なんか転生者掲示板あるけどこれって誰かの念だよな? 作:家葉 テイク
午前10時。
「13回」――カイマンに狙いを定めたシンド達は、まずカイマンの動向を捕捉するところから始めた。
「サイアイ、体調は大丈夫か?」
「……超ぼちぼちですね。ちょっと落ち着かないですが」
ザバン市南東にあるビジネスホテル近く。
カイマンがよく利用していた喫茶店の中で待機しながら、シンドはサイアイのことを気遣っていた。
シンド達は尾行にあたり、チームを二つに分けることにしていた。
尾行に慣れていないクロトは念能力者との戦闘経験が豊富なダリィと組ませ、それぞれ"凝"でもオーラの出力が一般人と見分けられないと判断されたサイアイとシンドが組む形だ。ちなみにダリィ達は内側からでは目視しづらい店周辺の様子を確認するため、喫茶店を視界に収めることが可能なファーストフード店で待機している。
「難儀なもんだな……」
「その分超メリットもありますので。一長一短です」
そして尾行にあたり、シンド達は自らに一定の変装を施していた。シンドはサングラスを、サイアイはハンチング帽を被り黒縁の眼鏡をつけたスタイルだ。
顔が割れていないので変装する必要性は薄いのだが、ダリィもサイアイも見目は可愛らしい幼い少女である。人目を惹きやすいのは間違いないし、サイアイに至っては「絹旗最愛」を知る者であれば一発で転生者を疑われる外見だ。変装は必須であると言えるだろう。
ただし、彼女は一方で「絹旗最愛らしい外見・言動を心がける」という誓約を自らに課している。一応「絹旗最愛が変装をするとしたら」という前提で変装しているものの、身体的特徴を隠しているということでサイアイのパフォーマンスは通常時の70%くらいまで低下していた。
「ここまで明確に影響が出るのは想定外だったな……」
「超過重トレーニングをしているような感覚ですね。戦闘は絶対に御免ですが、このくらいなら"湧"は超乱れません」
「もし戦闘になったらまずオレが出る。サイアイは変装を解くのを最優先にしてくれ」
「超了解です」
実際には戦闘になる可能性などほぼ無に等しいが、だからといってこの世に絶対などない。あくまで警戒しつつ、シンドはそう言い含めた。
言い合いながら、二人は喫茶店の方へ視線を移す。喫茶店にはまだカイマンらしき男はいないが――資料の数々が、この場にカイマンがやってくるだろうということを示していた。
そして張り込み開始から一時間後、それは来た。
キョロキョロと辺りを見渡しながら、カイマンが喫茶店に現れる。カイマンはアイスティーを注文すると、店の外側のテラス席に腰かけた。
「来たな」
「今更ですけど、「13回」は何が目的で超あそこにいるんでしょうね」
「考えられる理由は幾つかあるが……暇潰し。おそらくそんなところじゃないか?」
カイマンから立ち上るオーラは、全体的に散漫としているのがシンドの目からも見て取れた。
襲撃を警戒している人間はどうしてもオーラの濃度が密になりやすい。逆に念能力者を探している攻めの姿勢であれば、気配を隠すために"絶"とまではいかずとも無意識にオーラは全体的に弱まり目に集中するだろう。
あえて開き直って襲撃を待っている場合でも、その場合は四肢にオーラが濃く宿る場合が多い。襲撃に対し即座に回避・迎撃ができるようにするためだ。
カイマンは、そのいずれでもない。完全な平常モード――アレを意図してやれているのであれば、それは"湧"よりよほど高等技能。その可能性を考えるくらいならば、単純に不用心な愚図と判断した方が合理的である。
("湧"の修行の思わぬ副産物だな……。オーラの微細な出力のブレから、相手の出方をある程度想像できるようになっている……! 極めようと思えばヒュリコフの域までそう掛からず到達可能! その実感がある!!)
「原作」という明確な
手応えを感じつつも、シンドはあくまで冷静に現状を分析する。
「サイアイの読みがおそらく当たりだな……。保存派の中には、既に試験に食い込んでいる転生者がいる。だから積極的に転生者狩りをする必要がないと思っている。……だがそうなると、現在発生している転生者同士の争いの説明がつかないな……。……イヤ、そうか。保存派が常に一派とは限らない。分裂して各々行動していて、「13回」の所属する一派が試験にメンバーを送り込んでいる……といったところだろう」
「推論に推論を重ねてますけど、超大丈夫ですか? あまり仮定に体重を乗せていると、薄氷を踏み抜くみたいに読み違いを踏み抜いた時が超怖いですが」
「だが、他に説明のつくケースが思いつかないのも事実だろ?」
「………………まぁ」
真顔で返され、サイアイは頷くしかなかった。
実際、シンドの推察は悉くが現実に即している。ただ、それでも彼女の用心深さがシンドの推察を100%信じることを躊躇わせていた。シンドは逡巡するサイアイに笑いかけ、
「サイアイはそれでいい。リスクを承知でベットするのはオレの役割だ。能力的にも、攻守の分担は必須……!」
話していると、不意にカイマンは懐から携帯を取り出す。
店外からだと分かりづらいが、着信があったようだった。不服そうな――いや、面倒臭そうな顔をしているので、あまり嬉しい着信の類ではなさそうだ。
「流石に此処からだと声は聞けませんね」
「おそらく仲間だろう。「13回」は仲間と顔を合わせているときも憮然としていたしな。あるとすれば、行動指示か……。移動する場合は、一旦リィに追跡させて体制は仕切り直そう。「13回」には気付かれなくても、他の転生者から怪訝に思われるリスクは排除したいしな」
これが、この状況の面倒なところだった。
この街にいる勢力は、シンド達と「13回」達だけではない。他にも様々な思惑を持った転生者達のグループが
「13回」だけを意識して行動していて他の転生者にその一部始終を目撃された場合、他の転生者から見れば「念能力者を尾行している非念能力者」という明らかに異常な存在に見えるのだ。そういう意味でも、追跡には細心の注意を払う必要があった。
「! 超動き出しましたよ!」
「もしもし。リィか? 「13回」はどこに向かってる?」
カイマンが動き出したのを見て、シンドは迷わずダリィに着信をかける。
ワンコール待たずに出た通話先のダリィは、
『呼び出しを食らってるみたい。行先は借りてるホテルではないようだわ。ザバン市の中央市街方面に向かってるわ。……この先にあるのはバス停ね。どうする?』
「同じバスに乗れるか?」
『わたしは良いけど、同じ車内にクロくんを居させるのは避けたいかも。車内で転生者同士の戦いが勃発したときの危険性を考えるとねー』
「…………分かった。じゃあ班分けを整理しよう。クロトはその場で待機してサイアイと合流。リィは先にバスに乗って行ってくれ」
『通話はどうする?』
「そのままでいこう。意図を隠しての日常会話風連絡くらいは余裕だろ? オレは後からリィに合流する。合流したら改めてサイアイに掛けよう」
『りょーかい。じゃ、クロくんまたね』
『面目ない……』
「気にするなよ。クロトの能力的に今の状況がイレギュラーってだけだ。それにお前の出番はこの後だしな」
『うっす』
シンドのクロトへのフォローを最後に、ダリィは動き始めたようだった。
一旦通話口を顔から離したシンドは、隣のサイアイに言う。
「そういうわけだ。サイアイはクロトと合流して逆尾行に備えてくれるか?」
「超了解です。ご武運を」
「大袈裟だな。それより、クロトのフォロー頼むよ」
「必要ありますかね。あの人、意外とメンタル超強いですよ。"湧"だって結局完璧に仕上げて来ましたし」
「…………ちょいと見
不敵に笑うサイアイに、シンドは困ったように頬を掻く。
クロトが遠方からの監視に配されたことに、"湧"の練度不足は一切関係しない。判断理由はあくまで、クロトが監視対象と至近でいることへの不安のみ。それにしても、戦闘力の不足というよりも彼の能力の希少さゆえという側面がある。逆に言えば、クロトの"湧"は一切不安要素足り得なかったということだ。
いや、むしろ。
四人の中で最も"湧"が優れているのは、クロトその人であった。
(ここ一週間の追い上げは確かに凄かったからな……。追い詰められて真価を発揮するタイプ……ゴンみたいな爆発力の持ち主って訳だ。オレとしては、そういう不安定さを勘定に入れると不確定要素が増えてやりづらくなるんだが)
とはいえこれは、嬉しい悲鳴に類する悩みだろう。
実際、クロトの成長曲線についてはシンドとしても想定外の幸運ではあった。「本番」が彼の成長を加速させるのであれば、今後の活動方針についてもある程度幅を持たせることができる。
そんな皮算用をしながら、シンドは改めて目の前の現実に向き直る。――カイマンの突然の移動。ダリィが随時追跡しているが、撮影して情報を視覚的に保存できるシンドも同行して初めて監視は効果を成す。
「それじゃあ行って来る。背後は任せたぞ」
「超任されました」
短く言い合って、シンドは喫茶店を後にする。事態は、確実にシンド達に都合のいい方向へと進み始めていた――かに見えた。
◆ ◆ ◆
しかし、現実というのは常に複雑な要素が絡み合い、盤面を俯瞰するとなかなか一方的に上手くいっているということはないものである。
ところで、転生者といえば何だかんだと判断基準の「軸」に原作のイベントを置いている者が多いと思われがちだ。
保存派、利用派、改善派。その他名のついた諸派も合わせ、話題に上る可能性が高い転生者達はみな一様に「原作」を重視する。実際、シンド達だって大別すれば利用派に該当する行動方針を有していると言えるだろう。それゆえ、日和見派の転生者の中には面と向かって出会った転生者を無条件に「原作」を判断基準の軸に据えた異常者かもと警戒する者も多い。
だが、実際のところ「原作」のことを意識して行動している転生者というのは非常に少ない。これは、転生者の大半が日和見派というところからも自明の理だと言えるだろう。
たとえば、パン屋を経営する転生者と、そうと知らず仲良くなりたくて近づく常連客の転生者。
たとえば、ギャンブルで大儲けをする為だけに念のリソースの全てを費やすことにした転生者。
たとえば、偶々同級生だったので、学校で最強の念能力について日夜議論している転生者たち。
たとえば、性別の違う新たな生に戸惑いつつも、平凡な人生を遂行することを決意した転生者。
たとえば、前世で人生を賭けた競技に酷似したモノと巡り合い、再び人生を賭け始める転生者。
たとえば、俗世のことはそっちのけで、魔獣というこの世界特有の生態系に魅入られた転生者。
たとえば、せっかく女の子に生まれたのだからと、可愛さを極めた美少女として生きる転生者。
たとえば、この自分の人生ではない人生の記憶の重さに苦悩しながらも、精一杯生きる転生者。
たとえば、物語の世界に転生したことで、嘗て憧れた物語の英雄を目指すようになった転生者。
彼らは、シンド達を中心とした物語に顔を出すことはないだろう。だが、それでも一人ひとりが主人公の様に濃密な物語を有している。そこに、「原作」なんか一ミリも必要ない。
そんなものがなくとも、彼らは一つのうねりを作り出すことができる。
「アー……。なんかそろそろワンパターンキマって来たかもな?」
寂れた公園のベンチにて。
だらりと背もたれに体重を預けた男は、そのまま脱力して天を仰いでいた。
全体的に、覇気のない風体だったが――それはやる気のなさというよりは、「発散」を終えた後の虚脱状態と言うべきかもしれなかった。
「
男は、ワカメのような黒く縮れた髪を肩くらいまで無造作に伸ばしていた。
口の周りと顎には無精髭、襤褸のTシャツとジーンズの上にダウンジャケットという、ともすれば宿無しの類かと思うようなみすぼらしい風貌だった。そこだけ見れば、まるで社会の落伍者が公園で時間を潰しているようにしか見えないだろう。
――その背後の草むらで、血塗れの男女が事切れていなければ、だが。
「
転生者は、みな例外なく生まれながらにして念能力者となる。
つまり、社会的に活動可能な年齢になる頃には最低でも念能力歴15年ほど。しかも彼らは集合知による正しい修行過程を経て、多くは目的意識に沿って念を修めている。
必然、「原作」周辺にやって来る転生者は往々にして「ある程度の力量を持った」念能力者ということになるだろう。
「ヒメちゃんは相変わらず音信不通だしなあ……。ったく、協調性がないったらないよオレ達のチーム。人でなしのキピテルさんが一番任務に忠実ってちょーっとマズイと思うけどなあ……」
乱暴に頭を掻きながら、男は大儀そうに立ち上がる。
"
その甲斐あって、現在、非転生者で転生者の異常性を認識し、転生者という属性に対して警戒心を抱いている者は存在していない。
だがそれは、「転生者狩り」の兆候が存在していないこととイコールではない。
たとえば最初から全てを把握している
彼は、戦う相手に飢えていた。
研ぎ澄ませた己の才覚。作り上げた精緻な能力。そうして手に入れた強力無比な自分。
しかし――それを披露する相手はいない。この世界に転生し、どんな思考を経てこの結論に至ったのか。それを余すところなく伝えるには、「前世」という前提条件が必要不可欠だ。だから、単なるこの世界の住人では物足りない。対手に相応しいのは、己と同じ転生者。
「
転生者にして、転生者狩り。
それが、この男の「趣味」だった。
「さあて……キピテルさんを楽しませてくれよ。ザバン市の転生者諸君」
「34回」。
男が、シンド=アクイットの"
彼の名は、「キピテル=アルファ」。
このザバン市に混乱のうねりを巻き起こし――──そして、この街で死ぬことになる男だった。