カチャン、と。
背後から何かの割れる音がして、少女は振り返った。
どうなら壁の向こう側らしい。
客間のソファから腰を上げて、荷物はそのままに、部屋を出る。廊下では冷えた雨が割れ窓から入り込み、暗がりに滴が落ちていた。
音がしたはずのダイニングの扉に手を伸ばすと、触れる直前、音もなく少し開いた。多少躊躇したようだが、それでも扉を開けて踏み入る。
吊り照明が耳障りな音を立てて揺れていた。
少女は食卓から落ちたらしい食器を見つける。
すべての家具が埃被って変色している中で、異常なほど綺麗な真白の断面。今さっき落ちたらしい、と分かってしまうほどには聡明だったようだ。
所在なさげにダイニングを見回し、食卓の下を覗き、誰もいないことの確認が終わって安堵する。――直後、開いたままにしていた扉が閉まった。
「ひぅっ」
何かがいる。
後退り、壁に背中を預けた。
部屋の外にいると綺麗さっぱり判断することはできない。が、客間に残していた荷物が気になるらしい。
戻ろうと歩き出した少女の背後で、また一つ食器が落ちた。
振り返って視界に収めつつ、しかしもはや確認するだけの余裕がない。一刻も早く落ち着ける場所に行きたい。そんな感情がありありと顔に出ている。
ドアノブに手をかけ、回らない。
鍵穴があるわけでもない扉が開かなかった。
勝手に開いたのは招いていたから。今動かないのは、この部屋に閉じ込めるため。
ドン、と鈍い音がした。
部屋のどこかから、原因は不明。
少女はパニックになりかけている。
荒れ果てた洋館で閉じ込められた上、怪奇現象に見舞われているのだから、それも仕方のないことだ。
私は十分に満足し、天井からにゅっと少女の前に現れる。
何分初めてのポルターガイストであったので、感想が聞きたい。
しかし、そういえば私には口などついていないのだった。どうやって話しかけたものかと近付けば、彼女は扉に背を預けたままへたり込んでしまった。
どこか調子が悪いのか、それとも腰が抜けてしまったのか。
とりあえず「立てますか?」の代わりに手を伸ばすと、何故だか少女は倒れてしまった。
今思い至ったのだが、半透明な幽霊の姿で近寄ると怖がらせてしまうのではないだろうか。まあいい。少女はダイニングが苦手になっただろうし、客間の方へ運んで寝かせよう。
そう考えて少女に触れると、直感的に、侵入できることを理解した。どうやら意識を失っている相手を乗っ取ることができるらしい。
うーん。こんな機会はそうないだろうし、試しに入ってみようか。断りもなく入ってしまうのは失礼に感じたが、良心が取っ払われているせいか、止まるほどの理由には思えなかった。
動き慣れた肉体の感覚である。
雨で暖房もないのにやたら暖かいなあ、と思ったら失禁していたからだった。
処理するのも面倒に感じたのでそのまま動き回ることにする。
まずはこの体でもポルターガイストが起こせるのか試した所、床の食器を持ち上げることができた。
悪戯の最中に気づいたのだが、どうやら半透明の体で触れなくても物を動かすことはできるらしい。
ただ操っていられるのはごく短時間で、投げることや落とすことはできても持ち運ぶことは難しかった。まあ、それに関しては半透明の体が役に立つ。
他には、と歩いていると、足に違和感を覚えた。
どうやら割れた窓の破片を踏んで切ってしまったらしい。
処置する知識がないのでそのままにした。この屋敷にスリッパなどという高級品はない。
風呂は動かせないし、食べるものもない。
しかし人間の体を借りているのだから、人間らしいことがしたい。
消去法で寝てみることにした。体をポルターガイストで短時間持ち上げ、二階のまだ入ったことのなかった部屋を訪れる。
やはり、寝室はこの部屋だったらしい。
ふう。
これからどうしようか。
それは少女との意思疎通を図ってから考えることにしよう。
館の主人の日記は日本語で書かれていたし、筆談は可能なはずだ。
問題は好き勝手に悪戯した挙句に体を乗っ取った件だが、その不安を解決するためにこの寝室まで運んだのだ。
階段が崩壊しているから少女が怪我無く一階に降りるためには私のポルターガイストが必要になる。これを交渉材料にすれば何とかなると考えたい。
本当なら悪戯のステップを踏むつもりなどなかったのだが、本能のような欲求に突き動かされてしまったので仕方ない。必要な犠牲だった。
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