Identity.   作:安眠一兎

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EP11 敵地歓待! 今日はただのお客様

 異変は、能力が消えたことで分かったのではなかった。

 

 力は、確かにそこにある。

 

 手を伸ばせば届くし、意識を向ければ反応も返る。ただ、いつもなら自分の指先と同じくらい自然に扱えるはずのものが、今日はひどく鈍く、重く、まるで泥の底へ腕を突っ込んで無理やり動かしているような感覚に変わっていた。

 

 真木司郎は、その不快さに眉を寄せる。

 

 

「……ジャミングか」

 

 

 低く呟いた声が、人気のない倉庫街へ吸い込まれていく。

 

 周囲には古い港湾設備、コンテナ、資材置き場、放置されたフォークリフト。

 

 人目が少なく、超能力者を狙うには都合がいい。

 

 相手も、それをよく分かっていたらしい。

 

 

「能力に頼りきった化け物が!」

 

 

 銃声。

 

 真木が身を捻る。

 

 肩口を弾丸が掠め、その背後で金属板が乾いた音を立てた。

 

 能力を封じてから、普通の武器で殺す。

 

 単純だが、だからこそ厄介だった。

 

 ジャマーは一基ではない。

 

 固定式、携行式、複数。

 

 能力者を「弱くする」以上に、普段の感覚そのものを狂わせるための配置。

 

 真木は炭素繊維を伸ばす。

 

 しかし、遅い。

 

 普段なら相手が引き金を引くより先に絡め取れるはずのそれが、今日は途中で僅かに軌道を乱した。

 

 

「っ……」

 

「ほら見ろ! 能力がなきゃ――」

 

「伏せたまえ」

 

 

 突然、別の声がした。

 

 真木が反射的に身を落とす。

 

 次の瞬間。

 

 銃を構えていた男たちが、一斉に別方向を向いた。

 

 

「どこだ!?」

 

「今そこに――!」

 

「右だ!」

 

「いや左だ!」

 

 誰も同じ場所を見ていない。

 

 その混乱の中を、一人の女が歩いてくる。

 

 銀白色の髪。

 

 白を基調とした装い。

 

 金と赤の装飾。

 

 手袋。

 

 真木は僅かに目を細めた。

 

 

「……空蝉管理官」

 

「随分な顔だね、真木君」

 

 

 空蝉は足を止めない。

 

 男の一人が銃を向ける。

 

 その銃口が、ほんの少しだけ逸れた。

 

 発砲。

 

 弾丸は空蝉の横を抜ける。

 

 空蝉は首を傾けた程度だった。

 

 

「ジャマーがあります」

 

「見れば分かるよ」

 

「そうではなく」

 

「私も影響は受けているからね」

 

 

 さらりと言う。

 

 真木は少しだけ黙った。

 

 

「……そうは見えませんが」

 

「本当だよ。相性と強度の問題かな」

 

 

 二発目。

 

 空蝉は半歩ずれる。

 

 三発目。

 

 身体を傾ける。

 

 四発目。

 

 撃たれる前に、既に射線から外れていた。

 

 

「痛いのは君達の装置のせいだからね」

 

 

 空蝉は男の懐へ入る。

 

 手首には触れない。

 

 銃身を手袋越しに押し上げ、足を払う。

 

 男が呻き声をあげて倒れる。

 

 

「普段より少し面倒だよ」

 

 

 真木は炭素繊維を伸ばし、別の一人を拘束した。

 

 

「……それで少しですか」

 

「年寄りは小技が増えるものだ」

 

「その小技があれば、我々も楽になるのですが」

 

 

 空蝉が少し笑う。

 

 

「真面目だね、真木君」

 

「あなたに言われると腹が立ちますね」

 

「血気盛んだね」

 

 

 その後は、早かった。

 

 空蝉が視線をずらす。

 

 真木が拘束する。

 

 真木が死角を塞ぐ。

 

 空蝉が衝撃波を叩き込む。

 

 相談などしていない。

 

 ただ、互いに古くから超能力戦闘を知っている者特有の、余計な説明を必要としない噛み合い方があった。

 

 

「右」

 

「見えています」

 

「後ろ」

 

「分かっています」

 

「では前」

 

「多い!」

 

「人気者だね」

 

「手を動かしてください!」

 

 

 最後の一人が倒れた頃には、真木の呼吸は少し荒くなっていた。

 

 空蝉は周囲を見回し、拘束された男たちを確認する。

 

 

「死者なし」

 

「当然でしょう」

 

「結構、私の部下に欲しいくらいだ」

 

 

 その言い方が、いちいち上から目線なのが少し腹立たしい。

 

 だが、助けられたのも事実であるため、あまり雑な対応もできなかった。

 

 真木にとって空蝉は、決して味方ではない。

 

 B.A.B.E.L.の人間であり、状況次第では自分たちを拘束しに来る側でもある。

 

 ただ、それだけで切って捨てるには付き合いが長すぎた。

 

 少佐との妙な縁も知っている。

 

 自分自身、今日こうして助けられている。

 

 過去を遡れば、借りが一つや二つという話でもない。

 

 だから扱いに困るのだ。

 

 敵なら敵らしくしてくれた方が、まだ楽なのだが。

 

 

 

 

 ECMを停止させると、直ぐに違和感が取れた。

 

 真木は軽く手を握る。

 

 炭素繊維が素直に応じる。

 

 

「……戻りましたね」

 

「良かったじゃないか」

 

 

 空蝉は既に、倒れた男たちの装備を確認している。

 

 

「あなたは何故ここに?」

 

「仕事だよ」

 

「B.A.B.E.L.も追っていたんですか」

 

「ああ。普通の人々が大量に廉価品のECMを生産しているという話が出てね」

 

「それで管理官の立場の者が一人で?」

 

「君に言われたくないな、幹部だろう?」

 

「……」

 

 

 真木は黙る。

 

 空蝉がこちらを見る。

 

 

「ほら」

 

「何です」

 

「似た者同士だ」

 

「やめてください」

 

 

 即答だった。

 

 

「そこまで拒否しなくてもいいのではないかね?」

 

「あなたや少佐と同類扱いされるのは、少々」

 

「私としても兵部君と同類項で括られるのはごめんだ」

 

「なら言わないでください」

 

 

 遠くからサイレンが聞こえ始めた。

 

 真木が空を見る。

 

 

「では、私は戻ります」

 

「兵部君のところへ?」

 

「そうですが」

 

「丁度いい」

 

 

 嫌な予感がした。

 

 

「……何がです?」

 

「土産を買っていこう」

 

 

 真木は黙った。

 

 

「聞こえなかったかね」

 

「聞こえています」

 

「では」

 

「意味が分かりません」

 

「兵部君のところへ行くなら、手ぶらも何だろう」

 

「何故あなたが来る前提なんです?」

 

「駄目かね?」

 

「駄目というか……」

 

 

 真木は言葉を選んだ。

 

 

「普通は犯罪組織の拠点に公的機関の幹部は単身来ないでしょう」

 

「私は普通ではないのでね」

 

「それを便利に使わないでください」

 

「では行こう」

 

「待ってください」

 

 

 空蝉はもう歩いている。

 

 

「空蝉管理官」

 

「うん?」

 

「私には報告が」

 

「壊滅させたんだ、後でもいいだろう?」

 

「何故あなたの買い物予定に私が合わせるんです?」

 

「詳しい人がいた方が便利だからね」

 

「何にです」

 

「皆の好み」

 

 

 真木は眉を寄せた。

 

 

「……皆?」

 

「P.A.N.D.R.A.には兵部君しかいないのかね?」

 

「そういうことはありませんが」

 

「なら問題ない」

 

「問題しかありません」

 

 

 空蝉は満足そうに頷いた。

 

 

「元気だね、真木君」

 

「誰のせいだと思ってるんですか」

 

 

 

 

 一時間後。

 

 真木司郎は百貨店の洋菓子売り場にいた。

 

 人生には、何故こうなったのか分からない時間というものがある。

 

 今がそうだった。

 

 

「真木君」

 

「何です?」

 

「紅葉君は甘いものは?」

 

「食べます」

 

「好みは?」

 

「甘すぎなければ大体」

 

「なるほど」

 

 

 空蝉が焼き菓子の箱を見る。

 

 

「これなら人数も足りるかな」

 

「そのくらいなら」

 

「澪君たちは?」

 

「果物系なら喜ぶと思いますよ」

 

「ではそちらも」

 

「……買いすぎでは?」

 

「人数が正確に分からないのでね」

 

「本当に来る気なんですね」

 

「ここまで来て今さらだろう?」

 

 

 真木はため息をついた。

 

 

「少佐の分はどうされるんです?」

 

「兵部君?」

 

「あの方も一応、皆に含まれるのでは」

 

「別にいらないだろう」

 

「待ってください」

 

「何かな」

 

「今まで何のために買っていたんです」

 

「皆への土産だよ」

 

「ですから、少佐も」

 

「……」

 

 

 空蝉は少し考えた。

 

 それから洋菓子売り場を離れる。

 

 

「どちらへ?」

 

「兵部君の分」

 

「ここでいいでしょう」

 

「高い」

 

「他の構成員には買ったじゃないですか」

 

「兵部君だよ?」

 

「理由になっていません」

 

  

 

 

 最終的に。

 

 空蝉が兵部用として選んだのは、三角形の米菓が入った、どこの店でも買えそうな大袋だった。

 

 真木はそれを見る。

 

 空蝉を見る。

 

 

「……」

 

「何かな」

 

「今までの選定基準はどこへ行ったんです?」

 

「あるよ」

 

「どこに」

 

「兵部君ならこれで十分、という基準」

 

「それは基準ですか?」

 

「明確だろう」

 

「私は止めましたからね」

 

「うん」

 

「本当に止めましたよ」

 

「分かっているよ」

 

 

 空蝉はそのまま籠へ入れる。

 

 

「なら真木君は止められなかった」

 

「責任を押し付けないでください」

 

 

 

 

 P.A.N.D.R.A.の本拠地は、少なくとも外から見れば、誰かが気軽に菓子折りを持って遊びに来るような場所ではなかった。

 

 人目を避けた立地。

 

 重い扉。

 

 複数の警戒線。

 

 内部には能力者だけでなく、監視、通信、情報処理を担当する構成員が配置され、通路の奥では武装した者たちが静かに行き交っている。

 

 兵部京介という男が率いる共同体であると同時に。

 

 明確な目的と戦力を持つ組織。

 

 その空気には、国家機関とは違う種類の統制があった。

 

 大袈裟でもなんでもなく、マフィアの拠点なのだから。

 

 

「随分と厳重になったね」

 

「犯罪組織の拠点ですから」

 

「もう少し砕けてくれてもいいんだよ?」

 

「貴女は面倒な立場ですから」

 

「助けたのに」

 

「それとこれは別です」

 

「律儀だなあ」

 

「あなた程ではありません」

 

 

 真木が先に進む。

 

 空蝉は大量の紙袋を持って、その後ろを歩く。

 

 途中。

 

 若い見張りがこちらに気づいた。

 

 

「真木さん」

 

「どうした」

 

「その人……」

 

 空蝉を見る。

 

「B.A.B.E.L.の管理官ですよね?」

 

「ああ」

 

 

 空蝉が自分で答えた。

 

 

「何あっさり認めてんだゴラァ!」

 

「事実なのでね」

 

「真木さん!」

 

「この方だが、今日は客だ」

 

「客!?」

 

「通してくれ」

 

「いやでも、武器は――」

 

「持っているよ」

 

 

 空蝉。

 

 

「……預かっても?」

 

「嫌だね」

 

「え」

 

「そのまま通せ」

 

「真木さん!?」

 

 

 見張りの青年が混乱している。

 

 空蝉は少し楽しそうだった。

 

     

 

 

 中へ入ると。

 

 空気が少し変わった。

 

「あら」

 

 

 最初に気づいたのは紅葉だった。

 

 

「空蝉じゃない」

 

「久しぶりだね、紅葉君」

 

「今日は何持ってきたの?」

 

「挨拶より先にそこかね」

 

「あんた手ぶらで来たことないでしょう?」

 

「信用されているようで何よりだ」

 

「お菓子に関しては特にね」

 

 

 それを聞きつけた女性構成員が何人か寄ってくる。

 

 

「今日もあるんですか?」

 

「人数分はあると思うよ」

 

「やった」

 

「前の焼き菓子、美味しかったです」

 

「そうかね。なら次も覚えておこう」

 

「本当ですか?」

 

「もちろん」

 

 

 空蝉は普通に笑う。

 

 顔がいい。

 

 物腰も柔らかい。

 

 女性相手に妙な下心もない。

 

 しかも来る度に、甘味を中心とした気の利いた土産を持ってくる。

 

 女性陣からの評価が悪くなる理由がなかった。

 

 紅葉が空蝉の腕を取ろうとする。

 

 空蝉は自然に半歩ずれた。

 

 あまりに自然なので、拒絶というより癖に見える。

 

 

「相変わらず触らせないのね」

 

「悪いね」

 

「別にいいけど」

 

 

 紅葉も慣れている。

 

 

「でもこっちは貰うわ」

 

「どうぞ」

 

 

 空蝉は紙袋を直接渡さず、一度近くのテーブルへ置いた。

 

 紅葉がそれを取る。

 

 その一連の動作にも、古参は誰も反応しなかった。

 

 若い構成員だけが、少し不思議そうに見ている。

 

 

 

 

「……何でいるの」

 

 

 騒ぎを聞きつけて兵部京介が姿を見せた。

 

 肩には桃太郎。

 

 兵部はまず真木を見る。

 

 次に空蝉を見る。

 

 最後に大量の紙袋。

 

 露骨に嫌そうな顔をする。

 

 

「やあ、兵部君」

 

「帰って」

 

「挨拶がそれかね」

 

「君がここにいる時点で嫌な予感しかしないんだけど」

 

「真木君を拾ったのでね」

 

「拾われていません」

 

 

 真木が即座に訂正した。

 

 

「助けていただいただけです」

 

「へえ」

 

 

 兵部が真木を一度見る。

 

 

「怪我は?」

 

「ありません」

 

「じゃあいいや」

 

 

 空蝉が呆れる。

 

 

「もう少し部下を心配したらどうだね」

 

「生きてるじゃない」

 

「因みに肩が軽傷だよ。気付かないとは薄情だね」

 

「真木は強い子だから」

 

「ちょっと好奇心旺盛でもあるのだろう」

 

「子供扱いしないでください」

 

 

 二人は、絶対に近づかない。

 

 十分な距離を取ったまま、口だけはよく動く。

 

 真木も紅葉も、もうそれを気にしない。

 

 昔からこうだ。

 

 互いを雑に扱う。

 

 気を遣わない。

 

 平然と貶す。

 

 それなのに、相手の癖や考え方は妙に知っている。

 

 そして。

 

 絶対に触れない。

 

 

「姐さん!」

 

 

 桃太郎だけが空蝉へ飛んでくる。

 

 

「やあ、桃太郎君」

 

「お土産ある?」

 

「君は相変わらず現金だね」

 

「ある?」

 

「あるよ」

 

「やった!」

 

 

 兵部が紙袋を見る。

 

 

「僕のは?」

 

「あるとも」

 

「へえ」

 

「これだ」

 

 

 空蝉が取り出した。

 

 三角形の米菓。

 

 大袋。

 

 沈黙。

 

 兵部がそれを見る。

 

 次に。

 

 紅葉や女性構成員たちが開け始めている、綺麗に包装された洋菓子の箱を見る。

 

 再び。

 

 米菓。

 

 

「……差別じゃない?」

 

「区別だよ」

 

「礼儀がなってないと思うんだけど」

 

 

 兵部が真木を見る。

 

 

「真木」

 

「私を見るのはやめてください」

 

「これ選んでる時、止めなかったの?」

 

「止めました」

 

「真木君は止めたよ」

 

「じゃあなんで買ったの」

 

「真木君は止められなかったんだよ」

 

「真木ィ」

 

「勘弁してください」

 

 

 桃太郎が袋を覗く。

 

 

「京介、いらないなら僕にちょうだい!」

 

「やだ」

 

「食べるの?」

 

「食べる」

 

「好みではあっただろう?」

 

「普通」

 

「美味しい?」

 

「普通」

 

「美味しいんだね」

 

「うるさい」

 

 

 紅葉が笑った。

 

 

「相変わらずねえ」

 

 

 真木も小さく息を吐く。

 

 

「ええ」

 

 

 若い構成員だけがついていけていなかった。

 

「……仲いいんですか?」

 

 

 二人の声が重なる。

 

 

「「よくない」」

 

 

 真木が目を閉じる。

 

 

「そういうところなんですが……」

 

 

 

 

 本拠の奥には、外の緊張感とは別の顔があった。

 

 情報交換をする構成員。

 

 装備の整備。

 

 ソファで休む若者。

 

 子供たち。

 

 そして一角には、小さなバーまである。

 

 グラスを磨いていたパティが、空蝉へ目を向けた。

 

 一度。

 

 二度。

 

 兵部を見る。

 

 また空蝉を見る。

 

 

「……」

 

「何かな」

 

 

 空蝉が聞く。

 

「いえ」

 

 

 パティの目が妙に真剣だった。

 

 

「随分熱心に見ているね」

 

「少し考えていまして」

 

「何を?」

 

「性別という概念について」

 

「急に哲学的だね」

 

 

 兵部が露骨に嫌な顔をする。

 

 

「考えなくていいよ」

 

「少佐」

 

「何」

 

「この方、精神的にはどちら寄りなんです?」

 

「僕に聞かないでよ」

 

 

 空蝉が首を傾げる。

 

 

「どちら、とは?」

 

 

 パティの目がさらに輝く。

 

 

「なるほど……!」

 

「何がだね」

 

 

 紅葉が横から空蝉へ囁く。

 

 

「気にしない方がいいわ」

 

「そうなのかね」

 

「ええ」

 

 兵部が頭を抱える。

 

 

「嫌な予感しかしない」

 

 

 真木も少し離れたところで、

 

 

「私もです」

 

 

とだけ答えた。

 

 パティは何かを強く納得した顔で、再びグラスを磨き始めた。

 

 空蝉には最後まで意味が分からなかった。

 

 

 

 

 少し離れたところでは。

 

 

「なあ」

 

 

 若い男性構成員が、真木へ小声で聞く。

 

 

「あの人、本当に安全なんですか?」

 

 

 真木は少し考えた。

 

 

「安全かどうか、と言われると……」

 

「言われると?」

 

「難しいな」

 

「え?」

 

 

 紅葉も菓子を食べながら言う。

 

 

「でも今日は大丈夫よ」

 

「その“今日は”って何なんですか!?」

 

「今日は客って自己申告してたし」

 

 

 空蝉が横から答える。

 

 

「自己申告を信じるので?」

 

「事実なのでね」

 

「でもB.A.B.E.L.ですよね?」

 

「ああ」

 

「敵じゃないんですか?」

 

「場合による」

 

 

 空蝉。

 

 

「は?」

 

 

 兵部が米菓を齧りながら続ける。

 

 

「場合によるよ」

 

「少佐まで!?」

 

「敵なら本人が先に言うから」

 

 

 若者は空蝉を見る。

 

 

「それ信用していいんですか?」

 

「その程度の信用はあるさ」

 

 

 兵部は何でもないことのように答えた。

 

 空蝉が少しだけ兵部を見る。

 

 

「随分な信頼だね」

 

「違うよ」

 

「では?」

 

「君、そういう面倒なところだけ律儀だから」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

「褒めてない」

 

「知っているとも」

 

 

 

 

 空蝉は結局、そのまま居座った。

 

 紅葉から茶を貰い。

 

 女性陣から菓子の感想を聞き。

 

 桃太郎と話し。

 

 そして。

 

 時々、黙って周囲を見る。

 

 若い能力者。

 

 子供。

 

 大人。

 

 笑っている者。

 

 騒いでいる者。

 

 組織の空気は、確かに危うい。

 

 兵部京介という一人の男を中心に作られた、強い求心力を持つ集団。

 

 外から見れば、十分に危険な組織だ。

 

 だが、ここに居場所を得た者がいる。

 

 それも事実だった。

 

 

「……何よ」

 

 

 澪が気づく。

 

 

「さっきから見てるけど」

 

「いや」

 

「何?」

 

「元気そうで何よりだと思ってね」

 

「初対面でしょ?」

 

「そうだね」

 

「じゃあ何でそんな言い方するのよ」

 

「元気なのは良いことだろう?」

 

「意味分かんない」

 

「よく言われる」

 

 

 澪は少し怪訝な顔をして離れていった。

 

 空蝉は追わない。

 

 兵部だけが、その様子を横から見ていた。

 

 

「気になる?」

 

「何がだね」

 

「別に」

 

「君も最近それが多いな」

 

「誰と間違えてるの?」

 

「老人は記憶が曖昧でね」

 

「若作りしといてよく言うよ」

 

「君にだけは言われたくないね」

 

 

 空蝉は茶を飲む。

 

 そして。

 

 部屋をもう一度見た。

 

「まあ」

 

「何?」

 

「悪くはないと思うよ」

 

「何が?」

 

「ここ」

 

 

 兵部の目が少しだけ動く。

 

 

「……へえ」

 

「君にしては」

 

「最後いらないよね」

 

「重要だよ」

 

「普通に褒められないの?」

 

「嫌だね」

 

「僕も君に褒められたくないけど」

 

「なら問題ないだろう」

 

 

 少し間

 

 

「でも」

 

 

 兵部が言う。

 

 

「君ならもっと上手くやるって?」

 

 

 空蝉はしばらく考えた。

 

 

「違うね」

 

「へえ」

 

「私は私のやり方しかできない」

 

 

 部屋の向こうで、誰かが笑っている。

 

 別の誰かが、残り少ない菓子を奪い合っている。

 

 

「君は君のやり方をした」

 

 

 空蝉はその様子を見る。

 

 

「それで、ここにいる連中が今こうしているなら」

 

 

 ほんの少しだけ。

 

 声が柔らかくなる。

 

 

「それでいいんじゃないかな」

 

 

 兵部はしばらく何も言わなかった。

 

 それから。

 

 

「気持ち悪い」

 

「何がだね」

 

「君が素直に褒めるの」

 

「では訂正しよう」

 

「うん」

 

「君にしては上出来だ」

 

「帰れ」

 

「土産を食べ終わってからにするよ」

 

「僕の家なんだけど」

 

「知っているとも」

 

 

 紅葉が遠くで笑った。

 

 真木ももう止めなかった。

 

 この二人がこうなることを、昔から知っている。

 

 互いを褒めれば気味悪がり。

 

 気に入らないところは平然と罵り。

 

 敵になる日があることも知っているくせに、敵でない日はこうして同じ場所にいる。

 

 そのくせ隣には座らない。

 

 物を渡す時ですら、必ず一度どこかへ置く。

 

 互いの手が触れない距離だけは、何十年経っても妙に正確だった。

 

 若い構成員の一人が、それを見て首を傾げる。

 

 

「少佐」

 

「何?」

 

「結局、その人って味方なんですか?」

 

 

 兵部は米菓を齧った。

 

 空蝉も茶を飲む。

 

 

「さあ?」

 

 

 兵部が答える。

 

 

「場合によるよ」

 

「は?」

 

 

 若者が空蝉を見る。

 

 

「あなたは?」

 

「同じだね」

 

「余計分かんねぇよ!」

 

 

 二人は互いを見る。

 

 ほんの一瞬。

 

 そして同時に、露骨に嫌そうな顔をした。

 

 

「真似しないでくれる?」

 

「君こそ」

 

「ほら! やっぱ仲いいだろ!」

 

「「よくない」」

 

 

 また声が重なった。

 

 今度は紅葉だけでなく、真木まで少し笑った。

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