界渡りの不確定な切り札 作:アルフレッド
キョウスケside
俺たちがユニクロンに漂流してからひと月がたった。
幸い、居住区の天井は一キロもの高さがあり、閉塞感を覚えることはなかった。上部居住区と下部居住区は所々軌道エレベーターやリニアシャトルでつながっており移動にも不便を感じなかった。
そんな中、俺たちは重要な議題について話し合うために集まっていた。
「とうとうレモンたち技術班がシステムXNの解析に成功した」
「成功した、と言っても全部じゃないわよ」
レモンがそう言いながら端末を操作する。
「転移そのものについてはある程度理解できたわ。問題は転移先ね」
「またどこに飛ぶか分からない、ということか?」
「そういうこと。システムXNは世界を越えることはできる。でも、目的の世界を正確に指定する方法がないのよ」
「俺たちがここに漂流したのもそれが原因か」
「おそらくはね」
「そこで考えたんです」
ウェンディが机の上に小さな装置を置いた。
「転移する側から目的地を探すのではなく、目的地の方に目印を置けばいいんじゃないかって」
「目印?」
「ええ。世界そのものに座標を固定するんです」
セニアが身を乗り出す。
「船が流されないように錨を下ろすようなものね!」
「……錨か」
レモンが笑う。
「だから名前も決めたわ」
「アンカーよ」
「それを使えば、元の世界に帰れるのか?」
一瞬、三人が黙った。
「……無理ね」
「そうか」
「驚かないの?」
「できるなら最初に言っているだろう」
「相変わらず察しがいいわねぇ」
「理由は?」
「アンカーは先に目的地へ置かなきゃ意味がないのよ」
「つまり――」
「私たちはシャドウミラー世界にアンカーを残していない」
「でも悪い話ばかりじゃないわ」
「?」
「これから行く世界にはアンカーを置ける」
「……なるほど」
「一度到達してアンカーを設置できれば、少なくとも二度とその世界を見失うことはない」
「なら十分だ」
「つまり新しい世界を探索しつつ俺たちの元の世界も探すという訳だな」
「そういうことになるわね」
レモンが頷く。
「ただし、問題が一つあるわ」
「まだあるのか?」
「当然でしょう? アンカーは帰還地点を固定するためのもの。肝心の最初の転移はシステムXN頼みよ」
「つまり次にどこへ出るかは――」
レオナの言葉にレモンが肩をすくめた。
「分からないわ」
「…………」
「…………」
「結局、行き当たりばったりではないか」
ヤンロンの言葉に誰も反論できなかった。
「仕方ないだろう。ここに居続けても元の世界は見つからない」
「それはそうだが……」
「それに、一度到達すればアンカーを設置できる。次からは戻って来られるんだろう?」
「ええ。少なくとも今みたいな迷子にはならないわ」
「ならやる価値はある」
「あなたならそう言うと思ったわ」
「世界探索についてはそれでいいとして、もう一つ決めなければならないことがあるわ」
「なんだ?」
「私たち自身のことよ」
「?」
「いつまでも『漂流した艦隊』のままというわけにはいかないでしょう?」
「組織の再編か?」
「それもあるわ」
レモンが端末に表示されていた画面を切り替える。
「今まではシャドウミラー、ベーオウルブズ、リクセント公国軍、それにラ・ギアス組。それぞれ元の所属のまま動いていたでしょう?」
「ああ」
「でも、これから別の世界を探索するとなればそうはいかないわ。指揮系統くらいは一本化しておく必要がある」
「確かにな」
ヤンロンが腕を組んで頷く。
「戦闘時に命令系統が複数存在するのは問題だ」
「それだけじゃないわ」
レオナが口を挟む。
「ここには軍人だけがいるわけじゃない。リクセントから避難してきた民間人もいる」
「そうだったな」
「食料、住居、医療、教育、治安……今はユニクロンの設備に余裕があるから何とかなっている。でも、この先ずっと今のままというわけにはいかないわ」
「…………」
そこまで聞いて、ようやくレモンが何を言いたいのか分かった。
「軍の再編だけでは足りないということか」
「正解」
レモンが笑った。
「私たちには軍隊じゃなくて、もっと大きな枠組みが必要なのよ」
「……国でも作るつもりか?」
冗談のつもりで言った。
だが――
誰も笑わなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……おい」
「いいんじゃない?」
セニアがあっさりと言った。
「待て」
「だってここ、もう一つの世界どころか惑星そのものなんでしょう?」
「そうだが」
「領土はある。住民もいる。軍隊もある。技術者もいる」
「…………」
「足りないものって何?」
「政府だな」
ヤンロン。
「ヤンロン?」
「事実を言っただけだ」
「そして統治者ね」
レモン。
「待て」
「そうですね」
ウェンディまで頷く。
「ウェンディ?」
「今後ほかの世界と接触するなら、私たちが何者なのかを説明する必要も出てきます」
「漂流者でいいだろう」
「いつまで漂流するつもりなのよ」
「…………」
「……国にするかどうかは後だ」
「あら?」
「まず組織を一本化する。軍と民間部門を分ける。指揮系統も決める。それからだ」
「ずいぶん乗り気じゃない」
「必要だからやるだけだ」
「はいはい」
「まずは軍だけどこれはトップはキョウスケ、あなたよ」
「だろうな……今までの実績からして他にいない」
「あら、素直」
「アクセルやヴィンデルがいたら押し付けられたんだがな」
「残念だったわね」
「まったくだ」
「それに、二人がいたとしてもあなたになったと思うわよ?」
「なぜだ?」
「ベーオウルブズとシャドウミラーが一緒に戦えたのは誰のおかげだったかしら?」
「俺一人の功績じゃない」
「そういうところも含めてよ」
「…………」
「それに今はリクセントの兵もいる。ラ・ギアス組も加わった。元の所属なんてもう関係ないわ」
レオナも頷いた。
「その全員が納得できる人間となれば、あなたしかいないでしょうね」
「……分かった」
「本当に今日は素直ねぇ」
「反論して変わるのか?」
「変わらないわ」
「なら時間の無駄だ」
「トップは決まり。次は部隊編成ね」
レモンが画面を切り替える。
「今までの所属はいったん白紙。ベーオウルブズもシャドウミラーもリクセント軍も関係なく、役割で再編する」
「異論はない」
「まず艦隊。シロガネ、ギャンランド、ワンダーランド、ネバーランド」
「四隻か」
「ええ。それと機動兵器部隊」
「アルトアイゼン、龍王機、虎王機、グランヴェール、ガッデス、ノルス・レイ……」
「残存機もあるわ。量産機についても整備を進めてる」
「人間の方が足りんな」
「そこなのよねぇ」
「人手は量産型Wとしても指示する人間は必要だわ」
「Wシリーズもハーケン・ブロウニングや楠舞神夜、ピート・ペインの他にも順次起動を進めていくわ」
「どれくらい増やせる?」
「素体と設備については問題ないわ。ユニクロンの生産設備を利用できるようになったのが大きいわね」
「なら数だけなら補えるか」
「ええ。でも――」
「指揮官までは作れない、か」
「そういうこと」
レモンが頷いた。
「量産型Wは優秀よ。兵士としてなら普通の人間より遥かに安定している。経験を積ませれば判断能力だって向上するわ」
「だが最終的な判断を任せる人間は必要だ」
「ええ。特に別世界で活動するならね」
ヤンロンが腕を組む。
「戦場では命令通りに動けばいいというものでもない。その場で判断を下さねばならないこともある」
「それに軍だけの問題じゃないわ」
レオナが続けた。
「これから他の世界と接触するなら交渉役も必要になるでしょう?」
「…………」
「キョウスケ?」
「嫌な予感がしただけだ」
「奇遇ね。私もよ」
「当面は今いる人間で回すしかないな」
「そうなるわね」
「人材については、新しい世界で協力者が見つかれば話は変わる」
「……キョウスケ」
「なんだ?」
「一応言っておくけど、新しい世界へ人材を集めに行くわけじゃないわよ?」
「分かっている」
「本当に?」
「俺たちの目的は元の世界を探すことだ」
「そう。それならいいわ」
「ただ、向こうから同行したいと言われれば断る理由もない」
「…………」
「なんだ?」
「いえ。将来ものすごく人が増えそうな気がしただけ」
「気のせいだろう」
「だといいけどねぇ……」
レモンはそう言いながら端末を操作した。
「それとWシリーズについて、もう一つ報告があるわ」
「まだあるのか?」
「一体、少し特殊な個体を準備しているの」
「特殊?」
「ええ。量産型でもなければ、ハーケンたちとも違うわ」
「どう違う?」
「……戦闘用に特化させるつもり」
レモンの声が僅かに低くなった。
「素体は?」
「…………」
「レモン?」
「保存していたものを使うわ」
その言葉に、何となく嫌なものを感じた。
「誰のだ?」
「今はまだ秘密」
「おい」
「ちゃんと完成したら教えるわよ」
「……危険はないんだな?」
「それを確認するために、これから調整するの」
「つまりまだ分からないということか」
「そうとも言うわね」
「…………」
「そんな顔しないの」
「レモン。妙なものを作るなよ?」
「失礼ね。私がいつ妙なものを作ったのよ」
「…………」
「…………」
「なぜ目を逸らす」
「さあ、次の議題に行きましょう♪」
「おい」
「ソフィアに許可はもらっておけよ」
レモンの反応で、嫌な予感が確信に近づいた。
特殊なWシリーズ。
保存されている素体。
そして、ソフィア。
……まさかな。
前世の記憶にある一人の男が脳裏をよぎる。
ウォーダン・ユミル。
だが、それを知っていることを悟られるわけにはいかない。
今はまだ、誰にも話していないことなのだから。
レモンの動きが止まった。
「……何のことかしら?」
「俺はまだ何に使うかまでは聞いていないぞ」
「…………」
「墓穴を掘ったな」
「相変わらず妙なところで勘がいいわねぇ」
「お前が分かりやすすぎるだけだ」
「失礼ね」
「違うのか?」
「…………」
「レモン」
「……はいはい。ちゃんとソフィアには話を通しておくわ」
「本人が嫌がったら諦めろ」
「分かってるわよ」
「ならいい」
「次の議題は後方部門だな。クスハ、ユキコさんが食堂で働き始めたというのは本当か?」
「はい、適正に合ったようで食堂がにぎわっています。最近ユキコさんの表情も明るくなってきていて」
「それは良かった」
リュウセイの母というだけで、俺にとってもエクセレンとは別の意味で大切な人だからな。
「それにしても食堂か」
「はい。最初はお手伝い程度だったんですけど、今では厨房を仕切り始めています」
「……適正に合いすぎたか」
「最近はリクセントの人たちから料理を教えてほしいって頼まれているみたいですよ」
「それなら後方部門として正式に任せてもよさそうだな」
「私もそう思います」
「クエルボ、クスハ。医療部門はどうだ?」
「よほどの重症者を除けば、ほとんど退院できています」
クエルボが端末を確認しながら答える。
「肉体的な問題より、精神的に参っていた人の方が多かったですね。戦争が続いていた上に、突然故郷から切り離されたわけですから」
「そうか」
だが、その横でクスハが不安そうな表情を浮かべていた。
「ただ……薬の方が不足してきています」
「薬?」
「はい。レモンさんとウェンディさんが量産体制を整えてくれていますけど、まだ十分な量を作れなくて……」
「原料の問題か?」
「それもありますが、設備の方が大きいですね」
クエルボが答える。
「必要な成分が分かっていても、薬は材料を混ぜれば完成というものではありません。製造設備に品質管理、それに種類も必要です」
「なるほどな」
「今の人数なら何とか回せています。でも――」
「これ以上住民が増えれば足りなくなる、か」
「はい」
「薬品工場や研究所も必要だな。早急に建築にうつらせよう」
「お願いします」
「……食料、医療、教育、治安」
「どうしたの?」
「組織再編の話をしていたはずなんだがな」
レモンが笑う。
「してるじゃない。国家規模の♪」
「まだ国にすると決めた覚えはない」
「時間の問題ね」
「…………」
考えても仕方がない。
「次だ。教育部門はどうなっている?」
「切り替え早いわねぇ」
「必要なことから片付ける」
「そうやって国ができていくのよ♪」
「…………次だ」
ヤンロンが発言するようだ。
「元リクセント公国の教師がいるので、小中高レベルなら問題ない。だが……」
「大学レベルとなるともともと小国だったリクセント公国では足りないか」
「そういうことだ。特に医学、工学、法学といった専門分野になるとな」
「今すぐ困る問題ではないが、放置もできないな」
「ああ。子供たちが成長するまでには整える必要がある」
「専門分野なら私たちも教えられるわよ?」
セニアが手を挙げる。
「魔装機や錬金学関係ならウェンディと私でかなりのところまで教えられると思うわ」
「医療なら僕も協力できます」
クエルボも続く。
「私も看護や東洋医学なら」
「クスハはまず看護だな」
「は、はい」
「技術関係は私もウェンディもいるし、ソフィアにも協力してもらえるでしょうね」
レモンが指を折って数えていく。
「……教師が足りないというより、専門家を教師として使うことになりそうね」
「当面はそれでいいだろう」
「でもキョウスケ。それだと――」
「なんだ?」
「大学も作ることになるわよ?」
「…………」
「学校、病院、食堂、薬品工場、研究所、大学……」
「数えるな」
「着々と国になってるわね♪」
「……必要だから作るだけだ」
「はいはい♪」
「じゃあ次は順番がおかしいかもしれないが行政だな。ここは今のところシャイン及びリクセント公国の官僚たちがメインで動いてくれてるんだったな」
シャインが緊張しながらも返答してくれる。
「はい、そうですわ。そのうえでマニュアルの開発も進めておりますわ」
「そっちはそれでいい。財政はミツコか」
いつもの通り自信満々だ。今日は寝不足ではないらしい。
「はい,財政は順調に回っておりますわ。ただ、いずれ電子マネーの形でもいいので通貨が必要になると思います。それに銀行なども必要かと思いますわ」
テンションが普通だと有能なんだがな……
「それと今までのお話に出てきた異世界と友好関係を結べた時、貿易をどうするかを今のうちに考えていた方がいいと思います」
「技術は他の異世界を混乱に陥れることがありますので慎重にならなければなりませんわ。普通に出せるのは元素変換装置によるレアじゃないレアアースですわね」
「レアじゃないレアアース、か」
「ええ。少なくともこちらでは希少ではありませんもの」
「相手側では?」
「そこが重要ですわ」
ミツコが端末を操作する。
「相手の市場価格を無視して大量に流せば、既存の鉱山業や資源産業を壊しかねません」
「……なるほど」
「ですから輸出量は制限する必要がありますわね。『作れるだけ売る』は絶対に駄目ですわ」
「珍しく慎重だな」
「珍しくとは何ですの!?」
「いや、続けてくれ」
「まったく……」
シャインから質問が上がる
「では軍事技術は?」
「原則として輸出禁止ですわね」
「PTも?」
「当然ですわ」
「魔装機関連も?」
「論外ですわ」
「システムXNは?」
「聞くまでもありませんわ!」
さすがにシャインも分かっていて聞いたらしく微笑んでいる。
「友好国だからといって全部渡すわけにはいかんか」
「むしろ友好国だからこそですわ」
「?」
「扱いきれない力を渡して、その国を壊してしまっては友好も何もありませんもの」
原典で死の商人だったとは思えないな、本当に。
「で、ここまでやっておいて本当に国家設立する気はないの?」
レモンが真面目な顔で聞いてくる。
「…………」
「軍がある」
「ああ」
「行政組織がある」
「あるな」
「学校を作る。病院も作る。薬品工場も研究所も作る」
「必要だからな」
「通貨を発行して銀行も作る」
「……必要だろう」
「他世界との外交と貿易まで考えてる」
「…………」
「それを普通は何て呼ぶのかしら?」
「……大規模な組織」
「往生際が悪いわよ」
セニアが呆れたように言った。
「領土もあるわよ?」
「ユニクロンだな」
「国民もいる」
「元リクセントの住民たちだな」
「軍隊もある」
「今、再編している」
「政府もできつつある」
「…………」
「通貨まで作る」
「…………」
「ねえ、キョウスケ」
レモンが笑う。
「あと何があれば国家になるの?」