呪術廻戦に八百年余りを生きる呪術師が紛れ込む話 作:死者誤入
呪装術式。
そう呼ばれる類の術式がある。
取り込んだ呪霊を素材とし、自身に合う装備を生み出す術式である。
古くは平安、そのさらに昔から、合戦を生業とする武士にそれは強く顕れた。
戦場での血と糞と怨みを纏い、纏いてそれでもなお己足らんとするものに、それは後天的に付与される。
まるでそれが、術式保有者が殺してきた者達、あるいは敵によって殺されていった仲間達によって塗りたくられた呪いだとでもいうように。
呪装術式は発現者に家系の血を求めない。必要とされるのは狂気的な死と血の香りである。それさえ満たしてしまえば、術式を持たないただ人にさえ術式が顕現しうる。
童が泥水で遊び泥団子の出来を競う傍らで、水の代わりに血で遊び、泥の代わりに糞と血とがいり混じった溜池に飛び込み、余興の果て菓子を食らう代わりに、果てた者の肉を食らう。
そう言う者が発現する。
そんな術式であるから、通常の呪術師には術者まるごと忌避もされる。呪術師、というある種の、運気損気、精神に強く関わる生き様をする者たちだからこそ、そういった悍ましい成り立ちのものを遠ざけた。
とはいえ、有用なものは有用であり、ほそぼそと世界に居残り続けたのが呪装という術式の成り立ちと継続の一部である。真改が持つそれとは別種の、しかし近しい力をもつ、彼の術式の土台、あるいは苗床となった術式の。
真改のそれは呪装術式ではない。かつてはそうだったが、いまはもはや影も形も違うものへと変容している。
あるいはそれが呪装という術式の至るべきところだったのかもしれないし、真改という特殊な性癖と精神性が生み出した狂気の果ての姿だったのかもしれない。
かつて世界に在った呪装術式は真改の手により進化していた。より悍ましく、より凄惨に、より血と穢れとをともなって。
呪装術式は呪霊を用いて武器を生み出し纏うといういわば単純な術式にすぎない。呪霊を己が肉とすることなど出来ないし、取り込んだ人と呪霊を交配させて子を成させることも、己の意識を宿した分身体として育てた呪霊を分離させることも出来ない。
そもそも、人間など取り込めもしない。
だが真改がその魂に宿す術式は、狂ってしまった呪装術式――
呪装術式はあくまでも呪霊を装備する術式でしか無い。いくら鉄の針金でもってして、肉と刀とを引っ付けようとも、結局は違う物体、触媒するものが外れれば用意に離れる。
呪霊を己が肉の延長線として扱い、人と呪霊を交わらせ子を成させ、産み出した"それ"を己が分体としてしかし同時に自分の体として認識し存在できる。
たとえば蟲玉そのものを己とし、しかし蟲をまた個別に己として存在できる。
それが彼の術式だった。
「――それが
漏瑚達に語っていた化物は揚々とそう言った。
漏瑚は今度こそ言葉が出てこなった。今の言葉を信じるならば滅ぼすなどおよそ不可能だ。目の前に在るものでさえ本体としては不確かということにほかならない。
幾度殺そうと穢そうとも貶めようとも、肉の欠片の一つでも残してしまえばそこから再生出来るとのたまられたのと同義だった。
おそらくは獄門疆に封じられたものもまた、その分身体の一つなのだろう、と推察する。否。直前まではあの者こそ真改であり、今は目の前の者こそ真改――それもまた否。まだ見ぬどこぞに潜む何者かもまたコレなのだ。
今なら陀艮の領域に侵入した方法も想像できた。羽虫や地虫と語っていたことがあったが、つまりは真改は己の分身を、そういう無害な虫けらを装わせ領域へと入り込んでいたのだろう。否、極度の毒をもつ羽虫を陀艮が知らず知らず迎え入れたと言うべきか。
陀艮を叱責はできない。羽虫が龍に変わるなど想像出来るはずもない。
この化物を、どうやって倒す? どうやって殺せばいい。
その答えを漏瑚は持ち合わせていなかった。
他の呪霊達もまた、漏瑚と同じか近しい感覚だった。真人は絶望こそしないものの、変化をとき、しかし血走る視線で睨みつけ、無言を貫く花御もまた動くことさえ出来ない。
陀艮は――陀艮は成長しきれていないが故に話について行けていなかったが、それでも感じるものはありプルプル震えている。
少なくとも、純粋だからこそ感じられる気配というものがある。
「それで? これからどうするんだい?」
沈黙を破ったのは夏油だった。彼は他の呪霊達とうってかわり、平時の冷静を一欠片も損なっていなかった。まるで予定調和がそのまま起き、自らの想像を超えず、むしろつまらないとでもいうように。
夏油の声に真改がまず反応する。視線をそちらに向けて、僅か一瞬の間、瞼をピクリと動かした。
だがすぐさまに笑みを浮かべ視線を外す。
「何も変わらぬよ。お前たちは海辺での余暇を楽しむがいいよ。
言って真改は自らの右腕を日の光の元に晒す。と、和服の袖口がはだけ肘が見え、そこから白く小さな呪霊が現れる。歪な球体に無造作に口と目とが散らばったそれは、ギュコギュコと鳴きながら辺りに浮遊し始める。
「必要とあればコレで連絡する。そちらの会話もこれで聞く。くふっ‥‥気に入らないか? わが同胞、漏瑚よ。先からそこの青白い
「漏瑚、本気でこいつを仲間にいれんの?」
どうにかあふれる怒りを抑えている真人の言葉に、漏瑚が淡々と返す。
「仕方あるまい。今はまだコヤツを殺しきれぬ。我らの悲願を達するには今は耐え忍ぶ。真人、お前が戦うというならそれに従おう。しかし我らはみな祓われるだろうな」
漏瑚は片腕となった花御を見、その後に未だ力を成長しきれていない陀艮の方へと単眼を寄せる。
「それでもやるというならば、よかろう。我らの命を賭けよう」
その言葉を聞き、とうとう真人から放たれていた殺気が失われていった。殺意そのものは消えたわけではない。あくまでそれは彼の最も深い場所へと収められ、来たる時までなりを潜めただけだ。
「はいはい、わかったよ。そーいう言い方されて、じゃあ皆で突撃だーとか言ったら、俺が悪役じゃんねー?」
言って、真人はプルプルと震える陀艮へと肩を回すようにして抱きついた。巨体で丸みを帯びたその体は、真人の腕をを受け止める。
「ぷしゅるぅ‥‥まひとぉおもいぃ」
緩んだ雰囲気を流す真人は最後に一瞬、陀艮に抱きつきながら先程以上の殺気を見せる。
「でも、いざとなったら全部投げ出してもコイツは殺そう。虎杖と同じくらいムカつく」
「善処しよう‥‥」
「それってやらないってことじゃん!」
漏瑚が囁くような声で言い、真人が半ば諦めたように返した。
「あぁ、そうだ、獄門疆に囚われた、
真改はその言葉を漏瑚でなければ真人でもなく、夏油傑を名乗っている術者へ向けて言った。
「わかったよ‥‥君がこの場を離れたらすぐにでも解こう」
術者は笑みをもってそれに返す。
「離れてからか?」
「そりゃそうでしょ。私はともかく、君と同じ空間に居たいと思う者は少ない。ましてやこの状況ではね」
「‥‥よかろう。それではわが愛しき同胞達よ、くふっ‥‥呵呵ッ‥‥来たるべき日を想い、今を愉しもうではないか。またすぐに睦言を紡ごうよ」
真改は肉体を白き紐状に変容させると、それでもちて宙へと迸るように移動し領域の空を目ざす。
そうして大した辛苦もなく天蓋へと大穴を開けて飛び去っていった。
そういえばヒロインを考えておりませんで。ヒロインというかイベント作るというか。
役立たず三輪ちゃんやら、禪院さん家の真依さんやら、誰かこういうのがいいよーってのがあったら適当に感想に書いて頂けると幸いです。