけで連れてきたよ! 僕らの救世主になるかもしれない本の虫、ハーマイオニーだ!!」
「帰っていいかしら?」
ハーマイオニーは本の虫呼ばわりを聞くや否や、くるりと背を向け女子寮の方へスタスタと立ち去ろうとしている。
「う、嘘ウソ冗談! 君ってばウリックとエメリックの時とかも僕らの課題をちょっと見ただけで間違いに気付いただろ? だから本とかいろいろ詳しいんじゃないかなって」
「……それで、私に何をしてほしいの?」
「ありがとう!」
子どもとロンは、ハーマイオニーと共に談話室の隅の椅子に座って話し始めた。子どもの誕生日にグリンゴッツで大男が老いぼれに頼まれて金庫から小さな包みを回収したこと。その日のうちにグリンゴッツへ侵入事件があったが、狙われた金庫はすでに空っぽで何も盗られなかったこと。ホグワーツの厨房に大量の肉が存在しており、大男が飼っている「フラッフィー」という生き物が城の中にいるらしいこと。だから気になって調べていると。
「だからあなたたち一週間も図書館にいたのね」
ハーマイオニーもネビルのように二人を図書館で見かけていたようだ。子どもとロンの話を聞いて、小首をかしげている。
「待って。あなたたちが知りたいのは、そのフラッフィーの正体が何なのか? それとも、グリンゴッツから持ち出された包みの中身? 今の説明じゃ、そもそも何を探したいのかがわからないわ」
僕としては大型かつ城に存在しているとなると、包みの番人にそのペットがなっていると思うが……たしかに言う通りではある。子どもとロンはハーマイオニーの言葉を聞いて顔を見合わせている。
「「……どっちも?」」
「だったらその『フラッフィー』が何かばかり探すよりも、ダンブルドア先生を調べたほうが早いんじゃないかしら。包みを取りに行かせたのは先生なんでしょう?」
……あの老いぼれを調べるのは気が進まないな。どうせ子どもが手に入れた蛙チョコカードのように、自分の偉大さを誇示するようなものばかりなのだろう。
「ダンブルドア先生ほど有名で偉大な人なら、ハリーのようにいろんな本に出ているはずよ。調べる方法はいくらでもあるはず」
「なるほど……そういえばハリー! ホグワーツに来る時にさ、ダンブルドアの蛙チョコカード当ててなかったっけ?」
「当たったよ! 二人とも待ってて、ちょっと持ってくる!」
子どもは急いで部屋へと走り、トランクの中から例のカードを引っ張り出してきた。カードには、老いぼれの功績としてグリンデルバルドを倒したことや、ドラゴンの血液についての発見、ニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などが書かれていた。最後には、なぜか室内楽とボウリングが趣味だとまで記されている。
(……なぜ経歴の最後に趣味まで書いてあるんだ?)
やはりこのカードは本人監修済みのものなのだろうか。カードを机の上に置き、ハーマイオニーが読み上げている。
「グリンデルバルド、ドラゴンの血液、それにニコラス・フラメルと錬金術ね」
「まずはグリンデルバルドとニコラス・フラメルを調べてみましょう。じゃあ図書館に行くわよ」
ハーマイオニーのその一言を聞いた子どもとロンは、絶望の表情を浮かべた。……昨日あれだけ図書館が嫌だと喚いたくせに、結局図書館へ行く羽目になっている。なんとも情けなく惨めなありさまだ。
「そんな! 図書館は嫌だ!!」
「許してハーマイオニー! 違うんだ。僕らその、そうじゃ、そうじゃないんだっ……!!」
「なに二人とも馬鹿なこと言ってるの? 調べるなら図書館に行くべきよ、あなたたちもわかってると思ってたけど?」
急に泣き言を言い始めた二人をハーマイオニーは切って捨てた。まあ本の虫に協力を仰ぐ以上こうなるのは必然と言えなくもない。
「今図書館になんていったら本の虫になっちゃうよ! ハーマイオニーは僕らがガリ勉になっても良いの?」
「あら、良いことじゃない。ロン、ハリー。あなたたちはもっと真面目に勉強すべきよ。勉強すればウリックとエメリックを間違えることもなくなるでしょうし」
入学してもうそろそろ三週間が経ちそうなのだから勉学に本腰を入れるべき。と自論を展開しながら二人を図書館へ連行し始めた。子どもが悲しそうな顔でこちらを見てくるが、今の僕が子どもに声をかけるとしたら……言えることはこれしかないだろう。
(いい気味だね)
子どもは悲しそうな表情を一瞬で憤怒の表情へと変えてこちらを睨みつけている。しかし最初から最後まで僕のせいにするのは無理がある、まずは自分の行いを振り返ったほうが良いだろうに。
◇
図書館に到着すると、ハーマイオニーは棚と棚の間を縫うようにスタスタと歩き回り、大量の本を子どもとロンの前に積み重ねていった。
「グリンデルバルドは資料が多いわね。先生が倒した闇の魔法使いですし、今回の件からは除外しても良さそうかも」
「ドラゴンの血液は十二種類の利用方法……オーブン用の洗剤? これも外してもよさそう」
そして積んだ本を目次をパラパラとめくり、関係なさそうであれば棚へと戻してまた新しい本を探し始めた。
「おぉ……。ねえハリー、僕ってばまた何時間も探すものだと思ってたよ」
「僕も、今までの一週間なんだったんだろ……」
子どもとロンは一冊一冊をじっくりと読む形で調べていた。かつ魔法生物の本には挿絵が多くあり、下手くそな挿絵に夢中になり時間を浪費していたのだろう。その点ハーマイオニーは寄り道をせずに、かなり効率的に調べているようだ。今度は錬金術に関連しそうな古めかしい本を抱えている。
「……ニコラス・フラメル。現存する唯一の賢者の石を製作した人物。その包みの大きさにもよるけれど、ダンブルドア先生が関わっているのなら、もしかすると錬金術の何かの可能性がありそうかも」
「何? その何とか石って」
「ほらここ、読んでみて」
ハーマイオニーが指さした箇所を二人は読みはじめた。その本によれば、フラメルは賢者の石を作ったことで知られる有名な錬金術師らしい。賢者の石には、金属を黄金へ変える力があり、さらに飲めば不死となる「命の水」の源でもある。と。
……。
金を生み出す石、決して死ななくなる石。死ななくなるということは、命に作用するのだろうか。肉体すら無い僕に作用するかは怪しい。だがその石が生命そのものに作用する代物なのであれば?
…………。