Q. もしも1981年11月1日の夜が物凄く寒かったら 作:階段下から
長いローブを引きずっているくせに、思った以上にあの男の足は速いようだった。三人が廊下をいくつか曲がった時には、あの特徴的な黒いローブは見当たらず足音だけが遠ざかっていた。……このままでは見失いそうだな。
(先行するよ)
子どもが小さく頷いたため、足音のするほうへ辿っていく。廊下をさらにいくつか曲がったところでスネイプを見つけた。うっすらと聞こえる三人の足音にも気付いた様子もなく、階段を何段か飛ばしながらかけ上っている。どうやら随分と急いでいるようだ。
(こっちだ。今は階段にいるね)
「ロン、ハーマイオニー、足音はこっちに向かってるみたい」
三人が追い付こうと何階分か上ったころには、ハーマイオニーは少し息切れしていた。
「なあハリー……ここって僕らが前フィルチに取っ捕まったとこじゃないか?」
「あ、あなたたち、四階の立入禁止廊下に近づいたことがあるの!?」
「道間違えたんだよ! それよりハーマイオニー、ここってやっぱりそうなの……?」
先ほどの推理がよりそれらしくなってきてしまったせいか、ロンとハーマイオニーの声が少しずつ大きくなってしまっている。
「シッ、二人とも静かにして。スネイプの足音聞こえなくなっちゃう」
三人はそのまま耳をすませると、顔を見合わせた。
「……聞こえない」
「あいつ、ほんとにここに用があるのかよ?」
三人は恐る恐る四階の右側廊下へと曲がった。右の廊下には扉が複数存在し、どうやら部屋がいくつかあるようだ。この中のどれかが、入れば死ぬ可能性がある部屋なのだろうか?
(スネイプはここに向かっていたけど)
その時、突然大きな唸り声と物音が一つの扉から聞こえてきた。三人は扉の近くで立ち止まり耳をすませている。
「これって何の音?」
「何か争ってる……?」
ガチャガチャと扉付近からも音がしたからか、ロンが急いで子どもとハーマイオニーを大きな石像の後ろに引っ張り込んだ。
次の瞬間、扉が勢いよく開きスネイプがよろめくように出てきた。そのまま無言で杖を振り大きくて黒い何かを弾いている。一瞬の攻防だったことと、相手があまりに大きく正体はわからなかった。スネイプに少しだけ近づき部屋の中を確認する。
……大男はよくもまあ「ファングよりもちっとばかしでけえ」などと言えたものだ。多少どころではないじゃないか、よくよく見れば頭だって三つある。そういえば、ハーマイオニーが候補に挙げていた魔法生物の一体と特徴なども一致するな。……あの見た目で可愛い骨っこ好き? 目を血走らせて今にもスネイプをかみ砕こうと、扉から鼻先を突き出そうとしているあれが?
もう一度スネイプは杖を振って、突き出そうとしている鼻先を弾き勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。扉の向こうからは体当たりしているのか振動が続いている。扉が問題ないことを確認すると、スネイプは片足を庇うようにして歩き去っていった。
スネイプの姿が見えなくなっても誰も動こうとはしなかった。ロンは二人を石像の後ろに引っ張りこんだ時と同じように、子どもとハーマイオニーの袖を握りしめたままだ。ハーマイオニーは片手で口元を押さえ、子どもはスネイプが向かった先を見つめて考え込んでいる。
「……うそだろ?」
今見たものが信じられないとばかりに、ロンは目をぱちぱちとさせている。ロンの言葉で復活したハーマイオニーが寮に戻ろうと言い始め、三人は呆然としながら来た道を引き返した。……念のためトロールと遭遇しないよう、こちらで周囲を警戒しておこう。
「なあ……あれってもしかしてハグリッドがいってた可愛い子ちゃん?」
「可愛い? あなた正気?」
可哀想に。煽っているのかと思いきや、どうやら純粋に頭の心配をされている。
「僕はいたって正気だとも! 正気じゃないのはハグリッドの方さ、君にだってフラッフィーのこと話したろ?」
「頭が三つあるだなんて聞いてないわよ!」
「僕らだってそうだよ!」
声が廊下に響いたからか、ロンは深呼吸して小声でぶつぶつと言っている。
「どこがファングみてえなもんなのさ、ハグリッドはファングに謝るべきじゃないの?」
まったくもってロンの言う通りである。まあ三つ頭なんて特徴はすぐに特定されかねないからこそ、大男は端折って伝えたのかもしれないが。
三人が肖像画の穴をくぐり抜けると、談話室は生徒でいっぱいになっていた。どうやらあの後、ハロウィンの料理が談話室へと運ばれてきたようだ。寮に入ったことでやっと力が抜けたらしい、ロンはふらふらと料理に近づき一瞥するだけで戻ってきた。
「お腹空いてたはずなのに、なんかお腹空いてないかも……」
大きなため息を吐き出しながら、名残惜しそうにハロウィンの料理を見つめている。子どもやハーマイオニーも今は食べる気にはなれないようで、深く考え込んでいる。
「ねえ、あの犬の下に何かなかった?」
「床の上ってこと? 僕、スネイプに襲い掛かる頭ばっかり見てたよ」
「いいえ、床じゃないわ。……私の見間違いかもしれないけど、あれはまるで扉みたいな」
犬の下となると仕掛け扉のようなものだろうか? 犬とスネイプの攻防に気を取られてそこまでは見れていなかったな。スネイプは無詠唱でよくあの巨体を退けたものだ。
「じゃあさ、やっぱスネイプが石を盗もうとしてるんだよ! んで、犬は石を守ってる!」
「ロンったら、それでも一応先生なのよ? 侵入者がいないか確認しに行っただけかも」
「確認だけならあんなにフラッフィーと争うかな……?」
あの犬が守っているとしたら、確実に守りを攻撃しているように見えるだろう。子どもの言葉を聞いてハーマイオニーは深く考え込んだ。そういえば行きは階段を何段か飛ばしながらかけ上っていたが、帰りの際は片足を引きずっていたな。引っ掻かれたか噛まれでもしたか?
(スネイプは立ち去る時に片足を引きずっていただろう。あれはフラッフィーに傷つけられた可能性が高いんじゃないか?)
「……トロールだってスネイプがわざと入れたのかも」
「ハリー、それはスネイプ先生には難しいわよ。先生ったらずっと大広間にいたじゃない」
こちらの言葉を聞いて推測した子どもに対し、ハーマイオニーはあの男はトロールに関してはアリバイがあると伝えている。
「協力者とか? ウーン……いや、あのスネイプに協力するやつとか思いつかないや。ごめん今のナシ」
なんということだ。スネイプの日頃の行いが良くないせいか、あそこまで不審な動きをしているというのに「協力してくれそうな人間関係が築けなさそう」という一点で、ロンの推理が振り出しに戻っている。ついでに僕も推理から消えたのは良いことではあるが。
「でもタイミングは良すぎるよなぁ……? ハリーはどう思う?」
「僕もロンと同じであいつは怪しいと思うよ。あんなにこっちを憎んでいるかのような態度をするんだもの」
「だったらマクゴナガル先生に話してみましょうよ」
……教師に報告した場合、警備が強化される可能性があるだろう。スネイプが単独犯であれば、横から盗るのは複数犯よりもやりやすいので僕としては是非ともこのまま黙っていてほしい。
(どうやって説明するんだい? 君らは列から逸れて動いていたんだ、教師に告発するのであればもう少し別の情報を揃えた方が良いんじゃないか?)
納得したのか子どもは、もう少し確かめてから先生に報告しようとロンとハーマイオニーへ伝えている。
「はー、なんか凄い冒険をした気分。今日ってば僕眠れるかな?」
「それにしてもホグワーツの中にあんなものがあるなんて……」
「そこまでして守りたい何かがあるのかも」
石とかね。と最後に言った子どもは、ロンとハーマイオニーと顔を寄せ始めた。周りに聞こえないようにか、声も潜めている。
「もしスネイプに協力者がいたら、僕らが調べてることが知られると不味いかもしれない」
「たしかに! なら少なくとも他の人には言わないほうが良さそうだな」
「うん、これは僕たちだけの秘密。ちゃんと説明できる情報が集まるまでは、誰にも言わないでおこうよ」
子どもの言葉にロンは即座に頷き、ハーマイオニーは渋々頷いた。
「……わかったわ。でも本当に危ないと思ったら、すぐマクゴナガル先生に言うからね」
◇
談話室での騒ぎもようやく落ち着き、生徒たちはそれぞれ寝室へと戻り始めた。ロンはだいぶ疲れてしまっていたようで、寝支度を終えると子どもにおやすみと伝えて即眠り始めた。子どもはベッドに横になりながらも、まだ何かを考え込んでいるようだ。
「…………」
(寝ないのかい? 他のみんなはもう寝ているよ)
黙ったままこちらを見た子どもは、何かを言いたげに口を開け閉めしている。
「……ねえトフィー。今日はなんでか止めなかったよね」
(何を?)
「立入禁止の四階。前はさ、駄目だ行くなってぶつくさ言ってたじゃん」
鋭いな、いや僕が露骨だっただろうか? このまま黙ってしまうだけでも子どもに何かしらの情報を与えかねない。……面倒だな、どう誤魔化すべきか。
(何を言っているんだか、前とは状況が違うだろう? 僕らはスネイプを追いかけただけだ。結果的に例の立入禁止の廊下へ近づくことになってしまっただけじゃないか)
「それだけ?」
子どもは納得がいっていないのか首を傾げている。今まで危険を遠ざけてきたからこそ違和感を覚えているのだろうか? ……いや、そもそも僕に止められると思いながら、ああも好き勝手に突き進んでいたのか?
……。
(いや、それだけじゃないよ。あの時は近づくと死ぬと言われた場所へ、何の手がかりもないまま近づこうとしていただろう。でも今は、ルビウスが隠しているフラッフィーについて情報を持っている。何もわからなかった頃とは違うよ)
まあそれだけではないが。
「……ふぅん?」
ここまで言ってなお子どもは、こちらをまだ疑わしそうに目を細めてみている。なんだその目は、別に嘘は言っていないだろうに。
「そっか、そうだよね」
……前にもこんなことがあった気がするな。適当に同意したせいで酷く苛立った記憶がある。
(何がそうなんだい?)
「ほらさ? トフィーだって、危険だとしても子どもみたいに無邪気に突っ込んでくことがあるんだなって」
……最悪である。こちらが同意しようがしまいが、結局この子どもは悪意のある形で解釈しているじゃないか。
(ハリー? 君は今、僕に対して失礼を言っている自覚はあるかい?)
「だってトフィー。スネイプとフラッフィーが争ってるところ、ずっと野次馬してたじゃん」
あれは門番の危険度を見積もるためであり、暫定犯人のスネイプの危険度を確認するためでもある。石の可能性があるのであれば、ある程度の危険は許容しなければ手に入らないだろう。だからこそどちらも近くで確認する価値はあったのだ。
だがそんなことを言う訳にはいかない。
(…………そうだね)
「いやぁ、トフィーにも子どもっぽいところあるんだね。冒険みたいでワクワクしちゃった?」
(それは君だろう。興奮していないでさっさとおやすみ)
できれば僕が怒りのあまり余計なことを言う前に。その後子どもはしばらくして眠りに落ちていった。