Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
十月末のホグワーツはすっかり秋らしくなっていた。廊下を吹き抜ける風は冷たく、大男が庭で育てているかぼちゃはかなりの大きさへと膨れ上がっている。なお、石に関してはあれ以上の進展はなく、フラッフィーについても候補は出るもののこれといって確定できるような根拠は何もなかった。
「Avifors」
僕がドラゴンのことを話した日から、子どもは熱心に変身術の自習を夜寝る前に続けていた。今ではすっかり小物を鳥へと変化させることができるようになっている。
「トフィー! どう!?」
(上手に出来ているね)
子どもはこちらの言葉を聞いて得意げに胸を張っている。……どうやら僕は予想以上にしっかりと焚き付けてしまったようだった。これで『Draconifors』で変身するドラゴンは手のひらに収まる程度の大きさだと伝えたら、さぞや面倒なことになりそうだ。いや、どうせあの呪文は三年生頃に学ぶことになるのだ、この子どもならきっと数年後には忘れているだろう。
「いやほらさ、もっと無いの? 『凄い~』とか『流石!』とか」
上手くできていると認めたにもかかわらず、何かが不満なのか子どもはにこやかに注文を付けてきた。ここはやる気を削がないよう、言う通りにしておくべきか?
(流石だよハリー)
「チッ、チッ、チッ。もっと感心した感じで景気よく大げさに褒めてくれないと。もしくは『杖の動きが雑だなんてケチつけてごめんね』みたいな謝罪の言葉でもいいよ?」
授業中のスネイプの真似だろうか、妙に似ている舌鳴らしに苛立ちが募る。というかあの出来事をずっと根に持っていたのか。……そこまで文句を付けるのなら、お望み通りにしてやろうじゃないか。
(ああ、素晴らしいよハリー! 実に見事な出来栄えだハリー。まさかこの短期間で小石を鳥に完璧に変えられるようになるだなんて。君の杖捌きはなんとも目覚ましい上達ぶりじゃあないか! うんうん凄い、凄いねハリー。まったくもって類い稀なる才能だ! ……で、これで満足かい?)
「最後でパァ、全部台無し」
言う通りにしてやったというのに子どもはやれやれと大きなため息をついている。
「せっかくそこまで言ったんならさ、最後までちゃんと褒めるふりくらいできないの? やり直して」
(なぜ僕がそんなことを)
やり直せと言われても困る。呪文一つ使いものになったからといって、その度に子どもをいちいち褒め称えろとでも?
「トフィーってば人を褒めることすらろくにできないの?」
(できるが?)
「じゃあやってみせてよ」
本当に何様のつもりなのだろうか。手のひらを上に向け指先をくいっと曲げて挑発している子どもは、どうやら少しばかり僕について勘違いをしているらしい。
(……すごい上手じゃないかハリー。夜遅くまで毎日練習してよく頑張ったね。君の努力が実を結んだ結果なんだ、得意になるのもわかるよ)
「きっ、うっっわぁ……。見てよほら、ショックで鳥肌立っちゃった」
(おい)
あろうことに、子どもは引き攣った表情を浮かべながらトフィーって誠実そうな声なんて出せるんだ……と両腕をさすっている。
(失礼だな、君がやれって言ったんじゃないか。それよりロンたちはもうとっくに寝ているよ。君も僕に絡むのはやめて、いい加減もうそろそろ寝なよ)
「はいはい、すぐ怒るんだから。トフィーおやすみ」
(怒ってはいないよ。おやすみハリー)
子どもは満足したのかそのまま横になって眠ってしまった。……それにしても同年代と遊ぶようになってから、より生意気さが増してやいないだろうか? 僕は本来こんな風に雑に扱われるような存在では無いはずなのだが。
◇
翌朝、かぼちゃの甘ったるい匂いに釣られて子どもは早々に目を覚ました。どうやら今日はハロウィンらしい。
「さあ、呪文と手首の動きは正確にすることが大事ですよ」
授業でフリットウィックは、呪文の言葉は正しく発音することが大切で『f』を『s』と発音した魔法使いはバッファローの下敷きになったと説明し、生徒を二人ずつ組ませて練習させた。
「Wingardium Leviosa!」
「おぉポッターさん、その調子です!」
子どもが呪文を唱えると手前の羽は机から少しだけ浮いていた。散々夜に杖を振り回していたからか、初めて唱える呪文でも少しばかり形になっているようだ。
「Wingardium Leviosa……うーん、ピクリとも動かないや」
杖で羽を小突いたシェーマスは、何故か羽に火をつけてしまっている。
「シェーマス!?」
どうして物を飛ばす呪文で火の手が上がるのだろう? 慌てた子どもが消火活動をしているが中々消えていない。やっと鎮火した時には羽は黒ずんでしまっていた。
ロンは子ども越しにシェーマスの惨状を見たのか、恐る恐る隣のハーマイオニーに話しかけている。
「なあハーマイオニー。まず君がやってみてよ、きっと君ならできるんだろ?」
「いいわよ。Wingardium Leviosa!」
ハーマイオニーが袖をまくり上げて呪文を唱えると、羽は頭上高くまで浮かび上がった。
「おー! グレンジャーさん良くできました!」
フリットウィックの拍手にお辞儀をすると、ハーマイオニーはそのままロンに説明し始めた。
「『gar』の部分を長くきれいに発音するの、それから『Leviosa』。最後の『sa』を伸ばさないのがポイントよ、手首の動きはこんな感じ」
袖をまくったのは杖の動きを見せるためだったのか。ロンは頷きながらハーマイオニーの動きを真似している。
「ふうんなるほど。……コホン。いざ、Wingardium Leviosa!」
ロンが呪文を唱えると、羽はゆっくりと上昇した。
「ウィーズリーさんも良い調子ですね!」
フリットウィックは続けて羽を浮かべたロンを褒めている。集中力が切れたのか、ロンの羽はそのままふらふらと机の上に戻った。
「ワォ! マジかよ一発で成功しちゃった」
「当然よ。私が教えたんですもの」
「オッケーオッケー、君のおかげだとも」
授業の終わりには、子どもとロンとハーマイオニーは先ほどの浮遊呪文の成功を喜びあっていた。
◇
大広間はハロウィンの飾り付けで彩られていた。コウモリが壁や天井を羽ばたき、くり抜かれた大きなかぼちゃの中では蝋燭が揺らめいていた。あのかぼちゃは大男が育てていたものだろうか。
「すっげえ!」
テーブルには金色の皿に乗ったハロウィンらしい食事が現れている。かぼちゃパイやオレンジ色のゼリー、蜘蛛の巣を模したポタージュなど。子どもとロンは長椅子に座るなり料理をよそい始めた。……皮付きポテトばかりを取っているが偏り過ぎてやしないだろうか。
子どもとロンがハロウィンの料理を楽しんでいると、大広間の扉が勢いよく開きクィレルが駆け込んできた。そのまま老いぼれの席まで走り抜けると、テーブルにもたれかかりながら息も絶え絶えに地下室にトロールがいると言った。それだけ伝えるとクィレルはその場に倒れ込み気を失ってしまった。
「トロールだって!?」
一瞬だけ大広間が静寂に包まれると、そのまま大混乱に陥った。生徒が立ち上がり我先にと逃げ出そうとし、料理が床に落ちたりそこら中で悲鳴があがっている。老いぼれが杖から爆竹を爆発させて全員黙らせ、監督生や教授陣へ指示をし始めた。
「グリフィンドール! 僕について来て!」
ロンの兄パーシーが声を張り上げて引率し始めた。……そういえば組分け儀式の際にロンはトロールがどうとか言っていたか?
(ハリー、ロンにトロールはホグワーツによくいる生き物なのか聞いてみてよ)
「トロールってロンが組分けの時に言ってたやつだよね、ホグワーツに住んでるの?」
「そんなわけないよ! うぅん、とっても馬鹿なやつって聞くし……そもそも城にすら入れないと思う。ハロウィンだからピーブスが入れちゃったとか?」
別にホグワーツに生息しているような生き物ではないのか、ロンからの情報では一匹でホグワーツに侵入する知恵など無さそうなことくらいしかわからなかった。
大広間から全員が移動しようと急いでいるからか、子どもとロンはいろんなグループとすれ違っている。右往左往しているハッフルパフの生徒をかき分けて進んでいる最中、ハーマイオニーが二人へと近づいてきた。
「ねえ、あなたたち見た……? 今スネイプ先生ったら他の先生方と違う方向へ行かなかった?」
子どもとロンは振り返ってハーマイオニーを見つめ、それから顔を見合わせた。
「いえ、その別に、スネイプ先生が何かを企んでるってわけじゃないわ。……ただ前に図書館で話したでしょう? 狙っている人がいるかもしれないって、だから少し気になってしまって」
(もしかしたらトロールは陽動かもしれないね)
なぜああも怪しげな黒ずくめの風貌をした男が、この緊急時に不審者じみた行動をとっているのだろう?
むしろあれはいっそ怪しんでくれという露骨な主張だったりするのだろうか。僕にとってはなんとも都合の良いことに、別にこちらが子どもを誘導せずとも良いように話が転がっていく。
「おいおいおいおい、もしかしてまさかハリーがあんなにも目の敵にされてるのって……!」
ロンが何かに気付いたかのように声を潜め始めた。聞こえないようにか三人で顔を突き合わせている。なんだかよくわからないが、ロンの中で何か推測として思い浮かぶものでもあったのだろう。
「あいつ……スネイプは闇の魔法使いで、陰に『例のあの人』がいて、そしてあいつは石を貢ごうとしてるのかもしれない!!!」
(ちょっと。とんだ濡れ衣じゃないか)
何を好き勝手にでたらめを言い始めたんだ。適当に事実を繋げてでっち上げたとしても、そこに僕が出てくるのは違うだろう。なぜ急に僕が何処からともなく出てきたんだ。それに、誰がいつどうやってスネイプに貢がせようとしたというのか。いい迷惑にもほどがある。……そのうちあの教師に減点されるだけで僕のせいにしそうだなこいつ。子どもはこちらを一瞬だけ見た後、さも大真面目に聞いていますよ。と言わんばかりの顔を装ってロンへと向けている。
そんな根拠が何もない妄想話を繰り広げている間に列はどんどん先へと進み、気付けばパーシーの背中は人混みの向こうへと消えていた。
(ねえ、置いていかれているけど大丈夫かい?)
「……それで、スネイプはどっちにいったの?」
「あっちよ」
ハーマイオニーが指差した方へ子どもは走り出した。慌てたロンとハーマイオニーもついてくる。
「ハリー!? 校長先生の話をちゃんと聞いていたの? 今トロールがホグワーツのどこかにいるのよ、危ないわ!」
「でも他の先生たちはみんな地下の方に行っちゃったでしょ。せめてどこに行くのかだけでも確かめようよ」
「そうだよハリーの言う通り。これで『例のあの人』復活……なんてなったほうが目も当てられないよ。危なくなったらすぐ戻ればいいし」
まだ僕が黒幕だという妄想を引きずっているのか、付き合っていられないな。
三人は生徒の間を縫うようにして、スネイプが向かった方向へと突き進んだ。廊下を渡るころには、大広間の喧騒は少しずつ遠ざかっていた。