ルーデウスに無為転変みたいなのを使える妹が増えたら 作:りんごりら
トマ視点
パチパチと焚き火が鳴る音が聞こえた。
素肌にさらさらで柔らかい、良質な毛布の感触を覚える。
誰かがかけてくれたのだろうか。
でもこんな良い素材の毛布なんてあっただろうか。
そうして意識が覚醒した瞬間、身の毛もよだつ恐怖に襲われた。
「起きたか、トマ・グレイラット」
焚き火を挟んだ向かいに座っているのは、銀髪に三白眼の白コートの男。
七代列強第2位 龍神オルステッドだ。
オルステッドから浴びせられるプレッシャーに耐えながら、周りを確認しにいさま達が無事か確認する。
しかし、オルステッド横に座る仮面の女以外、他の人間は見つからなかった。
わたしは最悪の事態を想像してしまう。
もしも、もしかしてだけど、みんなアイツに殺された……?
一人一人、腹を貫かれ首を落とされて。
そんなわけない!
わたしが生きているのがみんなが生きてる証拠だ。
絶対に死んでない、死んでない!
わたしはみんなと合流する!
「無為転変……へんせ…つ……ぅ?」
重い体を無理矢理動かし、立ち上がって遍殺即霊体に成ろうとしたら膝から崩れ落ちて、女の子座りになった。
なっなんで……
息が苦しい……重い体がさらに重く、力が入らない。
「当然だ、魔力が枯渇しているのに無理矢理使えばそうなろう」
魔力が枯渇している……?
わたしがいつもと違うのは、だるい体と真っ白になった髪。
これが魔力切れの状態なのか。
幸い、自分の変形は魔力消費が自己補完の範疇でできるが、それをやってるといつまで経っても魔力が回復しない。
くそっ!
これじゃ逃げられない。
せめて、オルステッドを睨み付ける。
「お前に質問がある。正直に答えろ」
「……………………質問?」
お前に情報を渡すわけがないだろう。
しかし、今は時間を稼がないと。
「その力はいつ手に入れた?生まれた時からあったものか?」
「……なんのこと?」
「惚けるな、俺の右腕を破裂させた力の事だ」
「…………………………!」
オルステッドをジロジロ見ていたら、重要な事に気づいた。
コートで分かりにくくなっているが、右腕がない。
無為転変で完全に変形できたのだろう。
治癒魔術じゃそれは治らない。
そうか。
わたしを攫った理由は、右腕を治させるためか。
弱みを掴んだ、これならわたしも強く出られる。
不格好に不敵な笑みを浮かべ、オルステッドに交渉する。
「にいさま達の安否、場所を教えたら答えてあげる」
「今は俺が質問をしている」
「あなたがそんな態度なら、その右腕を治さないよ」
オルステッドが押し黙る。
「その傷はわたし以外には治せない。あなたはわたしに対して絶対的に強い立場である訳じゃない」
「む…………」
「にいさま達の安否を教えて」
オルステッドの眉間が狭まる。
威圧感が強くなり、今すぐここから逃げたくなる。
炎の先に座るオルステッドを怖くて見たくない。
太ももをギュっと閉じて、震えを収めようと努力する。
わかってる。
オルステッドが右腕を諦めれば、わたしなんてすぐ殺せる。
魂を直接切断、攻撃できるオルステッドは、わたしを簡単に殺せる唯一のバケモノだ。
息を深く吐いて、オルステッドの返事を待つ。
パチパチと薪が燃える音しか聞こえなくなる。
仮面の女が僅かに身動ぎした。
濃密な緊張感が空間を支配する中、オルステッドが口を開いた。
「ルーデウス・グレイラット、エリス・ボレアス・グレイラット、ルイジェルド・スペルディア、全員生きている」
「っ!みんな……!」
「だが」
喜んだのも束の間、オルステッドは言った。
「お前が俺の質問に答えず、かつ右腕を治さないのであれば、ルーデウス・グレイラットを殺す」
「ちょっと……」
時が止まったような錯覚に陥った。
仮面の女がオルステッドに抗議している。
でもそんなのどうでもいい。
わたしがオルステッドに従わないと、にいさまが殺される。
エリスさんやルイジェルドさんを殺すと言わず、実際に命を狙ったにいさまだけを殺すと言ったのだ。
だからこれは、苦し紛れの脅しじゃない。
本当ににいさまを殺すつもりだ。
…だめ……絶対に、それだけは……
「……わ、わかった……わかり、ました……にいさまを、殺さないでください。お願いします。殺さないで……」
頭を下げて、必死に、縋るように答える。
いつの間にか零れた涙と、炎の陽炎でオルステッドの顔が見えない。
「お前が俺の言った事を守る限り、ルーデウス・グレイラットは殺さん」
「はい……わかりました……」
「その力はいつ手に入れた?どんな力だ?」
「この力……無為転変は、体に刻まれた術式に魔力を流すと使えます……掌で相手に触れて、さらに右目の魔眼で魂を知覚すると、その形状を変形させられます…」
「ふむ、ではなぜ肉体は変形した?」
「肉体は魂の形に引っ張られます。わたしは魂を弄ることで、臓器や骨を作って治療したり翼を生やしたりしてました…」
「俺の右腕はなぜ治らん?」
「あなたの魂を弄って、右腕を破裂するような形にしているからです…」
「ふむ……」
顔を上げられない。
機嫌を損ねたらにいさまが殺される。
でも、これを先に言っとかないと。後から聞かれたときに言うよりマシだ。
「あの……」
「うん?なんだ」
「その……あなたの魂は特別で、魔力みたいなもので覆われていて変形させ辛いんです。だから、
「つまり、魔力が回復するまで俺の右腕は治らんというわけか」
「………………はい」
震えながら返事をする。
「多めに見積もって、お前の魔力が完全に回復するには10日かかるだろう。その間、ここに留まる事はできん。お前もついて来てもらうぞ」
「え……それって、治療終わったらみんなの所に行ってもいいってことですか?」
「あぁ、条件はあるが、いいだろう」
やった!……でも、なんで?
わたしを返す意味はあるのか?
いや、そうか。
たぶんオルステッドは治療終わった瞬間にわたしを殺すつもりなんだろう。
だからそれまでわたしを従わせるため、耳のいい言葉を話した。
わたしの余命は10日になってしまった。
まぁ、にいさまが死ぬよりいいや。
…………やっぱり死にたくない。
その後、オルステッドに色々聞かれた。
主ににいさまの事で、他はわたしの家族の安否。
特にノルンとアイシャの無事を詳しく聞かれた。
そもそもなんでノルン達の事を知ってるんだ。
そして最後、ついでの確認のように軽く聞かれた。
「そうだ、お前、ヒトガミを知っているか?」
来た。
嘘つきたいごまかしたい。
けれど、正直に答えないとにいさまが殺される。
バクバクと警鐘を鳴らす心臓を抑えて、言った。
「はい」
オルステッドは眉を上げて驚いた。
それも束の間、わたしにゆっくり近づいてきて、目の前にしゃがみこまれた。
ここまでくるともう恐怖より諦念の方が強い。
さようなら、みんな大好きだったよ。
「ヒトガミに何を吹き込まれた?」
「……その、覚えてなくて」
「嘘をつくのか?兄はどうでもいいのか?」
「ひっ!違うんです!ヒトガミ様わたしに怒っちゃって、というか焦ってて早口で言われたから覚え辛かったんです!」
「焦った?ヤツがお前に?」
オルステッドは近づけていた顔を引いて、顎に手を当てた。
「その、ヒトガミ様の」
「様をつけるな。不愉快だ」
「はっはい。……ヒトガミのいる白い空間って、魂に限りなく近い組成でできていたんです。だからそこで無為転変を使ったらボコボコって地面を変形できて、そしたらヒトガミが大慌てしてました」
「そうか……ふっ」
オルステッドは耐えきれないという感じで、凶悪な笑みを浮かべた。
そして、値踏みするような目でわたしを見つめる。
この人、そんなにヒトガミが嫌いなんだ。
実はわたしも嫌いなんですーって言ったら見逃して貰えないかな。
「お前は人族だが、無為転変で寿命を延ばせるんじゃないか?」
「たぶん、出来ます。後、老化も対処できると思います」
「えっ!それ本当!?」
仮面の女が突然立ち上がり、わたしを見つめた。
この人はよくわからない。
オルステッドの横にいるし、娘か?
全然似てないけど。
「本当です」
「なら、魔術が使えない人を使えるようにできたりするの?」
「魔術が使えない?うーん、脳を弄って魔力を無理矢理使わせる事は出来ましたが、魔術を使わせた事はないです」
「…………そう」
女は明らかに気落ちした様子で、座り込んだ。
察するに、この人は魔術を使えない。
詠唱すれば勝手に発動するのに、それすらできないってことだろう。
つまり魔力がほぼないんじゃなかろうか。
呪子なのかな。
仮面の女はナナホシというらしい。
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翌朝、わたしはナナホシの後ろに隠れながら先頭を歩くオルステッドに話しかける。
昨日はよく眠れなかった。
「オルステッド様、魔力切れで歩くのが辛いので魔獣を捕まえてきてもいいですか?」
「俺が担いでやろう」
「えっ!?いや、そんな……恐れ多いです」
この距離でももう怖いのに、担がれたら失神しそう。
というか急に距離を詰めてきたな。
脅されてる時点でこの人あんまり好きじゃないのに。
「そうか、少し待っていろ」
オルステッドは懐から魔道具を出し、森の中へ入っていった。
あの人も離れたことでやっと戦慄が収まって、疲れから溜め息が出た。
昨日の尋問からアイツはわたしに利用価値を見いだしていることがわかった。
9日後、大人しくにいさま達の所へ返してくれるかは微妙な所だ。
少なくとも、殺されることはなくなったと思うけど。
「戻ったぞ、これでいいか?」
オルステッドは四足歩行の魔獣を左手で担いできた。
魔獣は眠っている。
おやすみ中のヤツをかっさらって来たのか。
わたしみたいに。
「あっありがとう、ございます……無為転変」
地面に置かれた魔獣に右の掌で触れて、魂の形状を変形する。
揺れを小さくするために腕を太く、背中に背もたれ、脳を弄って命令を聞くように。
この程度なら5秒くらいで出来るようなったな。
改造魔獣に跨がって、オルステッドの後をついていく。
どこに向かっているのか知らないが、9日でアスラから離れる距離はたかが知れてるだろう。
無言のまま、岩の道を歩く。
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この数日、オルステッドの様子を観察していた。
と、同時に無為転変の詳細を知られてしまった。
夜になると毎回、オルステッドの見ている前で指定された生物を弄らされた。
初めは動物や魔獣だったが、人が出てきた時は驚いた。
たぶん、ヒトガミの使徒というやつだろう。
オルステッドはともかく、ナナホシの好感度を少しでも上げるため料理を振る舞った。
無為転変によって骨は無くなり身が引き締まった良質な魚だ。
彼女はぱくりと一口食べると目を見開いて驚いた。
そしていつもより早いペースで食べ終わり、わたしは料理担当になった。
後3日だけだけど。
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10日経った。
今日はオルステッドの右腕を治す日だ。
岩壁で囲まれた谷の中、オルステッドと向かい合っている。
ナナホシは離れた小岩に座っている。
目を閉じて、掌で顔を覆って視界を無くす。
自分の魂だけに集中する。
わたしの魂の本質、本当の形を理解する。
「無為転変・遍殺即霊体」
根本が金色になってきた白髪が、くすんだ水色に変わる。
全身にツギハギが走って、気分が高揚する。
「成れたか?」
「はい、魔力も完全に回復しました」
「ならば、治して貰おうか。終わったらルーデウス・グレイラットに会いに行っていい。だが、条件は忘れてないな?」
「えっと、月に一回、オルステッド様へにいさまの様子や近況を手紙で伝える。伝え方は冒険者ギルドに手紙を渡すこと。
無為転変でわたしの寿命を延ばすことと、オルステッド様の命令に従うこと。
ヒトガミの夢をみたら殺しにいくこと。
これを守っている限り、にいさまに手は出さないし、むしろ協力してくれる……で合ってますか?」
「あぁ。まぁ、夢にヒトガミはどうせ来ないだろう。ヤツの性格は、よく知っている」
「そうなんですか……じゃあ、治しますね」
オルステッドの左手に触れて、握手する。
「無為転変」
術式にさらに魔力を流し、魂を変形させる。
やっぱり魔力?で覆われていてめっちゃ硬い。
それでもやらなきゃいけないので、もっと魔力を注ぎ込んだ。
オルステッドの右腕が、盛り上がるようにボコボコと生えてきた。
オルステッドは右腕をブンブンと振り回し、状態を確認する。
しばらく動かして満足いったのか、背を向けてナナホシを呼んだ。
「条件を忘れるな」
そう言って、オルステッドは歩き出した。
わたしはペタンと座り込んで、やっと、背筋がゾワゾワする感覚から解放された。
とりあえず、赤竜捕まえて改造しよう。
飛んで行けば、すぐににいさまに会えるよね。
「良かったの?連れてこなくて」
「あぁ、ああいう者は大切な者と近くにいるほうが命令に従う。加えて、ルーデウス・グレイラットの行動からヒトガミの考えが読めるだろう」
「そう…魚、美味しかったな」